リアイスの者は三度泣く。一度目は生まれた時に、二度目は愛する者を亡くした時に、最後は志果たせず命を落とす時……。それ以外の時に涙を見せてはならぬ。なぜならば、我々は魔法騎士の一族。見せるのは勇敢な背でなくてはならぬ。慟哭の前に怒りを燃やせ。戦え。それこそが生き方だ。
知らず知らずのうちに刻み込まれる道だ。それらはリアイスの血とともに千年以上引き継がれてきた。
――泣かぬ
翁はそのように思っているのだろうか。喪の色をまとった一族の中で、娘を亡くした父親は背筋を伸ばし、淡々と儀式を行っていた。さすが長年リアイスとして生き《ランパント》の夫として、筆頭分家の当主として一族の重鎮であっただけはある。堂々としたふるまいであった。
魔法騎士の一族として育てられたとはいえ、リアイスも人の子。あちこちですすり泣きや怒りの声が響いている。アリアドネ・リアイスの亡骸が納められた柩に、花を手向ける者が後を絶たなかった。
私も第四分家の一員として葬儀に参列し、花を手向けた。死に化粧を施され、花に埋もれるランパントはただ眠っているだけのように見えた。
――彼女は泣いたのだろうか
志半ばで、夫の敵に命を奪われて。命を終える最期の瞬間、何を思ったのだろうか。今となっては誰にも分からない。
広間を眺め回すうちに、一人の娘に眼が留まった。顔立ちは紗で隠されていて伺い知れない。だが、すぐにランパントの娘――リーン・リアイスだと分かった。
――泣きもせず
――実の母が死んだというのに
――いいや、ミスラ様の時も泣いていなかった
――冷たい血が流れている娘よ……
囁きに苦笑する。泣いたら泣いたでリアイスらしからぬ、不出来な娘とでも言うのだろう。誇り高き魔法騎士の一族も、内実はこんなものだ。幼い娘相手になんという愚劣さか。
『この子は清濁併せ呑み、いずれ我々の上に立つ者……』
ふと、婿殿の言葉を思い出した。十年以上前……雛が誕生した夜のことだ。雛を差し出され、私は両腕に抱いたのだった。
婿殿は、雛が《ランパント》になるのと信じていたのだろう。生まれた晩に。そうして、雛を守り育てた。未来の《ランパント》にふさわしくなるように。
私に殺されると悟っても、雛は眼を逸らさなかった。それだけで賞賛に値する。どんな勇敢な者でも死の恐怖はあるものだ。雛は齢十と二にして、英雄の資質があった。笑みが浮かびかけ、慌てて堪える。柩に眠るランパントと雛を見比べた。
あなたは失敗なさった。ランパント。次代を育てることをせず、守ることもせず、ただがむしゃらに戦っていただけだった。アリアドネ・リアイス。狂った魔女。英雄の娘でありながら、英雄になれなかった女。
「お嬢様の生き方……楽しく観劇させていただきましょう」
壊れた黄金のグリフィンが産んだ仔は、果たして一族にとっての吉兆か凶兆か。どちらにせよ興味深い。
アリアドネ・リアイスの葬儀が終わり、一族の関心は次代の《ランパント》に向かった。よく挙がる候補はアリアドネ様の弟君たちに、甥や姪たちだ。彼らには《ランパント》の継承権が発生する。そもそも、お嬢様がスリザリンに組分けされた折、こういった話は上がったものだ。アリアドネ様の結婚は遅く、しかも一人しか子を成していなかったため、いっそ筆頭分家や第二分家、それか第三分家の子のいずれかを次代の《ランパント》にすればいいのではと。
――今回はどうなることか
今日はリアイスの重鎮たち、つまり分家当主、名代、最長老アシュタルテ翁が集まっている。場所はここ――パッサント城だ。
結論は四通りほどあるだろうか。一つ目はお嬢様が《ランパント》に就任する場合。二つ目はお嬢様以外の者が《ランパント》に就任する場合。三つ目はお嬢様を次代《ランパント》として確定し、アシュタルテ翁が後見となる場合。四つ目はしばらくの間《ランパント》の位を空にする場合。
おそらく三つ目か四つ目になるだろう。お嬢様が《ランパント》になるのは難しい。なにせ彼女はスリザリンに組分けされた娘であり、穢れにまみれた出来損ないだ。いずれ災いをもたらすと……一族は思っているだろう。いいや、この言い方は正確ではない。一族はリーン・リアイスに悪でいてもらわなければならないのだ。悪であればこそスリザリンに組分けされたのだ。なんと美しい解だろうか。
