「散らかってるけど…、どうぞ」
西住みほはそう言って、自身の部屋へと少年たちを招き入れた 少年は勝手に一軒家のような場所を想像していたが、実際は学生寮の一室だったようだ
「西住さんらしい部屋ですね」
五十鈴華は部屋を見回しながら、穏やかな声で言った
「素敵な部屋です」
秋山由香里も目を輝かせながら、部屋の隅々を眺めている
「そっ そうかな どう思う ジョン君?」
西住は少し照れたように笑いながら、少年に感想を求めた
「…生憎だが女子の部屋に上がったことはないから基準がわからん まあ俺の主観としては、なかなかいい部屋じゃないか」
少年は率直な感想を述べた 部屋には、なぜか包帯を巻いた熊のぬいぐるみがいくつも飾られていた
「どうしたの ジョン君?」
少年がそのぬいぐるみをじっと見つめていると、背後から西住が声をかけてきた
「いや、 このぬいぐるみ…確か名前は…ボコ…だったような気が…」
「ええっ! ジョン君もボコが好きなの?」
少年がボコの存在を知っていたことに、西住は目を輝かせて身を乗り出した
「ああっ いや 別に興味があるわけじゃない(あと近い)」
「そうなの?」
少年のそっけない返事に、西住は少しがっかりした様子を見せた
「おっほん! それじゃあ、作ろっか!」
空気を変えるように、武部沙織が元気よく声を上げた
「…何を?」
武部の提案には主語がなく、何を作るのか少年には理解できなかった
「もう、料理に決まってんじゃん! さっきスーパーで買い物したの、忘れたの?」
(料理っ、だと…)
少年はそのままフリーズしてしまった
「それじゃ、華はじゃがいもの皮をお願い!」
「え、あ…はい」
武部は五十鈴に指示を出し、スーパーの袋を持って台所へと向かった
「私、ご飯炊きます!」
秋山は武部の指示を待つまでもなく、元気よく手を挙げ、鼻歌混じりにテーブルに飯ごうを置いた
「なんで飯ごう? いつも持ち歩いているの?」
「はい! いつでもどこでも野営できるように!」
「…じゃあ…ジョン」
武部は西住に指示を出そうとしたが、まだ固まっている少年に気づき、声をかけた
「あっ ああ」
武部に呼ばれ、少年は意識を取り戻した
「どうしたの? 固まっていたけど」
「いいか、武部さん スーパーでは食材だけでなく、惣菜も買ったはずだ 今日はそれで済まそう」
少年は何としても、ここで手料理を食べることを避けたかった
「…なんでよ?」
武部には、少年がなぜそんなことを言うのか理解できなかった
「…今日は胃薬を持ってきていないんだ」
それは、少年が過去に女性が作った料理を食べて、何度も酷い目に遭ってきたからだった
「なんかすっごく失礼なことを言われている!」
武部は頬を膨らませてそう言った
「痛っ…」
今度は台所の方から、小さな悲鳴が聞こえた
どうやら、五十鈴が指を小さく切ってしまったようだ
「すいません、花しか切った事がなくて…」
「大変!? ば、絆創膏、…あれ? どこに仕舞ったっけ?」
西住は慌てて救急箱を探したが、なかなか見つからなかった
「…みんな意外と使えない」
「…だから言った通りだろ 心配するな。女性は料理ができない それは当たり前のことなんだあとは俺に任せろ 五十鈴さん、傷口を見せてくれ」
「あっ はい」
そう言って少年は台所に行き、指を切った五十鈴の傷口を確認した そして、懐から軟膏のようなものを取り出し、五十鈴の傷口にそれを塗った
「あの…これは?」
五十鈴はその軟膏を不思議そうに見つめた
「とてもよく効く軟膏だ 明日には完治しているだろう あとは西住さんから絆創膏を貰ってくれ」
「あっ ありがとうございます」
そう言い、五十鈴は西住の方へ向かった
「さてと…」
そう言って少年は包丁を取り、じゃがいもの皮を素早く、そして手際よく剥いていった
「…ジョンって料理できたんだ」
横を見ると、驚いた顔の武部が少年の手捌きを見ていた 武部が眼鏡をかけていたので、一瞬誰だか戸惑った
「俺にとって料理とは、自分の命が関わることだったからな これぐらいは当然だ」
そう、少年は女性からの料理を避けるために、自身の料理の腕を磨くしかなかったのだ その技術は、プロにも劣らないほどになっていた
「…それで 何作るの?」
「…決めていない。何かリクエストはあるか?」
