OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
予告通り、前回に続く財務部門回(後半)です。
普段は目立たない部署が、この世界ではギルドの金策ばかり考えているわけではなく、裏でこんな陰謀を練り練りしてますよ……という背景の話を延々とやっています。
そういう地味な話が楽しめる人以外は、次回まで引き続き、もちもちしながらお持ちください。
原作のデミウルゴスやラナーとはまったく方向性の違う、キーレンバッハの神算鬼謀の数々。
俺が脳内でお手上げする間に、メイラスが別の角度からも影響を考えている。
「ダンジョンで戦えば、金貨を手に入れるだけでなく……冒険者自身も強くなりますよね?」
ミハネ考案の非人道的パワーレベリング実験を数十年にわたって続け、いろんな職業レベルを得たり捨てたりしているメイラスだからこそ、「モンスターを殺せば経験値が手に入る」という現象への体感的理解は深い。レベルキャップもガバガバに拡張されてるしね。
「さすが陛下。そこが最大の副産物や。
ワイからすると、ある意味そっちが本命に昇格しつつありますけどな」
神造ダンジョンでは、ある程度敵の強さを調整できる。
野山でモンスターを探すのとは違う。弱い奴には弱い敵。強くなったら次の階層。
さらに強くなれば、もっと深いところへ。
死なないとは言っていない。
油断したら死ぬ。しなくても運が悪かったら普通に死ぬ。
しかし少なくとも、何がいるか判らない山奥を彷徨っていきなりドラゴンにパクーされるより、遥かに効率的な修行場ではある。
俺たちが、余ったモンスターをダンジョンへ放り込む。
現地人が頑張って倒す。命がけの戦いが
モンスターの死体は素材になる。ついでにYGも拾う。
素材を町で売る。売った金で装備を買う。次はもっと深く潜る。
繰り返し、強くなる。いつしか冒険者は、『人類』を守る側に立っている。
そういう人材が制度に接続されていることで、『人類』外からの侵略者・高レベル犯罪者・強力な野生モンスターといった脅威に対し、動員可能な戦力の幅と厚みが増していく。俺たちの直接介入が減り、現地社会の自力対処できるラインが上がっていく。
そして周りでは宿屋が繁盛する。鍛冶屋が儲かる。解体屋ができる。鑑定屋も必要だ。神殿も忙しくなる。国だって上手くやれば税を吸い上げられておいしい。
実際、第一号ダンジョンの周辺では既にそんなことになっている。あれが成功例として広まれば、他のダンジョン地域でも真似しだすだろう。
「冒険者が
できれば後進の育成にインセンティブを設けたいとこですなァ。そうすれば、人材の再生産がサイクルになりますやろ。ノウハウの蓄積と継承にも繋がります」
総合すると、現地人がユグドラシル金貨を獲得する手段は大きく分けて二つあり、それぞれ綺麗に対象が分かれていると言えるだろう。
エクスチェンジボックスが「物を持つ者」向け。コストとリターンのトレード。生産者とか商人とかはこっち。
神造ダンジョンは「力・技能・時間を投じ、危険を引き受けられる者」向け。リスクとリターンのトレード。底辺からの成り上がりを狙うならこっちということになる。
いやはや……よく考えるよ。ホントに。
「それで――
神造ダンジョンの計画への組み込み、その概要を記した章の後ろに、無視できない単語があった。
本来ならまだ百年は先まで設立されないはずの機関。しかしこの歴史では、どうやら〝正史〟より早く登場することになるらしい。
「へい。人類憲章、世界盟約、その辺ともうまーく噛み合いそうな道筋が見えましたさかいな。計画を前倒しします」
冒険者の登録。実力評価。モンスター情報の集積。依頼の斡旋。
いつからか異世界ファンタジーおなじみ要素となり、オバロにもしっかり実装されていた冒険者組合なる国際機関。
キーレンバッハはそれを、ガワだけ似せつつ原作とはかけ離れた別物へ改造し、さらに金融もくっつけようとしている。
「たとえばですな。新人冒険者には装備買う金がありませんやろ」
「ないだろうね」
「貸します」
「おお」
「ダンジョンで稼いで返してもらいます」
「うん」
「途中で死んだらどうなりまっか?」
「そこでゲームオーバーにならないなら……神殿?」
「保険です」
にっこり。
嫌な笑顔だなオイ。カント寺院、という単語が脳裏をよぎる。
「
「至れり尽くせりじゃん」
「保険料はしっかりいただきますけどなぁブヘヘヘ」
「えげつねえ集金システムだこれ!」
まあ、運か実力が足りなければ借金漬けになるかもしれないが……それでも原作の冒険者よりは安定して稼げそうだし、生存率も向上するだろう。悪い話ではないように思える。
「……これは、将来の話になるかもしれませんが」
俺より優秀な生徒であるメイラスが、また口を開く。
「わが国で実験しているように、いずれは外界の神殿も、蘇生でユグドラシル金貨を……あるいはそれに相当する価値あるものを、消費する側になるんですよね?
