【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

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十六話

 闇祓い本部とは故アリアドネ・リアイスが創設した魔法省の一部署であり、その歴史は比較的浅い。だが、魔法省内部において飛び抜けた戦闘能力を有す集団であった。職務の性格上構成員の比率は男7、女3。創設者の出身家であるリアイス姓の者が多かった。

「……お前ならそんなにあくせく勉強しなくたって受かるんじゃねえの?」

 山積みにした本をものめずらしげに眺めながら、ブラックが言う。図書館でばったり会って、そのままなんとなく席を共にしていた。彼はといえば錬金術についての本を片手にもっているものの、リーンの勉強量のほうが興味深いらしかった。

「リアイスだし、って?」

「創設者の娘だろ。受かるだろうが、普通」

「その『普通』が通用しないのよ」

 彼の前に羊皮紙を滑らせた。『闇祓いガイドライン』だ。

「筆記試験は記名部分を魔法で読めないようにするし、実技だって受験番号が割り当てられてる。最後の面接だけは名が明かされるけどおまけみたいなものだもの」

 徹底的な機密保護だ。局長自身や魔法省大臣でさえ介入不可能な制度をつくり上げた。

「闇祓いにリアイスは多いけど、門戸自体は開かれているわ。スリザリン系だって闇祓いなのよ」

 ブラックが眼を見開いた。「そんな無謀なヤツがいたか?」と首を傾げる。驚くのも無理は無い。この時代、闇祓いであることは闇の帝王に反旗を翻すと宣言したも同然だからだ。

「シャックルボルト家」

「ああ……確かに、あそこは変り種だったか」

 ブラックの頭の中で、情報が索引されたに違いない。嫌がっていたとはいえ、ブラック家の嫡男だ。家系図その他諸々は叩き込まれたのだろう。

 彼は吐息を漏らした。ぺしゃりと机に伏せ、見上げてくる。灰色の眼は少し暗い。

「どうしてこう、どいつもこいつも危険に飛び込むんだろうな」

 ジェームズも闇祓いになるってさ、と彼は続けた。今度はリーン驚く番だった。

「冗談はよして。ジェームズが闇祓いなんて……将来は悪戯専門店でボロ儲けするって言ってたのに」

「こんな笑えない冗談言うかよ」

 完全に拗ねた口調だった。その時、誰かがばっと飛び込んできた。

「シリウス! それ言っちゃだめだって! あとでびっくりさせようとした僕の努力が」

 ジェームズだった。振り向けば、幼馴染は気まずげに頭をかいて髪をさらにくしゃくしゃにした。収拾がつかなくなっている。

「本当なの?」

「君が闇祓いになるって決めたんなら、僕もそうするよ」

「だから……別に私に付き合わなくたっていいのよ」

「闇祓いは原則二人一組になるだろ? だったら君と組めるのは僕だけさ。というか、他の人間とペアなんて心配で組ませられないね」

 わざとふざけていたが、眼は本気だった。

「たいした自信だな、ジェームズ? もう闇祓いになる気満々かよ」

 ちょっと、せっかくの名場面に割り込まないでくれるかな、とジェームズが抗議すれば、眼鏡が無残に割られた。

「ああ! 僕の眼鏡が!!」

「もっと粉々にすればよかった」

 いつものように喧嘩をはじめ、あまりにも騒がしいので司書に追い出された。リーンも巻き込まれた。

「あなたたちって本当に……」

 成長しないわね、と言おうとしてやめた。まったくもって無駄だ。借りた本を抱えて彼らを放っていくことにした。付き合っていられない。

――マッド・アイに手紙を書かなくちゃ

 同期に闇祓い志望者が何人かいます。お時間があるときに、是非とも稽古をつけていただきたく……という感じだろうか。

「置いていくなんてひどいよ!」

 後ろからにゅっと腕が伸びてきた。

「おいこら待て、ジェームズ! まだ話は終わってない!!」

 両側から騒音が響いてきて、苦く笑った。ちらとジェームズを見る。

――付き合ってくれるのだという

 危険しかないであろう路に。

 彼に後悔させないように、リーンはふさわしいだけの強さを持たなければならない。

 それが、返せるものだ。

 