少年はとりあえず皮剥きという下処理を済ませただけで、何を作るかは決めていなかった
「肉じゃが!」
武部は元気よくそう言った 確かに、冷蔵庫の食材を確認すると、肉じゃがは最適な選択肢だった
「…肉じゃが?」
しかし、少年は肉じゃががどのような料理なのか、全く理解できなかった
「…まさか知らないの?」
武部は驚いた様子で質問してきた
「悪かったな、ものを知らなくて」
「任せて! 私が手本を見せてあげる!」
武部は眼鏡をクイッと上げ、台所の前に立った
「言っただろ、料理のできる女性なんてほとんどいな…
「そんなことないもん! 絶対に見返してやるんだから!」
そう言い、武部がメイン、少年がアシスタントとして、料理が始まった
テーブルには、メインの肉じゃがと、スーパーで買った惣菜が並べられた
「じゃあ、食べよっか!」
「あっ でも」
武部が手を合わせようとしたが、西住がそれを制し、少年の方を向いた 彼女の部屋のローテーブルは四角形なので、一人だけ座る場所がない そのため、少年は先に部屋の壁にもたれ、楽な体勢で床に座っていた
「…別に気にしなくてもいい」
「私の机使ってもいいよ」
西住は少年に、自身の勉強椅子を譲ろうとした
「…こっちの方が楽だ。冷める前にいただこう」
しかし、少年は今の体勢の方が椅子に座るよりも慣れているので、そのままの体勢でいることにした
「それじゃあ、気を取り直して」
「「「「いただきます!」」」」
四人は元気よく手を合わせ、少年は静かに手を合わせて会釈した
「おいしい…」
「本当です」
どうやら、この肉じゃがの味は問題ないようだ そして少年もその肉じゃがに手を伸ばしてみた 食べてみると、程よく口の中で崩れ、野菜の甘みと肉の出汁がしっかりと染み込んでいて、とても美味しかった
「やっぱり男を落とすのは肉じゃがだからね〜!」
武部は上機嫌にそう語った
「落とした事…あるんですか?」
そして、五十鈴がいつものように冷静なツッコミを入れた
「練習は大事でしょ! 男子には肉じゃが! 雑誌のアンケートにも書いてあったし!」
武部はそう言い誇った
「ていうか、男子って肉じゃが本当に好きなんですかねー? ジョン殿はどうですか?」
「…そんなアンケートに答えた覚えはないが…だが、この味は嫌いではない」
「この味って…ジョン、肉じゃが食べたことないの?」
「悪かったな。俺はエスニック料理とイタリア料理が基本だからな」
「ジョン殿はそんな…料理出来るんですね、さすがです」
「別にそんな大層なことではない。この二つの料理は他の料理に応用しやすいからな それに、俺の命に関わるからな、料理に関しては」
「…どういうこと?」
少年がそう言うと、西住が重々しく質問した
「昔から女性が作った料理を食べていると、よく食中毒になったり、意識不明になったりで大変だったんだよ だから、嫌でも上達したんだ」
「それは…大変ですね」
五十鈴は少年の過去に同情してくれた
「おかげで胃は強くなったがな」
「でも、あたしの料理は美味しいでしょ?」
「ああ、美味かった。料理が好きなのか?」
「うん! 将来の夢はお嫁さんだからね! ジョンの夢は?」
「…」
武部にそう聞かれ、少年は考え込んだ
「ジョン君の夢?」
「確かに気になりますね」
「そうですね」
どうやら、ここにいる全員が少年の夢に興味を持っているようだ しかし、少年には目的はあるものの、将来の夢など考えたことがなかった
「…特に考えたことがないな ただ…今は誰かの家に住み着いて、ダラダラできればいいな」
「「「「……」」」」
「…なんだよ、その反応は?」
少年の夢は共感されるどころか、ドン引きされてしまった
「そっ それは…」
「ダメだよ、ジョン君! 働こ…ねっ!」
「はぁ〜…それに、そんなの親が許してくれないでしょ?」
「…生憎俺に親はいないんだよ」
「えっ それって…」
秋山が遠慮がちに尋ねた
「ああ、孤児だったからな」
「…じゃあやっぱり、ジョン君が住んでいる喫茶店の女性の方は…」
どうやら西住は薄々気づいていたようだ。確かに、プリンスの年齢は20代前半、少年の年齢はおよそ10代半ば 年齢的に親というのは無理があるだろう 武部も五十鈴も、何かを察していたのだろう
「ああ、もちろん親ではない」
「す、すいません」
