ガールズ&パンツァー 少年の女子高戦車生活   作:ダオダオ

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黒森峰対峙

 

「…何だ」

 

 少年は、端末から聞こえるアイリスの声に向けてそう呟いた。

 

『何だとは随分な言い草ね』

 

 電話の向こうのアイリスは、相変わらずこちらの不躾な態度を気にする風もなく淡々と応じる。

 

「…あんたは何ともないのか」

 

 少年は、アダムとの会話を脳裏に過らせながら尋ねた。少なからず彼女もその影響を受けるリストに入っているはずだ。

 

『ああ、そのことね。元よりあなたが死んだと思っていた人間は少ないわ。……友人に聞いたの?』

 

 アイリスは何ともないと言わんばかりの声音だった。世界がどれほど揺らごうとも、彼女の余裕は揺るがことはないようだ。

 

「ああ」

 

 少年は端的に答えた。

 

『というより、あなたが私の心配をするなんてね……。何かあったの?』

 

「…言ってみただけだ。それで、用件は」

 

 少年は揶揄うような彼女の言葉をはぐらかすように、冷徹に話題を変えた。

 

『ええ。今あなたがつけている腕時計やスキンスーツだけど、有事の時はそれじゃ心許ないから新しい物を用意したわ。艦に着いたらすぐに帰ってきてね』

 

 それだけを一方的に告げると、通話は唐突に切れた。

 

「…クソ、切りやがった」

 

 少年は小さく悪態をつき、端末を収めてテーブルに戻ろうとした。しかし、店内の空気が先ほどとは明らかに異なり、酷く騒ついていることに気づく。

 

 その中心には、大洗のAチームの面々と、黒を基調とした見慣れない制服を着た二人の少女がいた。一人は銀髪のショートロングヘアーの少女、もう一人は茶髪のボブヘアで吊り目の少女で西住と、その茶髪の少女の顔立ちは酷似していた。

 

「…」

 

 少年は今すぐ出ていくべきではないと直感し、店内の柱を陰に音もなく身を潜めた。

 

「まだ戦車道をやっているとは思わなかった」

 

「………」

 

 茶髪の生徒に冷淡に言い放たれ、西住は深く視線を落とした。その肩が微かに震えている。

 

「お言葉ですが! あの試合でのみほさんの判断は間違ってませんでした!!」

 

 秋山が勢いよく立ち上がり、声を荒らげる。その必死な反応から察するに、彼女も去年の全国大会決勝戦で西住が起こした

「事件」の詳細を知っているのだろう。

 

「部外者は口を出さないで欲しいわね」

 

「…すいません」

 

 もう一人の銀髪の生徒に氷のような声で遮られ、秋山は気圧されたようにすんなりと引き下がった。

 

「…行くぞ」

 

「はい、隊長」

 

 茶髪の生徒がそう促し、二人は踵を返して立ち去ろうとした。だが、銀髪の生徒は足を止め、さらに西住に向けて冷酷な言葉を紡ぐ。

 

「一回戦はサンダース大付属と当たるんでしょ? 無様な戦いをして、西住流の名を汚さない事ね」

 

「…」

 

「何よその言い方!!」

 

「あまりにも失礼じゃ……」

 

 その言葉に少年が動くより先に、武部と五十鈴が憤慨して立ち上がった。

 

「大学達こそ、戦車道に対して失礼じゃない? 無名校のくせに。この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は参加しないのが暗黙のルールよ」

 

銀髪の生徒は冷徹に言い返した。どうやら戦車道とは、彼女にとってそれほどまでに神聖で、絶対的なもののようだ。

 

「強豪校が有利になるように、示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな」

 

 冷泉は特に声を荒らげるわけでもなく、至極当然のことを淡々と指摘した。

 

「…ふん、それにあなたも何? 弱小校の隊長って? 隊長への当て付け?」

 

 彼女は冷泉の言葉を無視し、西住に執拗な言葉をぶつけ続ける。

 

