OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
長年集めてきた情報によると、どうもツアーの地元・
昔話に曰く――かつて、力ある
同族との戦いを制し、竜王の中の竜王となった竜帝は、東方の地を本拠とした。
そこへ、自然と人が集うようになり、国を興した。
彼らにとって竜帝はまさに、神々が相争う終末の戦を平定した、偉大なる
その崇敬はいつしか体系化された信仰となり、教義を生み、やがて『神竜教団』の名を号して、今日まで大陸最大級の神殿組織として残っている。
それを擁するシェンは、さしずめ西のスレイン法国に対する東の宗教大国、といったところか。信仰対象もプレイヤーと竜で対照的だ。
実際、皇国は八欲王の侵攻にも最後まで屈せず、〝名目上は属国だが実質的には自治領〟みたいな条件での停戦に持ち込んだ歴史があるそうだ。
竜帝と配下の強力な上位竜たちがいた全盛期に比べれば、現在は見る影もなく弱体化している。
それでも真なる竜王を公然と味方につけている優位は大きく、「その気になれば中央列強すら平らげて覇権国家になれる」と噂されるほど。実際に皇国がそうしていないのは、たぶん守護竜と呼ばれる現存の
特にツアーは竜帝の息子ということもあり、建国の主神である父親に次ぐ信仰対象となっている。あいつがトリシュ先生に「
行方不明になっただけで死が確認されていないから、形式上の国主は何百年も竜帝のままだが、実権はツアーが握っていると言えるだろう。
何体いるか不明な他の
ツアーが是と言わない限り、皇国は動かない。そういう意味で、いまのところ東方の情勢は安定している。少なくとも表面的には。
本来ならトリシュやマハナも皇国に帰参し、ツアーの両翼として守護竜の一柱にそれぞれ名を連ねる資格は持っている。が、これを止めたのはツアー自身だった。
曰く、私には
どうも文脈からして皇国内部の権力闘争みたいな話ではないかと思うのだが、ツアーは俺たちになかなか詳細を話したがらないし、諜報部門のスパイも東方への浸透はあまり進められていない。
それでも自分ひとり東に残った件について、凡その予測は立つ。要は、ツアーにとってマハナたちは大切な存在でありすぎて、
利用されるのが目に見えているから、敢えて自分の傍には置かず、敵の手も届かない安全な場所に遠ざけておく。それで選んだ場所がプレイヤーの拠点直下というのは、ツアーの味方の少なさを裏付けるようで若干の悲哀を感じないでもないが……こちらとしても、友好関係を築くことに成功した真なる竜王、という要人枠の保護に否やはない。
むしろ、カンストプレイヤーから見てもかなりの強者であるマハナやトリシュを、
プレイヤー絡みの話なら
「――良い国なのだろうな、ここは」
ツアーのそんな言葉で、物思いから覚める。
俺たちは小高い丘に登り、森の中の幻想都市を一望していた。
遠く高架の上を、列車が走っていく。十二個ある実験都市区画を環状に繋ぐ、
自然環境からエネルギーを取り出す
クリーンかつハイパワーな動力源として、いくらでも応用発展が期待できる
現在は
将来的には技術コストをもっと下げて、第三位階程度の術者でも個人作成できるようにしたい……という話だった。ジノーヴィならそのうちやり遂げるだろう。本業のパワードスーツ開発を行いながら片手間で
視線を手前に下げる。
丘のふもとの公園では、端っこの方で目立たないようにしていた上級歩哨の
ジャリどもに交じって、どうも見覚えのある緑髪がいるなと思ってよく見たら、うきうき顔のケイトが憤怒くんにトウモロコシを焼かせていた。その調理法お前が継承したのかよ。憤怒くんはあからさまにげんなりした顔で、たぶん「ふぬぅ……」とか言ってる。
