【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

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四話

 冬季休暇中、お嬢様はパッサント城に籠もった。自らの一族に殺されかけたのだ。籠もろうというものだ。

「――日刊予言者には圧力をかけておいた」

「リアイスの記事を書き立てる怖いもの知らずはいないでしょうよ」

 ゴシップ紙を除いて、と私は付け加える。翁の机の上には新聞が無造作に置かれている。一面に躍っているのはマルフォイ邸だ。一般的な魔法族からすれば十分に規模が大きく豪華といえるのだろうが、リアイス一族で生まれ育った私からすれば『そこそこ』でしかない。古くからある名門であることは間違いないが、ブラック家には二三歩遅れをとるのがマルフォイ家である。魔法省の中枢に食い込んではいるがいまいち詰めが甘く、魔法大臣を輩出したこともあるが最後は支持がどん底にまで落ちて、上位家であるブラック家や、敵対するリアイス家に引きずり下ろされて仕舞いになる。そのうち方針を変えて、権力の頂点を目指すのではなく二番手三番手を目指して生き残りを図るようになったのだが。おそらく現マルフォイ家当主・ルシウスもそのつもりだろう。分家とはいえブラック家の娘を娶り、箔もつけている。魔法省にも入省済み。これから着々と出世していくことだろう。

 私は連なる文字に眼を滑らせる。マルフォイ邸にて行われた宴にて襲撃があったこと。出席者は名だたる名門の子女であったこと。襲撃者はリアイスの者であり、宴に出席していたリアイスの子女が彼らの犯行だと断言したこと、闇祓いマッドアイ・ムーディとルーファス・スクリムジョールという大物が出張ったことが記されている。

「圧力をかけたといっても、名を伏せたくらいですか」

「一族の罪をもみ消すつもりはない。奴らなど知るものか。リーンの名が出なければそれでいい」

 見事な切り捨てに思わず唸った。相当お怒りだ。孫娘が殺されかけたのだから当然か。

「……とはいえ、セイリャント、クーシャント、クーラントを位から引きずり下ろすことはしなかったと」

 翁の眼が陰を帯びる。藍の色がちらついた。

「襲撃者の獄死は確実だろう。弁護のために人をやることもしてないからな。その上彼らから当主の権を奪ってみろ。不和が生じる」

 リアイスには名うての法家も擁している。家庭内の争いから高等裁判まで携わる案件は様々であるが、呼びかければ襲撃者の弁護を引き受ける者もいるだろう。しかし、翁の無言の怒りに負けてか誰も動いていないのが現状だ。加えて、翁及び分家の決にて第四分家から第六分家の当主には謹慎が申し渡され、風当たりも強い。この上襲撃者の弁護が……などと言える雰囲気ではなかった。

「どのみちどう弁護しようが、罪は確定している」

 仕組まれたのかもしれないが……と、翁は小さく呟いた。

「確かめようがありませんよ。ひとまず彼らが殺されないように手を打つべきですね。証言を取る前に死なれると厄介だ」

 疑問はある。なぜ彼らはお嬢様を殺そうとしたのか。他家に踏み込んでまでそうする動機はあったのか。今回の事件でリアイスに得は何もないのだ。極端な思想を持った過激な一族などと、誰が思われたいだろう。困ったことにあまり間違ってはいないが、取り繕った外面に傷を付けられたくはない。

「敵方が仕掛けた……と思いたいところですがね」

 真実は藪の中だ。リアイスは彼らを切り捨てる。仮に操られたのだとしても。力なく敵に屈服したのだとすれば、それも罪だ。

「……非情だな」

 翁が唇を噛む。彼の思いに反応してか、室の中がわずかに暗くなった。

「今更それを言いますか。枚挙に暇がありませんでしょう。歴代の《ランパント》ですら」

 敵の操り人形に成り果てれば、処分されるしかなかったのですから。

 

 

