OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
医療巡礼団はスレイン法国から諸外国へ派遣される神官団であり、その任務は大きく分けて二つ。
信仰系魔法の使い手が不足している地域を巡る移動病院としての機能と、六大神教の布教だ。
制度が運用され始めてからこの時点で数十年を経過し、活動範囲は大陸北西部の人間種国家群の外にも広がり始めていた。人造ダンジョン第一号の影響を測る実験台となってもらった小国にも、巡礼団が訪れたところで不思議はない。
医療巡礼団を受け入れるということは、すなわち彼らの布教活動を容認するということでもある。大抵の場所には既存の信仰があり、神殿や寺社があり、つまり外から新しい宗教が手を伸ばしてくるのを歓迎したりはしない。件の小国も初めはそうだった。
だがこのときばかりは、ダンジョンバブルの裏で深刻化しつつある二つの大問題のうち、医療崩壊だけでもなんとかしようと国が苦汁を呑んだ。在来神殿勢力の反対を押し切って、法国の医療巡礼団を招き入れることを決めたのだ。
結果、問題は
百人単位の巡礼団は大半が第二位階以上の術者で構成されており、この世界の水準ではあり得ないくらい潤沢に魔力を行使することができた。もともと第一位階の駆け出しヒーラーしかいない町や、そもそも神殿も癒者も置かれていない村落が珍しくなかった国である。法国式の先進的な魔法学と
おまけに――治安が悪化して夜もおちおち出歩けないという住民の不安の声に応え、報酬が出るわけでもないのにローテーションを組んで、彼らは街の
巡礼団の神官たちはみんな勤勉なので修業を欠かさず、平均レベルもそれなりに高い。加えて本国から護衛として引き連れてきた『
ならばと賄賂やハニトラで懐柔を試みても、聖職者マインドをしっかりキメた神官たちは腐敗も堕落も寄せ付けない。彼らの自我は本国で研修済みなのだ。宗教って怖いね。
治安の改善は劇的なものとなり、その運動はダンジョン前の拠点街から全国へ広がっていった。
国外から来た異教徒たちが事実上の自警団を勝手に組織して、本来は当事国の軍なり警察なりが果たすべき治安維持機能を引き取ってしまうという異常事態。だが当時の軍部はダンジョンに兵を送り込んで金と力を稼ぐことばかり考え、民の生活を顧みていなかった。
裏を返せば、そこに付け込む余地があったとも言える。公権力が守ってくれないとなれば、多少怪しくても強くて親切で実際頼れる医療巡礼団が、民衆の支持を得るようになるのは必定。
小国がようやく軍の機能不全ぶりを問題視する頃には、すっかり法国の神官たちが人心を掌握してしまっていて、彼らがフリーハンドで地道に続けた布教活動の成果も国内各地で根を張りつつあった。
聖職者たちが三百年積み上げてきた神学的議論と、リアルから持ち込まれた強力な思想の数々によってアップデートされ、洗練を重ね続けた六大神教の浸透力は今や凄まじい。そのへんの木っ端宗教なんかでは太刀打ちできないくらい、
事態をコントロールできなかった国の方でも、国民の支持を集めているうえに法国がバックについた医療巡礼団を、事ここに至ってから追い出す度胸は無かった。
布教活動は止められず、もはや信仰基盤が塗り替わる未来は避けようもない。ならば法国が掲げる『人類』への参画を、進んで受け入れてゆく前提で政策を考えよう――という現実的判断に舵を切ったのだ。
そもそもダンジョンによる好景気は隠しきれるもんではなく、周辺諸国にも伝わり始めていた。これまで特別な魅力が無いからこそ緩衝地帯として侵略を免れてきた小国に、いずれ
そうなる前に、西の宗教大国として影響力を広げつつある法国の傘下に自ら入っておく――というのは、生存戦略として採り得る選択肢の一つではあるだろう。
