OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
久々に設定をこねくり回すだけの回です。
なんとか一話に収めようと思ったのですが、分かりやすいように書こうと思ったら膨大な文字数になってしまいました。
仕方ないので二話に分割します。「クソゲーが混入したファンタジー異世界で『人類』を強くするための経済的陰謀」に興味ない方は、お手数ですが心の中の幼女スライムをもちもちしてお待ちください。
ツアーが去り際に投げ込んでいった爆弾みたいな情報のせいで、うちの諜報部門や宗教部門はあれから連日裏取りに追われている。
行き過ぎた文明を葬る星の守護者。〝剪定派〟の
その〝剪定派〟が
地元の
俺からしても「何を勝手に上から目線で文明の行く末をジャッジしちゃってるわけ?」と反発したくなる一方、星の最強種である竜たちが誰よりも
二十一世紀以前の少年漫画だったら、主人公が「俺は『人類』の可能性を信じる!」と啖呵切るところかもしれんけど。可能性を信じるどころか、『人類』が歴史の勝者になるよう裏で暗躍してる秘密結社のボスが言ってもどの口でって話になるわけで。
正統派主人公路線なんかサラの担当にしとけばいいのだ。あっちはあっちで勝手になんとかするだろう。たぶん。
どのみち俺の個人的な後ろめたさと関係なく、『
世界がこの星だけで完結する閉鎖系なら、定期的に文明をリセットすることで
とはいえそれは今すぐの話ではない。
今後に向けた情報収集や作戦立案は諜報部門とエルスワイズたちに任せておき、俺はその間に他部門の研究成果を確認したり、個人的な好奇心を満たしたりしている。仕事しろよって? 部下に丸投げしといた方が大抵うまく行くので……。
そんなある日、俺は第六臓区・財務部門を訪ねていた。
専門性が高くてあんまり立ち寄らない部門である。が、今回は用事があった。なんと部門統括直々に呼び出されているのだ。
どうも俺の思い付きから始まったダンジョン運営の話が、元々進めていた三大構想――国境なき騎士団、ユグドラシル金貨本位制、生権力の神殿――と噛み合って新しい計画に発展しそうだとかで、書きあがった最新版の企画書を見せたいらしい。
デカいことやろうとする前にちゃんと報告して、承認取ろうとしてくれんのは流石だ。俺が理解できるかどうかは正直疑わしいが、そこはまあ小学生にも解るよう説明してもらうしかない。
「――で、これが今回まとめ直しました改訂案になります」
どん。
俺の前、卓上に置かれた企画書は厚かった。
殴打系の武器として使おうと思えば使えそうな厚さだ。イグヴァルジくらいなら撲殺できるかもしれない。
向かいの席には企画書の作成者。
財務部門統括NPC、『
見た目は昭和あたりの証券会社からタイムスリップしてきたような、小太り七三分け黒縁眼鏡チョビヒゲおじさん。中身はデミウルゴス級の知能を金融詐欺に全振りしたような怪物である。
そんな奴が百年かけて更新し続けた世界経済のグランドデザイン、その最新版。
嫌な予感しかしない。
「えーと……」
表紙をめくる。目次。
さらに目次。
目次の目次。
人の心とか無いんか?
