【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

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十四話

 心臓を氷の手で掴まれたかのように、動けなかった。雪は勢いを増し、白いつぶてが顔に当たるのも気にならない。

「なに、どうして……」

 グリフィンドールの名は隠されてきた。スリザリン派には、特に。それに――。

――ランパント

 リアイスが本家と七つの分家から成り立つことを知る者は、ごくわずかだ。ランパントという呼称を、なぜ知っている。

 疑問だらけの顔をしていたのだろう。ユスティヌがゆっくりと口を開いた。

「リーン。私の名を教えましょう……ウラニア・ペンドラゴン・スリザリン・ユスティヌ。近くて遠い血。初代リアイスの孫ネフティスの第九子……放逐されたペンドラゴン――歴史から消された、九番目の末裔。そして、彼を助けたスリザリンの子孫の血を引く」

 息が止まった。純血の中の純血、スリザリン派の頂点に立つ魔女。

――リアイスと……もとい、グリフィンドールと……スリザリンの?

「グリフィンと蛇の混ざり子よ」

 吐息が白く凍り付く。冷え冷えとした恐怖がせり上がってきた。放逐されたリアイスの末裔――恨まないほうがどうかしている。リーンはリアイス一族の頑迷な思想を知っている。グリフィンドールに固執し、他を弾く。

――放逐があってもおかしくない

「ペンドラゴンはあなたと同じだった。スリザリンに組分けされたが故に故郷を逐われた」

 ひく、と喉が鳴る。そろそろと杖にのばしていた手が、止まった。

「私と……?」

「ええ、そうしてリアイスは敵をつくりだした。恨みの血をひく者同士を結びつけて」

「私を、殺すの?」

 しゅっと杖を抜き、構えた。だが、ユスティヌは静けさを身にまとっていた。おもしろそうに、杖先を見つめている。

「いいえ。殺して終わりなんて、もったいないことをするわけがないじゃない」

 いつの間にか、彼女の手に杖が握られていた。雪にも劣らぬほど白い杖を。

「ねえリーン……」

 声は甘い。頭の芯がぐらついた。視界が明滅する。暗い紅藤色の双眸が、ある。強い魔力と吸い込まれそうなほど、艶やかな色合い。

「私に協力して頂戴」

 力だ、と思った。ユスティヌの魔力がリーンを絡めとろうとしている。それに、杖からもとろとろと力が溢れているのを感じた。膝が笑う。喉が圧迫される。だが、締め付けるような力は離れた。それでも、リーンを内側から融かそうとする魔力だけは去らなかった。

――抵抗力はあるはずなのに

 こんなにたやすく、揺さぶられるはずがない。ぎりっと歯を食いしばる。

「魔法以外に、なにをしたの」

「紅茶にちょっと、ね。ほとんど依存症みたいになっていたでしょう……秘密を明かしたら冷静に聞いてくれないでしょう、あなた」

 すらすらと、彼女は答えた。片手に握った杖が、不安定に揺れている。顔がしかめられていた。しばらく、黙りこむ。揺れていた杖がぴたりと止まった。

「……それだけ、私を信用してくれてたということなのだろうけど」

――甘かった

 崩れそうになる意識を必死に保った。流されたらおしまいだ。

「ユスティヌ……私に、なにをさせようというの」

「魔法界の統一」

 思いもかけない、強い言葉だった。雪の向こうでユスティヌは不思議な光をともして、リーンを見つめていた。

「リアイスの頂点にあなたが立つ。スリザリンの頂点に私が立つ。そうして、闇の帝王を倒す……恐怖による統治など無理な話……滅ぼすよりも、融和を。互いに食い合っては紫薇戦争の二の舞よ」

「なるほどな」

 別の声が割り込んできた。ユスティヌがくるりと背を向け、飛んできた光線をはじき返す。

 影がある。黒く長い杖をもって、やってくる。

「……いらっしゃるとは」

「こそこそと動いていると思えば……なあ、ユスティヌ。我が娘よ?」

 二人は同時に杖を振った。悪霊の火がぶつかりあう。するり、とユスティヌを避け影がリーンのそばまでやってきた。そのころにはリーンは立っていられなくなった。影がリーンを包み込む。ひんやりした手が頬に添えられた。ぐいっと拘束される一瞬、影の眼がちかりと光った。

