【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

22 / 38
外伝 獅子去りて
一話


――途切れた

 『炎』を飛ばす。けれども、婿殿からの応えはない。さてはて、余裕がないのかそれとも他の理由か。

 『ミスラの元へ』

 そう言伝して私を送り出したのは、当代《ランパント》である。その御名をアリアドネといい、私の属する第四分家をはじめとした七分家を束ねる、本家の当主である。闇祓い局局長をも務める、異能の人物でもあった。

 ミスラというのは《ランパント》の婿であり、彼女との間に一子をもうけている。

「こちらも駄目か」

 森の中をうろつき回る。護衛にも『炎』を飛ばしたが、これも沈黙したままだ。

――数刻前までやりとりできていたのに

『なにかがあった』

 《ランパント》の焦燥に満ちた顔が浮かぶ。常ならば本家当主として、怜悧冷徹に振る舞う魔女も、夫のこととなると別らしい。

 私とて婿殿がいなければ困る。ただでさえ《ランパント》には狂疾の気があるのだから……。いいや、彼女の歯車がずれた原因は、婿殿にもあるのかもしれないが。どうも妻よりも娘へ愛情を向けている節があるのだ……。

 やがて立ち止まった。最小限に絞った杖明かりに、入り乱れる足跡、点々と飛ぶ血が浮かび上がる。戦闘行為があったのは明白だった。

 とはいえ、敵らしき者の影はない。屈みこむ。血に触れれば、ずいぶんと乾いてしまっている。

――時が経っている

 眼を細める。私は鴉に身を変じ、飛翔した。本来鳥類は昼日中に眼が利かないが、動物もどきは別だ。

 木々を縫い、慎重に飛ぶ。やがて、眼下に殺戮の現場が広がった。幾つもの獣の頭部。それは人狼のものだ。そうして、人間の死体。おそらくは、護衛のものだ。となれば……。

 誰かが桶いっぱいの絵の具をぶちまけたように、その場所は染められていた。鮮やかな真紅へと。

 ゆるやかに降下し、血溜まりの中に降り立った。靴底が『その人』の血で粘る。

「あぁ、あまり……信じたくなかったな」

 巨木によりかかる影――胴体。頭部は断たれ、両手足もまた同じ。

 膝を突く。

「……私に娘の子守をさせておいて。護衛を押しつけておいて」

 片手で頭部を掬い取るようにする。宝石の欠片を思わせる輝きが、手の間から零れていく。

「そりゃないですよ、ミスラ様」

 空いた片手で懐を探る。いままで何人も殺し、拷問してきた自分がなんという様であろうか。

 手がかすかに震えているのを自覚していたが、かまわず煙草をくわえ、火をつけた。

「……早く」

逝き過ぎだ。

 

 

 

 子どもが戯れに腕をもぎ、足を引き抜き、頭を鋏で切ったような有り様だった。 やったのは子どもではないし、無知ゆえの残酷さの発露でもありえない。ミスラ・リアイスの亡骸は、明らかな悪意を以て損壊されていた。

あまり戦闘には出たがらなかったが、当代《ランパント》の夫として認められるほどにはミスラ・リアイスの能力は高かった。

「夢じゃあないんですよね」

 血の池さながらの現場に立ち尽くし、片腕に故人の頭部を抱えながら、私はぼやく。

 ミスラ・リアイス――婿殿の頭部をどこかに置けばよいものを、私は後生大事に抱え込み、煙草をふかしているのだから、随分と動揺しているのだろう、と他人事のように結論づけた。

 魔法で始末できるこの時代に、わざわざご丁寧にも四肢切断、加えて首まで刎ねているのだから、現場は若手が見れば嘔吐しかねない惨状であった。天晴れなことに、婿殿は帝王を除く全員を抹殺してから果てたようだが。さすが婿殿。ただでは逝かずに駄賃はきっちりふんだくったらしい。

 私は婿殿を見た。生前にかなりの傷を負い、失血死は確定していたのだろう。だが、少なくとも首を刎ねられたのは死後…。

 私は婿殿の側に転がっている、杖のもとに歩み寄った。己の杖を婿殿の杖へと向ける。呪文を囁けば、主を失った杖から、鮮やかな緑の光が漏れ出した。

 紫煙を吐き出し、唸る。なるほど命もなにもかもくれてやるかとばかりに、自ら命を断ったらしい。婿殿のような状況に追い込まれれば、リアイスであれば誰もが同じ結末を選ぶであろう。死に方くらい選びたいではないか。

