ゆるディストぼやきピア   作:小心 モノ

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創意工夫で乗り越えろ

 統制管理国家サリエーラ。

 聞いた話なだけで実感はまるでないが、世界の半分を手中に収めているらしい一大国家だ。嘘か真か、真偽のほどは定かではないしどうでもいい。自分がそこの一部で暮らしていて、そんな壮大な話とは縁遠い日々を送っている俺にはまるで関係がないからだ。強いて言うなら広大な土地抱えて管理大変そうだなぁ、ぐらいのもんである。

 とにかくそんな国で生まれ、育ち、働きながら成長してきたわけだ。仕事仕事休日仕事となかなか面倒だが、暮らせば都という言葉もある。ましてや幼少の頃から繰り返してきた毎日、慣れ切ってむしろどう退屈を潰すか考えられるだけの余裕すらあった。

 まあ他の生き方を知らんだけなんだが。御禁制たる品々を摂取してきてなんとなく想像は着くが、国の規模と同じで実感の無い話でしかない。

 むしろそれら物語の中の人物たちは大変そうな展開に巻き込まれてばかりで、俺としてはそんなに憧れるものではなかったりする。

 ただ、数少ない羨ましい事柄も存在するわけで。

 俺にとってそれは、飯だった。

 

「げっ」

 

 差し出されたプレートを受け取ってすぐ、俺は呻き声を上げた。上げざるを得なかった。

 ブロック状の固形飯。チューブに入ったゼリーは半透明でプレートの金属光沢を透けさせている。その下には原料不明の何かを潰してペースト状にした塊が二つ鎮座しており、これら三種を基本として日替わりでの備え付けが端の方に置かれている、というのが基本的な配給される飯の構成だ。今日はなんか、こう……薄切りにした果物三枚だった。名前は知らん。

 重要なのはそこではない。後ろに並ぶ男に配給口を譲ってテーブルに向かう道すがら、見間違いではないかと見つめ続けたが意味は無かった。結局到達するまでに、ブロック飯の色は変わらず、赤のままだった。

 知らず、ため息が出る。休憩時間内に食べ切らなければならないというのにこれはない。しばらくなかったと思っていたらこれだよちくしょうがッ!

 

「うぉぉぉ……っ!」

 

 最悪だ。

 どのような製造ラインなのか俺は知らないが、このブロック飯は特に日々味と見た目が変わる。色合いによって大まかな味の選定が可能で、青に近づけば近づく程に美味い。逆に黄色や赤といった暖色系が混じり始めると徐々に悲惨になっていき、すなわち目の前のこれは最悪の味が約束されているわけだ。

 誰も望んでねえよそんなランダム要素……と言いたいのだが。

 広々とした部屋内。壁に空いた穴とせり出した板に並ぶ人の群れ。受け取っては何の反応も無しに席につき、激マズな赤ブロックを口に含んで飲み込む光景に、つくづく少数派なのだと思い知らされる。

 こいつらは揃いも揃って情緒が無い。以前のレジスタンスの襲来にも悲鳴一つ上げず淡々と逃げ出すしかしなかった。しかもそれは、アナウンスされたから体が自然と動いたからでしかなかったりする。

 俺みたいに命の危機を感じて逃げ出す奴というのは、殆どいないのだ。それはすなわち、この馬鹿みたいに不味い赤ブロックを無表情で食す異常集団ばかりであるという事を意味していた。改めてだが、どうしてこんなにも違いがあるのやら。

 

「どうすっかなコイツ、隠す場所とかねぇか……?」

「……なにしてるの、ニゴロウ」

 

 そんな数少ない同胞が声を掛けてきた。振り返れば、琥珀の瞳が俺を見下ろしている。

 

「ミィナ? ……何してんだお前」

「何って、餌付け?」

「警備ロボ相手にすることじゃねえだろアホか」

 

 おまけに奇行を携えて。いやいらねえよ! なに付属させてんだ!

