ときには愛を・・・〜横桐Ver.〜   作:折戸岬

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第1話

 桐嶋さんと別れて、俺は自分のデスクに戻る。今日は上司に提出する書類をいくつかまとめて、後は新しいキャンペーンの企画書をチェックして終わり。定時には帰れそうだ。そう思いながら上司への提出書類を見ていたとき、逸見が俺に声をかけてきた。

 「横澤さん、そういえば午前中にエメ編の新人さん、小野寺さんから伝言があって、それもまた担当作家さんからの伝言みたいなんですけど、」

 そう言われて、「何だその伝言ゲームみたいなの」と返してしまった。

 「そうなんですけど、なんか、良く解らない伝言で、『たまには甘さもあって良いんじゃないか?』って事で、横澤さんって甘い物食べないわけではないですよね? 俺、聞き間違えたんでしょうか?」

 逸見はどこを見るでもないような困った表情を浮かべ、上司である俺への言伝を正しく聞けなかった罪悪感の様な申し訳ない顔をした。

 「いや、聞き間違えじゃないだろう。その作家先生に心当たりがある。あの人なら言いかねない」

 そう返した俺の表情は穏やかな笑みを浮かべていたのだろう。営業部が凍りついた瞬間だった。

 俺は、それに気が付きそそくさとその場を退散した。

 退散したところで、今日の残りの仕事はデスクワークだけだ。席を外せば当然できる仕事などなく、仕方なく煙草を吸いに喫煙所に向かった。

 

 喫煙所に着くと先客がいた。高野だ。珍しい。以前はよくここで一服しながら、ソラ太の事や仕事のこと昔話なんかをよく駄弁って居たが、ここんところこの喫煙所に来ることがめっきり減っていた。多分小野寺の所為だろうな。あいつ煙草吸わないし。

 そう思いながら喫煙所の扉を開ける。それに高野が気づき『あっ』と声を上げる。俺はそれに、『よっ』と返す。

 「ここに居るって珍しいな。最近吸ってる所見てなかったから、止めたんだとばかり思ってた」

 率直に思っていたことを口にしてみた。

 「ま〜、やめようと思っていたわけじゃないんだが、なんとなくな、減ってるだけだ。家でもなんとなく吸わなくなってた」

 「良いことじゃね〜か。そのまま禁煙しちまえよ。百害あって一利なしだぞ」

 「ま〜な・・・。まさか止めるときが来るなんて思っても見なかったよ。いろんなことがあって、興味本位ストレス発散代わりに吸い始めたんだけど、吸い出すと何かしらの度に煙草口に咥えてたのにな」

 「ま、今はどこへ行っても昔みたいに自由には吸えなくなったしな」

 「昔は、吸わねえやつの方が肩身狭かったよな」

 そのセリフに俺と高野は笑った。昔を懐かしんでなのか、今の二人の形に対してなのか、時代に対してなのか分からなかったが、この笑いは友人との笑い話だ。俺はそれを有り難く思った。高野が俺の友人で良かったと。

 「あ、そうだ、小野寺から変な伝言ゲームみたいな伝言が来たが、例の先生はどうなんだ」

 「あ〜あ、Clover先生か。あの人すごいよな。小野寺もどこであんな逸材見つけて来たのか。一度先生と会わせろって言ってるんだけどな」

 「契約の時に会わなかったのか?」

 単純だが、ありえないだろう疑問を挟んだ。

 「その契約が問題なんだ。会社の顧問弁護士立ち会いで、小野寺だけで契約を交わしている。井坂さんが認めたらしいから問題はないんだろうが、未だにどんな人なのか分からん。そんな不安もあるから、どうしたもんか悩みでも有るんだがな・・・」

