【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

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十五話

 眼にも鮮やかな、緋色の衣がさらりと流れた。金糸で刺繍が施され、鋭く光を弾く。

――炎の色。そして、血の色

 一族は流血とともにあった。いままでも、これからも。

 書を繰る。そこに記されているのは系譜だ。受け継がれてきた位を示す。

 グリフィンドールの始まりであるゴドリック。その息子。次の代がリアイス家を興したネフティス。その長子ランパントと兄弟たちが本家と七分家の元だ……。

「……消された九番目……」

 歴史の中に葬り去られた、ネフティスの末子ペンドラゴン。彼からすべては始まった。

「貴方はすべて分かっていたんでしょう?」

 イルシオン、と呼ばう。影が差し、ゴールデン・オレンジの双眸が向けられた。

「まずは、ランパントの位を継がれたこと、お慶び申し上げます」

 魔法騎士の礼を取る。昼行灯とけなされている彼には似合わない仕草だった。

「……ありがとう」

 返したとたん、イルシオンはさっと立ち上がり、勝手に椅子に座った。どちらが主だか分かったものではない。彼も自分に何が似合って何が似合わないのか、よく知っているらしい。

「限られた者は、九番目の物語を知っています。異端が何をしたのか、どういった禍根を残すのかも……ランパント、本当なら貴女も知っていたはずでした」

「ペンドラゴンと同じだったから、先代は知らせなかったのかしら」

 さて、と彼は笑う。

「少なくとも、私は貴女を危険視していましたよ……そも、ペンドラゴン追討に名乗りを上げたのは我が祖、セイリャント。異端を消すのは私の仕事ですから」

「私がペンドラゴンのように――リアイスに刃向かうとは考えないの」

「ユスティヌを断絶させ、闇の帝王に立ち向かった貴女がそれを言いますか?」

 胸の底が冷えていった。違う、と言いかけて何もかもを押し込める。ウラニア・ペンドラゴン・ユスティヌはリーンが殺したわけではない。帝王が傷を負わせ、やがて連綿と続く呪いによって心臓を消滅させられたのだ。ユスティヌの怨みの血にこもる、醜悪な呪いによって。

 だが、リアイス一族はそんなことは知らない。リーンこそがユスティヌを滅ぼしたと信じている。その功によって本家当主の座につけたのだ。

「……そうね」

 なんとかそれだけを絞り出す。

――真実はいつも葬られるものだ

 かつて、異端とされ追われた魔法使いがそうだったように。

 立ち上がる、ちらりと書をみて、閉じた。

 系譜の一番下、リーンの名の箇所に記されているのは、天秤をくわえた獅子だった。

 ◆

「よう来てくれたのお」

 リーン、とダンブルドアが呼びかける。そうして、居並ぶ当主たちを眺めた。本家当主リーン、その従兄弟である筆頭分家当主ラキシス、第二分家当主ドライアド。そうして第三分家当主、第四分家当主、第五分家当主、第六分家当主と並ぶ。最後はリーンの伯父にあたる第七分家当主だった。

 リアイス本家及び七分家の当主たちは、それぞれに散っていく。東西南北、その間を埋めるように北東、東南、南西、西北。

 北に陣取ったリーンは、広大なホグワーツの領地にいる、当主たちの存在を感じ取った。儀式を経てから、感覚が鋭くなったような気がする。顔をあげる。

 薄氷を幾重にも重ねたように、障壁がホグワーツを覆っていた。だが、ところどころ劣化し、亀裂が入っているのが明らかだった。濃い色の空と、くすんだ障壁の対比が、肌を粟立たせる。

――強化を

 当主就任の報を受け取るや否や、ダンブルドアが要請してきたのだ。ホグワーツにある障壁の強化を、創始者の末裔であるリアイス一族に、と。それは遙かな昔からの誓約だった。そして、ランパントの地位を継いだリーンの、初仕事でもある。

