【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

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三話

 パッサント・リアイス城は堅牢なつくりをしている。幾重にもかけられた魔法。石組みの一つ一つにそれは染み付いている。

――ホグワーツと一緒だ

 それもそうなのだろう。それは本家の城を模倣しており、本家の城はホグワーツを模倣しているのだから。

 勇猛果敢な者が集うグリフィンドール寮。その創設者であるゴドリック・グリフィンドールが私の先祖だった。

 ゴドリックの孫はリアイスを名乗り、そこからリアイス一族としての歴史は始まる。

 始祖の名はネフティス・グリフィンドール・リアイス。魔法具作成に長けた魔法使いで、ホグワーツのどこかに安置されているみぞの鏡や一族の宝――魔法剣・冬の息吹は彼の作品と伝えられる。

 その彼はロウェナ・レイブンクローの孫娘、マアト・レイブンクローと婚姻し八子を授かった。

 長子から順にランパント、パッサント、ステータント、シージャント、セイリャント、クーシャント、クーラント、ドーマント――長子は父の後を継ぎ、残る七人は各地方に散らばり分家し、城を構えた。

 そしてその子の代、つまりネフティスの孫の代は父親たちの名をミドルネームとして名乗り、本家だけがグリフィンドールの隠し名を使うようになった。これをもって本家と七分家の確立とする。

――闇に対抗するためなのだ

 グリフィンドールとスリザリンの確執により、闇側と戦ってきたリアイス一族が考え出した仕組み。

 分散により生き残る確率を上げた。本家当主に継嗣がおらずとも、いざとなれば分家の誰かが立ち上がる。

――私は

 当主を継ぐことになるのだろうか。代々グリフィンドールであるリアイスからはじめて輩出された、スリザリン出身者であるところの私は。

 許しがたい禁忌を犯した。敵対する寮へと組み分けられたのだという思いは消えない。

 継承順位は当主の子、兄弟姉妹、従兄弟、甥姪、従甥姪だ。今までならば確実に私が位を継いでいた。しかし、事情が変わった。

「私はどうすればいいんですか、ゴドリック……」

 壁にかけられた肖像画に向かって呟いた。マグル式で描かれた魔法使いはまったく動かない。

 黒髪に、意思の強そうな眉。すっと通った鼻筋。輝く群青の瞳。手には大きなルビーがはめ込まれた剣を持ち、傍らにはグリフィンを従える威風堂々とした姿。

 答えはない。私は肖像画を睨みつけた。

――貴方の帽子が私を窮地に追い込んだのに!

 忌々しい組み分け帽子は、元々ゴドリックのものだ。責任の一端はこの先祖にある。

 完全に八つ当たりであったが、その思いにすがりついた。

 本家を出されてからというもの、母の姿を見たことはない。このパッサント城ですれ違う親族もよそよそしい。

 陰口を叩かれることもしばしばだった。私の存在が、本家の権威を揺らがせている。

「いっそ、系譜から消してくれればいいのに……」

 この曖昧な立場には嫌気が差していた。本家の継承権は恐らく従兄弟たちのどちらかに渡るに違いない。それでも構わなかった。

――リーンは疲れ果てていた

 どこにも逃げ場がない現状に。

 

「しばらく見ない間にやつれてないかい、リーン」

「……息が詰まりそうなの」

 母から追い出された本家。冷たい親族。城の中の陰湿な空気が耐え難い。

「ダイアゴン横丁に一緒に行こうよ。なんなら、僕からアシュタルテさんにお願いするよ?」

 無理だと思うわ、とリーンは首を振った。祖父はそれほど甘くはないだろう。きっと、夏休み中はずっと城の中に閉じ込められるようにして留め置かれるのだ――母がしたように。

 ホグワーツを無事に卒業したとしても、死ぬまで城に閉じ込められるに違いない。  しかし、リーンの予測に反して、祖父はあっさり外出を許可した。

「こうやって出かけるのは初めてかもしれないね!」

 心底うれしげに笑うジェームズに、リーンも曖昧に返事をした。本当に奇妙な感じだ――何せ外出する機会など、キングズクロス駅の行き帰りくらいなもので、ダイアゴン横丁など今まで一度も来たことが無いのだ。

 ロンドン・漏れ鍋には雑多な人が集っていた。物珍しいのできょろきょろと見回していると、見知った顔を見つけて、慌ててジェームズを連れ出そうとするが、失敗した。

「――シリウス! シリウスじゃないか!!」

「お、ジェームズ……」

 呼びかけに振り向いた少年――ブラック家のシリウスは、リーンを見て灰色の目を瞬かせた。むすっとしながらもジェームズに問う。

「二人で買い物か」

「だってリーンずーっと城の中にいたんだからね。君もおいでよ。三人のほうが楽しそうだし」

 リーンは隣のジェームズの服をこっそり引っ張ったが、彼は意に介さないように笑顔だ。

――なんでこういうときに限って空気を読もうともしてくれないのかしら

 ブラックは面白くないようだ。たぶん、リーンがジェームズを取ったとかそんな風に思っているのだろう。

 いいじゃない、とリーンは思った。どうせあなたはホグワーツでずっとジェームズと一緒なんだから。

 学期が明ければどうせスリザリン寮であれやこれやの嫌がらせに耐えなければならない。思い出したくもないことを思い出し、リーンはため息をついた。

――毛嫌いされるくらいなら、スリザリンになんて行きたくなかったわ

 友人はアンドロメダとセブルスだけ――他は誰もいない。

 ジェームズはブラックを巻き込んでダイアゴン横丁に繰り出すことに決めたようだ。止めるのも億劫で、リーンは仕方なしに彼についていった。

 煉瓦を叩けば門となり、その向こうには大通りが広がっている。処狭しと並ぶ店、ひしめく人。いとも自然にジェームズはリーンの手を引っ張った。

「慣れてないとはぐれるからね」

「……ほんとに仲いいよな」

「おっと妬いてるのかい、シリウス?」

「んなわけねえだろタコが」

 珍妙な漫才を聞きながら、まずはローブや魔法薬の材料などを揃えにいくことになった。薬屋をリーンはくまなく見てまわり、店主にあれこれと聞いていたのだが、ジェームズとブラックが扉口で待っているのに気づいて駆け寄った。