そして、帝王はあてつけめいた自害に激怒し、このような八つ当たりに及んだのだろう。それか、婿殿が散々気に触ることを言ったか。

 氷の心臓を持つ魔女の夫を務めた男だ。そこらの者より肝はすわっているし、帝王に怖れをなすようなかわいげのある性格でもない。

「そろそろあなたの奥さんか、それとも兄が来るはずですね」

 私はぼんやりと話しかける。端から見れば不気味な光景であろうな、と思いながら。ややあって、静寂と死に満ち溢れた空間に、魔力が生じた。肌を刺すよう、苛烈な気配。

 ゆっくりと振り向く。輝く白金の髪と鮮やかな群青の色が現れた。

 彼女は――当代の本家当主はまず私を見て、次に私が抱える頭部を見た。

 私は何も言わず、彼女も何も言わない。痛いほどの静けさのなか、群青の眼が揺らぎ、光が宿った。

「――ミスラ」

 一歩、二歩、と未亡人は歩み寄る。

「ミスラ……」

「なぜ」

「こんな――」

「ミスラ! 応えなさい!!」

 狂乱する彼女をあざ笑う気にはなれなかった。私は、婿殿の生首を彼女に差し出した。

 白い手がそれを受け取る。血に汚れても気にならないようだった。

「赦さない……」

「私から奪った」

「赦してなるものか――」

 低く篭った声に、私は動きを封じられる。黄金のグリフィンの、赫怒の前になすすべもない。きっとこの世の誰であれ、屈服するであろうと思うような、激しさを持っていた。

「私を踏みにじり、あざ笑い――挙句に夫まで奪うとは」

 にっこりと『アリアドネ』は笑んだ。

「男であろうが女であろうが、赤子であろうが始末してやる。ヴォルデモートに従う者は……」

 始末してやる。

 私は嘆息した。

――ついに

 彼女は壊れたのだと。

 

 婿殿の死が公にされ、彼の出身である第七分家の者達は、大いに嘆いた。とりわけ、第七分家当主の嘆きは深く、実の弟を始末した闇の陣営への怒りを露にし、本家への協力も惜しまぬ、と当代《ランパント》に確約した。

「我々は貴女と共に。ランパント」

 恭しい宣言を、私はランパントの居室にて聞いていた。無論、第七分家の当主殿は、私の存在に気づいてもいないが。

 姿も気配も消したまま、私はなりゆきを見守る。ランパントは無難に応え、第七分家当主――ランパントにとっては義兄にあたる――に夫の仇を討つ決意を表明した。

 何事もなく謁見は済み、第七分家当主は退室した。私はため息をこぼした。

 つい先日、婿殿が殺害されてからというもの、ランパントは狂気と正気の狭間を行きつ戻りつしている。幸いにも、一族の前では正気の仮面を着けているが、私は獅子公・アシュタルテ――つまりランパントの父――の前では仮面は脆く崩れてしまう。

「イルシオン」

 呼ばわれ、私は姿を現す。

「手配は」

 温度のない問いに、静かに返した。

 「ステータントは渋っておりましたが、作成を始めました」

 ようやく、とランパントが呟く。私も言いたかった。ようやくなのかと。

 婿殿の遺体はまだ弔われておらず、殯の間に安置されたままであった。誰にも害されないよう、ランパントが幾重にも障壁を織り、守っている。

 ランパントが真夜中に殯の間へと赴いて、夜を明かすことは私しか知らないであろう。婿殿の死以来ろくに眠っていないことも。

 ランパントなりに婿殿を愛していたのだなあ、と私としては意外である。本来ならば代々のランパントが弔われるべき地下廟堂へ、夫である婿殿を……と主張するほどなのだ。彫像を作成する第二分家当主《ステータント》は難色を示した。千年の伝統を破る気かとランパントに食ってかかったが、ランパントは有無を言わさず切って捨てた。黄金のグリフィンの意に逆らうつもりか。それこそ千年の伝統に反するものではないのか。なにが正しいかは私が決めると言って。

 声こそ静かだったが、抑えきれぬ怒りは魔力となって溢れ、居室の窓に亀裂を入れた。その光景を目の当たりにして、数多くの悪事に手を染めてきた私ですら、寒気がしたものだ。