ちなみに憤怒くんが首から提げた看板の文字を遠目にチェックしたところ、今日は「
一通り俺の視線を追ったあと、何事もなかったようにツアーは言葉を続ける。
「……誰もが笑顔で、幸福な未来を疑っていないように見える。少々、奇態なものも見かけるようだが」
「プレイヤーは国づくりの専門家じゃないからねえ」
「そういう問題だろうか……?」
見慣れないものや変なものはあれど、おおむね良い国に見えるとツアーは言う。
それはそれで結構な話だが、建国の黒幕としてはここに至る苦労を色々と知っているし、裏では国まるごと制度や技術の実験場扱いしている引け目もある。自画自賛みたいで気持ち悪いので、あんまり手放しに礼賛する気にはなれない。
「ま……実際、国として見たらけっこう
見ての通り、
確かに表面だけ見るとキラキラして綺麗でファンタジー的理想郷めいた光景だが、実は建国来百年、この国の裏側では無限に湧いてくる内政的課題との戦いが繰り広げられてきた。知られざる苦闘の歴史。といっても骨を折ったのは主に俺じゃなく、女王メイラス・レッドゴールドとその臣下たち、あとはサポートに回したうちのNPCどもなんだけど。
何しろ元が文化も種族もバラバラの難民・棄民・亡命者その他諸々の寄せ集めである。エルスワイズらの統治計画そのものは上手く行っており、国や女王に対する支持率はずっと高水準をキープしているとはいえ、それでも国民間での摩擦衝突抗争紛争は避けがたく噴出する。法や条例を整備しても、教育や福祉や区画整理といった政策でも緩衝し切れない分は、残念ながら警察力で事後的に対処するしかない。言い換えれば、起きてしまった犯罪に対する武力鎮圧だ。
魔将シリーズをはじめとした上級歩哨も、あながち過剰戦力とばかりは言えない。
こう現地人の種族や
とくに
付き合ってみればマハナもトリシュも悪さをするタイプではないと解るんだが、一般人にとっては
閑話休題。
俺たちの事業の成果の一つに対し、ツアーが好印象を持ってくれていそうなのは掴めた。少なくともここでドンパチに発展する可能性は低い。
そろそろ本題に入ってもいいだろう。
「で……わざわざ鎧を寄越したのは、国の査定のためじゃないだろ。
ざあ――と、風が吹き抜けた。
マジックアイテムの人工太陽はいつの間にか赤みを帯び、霧と雲に閉ざされたこの国を、仮初の夕暮れに染めつつある。
だいたい百年前、転移直後にプレイヤーの脅威を排除しようと奇襲してきたツアーを、俺たちは返り討ちにした。
生け捕ったツアーを殺さず解放する代わりに、呑ませた契約。それは『
プレイヤーが、ただの侵略者よりマシなものになれるのか。
俺たちは掲げた理想を裏切らずに、歩き続けられるのか。
今日、ツアーが鎧を飛ばしてきたのは、〝百年の裁定〟を告げるためだろうと最初から思っていた。
特段の気負いはない。もしツアーが認めなくても、俺たちは結局これまでと同じことをやるだけなのだから。
ただ――「プレイヤーは
黙して答えない鎧に、俺はもう一押し、二度目の問いを投げる。
「なあ、ツアー。……お前も『人類』にならないか?」
先生もマハナも、ツアーの血を引いた子供たちでさえ、『人類』の輪に加わることを了承している。本来なら社会に属さなくても生きていける竜種が、それなりの魅力を感じてくれたということなのだろう。
尊厳も矜持も売り渡す必要はない。ただ互いの権利を尊重する、それだけの約束。
しかし白金の鎧はかぶりを振る。
「それは……できない」
「お前が
「邪推をするな。お前たちとて同じだろう。『人類』を存続せしめるために、自らを『人類』の外に置いている」
あー、つまり……そういうことなのか?
