ガールズ&パンツァー 少年の女子高戦車生活   作:ダオダオ

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本編
勧誘


 

色々あった翌日。少年は、重鉛のように重い瞼を必死に擦りながら、大洗の街を学校へと歩んでいた。

 

(……眠い。死ぬほど眠い……)

 

昨夜、寄宿先『Napoléon』で行われた講義を思い出す。それは教育というよりは、古の技術思想を脳内に強制的にインストールされるような、精神的な拷問に近いものだった。

 

「お疲れ様、そして行ってらっしゃい、そしておやすみなさい」

 

アイリスは整備の講義を終えると自身の寝室に行こうとした。外を見ると朝日が差し込無用な時間帯であった。

 

「おいおい」

 

少年はその背中を見て落胆し、自身は登校の準備を始めようとした。

 

「…あと言い忘れていたけど整備に必要な機材とかが昼ごろに届く予定だからよろしくね」

 

それだけ言うとアイリスは寝室の扉を閉め、音は聞こえなくなった。

 

 

 

 

(今日はどこで寝るか。図書館か、それとも……ん?)

 

少年にとって学園は、もはや「安全に昼寝を謳歌するための場所」と化していた。どこで快適な微睡を得るか――ぼんやりと考えを巡らせていた、その時だった。

 

――ゴンッ!

 

前方で、鈍く、そしてなんとも痛々しい音が響いた。

 

見れば、一人の女子生徒が電柱の前に立ち尽くし、涙目で額を押さえている。昨日、屋上で知り合ったばかりの転校生、西住みほだった。

 

「……人の次は、電柱か」

 

思わず漏れた呟きに、西住がビクッと肩を跳ねさせて顔を上げた。

 

「えっ? あっ、ジョン君!? ……あぅ、おはよう……」

 

「動くな そのまま」

 

狼狽える彼女に眠そうで無愛想な表情のまま近づき、少年は指で、彼女がぶつけた箇所を検分するように軽く触れた。医師免許こそないが、アイリスに叩き込まれた「構造の歪みを特定する」感覚が、無意識に損傷の深さを読み取っていた。

 

「……少し赤くなっているな。だが、骨膜に異常はない。すぐに治るだろう」

 

「あ、ありがとう……」

 

触れられた場所が熱を持ったのか、それとも気恥ずかしいのか。西住は頬をほんのり赤らめ、消え入りそうな声で礼を言った。

 

「……もう少し周りに注意を払った方がいい。危険だ」

 

「あ、うん……あのね、ジョン君。私、これでも気をつけては――あっ!」

 

言いかけた西住が、ふらりと無意識に歩道から車道へと足を踏み出した。その瞬間、対向車線から猛スピードのトラックが迫っているのを、少年の動体視力が捉えた。

 

「おい!」

 

少年は反射的に彼女の華奢な肩を掴むと、力任せに背後へ引き戻した。

 

直後、巨大な鉄塊が鼻先をかすめ、巻き起こった突風がみほの髪を激しく乱した。

 

――キキィィィィッ!!

 

鼓膜を劈くような急ブレーキの音。トラックは、西住が先ほどまでいた場所を数メートル通り過ぎた位置でようやく停止した。

 

「気をつけろ、馬鹿野郎!」

 

運転手の怒号が飛ぶ。トラックはそれだけ言い残すと、再び走り去っていった。

 

「……っ、ご、ごめん……」

 

少年が手を引いていなければ、かなり危なかった。

 

「言った矢先にこれか。(……おかげ様で完全に目が覚めたが)」

 

少年は心底呆れたように深い溜息をついた。

 

「うう……ごめんなさい……」

 

「……一緒に行くか」

 

「あ、うん……」

 

小動物のように肩を縮める西住を促し、二人は並んで歩き出した。側溝に落ちそうになれば袖を引き、自転車が来れば肩を抱いて避ける。昨夜のアイリスの特訓以上に神経を使う登校時間であった。

 

 

 

学園の敷地に入り、ようやく一息ついた頃。

 

「……大丈夫だったか?」

 

「ごめんね、ジョン君。迷惑かけて……」

 

「いいさ。それより――」

 

――キーンコーンカーンコーン。

 

 

少年の言葉を遮るように、始業のチャイムが鳴り響いた。

 

「……急ぐか」

 