「ごめんなさい。待たせちゃって……」

「まったく」

 ブラックが続きを言う前にジェームズがぶん殴った。被害者であるブラックは呻いてしゃがみこむ。

「君ってほんっとに気遣いとか思いやりないよね。それでも僕の親友かい」

「殴ることねえだろが」

「ちょっとくらい待たされたって笑顔でいいよって言ってあげるのがたしなみだろ! リーンは今までダイアゴン横丁にきたこと無いんだから、ゆっくりさせてあげなよ」

 ブラックが素っ頓狂な声を上げた。

「マジで来た事ねえのかよ」

「そうよ。外に出してもらえなかったもの……」

 ブラックは肩をすくめ、黙って出て行った。

「フォーテスキューの店に行こうぜ。あそこ行かなきゃ損だ損」

 心なしかいままでより口調が柔らかくなったような気がして首を傾げた。ちらりとジェームズを窺えば、にやにやしている。今度は何を企んでいるのだろうか。

「君ってほんとうに影響受け易いよね」

「黙れよくそ眼鏡!」

 ずんずん進むブラックの後ろに続けば、白い建物――世に名高いグリンゴッツ、その近くに目指す店はあっ た。

 店主は気のいい小父さんで、あっという間にアイスを持ってきてくれる。陰の中で食べるアイスは絶品で、思わず頬が緩んだ。側付きの屋敷しもべもアイスを作ってくれることがあるが、不思議とフォーテスキューの店のものの方が美味しく感じる。

「相変わらず凄腕だよね、小父さんは」

 一気に食べるのがもったいなくて、少しずつ食べ進めているリーンは、ほど近い席に座る親子連れを捉えた。

 楽しげに笑いあいながら、アイスを食べている。両親と、子ども。箒を買ってとねだっているのを父親が苦笑しながら宥めていた。

「リーン?」

「なんでもないわ……」

 動きを止めたリーンを、怪訝そうにうかがうジェームズにひらひらと手を振った。

 ◆

 細々と買い物を済ませたあと、ジェームズに連れられてゴドリックの谷に帰ってきた。人ごみから解放されてほっと息を吐く。あんな雑踏はどうにも苦手だ。

 押し迫る黄昏に、憂鬱な気分になる。

――帰りたくない

 パッサントの城も本家までとはいわずとも、息が詰まる。でも、帰る場所はあそこしかない。それは痛いほどわかっていた。

 一族は別に私を必要としているわけではない。

 冷えた胸の奥でささやく声に、リーンは同意した。そうだ。リーンが帰らなかったところで、一族がどんな不利益をこうむるだろうか。リーンが当主になる確率は極めて低い。

――従兄弟の誰かに譲位するか、母は新しく子を作ればいい

 ランパントの称号など欲しくはない。

「リーン……今日、家に泊まっていくかい?」

「え……」

 まじまじとジェームズを見た。本当は行きたい。けれど、ためらいもあった。それを見透かしたように彼は続ける。

「昔から僕ばかり君の家に泊まらせてもらってたからね。ちょっとくらい、いいじゃないか」

 どうしよう、と気ばかり焦ってしまう。母なら、決して許しはしなかったが――祖父なら、どうだろう。やはりだめだというだろうか。

「お祖父様に手紙を送るわ」

 結果として、祖父の許可が出た。今日はなんと善いことばかりなのだろうか。生まれて初めてのダイアゴン横丁、それに外泊。

 弾むような足取りのジェームズに釣られ、リーンの顔もほころぶ。城の外にいられることが、飛び上がるほどうれしい。

 ポッター家もゴドリックの谷に居を構え、代々グリフィンドールの純血名門だった。それ故、昔からリアイス家との縁も深い。ジェームズの父、チャールズと、リーンの父、ミスラは親友同士だったという。

「いらっしゃい、リーンちゃん」

「会いたかったよ! でかした、ジェームズ!!」

 上機嫌な魔法使いと魔女が、微笑みながらリーンを椅子に座らせた。ジェームズの母は、鼻歌まじりでテーブルに腕によりをかけた料理を次々と置いていく。

 隣にはジェームズが座り、向かいにはチャールズとドレアが座った。たいていかいがいしく世話を焼いてくれる屋敷しもべと二人きりで、寂しい食事が多いリーンにとっては新鮮だった。

――これが家族なんだろうな

 近い距離。あふれる話題。明るい食卓。

――こんな家に私も生まれたかった

 話しかけられては答え、料理を盛られ、飛ぶように時間が過ぎていった。ジェームズの部屋に間借りして、彼のベッドの隣にドレア小母さんがリーンのベッドを用意してくれた。

 横になってみると、ふかふかしていて気持ちがいい。

「リーンがうちの子だったらよかったのになあ……」

「私も、ジェームズの家のほうがいいわ。小父さんも小母さんもやさしいもの。食事だって楽しいし。羨ましいわ」

 闇の中、ぽつぽつと呟く。

――欲しかったのは、愛情のある家庭だ

 グリフィンドールに入っていれば、リーンもそれを手に入れることができたのだろうか。

 

「外泊を許可するとは……一体どういうことです!」

 怒りを燃え上がらせ、父である自分をにらみつけた娘――長女アリアドネを、アシュタルテ・P・リアイスは薄い群青の双眸で見据えた。

「お前が我が孫を閉じ込めるようにして育てても、今までは何も言わなかった。だが、もう違う」

 冷厳な眼差しに『氷の心臓を持つ魔女』と囁かれるさしものアリアドネも怯んだ。

――哀れな娘だ

 アシュタルテは、目を伏せた。

「あの子はホグワーツに入学し、外を知った。いまさら閉じ込めようとしても無駄だろう。そも、束縛して育てるのが、正しいとでも本当にお前は思っていたのか? お前とてわかっていたはずだ。そんなことは何の意味もないと」