「錬金術は発祥を古代エジプトだとされている。元々は金を精製する技術であるが……そのうちに目的が変化していった。賢者の石の精製だ」

 視線が集まったのを感じたのか、フラメルが苦笑し、両手を広げた。

「賢者の石、哲学者の石……様々に呼ばれているが、それを提唱したのは誰かは定かでない。パラケルススともアグリッパとも言われているが、前者は癒者としての性格が強く、後者はまさに万能者であった……」

 フラメルが黒板を叩いた。

「さて、私が賢者の石を精製しえたのはまったくの偶然だ。その話を少し聞いてもらいながらも、君達には金属の精製を行ってもらおう」

 前列の生徒が指名され、戸棚に向かった。籠に入れてもってきたのは、紅い石だった。

「辰砂だ。これから水銀を精製してもらう」

 泡頭呪文を必ず使用すること、とフラメルが厳命し、掌で石を転がした。

「錬金術の基礎は水銀の精製から始まるといっても過言ではない。そうして、賢者の石イコール血のように紅いという定説も、ここから来たのだろうと推察される」

 再び黒板が叩かれた。

「まずは黒化……辰砂を熱する。続いて含まれる水銀を白化――気化させる。それを冷却し、水銀を得る。錬金術においては専門用語が数多く出る。覚えておくように」

 使うのは大鍋ではなく、ペリカンと俗に呼ばれる器具だった。くねくねと曲がっており、鳥に見えなくも無い。

 辰砂を落とし込み、杖を向ける。呪文を唱える声が教室に木霊した。

「インセンディオ!」

 単に熱するのは簡単ではなかった。魔法の炎は辰砂を丸ごと融かそうとしてくる。黒化は時間をかけてゆっくりと行わなければならず、しかしながらきっちり時間通りにやればできるというわけではなかった。

――魔法薬学と一緒ね

 図ったように、フラメルの声が渡ってきた。数百年の時を生きているとは思えないほど、彼の声は力強い。

「君達は曲がりなりにも五年間、魔法薬学を学んできたからこれぐらいで済んでいるのだ。そもそも、魔法薬学も、癒療も錬金術を基としている。これらは杖を振れば体得できる種類のものではなく、長い経験と、運、地道な努力がもっとも必要とされる学問だ」

 フラメルのローブの衣擦れが響く。あちこちの生徒に「火を弱めて!」「もっと強く!」などと声をかけながら机の間を練り歩いていった。穏やかさは鳴りを潜め、錬金術師としての貌になっていた。

――ボーリングと音楽鑑賞が趣味の魔法使いには見えないわ

 フェンシングとか、そういう身体を動かすもののほうがよほどしっくりくる。それぐらいきびきびとした動作だった。なんとなしにマクゴナガル女史を彷彿とさせる。

 教室には熱気が満ちていたが、泡頭呪文のお陰か頭は冷えていた。この呪文は有毒の気体を吸い込まないためもあるだろうが、熱気によって意識が朦朧とすることも防ぐ役割を果たしているのだろう。水銀は人体にとって毒である。

 多くの権力者によって不老不死の妙薬として服用されてきた歴史があるが、結果として命を縮めるだけになった。

「これで基礎かよ」

「錬金術の、ね」

 ブラックがぶつくさ言っていた。それもそのはず魔法の中でも高度なものだ。基礎が難しく感じるのも当然だった。おそらく、ボーバトンやダームストラングではこんな授業はやっていないだろう。もっとも、前者は魅了や幻惑などといった精神に働きかける呪文に秀で、後者は闇の魔術に秀でているという。ホグワーツにはないものだ。

 教室には当然ながらスリザリン生もいて、闇側と目される者もちらほらいた。彼らも四苦八苦しているようだ。

――ダームストラングに行かれて闇の魔術を吸収されるよりはいいかしら

 ホグワーツを否定するのかと思えばそうでもないようで、闇側だろうと結局は入学し、卒業していく。てっとりばやく技術を習得するのならばダームストラングが最適だろうと関係ないらしい。ベラトリックスやロドルファスしかり。ほかの死喰い人しかり。

