「なぜ味方を砲撃したのかでしょう?」
オレンジペコは、直前に起こった大洗の伏兵が味方を砲撃している様子を見て、驚きと疑問を隠せない声で尋ねた。
「さあ、私にもわかりませんわ。こちらを動揺させるためかも……。どう思います、ダージリン?」
アッサムは即座の判断を避け、いつものように冷静沈着な隊長、ダージリンに意見を求めた。彼女の目線は遠くの敵影を捉えたまであった。
「さあ、あるいは相手のミスか……。どちらにしても、相手の位置はこれで明確に把握することができましたわ」
ダージリンは優雅にそう分析すると、手に持ったティーカップをそっとソーサーに置いた その動作には微塵の動揺もない。彼女の指示はすぐに無線で飛んだ。
『各車、包囲の輪をさらに狭めつつ砲撃!相手を逃さないように!』
『『『『了解!』』』』
ダージリンの指示を受けたマチルダ戦車群が、唸りを上げて包囲の輪を絞り始める。砲口が火を噴き、砲弾が唸りを上げて飛び去った。
「逃げ道は一つしかない。そこさえ抑えていれば、文字通り袋の鼠ですわ」
チャーチル戦車に乗り込むダージリンは、確信めいた口調でそう言い放ち、自身も包囲の輪を狭めつつ、攻撃に加わった
「撃て!」
河嶋はほとんど絶叫に近い声で攻撃合図を出し、大洗の戦車は一斉に砲撃を続けた。しかし、まるで敵に当たる気配がない。砲弾は虚しく相手の手前や脇の地面を叩くばかりだ
「撃て!撃て!撃て!」
川嶋は焦燥感から、ひたすら闇雲に砲撃を指示した
「そんなバラバラに攻撃しても……!履帯を狙ってください!」
西住が冷静さを欠く仲間たちに、最も効果的な狙いを指示するが、興奮状態にある仲間の誰にもその声は届かず、皆、ただ無作為に砲撃を続けた。その間にも、聖グロリアーナの戦車は徐々に距離を詰め、相手の砲弾は今やかなり近い位置に着弾し、土煙を上げた。
「もっと撃て!それ、それ撃て!見えるものはすべて撃て!」
川嶋は完全にパニックに陥り、ほとんどトリガーハッピーのような状態だ。相手との距離が近づいているにもかかわらず、命中弾を出すことができない。
そして、相手は一度前進を停止すると、一斉射撃を放ってきた。命中こそしなかったが、すぐそこの地面を砲弾が深く抉り、メンバーは息を呑んだ。
「すごいアタック!」
「あり得ない!」
敵の正確な砲撃に、大洗のメンバーは完全にパニックを起こしてしまった。
「落ち着いてください! 攻撃を止めないで!」
西住は必死に指示を出す。ここで攻撃の手を止めれば、相手にさらにつけ込まれ、後がなくなってしまうことを本能的に悟っていた。
「無理です!!」
「もぉ〜いや〜!!」
一年生チームの四人は、恐怖に耐えかねてそう叫ぶと、搭乗していたM3リーから飛び降りて逃げ出してしまった。その直後、無人となったM3の側面に砲弾が命中し、白い旗が虚しく立ち上がった。
「あれ!? あれれ!?」
38(t)戦車の近くの地面に砲弾が炸裂し、その衝撃で履帯が外れてしまう。戦車は制御を失い、そのまま後ろへ下がり始めた。
「何をしている、柚子!」
戦車が意図せず下がり出し、川嶋は取り乱したように叫んだ。
「あぁ〜、外れちゃったね、履帯。38(t)は外れやすいからなぁ」
会長の角谷杏は、どこか人ごとのようにのんびりと言った。そして、38(t)は後方の大きな岩にぶつかり、ついに停止した。
「武部さん、各車の状況を確認してください!」
西住は、混乱の中で味方の戦況を把握するため、武部に指示を出した。
「あ、うん!ええっと、Bチーム、どうですか?」
武部はすぐに無線を取り、各チームに連絡を取る。
『何とか大丈夫です!』
バレー部チームは、そう答えながら交戦を続けた。どうやら無事のようだ。
「Cチーム!」
武部は続けて、歴女チームに尋ねた。
『言うに及ばず!』
彼女らも今のところは問題なく交戦を続けているようだった。
「Dチーム!」
『・・・・・』
しかし、一年生チームからは何の返答もなかった。彼女たちが戦車を降りたことを悟った。
「Eチーム!」
最後に、生徒会チームに連絡を取った。
『ダメっぽいね』
会長がそのように答えた。撃破はされてはいないが、履帯が外れ、戦線離脱を余儀なくされているということだ。
『私達、どうしたら!?』
『隊長殿、指示を!』
『撃って、撃って、撃ちまくれ!!』
各車長が西住に指示を仰ぐ中、川嶋からは再び、まったく何の参考にもならない指示が飛んできた。
(…これほど接近されたら逃げきれない…どうしよう… ジョン君……)
『待たせたな』
すると、無線機から待ち望んだかのような、落ち着いた少年の声が聞こえてきた。
「妙ね」
ダージリンは、優雅にティーカップを片手にそう呟いた
「どうされましたか、ダージリン様?」
オレンジペコは、装填中しながら、隊長の発言を聞き取り、すぐに聞き返した。
「退路があるのに、向こうに撤退する気配がない。勿論逃す気はありませんが… それでもこのままではあと数分で確実に撃破されることは重々承知のはず…」
ダージリンはそう分析した。大洗チームはさらに陣形を狭め、防御の形を取って、こちらに応戦を続けてきている。これほど接敵されれば、退避するのが定石であり、その場に留まるなどあり得ない行動である。
「相手にそれほどの余力がないとも考えられます。どうしますか、ダージリン?」
アッサムが尋ねる。先ほどの相手のパニックぶりを見る限り、その可能性が高いと判断したようだ。
「……このまま前進しつつ砲撃。包囲の輪から出してはいけないわよ」
ダージリンは一瞬迷ったが、このままの攻撃続行を指示した。
「……了解」
アッサムは静かに頷き、砲撃を再開した。
(……でも、いくらなんでもできすぎているわ。……まさか!?)
