ガールズ&パンツァー 少年の女子高戦車生活   作:ダオダオ

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プロローグ3

 

校門の前に、二つの影が長く伸びていた。

燃えるような夕焼けが巨大な学園艦のシルエットを縁取り、潮風が待ちくたびれた空気をゆっくりと運んでいる。

 

「ジョン、遅い!」

 

先に沈黙を破ったのは、武部沙織だった。

腰に手を当て、不満を隠そうともせずに頬を膨らませている。

 

「今までどこにいたんですか? もうすっかり日が暮れてしまいましたよ」

 

隣に立つ五十鈴華は、対照的に穏やかな佇まいで、柳のように静かにそこにいた。

 

「……何か用か。こんな時間まで」

 

少年は疲れを隠さず、首筋をさすりながら問い返した。

 

一日中、生徒会の無茶振りと戦車掃除に追われ、精神的な消耗は激しい。

 

「何よー。せっかく待ってあげたのに!」

 

武部は少年の素っ気ない態度に不満を露わにした。

 

「はい。先生からこちらのプリントを渡すように言われましたので」

 

五十鈴が丁寧に差し出したのは、数枚の連絡プリントだった。

 

少年はそれにざっと目を通す。……ただの事務連絡だ。

 

わざわざ数時間も待って渡すような内容ではないだろう。

 

(まさか、これだけのために……)

 

少年は内心で小さく舌を巻いた。この二人、お人好しにも程がある。

 

「……悪かったな。手間をかけさせた」

 

少年は受け取った資料を手提げに入れながら感謝した。

 

「もう、素直なんだから。そんなに悪いと思うなら、ちゃんと授業に出なさいよ」

 

武部がため息混じりに笑う。

 

「出ただろう」

 

「一コマだけじゃないですか」

 

五十鈴に控えめ、かつ的確に訂正され、少年は言葉に詰まった。

 

「……それで十分だ。そうだ、申し訳ついでに一つ頼まれてくれないか」

 

唐突な切り出しに、沙織が目を丸くする。

 

「珍しいね、少年が頼み事なんて」

 

「一体、どのようなことでしょう?」

 

少年は少し視線を彷徨わせてから、意を決したように口を開いた。

 

「明日の昼食……西住さんを、誘ってやってくれないか」

 

「えっ、なんで?」

 

武部が間の抜けた声を上げる。

 

「なんで、って……嫌だったか?」

 

少年の眉間にわずかな不安が滲む。

 

二人の反応が予想と違っていたからだ。不慣れな「仲介」という行為が、彼を落ち着かなくさせていた。

 

「いえ、むしろ私たちも明日お誘いするつもりでしたから」

 

五十鈴が楠のように静かに微笑む。

 

「そうだよ! 私が言いたいのは、なんでジョンがそんなこと気にしてるのってこと!」

 

少年は、屋上で出会った西住みほの、あの消え入りそうな、それでいて一生懸命だった瞳を思い出した。

 

「……昼休みに、少し話したんだ。友達ができなくて困っているようだったからな。君らなら、うまくやれるだろうと思っただけだ」

 

「あー、だから今日、西住さんいなかったんだ。屋上にいたのね?」

 

武部が納得したように頷く。

 

「わかりました。明日、私たちでしっかり確保しておきます!」

 

「助かる」

 

少年が踵を返そうとすると、沙織が「あ!」と声を上げた。

 

「待って。明日、ジョンも一緒に食べようよ。西住さんも、知ってる人がいた方が安心するだろうし」

 

「そうです。三人より四人の方が賑やかで楽しいですよ」

 

「……せっかくの誘いだが、明日は無理だ。また生徒会の呼び出しを喰らっている」

 

少年が嫌そうな表情を浮かべると、二人は同時に肩を落とした。

 

「また生徒会……」

 

「ジョンさんは、生徒会の方々と本当に仲が良いのですね」

 

「……仲がいいわけないだろ。半強制、いやほぼ強制だ」

 