 手のひらを切る。杖を振り花火を打ち上げる。同時にそれぞれの方角から強力な魔法の気配が漂ってきた。リーンは血を滴らせる。

「古の誓約により、我らこの地に集わん。我に宿る命の水により果たされん……」

 血が淡い虹色の光輝を放つ。

「グリフィンドール」

 滴が、燃えるような真紅に輝き、吸い込まれる。

「レイブンクロー」

 今度は、深い青。

「ハッフルパフ」

 次の滴は、弾むような黄色。

 束の間、躊躇う。それでも、言葉を押し出した。

「……スリザリン」

 まばゆい緑に、煌めいた。

――三家の血を捧げ

「四家の血を捧げ」

――三つの意志を現出させん

「四つの意志を現出させん!」

 詠唱が終わった瞬間、足下を魔力が這い回る。引っ張られるように杖を振りあげると、刻まれた紋が燃えるように熱くなった。黄金の糸が――そう見えるものが、障壁を編んでいく。八方から吹き出す魔力が同じように形成され、やがて障壁は完璧に結ばれた。

 ふらふらと元の場所に戻った。当主たちは誰も彼もが疲れきっている。誰かが、呟いた。

「ここまでの障壁ができるとは」

 皆の眼がリーンに集中した。

「北が、一際強かった……」

 非難の色はない。あるのは、賞賛だ。ドーマントの伯父がリーンの手を取った。

「さすが、ミスラと先代の娘だけある。リアイスも安泰であろう」

 伯父の手は温かい。リーンは失礼にならない程度に笑むしかできなかった。

――この人たちは知らないのだ

 リーンがスリザリンの名を唱えた時、血が緑に輝いたことを。心のどこかでは否定したかった。自分が闇の帝王の血を引いていると。しかし、期待は無情にも裏切られた。

 リーンは、リアイス本家当主は――この世に存在してはいけないのだ。

 かつての幻獣が、消え去ったように。

 

 

 

 陽射しはまだまだ強く、校長室の魔法具が光を反射している。つと眼を細め、視線をダンブルドアへと滑らせた。ホグワーツの障壁を強化する任を終えたあと、他の当主は各地に戻り、残っているのはリーンだけだった。

「君は特別開講科目を受けるのかの、リーン」

 茶を口に運び、小さく頷いた。

「錬金術でしょう? もちろん」

 六年生からは受講希望者が規定を満たせば、特別科目が開講される。錬金術がそれだった。講師はなんと希代の錬金術師であるニコラス・フラメル。月に一度、三コマ通して行われる。

「熱心じゃの」

「もともと、一族は魔法具の制作を担っている側面がありますから……ほかにも、色々」

――賢者の石に興味がある

 ダンブルドアに口にするのははばかられた。リーン自身が黄金や不老不死を求めているわけではなくとも。

 そうして、一族の予言を伝えにダンブルドアのところまで赴いたことを思いだし、彼を見た。

「フラメル先生にお伝え願えますか? 賢者の石をグリンゴッツに移動してほしい、と。『その時』が来たらホグワーツへ……そうすれば賢者の石は永久に守られるだろう、と」

「クロードかの?」

「はい」

 リーンの従兄の子であり、次期パッサント・リアイスと目されているクロードは先視の力を発現させた魔女だった。多くの占者を輩出するパッサント・リアイスの中でも飛び抜けた力を持っている。

「『その時』が来れば、いずれクロードが予言をするでしょう」

 ダンブルドアは驚く風もなく頷いた。元々祖父であるアシュタルテと従兄弟にあたり、リーンの祖母である先視の魔女、ディアドラとも交流があった。彼にとっては先視は当たり前にある能力だった。