 数少ない同胞であるミィナは、何故か巡回警備ロボを片手に抱えて持ち上げていた。しきりに配給飯であるブロックをカメラアイの下あたりにぶつけている。マジで何してんだコイツ。

 というかそこ口か? 口なのか? 丸っこいボディの上半分エリアにカメラが着いてるから確かにそう見えなくも……やっぱねぇわ! 認知どうなってんだ!

 行動の意味が不明すぎて固まる俺をよそに、ミィナはテーブルの上を覗き込んだ。そしてほのかに眉間を顰める。

 安心したわ。俺の知ってるミィナならそうする顔をした。

 いやなんで安心感覚えなきゃならねえんだよ。いらなかっただろ絶対。

 

「アホとか言うな……うわ、最悪じゃん。外れ日ご愁傷様」

「ほんとだわ。つかミィナもじゃねえか。黄一色ならまだマシだけどよ」

「それでもめちゃくちゃ不味いけど。積極的に食べようとは思わない」

「間違いないな」

「人の事もっとよく考えた方がいいんじゃないの? これだからマザーは」

「警備ロボ抱えて言うセリフじゃねえだろ! 不遜だなお前はホントにな!」

 

 豪胆過ぎて漢を感じるわ。反逆の意思バリバリじゃねえか。

 幸いというべきか、ロボが何か反応したりという事は無かった。一定の間隔でローラーの付いた四脚を動かし、ミィナの腕の中でもがいているだけだ。

 そして相変わらず押し付けられるブロック飯。黄色はまだギリギリ人が食べられなくもない程度だが、それでも激マズの王道に分類される。五味のどれにも当てはまらない、ただ不快感が味覚を刺激する感覚はなかなかキツイものがある。

 もし機械に味覚が搭載されたのなら、真っ先に廃棄確定の物体だ。おまけに異様に硬いので、ロボとぶつかってはカツンカツンと硬質な音を立てている。

 

「いや待てよ」

「なに?」

「いつまで続けてんだよ。そのロボに口は搭載されてねえだろ」

「あるかもしれないじゃん。夢見ようよ、寂しい人」

「誰が寂しい人間だこの野郎!」

 

 流れるように罵倒しやがったなコイツ!

 

「まずもって何が夢なんだよ! ねえよ! 何の変哲もないただの警備ロボじゃねえか! 何百体と見てきたわ!」

「でも見た目可愛いし、食べる姿見たらもっと可愛いだろうし。諦めちゃ駄目。信じれば夢は叶う。ニゴロウも信じようよ。絶対ある。口は実在するんだよ。あって貰わなくちゃ困るんだよわたしが。だからニゴロウも同士になってよ。なったら楽だから。堕ちろ。さあ!」

「その狂信どっから来てんだよ。知らねえよ口のあるなしで困るお前の心境とか」

「ふんっ」

「直接的手段やめろ!」

 

 さてはこの前蹴り入れた時吹っ切れたなミィナのやつ!

 ギリギリの所で回避した振り下ろしはそれなりの威力が出るだろう速度と角度だった。それでも結構な重さのはずの警備ロボを落とさず保持するあたり、ミィナの本気度が伺える。どこに気力つぎ込んでんだよ。

 そういえばコイツ、ロボットに可愛さを見出した変人だったな……飛び交うミサイルとかレジスタンス襲撃やらですっかり抜け落ちていた。

 

「というかまず口どこだよ」

「ここ開かないかな。ガパッて」

「バケモンじゃねえか。全力で有機物のバケモンじゃねえかそれ」

 

 それはもはやロボじゃねえよ。

 可愛い前提での話してんだよな……と密かに困惑する俺をよそに、ミィナは飽きたのか雑に警備ロボを下ろしていた。心なしか、離れて持ち場に戻ろうとしているロボの背中は急いでいるようだった。そりゃ逃げてえよこんな奇人。

 

「で、なに。食べないの?」

「腹は減るけど喰いたくねぇ」

「だよね。わたしのも不味いけど、それは格段に破滅の味がするし。勘弁してほしい」

「そうなんだよなぁ……どうしたもんかねこの劇物はよ」

 

