【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

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六話

 本家の『婿』というものは、常より激せず、されどランパントを諫めることができる人物が望ましい、とされている。そして最も重視されるのがランパントの盾となって死ねるか、である。

――翁も婿殿も申し分ない人物であるが

 此度ばかりはどうなることやら、と向かい合う翁とルーピン夫妻を窺っていた。二月上旬に起こった事件の謝罪に夫妻はやってきたのだ。

「……子どもの喧嘩。いいや、事故だ」

 ぴんと背筋を伸ばした翁が言えば、夫妻は縮こまる。魔法省勤め、その中でも選良であり、息子が噛まれるまで順風満帆な人生を送ってきたのだろうが、息子が人狼であるという事実を、世間から隠さなければならず、日陰を歩いてきた年月は、夫妻の顔から明るい未来や夢や希望といった、善なるものを半ば以上奪い取っていた。それでも息子への愛情は依然としてあるようで、翁に謝罪する姿には必死さが滲んでいる。

――これがリアイスならば

 人狼の子など不要、と切り捨てているところだ。末端はともかく上層部は特にその傾向が強い。比べて、ルーピン夫妻はどこまでも真っ当だ。お嬢様もこの夫妻のような者達に育てられればよかったのかもしれない。

「しかし、私達の息子がしでかしたことは……とてもではありませんが……もし令嬢が噛まれていたら。あなた方にはご恩がありますのに」

 途切れ途切れにルーピン氏が口にする。翁はため息を吐いた。

「私はリーンの親代わりに過ぎないし、あれの父は死んでいるが……生きていたらきっと赦すだろう。第一、お前達の息子をホグワーツから放り出したところで意味はない。公にしても同じだ。誰も幸せにならん。私は、リーンから友人を奪いたくない」

「息子を……令嬢の友人だと仰ってくださるのですか」

 ルーピン夫人が顔を覆う。私は眼を閉じた。不思議と幼い娘の姿が蘇った。落ち着いた茶の髪に、青緑色の眼をした娘。消された娘。最初から存在しなかった娘。婿殿の妹。人狼に噛まれ、幽閉され、狂い、最期は首を刎ねられた。哀れな娘の命を奪ったのは、先代ランパント――アリアドネ様。幼い娘が幼い娘を殺し、血の海を作り上げたのだ。まさしく地獄のような光景で、アリアドネ様は悪魔そのものだった。

 苦しんで死ぬよりもいいじゃない、と言ってのけた。リアイスの血統を示す清冽なる群青の眸には煮えたぎる狂気と混沌とした闇が棲んでいた。

 己の理屈を他者に押しつけ、命を奪った女より、ルーピン夫妻のほうがよほど上等な人間だ、と評価する。易きへ流れることもできただろう。しかし、彼らはそうしなかった。息子を人として扱い、生かそうとしている。

「――リーンは、友人だと思っているだろう。あれもまた傷ついてきた。私があなた方や子息に手を出そうものなら烈火の如く怒るであろうな。だからよい。それに、子息を噛んだフェンリールは、リアイスの獲物でもある。悪なるはフェンリールだ」

 賠償もいらん、と翁は片手を振る。決して裕福とはいえないルーピン家からむしり取るほど、リアイスは困っていないのだ。

 夫妻は何度も何度も礼を述べ、片膝を突き、古風ゆかしい魔法族の礼をとって「微力ながらリアイス家のお力になれることがあればなんなりと」と述べて帰って行った。

 翁と私以外誰もいなくなり、応接室には静寂が満ちる。翁は額に手を当て、長く長く息を吐く。

「ルーピン家を得ましたね。上々ではないですか」

 私が現れても、翁は瞬いただけでさしたる反応は示さなかった。

「元から彼らはリアイスの手の内だが……完全にこちら側についたのはよかったな」

 そう言いつつ、熱は籠もっていない。心ここにあらずといったところか。

「……箝口令は敷けているだろうな」

「ホグワーツの森で令嬢が人狼を返り討ちにしたと情報操作を。さして重傷でもない、としています。ルーピン夫妻との面会は中立家との繋ぎのため。それ以上ではないとも」

「それでよい」

「知れ渡れば厄介ですからね」

 お嬢様にユスティヌの血が入ったなんて、と続ける。翁は唇を引き結び、開いた。

「いくら癒療のためとはいえ、よく思わない輩もいようしな。これ以上リーンに傷はつけたくない」

 重い声に、言葉以上の何かがあるように思ったが、私は問いかけることはしなかった。この翁も結構な秘密主義だ。訊いたところで答えまい。

「ホグワーツへはいつ?」

「下旬に行こう。とにかくあやつの首を絞めねば気が収まらん」

「折らないでくださいよ」

 翁は鼻で笑って答えなかった。

 やがて二月も終わりに近づいた頃、翁がホグワーツに旅立ち、その報がもたらされた。

――ユスティヌ、死亡

――手を下したのはリーン・リアイス。

 一族は戦慄し、憶測が飛び交った。そして。

 

 

 昏い眼をしたお嬢様が帰還した。

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