 「契約内容自体に不備はなかったんだろ? 弁護士がついてたんだ。問題有るわけねぇ」

 「ああ、契約自体、というよりうちに不利になる内容はまったくない。後半年ほどで契約見直し時期には来るが、期間以外こちらにとっては有利な内容だった」

 「なら、何が悩みなんだ?」

 営業と編集とでは問題になることも違うが、一冊の本を作るということにおいては、社全体が似たりよったりの問題を抱えていたりする。

 「いや、・・・。別に大したことじゃない。すまんな」

 俺はふと浮かんだ考えを口にしてみた。

 「小野寺と先生の関係か?」

 その問いに高野は驚いた表情をしていた。ビンゴだ。なるほどな・・・。

 「小野寺と上手く行ってないのか?」

 僅かに言葉に詰まるような顔をしていたが、すぐにいつもの顔になり、天井を見上げていた。

 「いや、上手くは行っていると思う。ただ、俺がな・・・。」

 「お前がどうした?」

 「・・・ん〜、なんていうか、距離感っていうのか、今一つあいつを分かってやれてないと言うか・・・」

 「壁・・・の様なものを感じるってところか?」

 「ああ、そんな感じだ。そんな中、男か女か分からん新人を連れてきた。連絡を取れるのはあいつだけ。どんな関係なんだ」

 「作家と担当編集者だろ?!」

 俺の答えなど高野の頭にはとっくに分かって居たことだろうが、気持ちがそれを拒否しているんだろう。要は恋仲の相手に実は別の・・・的な妄想をしているだけだ。くだらん。アホくさくなったので、高野に真実をぶちまけることにした。例の作家先生は小野寺に対しては色々と条件を押し付けたようだが、俺は何も言われてはいない。要は俺からバレル分には問題がないということなのだろう。あの作家なら考えそうなことだと思った。

 仕事も残ってる。定時に帰れる時に無駄に居残って残業などまっぴらだ。俺はさっさと高野に真実を打ち明けた。

 それを聞いた高野は驚いた顔をしていたが、こちらの知ったことではない。俺には俺の都合が有るんだ。知るか!

 「すまなかったな。小野寺のことだけじゃない。うちの作家まで。編集長の俺の役割なのに」

 「全くだ。今度奢れ。高いのな」

 その言葉に高野は笑って「了解」とだけ答えた。

 俺は長い一服を終えると、デスクに戻った。その時しまったと思ったが、まーいい。と割り切ることにした。件の先生様の事を小野寺に確認したかったんだが、帰りにでも寄ろうと、デスクに座って、再びPCと睨み合った。

 上司へ提出すべき書類をまとめ終え、上司の元へ持っていくが、やいのやいのとやり直しをさせられ、今日中に余裕で終わるだろうと思った企画書が未だ手を着けられていない。しょうがない、家でやるか。現在の時刻、17:53。残り7分では終わらない。俺はそそくさと片付けを始め、カバンを持ち、逸見に帰る旨を伝えた。

 「エメ編によったら、俺は帰る。なんかあったらいつもどおり携帯に連絡をくれ」

 「分かりました。お疲れさまです」

 「おお、お疲れ、お先」

 そう逸見に声をかけると、周りから「横澤さん珍しく定時ですか?」とか「お疲れさまです」なんて声をかけられた。

 俺はそれに軽く手を上げ返す。

 エレベーターの上層階行きのボタンを押す。

 エレベーターにのり、エメ編の有るフロアで降りる。

 エメ編のデスクを見ると、まだ全員仕事中だった。

 編集と営業とでは出社時間が違うから当然と言えば当然なのだが、その中から用事のあるやつを探す。

 そいつは、なんの書類と睨み合ってるのか分からんような顔で両手に持った書類を交互に目の前にやっていた。

 俺はそいつの元へ歩み寄ると、声をかけた。

 「おい」

 とだけ。

 その声に驚いたのか、椅子から落ちそうになりながら振り向いたその編集者は、俺の名を呼びながら、結局体勢を保てず椅子からずり落ちた。

 「何やってんだ。お前程度の所にさほど難しい案件なんか来ないだろう? まさか編集作業遅れてるんじゃないだろうな? また印刷所に迷惑かけんなよ!」

 「わ、分かってますよ。これはそれとは違います」

 そう言うと脚や穴を払いながら椅子を戻し、その椅子に腰掛けた。

 「あ〜、そうだ、例の先生様の件だが、高野に全部話したぞ。後、前からその先生様が行っていた少年誌への件、顔合わせくらいならなんとか段取り出来そうだと伝えてほしい。先生から返事があったら直接俺に知らせてくれ。細かいことはそれからだ」

