差し出された紅茶に口をつけ、ダージリンは静かに微笑んだ その視線は、目の前の少年に向けられている。
「あなたも試合に参加する それが条件ですわ」
ダージリンの口から飛び出した予想外の言葉に、少年は呆然とした その驚きは隠しようもなく、表情にはっきりと浮かび上がっている
「は?」
少年は、まるで信じられないものを見たかのように、間の抜けた声を上げた 理解が追いつかない、という感情がその一言に凝縮されている
「ダージリン、何をおっしゃってますの」
アッサムは眉をひそめて異議を唱えた 彼女の表情には、困惑が露わになっていた
「それにジョンさんは試合には出れませんよ」
オレンジペコがそう指摘した
「えっ、そうですの」
ローズヒップは、本当に知らなかったとでも言うように、わずかに首を傾げた
「ええ、公式試合では男性の参加は認められていませんわ」
ダージリンが淡々と説明した。その声には、ルールの厳格さを少年と他の3名に再確認させる意図が込められている
「…つまり、練習試合であれば問題ないと」
少年は、ダージリンの言葉の裏を読み取るように、ゆっくりと口を開いた
「そういうことですわ」
ダージリンは、再び優雅に紅茶を一口啜り、満足げに微笑んだ その笑顔は、少年の問いに対する肯定であり、同時に彼女の計画が順調に進んでいることを示しているようにも見えた
「…断れば」
少年が絞り出すようにそう言うと、ダージリンは何も言わず、ただ無言で紅茶を啜る その沈黙は、言葉以上に雄弁だった 部屋に満ちる、紅茶の香りと、張り詰めた空気 少年は、その無言の圧力に息を詰まらせ彼女の瞳の奥に宿る、決して譲らないという強い意志を感じ取った このままでは、最悪の場合、交渉決裂の恐れがある それだけは何としても避けなければならない事態だった
「…わかった。その条件で頼む」
少年は、深い溜息をつきながら、ダージリンの条件を受け入れた その声には、諦めと同時に、ある種の覚悟が滲んでいた
「察しが良くて助かるわ…」
ダージリンは、少年が折れたことに満足げに、悪戯っぽい笑みを浮かべて言った その声には、わずかながら、嘲りの響きが含まれているようにも聞こえた
「…まあ、そういうことだ」
少年は、生徒会室のソファに深々と身を沈め、目の前に座る生徒会のメンバーに、自分が試合に参加するに至った経緯を説明した その声には、どこか疲労の色が滲んでいる
「あっはっは!いやー大変だね〜、ジョンちゃん〜」
会長は、その経緯を聞いて大笑いした その陽気な笑い声は、部屋中に響き渡る 干し芋を片手に、全く悪びれる様子がない
「笑い事じゃありませんよ、会長」
小山は、呆れたように会長にツッコミを入れた
「そうでそれに我が校にはこいつが乗せる戦車はありません」
河嶋は、冷たい視線を少年に向けながら、追い打ちをかけるように言った その「こいつ」という呼び方に、少年は思わず眉をひそめる
「(こいつ…)そのことなら問題ない 俺はこいつに乗る予定だ」
少年は、川嶋の挑発的な言葉に一瞬頭に血が上ったが、すぐに冷静さを取り戻した そして、おもむろに懐から一枚の資料を取り出し、生徒会のメンバーに差し出した
「ジョン君、どうやってこんなものを!」
小山は、少年から受け取った資料を見て、驚きの声を上げその資料に書かれていたのは、モーリス ファイヤフライに関する詳細な情報だっ写真には、見慣れない形状の装甲車両が写っている
「いや、そもそもこれは戦車として認定されているのか?」
河嶋が疑わしげな表情でモーリス ファイヤフライの写真を見つめながら言った 確かに、モーリス ファイヤフライは、その形からして戦車というよりは装輪装甲車、あるいは偵察車両といった趣だった 実際に、その原型であるモーリス軽偵察車は、装輪装甲車として扱われていたのだから、河嶋の疑問も当然と言える
「ああ、蝶野教官に確認したところ駆逐戦車で通っている」
少年は、自分の端末を取り出し、蝶野教官からの公式な通知書を生徒会のメンバーに見せた
そこには、「モーリス ファイヤフライを駆逐戦車として運用を認める」という明確な文言が記されている
「やるときゃやるねー」
会長は、感心したように干し芋を口に運びながら言った その口元には、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる
「見直したか?」
