「ウィスタとハリー、友達になるのかしら」
ちょん、とリリーがリーンの息子――ウィスタの頬をつつく。眠たげに瞼を上げ、覗いた双眸は群青。リーンと同じ色だった。対して、リーンはハリーの掌に小指をそっと持っていった。きゅっと握られ思わず笑みがこぼれる。覗き込めば、明るい緑の眼とかち合った。母であるリリーそっくりの眼だった。
「家族ぐるみの付き合いだから、仲良くはなるでしょうけど。そうねえ……ハリーがリリーみたいな性格で、ウィスタが私似の性格だったらすぐに仲良しになるんじゃない?」
そうかも、とリリーが笑う。
「ジェームズとシリウス二世みたいのだったら、どうなるか分かったものじゃないわよね」
「あの二人は奇跡的にウマがあっただけで、たぶん普通なら同じ属性同士で倦厭してたんじゃないかしら」
「そんな気がしてきた」
「けなしてるわよね、あなたたち」
「だって個性が強いのは事実じゃない、アリス」
リーンは同期の闇祓いに呼びかけた。彼女はネビルを抱いたまま、こちらにやってくる。ネビルはアリスに似た。髪と眼はフランクに似たものの、ふわふわした雰囲気がそっくりだった。
「否定できないわね」
三人そろって苦笑う。
「ウィスタも、ハリーも、ネビルも友達になればいいわよね」
「この子、魔法薬学苦手になったらどうしよう。私に似てそうなのよね……」
「心配しないで、アリス。たとえそうでも、ウィスタかハリーが勉強教えるから」
「気が早いわよ、リリー。でもそうよね、リリーもリーンも魔法薬学得意だったし、リーンなんか錬金術まで修めてるし。怖いものなしよねえ」
「フラメル先生の教え方がよかっただけよ」
互いに自分の息子を眺めた。
――不思議な運命で結ばれている
ウィスタは七月一日、ハリーとネビルは七月三十一日に生まれた。定められたかのように。彼女たちは帝王に狙われる身なのだ。どこから漏れたかは分からない。だが、帝王に知れてしまった。だから追われることになる。
――特に
ハリーとネビルだ。帝王は彼らを殺すか、懐柔しようとするか。いきつく果ては殺戮という手段だろう。いつだってそうしてきたのだ、あの男は。
息子の柔らかい髪を撫でた。とろとろと眠りに沈んでいく。幸せそうな寝顔に、微笑んだ。
「……ウィスタ」
囁いた。刻み込むように。
息子が生まれた時、眼は群青色ではなかった。片目は紅、片目は群青だった。やがて色は紫から群青へ変わっていった。
――スリザリンの血なのだ
まぎれもない血統の証だった。相反する色を持って生まれてきた。その色は、帝王というよりもユスティヌを思い出させた。異母姉を。リーンに手がかりを残していった幻獣。誇り高いスリザリン
約束して、とシリウスに言った。ウィスタを守って、と。私がいなくなっても、と。そう言わずにはいられなかった。あまりにも細い糸の上を歩くような生なのだ。
リーンが生き延び、ウィスタが成人すればすべてを明かすつもりだった。混ざった血のこと、先代の偽りのことも、すべて。
「ウィスタ」
呼びかけに、息子が眼を開ける。怪訝そうに彼女を見上げる。小指を掌に滑り込ませれば、きゅっと握った。あまりにも小さな指、小さな身体。やがて重いものを背負っていく。リーンと同じように。
――身勝手な親だというかもしれない。それでも
それでも、リーンは哀しみのなかに、幸せを感じていた。
シリウスと食事をして、息子を預けて、リーンはリアイス家に舞い戻っていた。当主としての仕事に眼を通し、パッサント・リアイスにいる祖父を訪ねようと足を向ける。
――いつだって寝不足だわ
『死の書』解読も大きな要因だ。分霊については色々分かったものの、破壊の方法にまではたどりつけていない。
「また心配させるかしら」
祖父とはあまり会っていない。あちらはあちらで忙しく、こちらはこちらで忙しいからだった。それでも、合間を縫って会いに行けば、体調を気遣ってくれる。母には感じられなかった愛情を、祖父から貰っていた。
ふと、銀の色が視界に飛び込んできた。
「クロード?」
筆頭分家の――リーンの従兄の娘にあたる魔女だった。先視の力を持ち、将来の筆頭占者と目されている。いつもならばきちんと手を組み合わせ略礼する血族は、しかしそうはしなかった。頼りない足取りで近寄ってくる。魔法灯を受けて、その薄氷の眼が光った。
ぎくりとして立ち止まった。
――まさか
細い手が、リーンの衣の袖を掴む。この世を見ていない夢見る眼差しを、リーンは知っていた。
――預言
「天狼と混ざりもののグリフィンの間に生まれるのは、運命の息子。彼は剣を手に取り戦うであろう……氷の刃を闇の帝王の血に染めて。呪いは絆、絆は呪い。それは結びつけ、また断ち切り……帝王は己の娘を通じて力を彼に分け与える……混ざりもののグリフィンよ、汝は汝の為すべきことを。糸は紡がれ意図は繋がる」
クロードであってクロードでない声だった。彼女はふうっと眼を閉じ、倒れこんだ。軽い身体を受け止める。氷のようなその体躯に、ぞっとした。なんとか抱え上げ、父親である従兄を探しに出かけた。
『忠誠の術』によってジェームズとリリー、リーンとシリウス、そしてその子供達の安全策が講じられた。
――ダンブルドアは守り人の役目を買って出てくれたけれど
それは彼も知らない秘密だ。ジェームズの守り人はシリウス。シリウスの守り人はジェームズ。表向きはそうだ。けれど、本当は違う。
『念には念をだ』