「……ッ!!」

 

 西住がさらに顔をうつむかせ、スカートの裾を白くなるほどぎゅっと握りしめた。

 

「黙ってないで何とか言いなさいよ!」

 

「……」

 

 少年は、無言で席に向かって歩き出した。その足音は、周囲の喧騒に完全に紛れていた。

 

「あなたなんて……なっ」

 

「エリ…」

 

 茶髪の生徒が窘めようとした矢先。 少年の手が、銀髪の生徒のスカートを捲り上げるような軌道で掠め、少年はそのまま上がった手で自身の頭を無造作に掻いた。

 刹那、彼女の黒の下着が白日の下に晒される。

 

「悪ぃ、当たっちまったか」

 

 少年は全く悪気のない、無表情のまま言い放ち、大洗の面々と同じ席に平然と腰を下ろした。

 

「…!? ジョン君!?」

 

 少年の突飛かつ大胆な行動に、店の全員が呆然と硬直した。

 

「なっ……何するのよ!?」

 

 銀髪の生徒は数秒遅れて正気に戻り、顔を真っ赤にして少年に突っかかった。

 

「悪かったな。だが悪気はなかったんだ」

 

 少年は彼女の怒気を完全に無視し、机の上にあった自分のマテ茶を平然と口に運んだ。

 

「!? 抜け抜けと……!」

 

「それで、何の話をしてたんだ」

 

 少年はマテ茶を飲み干すと、グラスをコトリと置き、銀髪の生徒と正面から向き合った。その瞳には、一切の動揺がない。

 

「あなたには関係ないことよ! それより大洗は女子校でしょ!? 何であんたみたいな男がいるのよ!?」

 

「何を言う? 一応女だぞ」

 

「嘘!?」

 

「もちろん嘘だ」

 

「なっ……馬鹿にするんじゃないわよ!」

 

彼女はさらに激昂し、拳を握りしめる。

 

「それで、何の話をしてたんだ。あまり穏やかじゃなかったが」

 

 少年は一切の感情を排した声で、本題へと引き戻した。

 

「あなたには関係ないことよ。引っ込んでなさい」

 

 彼女は少年に激しく詰め寄り、席に座っている少年を上から見下ろした。

 

「あんたの用ってのは、相手に罵声を浴びせることか? ……なら、これ以上は容認しないぞ」

 

 少年はそれに応えるように、ゆっくりと立ち上がった。逆に彼女を高い位置から見下ろす形になり、二人の間に一触即発の、張り詰めた空気が漂う。

 

「エリカ…」

 

 そこへ、茶髪の生徒が銀髪の生徒——エリカの肩を掴み、『これ以上はやめろ』と無言の圧力をかけた。

 

「隊長…」

 

 そう言われたエリカは悔しげに息を呑み、引き下がって少年と距離を取った。それを見て、少年も再び席に腰を下ろした。

 

「…こちらの生徒が迷惑を掛けたな」

 

 今度は茶髪の生徒が少年の前に立ち、冷徹な目で見下ろしてきた。しかし、先ほどのエリカのような感情的な敵意は感じられなかったため、少年もそのままの体勢で応じた。

 

「…全くだ。もう少し公衆道徳をわきまえたほうがいい」

 

「…君も人のことは言えないだろう」

 

「…それを言われると耳が痛いな。だが……何か」

 

 少年がそう答えようとした瞬間、彼女の佇まい、制御されたその瞳の奥にある冷徹な光に、既視感に似た違和感を覚えた。少年は少し目を細め、尋ねた。

 

「君……名前は」

 

「……名前などないが……ジョンと呼ばれている。それであんたは」

 

「西住まほだ」

 

「西住……姉妹か」

 

 どうりで似ているわけだと少年は得心した。

 

「そうだ」

 

「…姉さん、他に用がないなら」

 

「君に姉呼ばわりされる覚えはない」

 