保険の適用対象とはいえ、復活を当てにする冒険者が増えれば、結局は消費される金貨も増えるのではありませんか?」
消費財と交換財を兼ねる、YGだからこその懸念。
通貨自体が増えすぎれば、消費財としての価値が安くなる。安くなれば気軽に消費でき、結果としてインフレが抑制される。そこはいい。
じゃあ逆のパターンは?
消費需要が高まり、通貨自体が消えすぎたとき、
「ええとこに気づきますなあ」
またも、キーレンバッハがにっこり。グリフィンドールに五点とか言い出しそう。
「実を言うと、冒険者がダンジョンやそこらで死ぬ分の蘇生需要については、そこまで心配しとりません。誰も死にたくて死ぬわけやないし、文明の生産力が伸びる方が早いと見込んどります。
問題はですな、
「……災害とか、ですよね。それも、強化された経済網が吸収しきれないくらいの、〝大〟がつくような」
メイラスが大して悩まず答えてくれたので、俺も便乗する。
「ここまでにもちらほら出てたな。天災、疫病、戦争……あとはどっかのドラゴンがトチ狂って暴れたとか、
「英雄級あたりの
個の強者が存在する世界だと、一個体の人物やモンスターが文字通り天災級の被害をもたらすこともあるのが怖い。
そういう
確かにキーレンバッハの計画は『人類』を強くするだろう。多少の災害、多少の戦争なら難なくダメージを分散して、立て直せるだろう。
だが
「これはずっと先の時代、制度の普及が進んだ未来の話ですが――
大規模災害やらなんやらで、ごっつい大量に人が死にますな。保険契約に基づいて、もしくは遺族や関係者が望んで、大量に生き返らせますな。すると
――どうなりますやろか。
ユグドラシル金貨は世界中の経済圏を一つの流れに連結し、結果として『人類』のHPを大きく増強する。――が、それは無限ではない。
有限の
でも俺は、そろそろこの胡散臭い狸親父に対する信頼が芽生えてきている。
「……対策も、考えてるんだろ? お前ならさ」
「はいな。まずはできるだけ、現地人で回せる対策を考えとります。まだ一案ですけどな」
キーレンバッハが幻術を操作し、別の図を出す。
本物YG。矢印。
「
「疑似金貨、と呼称を変える予定でんな。
製作部門統括NPC・サラムの職業スキルに〈金貨偽造〉というのがある。
このスキルで作った偽ユグドラシル金貨は、一定時間で消える。買い物に使えば詐欺そのもの。しかし魔法や設備の稼働コストとして
そして〈金貨偽造〉は、錬金術師系上級クラス・
ユグドラシル金貨の価値が知れ渡り、経済の基盤として諸国を流れるようになれば。
必ず贋金を作ろうとする奴が出てくる。そのほとんどはYGの魔法的プロテクトに阻まれて成功しない。だが一部の天才は、努力と研鑽の果てに
俺たちや現地の国々は、そいつを見つけたらどうするべきか?