 「あ、ありがとうございます。先生喜ぶと思います。・・・、あ、あの〜」

 「ん? なんだ?」

 「あ、いや、午前中の電話の件って」

 俺は小野寺が確認したがっているだろうことを予測できたので、予測のままの返答をしてやった。

 「ああ、聞き間違いじゃない。通じたよ。大丈夫だ」

 その答えを聞いて安心したのか、あからさまにホッと息を吐いていた。

 逸見と言い、小野寺と言いこいつら失礼すぎないか? 仮にも先輩や上司にあたる俺に対して。そう思ったが、顔には出さない。俺は、「用件はそれだけだ」と言い残し、その場を後にした。今日はとっとと帰りたい。

 久しぶりに帰る自宅だ。のんびりしたい。明日は朝から会議もない。午後に打ち合わせ一件と、夕方からの各雑誌とのそれぞれの会議が入ってるくらいた。明日は定時とはいかない。それぞれの編集長がまた無理難題を吹っ掛けてくるだろうことは予測できる。そうなれば必然的に会議は長引く。終電までには帰りたいものだが、妥協していては良いものは作れない。そう諦めている。だからこそ、早く帰れる日には帰ってのんびりしたいのだ。読みたい本も溜まってる。部屋の掃除もしたい。散らかってるわけではないが、ホコリは溜まってゆく。ここんところ外食ばかりだったから、家でメシを食いたい。誰が居るわけでもない。自分のためだけのメシだが、こう外食ばかり続くと、ほっとできるものが食いたくなる。そう思いながら、社を出て駅へと向かう。

 その途中で、朝別れて以来の人物と鉢合う。

 「おお〜横澤、帰りか?」

 会社からそれほど距離が離れているわけではない。なんせ最寄り駅に向かっている途中だ。俺は気を使いながら、返事を返す。

 「ええ、桐嶋さんは?」

 「俺は作家のところからの帰り」

 そう言った編集長は随分と疲れているようだった。今日は珍しいことに合う日だった。

 「随分と疲れているように見えますが・・・? 何かあったんですか?」

 「ん? ま〜な。何、特別なことじゃない。大丈夫だ」

 そう空元気のような表情を浮かべた相手を俺は心配せずには居られなかった。俺とひよの大切な人だ。

 そう思ったら、行動せずには居られなかった。

 俺はその人の真横に歩み寄り、耳打ちするような声で話した。

 「今日は自分の家へ帰る。ひよは林間学校で金曜の夕方にしか帰って来ないだろう。何か適当に作っておくから仕事終わったらきてくれ」

 じゃ、といいその場を立ち去ろうとしたときだった。

 なにかに体を掴まれた。何事かと一瞬パニックになるが、自分の右横にいる人物と胸辺りに有る腕で理解した。

 桐嶋さんに真横から抱きしめられていた。

 「なっ。何してるんだ、こんなところで」

 「ありがとな、本当はかなり凹んでたんだ。ちょっとしんどかったんだ。だから、ありがとな」

 この人がそんな事を言うなんて、相当だ。

 「とにかく、早く切り上げて来い、腹いっぱい好きなもん食えば少しは気も晴れる。あんたの好きなもの作っておくよ」

 俺はそういい、その人の腕を自分から離した。二の腕あたりを軽く叩き、手を上げて挨拶をして帰路に着く。

 桐嶋さんについて、会社まで戻ろうかとも思ったが、部下がいる前ではあの人は何も話さないだろう。そう思い家で待つことにした。別れ際、笑みはあったが、疲れた表情は消えては居なかった。

心配だ。そう思い、電車の中であれこれ考えてみるが、話を聞かないことには分からない。俺は近所のスーパーに寄って、桐嶋さんが好きな料理の食材を買って帰った。

 