 少年がフランクに、あるいは揺さぶりをかけるように言うと、彼女は表情一つ変えずにバッサリと切り捨てた。

 

「…黒森峰の方、用が済んだのであればお引き取りを」

 

 少年は一瞬で丁寧な、しかしこれ以上の介入を拒絶するような口調に切り替え、退店を促した。

 

「…行くぞ、エリカ」

 

「わかりました。……覚えてなさい」 

 

「ああ、”黒”森峰の生徒さん」

 

「ッッ」

 

 少年の含みのある発言に、エリカは怒りを噛み殺しながら店を出て行った。そして西住の姉——まほは、少年に敵意とは言えないが、底の知れない何かを警戒するような目を向けた後、静かに店を後にした。

 

「なよアレ、すっごく失礼じゃない!!」

 

「嫌な感じですわ…」

 

 武部と五十鈴が、去っていった二人に向けて憤りを露わにした。

 

「あの、今の黒森峰は去年の準優勝校ですよ。それまでは九連覇してて……」

 

 秋山が、まだ震えの残る声でそう補足した。

 

「えっ!? そうなの!!」 

 

「それにしても焦りました。いつ二人が喧嘩を始めるかとヒヤヒヤしましたわ」

 

 五十鈴が胸を撫で下ろしながら言った。

 

「そうだよジョン! みぽりんのお姉さんが止めなかったら、本当に喧嘩になってたかもしれなかったんだよ!?」

 

 武部も続けて非難めいた視線を送ってくる。

 

「おいおい、俺が女に手をあげると思っているのか。その逆はよくあることだがな」

 

 少年は、とある同居人のことを思い出しながら、誤解を解くようにそう言った。

 

「ジョンさん、そういうのがお好きなんですか!?」

 

どうやら別の方向へ誤解されたようだ。

 

「誰がマゾヒストだ。……だが、確かにな」

 

少年はふと考えた。

 

「えっ、そうなのジョン君……?」

 

 西住までが、変に困惑した目でこちらを見つめてくる。

 

「…いや、そういう意味じゃない。確かに、あの状況で止めに入らなければどうなっていたことか……。少し軽率がすぎたな。反省する」

 

 少年は冷徹に己の行動を分析し、そう判断した。確かにあのまま互いにエスカレートしていればどうなっていたことか。

 

「…ケーキ、もう一つ頼みましょうか。ジョンさんの奢りで」

 

 この重苦しい空気を変えようと、五十鈴が図々しい提案してきた。

 

「…それが代償か」

 

少年もその意図を察し、苦笑混じりに乗っかった。

 

「そうだよ〜。ジョンはもうちょっと女心をわからないと」

 

武部が調子づいて乗ってくる。

 

「…乙女心ねぇ」

 

少年はそう呟きながら、マテ茶を啜った。

 

「ケーキ、もう二つ頼んでいいか? もちろんジョンさんの奢りで」

 

冷泉までが便乗してきた。

 

「…遠慮なしか。まあいい、西住さんも秋山さんも遠慮しなくていいぞ」

 

少年は、未だに遠慮がちな二人にそう促した。

 

「ええっ、宜しいんですか!?」

 

秋山が目を輝かせる。

 

「いいよ。どうせ俺の金じゃねぇし」

 

少年は懐から、洗練されたデザインのクレジットカードを取り出して見せた。もちろん少年の物ではなく、彼の保護者の物である。

 

「…ジョン君、それは…」

 

西住も引き気味に苦笑していたが、周りの勢いに押されるように注文に加わった。これで彼女らの気が晴れ、落ち着くなら安いものだと少年は判断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か、西住さん」

 

大洗へと戻る学園艦の連絡船。甲板で、赤く染まる夕陽を所在なさげに眺めている西住に、少年は歩み寄って声をかけた。

 

「うん、大丈夫」

 

言葉ではそう言っても、その横顔はとても大丈夫そうには見えなかった。

 

「…姉とは会ってなかったのか」

 