――紅玉色

 以前、マルフォイ家のパーティで会い、踊った。あのときのような紳士然とした態度ではない。

「その子に触らないで!」

「ご執心だなあ、ユスティヌよ? 父に向かってその言いぐさか」

 またも、杖が振られる。大蛇がユスティヌに飛びかかる。彼女は大蛇を燃えるような眼で睨みつけた。

『止まれ』

 蛇が壁にぶち当たったかのように、跳ねた。戸惑いも露わに影の方をみる。

『俺様よりも呪縛の力が強いとは、誇らしいのか腹立たしいのか……』

 動けないでいるリーンの喉元に、細く堅いものが押し当てられた。ユスティヌが舌打ちする。

 影はくつくつ笑った。

『卑怯な、と言ってくれるなよ? お前とて同類だ……ともあれ』

 髪が撫でられる。ぶるりとリーンは震えた。すべてが動いていく。影の男の正体は、もうわかっていた。

――闇の帝王

 その男が、いまリーンを後ろから拘束し、杖を突きつけている。父を、母を、多くのリアイスを殺してきたそれを。

『妹には情があるらしいな? 俺様の言う通り、力をつけさせ引き渡せばよいものを』

『あなたに渡せば、どうせ使い潰して捨てるでしょう。役に立たねば殺すつもりで、呪いのように生ませたくせに。私のこともユスティヌとしての、恨みの血を継ぐ駒として見ていなかった……あなたは私に裏切られたと思っているのかもしれないけれど、利用しようとしていたのはあなたの方よ』

『血と力以外に何の価値があろうか』

 歌うような口調だった。ますます強く、杖が押し当てられる。

『愛しい妹を殺されたくなかろう』

――妹

 頭に言葉が染み渡る。その意味を咀嚼する間もなく、白い杖と黒い杖が振りかぶられた。帝王の肩が裂かれる。同時に、ユスティヌが崩れ落ちた。杖先から、何かが飛び出る――だが、帝王は気づいていない。

「愚かなる愛。恨みの血と愛の間で揺れた馬鹿な娘よ」

 ユスティヌ、と呼びかけようとした声が喉の奥で絡まった。血の臭い。冷たい吐息、倒れたユスティヌ。

 そして、恐ろしいほどに頭が冴えた。ユスティヌの妹。ユスティヌは帝王の子――。

 知らずにこぼれた涙が凍る。

「また会ったな。リーン……我が娘よ」

 歯が鳴った。思考が白く灼ける。次の瞬間、帝王が突き飛ばされたようによろめいた。なにを考える間もなくリーンは彼と距離を取る。

「なるほど、期待通りだ……あの宴の時よりも強くなっている。我が後継にふさわしい」

 帝王は冷たく笑った。その両眼は、ユスティヌとよく似た色をしていた。

「私はあなたの娘じゃない! 私はミスラ・リアイスの子!! スリザリンの血など引いていない!!!」

「いいや……その黒髪、その顔立ち。お前は俺様の娘だ……カッコウが卵を忍ばせるように、リアイスに産みつけられたスリザリンなのだ。バカなミスラはお前のことを娘だと思っていたらしいが……」

 リーンは杖を振った。殺意のままに、唱えた。

「息絶えよ!!」

 緑の光線が帝王へ牙を向くも、巧みにそらされた。敵を見失った呪文は、雪をとかし、地に穴を穿つ。帝王が甲高く笑った。

「いいぞ……求めていた魔力の強さ。マルフォイもベラトリックスも、他のものもお前に膝を折るだろう。フェンリールは好きにして構わんぞ。拷問するなり殺すなり、好きにしろ」

――誰が父にフェンリールをけしかけたのだ!