 ステータントは言うまでもない。青ざめ「仰せのままに、ランパント」と一礼すると慌ただしく去っていった。

「ステータントの腕ならば、数日もすればできるでしょう」

 私が言えば、ランパントは眼を伏せた。鮮やかな群青の虹彩に藍の影が差す。

「ならいいの」

 つ、とランパントが顔を歪める。

「なんとしてもミスラの仇を討つ……。お前は私の護衛などしなくていい。本分は別にあるでしょう」

「仰せとあらば動きますがね」

 そもそも私は暗殺の徒である。ランパントの片腕が婿殿であったなら、私は懐刀であり、光輝の一族が背負う影を担う者であった。

――護衛ではなく

 脳裏に婿殿と、彼の愛娘が甦る。私は婿殿の護衛をこなしていたものの、彼はもう亡い。私が死んだら娘を頼むと言われたわけではないが、いささか気がかりではある。リーン・リアイス。リアイスとリアイスから生まれた娘。次の《ランパント》候補。

「イルシオン」

 絹を思わせる、柔らかな声音に、息を詰めた。執務机に頬杖を突き、ランパントは私を見ている。さきほどまでの陰りは失せ、群青の眼には形容し難い光が躍っている。

「お前の杖は誰のためのものか?」

 思考を読まれたのだ、と悟った。少なくとも、婿殿の愛娘に思いを馳せていたのは露見したらしい。

――この、激烈な感情は

 娘に向けるものとは思えない。

 感情に蓋をし、私は黄金のグリフィンに一礼した。

「我が杖は《ランパント》の御為に」

 

 婿殿の娘は闇を織ったような黒髪とランパント譲りの群青の眼、婿殿を思わせる静けさを纏った少女であった。

 グリンデルバルドを倒した英雄の一人の孫、闇祓い局長の娘。なによりもグリフィンドール直系であり、次期《ランパント》の候補。華やかな肩書きの持ち主でありながら、リーン・リアイスの存在は希薄であり、一族の中で日陰に追いやられていた。

――ホグワーツに行けば

 ランパントの娘に対する接し方も変わるだろう、と楽観視したいところだ。だが、ランパントの態度はいささかおかしい。なぜ娘を冷遇するのか? リアイスとリアイスの子であり、血の濃さは一族でも飛び抜けている。魔力も学力も申し分ない。

 苛烈ともいえるリアイスの気性を受け継いでいないのが不満なのか、それとも他に理由があるのか。私には量りかねた。

 少なくともリアイスにいるよりホグワーツにいたほうが雛の身は安全だろう。なにせ婿殿はもう亡く、雛を守る者は誰もいないのだから。

 庭に出ている雛を眺めながらホグワーツかと呟く。

 私の祖先がつくった学舎。そう、雛の祖先でもあるのだ……と思うとなにやら奇妙な気分だった。無論リアイスの姓を持つからには同じ血を継いでいるのだが。あの雛が深紅と黄金のネクタイを締める姿を想像する。あまりランパントとは似ていないだろう、と今からでも想像がついた。もっとも私とてグリフィンドールの制服が似合っていたかと言われれば苦笑するほかないが。古すぎる話なので、学生時代の記憶は曖昧だ。

 壊れた時計の持ち主である私は、普通よりも長く生きている。魔法族には長命な者が生まれることがあるが、私の場合は時間の進み方が酷くゆっくりなのだ。この姿のまま何年も時間が止まっている。父にもその気があったが、私はその傾向がさらに顕著だ。とっくの昔に亡くなった母――数代前のマッキノン当主の娘――は、壊れた時計の主ではなかったので、リアイスの血にひそむ力とでも思っておこう。それなりにリアイスは長命なのだ。戦時になれば恐ろしく短命になるのだが。まったく千年経とうが二千年経とうがリアイスの無謀さは治るまい。山と屍を積み上げ、血を流してきたからこそ一族の栄光があるともいえるのだが。

 煙草を取り出しくわえる。風を操り雛に気づかれないようにした。姿も気配も絶っているので、これで気取られる心配はない。

 婿殿は娘の制服姿も見ずに逝ったのか。なんと不憫な……と思考が遊ぶ。吸っている煙草のせいだろうか。婿殿が好んでいた銘柄だった。ランパントの前では吸っていなかったが、時折口にしていたのだ。あまり吸わなさそうに見えて吸っていたものだから、見た目と行動の差異に齟齬を覚えたものだ。淡々としているように思えて、娘のことは溺愛していたことにも同じような感覚を抱いた。正直なところ、雛は婿殿が育てたようなものだ。ランパントはたいしてなにもしていない。

