【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

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八話

 死喰い人の情報を掴み、素早く報せた甲斐もあって被害は軽微だったようだ。少なくともキングズ・クロス駅に停まった紅の特急は大破しておらず、窓が粉々になっている程度である。私は青ざめた顔をした保護者達を尻目に、鴉となって旋回する。人混みの中に黒髪の魔女の姿を認めて下降した。音も立てなかったはずだが、お嬢様の深い色の眼が私を捉えた。華奢な肩に止まれば、繊手が羽毛を撫でる。

「ベラトリックスを筆頭に、フェンリールやロドルファスがいたわ」

 囁きにかちり、と嘴を鳴らす。大層な面々だ。特にベラトリックスなど闇の帝王の副官ではないか。ついでにいえばなぜかお嬢様の側にいるブラック家の若者の従姉である。

――仲が悪いはずでは

 お嬢様の騎士はポッター家の息子の役割であったはずだ。幼馴染であり、元々リアイスとポッターは繋がりが深い。お嬢様の祖母にあたるディアドラ様の母君はポッター家の出身である。

 だが、騎士然としているのはブラック家の若者だ。従姉がしでかしたことに責任を感じているのか、そうでないのか。お嬢様に気遣わしげな眼を向けている。

 さて、ポッター家の息子といえばいつになく言葉数が少なく、青ざめていた。お嬢様といい勝負だ。

 カツカツと靴音を響かせ、お嬢様は移動する。

「……ジェームズ、シリウス、一旦ゴドリックの谷に戻りましょう。マッド・アイには私が手紙を――」

「不要だ」

 かすれた声が割って入る。誰あろうマッド・アイだ。本名はアラスター・ムーディ。闇祓いの重鎮であり、常に最前線に立っている魔法使いだ。加えて、アリアドネ様の片腕でもあった。

 お嬢様は優雅に一礼する。

「いらしていたとは」

「出張らないわけにはいくまい。事情が訊きたい。魔法省まで来て欲しい」

 お前の祖父には話を通しておく、とマッド・アイが付け加える。闇祓いからの要請であり、断ることもできないだろう。お嬢様はマッド・アイの義眼を見つめ、頷いた。

 ◆

 マッド・アイとその部下に連れられ、お嬢様達は魔法省へ向かう。もちろん私も同行している。ペットの鴉として。魔法界ではふくろうが好まれているが、古い時代には鴉も『使い魔』とされていた。代々レイブンクロー寮に組分けされる家系――いわゆるレイブンクロー系、あるいはレイブンクロー派ともいわれる家門は鴉を好んで使っていた。かくいうリアイスも、時たま鴉を使う。私が鴉になっているのは古き時代がどうこう魔法使いの伝統が云々、ではなく偉大なるモリガン――アイルランドの伝説的な魔女の血を継ぎ、祖先と同じく動物もどきとして適性があったからだ。少なくとも黄金の獅子よりは目立たないし小回りも利く。

 護衛として張り付いているが、名うての闇祓いががっちりと守っているので活躍の機会もなく、魔法省にたどり着く。取調室にでも通されるのかと思いきや、貴賓室に招かれた。部下に扉を守らせ、マッド・アイ自ら聞き取りをするらしい。熱心なことだ。

 答えるのは主にお嬢様で、淡々と質問に答えていく。襲撃の時刻、場所、主犯、人員、どのような攻撃か。

「……特急の『彼女』では力不足だったか」

「屋根の上に着陸した連中は残らず倒して放り出したようですね」

 また性能を上げておきます、とお嬢様は唇を噛む。

「『彼女』ってあれか」

 ぽそりとブラック家の若者――シリウス・ブラックが呟く。いささか顔がひきつっていることからして『彼女』を知っているらしい。

「そう。あなた達の逃亡を防いだ『彼女』」

「学生ならともかく死喰い人を撃退するとはさすがだな」

 マッド・アイの言にお嬢様は苦笑した。

「そこらの魔法使いより手練れで長生きですからね」

 時の校長が発案し、リアイスが実現させた防衛機構だ。第二分家の作であり、見た目は人であるが人ではない。精巧な傀儡である。学習することによって強くなる。アリアドネ様も肩慣らしにといっては戦っていたものだ。

 一時間か二時間か続いた聴取が終わりを告げ「客室を用意してある」とマッド・アイが告げる。心得たように彼の部下達がお嬢様と友人達を案内しようとした。視線を感じ、お嬢様の肩の上で頭を巡らせる。青い眼に何か含むものを感じ取り、羽ばたいてソファの上に着地した。お嬢様が立ち止まり、振り向いた。