――スリザリン生全員を追い出すわけにもいかないものね

 組み分け帽子に吹き込まれた創始者の意思に反するのもあるが、実際的に極端な排斥は激烈な反発を生むことになりかねない。

 黒化の段階が済み、辰砂が艶やかな色味を帯びてきた。火力を上げる。炎が白く輝いた。

「賢者の石を研究するにあたって、私は血液に注目した。それはある記述に触れたからだ」

 とつとつとフラメルが呟いた。蒸気が立ち込める中、彼の姿は滲み、かすんだ影として見えた。時折、首から提げた金属盤が炎を受けて煌いた。

「聖ヤヌアリウスの血に関するものだ。保存された彼の血は普段は固体だが、年に何度か液状化する、といわれている。そもそも血自体が魔法なのだ」

 爆ぜる炎さえも息を潜めてしまうような、不思議な力が彼にはあった。手が留守になりかけるも、なんとか作業をしながら耳を傾けた。

「過去の偉大なる魔法使いの血を浴びた者の眼が癒えたなどという話もある。一角獣の血も強い力を持っていることは証明されている。あの血は人間にとって触れてはいけない禁忌であるが……古くの契約も血によってなされ、血の流れにそって継続される。魔法にとって非常に重要な要素だ」

 段々と周りの気が逸れていくのがわかったが、リーンは逆に引き込まれた。フラメルの言葉の何かが、強烈にリーンを惹き付けてやまない。

「禁忌とされる術も血によってなされるが、またそれを破るのも血だ。血統による繋がりは強固であるが、断ち切る力ももっている」

 話が逸れてますよ先生、と誰かが言う。フラメルはゆったりと笑んだ。

「おっと、冗長だったようだ」

 白化は進み、とろりとした銀色の気体が曲がった管の中を循環した。次は冷却だ。

「Mr.ブラック、Ms.リアイス、順調なようだね」

 え、と思い隣を見た。なるほどブラックも冷却の段階まで進んでいる。確か魔法薬学は三位か四位だったのだが(一位はリーン、二位がリリーだった)それにしても手際がよすぎる。リーンのように普段から魔法薬学に没頭しているわけでもないのに。

――要領よすぎるわ

 リーンでさえ苦戦しているのに、ブラックはもう追いついている。吸収が早いのかなんなのか。

 にやっとブラックが笑った。

「俺がこの前なんの本を読んでいたかお忘れかな? ルーヴ」

 暗号名を呼ばれ、口を尖らせた。そうだった、彼は錬金術に関しての本を読んでいた。しかし、読んだだけでさっさとできるようになるなんて反則だ。

「うるさいわよ、パッドフット」

 なんだかんだと二人で小声で言い争いをしているうちに、水銀の精製が完成した。魔法で強化した瓶に水銀を流しいれ、サンプルを提出した。

 フラメルは満足げだった。

「素晴らしい。スリザリンとグリフィンドールにそれぞれ十点差し上げよう!」

 一緒くたに呼ばれ、二人とも顔を引きつらせたことにフラメルは気づかなかった。

 

 

「そろそろ折れてくれてもいいだろう、リーン」

「そのお茶会とやらに、どうして私が出なければいけないんです? 先生」

 寮監であるスラグホーンに日誌を渡して帰るつもりが、とんだやぶ蛇だ。図書館に行くついでだからと立ち寄ったのが間違いだった。

 まあお茶でも飲んでいきなさいと言われればリーンは座るしかなかった。

「さきほどの答えだがね、君が優秀だから呼びたいと思っているのだよ」

「他にもいますよ、優秀な人なんて」

「そうだね」

 スラグホーンは否定しない。ゆったりと茶を淹れていく。

 茶会はスラグホーン気に入りの人間――そうと見込んだ者――を招いて行われるのだという。

「君の友人のリリー・エヴァンズもそうだ」

 誇らしげだった。眼が生き生きしている。まるで難しい薬の調合に成功したときのように。

「先生は……」

 カップをつまみ上げる。芳香が鼻をくすぐった。

「純血ばかりを、贔屓しているのかと思っていましたが」

 彼は肩をすくめる。

「私がスリザリンの寮監だからかね? 知らないようだから言っておくが、私は混血だ」

 眼を丸くし、まじまじとスラグホーンを見てしまう。もちろん、スリザリンの中にも混血がいることは承知していた。たとえば、友人のセブルスのように。しかし、彼のことは純血だと勝手に思いこんでいた。