 家へ帰り、買ったものを台所に置き、着替えを済ませて台所に戻る。

 さて、何から作ろうかと、買い物袋を漁る。

 桐嶋さんは好き嫌いなく比較的なんでも食べる。でも、特に好きなのは、ひよの作ったプリンと唐揚げ、野菜炒め、後丼ものなんかを食べている所をよく見る。ま、好物というより手軽なんだろうな。食べるのに時間が掛からないものばかりだ。

 俺は和食系の物を作ることにした。肉じゃが、筑前煮、揚出し豆腐、後目についた野菜を天麩羅にした。味噌汁も作る。米は炊き込みにしようかと思ったが、味が濃いものばかりだなと思ったので、白飯にした。

 作り終わったものから順に皿に移す。天麩羅を揚げ終えて時計に目をやる。20:03。

 「風呂でも沸かしておくか」

 独り言をつぶやき、風呂場へ向かう。

 浴槽を洗い、湯を沸かす。溜まれば知らせてくれる。そのまま風呂場を出る。

 20:38。編集は朝が遅い。従って終わり時間も遅い。しかし、桐嶋さんはひよのこともあるから、比較的出社は早い。俺たち営業が出社した1〜2時間後には確実に出社していることがほとんどだ。今日だって、ひよが林間学校ということで登校時間が早かった。学校を6時に出発するため家を5時半前には出た。同じマンションに住む友達の親が車で送ってくれるとのことで、ひよもそれに乗って学校へ行った。この時桐嶋さんはその同級生の親に礼を言っていたから、既に起きている。前日遅かったはずなのに、しっかりと父親として役目を果たしていた。良い親子だと思う。そんな事もあって、少し体調面が気になるが、比較的元気な人だ。それがあの落ち込みよう。俺はそんな事をぐるぐると考えていると、玄関のチャイムが鳴った。

 インターフォンに出る。

 「はい」

 「あ、俺」

 すぐ玄関に行き鍵を開ける。

 「鍵、渡してあるだろ。何で使わない」

 俺のそのセリフに桐嶋さんは少しバツの悪そうな顔をした。

 「いや、なんとなく」

 「とにかく入れ。 メシ温め直すから」

 ピーピーピー。

 その時、風呂場から音がなった。

 「風呂、先入るか?」

 靴をぬぎ、上がろうとしていた桐嶋さんに話す。

 「え、・・・あ〜、そうだな。悪いな」

 「いや、風呂入ってる間にメシの準備しとくよ。ゆっくりして来い。今日も朝早かっただろ?」

 俺のその問いに、桐嶋さんは微笑んだだけだった。

 俺はそのまま台所へ向かい、桐嶋さんは風呂場へ。

 天麩羅以外の料理をレンジに掛け温め直す。

 天麩羅だけは、温めた油にくぐらせた。二度揚げは好きじゃないが、レンジで温めてしんなりした天麩羅ほど不味いものはない。スーパーやコンビニでも天麩羅だけは買わないのはこれが理由だ。

 味噌汁も温め直し、テーブルに並べる。後は米をよそって完了だな。米をよそいに台所へ戻ろうとしていると、桐嶋さんが風呂から出てきた。髪をタオルで拭きながらテーブルの料理を見ている。

 「お、美味そう〜」

 「和食にしたんだが、中華の方が良かったか?」

 「いや、和食でいい。天麩羅美味そう。早く食おうぜ」

 そう言って椅子を引き、腰掛ける。

 俺は飯を二膳用意し、テーブルに着く。

 「「いただきます」」

 そう言って二人顔を見合わして笑った。

 「被ったな」

 桐嶋さんがそう言ってまた笑った。

 「言ってないで、食えよ」

 「ああ、いただくよ」

 そう言って天麩羅に箸を着けた。

 俺は味噌汁を飲んで、筑前煮に箸を着けた。筑前煮は肉じゃが様に買ってきた材料が余ったから作っただけだった。

 「肉じゃがに、筑前煮って作るのに時間かかっただろう?」

 「ん? いや、そんなに面倒じゃない。灰汁取りは専用の紙を使えばそう煩わしくないし、肉じゃがを作ろうと買った材料が余ったから作っただけなんだ。材料がほどんど同じだろ」