 冬から春、夏へと季節は移りゆく。気づけばお嬢様はホグワーツの四年生になっていた。

 先代が私をお嬢様に差し向けて殺そうとしてからざっと二年近く経っている計算になる。それからもあれこれと波乱はあったが、お嬢様は生き延びていた。

「……葬儀はひっそりとなされたほうがよろしいでしょう」

 セイリャント、と呼びかける。当代第四分家当主《セイリャント》は小さくため息を吐いて額を揉みほぐした。

「亡骸もないがな」

 去る十二月、マルフォイ家にて行われた宴を強襲した襲撃者達はアズカバンに投獄された。裁判にて出された判決などこの際関係ない。禁固何年だろうが終身刑だろうが、リアイス姓を持つ者がアズカバンに送られたという事実だけで魔法界にとっては衝撃だった。通常極めて凶悪な犯罪でない限り、アズカバンには送らないものだ。それこそ近年は死喰人専用牢獄と成り果てていたのだから。異例の判決の重さだ。しかし、リアイス家は何の抗議もせず処分を受け入れた。弁護すら魔法省の選任者に丸投げだ。

 グリフィンドール系筆頭名門は、権を持ってはいるが腐敗しているわけではない。身内に対しても厳しいからこそ魔法界の支持を受けているのだ。

――哀れではあるが

 それだけだ。彼らは熱狂的な『信者』であった。リアイスの血統を、ひいてはグリフィンドールの血統を誇っていた。だからこそ彼らがお嬢様を襲撃したとしても、一族はさして疑問に思っていないのだ。不出来な娘とはいえ次期《ランパント》候補を害そうとしたのだ。そう、たとえ《ランパント》になる可能性が低くとも……。であるからして亡骸がアズカバンに葬られているのも仕方なし。けれども葬儀くらいはしておかなければ面倒なことになる。彼らの残された妻子や親の感情を宥めてやらなければならないから。

「翁に睨まれている以上、下手に動かないでしょうが」

「僕の方も監視はしているがね」

 セイリャントはまたもため息を吐く。襲撃からこっちいつも憂鬱そうだ。謹慎させられ、復帰後は遺族の監視と闇の勢力との戦いに力を尽くしている。第四分家の名誉挽回に躍起だ。

「とんでもない愚か者どもだが弔いくらいはせねばな……スリザリンとはいえ令嬢を襲うやつがどこにいる。ああ嘆かわしい……」

 《ランパント》の御位はどうせ筆頭か第二分家か第三分家の手に転がり落ちるだろうにとセイリャントは呟いた。大抵の一族はお嬢様が《ランパント》を継ぐことなどありえまいと思っている。なにせスリザリンに組分けされた不祥の子だ。何か大きな功績を上げるか、継承権が認められている分家が権利を放棄すればありえるだろうと。あとは夫に血の濃い者を選べばありえるだろうか。

 純血主義者どもとたいして変わらないなと独りごちる。いいやもっと悪いかもしれない。

「セイリャントはリーン嬢をどう見ておいでで?」

 興味のままに問いかける。セイリャントはゆっくりと瞬いた。唇を引き結ぶ。

「スリザリンに組分けされてさえいなければ《ランパント》を継いでもよいだろうと思っている。……多少先代に似たところもあるようだが……惜しいことだ。しかし、スリザリンに組分けされたリアイスなど不吉なだけだぞイルシオン。闇側に屈しないという姿勢を示してくれなければ安心できるものか」

 命まで取ろうと思わないが、とセイリャントは続ける。私は肯定も否定もしなかった。

 お嬢様を亡きものにしようとしていた筆頭が先代――アリアドネ様だと知ればセイリャントはどんな顔をするだろうが。誰よりもお嬢様を消したがっていたのだと。

 私は金の髪に群青の眼の《ランパント》を思い出す。光輝を身に纏い、その実内面には闇が渦巻いていた狂える黄金のグリフィンを。

 彼女はきっとお嬢様を。

――畏れていたのだろう

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