「読む気なくすために作った?」
「まさか。旦那がお読みになることを想定しまして、これでも要点だけに圧縮した簡易版でっせ」
「
隣の席では、緑の
初めて会った頃はもっと幼女感があった。いまの外見年齢は、人間でいえば十二、三歳といったところだろうか。
誰あろう、彼女こそは『
財務部門にはときどき勉強のために通っているとかで、今日はたまたまその日だったらしい。ちょうどいいからと、俺向けの説明会に同席する運びとなった。
メイラスは俺と違って、既に一ページ目から真剣に資料を読み込んでおり、ところどころ書き込みまでしていた。さすが百年近く女王様やってるだけはある。昔は政治の「せ」の字も知らない奴隷少女だったのに立派になっちゃって。
エルスワイズたちのスパルタ教育の賜物だろう。今でもたまに死んだマグロみたいな目をしてる日があるのはご愛敬。
で、この場にはもう一名。
「じ、女王陛下ぁ……! くすぐったいですにゃ~」
「すみません、ふわふわで気持ちよくてつい……」
「うにゃ~~……」
メイラスの膝の上に、猫がいる。
ただの猫ではない。公式NPC、『贖わしむラステルミーカ』。
二足歩行する白猫の行商人、女性、毛並みふわふわ。
会議参加者である。
別にメイラスのセラピー要員として猫を連れ込んだわけではない。彼女のショップ能力が今回の計画で重要だから呼ばれたのであり、椅子に座るより膝の方が落ち着くという本人の希望を尊重しているだけだ。
断じて猫吸い目的ではない……はずだが。
「すー」
「女王陛下、いまミーの頭吸いましたかにゃ?」
「気のせいです」
「んにゃぁ……」
……見なかったことにしよう。女王陛下はお疲れでいらっしゃる。
隣の席の危険な空間から目を逸らし、俺はキーレンバッハに本題を促す。
「まあ資料は後でちゃんと読むとして。まずは口頭で説明してくれない? その方が早い」
「へい。ほな、まずは前提の確認から行きまひょか」
キーレンバッハが懐から一枚のコインを取り出し、机の上に置く。
見慣れたユグドラシル金貨だった。
「さて皆さん。これは何でっしゃろか?」
「ユグドラシル金貨ですね。神々の世界で使われていたという、通貨です」
メイラス即答。
「お金ですにゃ。モノやサービスを買うための交換トークンですにゃ」
ラステルミーカも即答。続いて俺の番。
「誠意を数値で表すことを可能にした、悪魔の発明品……」
「旦那だけカネにトラウマでもありまんのか」
俺の回答に呆れ顔を向けてくるキーレンバッハ。いやなんか捻った回答が求められてる流れかと思って……。
「旦那のボケはさておき、嬢ちゃん二人はどっちも正解ってことにしときまひょか。
けど、ワイがこれから作ろうとしてる仕組みの中では、こいつは〝ただのお金〟に収まるモンやなくなります」
キーレンバッハはテーブルに置いた金貨を、とん、と人差し指で叩いた。
金貨が浮かび上がる。
空中に静止したと思うと、その場でくるくる回る。
「これをでんな。……〝『人類』文明の共通プロトコル〟にしますねん。
言い換えたら、〝世界中の価値を測る物差し〟いうことですな」
物差し、の一語に俺の脳内でガゼフの顔がちらつく。今のメイラスは百ガゼフ(単位)ぐらいあるかもしれない。いやもっとか?
俺のアホな連想ゲームをよそに、そのメイラスが首を傾げる。
「価値の物差し、とは……通貨だから、元々そういうものでは?」
「国内だけなら、そうでんな」
キーレンバッハは頷いた。
「せやけど世界には国ごと、都市ごと、商圏ごとに違う貨幣がありますやろ。王様が変われば貨幣が変わることもある。金貨いうても純度は違う、重さも違う。戦争で国が潰れれば信用も飛ぶ。
ところがユグドラシル金貨――YGは
空中で回っていた金貨が、ことりと落ちる。
女性の横顔が刻まれた、『ヴァルキュリアの失墜』以降の新デザイン。現地の硬貨とは比べ物にならない工作精度で成形された、均一に薄い真円のコイン。
「マジックアイテムや特定のスキルが生み出すものですんで、誰が作っても同じ。どこの国へ持っていっても同じ。
一枚は一枚。中身は純金。鋳潰しても価値が残る。しかもアイテムとしての製造過程が魔法的に保護されとって、普通の工学的技術では偽造できまへん。何より――」
「魔法やなんかの、
俺が言うと、キーレンバッハがにやりと笑った。
「
死者蘇生。傭兵モンスター召喚。アイテムやトラップの作成。ギルドホーム維持。NPCの復活。
ユグドラシル由来の様々なシステムで、金貨が消費コストとして要求される。
それもただの金ではなく、元ゲームの価格計算そのものがユグドラシル金貨基準で組まれていたため、こいつを使うのが一番効率がいい。一枚一律きっかり二十グラムで計算もしやすい。
現地貨幣や宝石を使うと、不純物が混ざったり形が不揃いだったりで計量が面倒だし、意外と誤差も出る。ユグドラシル金貨なら大量に積んでもそれがない。
「つまり……王様の顔が彫ってあるから価値があるんやない。
メイラスがおずおずと手を挙げる。
「……国が滅びても?」
「使えまっせ」
ラステルミーカが、ぴょこんと尻尾を持ち上げる。
「発行手段が出回って、そこらじゅうで作られるようになっても?」
「使えますなあ。
最後に俺が、俺しか訊けないであろうことを訊く。
「俺たちが……『
「当然。