「ヴォルデモートが狙うであろうしの……グリンゴッツならば、確かに安全じゃろう。ニコラスには命の水を備蓄してもらわなければなるまいが」

「不老になりたいのですか、あの男は?」

 ことさらに必要だとも思えないが、と暗に言ったリーンに、ダンブルドアが返した。

「餌になるであろう?」

「……それもそうですね」

 欲望に忠実な者は多く、不老や黄金に魅かれるものは掃いて捨てるほどいる。帝王自身の能力もあるだろうが、配下を釣り上げるための動機付けは必須だろう。

――飴と鞭だ

 そうして、帝王は力をつけた。

『いいや……その黒髪、その顔立ち。お前は俺様の娘だ……』

 指先が冷えたような気がして、カップを両手で包み込んだ。もうすぐ夏休みが明けるとはいえ、まだまだ暑い。なのに、かすかに震えていた。

「……先生は、」

 くっと唇を引き結んだ。じっとライトブルーの眼を見つめた。

「ご存じだったのですね?」

 今ままであえて触れなかった話題だった。ダンブルドアの髭が少し揺れる。

「知っておったよ……君はヴォルデモートによく似ている」

 小さく呻きが漏れた。ダンブルドアが眼を伏せる。

「だから、先代は私を殺そうとしたのですね……」

 ダンブルドアがくっと眼を見開いた。歴代の校長たちも同様だった。

「まさか、本当に……あの子が病んでいたとは」

 見誤った、と呟く。

「アリアドネは君自身など見てはいなかった……君の魂はあの者とは違うというのに」

「誰がそれを証明できます?」

 この血管に蛇の血が流れているのは否定できない。リーンは黄金のグリフィンなどではありえない。

――幻獣だ

 理解しがたき獣。あってはならないもの。災いをもたらす、呪われたもの。

「君の周りにいる者たちがその証明じゃ。あの者の周りはの、損得ばかり考え、スリザリンの名に膝を突く者たちばかりじゃった……あれには友などおらん。孤高を気取ってはいるが、実際は誰よりも孤独なのじゃ」

 リーンは沈黙を続ける。ダンブルドアは困ったようにふさふさの眉毛を下げた。やがて立ち上がり、戸棚からぼろ切れのように見えるものを取り出した。

――ゴドリック・グリフィンドールの帽子

 組分け帽子だ。

「疑うのなら、訊くがよい」

 軽い感触がする。昔はすっぽりと闇に覆われていたが、今は違った。校長室の様子がちゃんと見える。

「久しぶりだね。リーン・リアイス。四強の血を余さず受け継ぐ末裔よ」

 知っていたのね、と心の中で呟いた。私がスリザリンの血を引いていると。

「無論。私はゴドリックでありサラザールでありロウェナであり、ヘルガ。子どもたちのことはよくわかる。このホグワーツ城も君の存在を感じ取ったとも」

 魔力がリーンの中に入り込む。探られているのを感じながら、身じろぎするのをこらえた。

「ふむ……君はトムとは違う。でなくば、私があれほど悩むと思うかね? トムの場合は私に触れた瞬間に決まったのだ。対して君は五分以上かかった……組分け困難者だ。君は優しく賢かった。そして勇敢であった。機知にも富んでいた。だからこそ迷ったのだよ……ユスティヌの時もそうだったがね」

――ユスティヌ

「ああそうとも。私は彼女をグリフィンドールに入れるか、スリザリンに入れるかで酷く悩んだ。おそらく、どちらに行ってもよかったのだよ。だが、彼女がスリザリンを望んだのだ。君臨するために自分は来たのだ、と言ってね」

 喉が鳴った。

――血統ではないの

「それもある。だが……私は本質を見抜く帽子。でなくば、君やシリウス・ブラック……それに、ペンドラゴンのような例が出ると思うかね?」

 帽子は続ける。

「君と帝王は違う。それは確かだ……君は立ち向かったではないか? ユスティヌの――異母姉の死を悼んだではないか? 檻から出たグリフィンよ、君は選択したのだよ。帝王と敵対する未来を。スリザリンの本来の誇りを体得してね」

 帽子を外した。息を吐く。

――スリザリンの本来の誇り

 古ぼけた帽子に触れた。

 迫害される、魔法の資質を持つすべての同胞たちのためにあること。

 それは、おそらく。

――ユスティヌが追い求めた

 夢、だ。

 

 

――荷物は寮に届けられていた

 監督生は希望すれば個室を与えられ、リーンの部屋は元々ウラニア・ユスティヌのものだった部屋となった。

 血の臭いがする気がして、思わず顔をしかめる。脳裏に浮かぶのは雪と白い面だ。

――己の血筋に翻弄された人だった

 遺品を整理したのはリーンだった。彼女には他に親族がおらず、ホグワーツの教員に任せるのは躊躇われた。願い出れば、ダンブルドアは許可してくれた。

 本を一冊ずつ棚に入れていき、クローゼットに服を入れ、箒――銀の矢――は壁に立てかけた。

 もういないのだ、と頭では分かっていても、実感が追いついていない。もう何ヶ月も経ち、ホグワーツは彼女の存在を忘れ去っている。

――死ねばこんなものなのだ

 記憶は褪せ、風化していく。留めるものがいなければ消えていくだけ。

 ユスティヌは絶えた。その報せがもたらされた時、一族は歓喜したのだという。数百年前に戦を仕掛けてきたことを、忘れ去るはずもない。だが、本当の敵は滅びてはいないのだ。