「ですが……! あの子は……」

「束縛していたのはお前の弱さの表れだ。勇猛果敢な、黄金のグリフィンの血統を継ぐ娘を閉じ込めて、翼をもいで――何のためにあの子は生まれてきたのだ? あの子に罪はない。まったくもってな。それを憎んでいるお前が、弱いのだ。賢く勇敢なお前の唯一といってもいい弱さだ」

 あえぐ娘を無感動に見つめた。凄腕の闇祓いにして、局長を務める魔女は、その肩書きに似合わず激しく動転していた。

 アシュタルテは容赦しなかった。

「母親としての役目を一切放棄したお前に何を言われても、私は知らん。私なりにリーンを養育する。それだけだ」

 一族の頂点に立つ娘に、ため息混じりに告げた。

「くだらん戯言を並べ立てている暇があったら、少しでも闇の魔法使いを殺してきたらどうだ。服にまで、血の臭いが染み付いているぞ……アリアドネ」

 娘はものも言わずに一礼し、去っていった。

――どうしてこうなってしまったのか

 近頃の娘は、箍が外れているようだ。心優しい子だったはずなのに、変わってしまった。闇の魔法使いを排除することにやっきになっている。若いころの自分やダンブルドアに、少し似ていた。

 娘を閉じ込めるように育てていた、ある母親を思い出した。アルバス・ダンブルドアの母親――彼女たちがゴドリックの谷に越してきた時、アシュタルテの父はダンブルドア家を訪ねた。

 甥や姪の将来を案じたからだ。

「結局、お前やお前の弟は子を成さなかったな……ダンブルドアの姓は絶える」

 そしてその血筋はアシュタルテの子たちに引き継がれた。多くの純血が嫁いできて、その血はリアイスが継いでいった。滅んでいった名家の、古い血を。

 頑なにリアイスの援助を拒んだ義伯母の、やつれた面差しを思い出す。あの時、父が無理やりにでも城に招き入れていれば、不幸な従妹は救われたのだろうか。

 孫娘を思う。せめてあの子には少しでも自由に生きて欲しかった。閉じ込められて死んでしまったアリアナのように、無残な最期は迎えて欲しくない。

 孫娘がホグワーツへ発つのは明日。アシュタルテは助けてやることはできない。

――スリザリンでは真の友を得る

 敵寮でもなんでもいい。孫の心を救ってくれる友が現れることを、願った。

 

 今年もまた、九月一日がやってきた。キングズ・クロス駅のマグル側のホームに立っているのは、やっぱりリーンとジェームズだった。

――見送りを期待しているほうがどうかしていたわ

 あと何度こんな思いを味わうのだろう。はしゃいでいるジェームズにひっぱられるようにして、魔法の柵を通り抜けた。 もうホグワーツ特急は入線して、煙を吐き出している。

「行こう、リーン。いいコンパートメント取らなくちゃね」

――私と一緒にいれば、あなたまで難癖つけられるわよ

 言いかけたが、ジェームズがあまりにも笑顔なので、黙り込んでしまった。彼にとってはリーンがスリザリンに組み分けされたことなど、どうでもいいことらしい。

 一族も、これくらい大らかな気質であれば、リーンも楽なのだけれど。

 二人でトランクを運びいれ、通路を進む。途中突き刺すような視線にひるみそうになったが、ジェームズが一緒なので平静を装うことができた。一人だったら、こうはいかなかっただろう。

「ジェームズ!」

 聞き覚えのある声だった。ジェームズとともに、リーンも振り返る。

「リーマス!」

「久しぶりね、リーマス……と、ブラック」

 仏頂面のブラックに、鳶色のやわらかそうな髪と、やさしげな目のリーマス・ルーピンが笑いをこらえた。

「やあリーン。夏休みはどうだった?」

「ずっと城にこもりきりでね。なんとか一日二日は外に出れたからよしとするわ」

 リーマスが気の毒そうな顔をしたので、リーンはあわてて彼の手を引っ張った。

「ほら、早くいかないといい場所全部取られちゃうわよ」

「お前なにリーマスになれなれしくしてるんだよ!」

「別になれなれしくなんてしてないわよ。私とリーマスは友達なんだから別にいいでしょ、ブラック」

 当事者であるリーマスをほったらかしにして幼馴染と親友による争いが勃発してしまった。これが女の子をめぐって男の子が争うではなく、男の子をめぐって男女が争うのだから珍妙だった。

「……大変だよ、ジェームズ。止めなくて大丈夫かな」

 ジェームズたちを見つけて駆け寄ってきたピーターが、落ち着かないようにシリウスとリーンの言い争いを見守っていた。ジェームズは肩をすくめる。

「ニホンのことわざでこんなのがあるそうだよ……痴話喧嘩には口を出さない」

 実はそんなことわざはないのだが、ジェームズは勘違いしたまま続けた。

「僕、あんなとこに飛び込んで死にたくないし」

 それにしても、シリウスと喧嘩しているときのリーンは元気なものだ。いつも青白い顔をしている、か弱げな子とは大違いだった。防衛本能か他の何かが働いて、一気に闘志を燃え上がらせる。

――しっかしどうしてグリフィンドールに組み分けされなかったのかね

 リアイスは代々グリフィンドールだ。ポッター家と同じく。ジェームズの母は純血名門ブラック家、代々スリザリンの家柄に生まれたが、息子のジェームズはグリフィンドールに五秒もかからず放り込まれた。

 対してリーンの両親は共にグリフィンドールだ。通常ならばグリフィンドールに組み分けされるはずなのであるが――検証しようにも、ブラック家出身でありながらグリフィンドールに組み分けされたシリウスがいるので、なんともいえない。

