ガールズ&パンツァー 少年の女子高戦車生活   作:ダオダオ

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プロローグ2

 

「失礼する」

 

 不機嫌さを隠そうともせず、少年は重厚な木製の扉を押し開けた。

 

 昼休み終わりの生徒会室。少年にとっては、もっとも近づきたくない「伏魔殿」でもある。室内には独特の緊張感と、なぜか微かに漂う干し芋の甘い香りが混じり合っていた。

 

「遅い! ここに来るのに何分かかっているんだ!」

 

 入室するなり、鼓膜を震わせる怒号が飛んできた。声の主は、生徒会広報の河嶋桃。片方のレンズが外れたままの眼鏡――彼女が激昂している時のトレードマークだ。

 

「……さあな。それよりあんた、眼鏡のレンズが片方ないぞ。さっさと探したらどうだ」

 

「な、何だと……っ!?」

 

「まあまあ桃ちゃん、落ち着いて。ジョン君、急に呼び出してごめんね」

 

 二人を宥めるように柔らかな声をかけたのは、副会長の小山柚子だ。この生徒会という名の狂人集団の中で、唯一まともな感性を持っていると少年が信じている人物である。

 

「やぁー、ジョンちゃん。いらっしゃいー」

 

 そして、ソファに深く腰掛け、干し芋を齧りながら暢気に手を振るのが、生徒会長・角谷杏。中学生のような幼い外見に反して、その腹の内はどす黒い野心と計算で満ちている。少年がこの一年、もっとも多くの雑務を押し付けられてきた元凶そのものだ。

 

「はぁ……。それで、今度は何をやらされるんだ」

 

 少年は隠すことなく、深く重いため息を吐き出した。

 

「おい、会長に対してなんだその態度は!」

 

「まあまあ、かーしま。それでジョンちゃん、単刀直入に聞くけど、『戦車道』って知ってる?」

 

 会長が細めた瞳の奥に、獲物を狙うような怪しい光が宿る。

 

「……名前くらいは。詳しくはないが(……エキシビションで無理やり乗らされた、とは口にしない方が利口だな)」

 

 少年はそう判断し、余計なことは言わないことにした。過去の経歴を不用意に晒せば、さらに面倒なことに巻き込まれるのは明白だ。

 

「戦車道っていうのはね、古くからの乙女の嗜み。戦車を使って礼節を学ぶ、伝統ある武道のことなんだけど……」

 

 小山が丁寧に説明を補足する。だが、その言葉を聞けば聞くほど、少年の嫌な予感。

 

「……それで、それがどうした」

 

「うちの学園も、二十年前まではやってたんだよねー。で、今年から復活させることにしたから。ジョンちゃんも必修選択科目で取ってね」

 

 会長が、気軽にとんでもないことを言った。

 

「……失礼。俺の耳が腐っていなければ、『戦車道をやれ』と聞こえたんだが」

 

「そだよ」

 

「戦車道は『淑女』の嗜みだろ。俺のような『紳士』には、無関係ないはずだが」

 

「お前のどこが紳士だ!」

 

 河嶋が間髪入れずに指摘した。

 

「何を言う。タキシードが俺以上に似合う男がこの艦にいるか?」

 

 少年が鼻で笑うと、河嶋は呆れたと言わんばかりにして絶句し、角谷は楽しそうにクスクスと笑った。

 

「相変わらずだね〜 まあいいや。関係ない、ねぇ……。かーしま」

 

「これを見ろ」

 

 河嶋が忌々しげに一枚の古新聞を突きつけた。

 

 黄ばんだ紙面の、見出しには《島田流、謎の少女率いるチームに完敗》の文字。そこには、幼い頃の少年が戦車に乗っている写真が載っていた。元々幼少期は似た目や格好などからよく女性に勘違いされることもあり、新聞記者は少年を少女と誤認して報じたのだ。

 

「……これが何か?」 

 

「これ、ジョン君だよね?」

 

 小山が覗き込むように尋ねる。

 

「……なぜこれが俺になる。見ての通り、記事には『少女』と書いてある。どれだけ似ていようと、俺である証明にはならないな」

 