 杖を取り出す。漆黒の杖。素材は月桂樹と死神犬の毛。26センチ。しなやか。

 オリバンダー翁に点検してもらった折、言われたことを思い出した。

『この杖は矛盾を秘めた杖。月桂樹は復活、死神犬はすなわち死……光と陰を合わせ持つ。容易には従えることはできませんが、一度忠誠を誓えば凄まじい力を発揮するでしょう』

 リーンが持つ、矛盾する『何か』をオリバンダー翁は知らないが、リーンは知っている。いいや、知らされた――。

――ランパントの血統が続く限り、スリザリンの血も引き継がれる

 ヴォルデモートの狙いはそれだったのだろう。憎むべき仇敵に呪いをかけたのだ。おそらく、先代も苦しんだに違いない。リーンを生み、全てを偽り――やがて壊れた。

――この血は

 穢れている。

 スリザリンの血を絶とうと思えば、リーンの代ですべてを終わらせるしかない。

「けれど……」

 それでは、あの男の手のひらで踊ることになる。

 ユスティヌ、ともういない異母姉に呼びかけた。

「すべてを合わせ呑み、四強の血は続く」

 そうして、続けた。

「私はあなたの死を利用して、今の地位に登った。だから、帝王は討つわ」

 必ず。

 ◆

 初の錬金術の講義は城の東側――レイブンクロー寄りの区画で行われた。元々講師であるニコラス・フラメルがレイブンクロー寮の出身であることも関係しているが、空いている教室及び教員室があったからだろう。

 六年生から二年間錬金術を学ぶことになるが、今までは希望受講者が極端に少なかったために開講は断念していたらしい。

「なんだ、お前も取るのか」

「そっちこそ、意外ね」

 ブラックだった。彼は肩をすくめる。

「古くさいもんに興味を持たなさそうだって? 珍しいものが好きなんだよ、俺は」

 隣、いいかと声をかけられ眼を瞬かせた。小さめの部屋とはいえ、席は十分にある。

「……ひっついてくるヤツがいるんだよ」

 ちら、と視線で示したのは、スリザリンの女生徒の固まりだった。

「レギュラスじゃなくあなたにご執心とは珍しいわね」

「あっちに行ってくれればいいんだが」

 言いながら、隣に滑り込んできた。項がちりちりするが努めて無視する。欲しいものがあるならスリザリンらしく機知でどうにかしてもらう他ない。

「ジェームズたちは?」

「興味ないし……リーマスは……」

「魔法薬学でも滅茶苦茶だものねえ」

 覚えず笑った。O.W.Lで可を取れればいいほうだろう。試験前に泣きつかれたことは多々あった。

「というわけで、グリフィンドールは俺とフランクとアリスだけだ」

 そっちに行けばいいでしょうと言いかけて、二人仲良く座っているのを見れば、確かに無理だと思った。ブラックもさすがに遠慮したのだろう。

――二人を見ていると

 こちらまで気持ちが安らぐ。望むべくもない『普通の幸せ』がアリスとフランクという形になって現れているようにも思った。

 ふと、ブラックも彼らのほうを見ているのに気づいた。灰色の眼はぼんやりと霞んでいる。

 そのとき、始業の鐘が鳴った。前方の扉が開き、講師が入ってくる。こつ、こつ、と杖をつきながら老魔法使いは壇上へ上がった。背はあまり高くない。髭は真っ白だった。だが、眼は鋭く、深い。遥かな時の重みを感じさせる眼差しだった。

 ローブは黒、首から下げた丸い金属盤がゆっくりと揺れていた。

「……皆、そろっているようだね」

 ニコラス・フラメルの声は葉ずれのようだった。かすかで。柔らかい。彼は教室をぐるりと見回し、やがてリーンに眼を留めた。ほんのわずかの間が空いたが、出席を取り始める。