なるほど――俺たちは永遠に世界を支配したいわけじゃない。むしろ逆だ。
いつの日か『人類』が俺たちを必要としなくなったなら、それが一番いい。
「
「そういうことですわ」
キーレンバッハが嬉しそうに頷く。
「信用の根っこを、ワイら自身に置かんでええ。これ、結構大事なんでっせ」
発行主体の国家が潰れたら、通貨は価値を失う。少なくとも国家の信用に基づく額面上の価値はなくなる。原材料分の価値しか残らない――それが普通だ。
でもユグドラシル金貨は違う。発行主体は特定の国ではない。うちのギルドでもない。エクスチェンジボックスや一部
それでいて固有の価値は常に担保されている。均一性、偽造不可能性、そして世界に敷かれた魔法的ルール自体によって。
自分たちが消えた後まで含めてのシステム設計を考える『
「ユグドラシル金貨が、通貨として〝強い〟理由は解ったよ。
じゃあ、それを〝本位制〟とまで言うほど世界に広げていくメリットは?」
俺の問いかけに、キーレンバッハは満足げに頷く。教え子がいい質問をしてきたときの教師の顔。
「ふむ。そうですなあ。……ときに旦那、
「俺らにとっての?」
単純に金儲けができるとか、戦力の強化に繋がるとかそういう次元の話じゃないよな。いまは貨幣論の話をしているのだから、そこに関係してくるはずだ。
経済学なんぞ解らん俺がぬんぬん唸っていると、キーレンバッハの方から助け舟を出してくれる。
「ヒント出しまひょか。ワイの計画は最終的に、ギルドの至上目的に資するよう考えとります。『
ああ、それなら解る。
「――『
「左ァ様。つねづね仰っておりますな。
ユグドラシル金貨本位制いうんは、そのための柱の一つんなる施策ですわ。資料の六ページ目を開いてもらえまっか」
言われたとおりに冊子をめくる。
俺の質問は最初から予測されていたのか、まさにその回答と言えそうな内容がまるまる一章を使って説明されていた。見出しはこうだ。
〝
その見出しを指さして、キーレンバッハの解説が始まる。
「まず誤解なさらんよう言うときますとな。ワイは世界中の通貨体系をYGに
一般市民が、今やったら銅貨一枚のパン一個買いたいときに、金貨しかなかったら困りますやろ。金貨〇・〇一枚払いとか物理的に不可能やし、パン屋もお釣りに困りまんな。せやかて金貨の市場価値ムリヤリ下げたら、物価も賃金も大概おかしなことになりまっせ。
各国の固有貨幣を廃止する必要はありまへん。給与も税も国内商取引も、これまで通り金貨・銀貨・銅貨・宝石・貝殻・紙幣――とにかく現地の既存通貨でやってええ。
その上で、国家間貿易・大口融資・傭兵契約・高位魔法・蘇生・保険・国庫準備金……このあたりはYG建てを基準にしていこ思います。〝りある〟でいうたら金本位制ちゅうより、基軸通貨と国際準備資産、決済通貨あたりを合わせたような仕組みでんな」
あれ!? ずいぶん話のレベルが高いな。
僕はついてゆけるだろうか。うちのNPCどもの知的スピードに(鰤並感)
「たとえばナントカ王国銀貨二百枚が一YG、ナンタラ帝国金貨三枚が一YGみたいなレートがあるとしますやろ。
共通の物差しがあれば、国や商人が各国通貨をYG基準で比較するようんなって、交換相場が形成されますわな。
世界中みんなが仲良しになることはない。たぶんそんな時代は永遠に訪れない。
しかし国家や王や商人が互いを信用しなくても、YGの
「交易が増えれば、地域間の専門化と分業化が進みますわな。なんでも一ヶ所で完結する自給自足社会より、食料生産なり製鉄なり魔法研究なり、ある分野に特化した地域や都市が交易で結びつく……そういう社会の方が、全体としての生産性は
生産に余剰ができれば、資本蓄積の余地が出る。資本蓄積があれば技術投資に回せる。真っ当な文明発展のサイクルですな。素敵でっしゃろ?」
唸った。
思ったより真面目に考えられている。ギルドの理念通り、プレイヤーやNPCが表に出なくても成立する、『人類』自身が
「YGそのものの価値が無くなることは絶対にありまへん。サティアはんと法国が外でも始める予定の蘇生事業に直結しとりますし、ケイスはんとこの『国境なき騎士団』も、そのうちYG建ての安保契約で動くようにしていきますんでな。まともな国やったら必ず外貨準備として、国庫にYGを積むことんなります。
金貨がダブついたら消費用途のコストが実質安くなるんで、そっちに金貨が流れてジャンジャカ消えて、インフレも
そんな〝最強の基軸通貨〟であるYGも、スムーズに流れんかったら宝の持ち腐れです。そのために、決済・融資・保険のシステムを整えていこう……ちゅうのがワイの構想でしてな。
ゴブリンが宇宙進出を果たす衝撃的な未来を想像してしまい、俺はちょっと笑う。でもキーレンバッハは胡散臭い笑顔の奥から、ずっと真面目な眼で俺を見ている。
なんとなく、背筋が伸びた。
「――災害や戦争で国がダメージを受けても、外から迅速に物資・資金・人員を流し込める。そういう世界にしていこうと思いますのや。
たとえば飢饉地域へ食料を送る。疫病地域へ神官を派遣する。ゴタつきますわな。でもここに、〝報酬はいくらか〟の共通尺度があるだけで、調整は一気にやり易うなります。YG建て緊急融資を発行すれば、何千キロか離れた商人でも救援物資輸送に参加できますな。
たとえば神殿の医療保険を、蘇生でも使うYG金貨建てにする。なんでYGか?