 この場において、意見は一致していた。何が何でも赤ブロックだけは避けて通りたい道だという共通認識だ。よりにもよって今日の仕事は倉庫内の整理ときている。疲弊した身体もそうだし、午後からの作業の事も考えれば口に入れないという選択は無い。

 つまり、逃げ場がないという事だった。食わなきゃ体が持たねえ。

 しかしなかなか指が動かないのも確かだ。根性で食べ切るにしても限度がある。こいつに当たった回数はこれまで三回程度なのだが、どれも食してからの仕事ぶりに甚大な影響を及ぼした記憶しかない。食前食中食後と隙が無い絶望的な強敵を前に、刻一刻と休憩時間が過ぎていくのを体感するしかなかった。

 やべえ、冷汗すら出てきた。身体が食べるのを拒否している……!

 そんな俺の懊悩に、隣の席にプレートを移して座ったミィナがぽつりと、

 

「とりあえず食べてみたら?」

「おい今までの流れがん無視か?」

 

 あまりにも無責任すぎる提案をしてきやがった。だから嫌だって言ってんだろ!

 思わずガン見してしまうも、ミィナはどこ吹く風で俺のプレートから三つあるブロックの内の一つを摘まみ上げると眺め、それから俺に視線を寄越す。

 

「これ、前に食べたのっていつ?」

「……あー、どんくらいだ? 確か二年ぐらい前じゃなかったか……?」

「そう。つまり期間が空いてるって事。それまでの間にもしかしたら改善してるかもしれないじゃん。試してみる価値はあるんじゃないの?」

「いや、どうだ……? 俺が生きてきた中でも一切変わってねえのが、そんな急に良くなるもんか? むしろ悪化してるって方が俺は信じられるな」

「言い訳ばっかりじゃダメだよ。何事もチャレンジ。ほら頑張れニゴロウ、負けるなニゴロウ」

「自分は食わねえからってお前……!」

 

 両手をフリフリと振って何やら応援の真似事をしてくるミィナ。盛大に部外者としての立場を有効活用していやがった。んな気の抜けた声援向けられても気負いは無くならねえよ。むしろ増加の一途を辿るわ。

 

「正直自分に被害は無いからめちゃ楽しい」

「んなこったろうと思ったわコイツ!」

 

 よく見たら半笑いじゃねぇか! 腹立つな!

 俺は気が済むまでミィナの額を突いた。あぅ、あぅと鳴き声のようなものを発してるが無視だ無視。俺の心を傷心に追い込んだ罪は重い……!

 デコの中心が赤くなるまで一思いに指をぶつけ、そこで手打ちという事にした。若干涙目になったミィナは額を両手で抑え、俺を半目で睨みつけてくる。自業自得だと自覚してくれないと困るんだよなぁこっちがなあ!

 

「弄ばれた……」

「風評被害にも程があるわ。しかし……そうだな。一理はあるか」

 

 なんか愕然としてるミィナを放置し、俺は堂々と鎮座する赤ブロックを一つ摘まんだ。

 視界に入れるだけであの味が蘇ってくるようだった。背中がひりついて来る感覚を覚えるが、確かにミィナの提唱には耳を傾けるべきなのかもしれない。

 結局、俺はどこまでいっても国の管理を受けて仕事をするだけの存在だ。どこで何が作られ、いつ改善されたのかも知らされる事は無い。試してみなければ分からないまま、もしかしたらという可能性を見逃してしまうかもしれない。

 いやまあそもそも完食しないといけないという切羽詰まった理由もあるが!