うんざりとした表情を隠さない少年に、沙織は「わかったわよ」と苦笑した。

 

「でも、いつか絶対一緒に食べようね。約束よ!」

 

「ああ、またいつか」

 

再会の約束を背に、少年はようやく帰路についた。

 

帰路を辿る途中、少年の目に奇妙な店が飛び込んできた。

外壁は迷彩柄で覆われ、看板には無骨な戦車のイラスト。

夕闇に浮かび上がる「戦車くらぶ」という文字。

 

(……戦車の専門店か。まさかな)

 

普段なら見向きもしない場所だ。それに疲労感もある。だが、今日触れた「IV号戦車」と戦車道という言葉が、磁石のように彼の足を店内へと向けさせた。

 

ドアを開けると、天井まで届きそうな模型の箱、戦車ゲームの筐体から放たれる熱気。

少年は棚の間を抜け、今日整備したあの戦車の姿を探した。

 

「何かお探しですか」

 

不意に背後から声をかけられた。振り返ると、特徴的な癖のある髪をした小柄な女子生徒が立っていた。

 

「いや……ある戦車の模型を探しているだけだ」

 

「戦車が好きなんですか!?」

 

女子生徒が、戦車と聞くと異様に身を乗り出してきた。

 

「……いや。ちょっとした興味本位で……」

 

あまりの圧に、少年は思わず半歩後ずさる。

 

「そうですか! いやー、戦車に興味を持って来店される生徒さんが、私以外にもいたなんて……恐縮です!」

 

(……相当なマニアだな)

 

「それで、どのような戦車を?」

 

「……IV号戦車と呼ばれている戦車だ」

 

「ああ、IV号ですね!」

 

彼女は山積みの模型から迷いなく一つの箱を取り出した。

 

だが、少年はそれを見て首を傾げた。

 

「……持ってきてもらって悪いが、少し違うな。砲身が、もっと短かったはずだ」

 

「であれば、A型からF1型のどれかですね!」

 

彼女は即座に携帯電話を取り出し、画面を見せてきた。そこには、同じIV号でも細部が異なる無数の写真が並んでいる。

 

「これだ。この形だった」

 

「なら、D型ですね!」

 

彼女は淀みなく解説を始めた。

 

「IV号D型は、初期の薄かった前面装甲を強化し、より実戦的な仕様になったモデルです。短砲身の75mm榴弾砲は歩兵支援に威力を発揮し……」

 

「……随分と詳しいな。あんたも戦車道を?」

 

「いえ、したいのは山々ですが、大洗には戦車道がないので……」

 

彼女はシュンと肩を落とした。 

 

「……知らないのか? 今年から復活するんだ。選択科目にあるはずだぞ」

 

「ええええーーーっ!? 本当ですか!?」

 

彼女の叫びが店内に響き渡る。興奮のあまり、彼女は少年の鼻先数センチまで顔を近づけてきた。

 

「う、嘘じゃないですよね!?」

 

「ああ……だから少し離れてくれ」

 

ジョンは壁を背にして答えた。

 

「あ、すいません! つい……。でも、私なんかが戦車道をするなんて。経験もありませんし……」

 

「十分だ。それだけの知識と熱意があるなら、経験は積めばいい。……こちらとしても、あんたみたいな奴が仲間にいてくれれば心強い」

 

少年の真剣な眼差しに、彼女は頬を赤らめた。

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

「自己紹介がまだだったな。ジョン・N・ウォーカーだ。ジョンでいい」

 

「はい、ジョン殿! 私、秋山優花里と言います!」

 

「(ジョン殿……) 秋山さんだな。よろしく頼む」

 

西住に続き、またしても変わった呼び方をされたなと思いながら、ジョンはIV号D型の模型を購入し、店を後にした。

 

 

 

 

「ただいま」

 

寄宿先である喫茶店『Napoléon』へ戻り、いつものように挨拶をする。

 

「おかえり。早速だけど……それ何?」

 

奥から現れたアイリスが、少年の抱える箱を指差した。

 