YG経済圏を破壊する犯罪者として、縛り首にするべきだろうか?
「なるほど――だから贋金師を捕まえるんじゃなくて、
「
少なくとも、その手の能力持っとるだけなら犯罪者扱いは勿体ないですな。むしろ好条件で募集かけてもええくらいや」
メイラスはまだ呑み込めていないようだった。
「偽のお金を作るのに……罪にならないんですか?」
「
たとえば蘇生に千YG必要だとする。
本物の千YGを蘇生コストに使えば消滅し、市場から通貨が減る。
大戦争。大災害。
大量死が大量蘇生を誘発し、莫大な枚数の金貨が吹き飛ぶ。経済が弱っている最悪のタイミングで、貨幣まで減るというクソ仕様。
「でも、偽YG……疑似金貨なら」
「消える前に、神官さんが使ってまえばよろしい」
概要はこうだ。彼らに免許制の〝触媒鋳造師〟みたいな立場を与え、神殿・魔法工房・召喚施設などに配属する。普段は全力運転させず、有事のための
こうすると、本来なら消費されるはずだった本物の金貨の一部が、そのまま受け取った側の手元に金融資産として残る。
浮いた分はいろんな用途に回せる。例えば神殿なら、保険料の値下げ。貧困層への蘇生補助。医療施設建設。神官教育。疫病対策。投資先は平時だっていくらでもある。戦略備蓄に回してもいい。
そして、いざ大災害なんかの有事が訪れたときには――ここで初めて、触媒鋳造師たちの全力稼働が解禁される。
普段はセーブしている分の生産力が、急増した需要を吸収するバッファになる。本物のYGだけでは超えられない、有限の
メイラスが、ぱちぱちと瞬きした。
「お金としては偽物なのに――魔法にとっては本物」
「そうなりますなあ」
「不思議ですね……」
「魔法なんてだいたい不思議だよ。〝高度に発達した科学は魔法少女と区別がつかない〟ってクラーク御大も言ってたべ」
「誰です????」
キーレンバッハが深々と頷いている。
「本当いうと偽YGだけやのうて、生産系の
錬金術師が塩やら低位金属やら作るのも、
「にゃるほど……うまいこと、安全策も考えられてるのは解りましたにゃ」
ここまで企画書に登場していないラステルミーカが、メイラスの膝の上から小さく手を挙げた。
「でも、ミーの風呂敷はどう使うんですにゃ?」
公式NPC『贖わしむラステルミーカ』。その特異性は、彼女の専用アイテムとしてユグドラシル運営に与えられた、小さな風呂敷にある。
ゲームの中では、代金となるユグドラシル金貨さえラステルミーカに渡せば、様々な商品がいくらでも風呂敷から出てきた。
関連クエストを全部クリアした後なら、品揃えもそれなりに豊富だ。各種ポーション。飲料・食料。クラフト素材。店売りのデータクリスタル。
品切れはない。なぜか。
クエスト随行NPCとしての仕様を悪用し、この世界へ連れてくることで実体を得たラステルミーカには、俺たちのギルドと契約して様々な実験に付き合ってもらった。
風呂敷は本当に品切れと無縁なのか。
どういうメカニズムで無限の商品を吐き出すのか。金貨はどう使われるのか。
その場でアイテムを創造しているのか、〝別のどこか〟から取り寄せているのか。
サラムのスキルで作成した偽YGは、ゲームだとラステルミーカのショップでは支払いに使えなかったが、じゃあこの世界で支払いに使おうとしたらどうなるのか。
そうした実験と分析でまとめられたデータをもとに、キーレンバッハの計画はこの小さな猫をもシナリオに組み込んでいる。
「ちゃーんと、重要な役割ありまっせ」
「いっぱい売っていいんですにゃ?」
「ダメです」
「にゃっ!?」
ショックを受ける白猫。毛が心なしか膨らむ。
「なんでですにゃ!? 商人に商品を売るなとは、あんまりですにゃ!」
「売ってもらいます。ただし世界中に、好きなように売ってもらうのはあきまへん」
その理由は俺にも解った。
「現地の職人が死ぬからか」
「へい」
過去百年の検証によると、ラステルミーカの四次元ふろしき(通称)は、ユグドラシル金貨を