「マッド・アイ……」

「こやつはしばらくここにいたいようだ。構わん」

 群青の眼がマッド・アイと私の間を行き来する。僅かな不安が過ぎった後、お嬢様は頷いた。

「よろしくお願いしますね」

 そうしてお嬢様が去り、貴賓室には私とマッド・アイの二人だけになった。

「局に綱紀粛正にでも来たのか。狩人」

 鴉から人へと転じる。ソファに腰を下ろした。

「令嬢のお守りですとも。いや、そもそもお初にお目にかかりますと言いたいのですがね。アラスター・ムーディ」

「局長の影で動いていたろう」

 どうやら彼にとっての『局長』はアリアドネ様一人らしい。マッド・アイは彼女が仕込んだ闇祓いであるし、義眼もアリアドネ様が第二分家に依頼して作らせたものであるし、恩があるのだろう。

「想像はご自由に」

 証拠もなにもない。アリアドネ様が在任中に消えた闇祓い達は、病死や事故や自殺、死喰い人との戦いで殉職――など、どれもありえるのだ。戦場で精神を病む者も多ければ病を得ることもある。殉職率も高い。私が命令を受けて始末した者は目に余る裏切り者だけで、他の者はアリアドネ様がきっちりと証拠を掴み、左遷や降格で対処していたはずだ。

「闇祓いの創設、育成計画の確立、魔法省内での地位固め、賞罰制度……局長の功績は素晴らしいものであるし、誰も否定はしないだろう。いささか強引だったが」

「強引じゃなければ局をつくったりしないでしょうよ」

 リアイスという金ぴかの看板がなければ無理だったろうが。下手に歴史の浅い家門の娘では成し遂げられなかっただろう。

「闇祓いにならないか」

「『お掃除』が必要ならばご自分でやればよろしい」

 マッド・アイがかすかに笑う。傷跡だらけの顔がしわくちゃになり、異形じみて見える。

「人手が足りないのだ。局長の息女を闇祓いにしたいと思うほどにな」

「リアイスから人は遣っているはず。リーン様まで奪うつもりか、あなたは」

 マッド・アイが眼を付けて誘わなければお嬢様とて考えなかったかもしれない。闇祓いになりたいなんて。どこかの研究職にでもなれるし、ホグワーツの教師にだってなれるし、選択肢はあったはずなのだ。だというのに。

「令嬢が選んだことだろう」

「獅子公はお怒りですよ。言っておきますが」

「儂がきっちり仕込むとも。獅子公も、お前も令嬢にあれこれ教えているのだろう? 並の闇祓いよりは生き残る確率は高かろう」

 まだ卒業もしておらず、闇祓いの試験を受けてもいないが、どうせお嬢様のことだ。最難関といわれる闇祓い試験なんて合格するだろう。太陽が西から昇って東に沈むなんてことがない限り。

「まあ……」

 マッド・アイが息を吐く。

「局長が生きておられたら、令嬢の合格はありえなかっただろうが。息女の名が出ただけで」

 ひくり、と彼の喉が鳴る。闇祓いの顔がいささか青白い。

「――ともかく、局長はもはや亡く、令嬢の障害はない」

 あの娘は局がもらい受ける、と闇祓いは宣言した。

 ◆

 死喰い人の襲撃事件があったものの、お嬢様は無事に六年生の課程を終え、夏休みを経てホグワーツ最終学年となった。スリザリンの首席に任命されたものだからお嬢様はぼやいていた。当主に学業におまけに首席なんて、ダンブルドアは何をお考えなのかしら、と。私もお嬢様には全面的に同意するが、断言しよう。無理に全部やろうとはしないだろうし、監督生も巧く使うだろう……と。

 あちこちで転戦し、谷に戻り、転戦し、谷に戻り、時たま中央省庁に探りを入れ、貴族の茶会に潜り込みなどと繰り返しているうちに秋が深まっていた。

 お嬢様が一時的に帰還されるので、私はあれこれの報告をしようと出迎えた。到着は夕刻とのことで、食事はきっちり用意してある。もっとも、私が用意したのではなく、お嬢様の屋敷しもべが。

「あなたも相伴なさい」

「……よろしいので?」

「《ランパント》の誘いを受けて浮かれるほど馬鹿じゃないもの、あなた」

「そこは一人じゃ味気ないからいかが? と申し上げるのですよお嬢様」

 席に着けば私の前にも料理が出現する。さすがお嬢様の屋敷しもべは優秀だ。

――思えば

 実の母親に冷遇されてきたお嬢様であるが、屋敷しもべには大切にされてきた。お嬢様も屋敷しもべを大切にしている。リアイス一族は他家のように屋敷しもべを奴隷扱いしない。ホグワーツの厨房にいる屋敷しもべのように綺麗なお仕着せを与えているし、理不尽な暴力にもさらさない。現金給付は好まないようなので、好きなものを現物支給することで給金の代わりにしている。

