ガールズ&パンツァー 少年の女子高戦車生活   作:ダオダオ

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門出

「…まさに絵に描いたような日本の豪邸だな…」

 

少年は五十鈴邸を見上げて、ポツリと独りごちた。

 

歴史を感じさせる高い塀に、手入れの行き届いた門構え。そこは、いわゆる「お嬢様」という言葉が霞むほどの、格式高い武家屋敷のような威容を誇っていた。

 

「ジョン… 知らなかったの」

 

隣で立ち尽くす武部が、意外そうに顔を覗き込む。

 

「ああ、華道の家元だったのは聞いていたがこれほどとは…」

 

少年の視線は、邸宅の奥へと続く長い廊下へと向けられた。

 

「すいません、私が口を滑らせたばっかりに……」

 

秋山が、消え入りそうな声で肩を落とす。彼女の戦車愛ゆえの失言が、この騒動の引き金になったのは事実だった。だが、五十鈴華は静かに首を横に振った。

 

「いいえ。秋山さんのせいではありません。わたくしがちゃんと母に話してなかったのがいけないんです」

 

そう語る五十鈴の横顔には、これまでの穏やかさとは違う、どこか張り詰めた覚悟のようなものが漂っていた。

 

そこへ、襖の向こうから奉公人の新三郎が姿を現した。

 

「お嬢、奥様が目を覚まされました。……お話があるそうです」

 

「わたくし、もう戻らないと……」

 

五十鈴は縋るような視線を一瞬だけ仲間たちに向けるが、すぐに目を伏せて拒絶を示した。

 

「ですがお嬢!」

 

「お母さまには申し訳ないけれど……」 

 

「お嬢……差し出がましい事を申しますが、お嬢の気持ちは……ちゃんと奥様に伝えた方が、よろしいと思うのです!」

 

新三郎の必死の訴えに、五十鈴は立ち尽くしたまま、その指先を震わせていた。迷いと恐怖。その葛藤を見抜いた少年が、重い口を開く。

 

「五十鈴さん。俺もこの奉公さんの言う通りだと思うぞ」

 

「ジョンさん……」

 

「五十鈴さん。あんたの反応を見るからに、母親はハナから戦車道に対して否定的だったはずだ?」

 

図星を突かれ、五十鈴は言葉を失う。

 

「遅かれ早かれいつかは話し合わなければいけないことだ。そして今ここで話し合わなければ下手をすると一生後悔するかもしれない」

 

少年は、逸らされようとする華の瞳を真っ直ぐに射抜いた。その揺るぎない視線に背中を押されたのか、華はふっと小さく、清々しげに笑った。

 

「そうですね……確かにジョンさんの言う通りかもしれません。わかりました。わたくしお母さまのところに行って話してきます」

 

静かな足音と共に、華は母親の待つ部屋へと消えていった。

 

 

 

「いいのかな?」

 

残された客間を出て、西住が不安げに指先を絡める。

 

「偵察よ、偵察!」

 

武部が先頭を切って廊下を忍び足で進み、一行は必然的に母親の部屋の前へと集まった。

 

「……ものはいいようだな……」

 

少年は、呆れ半分、諦め半分で壁に背を預けた。

 

「何よ~ 華が心配じゃないの?」

 

「そうでなければここにはいない」

 

少年の短くも確かな答えに、武部は満足げに鼻を鳴らす。

 

襖の向こう。静まり返った空気の中に、母と娘の対峙する気配が満ちていた。

 

「申し訳ありません……」

 

「どうしたの? 華道が嫌になったの?」

 

「そんなことは……」

 

「じゃあ、さっきの変な男にたぶらかされたの?」

 

襖の外で、少年はピクリと眉を跳ねさせた。

 

「…今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが」

 

「…そうなの、ジョン君…」

 

西住が不安そうな視線が刺さる。

 

「生憎とそんな度胸は持ち合わせていない……」

 

「しー 静かに」

 

武部が人差し指を口に当て、再び静寂が戻る。

 

「わたくし活けても活けても……なにかが、足りない気がするんです」

 

「そんなことないわ、あなたの花は可憐で清楚、五十鈴流そのものよ」

 

「でも、わたくしはもっと、力強い花を活けたいんです……!」

 