 家庭人婿殿に死後の安寧があらんことを。雛がホグワーツの制服を身につけた暁には墓前に写真を供えてやろう。問題は、本人の亡骸は《ランパント》しか踏み入ることができぬ地下廟堂にあるという点だ。地上――ゴドリックの谷にあるのは、墓標のみ。故人を偲ぶためだけにある、空の墓であった。

 剛胆な人ではあった、と婿殿を思う。幼い頃からランパントの影のように従い、守り続け、娘をもうけた人。ランパントや娘に降りかかろうとする災禍は残らずはね除けていた。そして闇の帝王に殺された。

――あの遺体

 四肢を切断され、首を斬られたあの様。なにをして帝王を怒らせたのか。恐怖に震えるどころか、挑発までしてのけたのだ。婿殿は。感服する他ない。婿殿は敵方にとって貴重な情報源、もしくは人質になりうる存在であったろう。利用価値は計り知れない。だというのにそんな計算も吹き飛ばすほどのことをしたのだ。

――あるいは

 元より婿殿を始末するつもりだったのか。真相はわからない。高名なリアイスであるランパントの夫だったからか、婿殿個人に執着があったのか。後者ならば――婿殿も見知った人物である可能性が高いが。闇の帝王がどこの出身の『誰』なのかは、未だに掴みきれていない。

 ため息がこぼれ落ちる。なんにせよ婿殿は死んだ。久々にお気に入りだったというのに、なんとまあ早死になことか。《ランパント》やその伴侶は非業の死を遂げることが多いとはいえ、面白くない。

 お気に入りだった婿殿、その娘。雛はどのように生きるのだろうか。少し興味深い。

――雛はホグワーツへ旅立ち、組分けを受けた

 組分け帽子が選んだのは、スリザリン。

 

 リアイスの娘が……あのアリアドネの子がスリザリンに組分けされた――。

 

 その報せは野火のように貴族家に広がり、リアイスにも届いた。

 なにかの間違いだ、と言う者もいれば組分け帽子は間違えないと言う者もいる。ならば帽子は……我々の祖先の意思が吹き込まれた帽子は、リーン嬢を選ばなかったのか。よりにもよってスリザリンに!

 私の属する第四分家はこんな具合で、どうやら各家も変わりないようだった。第四分家当主《セイリャント》や各家当主がどう事態を沈静化するのか見物だな……と見物したいところだったが第六分家《クーラント》は早速ランパントの処へ行ったようだった。ランパントの弟――筆頭分家当主《パッサント》の婿であるアトロポス、第二分家当主《ステータント》の婿であるネレイドは姉であるランパントのもとへ出向いたようだ。

 私は自宅でのんびりしつつ、ため息を吐いた。さてはてリアイスの子がグリフィンドール外に組分けされるのは何百年ぶりか。代々グリフィンドールにしか組分けされない深紅と黄金の一族リアイス……。だが、実際にはハッフルパフやレイブンクローもいたのだ。しかも他家へ養子へ出され、後に家を興してもいる。公式にはそのような事実はないのだけども。

 スリザリンともなればさらに稀で、リアイスの初代ネフティスの子ペンドラゴンとほんの数人だけのはずだ。これらは皆追放されるか秘密裏に始末された。ペンドラゴンが兄であるランパントを殺害した事件は一部の間で語り継がれ、スリザリンに組分けされたリアイスは不吉の象徴であり忌まわしい子であった。

 なんにせよグリフィンドール以外に組分けされた者は、多かれ少なかれ息苦しい思いをすることとなる。私達の血管にはグリフィンドールのみならず、レイブンクローやハッフルパフの血も流れているのだが、どうも魔法騎士としての誇りに執着する嫌いがあるのだ。

 そんな体質のリアイスにおいてスリザリンに組分けされる――これがなにを意味するか?

「仕事が増えるかもしれないな」

 膝の上の猫を撫でながら呟く。脳裏に黒髪の雛の姿を思い浮かべ、次に黄金の光輝を纏うランパントの姿を思い浮かべた。闇と光。対照的な容姿の母子。眸だけは同じ色合い。

 もうペンドラゴンが現れた時代ではない。仮にも二十世紀の、あらゆる奴隷制や差別を乗り越えてきた……乗り越えようとしている時代だ。マグルは、だが。魔法族はいささか遅れている。

 眉間に皺を刻み立ち上がる。猫が膝から飛び降り小さく鳴いた。

 さっさとランパントの様子を見に行った方が早いだろう。前時代的な思想に囚われているのか、近代へ足を踏み入れているのか。

 杖を振り、渦の中へと姿を消した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。