国の保護を期待していたところ、ある意味で見捨てられたような形になった在来の神殿は爾後、あくまで平和裏にではあるが六大神教へ吸収同化されていくことになる。
この過程にもキリスト教が土着宗教を取り込んでいった歴史とか、二十二世紀まで積み上げられたシンクレティズム研究の文献とかが色々活かされているらしい。もちろん考えたのは俺じゃなくサティアたち宗教部門であり、ダンジョンと医療巡礼団を相補的に活用した『人類』文明圏の拡大手法として、結果的に最良のモデルケースとなったんだそうな。
お約束めいてエルスワイズは「我が君はこの展開も当然すべて読み切っておられたのだ……!」とか言ってたけど当然そんなわけはない。はいはいさすカレさすカレ。
ていうかやってることはダンジョン生やして経済と治安を大荒れさせてカルト宗教の尖兵を送り込んでと、見事なまでのマッチポンプによる国家ジャックなんだがいいんですかねそれは。憤怒くん派遣してヤルダバオトごっこやらせるよりはマシかもしれんけどよお。
ともあれ第一回ダンジョン運営実験で得られたデータをもとに、それから『
もともと中途半端にクソゲー要素が混ざり、いろいろと『人類』には過酷な環境設定になってしまっていたのがこの世界である。だったらいっそ、
基本的に同じダンジョンは二つと作らず、ギミックやPOPモンスターのレベル帯、獲得できる財宝の種類など、様々に条件を変えることで毎度新たなデータが取れるようにしている。
入口がランダムで位置を変える〈
急に〝発見〟され始めたこれらのダンジョンは、現地人の目から見ても、それまで知られていた「洞窟や遺跡にモンスターが住み着いただけ」の自然形成型ダンジョンとは明らかに一線を画していた。
なにしろモンスターは無限に湧いてくる。財宝やマジックアイテムも勝手に配置される。人を呼び込み戦わせること自体が目的であるかのような、不可解な機能性が見て取れる。
こうしたダンジョンは、現地の研究者たちの間では〝神造ダンジョン〟なる分類名で呼ばれるようになり、やがてこの呼称は一般にも普及していく。
ついでに法国でも、神学者たちがこの現象にしれっと宗教的解釈を付けている。
いわく神造ダンジョンはかつて神々の世界に存在した迷宮だとか、勇者に試練と報酬を与える巨大な祝福装置なのだとか云々。まあ要するに邪悪なものだったり凶兆だったりはしないから上手く利用していけばいいよ、というさりげない誘導。
サティアの入れ知恵で定められたこの解釈は、神造ダンジョンなる未知の因子に対する『人類』社会の疑念と警戒を和らげつつ、後の世に法国が主導となって〝
で、数を増やしてみると他にも集まってくるデータがある。
当然の帰結というべきか、
エルスワイズ曰く、これもダンジョン運営の重要な利点の一つで――やっぱり俺は最初から知っていたことにされた――社会を不安定化させる因子である〝個の強者〟を、ダンジョンという生産装置によって経済サイクルの中に組み込み、平時においても一定の居場所を与えることができるという。
わからん話でもない。暴力の出番など無い方がいいのはおおよそどんな社会どんな文明でも共通だと思うが、そうなると強さが取り柄の連中はどうやって生きればいいのかという話になる。
軍人になったり爵位を得たりで、安定した収入や地位を得て落ち着けるならいい。だがそういう生き方が徹底的に向かない連中もいる。たとえば強ければ強いほど稼いで成り上がれる環境を求める、上昇志向の強い奴ら。あるいはどこにも属さず自由に生きたい風来坊タイプ。
むろん戦争がなくても犯罪者やモンスターの脅威は常にあるわけだが、それらと戦うのは
稼ぎが不安定だから生き方が刹那的になるし、身を持ち崩して盗賊や犯罪組織の武力要員に成り下がったりもする。そんな連中も往々にしてレベルだけは上がりやすいから、一般市民にとっては知性を持った猛獣並みの脅威になってしまう。