「あ、うん!」

 

二人は慌てて校舎へと滑り込んだが、その直後だった。

 

『2年A組ジョン、2年A組ジョン。直ちに生徒会室に来い。繰り返す――』

 

けたたましい校内放送が、全校生徒の耳に少年の名を轟かせた。

 

「……朝っぱらから、何の恨みがあるんだ、あの連中は」

 

「えぇっ? でも、授業が……」

 

「昨日も言ったと思うが……この学校で、生徒会の召集令状は絶対だからな。……またな」

 

少年は渋面を作ったまま踵を返し、生徒会室へと向かった。

 

取り残された西住は、彼の遠ざかる背中をじっと見つめていた。

 

(……また、すぐに離れちゃった。もっと話したかったのに……。でも、ジョン君に助けてもらってばかりじゃダメだよね。よしっ!)

 

西住は小さく拳を握り、自分の教室へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室の重い扉を開けると、いつもの暢気な声が少年を迎えた。

 

「いらっしゃーい」

 

会長の角谷杏が机に足を投げ出したまま手を振る。その両脇には、副会長の小山と広報の河嶋がいた。

 

「……こんな朝っぱらから何の用だ」

 

不満を隠そうともしない少年に、河嶋桃が目を吊り上げた。

 

「何だ、その不敬な態度は!」

 

「俺は忙しいんだ。図書館での資料漁りや、中庭での休息でな」

 

「ジョン君……大丈夫なの? そんなに休んで……」

 

小山が少年の度を越したサボり癖に言及した。

 

「大丈夫だ。うまくやっている。……それで、戦車道の件か?」

 

「そだよー。倉庫のIV号、どうだったー?」

 

「……車両としては動く。だが、燃料供給系のラインが詰まりかけていたし、電気系統も被覆がボロボロだ。二十年放置してよく生きていたもんだよ」

 

少年が昨夜学んだ知識を混じえてボヤくと、室内を支配していた緊張がわずかに緩んだ。

 

「小山さん。昼頃に整備パーツが届くはずだ。搬入されたら呼んでくれ。……それまでは寝かせてもらう」

 

「おい! なぜ貴様が命令を……」

 

「……大変失礼いたしました。物資が届きましたら、万年赤点の河嶋様、この私目にご連絡をいただけますでしょうか?」

 

「何だと貴様ぁっ!!」

 

怒号と笑い声が混じる生徒会室。少年はそれを背に、さっさと部屋を辞した。

 

 

 

 

 

数時間後――。屋上の片隅。少年は雑誌を顔に乗せ、心地よい微睡みの中にいた。

 

だが、そんな安息は長くは続かない。

 

『ジョン。今すぐ生徒会室に来い。来い来い来い来い……』

 

「……いくら何でも雑すぎないか」

 

昼休みのチャイムと同時に流れた放送に、少年は重い腰を上げた。学食への期待は、空腹の音と共に消え去った。

 

「遅い」

 

「……昼飯を食わずに来た割には早い方だ」

 

「ジョンちゃん、これあげる」

 

会長が差し出したのは、黄金色の干し芋だった。少年は無言でそれを受け取り、ソファに座って齧り付く。

 

「……で、物資は?」

 

「あ、それねー。届くの放課後だって言ってたよ」

 

「…………」

 

少年の手が止まる。何のために呼び出されたのか分からなかったからだ。

 

「なら、なぜ呼んだ。この美味い干し芋を食べさせるためだけか?」

 

「……貴様、同じクラスの西住みほを知っているな?」

 

河嶋がようやく本題を切り出した。

 

「ああ、それが?」

 

「西住さんは、この学園で唯一の戦車道経験者なの。だからジョン君。彼女に戦車道を履修するように言ってほしいの」

 

小山の言葉に、少年は眉を寄せた。

 

「……なぜ俺が。あんたらでやればいいだろう」

 

「ジョンちゃん、私の干し芋……食べたよね?」

 

会長が、慈愛に満ちた恐ろしい笑顔を浮かべた。加えて「ジョンちゃんなら彼女も警戒しないだろうからね」と付け加えるのも忘れなかった。

 

「……了解。今日中に伝えておく。それでいいか」

 

「よろしくねー!」

 

(テメーでやれってんだ全く。それにしても、彼女が戦車道の経験者とは……。あのドジっぷりからすると意外だが)

