やはり四巻(ゴブレット編)に入れなきゃねーと、この話を書き下ろしたのも懐かしい。
※紙本をお迎えくださったかた、ありがとうございます。
わたしは生きる喜びを知ったのです
怪物の口の中にいるみたい。確かマグルのお話で大きな鯨に呑まれてどうこうというものがあるとリリーが言っていた気がする。人形が命と心を持って……それとも案山子だったろうか。マグルの考える空想というのは、リーンには馴染みがないのだ。
ため息を吐きながらゆっくりと石段を下りる。およそ千年もの間、幾人もの魔法使いや魔女が下りていった。靴底に削られて、当時施されていたろう、細かな装飾は削られ、角が丸くなっている。
片手には杖を持ち、片手を手すりに沿わせ、ゆっくりと歩を進める。慎重に慎重に。ようやく最後の段を踏んで、詰めていた息を吐き出した。
闇の底。澱のよどむ場所。リアイス一族の聖域――本家当主のみに赦された場所。
彫像たちの視線を感じながら、リーンは膝を突く。何人もが跪いてきたせいか、石床の一部分だけくぼんでしまっていた。
「……お赦しください」
小さな声がこぼれ落ちる。片手でそっと腹を撫でた。ここに一つの命が宿っているのだという。まだ膨らみもなにもないけれど。父親は黒の血と獅子の心を持つ魔法使い。束縛を引きちぎり、リーンの手を取ってくれた。
――どれほど救われたか
彼には選択肢がいくらでもあったはずだ。別な女を選ぶこともできた。リーンを選ぶということは、
「私は――」
唇を噛む。ぶつり、と皮が切れ痛みがはしる。生温かい滴が垂れた。
「この呪いを」
呪われた血を、繋いでしまいます。
俯けた
お赦しください。もう一度呟いて、額を床につける。余人には見せられない姿だった。
本当はわかっていた。子どもができないとでも言って養子を迎えるのが一番いいのだと。きっと彼も同意してくれるだろうとも思った。少し諦めればいいだけだ。
拳を握る。だけれど。最善を、理性を感情が裏切った。耐えに耐え、
「どうかこの子をお認めください。たとえ……の血を継いでいても。どれほど泥にまみれようと、一欠片の志があなたがたにはあったはず」
歪んだ純血主義を駆逐し、同胞たちを、罪のない非魔法族を守ること。いつの時からか、祖の理想もまた歪んで伝わってしまったけれど。
「どうか」
どうかこの子に祝福をお与えください。
ゴドリック。
つんざくような産声が聞こえる。追憶から否応なしに引き戻された。視界はぼやけ、思考には靄がかかる。
つ、と涙がこぼれ、視界が澄んだ。
「お嬢様」
お嬢様。母親代わりの大切な屋敷しもべの声がする。彼女は小さな小さなおくるみを抱いて、産褥で疲れ果てたリーンに、子の顔を見せてくれた。しわくちゃな赤い顔。
「公子でございますよ」
ああ。掠れ、ひび割れた声が漏れる。声帯が己のものではないようで。
「眼が――」
両の眼は、深い紅。禍つ星の色彩。
「クライン」
誰にも言ってはいけないわ。
「お願いよ……」
「
優しい優しい声に、また涙がこぼれた。ああ産んでしまった。この子の運命は過酷なものになるだろう。
リーンが産み落としたばっかりに。この子のためではなく、己の
儚い命。双眸がゆっくりと色を変えていく。夜の紗に覆われるように、紫に。そしてほんの少し紫が混ざった至高の青色に。リアイスの色に。
「大丈夫ですよお嬢様」
人間のものではない、けれどずっと温かな手が、リーンの汗で濡れた額を撫でた。
「私が坊ちゃまをお守りします。だってお嬢様の子なのですもの。不安にならなくていいんですよ……私がお育てしたお嬢様。お嬢様はとってもいい子なのですから」
ありがとう。なんのひねりもない言葉しか出てこない。涙がちっとも止まらない。
さあお抱きになって。柔らかくもろく、小さなそれを託されて、リーンはそっと受け止めた。じんわりとした熱。リーンの選択の結果。
罪だとわかっている。
――私はこの子を愛したい