OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
推定プレイヤーの謎めいた錬金術師・ガテンバーグ卿の追跡は、トリエと諜報部門に任せてある。
ダンジョン運営も財務部門と宗教部門でだいたい回せているので、特に俺の出番はない。
そういうわけで今日は、久々に『
お忍びでぶらつくだけなので、女王陛下や宰相閣下をわざわざガイドとして呼びつけたりはしない。
むしろ今回は俺が
「大したものだな……
白金の鎧が、階段状に聳える本棚の壁を見上げて言う。
本来は読書の習慣など持たないであろう種族のツアーが、
「大部分はな。でも国内で書かれた本も増えてきてるよ。
いまの蔵書数は三百万冊くらいだったかな……巻物とか石板とかも含めると、もっと増えるけど」
そこは書架の立体迷宮とも呼ぶべき広大な木造建築。『
外界で買い集め、貰い受け、あるいは戦火や天災で失われるはずだったところを保護名目でかっぱらってきた無数の書物たち。それらが集積され、修復や写本の作成が行われ、一般客にも公開されている。貸し出しはまだやっていないが、館内での閲覧は自由だ。
「何のために、これほど大掛かりな施設を? ……ほとんど読まれない本が大半ではないか、と思うのだが」
これはツアー自身の疑問というより、俺たちのスタンスについての問いだろう。
ガイドとしてモブ顔
考えながら、口に出していく。
「まあね。一般客はまだそんなに多くないし、資料として使われるのも必要が生じたときだけだ。どっちかというと、
歴史は場所や時代の権力によって都合よく捻じ曲げられるもんだし、思想や芸術も簡単に焚書されたり検閲されたりするだろ? そうでなくても適切な保管方法が取られなかったり、災害に巻き込まれたりするだけで消えちまう情報がいくらでもある。
そういう失われがちな史料やら文化財やらを集めて、〈
この図書館は、俺たち『
図書館の他にも、主に絵画や彫刻といった美術品を収蔵する美術館や、歴史的・考古学的な価値ある物品を保管する歴史博物館、自然科学や非魔法技術の資料および実物を展示する科学館などが運営されている。
ファンタジー世界特有の変わり種でいうと、マジックアイテムや魔法生物の標本を集めた呪物館なんてのもある。名前が恐ろしげなのは実際危険なものが多いからだ。
「……かつて、似たようなことをやろうとした者がいる」
ツアーの声が陰りを帯びたような気がして、俺は白金の鎧に目を向ける。
「彼は〝文化の保護〟を謳い、書物や財宝、マジックアイテムなどを集めて回った。だが、そのやり方は……穏健には程遠い、虐殺と略奪だった」
百年前より少し造形が細かくなり、性能も向上した〝
表情を変えない兜の奥で、そこに竜王の意が通う証である双眸の光だけが、ゆっくりと蒼く明滅している。
「『奢侈王』か。確かに伝承を見る限り、八欲王の中でもヤバい方だったみたいだな」
歴史研究のさらなる進展により、八欲王についても明らかになってきたことは多い。
たとえば名前が変形していてしばらく気付かなかったが、逸話から能力を推測するに、『奢侈王』エクゥムの正体は〝
「で、俺たちが『奢侈王』みたいに持ち主を殺して、本やお宝を奪ってるんじゃないかって?」
「お前たちはやらないだろう。やるとしても、あの者のように目立つことはしない。
ただ、外界から自由に訪問できないこの国で、集めて抱え込むだけではただの独占になる。この膨大な知の集積を、何らかの形で外の世界に還元することができないものか……と、思っただけだ」
ごく自然に信頼を示されたような気がするが、特に温かみのある声を出すでもなく、淡々と事実を述べるようにツアーは言う。監視者であり裁定者、という立場をきっちり守った物言いだ。
それだけに公正な評価を得られたという気がして、俺は却って嬉しい。
「外から来館可能にする方法はあるんだけど、セキュリティの問題がねえ……ま、いろんなルートで写本やレプリカを放出してるから、当座はそれで勘弁してもらいたいね」
回収した外界のアイテムをもとにこの国で作られた複製品は、法国経由で市場に流したり、ダンジョンのドロップトレジャーとして現地人に〝発見〟させたりしている。
「私がすぐに思いつく程度のことは、考慮済みというわけか……流石の周到さだな」
「部下が頭いい連中だからね」
満足したのか、興味を失ったのか。かしゃりと小さく頷いて、白金鎧が歩き出す。
そろそろ百年の付き合いになることもあり、ツアーは俺たちを昔ほど露骨には警戒しなくなったように思える。もしかすると気を張るだけ無駄だと思われたのかもしれないが、この分だと全面敵対ルートに行く確率は低いと見てよさそうか。
とはいえこれはゴールでもなんでもない。この世界の思いがけない広さと深さに、日々新たな課題を見出している組織の長としては、
図書館からそれほど離れていない場所に、学校がある。
こちらも木造ながら、建物の外観や工法は俺の目から見ても清潔感のある、有機的かつモダンなもの。外から見ると〝重厚なる叡智の要塞〟といった風情だった第一国立図書館とは、デザインラインがまた違っている。