「そこまで驚かれるとは。リーン考えてもみなさい。純血家系など魔法界全体からしたらごく少数なのだよ。マグルと血を交えないという選択はすなわち、近親婚の繰り返すしか手段がなくなる……そうなればどうなるかね?」

「精神の異常、病変の遺伝、奇形……その他諸々、です」

 ぽつりと言いながらも、心臓が冷えていくように錯覚した。

――純血家が生き残ってきたのはとてつもない幸運なのではないか

 純血同士で婚姻を繰り返せば、同じような形質の血が循環していくようなものだ。それだけ危険をはらむことになる。

 リーンの表情から何かを読みとったのか、スラグホーンが苦笑した。

「安心しなさい。純血家とはいえ……マグルの血が絶対入らないということはない。大抵は汚点として隠蔽されているがね。マグルを排除したとて、混血との婚姻は選択肢としてある……君にとっては不快な話だったろうか」

 グリフィンドール六大名門としての立場を考慮したのか、彼は付け加えたがリーンは首を緩く振った。

「いえ、確かに……おっしゃるとおりです」

――汚点として隠蔽されているがね

 さらりとスラグホーンが言ったが、思ったよりも堪えた。自身が汚点そのものだとわかっている今となっては。

――母は私を消そうとしたのだ

 呪いのように木霊する。お前の母親は娘を殺そうとした、と。

 話題を切り替えたくて、水を向けた。

「その茶会、参加させていただきます。リリーがいるのでしたら」

 そうかね、とスラグホーンは機嫌よく身体をゆらした。

「ならば、頼みがあるのだがね。レギュラスとシリウスにも招待状を渡してはくれないか」

「あの二人でしたら、他に……」

 言いかけたが、制された。

「招待状を渡そうにも二人ともさっと消えてしまうのだよ。君ならば大丈夫だろう」

――避けられているんじゃないかしら

 だが、どこまでも自分に都合のいい解釈しかしない教授だ。仕方のないことなのかもしれない。

「渡すだけですよ? ね、先生。渡すだけです」

「いいとも」

 ちょっと手紙を書くから、と言って彼は羽根ペンを手に取った。

 ◆

「リーン先輩が参加するなら、僕も是非とも」

「いままで避けていたんじゃないのかしら」

「参加メンバーが面白そうであれば、理由にはなります」

 あっさりとレギュラスが言い、肩すかしを食らった気分だった。もっと抵抗されると思っていたのだ。

「あの先生自体はどうでもいいですが、人脈を得るのには好都合です」

――どうでもいい、と断言するあたりがスリザリンらしい

 レギュラス自身、教師に取り入らなくとも構わないだけの家柄の持ち主である。しかもブラック家次期当主なのだから怖いものなしだろう。

「僕の顔になにかついています?」

「いいえ。しっかりしているな、と思って」

 慌てて取り繕い、手をひらひらと振った。

「……兄には僕から渡しておきましょうか?」

「いいわ。どうせ授業が一緒だもの」

「隣の席だと、聞いていますが……」

 どうせスリザリンの誰かから聞いたのだろう。肯定した。

「よく兄も貴女の隣を選びましたね」

「色々大変なんですって」

 ちら、と固まっている女生徒に眼を向けた。何かあればリーンが容赦なく点を引くので、スリザリン生は穏和しいものだ。もっとも、自寮であれ他寮であれ点を引くので公正な監督生だと周囲に認知されており、あまり不満の声はない。手綱を締めているおかげか、スリザリンとグリフィンドールの間でのいざこざはない。クィディッチシーズンになれば問題が持ち上がるだろうが、そのときはそのときだった。