「……別に、スリザリンだろうがグリフィンドールだろうが僕の友達には変わりないけどね」

 リーマスがシリウスをなだめ、逆にリーンの手を握り返す。

「ジェームズ、ピーター、行こう」

 ぎりぎりとシリウスが歯噛みしているのを横目で眺めながら、ジェームズはリーンたちを追いかけていった。

――バカだよなあ、シリウス

 面白くてならない。追い抜きざまにぱしんと肩を叩いたが、シリウスは気づく様子もない。

――好きな子いじめしたがる男の子だよな、まるっきり

 なにかといえばリーンにいちゃもんつけるのだ。そんなシリウスをリーンは鬱陶しがっているのだが、やはり喧嘩を買ってしまう。

 もともと争いを好まないリーンにしては好戦的だ。

 グリフィンドール組とリーンがコンパートメントの前まできたとき、リーンは誰かに腕を引かれた。くるりと振り向いて目を丸くする。

「女子の腕をいきなり引くとは、貴族たるスリザリンのする行為とも思えませんわね。Mr.レストレンジ?」

 顔をしかめて腕を振り払おうとしたが、力が強すぎて無理だった。

 寮の先輩であるレストレンジは微笑んだまま、冷たい薄青の眸でリーンを見下ろしている。

「君はスリザリンだろう。グリフィンドールの輩とともにいるとは歓迎しないな」

 ちょうど、やってきたリリーにも視線を投げ「マグル生まれともな」と付け加えた。

 蔑称「穢れた血」と口にしなかったのは、リーンや他を刺激しないためだろうか。おそらく、断ればそれなりの報復が待っているだろう――強い目でこちらを見てくるジェームズに、かすかに首を振った。

 たぶん、ジェームズが彼と正面きって戦えばあちらは退く。ポッター家とレストレンジ家の家格からして、争いは避けるはずだ。ブラック本家のシリウスもいるし、彼はそう無茶をするほどバカではない。

 ジェームズが唇を噛んだ。彼はわかっているのだ。グリフィンドールとスリザリンに組み分けされたからには、ホグワーツに行った後、彼がリーンを助けようにも助けられないことを。

「ロドルファス様、リアイスのなりそこないなどを我らのコンパートメントに招待するというのですか」

 微笑みの顔を崩さないまま、素早く杖を抜き放ち、取り巻きの一人に突きつけた。

「彼女は純血であり、スリザリンだ。何を疑うことがある?」

「よしてください。Mr.レストレンジ。分かりました。そちらのコンパートメントに参りましょう。無駄な時間は私も嫌いです」

「快く受けてくれて、うれしいよ」

――蛇のような男だ

 なぜこんなやつらと。内心で歯噛みしながら、ロドルファスに腕を引かれ、一歩踏み出す。

「セブルス、お前もついてこい」

 知った名に、表情を動かしそうになるがこらえた。ちらりと見れば、懐かしい顔がジェームズの近くを通り過ぎて、ロドルファスに引っ張られていくリーンの後方へ並ぶ。

「……こらえろ。おとなしくしていれば、大丈夫だ」

 かすかに聞こえてきた声に、頷いた。靴音がリーンを通り過ぎる。その横顔は冷たかったが、ほんの少し心配の色もにじませていた。

 ◆

 苛立ったように、コンパートメントを歩き回るのはジェームズだった。ちゃらけているように見えて案外思慮深い彼にしては珍しく、落ち着きがない。眉間には皺が寄せられている。

「リーンと寮が別でなければ、僕が助けに行ったのに……!」

 声は本気で怒っていて、仲間達はジェームズの珍しい怒りに言葉もない。

――よりにもよってスネイプのやつにリーンを頼まなければならないなんて、なんの皮肉だ

 大事な幼馴染はあの陰険野郎と仲がいい。スリザリン寮であるので、ホグワーツに行ってから、なにくれなく行動を共にしている。

 せめて、ハッフルパフだとかレイブンクローだとかに組み分けされていれば、リーンも厄介ごとに巻き込まれずに済んだものを。

 ジェームズたちが手をだすのは簡単だが、ホグワーツに行ったあとの身の安全は保障できない。彼では、守ってやれない。それが心底悔しかった。

「落ち着けよ、ジェームズ」

「……なんで君はそんなに平然としてるんだよ」

 ぎっとシリウスを睨めば、彼はため息をついた。

「リアイスは純血だろう。あのくそったれどもは純血が好きでたまんねえからな。おまけにあいつは“獅子公”アシュタルテの孫、“氷の心臓を持つ魔女”アリアドネの娘だ――滅多なことはしないだろうよ」

 あいつの母親はともかく、祖父さんはなにかあったら出てくるんじゃねえのかと気だるげに言うシリウスに気勢を削がれ、ジェームズは座り込んだ。

 そんなことは百も承知なのだが――。

「僕もスリザリンに組み分けされればよかったよ……」

 とんでもない発言に、一同がぎょっとする。

「それを世間は過保護っつうんだよバカ眼鏡が」

「え、僕ってそんなに過保護!?」

「……どう考えてもその言葉しか思い浮かばないわ、ポッター」

 呆れたようにリリーが口を挟んだ。

 生徒達の騒ぎなど気にもせず、ホグワーツ特急は優雅に線路を走り、学び舎へと向かっていく。

 

 

 レストレンジ家は名家だ。通路を抜ける彼と、それに半ば強引に連れられているリーンは嫌でも目立った。

――困ったわね

 スリザリンの生徒の視線が突き刺さる。なぜ異端のリアイスが、スリザリン急先鋒のレストレンジと一緒にいるのかと疑っている種類のものだ。 そんなの私が知りたいわ、と大声で叫びたい。

 コンパートメント――リーンにとっては牢獄――の扉が開けられ、招きという名の連行のもと、ソファに座らされる。当然のようにリーンの横に、ロドルファスは優雅に腰を下ろした。

「君が一年生の時、邪魔されて招待できなかったからな。いい機会だ」

 レストレンジと取り巻き達に囲まれていれば、気が休まるはずもない。紅茶を差し出され受け取ったものの、手が震えていないか自信がない。

 少し紅茶を飲んで、取り巻き達の刺さるような視線のなか、淡々としている風を装いながらも興味深げな眼差しを向けてくる少年に気づいた。 黒髪に、灰色の眸――既視感に首をかしげる。鋭い輪郭、整った顔立ち。