 俺は白飯を口に入れ、次に肉じゃがを食おうと箸をのばしていた。

 「ああ〜、確かに」

 そんな会話をしながら、互いに核心をつかない話題ばかりを話していた。そのせいか俺は思い出したように例の先生の話をした。

 「例の話、小野寺の方には先生から連絡があり次第、すぐに俺に伝えてくれって頼んでおいた。細かいことはそれからで大丈夫だよな?」

 そう話を振ると、桐嶋さんは一瞬曇った表情をした。

 「ああ、サンキューな。それで大丈夫だ。実際載せるかどうかは作品を見せてもらってからになるし、掲載時期も月間と週間では作業ペース変わるだろうしな。実際顔合わせて話しておきたい」

 そういいながら、桐嶋さんは味噌汁の椀を持つ。味噌汁を飲み、今度は肉じゃがを食べようとしていた。

 「分かった。高野のやつは未だに先生に会ったことないとか吐かしてたからな」

 箸で持っていた肉じゃがのじゃがいもを落としそうになりながら、慌ててそれを白飯の入った茶碗で受け止めていた。

 「え? 先生高野と会わずに掲載に至ってるってことか?」

 「ん〜、俺もその辺良く分かってないんだが、どうも弁護士立ち会いで小野寺だけで契約書は交わしているらしい。ありえんだろう!? エメ編も何やってるんだか」

 俺はそう話しながら、天麩羅を食べようと何から食べようか選んでいた。少し迷ってアスパラにした。塩をふりかけ口に入れる。

 「先生と編集、仲悪いのか?」

 アスパラがまだ口の中に居る。少しもぐもぐしてアスパラを飲み込んで答えた。

 「?・・・あ〜いや、そうじゃない。ん〜、ま、これは話しておいてもいいだろうな」

 「何だ?」

 「先生な、今高校生なんだ。今高3」

 「へぇ〜。それが?」

 そう相づちをうちながら桐嶋さんは味噌汁を飲み干していた。

 「その通ってる高校が問題なんだ」

 「だから、何が問題なんだ。アルバイトを禁じている高校でも、作家は別物だろう。認めるとかでなくても、黙認してくれることがほとんどだ」

 そういいながら、また天麩羅を食べようとしている。今度は大葉。

 「その黙認も無しだ。即退学」

 大葉を口に入れそうとした瞬間止めた。

 「?! どこの高校だ」

 大葉をつかんだままの箸は宙ぶらりん。大葉が所在無げに箸に掴まれているように見えた。

 「私立朱雀館高校」

 その名を言ったら桐嶋さんも黙った。

 私立朱雀館高校とは、超を超えるほどの名門校だ。確か卒業生は8割以上留学していたはず。国内の大学でもトップクラスの大学ばかりに進学する学校だ。それも医学部や法学部と言った学部ばかりだと聞いたことが有る。それもそのはず、そこら辺の子供が通う学校ではない。何代も続く政治家や法人のトップ、財閥系やそれらに匹敵するほどの家柄の子供だけが通う学校だ。アルバイトなど認められる訳がない。そもそもその必要もなければ、親も認めないだろう。

 「何者なんだ。そもそも、何で作家なんかやってる。そんな家の子供なら、将来決まっているだろう」

 大葉を小皿に乗せ、箸を置く。それから俺に視線を移した。

 桐嶋さんの言いたいことはなんとなく解る。

 要は、本気で漫画を書く気が有るのか?ということだろう。週間ジャプンの編集長になってそれなりになる桐嶋さんだ。中途半端な覚悟で作家をやればどんな未来が待っているか知っているからだろう。そんなのは作家のためにも雑誌のためにも良くない。だったら、端っからそんな作家の作品は掲載捺せ無ければ良い。そうすれば、顔合わせの時間も他のことに使える。