少年は、先ほどのルクレールでの緊迫したやり取りを思い出しながら尋ねた。

 

「…うん。合わせる顔がないから」

 

西住はさらに顔を伏せ、声を沈ませた。

 

「…俺が言えた義理ではないが、少なくとも向こうは、そうは思っていないぞ」

 

少年は、地平線へと沈みゆく夕陽を見つめながら、静かに呟いた。

 

「えっ、どうして?」

 

「妹のことを心配しない兄姉はいない。それが実の妹なら尚更な」

 

少年は、かつて過酷な環境を共にした、あるいは別の場所で生きているはずの親友の顔を脳裏に浮かべながら言った。

 

「…どういう意味?」

 

「…そのままの意味だ。まあ、機会があれば話してもいいんじゃないか。お互いにな」

 

これ以上の説明は少年の領域ではないため、端的に言葉を濁した。

 

「…うん。ねぇ、ジョン君……ジョン君って……」

 

「寒くないですか?」

 

西住が何かを深く尋ねようとしたその時、背後から秋山が声をかけてきた。

 

「うん、大丈夫」

 

「ああ、問題ない。それで……」

 

「あっ、いや……ジョン君って、試合には出ないんですよね?」

 

西住が少年に確認を取った。

 

「正確に言えば出れないんだがな。」

 

少年は苦笑しながら訂正した。そう、男は公式戦には参加できないのだ。

 

「…勝てるかな、全国大会……」

 

西住が、再び不安そうに海を見つめて呟く。

 

「全国大会、私は出場出来るだけで充分です。他の学校の試合も見られますし、大切なのはベストを尽くす事です。例えそれで負けたとしても……」

 

「それじゃあ困るんだよねぇ」

 

「絶対に勝て!!」

 

そこへ、突如として二つの鋭い声が割って入ってきた。

 

「…え?」

 

振り返ると、大洗女子生徒会の三人が仁王立ちしていた。今の会話を聞いていたのだろう。

 

「我々は……どうしても勝たねばいけないのだ」

 

「そうなんです、だって……負けたら」

 

「小山さん」

 

少年は、それ以上言葉を続けようとした小山を遮るように、鋭く、宥める声で制止した。負けたら廃校になることをこの場で言えば西住への精神的な負担は計り知れない。それにパニックになりかねない。

 

「とにかく! 全ては西住ちゃんの肩にかかってるからね〜。負けたら何やってもらおうかな〜、考えとくね」

 

会長はそれだけ言うと、不敵な笑みを残して2人を連れて去っていった。

 

「…だ、大丈夫ですよ、西住殿! 頑張りましょう!!」

 

秋山が、引きつった笑みを浮かべながらも西住を勇気づける。

 

「初戦だから……ファイヤフライは出てこないと思う。せめて、チームの編成がわかれば戦いようはあるんだけど」

 

西住は深く息を吐き、すでに頭の中でシミュレーションを始めているようだった。

 

「…他に知っておきたいことはあるか?」

 

少年が尋ねる。

 

「後は、何でもいいから相手チームの詳細なデータが欲しいかな……」

 

「「…」」

 

西住の言葉に、少年と秋山は同時に深く考え込み、無言になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

学園艦に到着し、それぞれが帰路につく中、約1名、人気のない公園のベンチに腰掛け、腕時計型端末で通話をしている少年がいた。

 

「…ああ、では手筈通りに。……もちろん許可は得ている。早速で申し訳ないな。……じゃあな」

 

通話をしていた少年は、背後に不審な、しかし聞き覚えのある気配を感じ取り、通話を早々に切り上げた。

 

気配の主は分かっていたが、少年は敢えて平然を装って振り返る。そこには、やはり秋山優花里が立っていた。

 

「…秋山さんか。家は反対方向じゃないか。どうかしたのか」

 

少年が尋ねると、秋山は意を決したように拳を握りしめ、真っ直ぐに少年を見つめた。

 

「ジョン殿! お願いします! 私と付き合ってください!」

 

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