リアルの技術とこの世界の建築様式を融合させ、エルフツリーの改良種を木材に使って建てられた〝生ける校舎〟である――とはヘスの弁。自信満々の生物部門統括NPCがいったい何を仕込んだものかは怖くて訊く気にならなかったが、生徒の声を拾う限り、
正式名称はミスティラント王立魔法学院。魔法学院と言いつつ、普通に魔法以外も教える。
科目や学部学科があれもこれもと、後付けでどんどん増設されていった結果である。多方面から人材を集めたら色々できるようになってしまったという面もある。最初は魔法学の総合研究機関みたいな位置づけだったんだけどねぇ……。
自分自身と、護衛のシズクを経由して鎧ツアーにも〈
足音も立たず、声も出ない状態になっているので、会話は互いに
「あれが教室か。生徒を集め、講師が知識の伝達を行うための場というわけだな。
……生徒の種族にばらつきがあるのは良いとして、教師が
「バネジエリ先生はあれでけっこう真面目に教職やってくれてるからね。右側の頭と腕二本で板書しながら、左側の頭と腕二本で教科書広げて講義を続ける、とかいう器用なこともできるらしいよ」
こっそり覗いた最初の教室では位階魔法学の授業中。双頭四腕という異形のナイトリッチ、バネジエリ・アンシャス
地味に原作キャラであり、ミハネが引っ張り込んだ〝深淵なる軀〟の内陣メンバーでも最古参のリーダー格だという。
研究を支援する代わりに学校で教鞭を執ってもらう、とミハネが言ってきた時は大丈夫かと思いもしたが、意外と子供たちからの受けは悪くないらしい。この国の子供が怖いもの知らずに育ちすぎなだけともいう。まあ日常風景の中に
「教科書の二十一ページを参照せよ。俗に召喚魔法と呼ばれるものは、位階魔法の八分野における
授業内容を聴いてみると、バネジエリ先生が何やら意外とレベルの高い話をしている。
人間種以外の年齢層は見ただけだとよくわからないが、たぶん初等部(小学校相当)の授業だろう。高学年とはいえそんな細かい副分類までテストに出んの? 生徒たち付いていけるか?
などと心配する俺をよそに、何人かの生徒が元気よく手を挙げている。さすがに全員が解るという水準ではないらしい。
「うむ。ではエルミオーネ、回答せよ」
名前を呼ばれたらしい
「はい先生! 簡単に言えば、
「よろしい。よく勉強している」
周りの生徒たちからも一目置かれてる感じなので、エルミオーネちゃん(仮)は優等生かつコミュ力も低くないのだろう。考えてみれば、人間でいう十歳前後に見えるわけだから、
バネジエリ先生の授業が普通に面白そうだったので、俺としてはこのまましばらく覗いていてもよかったのだが――ツアーの鎧がふらりと廊下の先へ歩き出してしまう。
後を追うと、いくつか先の教室で歴史の授業が行われているところだった。
……いや名目上は授業のはずなのだが、どうも子供たちが先生を囲んで雑談しているようにしか見えない。
「ねーねートリシュ先生。うちの爺様から聞いたんだけど、浮遊大陸ってホントにあるの?」
「うん? ふうむ……わたしの知る限り、この星の空に大陸は飛んでいないが……そうした伝承の
「すげー! じゃあさ、砂漠の真ん中にお城が浮いてるって話もホントなの?」
「ああ、そちらは明確にモデルとなった都市があるね。いまも人が住んでいるはずだ」
うわなんかすっげえ情報量の多い話してる。
そしてそれを語るのは、様々な種族の子供にまとわりつかれて半分埋もれている白髪ロングの美女。
もともと異種族の知識を吸収したり、それをまた他人に教えたりするのが好きだった先生は、今や本当に学校の先生でもある。創立当時からの名物女教師として、かれこれ数世代にわたり多くの男子生徒たちを(たまに女子生徒も)魅了しているという。
時々ふらりと出かけて数ヶ月とか数年とか戻ってこなかったりするが、それ以外はすっかり『
んでもって、そういう生活に落ち着いているのはトリシュだけでなく――
「お~? カレルレンはんに、ツアーの人形やん。何しとるん?」
完全不可知化しているはずの俺たちに、手を振り振り呼びかけてきたのは、こちらも人化形態のマハナこと〝
人としての姿は『
大型種族も通う学校なので廊下が広く作られているとはいえ、さすがに成竜が歩いて通れるほどの空間はない。
マハナが乗っている個体は顔つきも丸っこく、体躯も竜にしては小さかった。小さいと言っても頭から尾までは数メートルあるのだが、このサイズならまだ
しかも竜の子は一頭ではなく、後ろにもう一回り小さい個体が二頭続いている。片方はマハナと同じ翠玉の鱗、もう片方は誰かさんとよく似た白金の鱗。
ぶっちゃけると俺はもうこいつらのことを知っている。三兄妹であることや、それぞれの年齢、性別、名前、性格まで。当たり前だ。
それはそれとしてインパクトのある絵面だったので、
「うぁぁぁ り……竜が廊下を練り歩いてる」
「なに驚いとんねん? うちの仔ら、ここの生徒やで。ちゅーかあんたも
「アッハイ」
それはそう。まあ子供が通ってるなら保護者が来校しててもおかしくはない……か?