 俺は以前先生と会った時のことを正直に話した。ここで嘘や誤魔化しを言ってもしょうがない。先生の気持ちを話した。

 「俺が言えることはこれだけだ。そもそも一から十まで聞けるほど時間もなかったしな」

 「・・・そうか、分かった。顔合わせの時は十分時間をとる。なんなら、一日割いても良い。先生にもそのつもりで居てほしい」

 「分かった。なんなら今から小野寺に電話して伝えるか?」

 その振りに一瞬えっ?って顔をしたが、「そうだな」と俺から携帯を受け取った。

 登録された番号を呼び出し、コールする。

 「はい、小野寺です」

 数コールで出たようだ。

 「あ、桐嶋だけど、夜遅くに申し訳ないが、今良いか?」

 「!? え? 桐嶋さん? 桐嶋編集長〜?」

 相手のボリュームに驚いて、桐嶋さんは携帯を耳から少し離した。

 「ああ。横澤から電話借りてな、今、先生のことも聞いた。学校のことも」

 「あ、・・・・はい」

 「それでな、今度の顔合わせ出来れば十分に時間が取れる日にしてほしいんだ。こちらも一日空けるようにしておく。それを先生に伝えてほしいんだが、お願いできるかな?」

 「あ、それはもちろん。今学校全体で全国模試対策期間とかで、なんか特別なテスト期間みたいなんです。だからそれが終わればある程度融通はきくって言ってました」

 「そのテストが終わるのっていつくらいなんだ?」

 「確か、今月の3日から24日までで、その後3日間は自由登校になるって言ってました」

 桐嶋さんは小声で俺にカレンダーといい、俺はそれにしたかって部屋に貼ってあるカレンダーを壁から剥がし、桐嶋さんのもとに持っていった。

 「24日は月曜日か、その後3日間ってことは、木曜日までは時間が取れるってことかな?」

 「はい、自由登校なので、運動部以外の生徒は登校しないようです。みんな自宅で家庭教師付けて勉強したり、塾の時間増やしたりしてるらしくて、学校側もそれが分かっているので、清掃業者を呼んで大掛かりに校舎の一斉清掃を行っているのが慣例みたいです」

 「なるほどね、そうなるとその3日間ならこちらの都合を聞いてもらえると思っていいのか?」

 「はい、大丈夫です。火曜は編集長会議が入ってますよね?確か高野さんも一日いない予定になっていたはずなので」

 「ああ、だから水曜か木曜に時間を取って欲しいんだ」

 「分かりました。先生につたえます。ちなみにどちらの方がより都合がいいですか?」

 「そうだな、木曜のほうが有り難いかな」

 「分かりました。では、先生にはその様に伝えます。明日連絡入れておくので、2〜3日中には返事をお伝えできると思います」

 「分かった。夜遅くに申し訳なかった。高野にもよろしく伝えてくれ」

 「えっ?! えっ? え・・・・はい」

 電話を切ると、桐嶋さんは笑っていた。この人の悪い癖だな。人を茶化すようにからかうのは・・・。

 「全く、あんたその性格直したほうがいいだろう。流石に小野寺が可愛そうだ」

 「最後、本当に消えそうな声だった・・・」

 そう言ってまた笑っていた。

 俺は呆れ返って、途中だった飯に集中することにした。この時は心配して損をしたと思った。この人のあんな疲れた顔を見たのは初めてだったのに、そんなことも忘れて。

 二人して食事を済ませ、俺は食器を流し台に持っていく。

 「俺が洗っておくよ。そのくらいなら俺でもできる」

 桐嶋さんはそう言ったが、洗いながら割られては余計に面倒だとおもい、「いい、俺がやる」とぶっきらぼうに答えてしまった。なんのための食事だったのか・・・。

 「どうせ仕事持ち帰ってるんだろ? それ片付けたらどうだ」

 ふぅ〜、とちょっとふてくされたように息を吐き出すと、大人しくソファーに腰掛け、仕事をし始めた。

 俺は食器を洗い終わり、布巾で拭き棚に食器を片付ける。

 「俺、風呂入ってくるわ」

 そう桐嶋さんに声をかけると、桐嶋さんは片手を上げ返事をする。俺はそのまま風呂場に向かい、服を脱ぎ、シャワーを浴びる。こんなにのんびりとしたのは久しぶりだなと思いながら、髪を洗い、体を洗い冷めた湯に浸かるきにはなれす、追い焚きをするのも面倒だったので、シャワーだけで風呂を出た。