 何をするにもまずは一口、挑んでみるべきなんだろう。

 

「本当に、心の底から気乗りしねぇけどなぁっ!」

「ねえわたしがつつかれた意味は? ねえニゴロウ。ねえってば」

「やるしかねえか、打ち倒す時か……!」

「うっわ無視した。いけないんだニゴロウ。あーなんか急にくたばって欲しくなってきたなー」

 

 妖怪喚き女が出没しているが無視だ無視。破滅を願うまでの切り替えに無駄なさ過ぎだろ。

 深呼吸を一つ、覚悟を決めて俺は推定劇物の端に歯を当て、齧り取って舌に乗せた。

 はたして結果はどうか、

 

「……ん、んん? おおお? 案外いけ――ねえわうぐぇぇぇッ!」

 

 よりにもよって時間差で来やがったコイツ! 油断した味覚に容赦なく突き刺さるえぐみ! 舌の根元までじんわりと染み込んでくる味の暴力にぶん殴られた感覚がくらくらと頭を揺らす! 痛覚の火種が一気に燃え上がって激痛に変わるような錯覚すら覚える! 落差の分より酷く喰らってんなあこれはよぉッ!

 

「んぐふ、げぇっ、おおおおおお……っ!」

「そんなに? おおげさじゃない?」

「む、むりだこれむりっ、えあああっ!」

 

 喉が侵入を拒否しているが、いつまでも口の中に残し続ければ延々続いてしまうだけ。強引に飲み込めば、胃が重みに垂れ下がってしまったような異物感と不快感。後味も最悪で、ひたすらざりざりと口内にこびり付く欠片が不愉快極まりない。

 急いでチューブを開封し中身を流し込む。流動するゼリーが打ち消す範囲は微々たるものだが、無いよりはましだ。一気に八割近くを消費してようやく大きな波が収まり、一息つける状態にまで持ち込めた。

 

「大激闘じゃん」

「げほっ、前より不味くなってねぇか……!? 馬鹿じゃねえの!?」

「あ、不敬」

「今回ばかりは否定できねぇ! 何考えてんだよ提案採用設計製造!」

「恨む先が多いと参るね、忙しくて」

「まったくだなぁ!」

 

 知るかマザーに聞かれるかとか!

 何から作られているかも分かったものではない、味という味を理想から遠ざける事でも目指してんのかって文句の一つも言いたくなる一品だ。好きだ嫌いだ以前に、人が食べる事を想定して製造されている事実がなによりも恐ろしくなる。食べ物に表する言葉ではないが、絶大なる破壊力を持ってこの世に生まれてきた物体である。

 信じられないのは、こんなもんを無表情で食べ続けている人間が圧倒的な多数派だという事。隣を見ればチラホラと、振り返っても目立つ赤を見逃しはしない。それを食べている最中の表情の変わらなさはまさしくこの世のものとは思えない光景だ。

 

「どうすんのニゴロウ。それ食べないと午後からキツくない?」

「ただ食うだけなのになんでこんな目遭わなきゃいけねえんだよ……! そのままは絶対無理だ、もう体が受け付けなくなってやがる」

「欠片でそこまでいく?」

「いったんだよ実際に! お前も食えば分かるぞどうだ!?」

「や、わたしはこの黄色があるから……うぇ、でもまっず」

「それの百倍濃縮が俺の前に立ちふさがってると思って食えよお前……!」

「わたしは関係ないからセーフ。あはは」

「我関せず極めてんじゃねえよ!」

 

 すこっしも嬉しそうじゃねえ笑い声上げやがってこの!

 だが、ミィナの言う通りコイツを攻略しない事には終わらない。時計を見る。残り三十分を切ったところ。普段であれば案外すぐに過ぎ去っていく時間が、途端に途方もない彼方にまで引き延ばされたようだった。

 絶望的に思えるが、まだ手は残されている。それはプレートの上に残る、他の配給飯達だ。

 

「試すしかねぇか、合わせ食い!」

「ふーん、頑張って」

「お前も付き合うんだよぉ! このクソみてぇな状況に一人取り残すつもりかお前……!」

「え、うん」

「よーし強制連行だなぁ! 何離れてんだ近寄れこのっ!」

「へぁ、ちょ、ちょっとニゴロウ……!」

 

 さっきから他人事甚だしいミィナを椅子ごと引き寄せ、ついでにプレートも引っ付ける。その拍子にふわりと香ってきたのは髪の匂いだろうか。頬の表面を緩く波打った毛髪の先端が霞めるのがこそばゆい。しまったな、力加減を間違えたか。