「ああ、まだ紹介していなかったね。彼は、レギュラス・ブラックだ」

「もしかして、ブラック――シリウス・ブラックの……弟さんかしら」

 レギュラスと呼ばれた少年は、ほんのわずかに顔をしかめた。首肯し、続ける。

「確かに、そうです。けれど、僕は兄のようにグリフィンドールに組み分けされることはないでしょう」

 そう、と呟いて紅茶を再び口にする。しばらくして目線を上げ、横にいるロドルファスへ顔を向けた。

「私をここへ招待して、あなたは一体何がしたいのですか? 私を抱きこんでも、リアイスの権力を手に入れることは不可能ですよ。ほとんど勘当されたも同然ですからね」

 ロドルファスは答えない。香ばしい匂いを放つ茶菓が入った皿を、リーンに差し出してくる。彼の目からは何も読み取れない。

「代々グリフィンドールから出た、初のスリザリンだ。僕は君と仲良くできるのではないかと思っていてね」

「……あいにくと」

 小皿をテーブルに置き、ロドルファスを睨みつけた。視界の端でセブルスがうろたえている様子を捉えたが、リーン自身退く気はない。

「グリフィンドールもスリザリンも好きではありません。先年、どれだけ面倒ごとに巻き込まれたことか。一方は私がリアイスであるといって迫害し、もう一方は裏切り者と私を罵りました。ただ私がリアイス姓を持っているというだけで」

 言い切ったリーンの何が琴線に触れたのか、ロドルファスはくつくつと笑った。

「グリフィンドールまでも否定する割に、君の友人はグリフィンドール生が多いようだが?」

「たまたまです。ポッターは私の幼馴染ですし。そうなれば自然にグリフィンドール生の友人が多くなるのは致し方ないでしょう」

「ふむ。君の主張はもっともだな、リアイス嬢」

 ロドルファスは微笑んだままだ。それが、無性に気味が悪かった。リーンはここを逃げることができない。逃げれば、厄介なことになるのは明白だった。

「だが、穢れた血と付き合うのはどうかと思うがね」

 リーンの眉間に皺が寄るのを、楽しげに見つめている。

「おや、僕は君は笑っている方がかわいいと思うのだが」

 からかうような口調に、杖に手が伸びる。しかし、上からぐっと押さえつけられた。想像以上に力が強い。

「七年生に、勝てると思うかい? 止めておくことだリアイス嬢」

「穢れた血などと、口にしないでください」

「穢れた血は穢れた血だ。君も僕も純血だ。他とは違う」

「……そんな区別など馬鹿馬鹿しいとは思いませんか、Mr.レストレンジ」

「強情なことだ。魔法界をまとめるのに、区別は必要さ。穢れた血を排除した、真の魔法界のためにはね」

――何を言っているの、この男は

 押さえられた手が痛む。圧迫感に喘いだ。ここではリーンは独りだ。誰も助けてはくれないだろう。

「それに、そういう君の血筋こそが矛盾しているとは思わないか、リアイス嬢」

 す、と手が離れていく。代わりに杖を抜き取ることもしなかった。泰然と、ロドルファスは続けた。

「代々グリフィンドールの名門、リアイス家。その血筋は純血を保ち続けている……マグルの味方、闇の敵――だが、不思議なことにマグル生まれと婚姻は結んでいない」

 その言葉は深く突き刺さった。唇を震わせたリーンをいたぶるように見つめたあと、唇が弧を描いた。

「純血名門との政略婚、リアイス同士の婚姻。およそ千年の歴史の中で、純血を保ち続けているリアイス家のほうが、我々よりよほど質が悪いとは思わないか、リアイス嬢。口ではマグル生まれの守護を謳いながらも、その実君が嫌いな――区別、とやらを行っている」

 グリフィンドールにいれば、決してされなかっただろう指摘に、リーンは血の気が引いていくのが分かった。

――何も言い返せない

「スリザリンの気質を誰よりももっているのは、リアイスではないか」

「迫害などしていません」

 反論は弱弱しい。ロドルファスが鼻で笑った。

「だが、受け入れてもいない。迫害していないだけで、マグル生まれなどいないように振舞っている」

 リーンは必死に首を振った。混乱し、筋道立てた反論などできない。胸が痛んだ。今まで気づかなかったことに対する痛み、リーンの純血の血筋、リアイスの一員であるという痛みだった。

「ロドルファス先輩、従姉のナルシッサがリアイス嬢を呼んでいるようで……」

 ちらちらとコンパートメントの外を見ながら言ったレギュラスに、ロドルファスは素っ気無く頷いた。

「ナルシッサもリアイス嬢に興味があるのか……かまわん、連れて行くといい」

 力なく座りこんだままのリーンの手を、レギュラスが取る。手を引かれるままに立ち上がり、コンパートメントを後にした。

 通路に出れば、レギュラスがぱっと手を離す。リーンは安堵のため息をついた。 あの場所から出られただけでも幸運だ。ナルシッサ・ブラックがどのような思惑でリーンを呼んでいるのかはまったく分からないが、それでもよかった。

 レギュラスは黙ったまま、リーンの隣を歩く。通路の方向が、どうやらナルシッサの居場所とは違うだろうことに、気づいた。むしろ――一番最初にいたコンパートメントの方向だった。

「あなたはやっぱりグリフィンドールだ。リアイス嬢」

 静かに言ったレギュラスに目をしばたたかせる。何を言おうか思い悩み、結局どうでもいいことを告げてしまった。

「リアイス嬢は止めて欲しいわ。なんだかバカにされているみたいで、嫌なの」

 少し、レギュラスが笑った。

「じゃあ、リアイス先輩と」

 その間にも彼はずんずん進んでいく。こうしてさっさと歩くのは、兄のシリウスと似ていた。

「先輩は、グリフィンドールの友人と一緒にいた方がいいみたいですね。顔色が真っ青です」

「……どうして、連れ出してくれたの」

「兄は、成績を気にしない人で」

 唐突に始まった話に、リーンは首を傾げたが、話の腰を折るわけにもいかず耳を澄ませた。

「そんな兄が、やたらと敵視というか、成績で張り合おうとしているのがあなただと聞いて、どんな人なんだろうと興味を持っていました……なんとなく、あの場所には似つかわしくない人だと、僕は思って、とっさに、連れ出してしまいました。あそこにいれば確実に体調を崩しているに決まっていますし」

