【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

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十八話

「傷だらけだな、リーン」

 マッド・アイにね、とだけ返すのが精一杯だった。ソファに崩れるように座る。リアイスの所有する邸の一つ、元は何代か前の当主が愛妾のために与えたものだったという。

 闇祓いになって一年と数ヶ月、マッド・アイの指揮の下、ジェームズやアリス、フランクとともに職務に励む日々が続いていた。

「ほら、薬」

 軟膏を顔に遠慮なく塗られ、逃げようとするも掴まえられた。

「他にどこ怪我したんだ?」

 背中、と投げやりに答えた。遠慮なく服を捲り上げられ、もはや諦める。言っても無駄なのだ。ぺたぺたと軟膏が塗られる。今更背中を見られたところでどうということもない。指先が脇腹の傷をなぞった。声が漏れ出しそうになり、彼の手を叩いた。

「やめて頂戴」

「悪い」

 楽しげだ。とても。

――不思議な気分だわ

 首からかかった細い鎖、その先に下がった指輪を思う。シリウスの名が刻まれたものだった。対の指輪はシリウスが持っている。

「どうした」

「なんであなたが私と結婚する気になったのかな、って」

「するとかしないじゃねえだろ。そうなってるもんだろ」

 ごもっとも、と苦笑した。変なところで理屈をこねる。服の上から指輪に触れた時、銀色の何かが飛び込んできた。

――不死鳥

『死喰い人と交戦中。現場に急げ』

 場所の情報が脳裏に書き込まれていく。守護霊が消えるか消えないかの内に、リーンとシリウスが立ち上がった。

「行こう」

「そうね」

 駆け出す。姿くらまし防止領域から抜け出すと同時に、二人そろって空間を跳んだ。

 とん、と着地する。煙と血の臭いが満ちていた。

――ウィーズリー家やラブグッド家のある地域

 少なくとも近郊――少し離れてはいるものの――マグルの市街地だ。

 あたりは混乱に包まれていた。すぐさま闇祓い本部に連絡を飛ばす。運が良ければジェームズや、マッド・アイやフランクや、アリスが来るはずだった。一族にも伝達する。

 炎の方にどちらともなく駆け出した。点々と死体が転がっている。

――死喰い人め

 マグルに何の躊躇もなく手をかけた。炎のせいで、逆に闇が深い。ふと、その中に光を見つけた。

「シリウス!!」

 二人同時に逆方向に跳んだ。影が落ちる。ぎゃり、と爪が石畳を引っかいた。

――フェンリール!!

「シリウス、行って! フェンリールは私が倒す!!」

 一瞬のためらいの後、シリウスが去っていく。

「……っ、死ぬんじゃねえぞ!」

 フェンリールがシリウスの背に飛びかかろうとしたが、リーンがそれを赦さなかった。唇を舐める。意識を集中する。獣の姿を想起する。狼ルーヴを。

 人狼が悲鳴をあげる。その背にふかぶかと爪が突き立っていた。尾で迎撃しようとするも、白い狼は軽やかに避けた。

 二頭の獣が睨みあう。彼女は、フェンリールが片足を軽く引きずっているのに気づいた。いいや、それだけではない。あちこちに傷跡がある。

――魔法による傷だ

 人狼相手にあれだけの損傷を与えられる人物を、彼女は知っていた。先代ランパント。最後に、彼女はフェンリールと対峙していたはずだった。

 彼女は高らかに吼える。唸りをあげて後退したフェンリールに襲いかかった。爪が食い込もうがお構いなしに傷跡のある片足に噛み付く。血の味が広がり、同時にフェンリールが絶叫した。ひるんだその隙を逃さず、今度は顔をひっかき、首に噛み付いた。圧迫を加え、意識が落ちたと確信したのと同時に変身を解く。口の中の血を吐き出した。