「ああ……」

 レギュラスもリーンの視線を追う。軽くため息をついた。

「家を出ても家名からは逃れられなかったわけですね」

「仮にも長男だから仕方ないんじゃない?」

「兄がご迷惑をおかけします」

「隣にいる分には構わないわよ。私より要領いいときがあって腹が立つけどね」

「変わりましたね、リーン先輩」

「そうかしら」

 そうですよ、とレギュラスが頷いた。

「以前なら授業を一緒に受けるなんて考えられなかったのに」

「……今回はたまたまよ」

 なぜか、乱暴な口調で返してもレギュラスは笑うばかりだった。

 

 城の中をうろうろと探し回る。こういうときに限って行きあったジェームズやリーマスと一緒にいない。嫌がらせのように思えてくる。

 ようやく見つけたのは西側の渡り廊下だった。

「……で、頼まれたって?」

「先生が困っていたから」

 招待状を差し出しながら言うと、ブラックは舌打ちした。

「スラグホーンに媚び売ってるわけか」

「なんとも悪意ある言い方をありがとう」

「本当のことだろうが」

 柱にもたれかかったまま、睨み上げてくる。

「私はスリザリン生で、先生は寮監よ。頼みを聞いた方が得策でしょう」

 だいたい、とため息混じりに続けた。目の前の頭脳明晰であり容姿もまあまあ優れているグリフィンドール生を眺めやった。

「貴方みたいに我を通せる人は少ないわよ。家柄とか、血筋とかを持っているからそんな奔放にできるってこと、自覚したら」

 今度はブラックが顔をしかめる番だった。

「俺は家を捨てた」

「確かに当主継承権は放棄したでしょう。それでも、貴方がある種の影響力を持っているのは否定できない」

「スリザリンの連中か」

「それはもちろん」

 しばらく、沈黙が続いた。

「お前だって持つもの持ってるじゃねえか」

「私は異端のリアイスよ。血も、名も役には立たないわ。そして逃げられない。たとえ家名を捨てても意味がない」

 ブラックがかすかに眼をみはる。

「逃げないのか?」

「無理ね。私の場合は特に」

 招待状は渡した仕事は終わりだ。くるりと踵を返し、去ろうとした。

「スラグホーンに言っといてくれ。出席するってな」

「……は?」

 随分と久しぶりに間抜けな声が出た。

 

――なぜ私を挟んで座るの

 兄弟仲良く座ってくれればいい。わざわざリーンを挟んで座る必要性などどこにもない。

「紅茶、どうですか。先輩」

「いただくわ」

「おいレギュラス、俺にはないのかよ」

「自分で淹れてくださいよ」

 レギュラスは実の兄に向かって冷たく言いながら、紅茶を注いでくれた。

「おいリアイス、レギュラスを顎で使ってんじゃねえよ」

――なんて言いがかり

 もはやあきれるしかない。そもそも、顎で使うとか使わないとか関係ない話だった。

「妙に突っかかりますね……僕は自発的にやっただけです。だいたい、なぜ先輩の隣に座ってるんです? 邪魔です」

「お前だって隣に座ってるだろうが」

「僕とリーン先輩は同じスリザリン寮。対して兄さんは寮も違うただの他人」

「待て、知り合いではある」

「所詮知り合い程度なんでしょう? 僕らは先輩後輩の間柄ですよ。さっさとリリー・エヴァンズのところにいったらどうです。ああ、嫌われてるんでしたか。本当に兄さんは敵が多い」

 ここまで話しまくるレギュラスは珍しい。ブラックが酢を飲んだような顔をして黙り込み、じろりとレギュラスを睨んだ。

「言いたい放題だな、お前」

「もうあまり会えないんですから、これぐらい言わせてもらえないと」

 眉間に皺を刻んだ兄とは対照的に、レギュラスは笑顔だ。彼のこういう張り付けた笑顔というのは、怒っている時に多い。それを隠そうとするからこその笑みだった。

 ブラックも気づいたのだろう。やがて席を立ち、リーンに一瞥をくれたあとリリーの元へと去っていった。

「お冠ね、レギュラス」

 自然と、ささやくような声になった。

「あまりにも兄がバカなので、つい」

「今に始まったことじゃないわよ」

 レギュラスがくっと喉を慣らす。なんとか笑いを殺し、目尻に滲んだ涙を拭った。

――どうしよう

 彼の笑いのツボがまったくわからない。

「……まあ、救いようのないバカ兄ですけどね。色々な意味で」

 