キーレンバッハの声に熱が籠る。
なんとしてもこれだけは伝えたいのだ、という切実な気迫。
「お解りですやろか。ワイら財務部門はYGを
不作はあってええ。高値もあってええ。失敗も競争も、ある程度は必要です。
ただし、飢饉で国が潰れるところまでは行かせん。疫病で人口の半分が消えるところまでは行かせん。戦争で交易網が百年戻らんところまでは壊させん。
そうすればカネが回る限り、人は立ち直ります。文明は滅びん。『
大量の人口を養える。知識を保存できる。余剰資源を研究開発へ回せる。
そして災害や戦争によって荒廃しても、そのダメージを全体で吸収し、また立ち直れる文明。
ユグドラシル金貨を軸とすることで、そういう世界へのロードマップが引けるのだという。
圧倒される。
世界を陰で操ろうという秘密結社が、金の力で『人類』を強くするとしたら、
でもこいつカルマ値マイナス500なんだよな……邪悪要素、どこへ!
「……けどさ」
「へい」
この話には大事な前提が抜けている。
もちろんキーレンバッハは考えてるだろう。そこを説明してもらう。
「金貨を世界中で使わせるなら、まずは大量に流通させないといけないよな。どうやって出回らせる? 普通にバラ撒くわけじゃないよな?」
「もちろんそんな下策は採りまへん。現地文明への直接介入は避ける、っちゅうギルドの原則もですけど……タダで配った金には、受け取った側の生産が伴いまへんでな。
それに
メイラスも頷く。
「確かにそれでは、神様たちの庇護を求めて、あらゆる国が競い始めますね」
「法国とかをフロントにしても同じことか……依存先が変わるだけだな」
「発行益の独占も、使いようではありますけどな。長い目で見るなら、『人類』自身が価値を生んで、それと引き換えに金貨を手に入れる方がええ。
ここで、さっきちょいと触れた決済・融資・保険のシステムの話が出てきます。具体の組織としては、国際的な銀行ネットワーク、もしくは金融ギルドみたいなもんを作ろう思とりましてな。
ギルドいうてもワイらみたいなのとちゃいまっせ。原義の〝
キーレンバッハがさらに数ページ、資料をめくる。俺たちも追従。
思った通り、今の話題についてもすでに要約されている。
国際金融ギルド(仮)を設立。これの各支店などに、エクスチェンジボックスを使った
生物、アンデッド、
支店を置く国も、利用客も、金融ギルドに忠誠を誓う必要はない。政治的条件も設けない。
誰でも一定条件で本物のYGを入手できるため、貨幣として中立性が生まれる。
等々。
それらの文字列を追うメイラスの膝の上から、ラステルミーカが猫ボイスを挟む。
「エクスチェンジボックスなら、大体なんでも入れるだけで金貨になりますにゃ。
両替所がいろんな国にできて、広く使われるようになったら、みんなが手当たり次第ものを放り込んで……金貨が市場に溢れちゃいませんかにゃ?」
「YGが最強の基軸通貨になり得る理由、ひとつはまさにそれなんですわ。
そう言って、証券マンめいたおっさんが空中に幻術で絵を描き始める。
こいつの能力構成は自力での戦闘をほとんど投げ捨てて、交渉・金策・幻術・精神操作の四点セットで成り立っている。幻術は主に敵から逃げたり邪魔したりする用途で持たせていたのだが、プレゼン用のホワイトボード兼プロジェクター代わりに使ってくるとは。
「仮にやで――鉄百kgを投入すると、一YGになるとしますわな。
たとえ話用に単純化した、架空のレートやで? 実際の変換額とは違うから気をつけなはれや」
きゅっきゅっきゅ、とマーカーの音まで再現して、上手いんだか下手なんだか分からん脱力系の絵が描かれていく。鉄のインゴットの山、イコール、金貨一枚。
「市場で鉄百kgが〇・七YG相当まで値下がりしたら、商人は鉄を市場で売らんで、エクスチェンジボックスへ放り込んで一YGにしますやろ」