偽YGは受け付けないが、本物の金貨なら一度に何枚でも――何億枚でも――物理的な容積は無視して魔法的に投入できる。そして支払額に応じた商品を、何個でも何千個でも吐き出して返す。
つまり金さえあれば、薬も食料も道具も無限に出せる。原材料、製造過程、本来ならあるべき流通過程、全部無視。しかも価格は変動せず、ゲーム時代の固定値のまま。
無限のアイテム供給源。危険極まりない諸刃の剣だ。
現地の鍛冶屋が三日かけて一本の剣を作る横で、よくわからん猫が金貨と引き換えに、無限に(おまけにユグドラシル品質の)完成品を吐き出し続けたらどうなるか。
鍛冶屋は廃業する。ポーション職人も死ぬ。魔法道具職人も育たない。そして文明全体が、謎のふわふわ白猫商人に依存する。
キーレンバッハはそういうことを言っている。
「ミーは……世界を滅ぼす猫ですにゃ?」
「そこまでじゃあない、と思うが……うーん」
「そうですな。せいぜい猫型産業破壊兵器ですわ」
「充分ひどいにゃ!」
キーレンバッハ、またにっこり。お前ちょっと楽しんでるだろ。
「せやからラステルミーカはんは、〝最後の売り手〟になってもらいます」
「最後?」
キーレンバッハの幻術が、三本の帯を色違いに描く。
それぞれが非常時対応の深度を示すラインのようだ。深くなるほど、普段は表に出ない異常な能力や物品が出てくる。
「普段は現地人同士で商売してもらう。多少の災害なんかはYG決済圏の流動性で吸収する。
多少やない大災害でも、疑似金貨やらの〝現地人で回せる〟非常手段で何とかする。
けど、それでもどうしても足りんとき――市場そのものが壊れて、物流が完全に途絶えて、世界的に必需品が枯渇するような文明崩壊の危機です――そんときだけ、
ワイらは金策ならいろいろ持っとります。食いモンぐらいなら、ダグザの大釜やなんかで金貨から作れもします。せやけど文明再建に必要な物資を、あれもこれも即座に供給するなんてチートは持ってまへん。全部門の生産能力をフル稼働させても、広がった『人類』文明圏そのものの崩壊を止めるには足らんでしょう。ワールドアイテムでも無理かもしれまへん。
それがラステルミーカはんには、
なるほど――物資の欠乏に対する非常用倉庫。しかも在庫が推定無限。
世界を破壊しうる諸刃の剣だからこそ、世界を救う最後の武器になる。
資料の最終章には、ラステルミーカの無制限供給能力を解放する超非常時対応プロトコルについても、やっぱりあらかじめ書かれていた。
「あれ、でもそういうときって金貨の大量消失が問題なんだよな? ラステルミーカの風呂敷にぶち込むYGはどっから持ってくんの?」
「事ここに至ったら『人類』滅亡の危機ですゆえ、別にワイらの倉庫から直接YGをどーんと供出したっても別に構いまへん。ある意味そのための『
ただ、うちの直接介入いう最終防衛ラインの前にもう一本、〝準最終〟の線を引いとくなら……まあ、金融ギルドで戦略備蓄としてのYGを積み立てとくのが手堅いでしょうな。
この金は一切市場に出回らせまへん。せやから貨幣価値にも影響せんし、蘇生需要で市中通貨がごっそり吹っ飛んでも無傷で残る。貨幣ゆーより、ラステルミーカはん専用の
こいつをたとえば、〝世界人口の
白猫が、ぴんと尻尾を立てた。
「み、ミーが世界を救うんですにゃ……!? 頑張りますのにゃ!」
「あんさんが
「ふにゃあ……」
吹き上げた気炎をスカされて、白猫がまた脱力する。その背中をメイラスが撫でる。
普段のラステルミーカは、『霧の王国』でごく普通の商人をやっている。
やろうと思えば世界中の市場と産業を破壊できる能力を持ちながら、ただ道端で店を開いて、通りかかる人から現金を受け取って、商品と交換するだけの素朴な個人商売に終始している。
それで満足なのだ。彼女自身、自分が世界再生の切り札になるなんて思いもしていなかっただろう。これでも異形種らしく、寿命の概念は無いそうだが……飽きないんだろうか?