一族で爪弾きにされていれば、いずれ性根が曲がって悪へと堕ちてもおかしくはない。ただ、お嬢様は闇の帝王の陣営を激しく憎んでいる。無論、婿殿が殺されたからだ。よって、一族が『期待』するように運ぶとは思えなかった。どちらにせよ《ランパント》に就任しなければしないで後に『悪なる者がスリザリンに組分けされた』と言い伝えられるか、系譜から存在ごと抹消されるだけだろう。英国魔法界を支えるリアイス一族は、抹消や隠蔽が得意なのだ。
あれこれと会議の内容を想像しながら、自室の整理をしていると、中空で炎が燃え上がった。ひらりと紙片が落ちてくる。宙を舞うそれを掴み取ると、差出人と内容を一読し、すぐさま燃やした。
「さてさて。翁がお呼びだ……」
「お前に孫の護衛を任せたい」
疲労の濃い顔をした翁は、そう切り出した。私は彼の前に佇立したまま、軽く口笛を吹く。ひゅーっ、と間の抜けた音が執務室に響く。
「リエーフの者を招いたらどうですかね。元々護衛はあちらの専門でしょうに」
純血名門の一つ、リエーフ一族。リアイス一族と結びつきが強く、遡れば千年にもなろうか。初代はゴドリック・グリフィンドールに仕えたとされ、以来リアイス一族本家当主《ランパント》にリエーフ一族の嫡子が仕えるのが習わしだった。だが、代々必ずしも《ランパント》に従者がつくというわけではない。事実、先代のアリアドネ様や先々代のディアドラ様に仕えたリエーフはいなかった。
翁は鼻を鳴らした。
「あの一族はここのところ不安定な者ばかり輩出している……アリアドネはリエーフの助けなどいらぬ、とつっぱねたがな」
半ば婿殿が護衛していたようなものだったから、確かにリエーフの者は必要なかったかもしれない。婿殿は忠実さにおいてはリエーフを上回ったかもしれないな、と今となっては詮無いことを考えた。彼が《ランパント》たるアリアドネ様の意に逆らったのは、疎まれた娘を養育したことくらいのものだ。
「……で、私にお鉢が?」
「お前は孫の子守もしてただろう」
ええそうですとも。婿殿に言われまして。私はそういった役割は持っていなかったはずですが、なぜか押しつけられまして……という言を飲み込み、頷いた。
「子守が護衛に変わっただけだ。せめてここに帰ってきている時くらい守ってやってくれ」
「お嬢様を快く思わない者が?」
「いないと思うか」
「そこまでおめでたくありませんとも」
息を吐き、翁に告げた。
「お守りしてもよろしいですがね。先の会議でどういったやりとりが交わされ、誰がお嬢様に敵意を持ち……あるいは駒にしようとしているのか」
教えてもらわなければ、始まりませんね。
◆
冬期休暇の間、私はお嬢様の側に侍ることにした。とはいえ、したことと言えば、薬草の世話の手伝いや、部屋でチェスや、本棚の整理や、魔法薬の鍋磨き……といった雑務がほとんどだった。一族の者からは哀れみの眼で見られた。ろくな職につかず、挙げ句に爪弾きのお嬢様の遊び相手とは。一人前の魔法使いとして恥ずかしくないのか――と第六分家の当主に言われても、所詮若造の戯言だと思って流した。見た目が年齢より遙かに若いので、何かと嘗められがちである。まったく損な体質だった。
お嬢様に頼まれて、薬草園の一画で、せっせと手を動かしていた。ニガヨモギやら毒ツルヘビやらその他諸々の薬草だ。
ふと手を止める。
「……婿殿の時と、やってることが変わらないな」
なんだかんだと雑用を言い渡され、たまにチェスやゴブストーンに興じ、護衛もしていた。婿殿自体が闇祓いになれる技量の持ち主であったので、そもそも護衛などいらなかっただろうが。先代《ランパント》のアリアドネ様は没したし、リアイスの最高権力者はアシュタルテ翁だ。遠慮なくお嬢様の護衛ができて楽ではあった。どうせ婿殿が生きていれば、お嬢様の『お守り』を私に押しつけていただろうし。