 実の娘に杖を向け、臣下を売り渡そうとしている。煮え立つような怒りが全身を駆け巡った。

「だが、あまり反抗してくれるなよ」

 帝王の眼に何かが光った。

「苦しめ!」

 骨が灼けた。そう思うほどの痛みだった。誰かが叫んでいる。転げ回る。涙がこぼれた。

 ふっと、痛みの奔流が去っていく。帝王がリーンを見下ろしていた。

「娘は父に従うものだ。どちらが上か、これでわかっただろう」

 精一杯威厳ある父親の声を真似ているらしいが、見事に失敗していた。ただの、支配欲にまみれた、独裁者の声で、愛情の欠片もなかった。ぱっと頭に浮かんだ呪文を唱えた。

「セクタムセンブラ!」

 闇の呪文が、帝王を切り裂いた。ぐらりと敵がよろめく。かすかな満足感を味わう間もなく、帝王の体から怒気が立ち上るのがわかった。

 杖が歌う。焼けるような痛みが這い回った。脂汗が伝い落ちる。抗わなければ、と思うのに動けない。

 そのとき、帝王の片腕が燃え上がった。

「リアイス!」

「リーン!!」

 誰かが駆けてくる。叫んでいる。

「ユスティヌ!? しっかり!!」

 ジェームズと、ブラックと、リーマスだった。

「逃げて!!」

「学生か……」

 風切り音が宙を裂く。だが、帝王がぎょっと息を呑んだのがわかった。

「もっと礼儀正しい来訪はできんのかのお、トムよ」

「……我が孫にこの仕打ち、許さぬぞ」

 帝王が築いた障壁をも打ち破り、黄金の炎が襲いかかった。

「ダンブルドア……! アシュタルテ!!」

 帝王がおののき、もがいた。杖先からほとばしった水が、猛火をほどく。そうして、消え去った。

「よく、無事だった」

 お祖父様、と口にしたように思う。だが、生きて会えたことを喜ぶよりも先に、やることがあった。

「どうか、ユスティヌのところへ……」

 祖父の力強い腕が、リーンを抱き抱えた。

「……間に合ったのは、ユスティヌの守護霊のお陰だ……完全に闇におちたわけではなかったらしいな……」

 守護霊は闇の魔法使いにはつくれない。堕した心では喜びを呼び覚まし正でも負でもない力を具現化することは不可能だった。

 やっとのことで横たわるユスティヌのところへたどり着いた。彼女は血塗れで、顔には死相が表れていた。

「ヘマをしたわ……」

「話すでない……ウラニア」

「治療は、間に合いません……ここまでもっただけでも、奇跡です……ユスティヌは、リアイスに相対しながら殺さなかった役立たずを許さない……呪いは、我が血管に、心臓に。全てに」

 ダンブルドアに答えながらも、眼はリーンをひたと見据えていた。傷だらけの中、その眼だけが力強い輝きを放っていた。

「いままで、恨みの血の器として生きてきたわ……そうして、育てられて、きた」

 彼女はか細い吐息を漏らした。

「己の中の、衝動を抑えるのは……難しかった……呪いが血管の中に、あるのだから……抵抗し続けて、あなたを見つけた」

 血で粘つく手のひらが、リーンへ伸ばされた。その手を取る。冷たい手だった。

「私のも強引な、手段だったかもしれない……でも、帝王のやりかたでは駄目なの……」

 ウラニア、とダンブルドアが怒ったように言った。杖が一番深い傷に当てられている。彼女はゆるく首を振った。

「今日、ユスティヌの系譜は絶える……役に立たない器は……私は、壊れる……リーン、分霊箱を見つけなさい……帝王を、倒して……四強の……」

 何かを言おうとした。だが、その前に何かがはじける音がした。ユスティヌの身体が大きく痙攣する。

「心臓が……」

 誰かの声がした。呆然と、ユスティヌを見る。胸に黒く穴が空いていた。彼女だったものが握っていた杖が、真っ二つに折れた。

――それが、ユスティヌの最期だった

 

 

――あの日から、三ヶ月が経った

 ユスティヌは家の都合でホグワーツを出た、とだけ生徒たちには通達された。重石を失ったスリザリンは浮き足立ち、持て余した感情を敵対するグリフィンドールにぶつけようとしていた。

 だが、それはかなわなかった。

「……試験前だというのに、余裕ですね、先輩方?」

 よってたかってグリフィンドール生を叩きのめそうとしていた生徒たちが、掛けられた声に振り向こうとする。しかし、寸毫も動けない。

「無理に動かないほうが賢明ですよ。骨がずれてもよろしいのでしたら、ご勝手に」

「リアイス……」

 一人で四人を拘束してのけた魔女は、薄く笑った。

「あなたたちも、行ったらどう?」

 這々の体で逃げ出すグリフィンドール生を追う気概は、スリザリン生たちにはなかった。

――スリザリンの女皇

 女帝に代わる、新たな重石。

「どうか試験勉強に集中してくださいね……もちろん、私の邪魔をせずに」

 術を解かれたスリザリン生たちは、脱兎のごとく逃げ出した。

 リーンはその背を見送る。きっちりスリザリンから八十点ひくことも忘れなかった。

 カン、と鐘が鳴る。進路相談の時間が近づいてきていた。

「ようこそ、リーン。さあ、座って」

 親しげにスラグホーンが声をかけてきて、リーンは肩から力が抜けるのを感じた。茶が出される。それを黙って飲んだ。

「最近、忙しいようだね……あまりスリザリンから点を引いて欲しくないのだが……」

「公正でなければなりません、先生。スリザリンは身贔屓がすぎると言われてきました。だからこそ、きちんとしなければ」

 スラグホーンは眼を瞬いた。

「私は甘くていけない。つい、自寮や優秀なものに眼をかけてしまう」

 苦笑しながらも、スラグホーンは紙束を捲った。

「さて……君の進路なのだが……卒業後、何かしたいことはあるかね? ホグワーツの教師などはどうかね? 魔法省勤務も充分可能性がある……」

 言いながら、彼は迷うように視線を彷徨わせた。

「無論――その、君の家の得意な……」

 茶器を置く。指をゆるく組んだ。先生、と声をかける。彼が何を言いたいのかは分かっていた。自分の身を案じてくれていることを。

「スリザリンから、異例なことかもしれませんが……」

 帝王を倒せ、と死者の声がする。最期の光をともした、あの眼が焼きつく。奪われた多くの命を思った。

「私、闇祓いになります」

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