五十鈴の叫び。それは、これまで閉じ込めてきた自分自身の魂の叫びだった。

 

「あぁ……」

 

「お母さま!?」

 

再び倒れかかる母親。だが、彼女が吐き出したのは、弱音ではなく呪詛のような拒絶だった。

 

「素直で優しいあなたはどこへ行ってしまったの? これも戦車道の所為なの? 戦車なんて……ただ野蛮で不格好でうるさいだけじゃない!……戦車なんて……戦車なんて全部、鉄くずになってしまえばいいんだわ!」

 

「て、鉄くず!」

 

秋山が、愛する戦車を侮辱され、憤怒のあまり鼻息を荒くする。

 

「秋山さん、落ち着いて」

 

「それにしても華の母親……戦車に対して酷くない?」

 

武部の疑問に、少年は冷静に背景を読み解く。

 

「それはそうだろう さっき調べたが女性の嗜みとして、華道、書道、戦車道があるんだろう そして華道の家元が突然何の相談もなく戦車道に行けば、華道を見限ったと思ったんじゃないのか」

 

少年の推測が当たるかのように、襖の向こうでは決裂の瞬間が訪れていた。

 

「……ごめんなさいお母様。でもわたくし……戦車道はやめません!」

 

「わかりました。だったらうちの敷居を跨がないで頂戴」

 

「奥様、それは……!」

 

「新三郎はお黙り!」

 

新三郎の必死の仲裁さえ、家元の威厳が封じ込める。

 

「えっなになにどう言うこと」

 

「それだけのことで勘当だなんて……」

 

「どうしよう ジョン君……」

 

不安な表情で訴える西住に、少年は苦い表情を浮かべた。

 

「…悪いが俺には親子の関係は理解できない」

 

「ジョン 何とかして」

 

武部が少年に説得するように言ってきた。

 

「…俺にどうしろと」

 

「でもこのままじゃ… あっ!」

 

「おいっ!」

 

「「あっ」」

 

均衡は、無残に崩れた。焦った西住が足を滑らせ、その勢いで少年を突き飛ばす。

 

バタンッ! 凄まじい音と共に、襖が床に倒れ込んだ。

 

「あっ」

 

土足で踏み込んだような最悪のタイミング。少年の視界には、呆然とする華、冷徹な目を向ける百合、そして自分の下敷きになった新三郎がいた。

 

「…」

 

少年は無言で、まず襖を持ち上げた。新三郎を介抱し、服の埃を払ってやり、手際よく襖を元の位置に戻す。そのまま、何も見ていないかのように部屋を去ろうとした。

 

「お待ちなさい!」

 

背中に突き刺さる鋭い声。

 

「ジョンさん……」

 

「俺は突き飛ばされただけだ」

 

「丁重に言ったはずですわ。そこに座りなさい」

 

「…」

 

逃げ場はない。少年は重い腰を上げ、畳の上に膝を折った。

 

「単刀直入に聞きます。なぜ大洗女子学園にあなたのような人がいるのですか」

 

「…生憎俺にも分からなくてな 学園に問い合わせてくれ」

 

「…ええ 詳しくお聞かせ願います」

 

じりじりと詰めてくる百合のプレッシャーに対し、少年は逃げるのをやめ、真っ向からその視線を受け止めた。

 

「…今度は俺から言わせてもらう あなたの娘さんは別に華道が嫌いになったから戦車道を始めたわけじゃない」

 

「…そうなの 華さん…」

 

「その証拠に彼女は教室に飾っている花の手入れを毎日のようにしている。それは先程匂いを嗅いだ時にわかったはずだ」

 

「…」

 

百合の眉間に、微かな揺らぎが生じる。

 

「…それに…正直俺に親子の関係は理解できないが、あんたの娘はまだ子供だ さっきの言葉だけでは足りないんじゃないのか」

 

沈黙が流れる。やがて、百合は憑き物が落ちたようにふっと息を吐き、華を見つめた。

 

「…そうね 華さん。さっきの言葉取り消すつもりはありません。あなたが敷居を跨ぎたいとおっしゃるのならあなたの言う道を探し歩みなさい。そしてその道を見つけ奇麗な花を咲かせることができたら帰ってきなさい。私は貴女がそれを出来る日をずっと待っていますよ」