 お嬢様に屋敷しもべへの偏見はなく、頼りにしていた。きっとホグワーツにも伴いたかっただろう。

「私や翁以外で……そう、一族外でお食事しない方はいらっしゃらないので」

 ホグワーツでは寮を問わず交友関係を築いているお嬢様であるが、未だに浮いた話の一つもない。

 ふ、と群青の双眸が私を捉えた。そうね、とお嬢様が呟く。

「招きたい人はいるのよね」

「ほう……」

 紅茶を喉に流し込む。さあ誰だろう。幼なじみのジェームズ・ポッターか、それとも仲のよい非魔法族出身のリリー・エヴァンズか、それとも……。

「シリウスをね」

 は、と声を上げかけて、紅茶を飲み下す。

「ブラック家の若君を?」

「勘当されたからシリウス。……いいえ、そうでなくて」

 お嬢様が眼を泳がせる。いつもはきりりとしているのに珍しいことだ。私の背筋を冷たい汗が流れていった。

――つまりまさか?

――まさか?

「私達付き合ってるのよね」

 ◆

「非魔法族出身や、非魔法族の方がまだよかったかもしれんな……」

 翁が長々と息を吐く。お嬢様の『報告』の衝撃からまだ覚めやらぬようだ。無理もない。

「ブラックとはいえ、勘当されておりますし、グリフィンドールですし、下手な馬鹿と付き合われるよりは良いのでは」

 お嬢様らしい斜め上の選択ですがね、と付け加える。

「もはや順当にジェームズ・ポッターに打診するかと思っていたらこれか。さすが私の孫。予想を飛び越えおるわ……。昔から予想外のことばかりだが」

「交際はまかりならんとおっしゃるかと思いましたが」

「《ランパント》の意志だ。煩雑な諸々があるだろうが。本家当主の意には逆らわん。それに、孫がその手で掴んだものを奪い取るのは気が進まん」

 奪われてばかりだったからな、と小さな声が聞こえる。

 時折思う。翁はお嬢様に《ランパント》を継いで欲しくなかったのではないかと。お嬢様が望めば、根回しし他の者を《ランパント》にしていただろう。

 ブラック家の若者との交際が公にされた時、一族がどのような反応をするか。ありありと想像できる。また一波乱あるだろう。

「……まあ」

 そうした反発をねじ伏せてこそ本家当主《ランパント》なのだが。

「欲しいものは手に入れるがよろしかろう」

 翁に聞こえぬように独りごちた。

《ランパント》がブラック家の男を招くとか。どうやら直系の、本来ならば当主になるべき男だとか。《ランパント》はご乱心か。公は何をしておられるのか……。

 いいや、これには深謀遠慮があるやもしれん。

 分家には様々な噂が飛び交っていた。しかし、お嬢様も翁も火消しはせずにそのままだ。周りなど知らない。勝手に言わせておけというところか。

 とはいえ翁はブラック家の若者――シリウス・ブラックについてそれとなく調査はしているようだ。

「シリウス先輩は、間違ってもスリザリン気質じゃないです。僕が保証します」

 いささか緊張した面もちの少年が、翁に告げる。リアイス一族第七分家、すなわちドーマント・リアイスの少年である。名をヘカテ・リアイス。お嬢様の従兄の息子にあたる。彼の隣には第三分家シージャントの末子、ルキフェルが、彼らの後ろに半ば隠れているのは筆頭分家のクロードと、第二分家のナイアード。どれもこれもグリフィンドール出身であり、ヘカテを除けば翁の曾孫にあたる。翁は年若い魔法使いと魔女をつぶさに眺めた。