 少年のシラ切りに、三人は一瞬言葉に詰まった。しかし、会長はしかたないと言わんばかりに、本題へと話を戻した。

 

「んー、ジョンちゃんには選手として出てほしかったんだけどなー。まあいいや。その代わり、戦車の整備やその他諸々をやってもらいたいんだよねー」

 

「整備? なぜ俺が。」

 

「戦車の整備はしたことあるよねー」

 

「さあな」

 

「ふーん 実際のところは」

 

 会長の探るような視線。少年は視線を逸らさずに問い返した。

 

「……断れば?」

 

「この学校にいられなくしちゃうよ」

 

「……(直球かよ)」

 

 会長の脅しは冗談ではない。少年は過去に何度も「居場所」を消されかけた経験がある。この女なら、書類一枚でそれを実行しかねない。少年に拒否権など最初から存在しないのだ。

 

「……わかった。やればいいんだろ」

 

 少年は頭を掻きながら、不承不承引き受けた。

 

「そーゆーこと。物分かりが良くて助かるよ〜」

 

 会長は満足げな笑顔で答えた。

 

「他の整備士は?」

 

「ジョン君だけじゃなくて、自動車部の人たちにも手伝ってもらうよ」

 

「……お気の毒に」

 

 巻き込まれる同級生たちに同情の言葉を投げかける。

 

「というわけで。まずは倉庫にある戦車の状態確認と整備。自動車部には話を通しておくから。よろしくねー」 

 

「了解だ。それで、今回の『見返り』は?」

 

「通常単位三倍。それと給食の食券百日分」

 

「……随分と気前がいいな」

 

 普段は干し芋か授業免除で済ませる会長にしては、破格の条件だ。

 

「文部科学省から、戦車道に力を入れるように言われててね〜」

 

「来年は日本で世界大会も開かれるからな」

 

 河嶋が付け加えてそのように言った。

 

「……いいだろう。今日は倉庫の確認だけ済ませる。失礼する」

 

 少年は翻り、不機嫌な足取りで部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 その後、静まり返った生徒会室では――

 

「会長、本当のことを言わなくて良かったんですか?」

 

「嘘はついてないよー」

 

「それは、言わなかっただけなのでは…」

 

 

 

 

 

 

「……裏があるな、間違いなく」

 

 廊下を歩きながら、ジョンは独りごちた。これほどの報酬を用意するということは、それ相応の「面倒」がセットになっているはずだ。だが、今はまず目の前の仕事を片付けるしかない。

 

 そんなことを考えながら校舎裏を通ると、芝生の上で本を顔に乗せて寝転がっている女子生徒がいた。

 

「またサボっているのか、冷泉さん」

 

 二年C組、冷泉麻子。少年と同じく「サボりの常習犯」として、奇妙なシンパシーを感じている相手だ。

 

「んー……。そういう君も、サボりか」

 

 冷泉は顔の本をゆっくりとずらし、眠たげな視線をこちらに向けた。

 

「俺は生徒会の雑用だ。……冷泉さんこそ、いくら成績トップでもこれだけサボって大丈夫なのか?」

 

「大丈夫じゃない。だが、君に言われたくない」

 

「俺は生徒会公認だ」

 

「ずるいぞ……」

 

「代わるか? 生徒会の雑用」

 

「……やめとく」

 

「賢明だな。風紀委員に見つからないうちに帰れ……よ」

 

「Zzz……」

 

 返事はない。彼女はすでに夢の中だ。

 

「……たく、マイペースな奴だな」

 

 少年は軽く首を振ると、指定された戦車倉庫へと向かった。

 

「……悪くない倉庫だな」

 

 倉庫の外観を確認し、錆びついた重い扉を力任せに横に滑らせる。

 

 中には、二十年の時を経て埃を被った、鉄の巨塊が鎮座していた。

 

「……二十年も放置すればこうなるか」

 

 少年は掃除道具を手に取り、巨大な鉄の塊に取り付いた。まずは外装の錆を落とし、ハンマーで転輪を叩いて音を確認する。そして意を決してハッチを開け、独特の油の臭いが籠もる内部へと潜り込んだ。

 

「……浸水はしてないか」

 