いずれはもっと強い誰かに、あるいは集団の力に狩られて終わるのが大半だろうが……そもそも武力を真っ当な稼ぎに変換できる当てがあれば、彼らはそんな境遇に堕ちていないわけで。
神造ダンジョンはそうした意味で、〝強者のセーフティネット〟として機能することを期待されてもいるのだと、エルスワイズは言っていた。ヤクザの用心棒やるより有名ダンジョン攻略者やってるほうが稼げるし名声も高まるよ、という健全な社会的ポジションへの導線。ほんとにあいつらはなんでこれを俺が考え付いたと思ってるんだろうね。謎。
で、集まってくる各地の強者たちの情報は、いったん諜報部門の方に回される。
ギルドの計画に利用できるか、『人類』にとって有益な因子となり得るかなどを評価されたうえで、捨て置くか何らかの介入を行うかが決定されるわけだ。
この場合、ダンジョンは人材の選別装置として働く。
たとえば『人類』にとってきわめて有害な人物と認定されれば、そいつはダンジョン内で
逆に『人類』の発展・拡大に寄与すると思われる人物――必ずしもカルマ値が善とは限らない――については、ダンジョン運営からのささやかな贔屓が行われていたりする。ドロップアイテムがちょっと良いものになったり、モンスターが仲間になりたそうな目で見つめてきたり、ダンジョン内で死んだと思ったら奇跡的に生き延びていたり(なお本当は死んでから蘇生されているパターンも存在する)。
変わり種では『もちもち道場』と呼ばれる隠しエリアに飛ばされ、ダンジョンマスターを名乗る謎の幼女スライムにカラテを鍛えられるなんて珍イベントもある。
これは時々メイラスに『量器の魔眼』込みでこっそり各地を視察してもらって、将来有望な才能の持ち主をピックアップし、あの手この手でダンジョンへ誘い込んでパワーレベリング(強制)するという人材発掘プロジェクト……とは名ばかりの人体実験の一環である。
経験値効率や
ここから本物の英雄が生まれることもあれば、闇堕ちして独裁者になっちゃった奴も、幼女スライムを信仰する謎の宗教を創始した奴もいる。才能の発露の仕方も千差万別ってことだ。
ちなみにあんまりヤバい方向に行った奴はダンジョン内で
ちょっと面白かったのが、道場で自分を鍛えたシズクのあまりの強さに「あれは世に知られていない
こいつは現地人の
ダンジョンで行方不明になって数日後。『もちもち道場』から生還し、十レベル以上の急成長を遂げた彼は、ダンジョン攻略者たちの集う酒場で熱弁を振るった。
「だからよ……! あの
「
同族の友人が揶揄すると、生還者はむしろ得意げに己の伝承知識を披露し始める。
「へっ、知らねぇのか? 昔は竜種以外にも、力ある
それにな、里の氏族長から聞いた話だと……竜種の
「話が長ェんだよォ~~~! じゃあテメェが遭ったその
「…………もちもち?」
「アァ!? もちもち……だと!?」
「お……お前、変なクスリでもやってるのか」
「いやっ聞いてほしいんだ、そいつは触れると危険なほどにもちもちしていてね……」
ろくろを回す
「そんな馬鹿な……いや、でもあいつが急に強くなったのは本当だし……」
「いるのか……?」「実在する……のか」
「もちもち……」
「もちもちした……
「もちもちの…………竜王!」
そういうわけで、大陸某所のダンジョン拠点街から、奇妙な噂が流れ始めた。
神造ダンジョンを運営し、『人類』に試練を与える、旧き
星空を呑んだように黒く艶やかなその
代わってそれは称号で呼ばれる。
遭遇し、生還した者曰く――〝もちもちの竜王〟と。
ちなみに後でツアーにこの話を聞かせてやったところ、「いや(そんな竜王)いないが??????」とマジレスされた。うんうんそうだね。知ってた。
[memo]
↓本編にねじ込むと文章が野暮ったくなるのでカットした周辺設定などのまとめ。
