ガールズ&パンツァー 少年の女子高戦車生活   作:ダオダオ

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新たな危機

 

「はー、はー、はー……っ」

 

演舞が終わり、喧騒が引き潮のように消えた大洗の港。

 

少年は、重力に逆らえないほどの疲労感に身を任せ、コンクリートの上に崩れ落ちていた。肺を焼くような荒い呼吸。全身を包むどぎついピンクのタイツをかなぐり捨てると、冷えた潮風に触れた肌から、まるで魂が抜けていくかのように真っ白な汗の湯気が立ち昇った。

 

「かーしま、こやま。ジョンちゃんぐらい真剣に踊らないと~」

 

その様子を、まるで他人事のように眺めながら、生徒会長の角谷杏が飄々と口を開く。

 

「会長……アレほどの動きは、流石に私たちには厳しいかと……」

 

河嶋桃が眼鏡の奥の目を泳がせ、肩で息をしながら反論した。

 

「気合いが足りないんだよ。踊りは、気持ちだ」

 

少年は地面に這いつくばったまま、毒づくように言い放つ。

 

「うるさい! 大体、お前と私たちだけしか踊っていないではないか。これでは何のために……!」

 

「どこぞの馬鹿が味方をぶっ飛ばしたからだろうが」

 

少年の言葉は、明らかに根に持った響きを孕んでいた。視線だけで河嶋を射抜く。

 

「黙れ! それに、お前の戦車があんな豆腐みたいに脆いのが悪いんだ!」

 

河嶋は顔を真っ赤にして指を差し、理不尽な不満をぶちまける。

 

「……責任転嫁がすぎるんじゃないのか…

いつもの光景。だが、あまりに突き抜けた言い草に、少年は怒りを通り越して深い溜息を吐いた。

 

「まあまあ二人とも、過ぎたことなんだし、もうその辺にした方が……」

 

「そーそー、小山の言う通りー。というわけで、解散~!」

 

小山の執り成しを合図に、会長が軽快に手を叩く。納得いかない表情の河嶋も、会長の言葉には逆らえず、不承不承ながらに身を引いた。

 

嵐のような生徒会メンバーが去っていくのを見届け、ジョンは懐から使い込まれたスキットルを取り出した。銀色の冷たい感触が、熱を持った掌に心地よい。

 

「ふう……これで大丈夫……」

 

一口、中身を喉に流し込む。焼けるような刺激が全身に回り、ようやく人心地がついた。少年は静かに呟き、キャップを閉めると、そのまま大の字になって空を仰いだ。

 

「ジョン君」

 

不意に、傍らに小さな影が落ちた。

 

顔を上げると、そこには申し訳なさと心配が混ざったような表情で、西住みほが立っていた。

 

「西住さんか。どうかしたのか? 大洗を回ると聞いていたが……」

 

「うん……。でも、その前にジョン君にお礼を言いたくて」

 

西住はどこか落ち着かない様子で指先をいじり、その頬をほんのりと朱に染めている。

 

「お礼?」

 

「うん。私たちを助けてくれて、ありがとう」

 

屈託のない、それでいて芯の通った笑顔。

 

「助ける……? そんな覚えはないな。誰だって駆けつける状況だった」

 

「ううん。ジョン君や生徒会の人たちが来てくれてなかったら、あのままやられていたから……」

 

彼女は、チャーチルとマチルダに追い詰められたあの袋小路の死線を思い出しているようだった。

 

「河嶋さんの提案を勧めたのは俺自身だ。それに、味方を撃った生徒会側にも責任があった。むしろ、あの戦局からよく引き分けに持っていってくれたよ。そのまま負けてもおかしくなかった」

 

「そんな……それは、みんなが頑張ってくれたから」

 

「的確な指示を出したのは西住さんだ。こちらこそ、礼を言う。ありがとう」

 

少年が真っ直ぐに見据えて告げると西住は、照れたように「……うん」と小さく頷いた。

 

「体のほうはもう大丈夫? まだどこか……」

 

心配そうに駆け寄ろうとした西住の前で、少年はバネが弾けるような動作で後方転回を決め、寸分の狂いもなく着地してみせた。

 

「……見ての通りだ」

 

「……よかった」

 

その軽やかな動きに、西住は心底安心したように胸を撫でおろす。

 

「ジョン君……今からみんなに大洗の街を案内してもらうんだけど、ジョン君も一緒に……来てくれる、かな?」

 

「悪いが、先に物資を積まなければいけなくてな。時間があれば合流する」

 

「うん、よろしくね!」

 

再会を約束し、二人はそれぞれの目的地へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ここで終わりだな」

 

資材の最終確認を終え、少年が独りごちたその時。

 

「ごきげんようジャック。用は済んだかしら?」

 

不意に背後からかけられた優雅な声。少年は無意識に「ああ、今の場所で最後……」と答えかけて、すぐに思考を修正した。振り返ると、そこにはダージリンが、一人で佇んでいた。

 

「……何故ここに?」

 