 いつの間にか、元のコンパートメントについていた。レギュラスはいささかもためらいもせず、扉を叩く。

 一秒もしないうちに、扉が勢いよく開かれた。現れたジェームズは、レギュラスを見て一瞬驚いたようだったが、その後ろにいるリーンを認めて、レギュラスそっちのけでリーンをぎゅっと抱きしめた。

「リーン! なんかいじめられただろ!! 顔色悪すぎるよ! もうすごく心配したよ僕」

「二人はお付き合いでもしてるんですか?」

「違うの。ジェームズは愛情表現が過剰なのよ、昔から」

 なだめるようにジェームズの背を叩き、離してくれと訴えた。今度は強引にコンパートメントに放り込まれ、座らされる。

「あれ、レギュラスじゃねえか。んだよお前、いつの間にリアイスと一緒なんだ?」

「兄さんがよりにもよってグリフィンドールに組み分けされたせいで、僕がロドルファス先輩に呼ばれる羽目になったんですよ。相変わらずえらそうですね、あの人」

「ま、昔からえらそうだからな。いつかあの鼻っ柱へし折ってやる」

 レギュラスが顔をしかめた。

「ロドルファス先輩に連れて行かれるの、阻止してやればよかったのに。仮にも本家嫡男なんですから、あの人も引き下がるでしょう」

「めんどくせえ。大体、この女はあいつに潰されるほどやわじゃねえよ」

「紳士として最低ですよ、兄さん」

 不毛な言い争いに疲れたのか、レギュラスが背を向けた。

「僕は戻ります。怪しまれるといけない。ナルシッサには口裏を合わせるように言わないといけませんしね」

 では、と言ってレギュラスはコンパートメントを出て行った。

 

「――スリザリン!!」

 万雷の拍手が響く中、レギュラス・ブラックがスリザリンのテーブルまでやってくる。兄とよく似た顔を心なしか紅潮させ、軽やかではあるが、上品さを失わない足取りでリーンとセブルスの元までやってくる。

 詰めて場所を空ければ、身体を滑り込ませてくる。

「おめでとう、Mr.ブラック」

「ありがとうございます、リアイス先輩。僕のことはレギュラスで構いませんよ」

 粗雑な兄と違ってなんと礼儀正しい弟なのだろう。ちら、とグリフィンドールの席を見れば、鋭い目でこちらを見ているブラック兄と視線がかち合う。思わずお互いににらみ合い、すぐさま目を逸らした。

――あなたはジェームズと仲良くしてればいいのよ

 なんとなく機嫌が悪くなったところに、ジェームズがリーンの様子に気づいたのか手を振ってくる。後ろに目でもついているのだろうか。恐ろしいほど聡い幼馴染だ。

――お願いだから注目を集めるようなことはしないで頂戴!

 苦笑いを隠しきれず、それでも小さく手を振った。ジェームズがいるグリフィンドールならスリザリンより一万倍ほど楽しそうだ。ブラックがスリザリンに入って、私がグリフィンドールに入ってさえいれば、こんな変なことにはならなかったのだが。

「お前の前ではポッターも底抜けの阿呆のような表情をみせるんだな」

「ごめんね。今年もあなたに色々ちょっかいをかけるだろうけど……私も、あれ対策で魔法を教えるから頑張ってあいつを叩きのめして」

「……幼馴染なんじゃなかったのか?」

「一方的に言いがかりをつける人は嫌いよ。幼馴染でもね。ブラックも大嫌いだけど」

 レギュラスが居心地悪げに身じろぎ、慌ててしまった。

「ええと、あなたを非難してるわけじゃないのよ」

「いえ。あなたはよほど兄が嫌いらしいな、と……うちの愚兄が申し訳ないことをしているようです」

 いつの間にか組み分けは終わり、ダンブルドア校長がいつものきらきらした目で生徒を見た。リーンがみたところ四つの寮のテーブルそれぞれに公平に目を配っているように思えるが、残念ながらスリザリンの生徒の大半は冷ややかだった。

 少し離れたところに座っているアンドロメダを見つけ、会釈した。彼女も同寮の生徒の態度に苦笑気味だ。

 祖父と同窓生だったという校長は、リーンのせいでなければ少しだけ笑いかけてくれたようだ。温厚で公平で茶目っ気のあるこの校長が、彼女は好きだった。

 簡潔な挨拶が終われば、テーブルに並べられた金の皿に料理が山盛りになった。レギュラスとセブルスの皿に料理を取り分けていたところに、背の高い誰かがやってくる。

 その誰かはロドルファスだった。リーンは彼に気づかれないようにため息をついた。行きの一件で、どうにも彼が苦手になっていた。できることなら接触は避けたい相手だ。

「入学おめでとうレギュラス」

「ありがとうございます。ロドルファス先輩」

 一通りの貴族の通過儀礼とやらを終えた後、ロドルファスがこちらを向いた。リーンは反射的に逃げ出しそうになったが、隣のセブルスが「こらえろ」と囁いたのでなんとか自制する。

「宴は楽しんでいるかな、リアイス嬢」

「ええ。相変わらずここの屋敷しもべの料理は絶品ですね」

 答えているのか答えていないのかあいまいな返答をして、早くロドルファスが去ってくれないものかと念じに念じた。もしいるのならばゴドリック・グリフィンドールの霊でも現れて、この男を排除してくれないだろうか。

 それかレイブンクローでもハッフルパフでもいい。この哀れな末裔を助けてほしい。

 細心の注意を払って、感情が面に出ないようにする。「今度僕が上級魔法を指南してあげよう」とか「君は魔法薬学が得意だと聞いた」とかいうことを話すロドルファスに、淡い真珠色の影が近づいた。