「ローズヒップ、戦況の報告を」
ダージリンは、胸に湧いた疑念を確かめるように、ローズヒップに無線で状況を尋ねた。
『はい、ダージリン様!あと少しで倒せそうですわ!それにしても、逃げてばかりで勝負になりませんわね!』
ローズヒップから、勢いのある返答があった。
「逃げてばかり?ローズヒップ、今どのあたりにいるの?」
ダージリンはふと疑問に思った。あの少年がただ逃げ回っているとは到底思えないからだ。
『ええっと、今、狭い道にいますわ。もう少しで広いところに……。あっ、ダージリン様ですわ!あっ、ブレーキ!ブレーキ!』
ダージリンはローズヒップの言葉を聞き、自身が通ってきた道を思わず振り返った。すると、その道からモーリスとクルセイダーが乱入してきた。モーリスは岩肌ギリギリを曲がり、別動隊の方へ向かい、クルセイダーは崖で曲がりきれず、岩肌に激突してしまった。
「……なるほど。そうきましたか……」
ダージリンは、その少年の目的を察したようだ。
『各車、左舷に出現したモーリス戦車に警戒しつつ、砲撃を続行!』
「さあ、この戦局、どうなさいます、ジャック?」
ダージリンはそう呟き、優雅に紅茶を啜った。
「さてと……」
少年はそう呟くと、チャーチルとは別の部隊の方へ向かい、マチルダ戦車二両の脇に車両を停止させた。そして、チャーチルに向けて砲撃を放った。
放たれた砲弾はチャーチルに命中したが、チャーチルの装甲は硬く、撃破することは叶わなかった。しかし、その動きを止めることには成功した。
「なっ!」
「脇に豆戦車がいるぞ!」
砲撃音で気付いたマチルダ二両は、慌ててモーリスの方に砲塔を合わせようとした。
「……豆戦車とは失礼な」
少年は小さく皮肉を口にした。
『待ちなさい!相手の目的は同士討ちですわ!今すぐ距離を取りなさい!』
ダージリンの無線から、若干焦りの滲む指示が飛んできた。先ほどから、チャーチル側からモーリスに一向に砲撃が来ないことから、ダージリンは少年の意図に気づいたようだ。
マチルダはモーリスから距離を取ろうと離れ始めるが、モーリスの機動力に差がありすぎるため、距離を取ることができない。
「くそ、離れろ、豆戦車!」
マチルダの車長は、淑女とは思えない言葉を口走った。
「おいおい、淑女が使っていい言葉じゃないぞ。あと、豆戦車ではなく、軽戦車だ」
少年はマチルダにまとわりつきながら、軽快にそう返した。
「逃しませんわよ!」
少年がマチルダの隣に張り付いていると、背後からローズヒップの声が聞こえてきた。
「ほう、無事だったようだな」
少年が振り返ると、クルセイダーが急接近してきており、そのまま砲撃を放ってきた。しかし、動きながらの砲撃のため命中精度は低く、モーリスではなく、マチルダ西野命中してしまった。
「こら、ローズヒップ!砲撃の許可は降りていないぞ!ダージリン様の命令を聞いていなかったのか!」
砲撃を受けたマチルダは無傷ではあったが、車長からは当然のように怒号が飛んだ。
「そうでございますの!先ほどから無線機からはガガガという音しか聞こえてこないものでございましたので!」
どうやら、クルセイダーは先ほどの岩肌に激突した時に、無線機が故障したようだ。
「西住さん、包囲は崩れた。指示を!」
少年は西住に指示を仰いだ。少年の出現と「同士討ち」を誘う行動により、敵の包囲網は完全に瓦解していたのだ。
『わかりました。皆さん、私達の後についてきてください』
西住は、少年と打ち合わせしていた通り、皆を先導し、この場からの撤退を図ろうとした
『何を言う!敵が混乱している今がチャンスだ!ここで全て仕留めろ!』
しかし、味方の川嶋からは、この場での徹底抗戦の指示が飛んできた。
「おいおい、相手の態勢が崩れたとは言え、こちらも態勢が崩れたままだ。今、総力戦をするのは最善じゃない」
少年は、あまりにナンセンスな指示に呆れながら返した。
『隊長は、西住さんです!』
『私達、みほの言う通りにする!』
『何処へだって行ってやる!』
『西住殿!命令して下さい!』