「……さあ、運命の悪戯、といったところかしら」

 

いつもの格言めいた余裕はどこへやら、彼女の答えはどこかぎこちない。

 

「そうは思えないが。アッサムさんやオレンジペコさんはどうした?」

 

「そ、それは……そうですわ。まだ大洗で試合をすることがあった時のために、地理を予習しておこうと……」

 

「それで迷子になったのか」

 

少年の即答に、ダージリンの眉がぴくりと跳ねた。

 

「ギクッ……ま、まさかそんな」

 

「顔どころか、言葉に出てるぞ」

 

「おほん……こんな言葉を知ってる? 『To err is human.(過ちを犯すのが人間である)』」

 

苦し紛れの引用。それは相手を煙に巻くためか、あるいは自分を慰めるためか。

 

「アレキサンダー・ポープだったか。イギリスの詩人の」

 

「……おやりになりますわね」

 

正解を言い当てられ、ダージリンはぐうの音も出ないといった様子で押し黙った。少年は溜息を吐き、愛車の元へ歩み寄る。

 

「大洗のアウトレットまでなら案内するが。迷子の淑女を見捨てるのは、寝覚めが悪い」

 

「……そうね。お願いしようかしら」

 

彼女が素直に同調したのを確認し、少年はバイクに跨りセルを回した。重厚な排気音が辺りに響く。

 

「トライアンフ・ボンネビル……なかなかのものをお持ちですね」

 

「……だろう?」

 

誇らしげに答えると、少年は予備のヘルメットを彼女に差し出した。

 

「ええ。英国車を象徴するモダンクラシックの原点とも言えるバイクですわ」

 

「本当に英国のことには詳しいな……(まあ、大佐ほどではないがな)」

 

かつての上司——完璧な英国紳士の顔を思い浮かべながら呟く。

 

「ええ。あなたにもじっくり、教えて差し上げますわ」

 

ダージリンは挑戦的な微笑を浮かべ、タンデムシートに腰を下ろした。

 

「……間に合ってるよ」

 

少年は短く返し、スロットルを開けた。

 

 

 

 

 

潮風を切り裂き、海岸線を走る。

 

「ダージリンさん。改めて言うが、今回の練習試合、引き受けてくれて感謝する」

 

「礼を言われることはございませんわ。こちらこそ、あの38(t)の方にお礼をお願いしてもよろしくて?」

 

背中越しに届く声には、明らかな皮肉が混じっていた。

 

「ふん。言われるまでもなく、たっぷりと御礼参りしてやるさ」

 

「それにしてもジャック。あなたがあれほどの実力をお持ちとは想定外でしたわ」

 

ダージリンが話題を切り替える。バイクの振動を通じて、彼女の探るような視線を感じた。

 

「そうか? 序盤はローズヒップさん一人に苦戦していたが」

 

「ええ。でも、段々と動きに無駄がなくなり、洗練されていきました。まるで、かつての勘を取り戻したかのように……どこであれほどの腕前を?」

 

逃がさない。その声の響きに、少年は一瞬、前方の景色を遠くに感じた。

 

「……紛争地帯を戦車で転々として、常に死線に晒されていたら……嫌でも身につく」

 

少年の声から温度が消える。あまりに生々しい響きに、背後のダージリンが息を呑むのがわかった。

 

「……と言ったら、信じるか?」

 

 

「……食えない方」

 

肩の力を抜いた少年の問いかけに、彼女は呆れたような、それでいて少し安堵したような声を漏らした。

 

 

 

 

「着いたぞ。……あれじゃないか?」

 

アウトレットの広場。遠くに聖グロリアーナの制服が見え、少年はバイクを止めた。

 

「ありがとうジャック。今日はとても楽しかったわ」

 

「こちらこそ」

 

「……あ、あと、もしよろしければ、またいつか……」

 

ダージリンが何かを言いかけた瞬間。

 

「ダージリン様ーーっ!」

 

けたたましい声と共に、ローズヒップが全速力で駆けてきた。

 

「ダージリン様、探しましたわよ! あれ、何故執事さんがこちらに?」

 

「何、この迷……」

 

「ジャック!」

 

迷子をバラそうとした少年の言葉を、ダージリンが鋭く制した。

 

「おほん。この方が道に迷われていましたので、私が案内して差し上げたのですわ。そうですわね、ジャック?」

 

有無を言わせぬ圧力を感じ、少年は「……」と沈黙を守る。

 

「そうでございましたの! まさか地元で迷子になるなんて、よほどの方向音痴でございますわね!」

 

ローズヒップが屈託なく笑いながら少年の顔を覗き込む。

 

「ああ、全くだ……」

 

「あれ~? それでしたら、なんで執事さんがダージリン様をバイクに乗せて案内していたのでしょう?」

 

時折見せる、ローズヒップの鋭すぎる直感。ダージリンが「ギクッ」と肩を震わせ、狼狽の色を隠せない。

 

「そ、それはあれよ、ええっと……!」

 

「ローズヒップさん。あまり細かいことを気にしてはいけない」

 