キーレンバッハの企画書も、ラステルミーカの運用については
外界が平和なら、これまで通り『
万一の備えを使わなくて済むようにするための手札は、これからも増やし続ける。彼女が真の意味で全力稼働するほどの破局など、永遠に訪れないに越したことはないのだ。
「ちなみにオマケ話ですが……この文脈で言いますと、エクスチェンジボックスは〝最後の買い手〟でしてな」
キーレンバッハが、空中に二本の平行線を引いた。幻術をあまりにも自然にペン扱いしている。
さらにもう一本。二本の直線の間を、上下に揺れ動く波線グラフ。
「これはYG基準の、全体的な物価傾向とでも思うてください。
安すぎれば、箱へ入れてYGにできまんな。これが事実上の最低価格を規定します。
高すぎればダンジョンのドロップテーブルをいじったり、触媒鋳造師の稼働率上げて消費需要を肩代わりしたりで、YGの価格調整をやります。それでも対処しきれん有事の異常高騰には、ラステルミーカはんのような非常手段を解禁する……。
ほんで、その間は市場に任せる」
「……神様たちが、価格を決めるんじゃなくて」
メイラスがゆっくり、理解の速度を確かめるように言う。
「上がりすぎたり、下がりすぎたりするのを止める?」
「ご明察」
キーレンバッハの笑みが深くなった。
「市場いうんは、勝手に動いてもらうのが一番安上がりなんですわ。ワイらが毎日、パンの値段決めて回る必要なんぞありまへん」
「必要なときだけ介入する、ということですね」
「その通り――もちろん、
このへんが難しい話だ。
神様から毎日パンが降ってくるなら、農業技術を研究する奴はいない。
俺たちが消えた瞬間、世界も一緒に滅びる。それじゃあ意味がない。
「いずれは金融ギルドも冒険者組合も、『国境なき騎士団』も六大神教も、ワイらの整備した仕組みがみーんな現地人だけで回るようになってくのが理想ですな。
ワイらは徐々に運営から手を引いて、ただ見守るだけの怠惰な神様になる。おるのかおらんのかようわからん、世界になんもしてくれんように見える――まさに、
普段は手を出さない。時計が動いているなら。
動きが遅くても、歯車が軋んでいても、自分で動いているなら。
「けど、
「止まりそうになったときだけ……巻くのか」
「ゼンマイをですな」
法国でサティアが伝え、ごく一部の上位神官が、俺たちを指して呼ぶという隠し名。ギルドの名から採られた、姿なき神の異名。
こうなる未来を見越して名付けられていた――というのは、考えすぎだろうか。
「まあ……丁寧に説明してくれたおかげで、だいたい解ったよ。改訂案は、これで全部?」
「大枠は。細部はこれからでんな」
ページを最後までめくり終えて、俺は企画書を閉じた。
もともと却下するという選択肢は考えていなかったが、特に修正を要する穴もなさそうなので、俺の仕事は決裁を出すだけとなる。いつも通りの名ばかり社長ムーブ。
「計画通り進めていいよ。ちなみに、最初は何から手ぇつけんの?」
「第一紀から基礎研究始めとったとはいえ、何百年スパンの長期計画ですからなァ。まだ当面は詳細の詰めと、制度設計、予備調査、マニュアル作成なんかに時間使わせてもらいますわ。
特に優先して調べなあかんのが、資源変換の
へいろ。またなんかよくわからん概念が出てきたぞ。
説明を促す。一礼し、キーレンバッハはまた語りだす。
「たとえばですな。ユグドラシルのアイテムや能力いうんは、YGから物質へ、物質からYGへ、その変換を一周させても百パーセント以上には増えんよう設計されとります」
YGをダグザの大釜に投入して、食料を生み出す。
その食料をエクスチェンジボックスに投入して、YGに換える。