指定の薬草を採取して、お嬢様の部屋に戻った。黒髪に群青色の眼を持つ次期《ランパント》は、何事か考え込みながら茶を淹れる。私は勧められるまでもなく席に就き、差し出されたカップを手に取った。ついでにスコーンまで出してくれるあたり、お嬢様は心優しい。お嬢様の母親なんて、たまに私をゴミでも見るような眼で見つめていたのに。
――もったいないな
血筋も性格も申し分ない。特に性格は極めて『まとも』だ。狂っていたアリアドネ様よりは、よほど。幸いにして婿殿の影響を多大に受けているのか、物腰柔らかで落ち着いている良い娘だ。私がお嬢様の立場なら、受けた仕打ちに怒りを燃やし一族を崩壊させるためにあらゆる手を打っていただろうに。
いいや、と内心で頭を振る。怒りを燃やすより、お嬢様は愛されたかっったのだろう。己の存在を無視しようとする母親に。そして母親の愛をいつからか諦めたのだ……怒りを燃やす力すら無くして。
「あなたは……」
「どうしたの?」
群青の眼に見つめられ、零れようとした言葉を呑み込む。紅茶を一口、二口とすすり、微笑んだ。
「敵が多くて大変ですねえと」
お嬢様は鼻で笑う。そうすると、意外なほどアリアドネ様に似ていた。そんなところ似なくても……と思ったのは秘密だ。
「どうせ周りは敵だらけよ。筆頭から第三分家と、第七分家も信用できるけど。まだね」
「私のことは? お嬢様」
す、と私が手に持つカップが取られ、茶が注がれる。
「これで答えにならないかしら」
私好みの香りに、眼を細める。
「光栄です。お嬢様」
「――おやおや。これはこれは」
意味のない言葉を連ね、私は大理石の床を踏んだ。くるり、とあたりを見回す。壮麗であった玄関ホールは見る影もない。窓は木っ端微塵、床にはいくつも穴が空いており、さらには紅色で飾りたてられている。
「名門マッキノン、ここに潰える――か」
マッキノンの象徴である『ヒッポグリフ』の彫像が虚しく天を仰いでいる。私は彫像を蹴りつけ、奥へ進んだ。深夜に幾人かの一族が呼び出され、マッキノン邸に駆けつけてみればこの有様。邸に散らばる一族と同様に、私も奥へと進んだ。
――確か
今の本家には当主と奥方、それに娘が何人かいたはずだ。空に高々と打ち上げられた『闇の印』は、この襲撃が誰によるものかを示している。
若い娘であれば利用価値はあるだろう。それはもう色々と。彼らは純血の血筋を尊ぶ。ならば――生存の可能性はないだろうか。
暗がりに思考が滑り出す。通路を抜け、角を曲がる。黒焦げた肖像画、砕かれた花瓶、床に刻まれた幾条もの傷を眼の端に捉える。襲撃者は相当な魔力の持ち主であろう。威力の高い魔法を連発するなど、そう簡単にできることではない。
邸にはかぐわしい花の香りではなく、鉄錆の臭いが漂っている。夏であることも手伝って、腐臭も強い。段々と臭いが濃くなる方へと歩を進めれば、うつ伏せになった亡骸を見つけた。膝を突き、ひっくり返す。
「じわじわと……殺したか」
護衛ではなく、誰あろうマッキノンの当主の亡骸だ。死の呪文で一撃――というわけではなく、腕を折られ足を折られ……と玩具のように扱われ殺されたようだ。
襲撃者の深い怒りが見え隠れしている。ただの『仕事』ならばもっと効率よく殺すことができたはずだ。
婿殿の時ほどではないが、と口中で呟いてさらに歩を進める。破られた扉を抜け、立ち止まる。破壊し尽くされた室の中、床にぽっかりと空いた穴へと歩み寄る。
「……容赦がないな」
当主の妻と娘たちが事切れていた。当代マッキノンの本家はこれで絶えたことになるのだろう。
合図の『炎』を飛ばし、室を後にする。
――この襲撃は
闇の帝王本人が出てきたわけではないようだ。あの男ならば、利用価値があるものは生かす。だが、今回の襲撃者は異なる。
――すべてを破壊する
生かす生かさないではない。すべて殺す。そのような意志が見え隠れしている。
高い魔力。半ば狂ったような怒り。そのような者が死喰い人にいるのだろう。
虐殺を目の当たりにした一族たちが放出する怒りを感じつつ、庭に出る。分家も全滅……とどこからか聞こえてきて肩をすくめた。
グリフィンドール六大名門の壊滅に、誰しもが浮き足立っている。さもあらん、と思う一方私は酷く冷めていた。