 髪をタオルで拭きながらリビングに行くと、桐嶋さんが書類から目線を俺に移した。

 「もう出たのか? 浸からなかったのか?」

 「ああ、追い焚きするのも面倒だったしな」

 そう言うと桐嶋さんは少し伏し目がちに申し訳無さそうに答えた。

 「気にすんな。あんたんところではちゃんと湯船に浸かってる」

 そう言うと、少し微笑んで「そうか」と答えた。

 その時の表情を見て、俺はやっと思い出した。

 「なぁ。きいていいか?」

 「ん? 何だ」

 「今日、どうしてあんな顔してた。話せないことが多いことも分かっている。あんたの立場じゃしょうがないことも。でも、今日の疲れ方は異常だ。何が有った?」

 そう、捲し立てるように問いただすと、また少し微笑んでいた。

 しばらく沈黙が続き、俺が諦めようとした頃、桐嶋さんがポツリと言った。

 「作家のクビを伝えてきたんだ」

 いつもは自信満々で、不遜な態度で、本当にムカつくことも多い人だけど、どうにもほっておけないのはこんな一面があるからなんだろうか? 見かけほどこの人はクールな人じゃない。いや、この人ほど差別なく人に優しい人はいないだろう。厳しさも愛情からだと伝わるから部下も作家もついてくる。

 「そんなひどい作家いたか?」

 「今のエメ編での作品を見ても解る。Clova先生の実力は落ちてない。そうなれば実際の作品を見てからとは言ったが、ここで作品をもぎ取れなければ、うちの雑誌にとってもマイナスだろう。顔合わせからの掲載日程合わせでは間に合わないと踏んだ。雑誌を守る編集長としての仕事だ」

 俺はなんて言えばいいのか分からなかった。ただ、引っかかるところは有った。

 「桐嶋さん、あんたClover先生を知ってるのか?」

 俺の疑問に、桐嶋さんは少し笑って「ああ」と答えた。

 「会ったことが有るわけじゃない。それこそ、高野のほうが知っているかもしれん」

 「?! どういうことだ?」

 当然の疑問だった。さっき話した中に、高野と先生は会っていない事を話している。

 「そうか、横澤は知らないんだな。Clover先生、何年か前にアースで書いてるんだよ。年齢は知らなかったから、当時を思うとちょっと脅威だよな」

 その桐嶋さんの返答に俺は驚きで言葉が出なかった。

 確かにアースで書いていたのなら、高野を知っていてもおかしくない。でも高野は知らないと言っていた。性別さえもわからないと・・・。どういうことだ?

 「高野は、先生のこと知らないと言っていた。嘘ではないと思う。男か女かもしらないと」

 俺の話に今度は桐嶋さんが少し驚いた様子だったが、冷静にそうなのか?とだけ返してきた。

 そこで会話は途切れた。

 桐嶋さんはそのまま書類に目を移し、俺は持ち帰った仕事をカバンから出した。

 そのまましばらく互いに無言のまま仕事に集中していたが、俺は企画書のチェックを終え、コーヒーでも飲もうかとその場を立つと、桐嶋さんが何かを訴えかけるように声を掛けてきた。

 「なぁ、横澤・・・」

 「ん? なんだよ。コーヒーでも入れようかと思ったんだが、あんたも飲むか?」

 と続けたが、それには答えずにそのまま俺を見ていた。

 その意味が分からず、俺は何なんだよっと続けたが、

 「いや、すまん。なんでもない」

と返ってきたその声で俺は要約理解できて、返すべき答えを返した。

 「なら、とっとと切り上げて早く寝ろよ。ここんところひよの準備やら仕事で忙しかっただろ。寝られる時に寝とけよ。今日はベッド譲ってやるから」

 この答えは正しかった様で、少しだけ嬉しそうに「分かった」と返ってきた。

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