 この茶会に知り合いはいる。けれども、別の人と一緒だったので話しかけるのは後にしようと思っていたら――予想外の人物がやってきた。

「シリウス、どうしたっていうの?」

「クソ野郎に追い払われた」

 リリーは遠くにいる二人に眼をやった。そうして、眉をひそめる。

「仮にも弟なのに……あなたが邪魔しているようなものでしょう」

「知り合いの隣に座ってなにが悪い」

 知り合いとは、また微妙だ。知り合い以上友達未満であることは違いないだろうが。

「ハイハイ。でもね、シリウス。リーンとあなたは『ただの知り合い』であなたの弟とリーンは同寮の先輩後輩なのよ。比重が違って当たり前でしょう」

 シリウスがむっとしたのが分かった。感情的にみえて、けれども冷静なのかと思えば、残念なことに感情的なのがシリウス・ブラックなのだとリリーはこの六年で学んでいた。

 皿の菓子を掴み、口に放り込んで苦虫をかみつぶしたような顔をした。甘いものにあたったらしい。それを差し引いても険しい表情だ。

「あの女の言うことは分かるような分からないような……難しい」

 へえ、そうなの、と言うだけに留めておいた。話の方向がまったく読めない。いつだってシリウスは唐突だ。

「いや、分かる気もするんだが」

 思わず、うなってしまった。

「それ、リーンに興味津々ってことじゃないの、シリウス」

「はあ?」

 なにいってんだこいつと言わんばかりの顔をされたので、さらに続けた。

「隣に座ろうとしたり、話を理解しようとしたり、嫌いな相手だったらしないでしょう。招待状を渡したのがリーンじゃなかったらこんなとこに来ないだろうし」

「いや、違……」

「違わないわよ」

 だって昔のあなただったら絶対しなかったんだから、そんなことと締めくくった。

 そのときのシリウスの顔はとても見物だった。

 

 

「……というわけで、魔法省に行きたい人は手を挙げて」

 手紙をひらひら振る。署名をめざとく見つけたジェームズが顔を輝かせた。

「マッド・アイと連絡が取れたんだね?」

「そうなの。忙しいみたいでなかなか返事がこなかったんだけど……」

 マッド・アイの名に、隠し部屋にたむろしていた仕掛け人たちが注目した。

「知り合いだったっけ、リーン」

「ちょっとね」

「すごいね……闇祓いの中でもトップクラスの強さなんでしょう、その人」

 リーマスとピーターがそれぞれ口にした。

「……予定はいつなんだ」

 リーンから微妙に視線を外しながらブラックが問いかけてきた。

――いつもならまっすぐ見てくるのに

 悪いものでも食べたのだろうか。首を傾げながらも手紙に視線を落とした。

「ホグワーツから帰省する日に、魔法省に直行するですって。そのほうが早いからって」

 キングズ・クロスも魔法省もロンドンにある。一旦それぞれの家に帰ったあと再度集まる手間を考えれば当然だった。

「もちろん、僕は行くよ! シリウスは?」

「俺も行く。魔法省なんてそうそう行けねえしな」

 リーマスとピーターは辞退した。それぞれ「人狼が行って気分のいい場所じゃないから」「予定が空いていない」という理由だった。

「楽しんできてよ」

 少し肩をすくめる。

「たぶん、しごかれまくると思うわ」

 