「ただの戦車の模型だ」

 

「IV号D型……。随分とマニアックなところを突いてきたわね」

 

アイリスが興味深そうに箱を眺める。

 

「なぜ型番までわかる」

 

「学生時代、ドイツ戦車を整備していた時期があってね。懐かしいわ」

 

彼女は目を細め、細い指先で箱のイラストをなぞった。

 

「あんたも戦車道をやっていたのか?」

 

「整備士として、ね。……あんたもってことは、これからやるの?」

 

「ああ。整備士兼、雑用としてな」

 

少年は椅子を引き、アイリスの前に深く腰を下ろした。

 

「頼みがある。俺に、この時代の戦車の整備を叩き込んでくれ。……あんたの技術が必要なんだ」

 

アイリスは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに不敵な笑みを浮かべ、腕を組んだ。

 

「別にいいけど……。大丈夫? 私、人に物を教えてるタイプじゃないわよ」

 

「……問題ない。俺も人に教わるタイプじゃないからな」

 

少年も不敵に笑い返し、皮肉げにそう返した。

 

「……まあいいわ、今晩からみっちり仕込んであげる」

 

「今晩?……明日からの間違いだろう」

 

「いいえ、こういうのは早い方がいいのよ」

 

アイリスは楽しそうに、そして慈しむように少年の頭を乱暴に撫でた。

 

「…お手柔らかに頼む」

 

少年はその手をひょいと払った。

 

「けど、その前に……【ピロピロピロ】」

 

 

「「……」」

 

和やかな空気は、不意に鳴り響いた無機質な電子音によって切り裂かれた。

 

この音は緊急時を告げるものだ。二人が店の開店準備に取り掛かろうとした、その刹那のことだった。腕にしていたウェアラブル端末から、緊張感を含んだ太い声が漏れる。

 

『ジャック! アイリス! 聞こえるか』

 

呼び出し主は大佐だった。少年は表情を鋭く引き締め、アイリスをチラリを見て応答する。

 

「ああ、大佐。アイリスもここにいる」

 

『よく聞いてくれ。スエズ運河周辺でテロを行うという情報が入った』

 

「スエズ運河……」

 

「……あと数時間でこの船も通航するわ」

 

アイリスが窓の外、彼方に広がる海路を見据えて呟く。事態は一刻を争う。

 

『そうだ。君たちが一番近い。すぐに向かってくれ』

 

大佐はそれだけを言い捨て、通信を断った。

 

「少年」

 

アイリスが指示を飛ばそうと振り返った。

だが、そこにいたのは先ほどまでプラモデルを抱えていた少年ではなかった。少年は既に制服を脱ぎ捨てていた。その下には、周囲の景色を歪ませる迷彩モードを搭載した特殊スキンスーツが鈍く光っている。腰には使い込まれたSAAとスタンナイフ。準備は万全であった。

 

「少し危険な社会見学……ってところか?」

 

「……違いないわ」

 

アイリスの冗談めかした言葉を背中で受け、二人は店の裏にある格納庫に向かった。 

 

待機させていたヘリに乗り込み、二人は現地へと飛び立つのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

上空。爆音に包まれた機内で、ヘッドセット越しに大佐のブリーフィングが続く。

 

『いいか、テロリストはスエズ運河検問所を襲撃するつもりだ。もしそこでテロが起きれば、その海域は長期間使用不能になる』

 

操縦桿を握るアイリスが、眼下に広がる広大な運河を睨みつけた。

 

「……通行料が跳ね上がるか、喜望峰を回ってアフリカ沿いを通るか。いずれにしても、世界経済が見過ごせる問題じゃないわね」

 

「連中はどこの奴らなんだ」

 

少年が冷徹な問いを投げかける。

 

一瞬の沈黙の後、大佐が重々しく口を開いた。

 

『おそらく……カタストロフィア』

 

「カタストロフィア……って」

 

その名を聞いた瞬間、機内の空気が凍りついた。少年の拳が、白くなるほどに強く握り込まれる。

 