 

「お母さま……」

 

五十鈴の瞳に、大粒の涙が溢れる。厳しさの中に潜んでいた、あまりに不器用な親心。少年は部屋を出ようと立ち上がった。

 

「ちょっとお待ちになってくださる?」

 

少年が襖を開けようとした瞬間、再び呼び止められる。

 

「…何か勘違いしているが、俺は決してあんたの娘さんをたぶらかしてはいない」

 

「「…」」

 

気まずい沈黙。少年は咳払いを一つ。

 

「(…違ったか) 失礼、何か」

 

「…この際あなたの詳細は今は問いません」

 

「…賢明だ」

 

「あなたが華さんのことをよく見ていることも承知しました どうか華さんの行く道を見守ってあげてください」

 

「…語弊のある言い方だが……了解した」

 

少年は、その言葉に宿る母親の祈りを確かに受け取り、部屋を出た。

 

廊下では、すでに決意を新たにした五十鈴が待っていた。

 

「……… では…お母様、私たちはもう行きます」

 

「…ええ、帰りは新三郎に送らせるわ」

 

「お嬢ッ!!」

 

新三郎の男泣き。五十鈴は、その背中に笑顔を向けた。

 

「笑いなさい、新三郎……、これは新しい門出なんだから、私、頑張るわ」

 

「はいっ!!」

 

その門出を祝うように、西住が歩み寄る。

 

「…華さん」

 

「…はい」

 

「私も……頑張る」

 

「…ふふっ」

 

家元の看板、戦車道の伝統。重い宿命を背負った二人の少女が、夕暮れの廊下で固く頷き合った。

 

 

 

 

 

 

「えー もう日が落ちそうじゃん」

 

武部が沈む夕陽を見て声を上げる。急がなければ、巨大な学園艦の出航に置いていかれる。

 

「早く乗ってください 私が送ります。」

 

新三郎が人力車を構えるが、五人の重みを一人で引くには限界がある。

 

「…」

 

少年は無言で、人力車のもう一本の取っ手を握った。

 

「…御学友」

 

「助太刀いたす 奉公殿……」

 

「了解です。飛ばしますよー」

 

夕闇が迫る大洗の街を、二人の男が人力車を引いて爆走する。

 

「いつまでも待っています! お嬢様ぁ~!!」

 

「顔は良いんだけどなー」

 

武部の容赦ない感想が、潮風に乗って消えていった。

 

 

「…遅い」

 

夕日が沈み真っ暗になった港のフェリー乗り場。そこには、昼間の眠たげな表情が嘘のように冴え渡った冷泉麻子が、腕を組んで立っていた。

 

「夜は元気なんだから~!!」

 

「出航ギリギリよ!!」

 

風紀委員のそど子こと園みどり子が、激しく笛を鳴らして急かす。

 

「大丈夫だ まだ出港まで80秒ある」

 

「全然大丈夫じゃないわほんとにギリギリよ」

 

「すまんなそど子」

 

「その名前で呼ばないで!!」

 

喧騒の中、一行を乗せたフェリーが巨大な学園艦へと吸い込まれていく。

 

甲板に出ると、心地よい夜風が吹いていた。

 

「間一髪だったね」

 

「うん、本当にギリギリだったよ」

 

「間に合ったからいいじゃないですか」

 

「すいません 私のせいで迷惑をかけて」

 

「…何かあったのか」

 

麻子の問いに、沙織が語り始める。「まあ色々と……ってジョンは?」

 

「あれ どこに行ったんだろう」

 

探す彼女たちの前に、一年生チームが緊張した面持ちで立っていた。

 

「あっ あの」

 

「…みんな、どうしたの?」

 

「…先輩、戦車を放り出して逃げたりして、すいませんでした!!」

 

「「「「すいませんでした!!」」」」

 

一年生チームが今日の練習試合のことを謝罪した。

 

「先輩達、格好良かったです!!」

 

「すぐ負けちゃうかと思ってたのに……」

 

「私達も、次は頑張ります!!」

 

「絶対頑張ります!!」

 

「…」

 

西住の顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。

 

