OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
一〇〇レベル拠点NPCなんてのは中ボス相当の戦闘ユニットとして作るもので、それ以外の後方支援的用途に供するなら、最高でもレベル九十前後で充分――というのがユグドラシル的一般回答である。
そういう意味で、うちの一〇〇レベルNPCどもはかなり野心的な編成をしている。
まず純戦闘用ビルドが少ない。ヘスもミハネもモンスター生産・使役に特化したタイプだし、サラムやミリアベルはアイテム製作専業、戦闘
いちおう他にも戦闘可能な生産職とか、将来的には肉弾戦最強になる予定の奴とかもいるが、敵との直接戦闘は傭兵NPCや召喚トラップ、POPモンスター等に任せるのがうちの基本的な防衛戦略だった。
その戦略が可能にした多様な非戦闘員NPCのひとり。
ユグドラシル広しと言えど、
「ちーす。キーレンバッハいる?」
「へえ旦那、こちらにおます~」
揉み手をしながら笑顔で走り寄ってくる小太りのおっさん。グレーのスーツ、七三分けの髪、黒縁眼鏡にチョビヒゲと、どれを取っても
奴の名はキーレンバッハ。ここ第六臓区にて財務部門を統括する、一〇〇レベル商人系NPC。転移後はギルドの収支管理、金策全般、さらに現地経済への浸透プラン策定までも一手に担う陰のキーマンである。
親しみやすい風貌、物腰柔らかく表情はにこやか、そして何故か関西弁っぽい喋り。
「なんか問題とか収穫とかあったら聞こうかな~、と思って来ただけなんだけどね。最近どう? 拠点維持費とか大丈夫?」
「さすがマメでんな~旦那は。ワイらの『シング』は今日も収支プラスを維持、絶賛黒字経営中でっせ」
キーレンバッハの言う『シング』はうちのギルド拠点の愛称だ。正式名称は別にあるのだが、字面が仰々しいとか元ネタまんますぎてギミックがバレるとかで、ギルメンには愛称で呼ばれることの方が多かった。転移後は一部NPCもその慣例に倣っているらしい。
「ほんでまあ、まず収穫いうたら
関西弁のおっさんに先導されて応接室へ。
そこには先客がいた。来客用のソファに沈み込み、まったり茶をすすっていたのは一匹の白い猫。
こちらに気付いた猫はソファからぴょんと飛び降り、器用に二足で立ったまま駆け寄ってくる。
「うにゃ~~カレルレンさんじゃにゃいですか~! ごぶさたしてます~!」
そのまま飛びついてくる白猫。あたたかい、やわらかい、毛並みふわふわ。
なんでそんなもんが転移後の世界にいるのかといえば、これも俺がやってみたかった実験の一環だ。
公式NPCを異世界転移に
方法は単純。ふつう公式NPCは町やフィールドに定点配置されていて動かせないが、一部の
彼らは
むろん永遠に待たせておけるわけではなく、クエストごとの達成期限が過ぎれば時間切れメッセージとともに帰還してしまうし、クエスト自体も当然失敗に終わる。しかしこんな仕様は俺の実験にとってどうでもいい――重要な点その二、随行NPCの待機場所が拠点の外ではなく、入口とはいえ
敷地内なら最終日、サービス終了の瞬間、
そんなわけで俺はサービス最終日、達成期限が日を跨ぐように複数のクエストを掛け持ちで受注し、何人かの公式NPCを『シング』のエントランスに集めておいた。
結果は想定通り、巻き込み転移に成功。
ギルド製NPCと違って絶対服従してくれるわけでもない彼らとの
……いや本当、エセ関西弁おじさん連れて行ってよかった。公式NPCたち、基本的にはみんな戸惑いつつも友好的に接してくれたが、敵として本気出されたらマジで危ない奴も何人か混じってるからな。拠点の玄関先で
こうして異世界へ拉致してしまった公式NPC勢の中でも、ラステルミーカは最初から俺たちに、というより俺個人に謎の好感を表明していた。
話を聞くと、どうもユグドラシル時代にクエストの護衛対象として散々助けてやったことを覚えているらしい。俺以外にも大勢のプレイヤーが同じ依頼を受けていたはずなのだが、全員に恩義を感じていたりするのだろうか。それとも俺が受けたクエスト用に生成された
クエスト依頼者としてのラステルミーカは
とくに高レベルダンジョンを突破させられる第七回の難易度はあまりに鬼畜すぎ、攻略スレでは〝(猫が死ぬ音)〟なるスラングが呪詛めいて毎日連投されていたほど。当時のスレ住人たちはこれだけで会話できたという。
だから、俺がラステルミーカをこの世界へ引っ張ってきたのは、
護衛対象として連れ回していないときに話しかけることで利用できる、行商人NPCとしての
初期検証は転移後まもなく済んでおり、ゲームのときと変わらずラステルミーカの背負う小さな風呂敷がほとんど
主要品目は店売りのデータクリスタル、
当時その報告書を見たキーレンバッハが「殺ってもうて、風呂敷の中身ぜんぶいただきまひょか?」とゲス顔で邪悪な提案をしてきたので即却下した。やめろ馬鹿。ユグドラシルでそれをやった奴は何のドロップアイテムも手に入らなかったうえ、二度とラステルミーカのショップを利用できなくなるペナルティまで喰らって猫好きプレイヤー勢から「ざまぁwww」と嗤われていた。ショップNPCを殺そうと洗脳しようと商品を奪うことはできない。これはベテランプレイヤーなら知っていて当然の常識である。
真っ当な雇用条件でうちのギルドのお抱え商人として働いてもらう、という方向性で交渉を指示していたのが前回までのお話。察するに今回「契約がまとまりそう」ってのはそのことだろう。
「キーレンバッハさんとのすり合わせの結果、当面ミーはこちらのギルドと、その庇護下にある国でのみ商売させていただくこととにゃりました!