エクスチェンジボックスの査定額は、その時その場所の市場価格と連動
物質を投入する。
原料価値に応じてユグドラシル金貨が出る。
「すると現物の供給が減って、通貨は余る。鉄価格が上昇しますわな。
鉄百kgが
つまりな――エクスチェンジボックスは、交換対象となるあらゆる物質について、〝これ以下ならYGに変えてしまった方が得〟っちゅう最低価格を自動的に作るわけや」
「なるほど……?」
「しかも地域によって価格差があれば、〝A国ではこの素材が安いから買い集めてYG化しよか〟とか、〝B国ではYGが高いからそこで使おか〟とか、そういう
「アッハイ」
専門用語やめろや。なんだアービトラージって。技名か?
「これは
「お……おう」
「まあ無制限にブツの両替受け容れてますと、ホントやったらYGに換えとる場合やない希少資源までホイホイ箱に放り込まれるかもしれまへん。箱の査定額と、現地社会での価値が一致せん物品もぎょうさんあります。せやからボックスそのものは両替所できっちり管理して、投入物に一定の制限を設ける必要はありますやろな――」
エセ関西弁のマシンガンと化して熱弁を振るうキーレンバッハ。頷きマシーンと化す俺。
正直ほぼ理解できてる気がしないが、国家が発行・管理の主体として信用を担保する必要がなく、両替所に物を持っていけば誰でも発行できる――という点を利用し倒す計画なのは辛うじて読み取れた。
原理的にはユグドラシルでも似たようなことはできそうだけど、あっちだとモンスター狩るだけでドロップ金貨がザクザク手に入ったからなあ。エクスチェンジボックスなんか一回も使ったことない、というプレイヤーはそれなりにいたはずだ。
「ただ、ですな――これだけやと、貧乏人には不利なんですわ」
「そもそも
「左ァ様。せっかく医療や保険のシステムをYG建てで整備しても、そこにアクセスする原資がなかったら手ェ届きまへん。富める者はますます富む。貧しき者はいつまでも貧しい。もちろんそこをカバーする方法も考えとりましたが――」
言いさして、キーレンバッハは企画書の別ページを開いた。
崩れた崖からはみ出す、塔の絵。見覚えがある。
とある小国の片隅。神造ダンジョン第一号、古代の塔。
「――
「俺の?」
「神造ダンジョンのドロップトレジャーとしてですな、ユグドラシル金貨を置いときますやろ。モンスター素材も獲れる。マジックアイテムも出る。
そこへ挑戦者は自分の腕前と時間と、死ぬかもしれん
キーレンバッハが絵の一点、塔の入口を指で叩く。
「ほんで、出口から
戦闘力。時間。危険。
それらが金貨や素材へ変わる。
「つまり……冒険者がダンジョンを介して、ユグドラシル金貨その他の財宝を、〝生産〟していると考えるのですか? あくまでこの世界の住人から見た構図、ですが」
メイラスが訊く。ちなみに〝冒険者〟という用語は、俺たちが当たり前のように使っているせいでメイラスも覚えてしまったが、本来まだこの時代に職業を指す固有名詞としての〝冒険者〟は存在していない。
「せやな。鉱夫は地下へ潜って、土砂ん中から鉱石を持って帰る。冒険者はダンジョンへ潜って、危険の中から価値を掘り出す。大して違わへん。
確かに大元はワイらの余剰生産力です。けど、無料で配ってるのと違います。これは冒険者いう職業、ダンジョン攻略いう労働、自然な経済システム
少なくとも、〝神様に恵んでもらった賜り物〟じゃなく、〝自分の力で勝ち取った戦利品〟って認識になる。そこがいい。
「それに、どうせ出所のよくわからん金貨なら、いっそよくわからんダンジョンから
呟きながら納得する。ユグドラシル金貨に限らず、アイテムや技術情報をダンジョン経由で外界に放出する、というのはエルスワイズも考えていたことだ。
俺はむしろ、魔法の武具とかがアタリ枠で、ユグドラシル金貨は残念賞ぐらいの認識でいたのだが……キーレンバッハの中では、そういうゲーム的な格付けとは全く別の絵ができているようだった。