「フェンリール!?」

 女の声だった。リーンは振り向く。

「ネメシス……」

 第六分家の魔女は、倒れ伏した人狼に珍しくも絶句していた。リーンは淡々と指示を出す。

「捕らえ、応援の闇祓いに引き渡して。アズカバンに放り込む」

「分かったわ」

 返事を聞くや否や、シリウスが消えたほうに駆け出した。死体の数は増えていくばかりだ。

「シリウス、今日がお前の命日だ!」

 呪文が炸裂し、とりどりの光が散っていた。必死に逃げようとしている一団がある。どれもこの地域に住んでいるだろう魔法使いや魔女ばかり。

 帝王が、と口々に言っている。影が伸びていた。危うい美しさを孕む戦いをしているシリウスとベラトリックスの向こうに、その男がいた。

「行って! 早く!!」

 一団に降り注ごうとしていた呪文をすれすれのところで相殺した。男が立ち止まりそうになる。その背を強く押した。

「もうすぐ闇祓いか、リアイスが来る! そこまで逃げて!!」

 魔法使いは頷いて、走った。心配そうな顔が眼に焼きつく。

「……また会ったな、我が娘」

「お久しぶりね、というべきかしら……ヴォルデモート」

 深紅の双眸を輝かせ、闇の帝王は微笑んだ。す、とベラトリックスと戦っているシリウスに視線を投げた。

「聞いたぞ。そこの若造と結婚したとか」

「お祝いはいらないわ」

「それはつれない……ブラック家の者を選んだこと、誉めてやろうと思ったのだが」

「じゃあ穏和しくアズカバンに入ってくれるかしら?」

 帝王が笑みを深くする。

「それはできない相談だ」

 言葉の一つ一つが緊張の連続だ。互いに隙を探っている。攻撃の隙、呪文が届く間合いを。

 帝王の靴が誰かの血を踏んだ。

「激流よ!」

「爆炎よ!」

 水のグリフィンと炎の蛇が激突した。蒸気が迸る。巻き起こった風が互いのローブを翻した。

――魔力はほぼ互角

『ナギニ!!』

 『それ』が聴こえ杖を振った。伸び上がり、牙を向いた大蛇を吹き飛ばし、地面に叩きつける。鱗が飛び散り、炎を弾いて鋭く光る。

「お前はいつでも俺様の邪魔をする。子ども時代に親に反抗できなかった、反動か?」

「私の親はあなたじゃない!」

 再び、呪文がぶつかり合い火花を散らす。眼がくらむ。立て続けに呪文を返し、体勢が崩れた。

「服従せよ!」

 放たれた光線を、飛来した何かが受け止めた。そうして長く伸びた鎖が帝王に絡みつく。

「リーン!」

 彼は片手にナイフを持ち、勢いよく帝王に投擲する。鎖が鳴る――その先を握るのはネメシスだった。第二分家が製造する魔法具の一つだった。

「ぎりぎりね」

「邪魔なヤツらだ……」

 憤怒とともに、鎖が粉砕された。破片を展開させた障壁で防ぐ。警笛と姿現しの音に不利を悟ったのか、ヴォルデモートとベラトリックスが退却した。

 よろよろと、シリウスがやってくる。あちこち傷だらけで血が垂れていた。リーンも大差ない有様だった。

「帝王相手に一騎打ちとは無茶をする」

 こつ、と義足の音がする。リーンとジェームズはさっと敬礼した。

「人手が足りませんでしたので」

「叶わないと思えば逃げろ、と教えたはずだが」

「立ち向かうのも闇祓いの義務です」

 物憂げに路の死体を眺め、直属の上司、マッド・アイは「屁理屈ばかり……」と呟いた。

「アリスとフランクも来ている、アリスは……少し、使い物になるか分からんがな」

「何か……」

「成果の裏には犠牲がある。死喰い人数名を道連れに、逝きおったわ」

――フェービアン・プルウェットとギデオン・プルウェットがやられた。

 彼の言葉は無情にもよく響いた。

――アリス・ロングボトムとリーン・リアイス両名が死喰い人を追い始めたのは、数時間後のことだった

 

――たとえ外の世界で嵐が吹き荒れようとも、生命にとっては関係がない

 逆風の中であっても、生命は力強く歌うのだ。ここにあり、と。

 ◆

 アリスと組んでブルウェット兄弟殺害の下手人――アントニン・ドロホフを数週間かけて追い詰め、ようやく帰り着いた矢先、アリスが体調不良を訴えた。

「最近無理していたから……」

 手を取り、引く。こんなときフランクがいてくれればよかったのだが、彼はジェームズと任務に出ている。

 とりあえず闇祓い本部、設けられた医務室に駆け込んだ。そこの主はドーマント・リアイスの魔女だ。

「大丈夫だから」

「いいえ、まったく大丈夫そうに見えませんよ」

 魔女がぴしゃりと言う。ふと、付き添いのリーンも見て「あなたも看ます」と断言された。

「酷い顔色ですよ、二人とも」

 死喰い人と戦って投獄したのなら、顔色が酷くて当たり前ですけど、と口にしながら魔女はリーンとアリスを座らせた。

「特にリーンさん。あなた、闇狩りとか言われるぐらいに働きっぱなしだと聞いていますよ。次々死喰い人を放り込んでいるとか」

「そうなのよね。どんどん位階が上がっているし」

 おっとりとアリスが笑う。親族を殺され、驚異的な執念でもって死喰い人を追い詰めた魔女にはとても思えない。柔らかい笑みの下に、燃えるような心を持っていることを、リーンは知っていた。