「父が世界を狂わせた。だから、
かつて言ったことに変わりはない。お前たちに全てを任せる気はないし、〝ぷれいやー〟の庇護下で安穏と隠居を決め込むつもりもない」
相変わらず「父の過ちの償いを」って路線かー。
百年ぽっちでツアーの呪縛は解かれないらしい。まあそこは俺も似たようなもんなので、気持ちは多少解る。
自分の生涯の使命ってやつを、自分でこれと定めてしまったら、その決意を取り消すのは難しい。人でも、竜でも、きっとそうだ。
「カレルレン。お前たちが言う『人類』の在り方は、確かに美しく、洗練された倫理観を備えているようにも見える。
種族を超え、手を取り合って協調し、協働し、共栄する――それは、一つの理想だろう。
だが、
だからこそ、お前たちは自ら『人類』の陣頭に立って牽引するのではなく、その外側で軌道を修正し続ける、『見えざる神意』の道を選んだのではないか?」
「……驚いたね。俺たちのやってること、けっこう深く見てくれてるんだ」
ツアーの推察は、『
生まれながらの最強種として、もと人間とは価値観の根底が違うはずなのに、これだけ俺の思考を理解して先回りできるのは正直驚く。それなりにこっちからも情報を開示してきたから、あり得ないとまでは言わないけれども。
「私は『人類』にはならない。なぜなら、それはお前たちが庇護し、管理する対象だからだ。
私は『
「そっかー」
再度の拒否。もちろん『人類』への加盟は任意なので、強要はしない。俺たちは自由意志を重んじるのだ。たぶんツアーが思いもよらないくらいに。
しかしそうすると、百年の評定はどうなるんだろうか。まさか今さら「やっぱり敵にしかなれないから死んでくれ」なんて言われるとは思わんけれども。
緩み切っていた危機意識に、わずかな緊張が走る。
「じゃあ……結論は? 俺たちは、〝この世界に属する者〟になれそうかい……」
「
私がここで
保留。…………
発言を二度三度と咀嚼し、その意味を充分に解釈できたと判断したとき。
俺は目の前の鎧と、その向こうにいる白金の竜のことを、本当に
原作の重要キャラとか、竜帝の息子とか、思い詰めやすくて危なっかしい奴だとか。
そういう
そんなん対人コミュニケーションの基本だろって? いやいや。生まれた種族も世界も違う相手にそれをやるのがどんだけ難しいか、俺はこの百年ずっと痛感してばかりだ。
ツアーが俺たちの事業を全面的に認めて、当人言うところの「軍門に下る」道を選んでいたらどうなったか。
そりゃもちろん戦力的には大きなパワーアップだし、『
戦力なら、もうはっきり言って足りている。質的にも量的にもだ。なんならツアーの結論が「お前たちを認めることはできない」で、初日にやったようなガチバトルをもう一度繰り返す羽目になっていたとしても、今だったら三十秒以内にケリをつける方法がいくつもあった。
実際には、ツアーは第三の選択肢を採ることで、大量破壊兵器や多少のドラゴン素材なんかより遥かに有益なものを俺たちに提示してくれた。
上位者が実質存在しない『
しかも俺から見て、この話でツアーは得らしい得をしない。
俺たちと手を切って自由になりたいなら、そうする道もあった。ツアーがそれを望むなら止めないつもりだったし、そう伝えてもいたのだから。
あるいは世界の安定もプレイヤー対策もうちのギルドに全部任せて、この国でマハナたちと一緒にもちもちして暮らす方がよほど安楽だったはずだ。
でもこいつは、敢えてどちらも選ばなかった。
おそらく自分自身の使命のためではあるんだろうが……百年も関わりを持って、たまには共同戦線を張ることもあった俺たちのことを、単に放っておけなくなったのではないかと思う。非情ぶっても何だかんだで情が深い方なのは、もうとっくにバレてることだし。
だから俺はこいつのことが嫌いになれないんだ。面倒な奴だと思ってはいても。
「……パーフェクトだよツアー。本当に、頼りになるオブザーバーってやつだ」
「了承と看做した。監視者の役目は、無期延長……ということだな」
手を差し出すと、「これは何だ?」――などと訊かれることもなく、鎧は握り返してきた。
あらためてよろしくな、ツアー。
ここまで二回も断られてるけど、いつかお前を『人類』に迎えられる日が来ることを祈ってるよ。
「契約の更新に伴い、ひとつ情報を開示しておく」
爽やかな雰囲気で握手してそのままサヨナラかと思いきや、ツアーの鎧は予想外の手土産を置いていってくれるようだ。
「サービスいいじゃん。どうぞ」
鎧は淡々と語りだした。
「――私が腹心と恃む者の、経験則に基づく予測だ。
おそらく今後、百年以内に〝
あの国は急速に魔法技術を発展させすぎている。むろん、この『
えっえっえっえっ。
「スレイン法国も条件は同じだが、あちらは必要最低限しか情報を開示していないうえ、改定された世界盟約がある。私や先生たちが後ろ盾についていると思えば、〝剪定派〟も軽々に仕掛けてくるとは考えにくい……」
待った待った待った待て待て。何の何の何?????