学校通いの仔竜たちが、俺とツアーのいるあたりをじろじろ見てくる。
「母さん、カレルレンさんの声が聞こえるよ。見えないけど……そこにいるの?」
「もやもやのおじさん?」
「たまに光ってる人?」
「せやでー。ついでに
隣でばつの悪そうな沈黙を守っている鎧を、肘で小突く。
「おい
「我々竜族の
「あ~ん? あんたは人っ子の家族観にだいぶ影響受けとる方やろ、ツアー?」
いかにも苦しい説明で言い抜けようとして、即座に
「父さんがそこにいるんだって」
「ほんと~? 父ちゃん遊んで~」
「お仕事の邪魔しちゃ悪いよ。お父さん、地元じゃ
「……すまないね、お前たち。私はまだまだ、東の地でやるべきことがある。
あちらで一緒に暮らしていては、お前たちを守れない。ここが一番……安全なのだよ」
子供たちと、マハナにも宛てたツアーの言葉。短い中に、深い慈しみと情愛、そして申し訳なさを込めた
それから傍目には無音の念話トークをしばらく交わして――授業中のトリシュ先生が回線に割り込んでくるなどのハプニングもありつつ――俺とツアーは学校を後にした。
完全不可知化を解いて、鎧と並んでぶらぶら歩く。
「家族と一緒にいてやれないのって、やっぱ辛いもん?」
「言ったはずだ。一般的な竜は人間のように、家族と共に暮らすことは少ない……
「でもお前は
「何が言いたい?」
「ピリつくなよ。〝ここが一番安全だ〟って思ってくれてるの、けっこう嬉しかったぜ」
ツアーは妻子をこの国に置いて、ひとり大陸東方の本拠地から各地に鎧を飛ばしつつ、何やら〝
ちなみにツアーの地元での戦いとやらに手を貸そうかと申し出てみたこともあるが、「これは私の問題だから」と丁重にお断りされている。
まあ本当に助けが必要になったら言ってくるだろうし、いざとなったら亡命も受け付けるよ。
[memo]
■ミスティラント王立魔法学院の講師陣
・バネジエリ先生、トリシュ先生の他にも色々と濃い面子が(主に非常勤として)揃っている。
女子生徒にボクっ娘を急増させたグラズン先生、豊満ボディで(人間種の)男子生徒を前屈みにさせるリナ先生、授業はめちゃくちゃ解りやすいのに教師というより図書委員っぽいと万年言われ続けるミハネ先生など。
・ヘス先生の噂:触手がすごいらしい。
・シズク先生の授業ではしばしば校内ダンジョンを使う。
・なおキャロル先生は無期限の出禁を喰らっている。理由はお察しください。
■エルミオーネちゃん(仮)
・本名エルミオーネ・グリーンジェイル。王立魔法学院に通う
・『
某国でテロ組織の性奴隷として飼われていたが、性奴隷プレイを楽しむためにわざと捕まってきたキャロルが組織を(性的な意味で)壊滅させてしまったため、同じ境遇の奴隷たち共々、帰国するキャロルにくっついて移住してきた。
・上記の経緯からキャロルを崇拝しており、青少年のなんかに危ない言動が多い。学校の成績上は優等生。
・実は割とえげつない性能のタレントを持っている。〝正史〟の世界では精神が破綻しており、紆余曲折あってツアーに討たれた。
■マハナがこの国で孵した仔竜
・個体名はそれぞれ長男がアバンマール、次男がミルーナ、長女がインリル。長男はツアーに、次男はマハナに、長女はトリシュに影響を受けて育っている。
・
・育児サポート用に貸し出されたシズク分体を姉妹のように可愛がり、日々練りもちもちしている。