少年が断罪するように言い放つと、ダージリンも必死の形相で乗っかった。

 

「……そうよローズヒップ! あまり細かいことを気にしてはいけないわ!」

 

「そうでございますか。わかりましたわ。もう気にしませんわ!」

 

そこへ、アッサムとオレンジペコも合流した。

 

「ローズヒップ、このような場所で走ってはいけません」

 

「まあアッサム様、ローズヒップさんも早くダージリン様に会いたかったのでしょう」

 

オレンジペコのフォローが入り、アッサムの鋭い視線がダージリンへ向く。

 

「すいませんジョンさん。ダージリン様をこちらに連れてきていただき……」

 

「ダージリン、あなたも気をつけてください。聖グロリアーナの隊長であるあなたが迷……」

 

「おほんっ!」

 

「……」

 

「あー! アッサム様、あまり細かいことを気にしてはいけないんですのー!」

 

ダージリンの無言の圧、少年が顔を横に振り、そして空気を読まない(読んだ?)ローズヒップの叫びに、アッサムたちはそれを察し、追及するのを諦めた。

 

「それでどうかしらジャック。よろしければ、今度は私たちが大洗を案内して差し上げますが」

 

「……せっかくで悪いが、先客がいる。それはまた、次の機会に」

 

丁重に断ると、ダージリンは隠しきれない落胆の表情を浮かべた。

 

「それでは淑女の諸君。ごきげんよう」

 

少年は優雅に会釈し、再びバイクを走らせた。

 

 

 

 

 

「ジョン君!」

 

バイクを降り、西住たちを探していると、西住がいち早く気づき声をかけてきた。

 

「……待たせたな」

 

「ジョンさん! もういいんですか?」

 

合流した少年に、五十鈴が駆け寄る。

 

「ああ。……冷泉さんは?」

 

「ああ、麻子ならおばぁに顔を見せに行くって」

 

「行かないと殺されるって言っていましたね」

 

武部と秋山が、物騒なことを淡々と語る。

 

「……おっかない婆さんだな」

 

 

 

「可愛いお店いっぱいあるね~」

 

「あとで戦車ショップ行きましょうね!」

 

「その前に何か食べませんか?」

 

女子高生らしい会話に包まれながら歩いていると、広場の一角で、奇妙なものが視界に入った。人力車。それを引く、一人の男。

 

「……ここって人力馬車なんてあったか?」

 

「いえ、流石にここには……」

 

目を凝らすと、その男と視線がぶつかった。男はこちらへ迷いなく近づいてくる。

 

「あっ! 目が合っちゃった! ちょっ……ヤダ……」

 

武部が頬を押さえて身悶えする。

 

「新三郎!?」

 

五十鈴が驚愕の声を上げた。

 

「お嬢。お久しぶりです。お元気そうで何より……」

 

「え、何!? 知り合い!?」

 

「初めまして……私は華さんの……」

 

沙織が挨拶をしようとしたが、新三郎の視線は五十鈴に固定されていた。紹介によれば、五十鈴家に奉公しているのだという。

 

「奉公」という古風な響きに、少年は文化の壁を感じずにはいられなかった。

 

「華さん……」

 

人力馬車から、日傘を差した気品溢れる女性が降りてきた。

 

「お母様……」

 

五十鈴の母親——五十鈴百合。二人の間に、どこか張り詰めた空気が流れる。

 

「良かった。元気そうね。そちらの方たちは?」

 

「こちらは私のクラスメートです」

 

西住と武部が緊張気味に挨拶する中、百合の視線が少年で止まった。

 

「クラスメイトのジョン・N・ウォーカー 以後お見知り置きを」

 

「そうですか……」

 

どこか冷ややかな視線。続けて秋山が威勢よく自己紹介を始める。

 

「私はクラスが違いますけど、五十鈴殿とは戦車道で一緒に……!」

 

「戦車道……?」

 

その単語が出た瞬間、百合の表情が凍りついた。

 

「はい! 今日、試合だったんです!!」

 

秋山の無邪気な爆弾発言。気まずそうに目を逸らす五十鈴。

 

事の重大さに気づいた秋山が慌てて口を塞ぐが、時すでに遅し。百合は静かに華の手を取り、その指先の匂いを嗅いだ。

 

「……鉄と、油の臭い。あなた、まさか戦車道を……!?」

 

「……はい」

 

華が観念したように答えた、その時だった。

 

「花を活けるための繊細な手で、戦車なんかに触れるなんて……はぅっ……!」

 

百合の瞳から光が消え、そのまま白目を剥いて崩れ落ちる。

 

「お母様っ!!」

 

悲鳴が上がる中、少年は瞬時に反応し、倒れる彼女の体を背後からガッシリと支えた。そのまま乱暴にならないよう、ゆっくりと地面に横たえる。

 

「……救急車呼ぶか?」

 

「いえ、私が家まで運びます!」

 

新三郎が即座に判断し、百合を馬車へと乗せ、彼女に自宅へと向かうのであった。

 

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