いつかこんな日が来ることは分かっていたはずだ。リアイス一族に手を出された時から。婿殿が殺された時から。アリアドネ様が殺された時から。ずっと。
煙草に火をつける。口にくわえ、邸を眺めた。マッキノンの姓を持つ者はいなくなった。その遺産は私に引き継がれるのだろう。呪われた一族の残りものなど誰も欲しがらないだろうから。
「若いのが死んで、私がのうのうと生きているとは……なんとまあ」
理不尽なことだ。
盟友たるマッキノンを滅ぼされ、リアイスは怒り狂った。質の悪いことに腕利きの魔法使いと魔女、あらゆる魔法生物、毒薬、移動手段、情報伝達手段を持つ一族のこと、マッキノン滅亡の原因――つまるは闇の陣営との全面戦争も可能だ。しかも相手は敵なのだから遠慮はいらない。加えて魔法界の秩序を乱す者達だ。正義は我にあり! とリアイスが大喜びで戦争をしても問題がない。義はリアイスにあるのだから。
――義があろうがなかろうが
リアイスの者が殺され、さらには婿殿や《ランパント》が殺された段階で容赦する理由などない。ただしいかにこちらの損害を抑え勝利するか、さらには魔法界を疲弊させないように配慮しなければならない。壊すのは一瞬でも修復には時間がかかるものなのだから。とにもかくにも戦に逸る者達に翁が待ったをかけているところだ。無闇に飛び出して損害を出したら眼も当てられない……といったところか。
そうして数ヶ月経ち、季節は夏から秋、そして冬になった。
「……翁」
私は言葉を失った。筆頭分家元当主にして、一族最長老のアシュタルテ・リアイスの居室に色彩が溢れていた。深紅、艶のある黒、緑、菫色、白、金、紫、青……ありとあらゆるドレスが持ち込まれている。
「なんだ、イルシオン」
「まさか……」
声が震える。色とりどりのドレス、それを見繕う翁とくれば。
「後妻を迎えるおつもりで? どうにもこうにも若妻……いいやもはや幼妻」
翁の眼に闇色の炎が躍る。ふう、と吐いた息に火炎が混じっていそうだ。
「お前を棺桶に入れて埋めない己の理性を賞賛したいところだ。誰が後妻だ幼妻だ。私はそんな趣味はないしもう妻はいらん」
「ではそのドレスは……ああ、確かお嬢様が招かれたとか?」
「知っていてなぜその推論になる馬鹿者が」
翁が舌打ちし、ドレスの一つを手に取った。
「マルフォイ家とブラック家直々の招きだ。リーンに恥ずかしい格好はさせられん。スリザリン系の子女に嘲笑されるような真似は断じてさせん」
翁の顔つきはまさしく鎧を選ぶ騎士そのものだ。
「本当ならお母君がやるべきなのですがねえ」
残念ながらもういない。そして、いたとしてもあのグリフィンは娘のドレスなど選ばないだろう。スリザリン系純血名門――それも昔からなにかと衝突していた二家の招きを受けたと知れば怒り狂うに違いあるまい。しかも、婚約披露パーティときた。お嬢様がスリザリン系と親しいと思われても仕方あるまい。
――お嬢様の立場が悪くなるばかりだが
私自身はどうだって構わない。グリフィンドール筆頭名門でありながらスリザリン系の懐に潜り込めるのはある意味才能だ。他の者ならこうはいかない。ナルシッサ・マルフォイかルシウス・マルフォイのどちらかがお嬢様を気に入っているか……。
「誰かが招くように指示を出したか」
呟きに、翁は答えない。彼の薄い群青の眼には影が刷かれている。
「宴に行くのはリーンで、敵に囲まれるのもリーンだ。私は精々ドレスを選んでやることしかできん」
「お嬢様は慣れっこですよ。いつも敵だらけで、母親には愛されず生きてきましたからね」
「そうだな」
翁が苦笑する。
「……本当に……あの子は……」
辛い目ばかり……と微かな声が届く。私は答えず、ドレスを眺め回した。
「孫娘のドレスを見立てる時間を楽しんだらいかがです? 私としてはあの黒がいいと思いますがね。お嬢様の黒髪によくお似合いでしょうよ」
「却下だ」
「即断ですか」
「ブラック家の色を着せられるか」
言い切り、翁は鼻を鳴らした。