するとYGは
ラステルミーカも同様で、風呂敷が商品の仕入れコストとして要求する金額は、その商品をエクスチェンジボックスへ投入したとき得られる金貨の枚数より必ず多くなる。
ユグドラシルの運営はクソだったが、アホではない。たとえ商人系スキルによる割引や査定額ボーナスを組み合わせても、エクスチェンジボックスと物品生産系の効果をぐるぐる循環させるだけで無限金策グリッチが成立してしまわないように、変換レートはきっちり計算されていた。
いや実は何度かアップデート時に追加されたアイテムとかでその手の事件は起きているのだが、ちゃんとパッチが当たって修正されている。サ終まで残っている穴はなかったはずだ。……たぶん。
そこまで考えて、俺はキーレンバッハの言わんとするところを理解する。
「
「へい。こっちの世界には、ユグドラシルになかった魔法も道具も法則もあります。二つのルールを跨いだときまで、勘定が合う保証はどこにもあらへんですからな」
たとえば、現地で開発された新しい位階魔法。
現地固有のマジックアイテム。
ユグドラシル時代からあった能力や効果でも、異世界で実体化して変質しているものがある。
しかもそれら単品だけでなく、組み合わせのパターンまで検証し始めたら?
「幸い言いますか、現在までに閉路利得が一を超える経路は発見されとりません。現地人が誰でもYGを無限生産できてまう事態は、当面起こらんと言えるでしょう。
けど油断はできまへん。閉路検査とは別に、経済を破壊しかねん超常物品や能力の兆しは、もう何個か見つけとります。旦那の
「え、まずい酒が出るだけのアイテムじゃなかったか?」
覚えている限りの原作情報をまとめたメモはNPCたちに渡してある。そこから得た情報をもとに、諜報部門ではワールドアイテムや準WI級アーティファクトなんかを優先的に探す方針になっていたはずだが……。
「旦那ァ。水と有機物が、
分析結果、アンダーソンはんに見せたら発狂しよりましたで。酒として売らんでも、蒸留したら高濃度アルコール採れますわな。消毒、薬剤抽出、香料抽出、溶媒、燃料、保存、化学原料……技術水準が上がるほど、あれこれ利用価値が出てくる代物ですねん」
うお。確かに。
前々世で化学のテストは赤点常連勢だった俺でも、ここまで用途を列挙されたら無限生産がヤバいのは解る。
「ほんでそれ以上に怖いんが、エクスチェンジボックスとの組み合わせです。
極端な話ですな。『酒の大壺』をエクスチェンジボックスの真上に逆さ吊りにして、流れ落ちる酒が自動換金される装置を作ったとしますやろ。単位時間あたりの流量っちゅう制限はあるにしても、一定時間ごとに金貨が一枚、
一日中回したら、元手ゼロでちょっとした金貨の山ができますわな。一年ずっと回したらどうでっしゃろか。百年回したら?」
絶句。そして、キーレンバッハが本当に警戒しているものにも思い至る。
たぶん『酒の大壺』一つだけなら問題ではないのだ。YG換算の生産量は時間に対して有限で、それだけなら
真の脅威は、似たようなものが
「――そんなわけで、まずは情報を集めなアカンと思っとる次第です」
「ちなみに……金貨の増殖ループなり、物質無限生産アイテムの製法なり、マジで危険な情報とか物とか見つかったらどうすんの?」
「隠します。可能な限りは」
だよな。某財団方式だ。『人類』の世界を脅かす異常物品、現象、技術や能力。それらを確保し、収容し、保護する。秘密結社らしい業務と言える。
「隠すのはいいとして……使わないの?」
「ワイらの内部留保を増強する用途では使うでしょうな。けど、現地の経済には噛ませまへん。市場が壊れますよって」
「それはそう」