「ワイらからすると支出ばっかり増えてるように見えるかもしれまへんが、
それに、自然な形で現地経済へ介入する、調整弁としても機能しまんのやで。
たとえば市場に金貨が足りんようなら、金貨のドロップを増やす。出回りすぎなら現物報酬を増やす。新しい迷宮を一コ開けてもええですな」
「えーと、つまり……ダンジョンのドロップ率で
「お、ええ解釈です。まあ金融政策いうても、こっちから動かせる蛇口の一つですがな」
ゲーム運営じゃねーか。いや元々ゲームの金貨だけどよお。
MMOの運営がイベント報酬を増やしたり金貨消費サービスを追加したりでゲーム内通貨量を調節するようなことを、キーレンバッハはリアル世界規模でやろうとしているわけだ。
わーお。神よ。……駄目だ、俺らが神扱いされてる側だったわ。笑うしかない。
(後編に続く)
[memo]
■〝剪定派〟に対するキーレンバッハのコメント
「ほーん、〝剪定派〟でっか……これ、実はワイらとそんなに変わらん問題意識持ってるのとちゃいますかな。
あちらさんは〝文明はいつか世界を巻き込んで壊れる、よってその前に切除する〟いう考え方。
一方ワイらは、〝文明が壊れんようなシステムを作る〟いうアプローチです。
おんなじ病気に別の処方箋出しとるだけでっせ」
■「いつどこで誰が使おうと、同じ物質・同じ投入量に対しては同じだけの金貨を吐き出して返す」
・エクスチェンジボックスについてのカレルレンの説明だが、厳密に言うとこれは正確ではない。商人系クラスの固有スキル等で、査定額にボーナスを乗せられるものがあるため。
・また、基本的に職業スキルよりも効果は小さいが、装備品の付与効果として同様のボーナスを得られるデータクリスタルもある。
■国際金融ギルド(仮)
・キーレンバッハが『ユグドラシル金貨本位制』構想の中核として設立を企画している団体。名称は仮のもの。国家の枠を超えて現地社会に根を張り、YGを基軸通貨とした経済圏の形成・維持・発展をアシストする。
本編の流れの中では説明されなかった用途もいくつか想定されている。以下に紹介。
・経済制裁というオプションが追加される:
国際金融ギルドの影響力が充分に拡大すると、『
たとえば他国への侵略を繰り返して拡大する国家があれば、ギルドはこの国に対し、融資停止、信用状停止、保険料引き上げ、傭兵契約停止などを行うことができる。結果として、「侵略戦争を続けると国家信用が死ぬ」という圧力を形成可能。
・世界最大の諜報網になる:
金融ギルドには「どの町で穀物価格が上がったか」「どの国が大量に武器を購入したか」「どこでYGが急激に引き出されているか」といった情報が集まる。
これはリーギリウムの魔法的諜報とは別種の、社会そのものが自動生成する情報であり、容易には隠せない。穀物価格高騰から飢饉を、鉄・馬・食料購入から開戦準備を予測できる。
・「融資条件」を文明発展の誘導装置にできる:
カードとして強力であるだけに、恣意的に運用されないよう細心の注意を要する用法。
金融ギルドは各国に「ワイらの言うこと聞きなはれ」などと〝命令〟はしない。代わりに
「長期低利の復興融資をご希望で? ほな最低限、帳簿を複式で付けてもらいまひょか」
「死亡保険を全国展開? 人口統計がありませんと保険料率が計算できまへんなあ。国勢調査から始めまひょ」
「商人向け信用保証ですか。契約違反を裁く商事裁判所が無い国には出せまへんわ」
「街道整備なら低金利で貸します。関税所を五十個も置いとる国には無理でっせ」
といった〝交渉〟をする。
結果として、YG経済圏で接続された諸国は〝金を借りるために〟近代国家化していく。『
この融資条件戦略は戸籍、統計、会計、裁判制度、度量衡、郵便、道路、銀行、学校、衛生行政など、『人類』社会に普及させたい多方面の要素に転用可能。