秋山は少年の喫茶店に行ったことがないから事情を知らなかった わからないのは仕方のないことである
「別に謝ることじゃない。それに、俺の他にも似たような待遇の奴らも大勢いたしな」
少年がそう言っても、周りの反応は暗かった どうやら、かなり重たい話をしてしまったようだ
「…悪かったな、空気を悪くして」
「…私もごめん。なんとなくはわかっていたけど」
やはり、武部は察しはついていたようだ
「それで…喫茶店のマスター、アイリスさんとはどのような関係なのですか?」
五十鈴も同様だった そしてアイリスとの関係を聞いてきた しかし、全て話してしまうと色々と問題が起きるので、なるべく簡潔にまとめることにした
「そうだな…ヒモってところじゃないか? できるなら一生それでいきたいが」
「…ダメだよ、ジョン君!」
「そうだよ! それとこれは別だよ!」
「まだそんなことを決める時期ではありません!」
「そうです! ジョン殿はもっと素晴らしいことをすべきです!」
「…考えておこう」
少年が話を切ったところで、食事は終わった
その後、しばらく会話をしていたが、時間が来たのでそれぞれ帰ることになった
「それじゃあ、俺の帰路はこっちだから」
少年は武部たちの寮とは逆方向にあるので、一人で帰ることにした
「うん、じゃあまた明日!」
「お休みなさい」
「お休みなさい」
「ジョンさんもおやすみなさい」
「あぁ…お休み」
武部たちは西住と少年に手を振って、帰路についた
「やっぱり転校して来てよかった」
「よかったな…友達が出来て……」
「どうしたの?」
少年も帰路につこうとしたら、少年の持っている腕時計型の端末に連絡が入った 端末を確認すると、プリンスから『コンビニで適当に晩飯を買ってこい』というメッセージが入っていた
「いや、少しコンビニに寄り道するだけだ」
「ええっ! コンビニ!?」
少年がそう言うと、西住は嬉しそうにした
「あ、ああ…それがどうした?」
「私も一緒に行っていいかな?」
どうやら彼女もコンビニに用があるようだ しかし、時間は9時を過ぎ、あたりは真っ暗になっていた 女子が1人で出歩いていい時間帯ではない
「いや、もうこれだけ暗いんだ 今日はやめておいた方がいい」
「…そう」
彼女はかなり落ち込んでしまった
「…また今度でどうだ」
「…うん! そうだね! 今度一緒に行こうね!」
西住は機嫌を戻し、自身の部屋に戻っていった
そして少年もコンビニに寄り、帰路につくのだった
「ただいま」
少年は自身の寄宿先に戻り、彼女に挨拶をした
「おかえり 買ってきてくれた?」
地下室からプリンスが出てきて少年はコンビニで買った晩ご飯をマスターに手渡した
「ありがと それでどうだったの? 女子会は」
彼女は受け取ったコンビニの食べ物をカウンターに広げながら少年に尋ねた
「どうも何も… 飯を食って話した それだけだ」
少年は一瞬躊躇いながら、淡々と答えた
「…つまらない男」
あまりにも淡白な少年の返答に彼女は辛辣に言ってきた
「…楽しい男になった覚えはない」
少年はそれを受け流した
「…まあでも、よかったわ」
彼女はコンビニ飯を食べながらそのように言ってきた
「何が?」
少年は何が良かったのかさっぱりわからなかったので尋ねた
「あなたに友達が出来て」
彼女は少年に友達ができたことに喜んでいる様子だった
「…生憎、俺には友達の定義はわからない だから、俺に友達はいない」
少年は渋りながら答えた
「…そう まだあなたは… 「行って来る」……」
彼女の言葉に少年は被して言ってきた そして少年は夜のフライトをするために倉庫に向かうのであった
「少年」
彼女は倉庫に向かおうとする少年を強く呼び止めた
「…」
少年は足を止め何か言いたげな顔をしていた
「今はそれでいいわ でもいつか、人と向かい合わなければいけない時が来るわ それを忘れないで」
彼女は強く、そして優しい声で少年に語りかけた
「…わかってるつもりある… とだけ言っておく」
少年はどこか寂しげなように答えて倉庫に向かうのであった
少年は倉庫に着くと制服からクルーの制服に着替えてた そして倉庫の天井を開放した そしてヘリの貨物室を確認して、コクピットに座った
「悪いな 姉御 俺にはそんな勇気はない…」
少年はそう言い残し、夜のフライトに出るのであった