 

少年はそう思い、生徒会室を出て教室に向かった。

 

午後の授業が始まるまで、残すところ数十分。少年は重い足取りで自分の教室へと向かった。そこには、新しくできた友人――武部と五十鈴に囲まれ、楽しそうに談笑する西住の姿があった。

 

(……別に、後でいいな)

 

少年はその光景を見て、足を止めた。生徒会からは「今日中に」と言われている。だが、わざわざ彼女が手に入れたばかりの「平穏」を、野暮な呼び出しで壊す必要はない。

 

少年はそっと教室から離れようとしたが、後ろのドアが開く音が静かな廊下に響いた。

 

「ジョン君!」

 

振り返ると、西住がぱあっと顔を輝かせてこちらへ駆け寄ってくる。

 

「……良かったな、西住さん。武部さんたちと友達になれて」

 

「……ありがとう。それで、どうかしたの?」

 

普通なら「授業を受けに来た」と答える場面だ。だが、少年は授業に出る気など毛頭ない。なぜ彼女が自分を呼び止めたのかは測りかねたが、少年はこれを機に、生徒会の命令を果たすことにした。

 

「……後にしようと思ったんだが、少し時間をもらってもいいか?」

 

「あ……うん、いいよ」

 

西住は一度教室を振り返り、沙織たちに視線で合図を送った。五十鈴は優雅に会釈し、武部は何故かニヤニヤしながら親指を立て、「ファイト!」と無言の激励を送っている。

 

二人は教室を出て、人通りの少ない廊下へと移動した。

 

「それで、何の用かな?」

 

少しだけ頬を染め、小首を傾げる西住に、少年は淡々と「爆弾」を投げつけた。

 

「生徒会からの伝言だ。自由選択科目……西住さんには、『戦車道』を登録してもらいたい」

 

その瞬間、廊下の空気が凍りついた。

 

昨日や今日見せた、ドジで可愛らしい反応ではない。西住の瞳から光が消え、顔色から血の気が引いていく。それは、深淵を覗き込んだ者が抱く「恐怖」そのものだった。

 

「……ジョン君、この学園は戦車道は、してないはずじゃ……」

 

「ああ、だが今年から復活することになった。だから、西住さ……」

 

少年の言葉が最後まで届くことはなかった。西住は幽霊でも見たかのような足取りで、ふらふらと教室へ戻っていった。その背中は、あまりにも小さく、絶望に震えていた。

 

(……何かまずいことでも言ったか?)

 

少年が困惑していると、教室から猛烈な勢いで武部と五十鈴が飛び出してきて、彼を板挟みにした。

 

「ちょっと、ジョン!」

 

「西住さんに何を言ったんですか!」

 

「待ってくれ、俺はただ生徒会からの伝言を伝えただけだ」

 

「そんなわけないじゃない! みほ、真っ青な顔して机に突っ伏しちゃったわよ! ジョンのバカ!」

 

「あんまりです!」

 

二人は怒りをぶつけるだけぶつけると、嵐のように教室へ戻っていった。午後の始業チャイムが、一人取り残された少年に非情に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

数十分後、生徒会室。

 

――ドォォン!

 

扉が蹴破らんばかりの勢いで開き、少年が冷気を纏って入室してきた。

 

「うわ、びっくりした!」

 

「なっ、貴様ノックぐらいしろ! ……ひっ」

 

広報の河嶋が声を荒らげるが、少年の射貫くような眼光に射られ、思わず喉を鳴らして後ずさった。

 

「ああ、以後気をつける。それより、会長……」

 

会長の角谷は、いつものように干し芋を齧りながら、涼しい顔で「なにー?」と首を傾げる。

 

「あんた、俺を嵌めたのか」

 

「ンヤー、そういうわけじゃないんだけど……やっぱりダメだったかー」

 

「……想定済みだったわけか」

 

少年は怒りを通り越し、深い溜息を吐いた。

 

「悪かったね、ジョンちゃん。西住ちゃんの説得はこっちでやるから、ジョンちゃんは整備の方に……」

 

「いや。彼女の件は、俺が預かる」

 

意外な申し出に、会長が片方の眉を上げた。

 

「へぇー。そりゃまた、なんで?」

 

「……さあな。これ以上、あんたらにかき回されるのは御免なだけだ」

 