「僕はお前が闇祓いになるのは反対なんだからな」

 帰省のためのホグワーツ特急、その一室でセブルスが物憂げにリーンを見つめていた。

「私が言うことを聞かないことは知っているでしょう、セブ」

 セブルスが唇を引き結ぶ。肯定の証だった。

「危険すぎる」

「元々危険なのよ」

「……リアイスだからか?」

「正解」

「逃げろ」

 覚えず、微笑んだ。

「逃げても追ってくるわ。どこまでも……」

――恐らく、リーンを殺すまで

 相手はリーンの忠誠を欲しがっている。けれど、リーンにそのつもりがあろうはずもない。

――父を殺したのだ

 リーンが逃れる方法はただ一つ。闇の帝王を倒すこと。そうでなければ未来はない。

 かつて帝王を倒そうとした魔女がいた。それは叶わなかったが、決意は受け取った。

 愚かな娘よ、と言い帝王は彼女を殺した。意に染まぬ者は誰でも殺す。帝王はそういう男だ。

「他に、職があるだろう。別にリアイスだとか闇祓いの娘だとかいう理由で……」

「そういうことじゃないのよ、セブ」

 特急はまだ山岳地帯を走っていた。峰は雪に覆われていて、まばゆいばかりに白い。

 ふと、顔を上げた。手を延べる。黄金の炎が宙に燃え上がり、紙片がひらりと落ちた。

――イルシオンから

 一読し、立ち上がった。杖を引き抜く。

「セブ! ダンブルドア先生に伝言を!! 守護霊を飛ばして」

 扉を開け放つ。

「死喰い人の襲撃よ!!」

 刹那、特急が大きく揺れ、窓ガラスが木っ端となって砕け散った。

 

 

 素早く防御呪文を唱え、殺到してくる破片を防ぎ切った。随分派手にやらかしてくれたものだ。

 誰かが駆けてくる。

「ランパント!」

「ヘカテ」

 第七分家ドーマントの魔法使いだった。杖を引き抜き準備は万端のようだ。

「なにが……」

「死喰い人よ。クロードやルキフェルをお願い。リアイスは狙われるかもしれないから……あと、人質にならないようにね」

 彼は息を呑んだ。「まさか、戦いに行くつもりじゃ」と言いかけるも、制した。

「ここにいるリアイスの中で一番強いのは誰?」

 ヘカテが眼を伏せた。

「僕らでは足手まといなんですね? けれど、あなたはランパントだ……死なれるわけにはいきません」

「大丈夫よ。相手は私を殺さない……さあ、あなたはあなたのするべきことをするのよ、第七分家のヘカテ」

 彼はまだ何かを言いたいようだったが、根負けしたように頷いた。通路を去っていく。彼とは逆方向にリーンも進んだ。

――スリザリンはレギュラスに任せればいい

 猛然と走りながら、伝達の炎を飛ばした。とにかく、死喰い人の襲撃を知らせなければならず、混乱は最小限に抑えるべきだった。このときばかりは他寮と連携を取り、生徒たちの指揮をしてもらわなければ困る。