「えっと……とりあえず、言いたいことは色々あんだけど…………〝剪定派〟とは????」
がちゃり、と鎧が首を傾げた。
「そこからか? お前たちのことだから、とうに知っているものと思ったが――
〝剪定派〟とは、〝進みすぎた文明は世界を巻き込んで自滅する、ゆえに破局を待たずして
彼らは私が生まれるより遥か前、太古の世から活動し、数多の高度文明を滅ぼしてきたと聞く。それこそが
八欲王との戦で、〝剪定派〟に属する
知らねーーーーーーーーーーーー!!!! なにそれこわ。とづまりすとこ。
[memo]
※今回は本文中に解説可能なネタが少なく、ツアーの心境の変化などを本文の外でダラダラ補足するのも野暮であろうと思われるため、使われなかった仕掛けやツアーの魔法の設定についても触れます。
■一〇〇レベルNPC四人が腕によりをかけて仕掛けた〝保険〟
・「ぼっちドラゴン、百年ROMれ(2)」のエピソードにて言及。
・ツアーが再び敵となった場合に備え、カレルレンたちが捕獲した彼の体内に仕掛けておいた制裁装置。防衛部門、製作部門、魔法研究部門、科学技術部門が協力して作成した多重構造のマジックアイテム。着用者に違和感を与えないよう極限まで小型化・軽量化されており、ツアーは最後までこれの存在に気付かなかった。
・結局使われることはなかったが、もし発動していれば[編集済]
確殺すべく威力を追求するあまり、周辺環境ごと死滅させてしまうのが難点。感染呪詛や攻性ナノマシンによる残留汚染も懸念されていた。
・カレルレンの指示により、ある程度ツアーとの関係が改善されたと判断した時点で除去されている。もともと外部コマンドを受けて無害な形で消滅する機能を持たされていたため、外科手術などは不要だった。
■「多少のドラゴン素材なんかより」
・ツアーの肉体から採取できる素材はユグドラシル基準で見ても最高位の品質を有するが、『
・一つは初日の戦闘後に気絶したツアーを回復する際、ついでに相当量の素材を採取できていること。外皮、爪牙、血肉、骨や角といった一通りの部位は確保しており、必要があればサラムの複製スキルやアンダーソンの培養設備で増やすこともできる。
・二つ目はBWが既に独自の〝牧場〟を保有していること。ナザリックのように現地生物を使うのではなく、NPCや自家製モンスターを供給源とした完全内製型の生産体制が確立されている。特に部門統括級NPCやカレルレン配下のネームドモンスターなど、一〇〇レベル組の素材はツアーと比べても遜色ない品質。
・三つ目は、どうせこの先ツアーとレベル的に大差ない
■【魂別】
・〝
・カレルレンは【破界の吐息】よりもこちらの方が怖いと評したが、その理由は応用範囲の広さ。鎧や武器を遠隔操作するだけでなく、操作中の物体を起点として視覚や聴覚を働かせ、いかなる原理によるものか音声を発して会話もできる。
さらに端末を起点とした
・また、「プレイヤーの百倍近い」と称されたツアー本体の異様な耐久力も、実はこの魔法の応用で実現している。【嵐花】で自身の竜鱗を操作していたように、己の体組織であっても(格の高い素材アイテムとして)魂の充填対象にできることを利用。
・『
・ちなみにツアーは己にいくつかの制約を課しており、この魔法も理論上最強の運用法を封じられた状態にある。仮にすべての制約を取り払った場合、ツアーは己の魂を穢して邪竜に堕ちるが、その力はかつて竜帝と覇を競った神話級