『ジャック、感情的になるな』 

 

「わかっている。私情を持ち込むつもりはない」

 

低く、地を這うような声。

 

少年は強引に憎悪を心の奥底へ押し込み、戦術端末に視線を落とした。

 

「少年、もうすぐランデブーポイントに到着するわ。降下準備を」

 

アイリスの声が合図となる。

 

ハッチが開き、激しい風が機内に吹き込んできた。ちょうど夕陽が沈み、あたりが闇に呑まれようとしていた。それは潜入者にとって、この上ない理想的な環境だった。

 

『鳥になってこい』

 

「なれるといいな」

 

その言葉を最後に、少年は躊躇なく虚空へと身を投げた。

 

 

高度数千フィート。

 

吹き荒れる風を切り裂き、少年は弾丸のごとき速度で目標地点へと降下していく。眼下に広がるのは、砂漠の黄金色と運河の深い青が交差するスエズの絶景。だが、彼にはその美を堪能するつもりなど微塵もない。

 

地表が牙を剥く直前、少年は背負った高高度降下用の小型スラスターを噴射した。

衝撃を殺し、音もなく受け身を取り、砂丘の影に着地する。

 

「……さてと」

 

警戒を強めようとしたその時、背後に「人の気配」を感じた。想定外の出来事に、一瞬だけ反応が遅れる。降下中に周囲を確認したはずだが、影も気配も捉えられなかったはずだ。

 

「……油断大敵だな、ネイキッド」

 

聞き覚えのある声に、少年の緊張がわずかに解けた。振り返ると、自分より少し背の高い白人の青年が立っていた。特殊スーツの上にロープを羽織り、指で作った銃口をこちらに向けている。

 

「アダム……インターポールのあんたが、なぜここに?」

 

「貴様こそこんな場所で何をしている。そんな格好で空から降ってくるとは店」

 

「どこぞの愚か者がテロを企てているという情報が入ってな」

 

「……学生も大変だな。それにしても応援として送られてきたのが貴様だったとは」

 

「……情報提供はあんたか。状況は?」

 

「連中はこの数キロ先にある集落で準備を進めている。検問所を制圧し、要求を突きつけるつもりだろう」

 

「奴らの要求は?」

 

「さあな。もし応じなければ、トラックに積んだ爆弾を検問所で爆破させる気だろう。そうなれば物流は止まり、世界経済へのダメージは計り知れない。決行はおそらく二時間後だ」

 

「連中の規模は?」

 

「二十人前後といったところだ。本来なら俺一人でも問題ないが……」

 

「……連中がカタストロフィアなのは確かなのか」

 

「確証はない。だが、一人だけ明らかに『できる』奴がいた。ヒスパニック系の十代半ば。あの若さでその域に達している奴は、他にはいないだろう」

 

「……ヒスパニック系」

 

「心当たりがあるのか」

 

「……自分で確かめる」

 

2人はテロリストが制圧した集落に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「情報通りか」

 

目的の集落手前に到着し、偵察を行った結果、敵の数や地形は事前の報告通りであった。

 

「それでどうする。俺に与えられた指令は情報提供と、必要に応じた協力だ」

 

「もちろん協力を求める。テロリストを速やかに排除する。だが殺すな。人質も無傷だ」

 

「……かなり厳しい条件じゃないか?」

 

少年は腰のSAAを取り出し、アダムに手渡した。

 

「……跳弾で全員倒せと?」

 

SAAは六発しか装填できず、リロードにも時間がかかる。

 

「そいつの弾は三十発ある。一つの薬莢に五発の弾丸が仕込まれている特殊弾だ。当たれば特殊な電気と麻酔で数時間は動けなくなる。音も二十五デシベルまで低減されているから、発砲音を悟られることもない」

 

「……マジか」

 

アダムは受け取った銃をまじまじと見つめた。

 

「これ、本当に効くのか?」

 

「開発者は姉御、被験者は俺だ」

 