……ホントは、駆け出しのころから
「旦那から『不当な搾取は厳禁』いうて、釘刺されとりましたからなァ」
俺に抱き上げられた腕の中、ラステルミーカが乙女チックな動作でもじもじしている。これが猫耳と尻尾つけただけの典型的微ケモ美少女だったら何らかのペロロンチーノ的攻略フラグを幻視するところだが、あいにく彼女は妙齢の女性とはいえ直立二足歩行の猫。猫そのもの。潤んだ瞳から熱いハートマークを飛ばされても「なんかネコチャンに懐かれとるな~」ぐらいの微笑ましい感想しか出てこない。すまんの。
ともあれ、これでユグドラシル製アイテムの継続的入手ルートがもう一本確保された。
ラステルミーカの在庫がなくなりそうなら仕入れについて検討する必要はあるが、俺はそもそも彼女のショップが品切れになることなど本当にあるのか疑わしいと思っている。なにしろゲームでは、金貨さえ払えば品物は際限なく風呂敷から出てきた。次元を超越した
プレイヤーのアイテムボックスと比べても明らかに性能が段違いのあの風呂敷、マジックアイテムらしいことだけは確かなのだが、実は公開された設定が何もないためサ終まで正体不明のままだったりする。攻略スレ住人のつけた綽名は「四次元ふろしき」、派生して本体も「未来の世界のネコ型自販機」などと呼ばれた。しかし俺は一言モノ申したい――もう未来じゃねーよ。某ネコ型ロボットの誕生日は二一一二年、ユグドラシルのリリースは二一二六年。ド○えもんは失われた未来の彼方へ去って、二度とあの汚れた二十二世紀には戻らないんだ。かなしいね。
ソファでごろにゃんと昼寝に入ってしまいそうだったラステルミーカを、配下に預けて彼女のための客室へ返し、俺はもうしばらくキーレンバッハと話した。
「現地への影響力を浸透せしめるっちゅー旦那の方針ですけん、いまんとこ三つのアプローチで考えとります。それぞれ
「ん、見るよ。…………なんじゃこりゃあ」
三大プロジェクト――
「えげつねぇ計画ばっか立ててんな。そんだけ売り物にできるネタが多いってことだが」
キーレンバッハが他の部門統括とも打ち合わせて策定したという三つのプランは、それぞれ単体でも世界を牛耳れそうな権力掌握プロセスであり、三つ揃って噛み合うことで軍事・経済・医療の支配構造を相補的にハードロックする悪辣きわまりない
「コレが完成した暁には、ほんまに悪いことしよ
ウェッヘッヘ、とまたゲス顔でろくでもないことを使嗾してくるキーレンバッハ。俺はいちおう釘を刺しておくことにする。
「別に悪用したいわけじゃねえけどな??? ていうか、こいつはギルドの指針に従って運営されるべきもんだろ。私欲のために使おうとする奴がいるなら、たとえそれが
まあ存在自体が邪悪なシステムと言っちまえばそれまでだけど、俺はもともと〝正義の味方〟になろうとか思ってないし……」
某魔導国と違い、俺は現在建設中の国を使って公然と世界征服に乗り出すつもりはない。
この世界におけるうちのギルドの基本的な性質は
ほんとに俺はなんであんな目標設定をしてしまったのだろうか。誰がどう見ても、わざわざ無理ゲーに挑んで爆死しようとしている馬鹿なプレイヤーだ。身の丈に合ったクリア条件で満足しとけばよかったのに。
でも仕方ない。たぶん俺は、過去に戻れたとしても、何度でもこの道を選んでしまう。
とにかく――ギルドや拠点を公の存在にするという選択肢はなし。
しかし問題が起きれば対処できなくてはいけないのだから、公的な支配者でなくとも、現地に手広く
そんな俺の無茶振りが、キーレンバッハの気宇壮大な計画に結実した。われら君臨せず、統治せず、然れども
「あ、これ神殿勢力を蘇生利権で餌付けすんのは誰の仕事? せっかくサティアが法国を乗っ取りにかかってるんだから、西の方はあいつに任せればいいと思うんだけど」
「それがようござんしょな。そう
東の方は、なーんや胡散臭い
企画書を見ながらいろいろ突っ込んだり提案したりしてみたものの、俺が思いつく程度のことは如才なくカバーされていて特に改善すべき点もなかった。去り際にポンと承認印
といっても百年単位の長期計画なので、これも今すぐ大きな変化を起こすような代物ではない。当面は将来へ向けた地道な仕込み作業が続くことになる。秘密結社の仕事なんて案外そんなもんである。
さてどうなるかね異世界。
情報面でのアドバンテージを活かすなら、判明している〝正史〟からの逸脱を必要最小限に留めておくのが、おそらく最も無難で賢い。少なくとも原作開始時点までの間は。でも俺たちは既にいろいろ手を入れているし、今後も入れていく。もとより間接的影響の発生は避けられないのだ。
あとは変化をどこまで許容するか。原作の記憶を定期的に点検しつつ、重要人物やイベントとの関わり方を考えていく必要があるだろう。法国なんかまるで別物に改造されそうだし。
大体いくら原作知識とユグドラシルの二重チートがあろうと、歴史の全てを思い通りにコントロールしようなんて神の真似事が凡人の俺にできるわけはない。正直どっかで運命のダイスが荒れて、変なオリチャーに突っ込まされる可能性の方がよほど高いんじゃないかという気もする。
まあそうなったらそんときだ。人は