「お前、知り合いか?」

 いいえ、と答えるしかなかった。名は有名である。だが、会ったことはない。

 ニコラス・フラメルは懐かしそうに笑んだのだった。

 

 東塔に錬金術師の部屋はあった。正面の棚には本が詰まっていて、右側の棚は金属の塊が転がっている。よくわからない液体の入った瓶、床にはメモの束が積まれている。

――父の部屋のよう

 懐かしさに思わず立ち止まったリーンに、フラメルが席を勧めた。

「ごちゃごちゃしていてすまないね。片づけは苦手で」

「研究者の性分なのでしょう」

 腰掛けると、彼は茶を淹れてくれようとしたが、手つきはいかにも不器用だった。

「私が」

「いやいや、客人にさせるわけには」

「生徒ですから」

 慌ててポットとカップを取った。

「私が招いたというのに面目ない」

「いつも、奥様が?」

 フラメルが照れたように笑った。希代の錬金術師とは思えない。数百年生きていることを思えば驚くほど普通に見えた。

 しばらく、黙って茶を飲んだ。フラメルがほう、と声を漏らす。

「これは……」

 カップが置かれる。ひた、とフラメルの視線がリーンに集中した。

「父君と同じ味だ……」

「面識がお有りでしたか」

 少しだけ語尾が上がったのも仕方のないことだ。リーンの公的な父、ミスラ・リアイスは魔法薬学士であり、専門は錬金術ではない。

 フラメルはゆるく指を組んだ。首にかけた金属盤がかすかに揺れる。彫られているのは、火蜥蜴、不死鳥、獅子、竜、蛇だ。最高位の錬金術師である証だった。

「癒療や魔法薬学と錬金術は相互に関係している……殊に君の父君は研究熱心であったからね。レイブンクローでないのが惜しまれるくらいだった」

 フラメルがリーンを見る。リーンを通じて誰かの影を探すように。

「脱狼薬の研究は……誰かが、引き継いだのかな?」

 知らずに喉が鳴る。

「今、私が……」

 声が掠れた。錬金術の講義を受けたのには理由があった。魔法薬学への応用を学ぶこと、それと――。

「フラメル先生……賢者の石で、人狼を人間に戻すことはできないのでしょうか」

 彼はくっと眼を見開いた。

「父君とよく似ておられる」

 囁くような声音だった。悲しげにため息をこぼした。

「それは無理だと申し上げよう。賢者の石は不老を約束するもの。それ以上ではないのだよ」

「そうですか……」

 肩を落とした。やはり、と諦める一方で駄目だったか、と落胆する。

「父君も同じことを私に尋ねたよ……遙か昔の私の友も……リーン嬢」

 ぴんと空気が張りつめた。思わず姿勢を正す。

「人狼はリアイスにとって鬼門だよ。君の父もそうだが……君の祖先も人狼によって死に追いやられたのだ。そうして私の友は狂ってしまった。覚悟はあるのかな?」

「友を見捨てることはリアイスの名折れ。覚悟なら、とうにできています」

 フラメルを睨むように見返した。

「一度死にかけて、それでも、と思ったのです。たとえ可能性が少なかろうが人狼を完治させると……その未来に賭けると」

 私の一族は、とリーンは続けた。

「人狼殺しの一族でもあります。錬金術による魔法具の作成。それによる武力を持っています。けれど、殺して終わりにするのは無理なのです……歴史が証明しています」

「理想だね」

 彼は小さく笑う。顔の陰影が濃くなった。

「理想は誰かが引き継ぐでしょう……私が父の志を継いだように」

 それを祈るとしよう、と彼は言う。どこか疲れたように。皺だらけの手が、リーンの手を握りしめた。

「長生きしておくれ、リーン嬢……脱狼薬の完成を見てみたいよ」

 もちろん、と笑う。

「髪の真っ白な綺麗なお婆さんになって、孫もいっぱいいる予定ですよ。ちゃんと薬だって完成させて、楽しく生きるんです」

 それはいい、とフラメルはくすくす笑った。

「君ならばそんな未来も掴み取れそうな気がしてしまうよ」

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