「たまたまよ」

「出世は良いことです……あまり危険がなければね」

 魔女が杖を振った。腹がじんわり熱くなる。二人で顔を見合わせた。おや、と魔女が声を漏らした。

「……この場合はおめでとうございます、と言うべきでしょうか」

「はい?」

 アリスとリーンの声が綺麗に重なった。

 

 本当か、本当か、と何度も聞いて来るシリウスは最初は微笑ましかった。誓って本当だ。誓って。嘘ではない。

「確認してもらったから、確かよ」

 こっくりとシリウスが頷く。アリス、リーンに加えてリリーの懐妊まで発覚し、処理が追いついていないらしい。

「子どもか……」

 シリウスが呟く。心底嬉しそうだった。たいして、リーンの表情は暗い。どうした、と頬に手を添えられる。燃え盛る星の名をつけられた彼の手は温かかった。リーンとは正反対だ。

「不安なのよ」

 まだ膨らんでいない胎の上に手を置いた。ここにいるのだという。彼女の子が。

――スリザリンとグリフィンドールの血を継ぐ子が

 偽りの娘の、子。その生は。

「もし、自分の子を殺したいと思うようになったら? 母のように……実の子を」

 覚えている。あの冬の日、母が差し向けた暗殺者――イルシオンの双眸を。彼の気まぐれと、母の崩御によって命を拾ったのだ。

 排斥された日を忘れられるはずもない。スリザリンに入った裏切り者として本家から追い出された。

 考えれば考えるほど、蘇ってくる。いくつもの襲撃、冷たい眼。シリウスとだって最初は仲が悪かった。今となっては同族嫌悪だったが――。

――それか、使えない駒として処分されるか

 ユスティヌのように。宿命に抗おうとして死んだ魔女の死に顔が脳裏に閃いた。

 シリウスがリーンに頭を撫でる。壊れ物を扱うかのように繊細に。その手つきは、求婚された日のことを思い出させた。

 

 別姓にして、と願った。せめてもの保険として。リアイス姓のリーンは殺される確率が高い。帝王と戦い続けている限りは。シリウスは違う。スリザリン派の名はそれほど重い。たとえ、血を裏切っていようとも。

 ぎゅっと胸元を握り締める。片翼が刻まれた指輪。二つあわせれば比翼となるそれを。

 リーンたちはいい。流されながらも自分で選んできた。けれど、子どもはどうなるのか。あまりにも重たいものを背負わせる。いまさらのように心が揺れている。

「リアイスの姓を捨てて、俺と逃げるか……?」

 声は囁くようだった。いつか言われた『なら俺は受け入れる』と。血筋に呪われ、翻弄される苦しみは知っているから、と。

「捨ててもいい。逃げてもいい。俺が連れて行ってやる……枷の無い場所へ。そこで暮らそう」

 甘い夢だった。涙が零れた。

「できないって、わかってるくせに。私には捨てられないものがたくさんある。託されたものもある……置いていくなんてできないの。大切なものがありすぎて」

「お前自身よりも?」

「欠ければ私は私じゃなくなる。すべてがあって、私だから」

 顔を上げる。シリウスが悲しげに笑んでいた。彼だって分かっていたのだ。それでも言った。

「頑固だよなあ……やっぱお前はグリフィンドールだよ、リーン。誰よりも」

 涙を拭われる。

「じゃあやることは一つだ。ヤツを倒す……そうすれば皆ハッピーエンドだ」

「そうね。それしか、ないわ」

 夏、シリウス・ブラックとリーン・リアイス、ジェームズ・ポッターとリリー・ポッター、フランク・ロングボトムとアリス・ロングボトム夫妻それぞれに、第一子が誕生する。ウィスタ、ハリー、ネビルと名づけられた息子たちは、それぞれの役目を果たしていくこととなる。

 だがそれは、別の話。

――遠い未来の物語だった。

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