 あちこちで悲鳴やうめき声が聞こえる。どこもかしこも窓が砕けたのだろう。リーンは多少は修羅場を経験しているから防御できたが、なれていなければ無理だ。

 特急は進み続けている。窓の外に影が見えた。きらきらと光る何かを身につけている。眦が険しくなった。

――空に

「来い、銀の矢!!」

 箒を呼び寄せる。コンパートメントに飛び込んだ。幸い人はいなかったようで、被害はなかった。ぽっかりと空いた窓枠に呪文をたたき込む。

「粉砕せよ!」

 壁に大穴が空く。箒にまたがり地を蹴った。飛翔する。切り裂くような風が髪をなびかせた。

 影は三つ。特急を追うようにして宙を滑っている。中の一人がこちらに気づいたのか、向きを変えた。冬の陽射しに、仮面がちかりと光った。

「ああ、お嬢様がいらっしゃった」

 若い女の声だった。見事な黒髪とその声には覚えがある。

「お久しぶりね。レディ・レストレンジ」

 女戦士の名を持つ死喰い人が笑う気配がした。

「できればレディ・ブラックと呼んでもらいたいものだ」

 ベラトリックスはくつくつと笑う。隣の影がみじろいだ。おそらく、あれはロドルファスだろう。

「おい、ベラ。俺たちの任務はこのお嬢さんを連れていくことだろう」

「黙りな、フェンリール! 今は私が話しているんだ!!」

――フェンリール

 リーンの眼差しがきつくなったのが分かったのか、男は笑う。

「お前の母親は強かったぜ、お嬢さん……俺に不意をうたれて無様に死ん――」

「息絶えよ!」

 緑の光線がフェンリールに向かって放たれた。すれすれのところで避けられ、ローブの裾を焦がした。

「おお……その怒り狂った顔ときたら、我が君によく似ている」

 うっとりしたようにベラトリックスが言った。逆に、ロドルファスが後退する。彼はリーンを凝視していた。

「その双眸……やはり……」

 ご容赦ください、と彼は囁いた。

「この者の無礼は償いましょう……人狼ごときに心を揺らすこともありますまい」

「そうして仲間を売るのね。帝王の配下は腑抜けばかりのようじゃない」

 フェンリールが飛びかかろうとするも、ロドルファスが止めた。特急は去っていく。

「令嬢、あなたは勇敢だ。生徒を巻き込みたくないから単身飛び出してきたのだろう?」

 ベラトリックスが手を伸べる。その手を取ることを疑っていないように。柔らかく、リーンは笑んだ。

「ただ力を誇示したい輩についていく道理はない……」

 ペトリフィカストタルス! と心の中で唱えた。ベラトリックスが杖を振り、呪文を相殺する。

「力こそすべて。分かってはいただけないようだ」

 ロドルファスとフェンリールが杖を向ける。発射された光線を飛翔して避けた。柄をしっかりと挟み込み、片手にもった杖をひゅっと振る。

「霧よ!」

 いまにも呪文をかけようとしていた三人を、みるみるうちに立ちこめてきた霧が覆い隠す。

――時間を稼がないと

「小賢しい!」

 背後に気配がわいた。振り向く。

――ベラトリックス!

「短距離姿くらまし……どうやら計算外だったようだね?」

 仮面でこもってはいるが、声には隠しようもない優越が漂っていた。完全に虚を突かれた。

「さあ我が君の娘……穏和しく失神せ――」

「妨げよ!」

 ベラトリックスの身体が傾ぎ、箒から滑り落ちそうになるも、体勢を立て直した。

「お前は……シリウス!!」

「よおベラトリックス。派手にやってくれたもんだな」

「退却願おうかな……もうダンブルドアも闇祓いも来るころだ」

 『嵐』と『閃光』にそれぞれまたがり、シリウスとジェームズがベラトリックスに杖を向けた。  直後、悲鳴が聞こえた。

「ロングボトムとプルウェットか……!」

 フェンリールとロドルファスの叫びが響いた。燃えるような赤毛がみえる。リリーも加勢したらしい。

「どうする、ベラトリックス? ホグワーツの上級生六人を相手どるのは、いくらあなたがたでも骨が折れるはず……選びなさい、逃げるか捕まるか……それとも死ぬか」

 燃えるような眼でブラックを睨みつけていたベラトリックスが高笑った。

「今回は穏和しく引いてやりましょう。令嬢……だが、忘れないことだ」

 彼女は杖を振る。渦に呑まれる刹那、あざ笑った。

「あなたは後継だということを!!」

 風と雪だけが音を響かせる。リーンは二人に向き直った。彼らは静かにこちらを見ていて、その青ざめた顔から悟った。

「聞いていたのね?」

 彼らが駆けつけた時、ちょうどベラトリックスが言った。

――帝王の娘だと

 ブラックは頷いただけ。ジェームズは絞り出すように口にした。

「……聞いた……本当なのかい、リーン?」

 歯が鳴りそうになるのを堪え、うなずいた。

「ええ……」

 呻きが聞こえた。遠くから、呼ぶ声がする。リリーたちが飛んでくるところだった。

「……お前は、それを望んでいないだろう」

 呆然としたジェームズをちらと見て、ブラックが呟いた。

「それは呪いなんだろう?」

 顔がゆがむ。歯をくいしばった。リーンの様子を見て取って、さらに言葉を継いだ。

「なら俺は、受け入れる。翻弄される苦しみは知っているから」

 ジェームズが飛びついてきた。ぎゅっと抱きしめられる。

「僕が真っ先に言うべきだったのに、取られちゃったよ。リーン、無事でよかった。君が誰でも僕の相棒には変わりないよ」

 喉がひくついた。声の震えを抑えられなかった。

「ありがとう、ジェームズ……シリウス……」

 翻るローブの音が峡谷を渡る。振り返れば、ダンブルドアと闇祓いたちがやってくるころだった。

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