少年が、わずかな期待を込めて尋ねると、会長は「まあね〜」と言いながら少年目掛けて干し芋を投げ渡してきた少年は、それを片手で器用にキャッチした 報酬としてはあまりにも物足りないが、何もないよりはマシか、と思いながら、その干し芋をかじった
「それで、試合のルールは?」
小山が、真剣な表情で質問した
「6vs6の殲滅戦。後の細かいところはまだ決まっていない」
少年は、知っている範囲の情報を小山に伝えた
「わかった。後はこちらでやっておく」
河嶋は資料を受け取りそういった 少年はてっきりこの後の細かいルールなども自分に任されると思っていたのでホッとした
「お疲れ様。授業に戻っていいよ」
「…了解」
少年は、自分の役割を終えたと判断し、どこかでサボろうと生徒会室を退出しかけた 彼の頭の中には、すでに午後予定が練られている
「サボっちゃダメだよ〜」
その時、会長の声が背後から飛んできた 少年は、その言葉にピクリと反応し、動きをぴたりと止める どうやら、彼の行動パターンは、会長に完全に把握されていたようだ
「勿論だ」
少年は、努めて平静を装い、そう言い残して生徒会室を後にした そして彼は、自主的休養を取るのであった
「本日の訓練はここまで お疲れ様でした」
少年が、疲れ切った声で挨拶をすると、訓練場に生徒たちの元気な声が響き渡った
「お疲れ様でした〜」
今日の戦車道の授業は、これで終わりだ 生徒たちは、それぞれの疲労感を抱えながらも、解放感に満ちた表情を浮かべている
「はい、それでは気をつけて帰るよう…」
少年が解散の合図を出そうとした、その時だった
「少し待て」
河嶋が、鋭い声で少年を制止した 突然のことに、少年だけではなく、他の生徒たちも戸惑いの表情を浮かべている 場には、一瞬の静寂が訪れた
「ええ、急ではあるが明日の日曜日、練習試合を行う事になった」
河嶋は、生徒たちの動揺など意にも介さず、淡々と告げた
「おい待て待て、いくらなんでも急過ぎないか!」
少年は、あまりにも突然の発表に、思わず反論した 練習試合の件は把握していたが、まさか明日だとは想定外だった 何も話を聞かされていない他の生徒たちは、少年以上に動揺しているだろう ざわめきが、訓練場に広がる
「相手は聖グロリアーナ女学院」
河嶋は、こちらの都合など知ったことではないとでも言うように、淡々と練習試合の相手の名前を告げた その名前を聞いた瞬間、生徒たちの間からは、さらに大きな動揺の声が上がった おそらく今から反論しても、生徒会が聞き入れることはないだろう少年も、他の生徒たちも、いつものことだと自分に言い聞かせるしかなかった
「どうしたの?」
武部が、何か考え込んでいるような秋山に、心配そうに尋ねた。秋山の表情は、明らかに何か深刻なことを考えているようだった
「聖グロリアーナ女学院は、全国大会で準優勝したことのある強豪です」
秋山は、普段の調子を取り戻し、淡々と聖グロリアーナの実績を説明した 戦車道が好きなだけあって詳しいようだ
「へぇ、やはりそれなりの実績はあったんだな」
少年は、改めて聖グロリアーナの強さを評価しダージリンの言葉に偽りはなかったということだろう
「ジョン君、知ってるの?」
少年の発言に、西住がわずかな違和感を感じ、尋ねた
「…ああ、なんせ俺が試合の交渉に行ったからな」
少年は、ため息混じりに答えた 少年はそのことを思い出し、疲労感が増した
「どおりで昨日はいなかったんですね」
五十鈴は、納得したように頷いた
「日曜は学校へ朝6時に集合!」
河嶋が、再度声を張り上げた その声は、生徒たちの間に重く響き渡る その瞬間、約1名、異常なまでに怪訝な顔をした生徒がいた、その生徒の名は冷泉麻子 彼女の顔は、まるで悪夢でも見ているかのように青ざめていた
「…やめる」
冷泉麻子は、突如としてそう言い出した その声は、消え入りそうに小さいが、その場にいた全員の耳に届いた
「はい?」
西住が、信じられないという表情で麻子を見つめた
「やっぱり戦車道やめる」
麻子は、西住の問いかけに、まるで決意を固めたかのように、はっきりと言い放った
「もうですか!?」
秋山が、絶叫しその声には、驚きと同時に、焦りの色が強く滲んでいる
「麻子は朝が弱いんだよ…」
武部が、皆に冷泉が朝に弱いことを伝えた すると、冷泉はそのまま帰り始めた その足取りは、もはや迷いがない
「ま、待ってください!」
西住が慌てて呼び止める
「6時は無理だ!」
しかし、冷泉は西住の呼び止めにも応じず、歩みを止めなかった その背中には、朝への強い拒絶の意思が読み取れる