「これから作戦は西住ちゃんに任せるよ」

 

いつの間にか現れた会長が、信頼を寄せるように告げた。背後で小山が、ずっしりとした重みのありそうな箱を抱えている。

 

「んで、これ」

 

箱の中には、気品あるティーセットと一枚の手紙。

 

『今日はありがとう、あなたのお姉様との試合より、面白かったわ。また、公式戦で戦いましょう』

 

「すごいです! 聖グロリアーナは好敵手と認めた相手にしか、紅茶を送らないとか」

 

秋山が興奮気味に説明する。

 

「昨日の敵は今日の友、ですね」

 

「あとこれは貴様に送られてきたものだが……あの男はどこだ」

 

河嶋が辺りを見渡す。

 

「ここだ」

 

闇の向こうから、少年が戻ってきた。

 

「貴様どこに…… 」

 

「どうしたの ジョン君」

 

街灯の下、照らし出された少年の頬が痛々しく腫れていた。

 

「気にするなよくあることだ」

 

「よくあること……」

 

西住が不安そうに尋ねた。

 

「そうなんだよ たまに身体中痣だらけになったり、包帯を巻いたりしてる時があるんだよ」

 

「理由を尋ねてもはぐらかすばかりですから私たちもよくわからないのですが今回は大したことはないようですね」

 

武部と五十鈴の言葉に、西住たちは怪訝な顔を浮かべるが、少年はそれを鼻で笑って受け流した。

 

「…それで何のようだ」

 

「貴様にだ」

 

河嶋から手渡された箱の中身。それを見た瞬間、少年の顔が固まった。

 

「何だ…コレ……」

 

漆黒の布地に銀の縁取り。聖グロリアーナの校章が刻まれた、完璧に仕立てられた「執事服」。そして二通の封筒。

 

中には、連絡先と聖グロリアーナ女学院の「入学願書」が入っていた。

 

「…」

 

少年は無言のまま腕時計通信端末を操作し、そこに記された番号へコールした。

 

『はい、聖グロリアーナ女学院 ダージリンです』

 

「やはりあんたが…ダージリンさん」

 

『あらジャック その様子ですと手紙は受け取っていただけたようですわね』

 

落ち着いた、それでいて楽しげな声。

 

「ああ、それで何だ… この服と書類は」

 

『見ての通り我が校の制服と入学書ですわ』

 

「 …何の冗談だ あんたの学校は女子校だろ」

 

『そうですわね それであなたはどこの学校にいるのかしら?』

 

「…」

 

大洗「女子」学園。その矛盾を突かれ、少年は口を噤んだ。

 

「あとこのもっともらしい書類は何だ」

 

『我が校への入学に必要なものですわ ちなみに偽造ではなく本物ですわよ』

 

完璧な外堀。だが、少年は一息吐いて、水平線を眺めた。

 

「…折角のお誘いなんだがまだやることがあるんでな この話はまたいつか……」

 

『ええ、構いませんわ それでは今度は公式戦で会いましょう』

 

「(俺は外野なんだがな…)ああ、それでは公式戦で」

 

通話終了。画面が暗くなり、少年の顔が映る。

 

「何だったの? ジョンちゃん」

 

 

「ヘッドハンティングだ 丁重にお断りしたが……あと公式戦でまた会おうと」

 

 

「公式戦は勝たないとねぇ」

 

「はい、次は勝ちたいです」

 

「…公式戦?」

 

「戦車道の……全国大会です!!」

 

 




「どうだ少年 新しい君の制服だ」

「…」

少年はアイリスから連絡を受けて乗船したすぐに店に帰宅した。するとすぐに全身ピンクのスーツを渡してきた。

「なかなかいいだろう それにそいつは可能性も…」

彼女はそれを言い終える前に少年はそのスーツを無言で引き千切りゴミ箱に捨て、皆と合流しようと外に出ようとした。

「何してんのよ!」

そこにアイリスも右ストレートが少年の頬を襲った。少年は吹っ飛ばれて壁に激突した。

「…あんたこんな手の込んだイタズラのためにわざわざ俺を呼んだのか?」

「イタズラ… 私の血と汗の結晶を… ただでは済まさないわ」

そして2人の不毛な争いが続くのであった。




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