翁が準備万端に整え、お嬢様を送り出した。宴に出席する本人より後見人たる翁の方が気合が入っていた。ドレス選びは吟味に吟味を重ね、装飾品もきっちり揃えた。私も見たがこれならば敵地でも嘗められまいと納得の出来であった。色は淡い藤色で、形は簡素でありながら仕立ては一級。しかも守りの呪文が刺繍で挿されている万が一襲われても問題なし、というわけだ。無駄に長くびらびらしていないのも、盛装でありながら動き易さを考慮した結果だろう。
父たる婿殿であればどんなドレスを選んだろうか。間違っても紅のドレスは選ばなかっただろう。あの色は黄金のグリフィンたる《ランパント》アリアドネ様こそがふさわしい。狂気と血を思わせるではないか。
――あの娘に血は似合わない。戦いも。
「四、五、六の動きがいささかおかしいですね」
どことなく落ち着きがありません、と翁に告げる。
「六はともかく、残りは珍しいが……」
「そりゃあね。あそこは昔からきゃんきゃんうるさいですからね。子猫のほうがまだ可愛い」
鼻を鳴らす。さっさと次の《ランパント》を決めてしまえ、本家の血筋は他にもいるのだからと主張しているのが六
――つまり第六分家だ。誇り高い彼らはスリザリンに組分けされた出来損ないが一族にいることが気に入らないのだろう。
「六は放っておけ。うるさくはあるがさほど害はな……」
翁の視線が虚空に据えられる。同時に、炎が燃え上がった。
眼前に落ちてきた紙片を掴み取り一瞥する。翁に差し出した。
「やりますねえ……彼ら」
皺の刻まれた手が伸ばされ、紙片を取る。薄い群青の眼が凄みを帯びた。
◆
パッサント城に、高く鋭利な楽が響く。奏者は齢十三の幼い娘。黒髪と藤色のドレスを翻し、優雅に歩を進める。
――生まれながらの黄金のグリフィン。リアイスとリアイスの娘。
そう賛美されたのは今は亡き《ランパント》、アリアドネ様であった。しかし。
迷いのない足取りで突き進む娘に、集まった一族達は路を開ける。肌を刺すような魔力がそうさせたのか、それとも。
私は己の顔がひきつるのを自覚した。なんだあれは。髪の色も性格も似ていないと思っていた。むしろ婿殿の血が濃いのだと感じていた。だというのに。
「……疎まれていてもアリアドネ様の娘ということか」
表情はない。けれど、眸には炎が躍っている。戦場の匂いを纏い、広間の奥で黒髪の娘は止まる。烏合の衆など意に介さず一族最長老の翁に告げた。
「先刻起こったことは事実です。マルフォイ邸にて行われたパーティで……」
娘は翁に背を向け、集まった一族をぐるりと見回す。特に第四分家、第五分家、第六分家の一団に長く眼を留めた。幼子がいれば泣き出しそうな冷たく激しい力を放出しながら。出来損ないの娘に反駁しようとしていた一部の一族は沈黙する。いいや、娘の見えない力によってねじ伏せられた。
「――私は殺されかけました。悪霊の火は……その形はグリフィン。すなわち我が一族の姿形。襲撃者は第四、第五、第六分家の者達でした。私が誰なのか重々承知の上で、他家に侵入し、暴挙を働きました。闇祓いが捕縛し現在拘束されています」
一気に述べ、軽く眼を閉じて開く。
「……魔法界の正義と秩序の守り手、騎士の血が泣く」
広間の隅で気配を殺し、事態を見守っていたが、思わずひやりとしてしまう。今日のお嬢様はお嬢様であってお嬢様ではないようだ。まるでアリアドネ様が乗り移っているかのよう。
「セイリャント、クーシャント、クーラント」
紅唇が淀みなく名を呼べば、当主達が身を強ばらせた。本家から追い出され、後見人たる祖父の陰に隠れていた娘。弱々しく、母親と違ってあまりにも影が薄い娘……一族はそう思っていたはずだ。侮ってもいたはずだ。けれども、声に逆らえずに喉を鳴らす。はい、と僅かに震える声で応えた。
「襲撃者の身柄は司法の手に任せましょう。けれど……」
つ、と娘が笑う。
「――一族の責は当主の責。それをゆめゆめ忘れなきよう」
広間の温度がぐっと下がる。娘は再び翁に向き直り、軽く一礼した。
「裁きは最長老にお任せ致します。では、今宵は疲れましたので失礼を」
ついと踵を返し、傲然と顔を上げ、娘は去っていった。
誰かが呟いた。
「……アリアドネ様の……」
リアイスの娘――と。