「息災そうでなによりですな、レストレンジ殿」

「これはこれは血みどろ男爵」

――助かった

 丁寧な口調と貴族らしい優雅な物腰、高い教養を持つ霊は、スリザリンの寮つきゴースト、血みどろ男爵だった。

「令嬢への挨拶も大事であるが、見下ろすのはいただけないな、レストレンジ殿」

 男爵の声は冷ややかであり、鋭い。リーンは目を丸くした。いつも淡々としている彼にしては珍しいことであるし、こうして生徒に干渉するのはもっと珍しい。

 さすがのロドルファスも、百戦錬磨のゴーストにたじたじだった。さっと元の席へ戻っていく。

 嵐が去って、リーンは安堵した。血みどろ男爵に小さく礼を言えば、彼は心なしか目元を――ぼやけているので推測だが――和ませた。

「なんのこれしき。リアイスの令嬢がスリザリンに入られたことは、私にとって望外の喜びである故」

 含みのある言葉に、首をかしげる。寮つきゴーストであるというのに、奇妙な言動もあったものだ。

 そうこうしているうちに、血みどろ男爵は姿を宙にとかした。完全に消える間際、レイブンクローの寮テーブルへ視線を投げる。リーンもつられてみれば、見ることも稀な、レイブンクロー寮つきの灰色のレディが静かにたたずんでいる。

 彼女はリーンに気づいたのか、その美貌を向けてくる。何度か瞬いたあと、優雅に膝を折って、消えてしまった。

「お前も大変だな」

「リアイスだし、仕方ないわよ。本当ならグリフィンドールに行ってた身だもの」

 少しずつ料理を食べていると、校長が立ち上がった。締めの挨拶が終わり、宴は幕を閉じる。

 リーンとセブルスは立ち上がり、あえてスリザリンの集団の最後尾に着いた。同級生と一緒にいるつもりだと思っていたレギュラスも、なぜか知らないが共にいた。

「いいの? 他の子と一緒にいなくて」

「騒がしいのは嫌いなんです」

「奇遇ね」

 玄関ホールの脇にある扉から、通路へ出る。緑と銀のネクタイが、松明の明かりを受けて赤みを帯びた。リーンはスリザリンが好きではないどころか嫌いだったが、その中にはこの陰気な通路と談話室も含まれる。

 よほどサラザール・スリザリンは陰気で偏屈な性格だったとしか思えない。きっとゴドリック・グリフィンドールは明朗快活な性格だったのだろう。その証拠に彼は南塔を寮としたのだから、そうに違いない。見た目だってジメジメしていたのだろう。独断と偏見で決め付けて、黙々と通路を歩き、階段を下りていった。

 上階の喧騒など聞こえない、地下通路。その突き当たりに肖像画があった。

「合言葉は?」

 先頭の首席がなんと答えたかは知らないが、どうせ『純血』か『高貴なるスリザリン』か『穢れた血排除』に決まっている。あるいはそれに類する言葉だ。

――仮にも学び舎だというのに、この偏った思想のまかり通り具合はどうしたものか

 肖像画がぱっと開き、大半のスリザリン生にとっての憩いの場が現れる。先頭に続き、寮内に入って、セブルスとレギュラスに挨拶をしたあと、途中会ったアンドロメダと一緒に女子寮へ向かった。

 

 

黒衣を翻して現れた影に、男は深紅の眸を向けた。

「……して、首尾はどうだ」

 ルシウス、と呼びかければ彼は薄青の目を向けて苦々しげに答える。有能ではあるが、いささか芝居がかった仕草をする青年は、彼にしては珍しく口ごもったあと、主の視線に耐え切れなくなったように、ようよう答えた。

「リアイスの魔法使いどもを我が方は一人、二人倒しましたが……その代わりに十数名が重体、または殺されました」

 男は頷いて、肘掛に肘をついて顎を乗せた。

「――アリアドネ・リアイスか」

 はい、と答えルシウスはうなだれる。矜持が高いこの青年は、このような事態が信じられないのだろう。だが、男は違った。

「さすがはリアイスとリアイスの娘……最高の純血一族の名は飾りではないか」

――高い魔力と権威を持つ女

 怒る様子のない主に、ルシウスは訝しく思っているようだ。ありありと伝わってくる困惑に、男は薄く笑った。

「魔女一人が十数名を相手取ったことが信じられぬか、ルシウスよ……だが、あの女はリアイスであり、秀でた魔力を持つダンブルドア家の血をも引いている。ふん、知らなかったのか。アリアドネ・リアイスはダンブルドアの従姪だ。“獅子公”アシュタルテとダンブルドアの指南を受けた女だ」

 面白いではないか、と男は呟いた。

「相手に不足はあるまい。お前達で手に負えぬようならば、俺様があの女と対峙してやろうとも。もうしばらく、待ってやる。討ち取ってみせよ。忌々しきリアイスを」

 御意、と僕が答えた。男は続ける。

「リーン・リアイスの様子はどうだ」

 ロドルファス、と男は呼びかける。一瞬の震えの後、青年は応えた。男は器用に僕のローブをまくりあげ、刻まれた“印”に目を滑らせる。

「俺様がまだ学生であるお前に印を焼き付けたのは、リーン・リアイスを探り、取り込ますためだ」

――恐れている。この俺様を

 顔だけは無表情を保ったまま、だが、心は脅えている。その差異を楽しみつつ、報告に耳を傾ける。

「スリザリンに組み分けされたといえど、こちら側には中々堕ちぬでしょう……」

「いい。リーン・リアイスを見張り、探れ。スリザリンによる迫害を押さえ、逆にグリフィンドールに対する心象を悪くするのだ。さすれば堕ちるだろう」

「承知致しました」

 下がれ、と命じて男は目を閉じた。

「アリアドネ、お前の娘は俺様がもらうぞ……最も高貴なる血を継ぐ娘はな」

 お前が捨てた娘だ、誰が拾おうとも構うまい。

――俺様に取られるのが嫌ならば、全力で立ち向かってくるがいい

「ふっふ。お前との死闘が楽しみだ……そこらの雑魚とは格が違う。そして、俺様が勝つ」

 控える大蛇が、同意するように喉の奥から音を発した。

 