「……相変わらず苦労してるんだな」

 

「俺が前衛だ。あんたはその銃でバックアップを頼む」

 

「了解した」

 

2人はテロリストの制圧に移行した。

 

 

 

 

 

 

「ミスター・ミゲル。あと一時間後だな」

 

「正確には五十五分四十五秒後だ……」

 

集落の奥で、テロリストの二人が待機していた。十代半ばのヒスパニック系の少年と、二十代のアラブ系の男だ。

 

「ところで、なぜあんたほどの男がこんな場所にいるんだ?」

 

「それは契約には含まれていないはずだが……先ほどから、やけに静かすぎはしないか」

 

「そうか? いつもより騒がしいよりはマシだが……」

 

異様な静寂に気づいた二人が、警戒しながら外の様子を確認する。しかし、そこには動く者の影すら見当たらなかった。

 

「おい、一体何が……」

 

「伏せろ!」

 

その刹那、無音の銃弾が二人を襲った。一人はかろうじて避けたが、もう一人は心臓付近を撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちた。

 

(どこからだ……!)

 

銃弾を避けた男――ミゲルは、建物に身を隠しながらマカロフを抜き放つ。しかし、周囲は深い闇と静寂に包まれている。

 

(仕方ない……)

 

ミゲルは懐から起爆装置を取り出した。この地域一帯を爆破するつもりなのだろう。

 

「なっ……!」

 

スイッチを押そうとした瞬間、影から飛び出した少年に腕を抑えられ、装置を奪われた。ミゲルは即座にもう片方の手に握ったマカロフを向けたが、銃を掴まれ、小手返しの要領で豪快に投げ飛ばされる。なんとか受け身を取り、素早く銃を構え直したが、その銃の銃身(スライド)は既に抜き取られていた。

 

「……返すぜ」

 

無造作に投げ返されたパーツを受け取り、ミゲルはその男と正面から向き合った。

 

「……貴様……グレイゴースト」

 

絞り出すようなミゲルの声。

 

その瞳はあり得ないものを見る目であった。

 

 

 

 

数分前。

 

集落を包む暗闇の中で、二人の少年が舞っていた。

 

少年は迷彩モードを起動し、建物の影から影へと滑るように移動する。視認できない速度で接近し、見張りのテロリストたちの首筋へスタンナイフを叩き込んでいった。

 

近くで異変を感じた兵士には、アダムの持つSAAが静かに火を噴く。羽虫の羽音程度の発射音に、誰一人として気づくことはない。

 

外周の二十人近いテロリストは、自分たちが無力化されたことすら自覚せぬまま、倒れ伏していった。

 

その後、納屋のトラックに辿り着くと、荷台には巨大な爆弾が鎮座していた。少年はアイリスから託されたデータを端末に表示させる。

 

「……これか」

 

指先一つでバイパスを形成し、起爆信号をループさせる。システムが誤認し、赤いインジケーターが静かに緑へと変わった。

 

「どうだ」

 

テロリストを拘束し身柄を隠し終えたアダムが尋ねてきた。

 

「爆弾は解除した。起爆の恐れはない」

 

「なら、あとは……」

 

その時、明かりのついた小屋から不穏な気配が漏れた。

 

二人は無言で制圧態勢に入った。

 

 

 

 

 

 

現在。

 

「……その名を知っているということは、貴様もろくでなしどもの一人か」

 

少年が尋ねる。

 

「……やはり生きていたか グレイゴースト…」

 

「そこまで知っているなら話が早い。投降しろ。あんたの仲間は全滅、人質は避難済み、爆弾も止めた」

 

少年は奪った爆弾装置を無造作に放り投げて言い放った。

 

「ほざけ!」

 

ミゲルは吐き捨て、隠し持っていたナイフを投げつけた。

 

「悪あがきか……!」

 

少年は余裕を持ってかわしたが、その隙にミゲルは分解されていたマカロフを組み立て、銃口をこちらに向けていた。

 

「間抜けが……」

 