しかしこうして見比べてみると大差はなく、精々ミィナの方はチューブが二本であるというぐらいしか違いが無い。相も変わらず種類の少ないこの飯の中から救世主を見つけ出すのか。だいぶ難易度が高いな。

 

「ノーヒントが過ぎるだろうが……なんだよミィナ、どうした」

「び、びっくりするじゃん……」

 

 胸元に手を当て、ミィナがそう訴えてくる。虚を突かれたといった具合の声の震えは本心からそう感じているからだろうか。椅子の端に腰を落ち着けて俺から距離を置き、心境の表れのように上気した頬の赤さが新鮮だった。

 

「お前が関わろうとしないからだろうが。ここまで来たんなら、最後まで見届ける義務がお前にはあるんだよ」

「無いよそんなの」

「ははぁん? やり過ぎたかと思ったがこの分なら遠慮なくてもいいんだな……?」

「わ、わかった。わかったってば。しょうがないんだからアンタはまったく本当にしかたないなそこまでどうしても何卒よろしくされるのならまあせいぜいまあまあそこそこ任されなくもないというかなんというかうんたらかんたらっ!!」

「急にどうした」

「なんでもっ!!」

 

 んな訳ねえだろ。

 急に様子がおかしくなったミィナには触れないでおこう。喫緊の課題は刻一刻と猶予が失われているのに構っている暇はねぇ!

 さて、俺の手元に残されているのはほんの少し欠けた一本と、未だ無傷な一本の計二本。そしてほぼ残り滓と化したチューブゼリー一本に、ペーストの塊が二個。三枚の果物のスライスといった塩梅だ。

 こいつらを駆使して、どうにか完食しなければならない。まったく物語の登場人物が羨ましくなってくる。空想上ならばいくらでもまともな飯にありつけるっていうのに、こちとらな現実はまるで容赦がない。

 

「どうするかね」

「……とりあえず、単純に組み合わせてみたら? そのペーストなんてブロックに付けるのにピッタリだし」

「だな、まずは一口いくか……?」

 

 復帰したらしいミィナの一言に、俺は乗っかる事にした。

 正体不明のペーストは、まあ普通に食えるといった程度の味だ。それ以外の感想を捻り出せと言われても困るぐらいには特徴がないが、上手い事その特性を生かしてブロック飯の破滅的な味を打ち消してくれないものか。

 摘まめるだけの硬度があり、塗りたくれる程には柔い。そんな不思議触感を一つ載せれば、ちょうどブロックの半分を一気に食べられるぐらいに面積が埋まる。

 最低四回に分けてになるのか。うおお今から気が遠くなる……!

 

「とりあえずこれでどうだ」

「なんかわくわくしてきた」

「被害出る前提じゃねえか」

「正直期待度は結構高いし」

「人様の苦しみをお前な!」

 

 意地でも完遂しねえとなんか負けた気分になりそうだなぁ! 絶対攻略してやるからなこの野郎!

 さっきは油断してだが、もうこの劇物がどれほどの逸材かについて俺は知見を得ている。すなわち、最悪を想定して身構える事が可能な状態だ。

 それを踏まえても一口一口が途轍もなく重いけどな……体力の回復がしたいのか消耗させたいのか、もはやどっちだよ。どのみち避けられないのが最悪だった。

 躊躇していても始まらない。まずはファーストコンタクトだ。

 

「……」

「どう? どう?」

「……んむぐぬぅぅぅぅぅ……!」

「あ、駄目っぽい。やっぱり早々上手くはいかないよね」

 

 それはその通りなんだがなぁ……!

 少しはましになったかな、ぐらいのもんである。ばらける粉を練り固めてくれるおかげで余計な被害は広がらないが、その分無個性極まる素材に激マズ物体が混ざっていくので結局大差がない!