そう、シリウスは言った。俺の代わりにピーターを守り人に、と。どうせやつらは俺を追う。ピーターが守り人なんて思わない、と。
理にかなっていた。そうして、秘密裏に全ては進み、今のところ何事もない。
預言は脳裏に刻まれていた。あの通りならば、帝王は死んでいないことになる。けれども、誰にも話していなかった。それよりも先にすることがあるような気がして、衝動的に『死の書』の解読を進めていた。気まぐれな書は、くるくると文字を躍らせる。それを制御して読むだけの根気が主には必要だった。血塗られた書なのだ。下手をすれば呑まれる。
気分転換に息子の寝顔を眺めに行き、また部屋に戻った。面倒はシリウスがみてくれるというので、甘えさせてもらった。
長々と息を吐き、書を読み解こうとする。そしてその記述についに辿り着いた。
――預言はこのことなのだろうか
いいや、分からない。しかし、帝王を倒すためには不可欠だった。この一手がどう作用するかも読めなかった。だが、預言が外れることをあてにはできない。帝王は倒すべき敵なのだ。
「シリウス、出かけてくる」
彼はぎょっとしたように時計を見た。深夜もいいところだ。
「どこに」
「パッサント城よ!」
息せき切って部屋に飛び込んでも、祖父は少し眉を上げただけだった。
「どうした、リーン」
「冬の息吹は」
あちらだ、と示された先、その部屋に飛び込んだ。母も、リーンも手に取らなかった――取れなかった一族秘蔵の宝剣を捉える。
滅多なことでは従わない、稀な剣。つくったの初代リアイス。ネフティス・グリフィンドール・リアイスその人だと言い伝えられていた。
剣身に手を添える。抵抗するように瞬いた魔法剣に、リーンは囁いた。
「仮の主と認めなさい……全ては敵を討ち滅ぼすため。お前が何のためにつくられたのかを、思い出して」
明滅が収まる。リーンが柄を握っても何事も起こらなかった。
「認められたのか?」
戻れば、祖父が驚愕の眼差しで携えられた剣を見ている。もう何代も主のいない剣なのだから当然だった。
「いいえ。真の主ではありません。私が必要だと、考えたようです」
未来のために。
魔術は闇の中で生まれたのだと、言われている。陽の差さない場所、追われて逃げた異能の持ち主たちは、代々息を殺し、血を交わらせ、マグルたちにみつからないように生き延びた。
――糸は紡がれ意図は繋がる
描いた方陣の中から、剣を引っ張り出した。色を変えていた柄のスターサファイアは元の色に戻りかけている。呼吸するように瞬く宝剣だけが、闇を祓っていた。
――ここはグリフィンドールの聖域
歴代の当主が本当に葬られる場所だった。リーンは膝を突き、頭を垂れた。祈りを捧げるように。
一族は次々に死んだ。リーンの従兄たちも、立て続けに殺された。怖れを抱くなというほうが無理だ。
「どうか私に、少しの勇気を与えてください」
――望む未来を掴ませて
ゆるく風が吹く。それに励まされるようにして、立った。歴代の当主たちが跪拝し、地には窪みができている。
罪もあり、功もある。リアイスはそういう一族だった。あまりに強い光は、深い闇をも伴う。
祖先の像は何も答えない。それでよかった。
――神も霊も、生者に語り掛けないものだ
踵を返し、死の国から生の世界へと舞い戻る。パッサント城から本家に篭り、随分時間が経っていた。左手首には腕輪が嵌っている。冬の息吹が変化したものだった。主によって姿を変える、という言い伝えだった。
とりあえず邸に戻る。シリウスがほっとしたように笑った。
「いきなり飛び出して、本家に泊まりこみなんていうから心配した」
「ごめんなさい。後で話すわ……騎士団の任務?」
「ああ、ウィスタを頼めるか」
「うん。行ってらっしゃい」
「行って来る」
慌しく、彼が出て行く。それを見送って、息子を眺めにいった。幸せそうに眠る子どもだった。リーマスが不器用に抱き上げていたのを思い出して、笑ってしまう。脱狼薬はかなり渡したけど、また渡しに行こうか。ウィスタをつれて。
頭を撫でる。シリウスにも似ているがレギュラスにも似ている。彼らはよく似ていたから、当たり前なのだけど。
――レギュラス
彼の消息は知れない。死んだのでは、と噂だった。
ウィスタが生まれて少しして、訪ねにきた。穏やかに甥を見つめていたのに。生きていればいい。
「レギュラスに、また会えればいいわね。とても優しい人なのよ……あなたがホグワーツに入学したら、どこの寮でも喜んでくれると思うわ。それで、ハリーやネビルと友達になったらいいわね……どんな子になるのかしら。ねえ、泣いてもいいし、誰かに頼ってもいい、たまには逃げてもいいけど……誰かを守れるような子になってね。それまでは私やシリウスがあなたを守るから」
未来に思いを馳せた。倒せるはずだ、帝王は。彼は不死身ではないのだから。
鳥が飛び込んできた。それは宙で解けて紙片となる。筆跡は乱れていた。
「あなたと触れ合う時間を邪魔されちゃったわ」
本部からの呼び出しだ。よいしょと、眠る息子を抱き上げた。小さな身体はぬくぬくしていてずっとそうしていたくなる。
――祖父に預けよう
外に出る。鍵を掛ける。姿くらまし防止領域を抜けかけ――。
――その気配に気づいた
逃げようにも相手が悪い。急いで方陣を展開させ、ウィスタを横たえる。だが、時間切れだった 。
「また会ったな、愚かな娘よ」
深紅の双眸は、輝いている。
――火星のように