ミゲルは銃を構えたまま距離を詰める。

少年は手を挙げ、投降の意思を示した。

 

「随分と呆気ないな」

 

「みたいだな」

 

「生きていたなら都合がいい。貴様には聞きたいことが山ほどある」

 

「ああ、俺もだ」

 

「状況を理解していないようだな」

 

「…そのようだな」

 

「何を……なっ!」

 

銃口には詰め物が詰め込まれていた。これでは引き金を引いた瞬間に銃が暴発する。

 

ミゲルが油断した一瞬を、少年は見逃さなかった。左手でミゲルの右腕を抑え、右の掌底をみぞおちに叩き込む。さらに顎を蹴り上げ、頭を掴んで受け身の取れない角度で地面に叩きつけた。

 

「……あの一瞬で銃を組み立てるとは思わな…。保険をかけておいて正解だったよ」

 

「……貴様、うはっ……」

 

ミゲルは少年を睨みつけ、銃口を向けようとするが、もはやまともに動くことは叶わない。

 

(なるほど。さすがは……奴の……)

 

ミゲルの意識は、そこで深い闇に落ちた。

 

 

 

「ああ、テロリストはリーダー格を含めて全員制圧した。人質も無事、爆弾も解除済みだ」

 

『よくやった、ジャック。すぐに回収班が向かう。その前に離脱しろ』

 

「了解。帰投する」

 

少年は無線を切ると、隣のアダムに声をかけた。

 

「すぐに回収班が来るそうだ」

 

「それまでにズラかるか。連中に俺たちの正体がバレたら面倒だ」

 

「ああ。ランデブーポイントで姉御が待っている。来るか?」

 

「いや、俺はもう少しここに潜伏して様子を見る」

 

「アダム」

 

「何だ」

 

「……ボス……いや、イシュメールについて何か情報は?」

 

アダムは静かに首を横に振った。

 

「俺も探ってはいるが、彼女の情報は最上位のセキュリティに守られている。どこにいるかは不明だがな」

 

「……他の連中についてもか」

 

「ああ…」

 

「…」

 

少年は無言で答えた。

 

「何か入ったら知らせる。それと、これだ」

 

アダムが投げ渡したものを、少年は空中で受け取った。

 

「USBメモリ……何のデータだ?」

 

「餞別だ。戦車の整備士になったんだろ?」

 

「……何だかわからんが、感謝する」

 

「じゃあな、ネイキッド」

 

アダムはそう言い残し、暗闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

少年を乗せたヘリが砂塵を巻き上げ、夜の闇へと舞い上がる。

 

「お疲れ、少年。テロリストは全員逮捕。人質の保護も、爆弾の解体も完璧よ」

 

「何よりだ。」

 

少年はそれを聞いて安堵して横になった。

 

「さっき送ったデータは確認できたか?」

 

「ええ、あなたが乗り込む前にね。……それにしても、あなたの友達、随分ととんでもないものを持っていたわね」

 

「整備に関係するものだと聞いているが、中身はどうだった」

 

「関係するどころじゃないわよ。これ、『旧世代』の戦車を完璧に維持するための、当時の門外不出の整備ログよ。実戦データから試作品の数値まで入っているわ」

 

アイリスはメインモニターに、膨大な図面と数値を展開した。

 

そこには、現代の自動システムでは決して導き出せない、当時の職人たちの知恵が並んでいた。

 

「金属の『悲鳴』を聞いて不調を当てるような、アナログの極致。これは血と汗で書き記された英知よ」

 

「役に立ちそうか」

 

「何を行っているの これがあれば、当時以上の性能を発揮させられるわ。覚悟しなさい、少年。今からみっちり叩き込んであげる」

 

「……俺、さっきまでテロリストと一線交えてきて疲れてるんだが」

 

「少年、あなたに拒否権があると思って?」

 

アイリスの快活な笑い声が響く中、ヘリは夜空を切り裂き、学園艦へと急降下していった。

 




次回から本編が始まります
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