【完結】黄昏の輪舞   作:扇架

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十三話

 からんころん。柔らかな音が奏でられる。吊り下げられる玩具たちは今日も楽しげだ。黄金の獅子、一角獣、不死鳥、ヒッポグリフ。くるくると回っては若君を楽しませる。

「ワールドカップは中止だとか」

「ジェームズが聞いたら卒倒しそうね」

 ただでさえ腐ってるんだから。机に頬杖をついて、呆れ顔である。

 若君をあやしつつ――生後一年近くになり、体重は増え、伝い歩きくらいならできるようになった。

――まだいける

 そこそこ重いが許容範囲内である。アシュタルテ翁も「まだまだいける」と言っていたが、どこまで保つのやら。今となっては爺だが、あれでも若い頃は美男子といえる顔立ちであった。鍛えているので膂力は若い者に負けないだろう。そのうちひょいひょい抱えられなくなるだろうが。

「腹いせに薬草育てまくって通信販売して稼いでるんですから、いいのでは?」

 ジェームズ・ポッターはたいていのことはそつなくこなす。ままならないのは女心くらいである。闇祓いであるが、出撃回数を極端に減らされているのである。理由は簡単。育児休暇――という名目である。

「悪魔の罠まで植えようとしてたから、リリーに怒られたんですって」

「暗殺にも使いにくいですしね。ご家庭向きではありませんねえ」

「平和になるまでの辛抱よって言い聞かせたんだけど」

 我慢できるかしら、と頭を振るお嬢様。莫迦ではないが――どころか優秀な魔法使いである。であるから理解しているはずだ。守りを固め、雌伏すべき時なのは。けれどもジェームズの性格では酷だろう。

「代わりにご夫君を派遣された、と」

「庭が薬草で埋まりそうだって言うから」

 さすが極端から極端へ走るグリフィンドール気質。豪快すぎるだろう。あれの父親のチャールズ・ポッターはそこまでぶっ飛んでいなかったが。

「――決着をつけたいけれど」

 お嬢様が机に突っ伏す。森の中の別邸は、私的な空間である。ランパント城やパッサント城ではこんな姿を間違っても見られないだろう。

「見つからないの。決め手が」

 あれを確実に追い込み、しとめる方法が。

 ◆

 無情にも時は過ぎていって、十月になった。若君は満一歳数ヶ月。なにやら話そうとしたり歩いたり、ぶつかっては転んだりと忙しい。

 なんやかやと写真を撮ってにこにこしているのは、後見人のリーマス・ルーピンである。実の両親よりも頻繁に写真を撮ってはいそいそとアルバムにまとめているようだ。

――あれは裏切り者ではあるまい

 ダンブルドアが何ヶ月もかけて『忠誠の術』を組み上げ、行使してからかれこれ数日。騎士団や魔法省には不信と不和が蔓延していたが、ルーピンは真に忠実な者のひとりであろう。あれが演技ならば完敗である。少しずつ騎士団の情報が漏れているのは事実だ。けれど、お嬢様は「放っておくのよ」と言い切った。疑えばきりがない。信じるしかないのだと。

「母君には似ておられないな、本当に」

 先の《ランパント》ならば、一人一人疑わしい者は処分していてもおかしくない。社会の底辺にいる人狼など信じないに決まっている。私――侍女マルティナに扮した――を遣わせて、大量の脱狼薬を提供することもなかったろう。

 このまま『谷』に行ってもいいのだが、ダイアゴン横丁に寄ってみようか。お嬢様は体調が芳しくない。寝る間も惜しんでなにかを調べ、昨日はパッサント城へと飛び出して行った。そして未だに帰っていない。

 最近働きづめだ。今日はハロウィン。少しくらい休んでもいいはずだ。ポッター家に集まると言っていた。ポッター夫妻とルーピンと、ペティグリューとお嬢様たちで。

 時刻は十五時半。横丁で滋養のつくものでも買って、少しお嬢様を休ませるのもよいだろう。いい加減パッサント城から帰ってきているはずだ。

 つらつらと考え、苦笑う。

 赤子の頃から見ているせいか、生い立ちのせいか、狩人らしからぬほど入れ込んでいるではないか。そんな自分が嫌いではないのだから困ったものだ。

「配下にはとてもじゃないが見せられないな」

 過保護な父親じゃあるまいし、と呟いてロンドンまで姿くらましした。

 ◆

 さっさと買い物を済ませるつもりが、意外と時間を食ってしまった。ついでに噂話を収集しようとしたのが間違いのもとだ。

 まだ在宅しているだろうか。夜の帳は降りてしまった……。

「ポッター家へ行ったのかも」

 しれないな、と言いかけて。

 どん、と心臓――そのさらに奥底を衝撃が襲う。軽く胸を押さえれば、宙に炎が顕現する。夜よりもなお暗く、闇よりもなお不吉な――漆黒の炎が。

 まさか、と言おうとして、声にならない音の連なりが転がり出た。横丁の喧噪が遠ざかる。地を蹴り即座に『谷』――別邸近くへと跳んだ。

 片手に杖を握りしめたまま、森をひた走る。荷物はいつの間にやらなくなっていた。

――ありえない

 お嬢様はまだパッサント城にいるはずだ。それかポッター家に向かったのだろう。そうじゃなければ別邸にいるはず。黒い炎は別の誰かが死んだ証。ともかく安否を確かめなければ。杖を一振りして、守護霊を飛ばす。けれど返答はない。

 やがて、どこからか鉄錆の香が漂ってきた。手招かれるままに歩を進め――立ち止まる。

 点々とまかれた血、杖明かりに照らされる宝剣のきらめき。

「莫迦な」

 仰向けに横たわる、黄金のグリフィン。眼を見開いたまま事切れているお嬢様。もはや至高の青には何も映らない。

 頬にそっと触れる。まだぬくもりが残っていた。掌にべったりと血がついた。

「……お嬢様」

 囁く。だが、紅唇が言の葉を紡ぐことはなかった。

 立て続けに破裂音が響く。何人もの気配と慟哭すらも、私にとっては界を隔てたかのように遠いものであった。

『この子は清濁併せ呑み、いずれ我々の上に立つ者』

 差し出された赤子を受け取ったのは、ある冬の日。小さく、脆く、けれども私を畏れなかった命。

 お嬢様を抱き起こす。すべきことは多くある。けれども今は、連れ帰ってやらねばならない。

――守ってくれと

 婿殿から言われたわけではなかった。父親ですらない。あるのは薄い血の繋がりだけ。亡き者が懸命に育て、慈しみ愛した命であったから。

「大きくなりましたね――お嬢様」

 ぽつぽつと雨が降り始める。私の頬も濡らし、滑り落ちる熱い滴と混じり合った。

「……逝くのが早すぎますよ」

 黄金のグリフィンは飛び去ってしまったのだ。

――永遠に




獅子去りて 了
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