 飲み込みやすくはなったが、まずもって受け付けない味という前提だ。たっぷり五分は掛けてようやく胃に落とし込めば、それだけでだいぶ精神が疲弊するのを実感していた。半分でこれかよふざけんな。

 

「……吐きてえ」

「やるなら隅でやって」

「出来るんならもう実行してるわ!」

 

 交換返品受け付けず、お残しは許されず、おまけにむやみに汚せば罰則有りだ。禁則事項の整備だけはやたらと行き届いて感心するしかねぇなってやかましいわ馬鹿野郎。

 四分の一を終わらせるだけで酷い重労働だ。まったく苦労が見合っていない。完食が義務のくせに施される飯が残酷なまでに不味いのは、下手な仕置きよりも苦痛ここに極まれりだ。辛すぎる。

 

「次はこれ試してみるか……」

「でた、謎の果物。好きだけどこれなんなの?」

「知るか」

「出たよ、やさぐれニゴロウ」

「毎度おなじみになるほど出してねえだろ」

 

 妙に語感いいのなんなんだよ。

 賑やかしを挟んでくるミィナはさておき、続いて俺がブロックに乗せたのは果物の薄切りスライスだ。水分がある程度抜け、しんなりとしたそれが触れた途端に赤色が深まっていく。よほど乾いていたのか凄まじい侵食速度だ。貪欲すぎる。

 この果物、それなりに甘くゼリーよりも瑞々しい潤いを持ち合わせているので結構当たりの部類だったりする。特にミィナなんかはこれが出てくると機嫌が露骨に良くなる。分かりやすい生き物だこと。

 なお正体は不明である。よく分かんねえのばっかじゃねえか。

 気は進まないが、一本分がこれで終わると考えるしかない。果敢に挑む心意気で丸々口の中に放り込んで無心で噛み砕いていく。

 

「むぐぬっ、ぐぼえっ、ぅんんんん……ッ!」

「一噛み毎に悶えてる。面白」

「ンンンンンーッ!」

「なんか文句言った? 聞こえなくてごめんね」

 

 煽ってんじゃねえよコイツ!

 今回は酷い。何が酷いって下手に水分があるから余計に拡散する。しかも甘味とえぐみが混ざり合って混沌とした味わいを舌にもたらし、舌の裏から上顎まで満遍なく砕けた粉がへばりついて離れようとしねえ。

 そしていよいよ確信した。味だけでなくその他全ての要素が格段に酷くなってやがる。年単位での記憶の隔絶を軽々飛び越え、容易に比較が可能な威力でもって俺の口内を荒らし回る最悪風味の嵐が過ぎ去るまで、ひたすら苦しむしかなかった。

 五分か、十分か。

 仮に食べ終えたとしてもまず心が持たないぐらい萎んでいる、そんな具合に至るまでの時間としては十分だった。マジでこの、どうかしてんじゃないのか関わってるやつ全員! この世の苦痛全乗せかっての!

 

「あーキッツ……なんなんだよこの苦行……」

「ほら頑張れニゴロウ、あと少しだよ。一本食べれば終わるよ。がんば」

「軽いんだよなノリがなぁ!」

「え、深刻な方が良かった……? あーあー、んん。実はそれを食べてくれないとわたし死んじゃうの。だから最後までやりきって、ニゴロウ」

「雑ぅ! 即興にしたって限度があるだろ!」

「せっかく乗っかって上げたのに、いけないんだニゴロウってば」

「設定の稚拙さを俺に責任転嫁してんじゃねえよ……! しかもちゃっかり先に全部食ってやがるし!」

「お先です」

 

 合間合間に賑やかしを入れながら食べ進めていたらしい。そういう所の要領が良いミィナらしいっちゃらしいが、なんとなく置いてかれた気分になる。

 

「こっちはまだまだ全然残ってるってのにお前な」

「だってアンタが飲み込むのに苦戦してる間暇だったし。ていうかさ、もう纏めて全部放り込んじゃったら?」

 

 そう言って、ミィナが指差したのは俺のプレート。全部が中途半端に残ったままになっており、ありありと苦慮の跡が見て取れた。ミィナは個別のどれかではなく、全体を総じて指定しているらしい。