■ある意味で見捨てられたような形になった在来の神殿
・医療巡礼団を受け入れる以前、ラデ伯国(実験台にされた小国)には土地神信仰、祖霊信仰、山岳信仰、竜王信仰などが混在していた。
統一された国家宗教というものはなく、それゆえ法国の布教に各々の宗派で反発を示しつつも、団結して締め出しにかかるような運動は起こせなかった背景がある。
■医療巡礼団
・従属神サティアらの差配により造り替えられたスレイン法国が、各地へ送り出すようになった神官団。主に僻地や魔法後進国など、信仰系魔法の使い手が少ない地域を巡り、治癒と布教を行う。
・共通戦略として、彼らは初めに布教から入らない。巡礼団の治療は六大神教の信徒でなくとも受けることができ、あくまで「神殿の資本で運営される移動病院」といった体裁の、広く開かれた運営形態をとる。(信徒であれば診療費に大幅な割引が適用されるが、これは定期的に寄進の形で集金していればこそ可能な負担の分散であり、事実上の医療保険が既に機能しているとも解釈可能)
・神官たちは主に医者として、現地の状況次第では夜警や紛争の調停役も努めつつ、住民の認識が「外国の宗教」から「良き隣人」に置き換わるまで地域への浸透を進める。
医療巡礼団が生活インフラの一部になってしまえば、住民にとって六大神教への改宗は「多大な勇気を要する人生の転機」ではなく、生活習慣の延長に過ぎないものとなる。まずは懐に入って信頼を形成することから始める、という彼らの手管はきわめて洗練されたものである。
・運営側の法国および『
カレルレンらにとって六大神教の布教とは「失敗してもいい〝表向きの目的〟」であり、その過程で『人類』という共同体意識を伝播させることこそが真の目的と言える。
■神造ダンジョン
・法暦200年代後期から、大陸各地で相次いで〝発見〟されるようになった特異な人工構造物。
外見だけ見れば塔や地下迷宮、古代遺跡など様々で、基本的には「モンスターが一定数まで無限に再出現する」「ユグドラシル金貨をはじめとする財宝や、マジックアイテムがランダムに配置される」などの共通仕様を持つ。
・その正体は超自然現象ではなく、DMMO-RPG『
・建造・運営目的は単なる遊園地や狩場の設置ではなく、余剰戦力の運用、現地経済への介入、人材の育成と間引き、強者の情報収集など多岐にわたる。
この時点ではまだ顕在化していない機能も多く、長期的影響を視野に入れて設計されている。プロジェクト自体はカレルレンの思い付きから始まったものだが、これが始動したということは『
■もちもち道場
・各神造ダンジョンに一体ずつ配置されている、ダンジョンマスター役のシズク分体が控える隠しエリア。
広大な畳張りの和風フロアであり、壁には「三食バランスよく食べる」「早寝早起き」「適度な運動」などのパワーワードを書き殴った暗黒ショドー掛け軸が並ぶ。
・主に『人類』にとって有益と思われるダンジョン挑戦者を引っ張り込み、(半ば強制的に)弟子入りさせ、現地人の各種データ収集も兼ねたパワーレベリングに付き合わせるための空間。
シズクが直々に入門者の資質を見極め、適性に見合ったビルドでの成長を導いてくれるため、自然に経験を積んでレベルアップするよりも高効率で強くなれる。
反面、その人物が本来のライフパスで獲得するはずだったレベルの枠は埋められてしまうので、必ずしも当人にとって〝最良〟のビルドになるとは限らない。良くも悪くも人体実験である。
・この実験からは「ユグドラシルの制限を無視した上級クラス獲得方法」や、「現地独自クラスの存在、およびレベル獲得条件」など、多数の研究に有意なデータが得られている。
・まれに幼女スライムのもちもちした仏性(物性)に中てられて何らかの悟りを得るに至り、出家してしまう門弟もいる。おそらくシズクが