無線からは、Aチームの声がはっきりと聞こえてきた。どうやら、皆満場一致で西住の指示に従うようであった。
『……皆……』
西住は、その信頼に安堵したように、小さく呟いた。
(いいメンバーを持ったな)
少年も、彼女らの覚悟を聞いて、静かに安堵した。
「ここにいてもやられるだけです。B、C、Fチーム、私達の後について来て下さい!移動します!」
気持ちを切り替えた西住は、皆に的確な指示を出した。
『分かりました!』
『心得た!』
『何!?許さんぞ!!』
『了解。だが、その前にやらなければいけないことがある。それが完了次第合流する。それでいいか』
少年は、先ほどから自身の車両を狙い続けるクルセイダーを横目に、西住に尋ねた。
「わかりました!『もっとこそこそ作戦』を開始します!」
西住はそれを承諾し、Bチーム、Cチームを引き連れて、大洗の市街地へと向かうのであった。
『おい待て、私たちはどうなる!』
「……無線機の故障かな」
少年は、無線機から何か聞こえた気がしたが、気にせずに運転に集中するのであった。
「逃しませんわ。『追撃するわよ』」
ダージリンは撤退する大洗チームを確認し、冷徹にそう指示を出した。するとマチルダ戦車群は直ちに隊列を編成し、追撃の態勢に入った。
「ダージリン様ー!無線機が壊れて指示が聞こえませんわー!」
綺麗な隊列を組んで追撃を開始しようとしたところに、ローズヒップが勢いよくやってきた。
「……そうでしたか。わかりましたわ、ローズヒップ。あなたには別の任務を与えるわ」
ダージリンはローズヒップに言った。その様子は、どこか興奮しているように感じられた。
「何でもご命令してくださいませ、ダージリン様!」
ローズヒップもそれに感化されるように、興奮を高めていた。
「あそこにいる豆戦車を血祭りに上げなさい、ローズヒップ」
ダージリンは、先ほどからこちらに砲塔を向け、ハッチから体を出してくつろいでいる少年を指差し、そう命令を下した。
「わっかりましたわ、ダージリン様!あの執事さんを血祭りに上げればよろしいんですね!まっかせてください!」
ローズヒップはダージリンの命令を受け、本体とは逆方向で、こちらを挑発するような態度をとっている少年の方へ、クルセイダーを急旋回させた。
「……ダージリン様……」
オレンジペコは、ダージリンが先ほど以上に口調が荒くなったのを聞き、若干呆れたように呟いた。
「オレンジペコ……」
アッサムは、オレンジペコに「それ以上は言わないように」と言わんばかりに目配せをした。
「さてと、私達は四号を追いますわよ」
ダージリンはそんな二人のやり取りを気にすることなく、本体の追撃を開始した。
「どうやらそっちも同じようだな。手間が省けた」
少年は、正面に対峙したローズヒップにそう語りかけた。
「手間……?何をおっしゃっていますの!私はあなたを血祭りに上げに来たのですわ!」
ローズヒップは先ほどよりも興奮しているようであった。その証拠に、先ほどよりも言葉遣いが荒くなっていた。
「……その言葉遣い……まあ、何でもいい。なら、こっちも容赦はしない。ぶっ潰してやる」
少年はローズヒップに応えるように返し、モーリス軽戦車を臨戦態勢に入れた。
「望むところですわ!行きますわよ!」
ローズヒップがそう叫ぶと、両者同時に動き出した。クルセイダーが猛烈な勢いで前進ながら砲撃を放ってくる。
「もうタイミングは読めたよ」
少年は相手が砲撃を放つ瞬間に鋭くブレーキを踏み込み、クルセイダーの砲撃を交わしつつ、相手の側面へと取りついた。
「喰らいな!」
少年はそう言い放ち、砲弾を放った。放たれた砲弾はクルセイダーの側面に直撃し、クルセイダーからは白いフラグが上がった。
『クルセイダー、行動不能』
長野教官のアナウンスが響き渡った。
「……敵ながらあっぱれでございますわ……執事さん……」
そう言いながら、ローズヒップは力尽きたように沈黙した。
「……よくわからんが、大事には至っていないようだな。さてと」
少年はそう言いながら、IV号戦車やチャーチルの後を追おうと、モーリスを市街地へと向けた。