 俺は時計を確認した。気が付けば残り時間は心もとなくなっている。さっきまでのように半分ずつ食べ進めていったのでは、間に合うかどうかは微妙だった。

 

「……やるか? 一括で処理すんのか?」

「今更だけど処理とか食べ物に使う表現じゃないよね」

「言うなよ。俺何口にしてんのってなるだろうが」

「ニゴロウ何食べてるの?」

「俺が聞きてえよ!」

 

 永遠の謎だった。

 ともあれだ、こうしている間にも制限時間は短くなっていくばかり。迷っている暇はないと、俺は最終仕上げに取り掛かった。

 ペーストを薄く塗り広げ、スライスを乗せ、残ったゼリーをなるべく全体に行き渡るように絞り出せば完成だ。赤いブロックの上に殆ど白黒の色合いが覆いかぶさる姿は浸食という言葉を脳裏に浮かばせた。

 どちらかといえば、いつも仕事で作っている何かしらの工業製品ばかりが連想される。単体で見てもなかなか無機質な配給飯が、こうして見るとバラバラのパーツで、組み合わさって一つの完成品に仕上がっているようだった。

 ……これ、食べるのか。今から。

 

「悍ましい……」

「おい人の食べ物に何てこと言ってやがる」

「だってこれもう破滅じゃん。どうしてくれんの、せっかく楽しい気分だったのにそんなの見せられたわたしの気持ち考えてよ」

「これから挑む人の気持ち鑑みて言ってんだよな!? そのセリフをよぉ!」

 

 心からの切実な訴えに、ミィナは鼻で笑った。おい!

 

「そんなわけないじゃん。バカなの?」

「ほんとにいい性格してるよなお前ぇ……!」

「それより早く食べちゃってよ。せっかくわたしの案を採用したんだから、ほら早く。はーやく。いっき、いっき」

「ぐぐぐ……っ」

「それともなに、出来ないの? 挑まずに逃げるの? へーやれないんだ、そっか、へぇー」

「だぁぁっ! やってやろうじゃねえかこの野郎――ッ!」

 

 意を決し、俺は一口で丸ごと咥え込んだ。浸透する。徐々に唾液がブロックに染み込み、端から崩れていくのを感じると共にじんわりと味覚を攻め込み始める兆し。直後に来るだろう衝撃に備え、俺は身構えた。

 一瞬、訪れる空白。それは予兆なのだとこれまでの経験が物語る。

 

「どう?」

「…………………………………………」

 

 結論から言えば、事前の準備などまるで意味の無い行いだった。

 

「……ニゴロウ?」

「死ぬ」

「えっ」

 

 それだけ呟き、俺は盛大に椅子ごとぶっ倒れた。

 騒がしく椅子が跳ね、それに紛れて肉体が床に叩きつけられる音が鈍く響く。意地でも口を開かないよう努力するのが精いっぱいで、その他ありとあらゆる行動を中断しないとぶちまけてしまいそうだった。

 何事かと駆けつけた警備ロボの駆動音にも構っていられず、心乱れたまま噛み進める。

 一往復ごとに、口の中が爆発していた。

 

「かっ……お……な……っ」

「わ、わっ、マジで死に掛け? うーわこうなるんだ。ちょっとニゴロウ、大丈夫? そのまま死ぬ? わたしの冗談乗り移った?」

「だ、ま……っ」

「あ、元気そう」

 

 どこがだ! と叫ぶことも出来ずにただ悶え苦しむしかない。冗談抜きで死に直結している味が俺を苛ませる。ミサイルが盛大に放たれるレジスタンス迎撃戦よりもよっぽど、こちらの方が差し迫った危機そのものだった。

 手っ取り早さとの等価交換にしては、その不味さは進化し過ぎていた。あらゆる要素の一番悪い所を掛け合わせたような、多様な味覚への暴力は一発一発が致死級の破壊と粉砕をもたらしている。

 咀嚼をこんなにも拒否したくなったのは初めてだ。口、食道、胃に至るまで隙無く責め立ててきやがる。死に掛け、まさしくその通りだ。そこに至らせる現象から逃れられず、気付けば大量の汗が噴き出始めた。

 

「……ひょっとして、とっくに限界超えてる?」

「……」

「無反応……え、これシャレになってなくない?」

 

 だからそうだって……言ってねえけど察しろよ! 肉体表現の限界に挑んでんだぞ今!