 数時間をかけ、少年は黙々と清掃と点検を続けた。驚くべきことに、念のために予備のバッテリーを繋いでエンジンキーを回すと、心臓部は意外なほど力強い咆哮を上げた。

 

「おいおい…… これだけの期間放置されていて……」

 

 クラッチを繋ぎ、慎重に前進と後退を試す。スムーズだ。二十年前の整備士たちの意地が、まだこの鉄の塊の中で息づいている。あとは実弾を撃てるかどうかだが、それはまた別の機会になるだろう。

 

 作業を終える頃には、夕日が水平線に沈みかけていた。

 

 錆と油にまみれた体からは、鼻をつく悪臭が漂っている。さすがにこのまま校舎内を通って帰るわけにはいかない。

 

 

 

 

 

「あー……冷えるな、この時期は」

 

 少年は倉庫裏の手洗い場で、ホースの水を被った。この女子学園には、当然ながら男子用シャワーなど存在しない。夕闇が迫る中での冷たい水が、作業で火照った肌を刺す。

 

「……いつになったら男子用設備ができるんだか」

 

 愚痴をこぼしながらも、素早く体を洗い流す。タオルを腰に巻き、濡れた髪を拭きながら、服を置いてある倉庫内へ戻ろうとした。

 

 ……だが。

 

「へぇ、これが戦車か。思ってたより大きいな」

 

「うん、整備し甲斐があるよ」

 

「それで、ジョンはどこに行ったんだ?」

 

(……まずい、自動車部か!)

 

 聞き覚えのある声。中嶋たち自動車部の四人が、すでに倉庫の中に入っていた。この格好で鉢合わせるのは致命的だ。少年は咄嗟に倉庫の影に身を隠し、外から扉を強くノックした。

 

「自動車部か」

 

「ああ、ジョン? って何やってんの」

 

 中嶋たちの位置からは、扉の隙間から差し出された少年の手だけしか見えなかった。

 

「水浴びだ。鉄と油の匂いが酷くてな。入り口の袋に予備の制服がある。悪いがこっちに渡してくれ。」

 

「……え、誰が行く?」

 

「……それは……」

 

「……どうする?」

 

「誰でもいいから早くしてくれ!」

 

 

 

「……何で服を渡すのにこんなに時間がかかるかね。まあ感謝するが」

 

 少年は乱れた髪を掻き上げ、悪態をつきながらも感謝を述べた。

 

「そんな格好でいるからよ。そもそも水浴びなんてしてんの?」

 

「男子シャワーがないからだ。……それより、あんたたちも生徒会に?」

 

「うん、戦車の整備を任されてね。私たち、こういうの好きだし」

 

 自動車部の面々は、少年とは対照的に目を輝かせて戦車を見上げていた。

 

「ジョンも手伝うんだよね?」

 

「ああ、現にこの戦車はさっき俺が洗車……ハックション! あー、寒……」

 

「……くだらないこと言うからバチが当たったんだよ」

 

「服を早く渡さなかったからだ」

 

 鼻を啜りながら、少年は彼女たちに戦車を案内した。

 

「動くのか、これ?」

 

「ああ。信じられないがな」

 

 彼女たちが慣れた手つきでハッチを開け、エンジンを吹かす。力強く規則的なアイドリング音が響き渡る。その様子を見て、少年は少しだけ肩の力を抜いた。

 

「……俺は生徒会室に資料を取りに行く。いつもみたいに遅くまでやるのは勝手だが、時間になったら帰れた方がいい。風紀委員にどやされるぞ」

 

「大丈夫だよ。生徒会から許可はもらってるし。じゃあね、ジョン!」

 

 そう言い残し、少年は作業に没頭し始めた彼女らを残して、戦車倉庫を後にした。

 

 夕日の沈みかけた生徒会室。主のいない部屋の机には、約束通り一束の資料が置かれていた。

 

 少年はそれを手に取り、窓から差し込む月明かりの下でページを捲る。そこには、先ほど自分が掃除した戦車の名前が記されていた。

 

「IV号戦車、か……」

 

 その無骨な名前を、口に馴染ませるように呟く。

 

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