「モーニングコールさせていただきます!」
秋山が、必死にそう言った
「うちまでお迎えに行きますから」
五十鈴も、それに続くように声をかけた 二人の目は、麻子を何としても引き止めようという決意に満ちている
「朝だぞ…。人間が朝の6時に起きれるか!」
冷泉は、二人の説得にも耳を傾けず、反論した その声は、なぜか力強かった
「いえ、6時集合ですから起きるのは5時ぐらいじゃないと」
秋山が、冷静に現実を突きつけた
「人には出来る事と出来ない事がある!短い間だったが世話になった!」
冷泉は、もはや説得の余地はないとでも言うように、そう言い残して去ろうとした
「ジョンちゃん」
少年が、そのやりとりを呆然と見ていると、背後から会長の声が聞こえた 振り返り会長の方を見ると、会長の顔には、「何とかしないと大変なことになっちゃうよ〜」と書かれているようだ 少年は、仕方なく冷泉の説得に加わることにした
「冷泉さん」
少年は、帰りゆく冷泉の肩にそっと手を置き、その足を止めた 冷泉は、振り返り、少年を怪訝そうな顔で見つめる
「何だ?」
「遅刻回数連続216日達成おめでとう このままでは来年も2年生だな」
少年が、持っている端末を見ながら淡々とした口調でそう言うと、冷泉の顔が明らかに嫌なものを見るように歪んた やはり冷泉にはこれが効果的なようだ
「そうだよ、麻子全然単位足りないじゃん」
武部も、それに便乗するように冷泉の説得に加わったその声には、冷泉を心配する気持ちが込められている
「うっ…」
冷泉は、武部の言葉にさらに顔を歪ませた
「このままじゃ進級できないよ!!私達のこと先輩って呼ぶようになっちゃうから!私のこと沙織先輩って言ってみ!!」
武部が、さらに畳み掛けた その言葉を聞いた冷泉はさらに精神的なダメージを負った
「さ、さ・お・り…せん…」
冷泉は、無理やりに武部を先輩と呼ぼうとしていたが、そう言う問題ではないだろう
「はぁ〜、それにさ、ちゃんと卒業しないとお婆ちゃんめちゃくちゃ怒るよ?」
武部が、とどめとばかりに、麻子の最大の弱点を突きつけた その言葉を聞いた瞬間、冷泉の怪訝そうな顔は、一瞬にして怯えた顔に変わっどうやら、冷泉には他にも弱点があるようだ
「おばぁ!?」
冷泉は、悲鳴のような声を上げた その顔は、恐怖に引きつっている
「わかった…やる…」
冷泉は、力なくそう言い、その場にへたり込んだ 他のメンバーも、安堵のため息を漏らしたなんとか、冷泉を説得することができたようだ
少年は、会長の方を見ると、会長は少年に対して親指を立ててきどうやら、この一件でペナルティはなさそうだ 少年も、一安心した
(フゥー、さてと)
少年が、明日の準備に取り掛かろうとした、その時だった
「西住、ジョン 貴様らは生徒会室に来い」
河嶋が、再び少年と西住を呼び出した その声には、有無を言わさぬ響きがある
「…明日に備えて整備しなければいけないんだが」
少年は、不満そうに言った なるべくあの生徒会室には行きたくないのである
「…私もですか」
西住も、困惑した表情で尋ねた
「明日の聖グロリアーナの作戦会議を今から始める。他の車長たちも含めて作戦会議だ 整備は自動車部に一任してある」
河嶋は、少年と西住の不満など全く気にせず、淡々と説明した どうやらある程度の段取りは済ましてくれているようだ
「…何で俺が」
「何を言う 貴様も車長だろう」
河嶋は、若干呆れながら少年を睨みつけて言い放った
「…正確には車長兼、砲手兼、操縦士兼、通信手兼、装填手なんだが」
少年は、ため息混じりに、自分の担当をぶつぶつと呟いた その言葉に、西住が驚いたような表情を見せる
「ええっ!ジョン君も試合に出るの!?」
西住が、嬉しそうに少年に尋ねた。その声には、喜びと期待が入り混じっている
「…不本意ながら」
そんな西住とは対照的に、少年は不満げに答えた 彼の表情には、明らかに嫌そうな感情が浮かんでいる
「そうなんだ。楽しみだな」
西住は、少年の不満など全く気にせず、嬉しそうに微笑んだ
「とにかく生徒会室に来い 私の素晴らしい作戦を聞かせてやる」
河嶋は、上機嫌にそう言い、他の車長たちを集め始めた 少年は、どうせ碌でもない案だろうと、心の中で呆れ果てた
「行くか」
少年は、諦めにも似た表情で西住に声をかけた
「うん」
西住は、元気よく返事をし、二人は生徒会室へと向かうのだった その足取りは、対照的だった 一方は渋々、もう一方は期待に胸を膨らませていた