 とにかく集中だ。いや集中したくねえが放置したら永遠に終わらない。少しずつ、端から切り取って流し込んでいく。マイナス方向に進化させたどなたかに対する恨み節を全開にしながらの尽力は、決死覚悟の消耗戦だ。

 せめてマシになってろよ! 組み合わせ次第で毒物にチェンジとかどこ向けの隠し要素だ馬鹿野郎がッ!

 

「ど、どうしよ……」

 

 近くで右往左往している気配はあるが、言葉を上手く認識できない。正確にはしている暇が無い。漏れ出したりしないように口を手で覆い、勝手に震えだす全身を抑えずに放置する。本物の毒物でも口にしたのか俺は?

 休憩時間の終了まで間に合うかどうかという懸念がにわかに膨らみ始めてきた、その時だった。

 背中を撫でる手。横目で見上げる。

 

「よ、よしよーし……」

 

 ミィナはしゃがみ込んで手を伸ばし、鼓舞するように優しく往復させる。

 流石に部外者気分でいられなくなったのか、ミィナもサポートして参戦する事にしたらしい。遅くね? もっと加わるタイミングいくらでもあっただろ。どちらかといえば惨劇後だろこの現状。

 だが、まあ、そうだな。

 

「笑いごとになってないのは、良くないしね……」

 

 少しは、マシになったのかもしれない。

 指先のどこかくすぐったいような感触に押され、着実に一歩ずつ終着点に向かっていく。ようやく俺の口内から嵐が止んだのは、ちょうど時間の終わりまで一分前という危うい瀬戸際だ。危ねえ!

 ただの昼飯のはずなんだよな? どうしてこんな事になってんだ……?

 

「……危うく召されるところだった……」

「お疲れ」

「ホントにな。まさか改悪されてるなんざ誰が予測するってんだよ……」

「そもそも気にしてるの、わたしたちしかいなさそうだけどだけどね」

「間違いねぇ。他の奴らどうやって耐えてんだよこんなん。まず人間向けじゃねえだろ」

「さあ……あ」

 

 言葉を打ち切り、ミィナが上を見上げた。随分と唐突な切り替え。

 

「なんだよミィナ、どうし……?」

 

 それが気になった俺も後を追って視線を移せば、そこに居たのは一人の大柄な男だ。

 いや、違う。スーツを着ているから人間と勘違いしてしまったが、それは人型のロボットだ。堅苦しい帽子を深く被っているものの、黒鉄製の硬質な表面と赤く昏い光を灯した単眼のカメラアイは警備ロボと同じ、金属の体を持つ機械の一群の証だ。

 黒手袋は五股に分かれ、その下にある精巧な指の機構は滑らかな動きを可能にするのだろう。滅多にお目に掛かれない人型のそいつが要件を携えて尋ねているのは、どうやら俺とミィナの二人であるらしかった。

 

「二百五十六番。ならびに三百十七番。マザーがお呼びだ。着いてこい」

 

 機械音声とはとても思えない、滑らかで低く艶やかな声だった。そこに技術盛り込むならこの激マズ食品の質上げてくれねぇかなあ切実にッ!

 それだけ言って、男性型のロボットが背を向け歩き始める。こちとら消耗しているというのにまるで気に掛ける様子も見られなかった。仕事熱心で参っちまうなクソったれ。

 というか。

 

「……俺ら、何かやっちまったか?」

「さあ」

 

 ひょっとかして、騒ぎすぎだったりしたのだろうか。

 ミィナと顔を合わせ、互いに首を傾げながらも俺達は後に続くしかなかった。なにせマザーからのご達しだ、サリエーラの頂点からのご命令とあらば構成員は従うしかないのである。

 面会の時には文句の一つも言えねえかな。

 いや無理か。

 

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