 階段の踊り場で、リーンは足を止めた。友人も気づいたようだ。真っ黒な目をすがめて、彼女と同じように足を止める。

 互いの顔を見るまでもなく、ほとんど同時に同じ方向を振り向いた。

「さっきからこそこそしているのはどなたかしら?」

 有無をいわさず攻撃呪文を放てばいいものを! ちっと舌打ちして、セブルスは攻撃呪文を放った。

「インセンディオ!」

 まだ二年生には難しいはずの攻撃呪文は、確かな威力を持って階段を駆け上がり、『気配』へと炸裂する――はずだった。

 しかし、アグアメンティの呪文にいとも簡単相殺される。

「スリザリンは礼儀知らずばかりらしい」

 その声に、リーンは目を瞬かせた。彼女が良く知っているものだったからだ。

 リーンが息を呑むのを合図にしたかのように、階段を、細い足が優雅に踏みしめ、降りていく。その動きは軽やかで、気品があるものだったが、その菫色の双眸だけは獅子のような力強さを秘めていた。

「ネメシス」

「お久しぶりでございますわね。リーン嬢」

 身に染み着いた貴族的な物腰だけとれば、スリザリンの貴族階級の者たちのようだ。

 しかし、彼女がスリザリンではありえないことを、リーンはよく知っていた。つけているネクタイは赤と金。リーンがつけるはずだった色。そして、リアイス一族ならば付けているはずの色だ。

 ネメシス・C・リアイス。リアイス一族第六分家クーラントの娘だった。

「リアイスの娘がスリザリンに組分けされたのみならず、スリザリンの者とこうして二人でつるんでいるとは。嘆かわしい」

 吐き出された侮蔑の言葉は刃のように鋭かった。だが、リーンは何も言い返さなかった。リアイスの頑迷なグリフィンドール至上主義にはこの一年で慣れてしまった。それでも、同じリアイス一族に言われるとなると受ける痛みは計りしれなかった。

「こうしてわざわざ出てきて、言うのはそれ? 優秀なあなたらしくもないわね」

「父上からあなたの様子を探れと言われているのよ」

 くす、とリーンは笑った。

「一族は私がスリザリンに組分けされた時点で、見限っているでしょうに。残念だったわね。いまさら探りを入れても無駄よ。ご苦労様」

 ネメシスは不可思議な目でリーンを見つめた。一歩、こちらへ近づいてくる。

「あなたの母君が何を考えているのか、一族には読めないのよ」

「それが私とどう関係あると? 私を実家から追放したのは皆承知の通り、アリアドネ・リアイスだわ」

 怒りがこみ上げてくる。無関心かと思えば迫害をし、爪弾きにされた娘に冷たかった一族が、いまさら何を探ろうと言うのだろう。

 憤りのままに、吐き捨てる。

「籠の中で、あなたたちは楽しくやっていればいいわ。邪魔なものを全て排除した、安穏とした場所でね! もううんざりだわ!!」

 叫びが響き渡る。憤怒に身を震わせているリーンを見つめるネメシスの顔は湖面のように静かだった。冷静に、何かを見極めようとしている。

 それが分かっていたが、リーンは顔をしかめながらセブルスのローブの袖を引っ張った。

「行きましょうセブ。時間の無駄だわ」

 そのまま踵を返そうとしたリーンは次の一言に足を止めた。

「アリアドネ様はあなたを系譜から消していない」

――何を、いまさら

 ネメシスを睨みつけながら、腹の底から声を出した。

「祖父の圧力があったから、仕方なくに決まっているでしょうに! 貴女は私に何が言いたいの?」

 彼女はリーンを見下ろした。口元をゆがめる。

「……私が貴女に言いたいのは唯一つ。あなたが座を継ごうとも、私は決して膝を突かないということを。そう、スリザリンと交わるような、リアイスの誇りを持たぬ者にはね」

 二人の視線が交差する。リーンの眼光に、ネメシスはわずかに怯んだようだった。

「私がいつ、忠誠を欲しがったというの、愚かなネメシス。そんなものは端からいらない」

 ◆

 リアイスの問題に巻き込んで申し訳ないと謝れば、セブルスはいたわるようにリーンの肩を叩いた。

「僕は別に構わない……その、色々大変だろうが――」

 言葉はたどたどしい。それでも、懸命に上手い言い回しを探そうとしているのが分かり、リーンは微笑んだ。

「私、スリザリンは好きじゃないけど、セブルスが一緒でよかったわ」

 セブルスが束の間、動きを止めた。リーンは自分の中から怒りがすうっと抜けていくのを感じながら、穏やかに言った。

「さあ、授業に行きましょう。早くしないと遅れてしまうわ」

 変身術の教室に足早に向かいながら、セブルスがそういえば、と呟いた。

「スリザリンに新しい生徒が入るそうだぞ」

 リーンは首を傾げた。それは、かなり珍しいのではなかろうか。ホグワーツは名門校だけあって入られる者は限られるし、学費も高い。入学者のリストには厳選された子どもしか入れられない。

「ボーバトンかダームストラングの生徒が転校してくるとか?」

 魔法界の名門校はホグワーツを筆頭に、ボーバトンとダームストラングが有名だった。俗に魔法界三大校とまで言われているほどであるし、歴史的に有名な三校対抗試合もこの三校が催す伝統行事であったほどだ。

 転入生ならばいくつか事例がある――リアイス本家に仕えるリエーフ一族の者がボーバトンやダームストラングからホグワーツへやってくることが時たまにあるのだという。

 だが、セブルスは首を振った。

「転校ではない。編入だ」

「百年振りぐらいじゃないかしら」

 思わず呟けば、セブルスは物憂げに言った。

「……スリザリン系純血名門――ユスティヌ家の者が来るそうだ」

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