少年はそれだけ言い残すと、足早に部屋を去った。

 

残された河嶋は、まだ震える足を押さえながら呟く。

 

「……大丈夫、桃ちゃん」

 

「なっ、何がだ、柚子!」

 

「顔が真っ青だよ」

 

「そっ、そんな訳ないだろ! 誰があんなやつに怯えるか!」

 

「いやー、流石にまずかったねー。事前に西住ちゃんの事情を知らせたほうが良かったねー」

 

 

 

 

 

生徒会メンバーの反省会をよそに、少年は誰もいない屋上で、自身が所有するウェアラブルコンピューターを起動させていた。

 

「……黒森峰女学園。……副隊長。……家元」

 

画面に躍る文字と、去年の全国大会の映像。仲間を助けるためにフラッグ車を降り、勝利を逃した「責任者」としての彼女の姿。

 

なぜ彼女が戦車道を拒絶し、この大洗に来たのか。その全ての理由が、パズルのピースのように嵌まっていく。

 

「事前に知らせておく案件だろ」

 

少年は屋上の床に寝そべりながら、天を仰いだ。

 

(いや、俺も調べるべきだったな……)

 

キーンコーンカーンコーン――そこで午後の授業が終わった。

 

 

 

 

 

一方、生徒会室では会長が伸びをしていた。

 

「んー、まあ、過ぎたことはいいや。西住ちゃんはジョンちゃんに任せて、私たちは私たちのことをやるよー。かーしま」

 

「……わかりました。『生徒全員、体育館に集まれ。繰り返す――』」

 

放課後。体育館には全生徒が集められ、巨大なスクリーンに戦車道のプロモーション映像が映し出された。

 

 

 

 

 

『戦車道、それは伝統的な文化であり……来たれ、乙女達』

 

「選択科目の紹介というより、ただの戦車道の勧誘だな……」

 

少年は列の後方で冷ややかにそれを見ていた。配布された用紙は、戦車道だけが異常にデカデカと印刷されている。

 

「あー、あと戦車道を登録したら色々特典がつくよー」

 

会長の言葉に続き、副会長の小山が「単位3倍、遅刻見逃し100回、食券100枚」という破格の条件を提示すると、体育館は歓喜の渦に包まれた。どうやらあの厚遇は、少年だけの特権ではなかったようだ。

 

体育館を後にする生徒たちの会話からは、それなりの効果が伺えた。だが、少年の目的は別にある。

 

「やはり、西住さんとは話し合わないとな」

 

少年は屋上へと駆け上がり、眼下に広がる校門付近を捜索した。武部、五十鈴と一緒に帰路につく彼女の姿を見つける。その足取りは重く、遠目からでも落ち込んでいるのが見て取れた。

 

少年は指笛を吹くと、すぐさま校門へと向かった。数分後、校門に着いた時には彼女たちの姿は既になかったが、空を見上げれば大きなフクロウが旋回している。

 

少年の合図を受けたフクロウは、道路をなぞるように低空で飛び出した。その「案内」に従い、数分後、少年はついに西住の背中に追いついた。

 

「えっ」

 

(なっ)

 

少年が声をかけようとした瞬間、西住が驚いた声をあげて振り返り、目が合った。

 

(気配は殺しきっていた。なぜ……)

 

少年の困惑をよそに、案内役のフクロウは役目を終えて夜の空へと消えていった。

 

「……ジョン君」

 

(……まずいな。客観的に見れば、ただのストーカーだ)

 

通報されてもおかしくない状況だったが、西住の瞳に怯えの色はなかった。

 

「……西住さん、疲れているところに悪いが、少し時間をもらっていいか」

 

「え……」

 

「昼休みのことで、言いたいことがある。頼む」

 

西住は少し俯いた後、静かに頷いた。

 

「……うん。私もジョン君と話したいことがあったから」

 

「……すまない」

 

どうにか話し合いの機会は得られたが、これは立ち話で済ませる内容ではない。かと言って、制服の男女二人で喫茶店に入れば、余計な噂を立てて彼女を傷つける恐れがある。

 

なるべく人に聞かれず、落ち着ける場所。

 

(仕方ないな。なるべく迷惑をかけたくはなかったが)

 

少年はそう決意し、西住を連れて「とある場所」へと向かった。

 

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