「ブラックの悪徳の血の気配はないと?」

「シリウスに限ってそんなことはありませんよ曾祖父さま」

 今度はヘカテの背から顔を出したクロードが言い、ナイアードが同調した。

「スリザリンと犬猿の仲です。シリウスがどれだけ決闘して叩きのめしていることか」

 そして減点されていることか、とナイアードの言をルキフェルが引き取る。

「ランパントの首席権限でも減点されてますし、僕らはシリウスの穴埋めに必死ですよ獅子公」

「……で、なにがどうしてリーンがシリウス・ブラックを招くなどと。私は仲が悪いと聞いていたが」

「仲は悪かったですよシリウス先輩とランパント」

「僕は見てませんが、二年前に確かシリウスを湖に背負い投げして放り込んだとか」

「グリフィンドールもスリザリンも唖然で」

「でも最近はリーン姉様がお幸せそうなので」

 背負い投げ、と聞いて翁は額に手を当て、クロードの言にうむと唸った。深い皺と傷が刻まれた手に、クロードのちいさな手が添えられる。

「どうかブラック家の人だからといってシリウスのことを色眼鏡で見ないで下さい曾祖父様。だってシリウスは家を捨ててます。リーン姉様との仲を裂こうとしたら……」

 クロードの言にぴんと糸が張った。

「今後曾祖父様なんて呼びませんから」

「落ち着きなさいクロード」

 切羽詰まったように翁が言う。その顔は戦場に赴く古の魔法騎士を思わせる緊張感に溢れていた。

「お前たちをわざわざ呼び戻したのはシリウス・ブラックについて知りたかったからだが……排斥するつもりはない」

《ランパント》の伴侶にふさわしい強い覚悟を持っているならな、と翁は締めくくった。

 

 いよいよシリウス・ブラックがリアイス本家に招かれる時が来た。きちりと身なりを整えた彼の姿は名門の出を思わせる気品が滲み出ていた。容姿端麗で知られるブラック家の特徴を濃く受け継いでいるので、一族の古老からは受けが悪いかもしれないが。

 シリウス・ブラック改め、お嬢様の伴侶候補殿は、ランパント城を目にした瞬間に呆れ果てたようだ。さすがグリフィンドール筆頭名門殿、とお嬢様に呟いていた。あなたが縁を切った実家だって城くらい持っているんじゃないの? とお嬢様が聞き返せば廊下を歩きながら首を振る。

――確か昔は持ってたが

「紫薇戦争の時にお前んとこのジェロームだかなんだかがまとめて吹っ飛ばしたとかそうでないとか」

「あら……とんでもない魔力量ね。いえ、陣を敷いて上手く魔法を組み立てたのかしら」

 文献が残ってないかしら、とお嬢様は首を傾げる。なんともいえない顔で候補殿がお嬢様を見つめていた。諦めろ、お嬢様は昔からこんな人だと鴉の姿に変じた私は嘴を鳴らした。

 グリフィンドール系筆頭名門リアイス家は、戦となれば水を得た魚となる。でなくば千年以上もの間筆頭名門の地位を維持できはしない。いかにも優雅な貴族の顔をしていても、どこかに猛きグリフィンの血が流れているのだ。

「は、その顔はブラック家の! 皆の者戦だ! 杖を持て!!」

 肖像画達が騒ぎ出し、お嬢様は立ち止まった。

「鉄心公、剣聖公女、斬刑姫」

 戦の時代に活躍し、散っていった一族達は《ランパント》の眼光に射抜かれて沈黙する。お嬢様はその期を逃さず畳みかけた。

「ガタガタ言うと燃やすわよ」

「おい、俺は気にしないぞ」

「あなたはよくても私は嫌なの」

 もう一度肖像画達を睨みつけ、お嬢様は歩き出した。

 二人は翁が待ち受けている客間へと入っていった。

 ◆

 本家から出て、あちらこちらへと潜り込んでみればお嬢様と候補殿の話で持ちきりだった。なぜよりによってブラック家の者を……と誰かが囁き、ここで同閥の男を引き込めばよろしいのにと誰かが嘆く。まったくお嬢様のことを分かっていない。幼い頃から散々な扱いを受け、ユスティヌ殺しの功績をあげるや否や手のひらを返した一族の思惑になど従うものか。お嬢様はお嬢様のまま好きに進むであろうし、その権利は十分にある。本来ならばわざわざ《ランパント》の地位を継いで重責を負う必要もなく、すべてを放り投げて逃げてもいいのだ。一族が困ってもお嬢様は何も困らない。リアイスのために戦っているのではなく、己のために戦っているだけなのだから。

 頭の固い連中の『お小言』など、お嬢様は封殺するであろう。そうでなくては面白くない。

 陽が落ち、候補殿が本家を辞去した頃を見計らって翁を訪ねた。彼は暖炉に紙束を放り込んでいるところだった。

「いかがでしたか、ブラック家の若君は」

「悪くはないな」

 翁が紙束を追加する。よくよく見れば見合いの釣書だった。知らぬ間にこれほど縁談があったとは。

「燃やされる哀れな候補者達より、ですか」

「能力人格が劣っているわけではない……が」

 翁は視線を彷徨わせる。

「ある意味であの子を理解し支える伴侶にはなれるかもしれない。シリウス・ブラックは。それにあの子が選んだのだ」

 それくらい好きにさせたい、と翁は呟いた。

 そうですねと私は返す。

――後にシリウス・ブラックが裏切りの大罪人としてアズカバンに投獄されるとも知らず

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