無限に金貨が湧いて出るぞー、でそれを現地にバラ撒くことはしない。『
代わりにそういう厄ネタを蓄えておいて、有事のための備えとする。『人類』存続のために。
うちの方針としては、正しい使い方だろう。
「……よし。俺からは、聞きたいことは聞けたと思う。
メイラスもいいか? ラステルミーカも」
「ミーは今までどおり、商売ができればなんでもいいですにゃ」
猫の気楽さとは対照的に、エルフの少女は浮かない顔をしていた。
「あの……神様たちはやはり、いつかこの世界を去られてしまうのでしょうか」
安心させる意図で、俺はメイラスの頭をさらさらと撫でておく。実年齢百歳越えの女性にやることじゃないと言えばその通りだが、こいつは俺が撫でてもくすぐっても未だにえへえへ笑って喜ぶだけなので、多分そういう感性がお子様のままなのだろう。
長命種にはよくある話……なのか? 正直わからん。
「この世界に俺たちの仕事はもう無い、ってときが来たらそうするかもな。でもそれは、ずっと先の未来の話だ。たぶんお前が生きてるうちに終わる事業じゃねーから、お別れの心配はしなくていいよ。敵との戦いに負けて、普通に滅亡する方が早いかもしんないけどね」
「神様たちが、もし戦に敗れて、滅びるとしたら……そのときはわたしも、お供いたします」
「そこは生き延びてほしいんだけどなぁ……」
なんか意外とメイラスの感情が重いな? 大丈夫かこいつ。感情というより信仰かもしれんけど。
横から向けられる視線の重さと熱さを苦笑で受け流しつつ、俺は席を立つ。
「今日は時間作ってくれてありがとな、キーレンバッハ。いろいろ解りやすくて助かったよ。
それじゃあ――
「毎度あり」
深々とお辞儀をする狸親父。
財務部門統括、キーレンバッハ。ビジュアルも喋り方も胡散臭いし、戦闘能力はからっきしに等しい、はっきり言えば最弱クラスの一〇〇レベルNPC。
そんな奴のことを、ちょっと頼もしく思えるようになったのが、今日の最大の収穫かもしれない。
[memo]
やろうと思えば「神造ダンジョン計画のゴールはどこか?」とか「冒険者がダンジョン労働者になる場合、原作で冒険者がやってた野生モンスター討伐は誰がやる?」とかの話にも広げられましたが、そこまで行くと三話連続考察回になって流石にアレなので、このへんは今後の本編の中でまた追々。
以下いつもの設定メモなど。(長文につき任意)
■エクスチェンジボックスの大規模運用による物質消失問題
・エクスチェンジボックスによるYGの両替所が世界的に運用されるようになると、金貨に換えるための原資として物質が消え過ぎるのではないか、という懸念がある。
・実際これがどの程度問題になるのかは、実運用開始後の継続的なデータ分析を要する。……が、少なくとも現時点では(通常の運用を前提とする限り)さほど問題にならないという試算が出ている。
・最も大きな理由は、この世界に「物質を消滅させる方法」よりも遥かに多くの「物質を創造する方法」が存在するため。
たとえばドルイド系の魔法で広範囲の作物に成長を促すことができるが、このとき空気中の窒素が消費されたりはしない。土中の栄養も豊かに実った植物そのものも、追加された質量は
ほか信仰系魔法には食料や水を直接的に創造するものもある。現地の生活魔法では香辛料や紙を作れる。土から低位の金属を生成する魔法も存在し、充分に術者レベルが高ければ鉄はもちろん、アダマンタイト程度までは実質MPコストのみで作り出せる。それ以上の金属も、錬金術師や鍛冶師のスキルがあれば生成・合成が可能。媒体や特定手順を用いて定着させた創造モンスターなども、とくにサイズが大きくなる場合は、元の素材より質量が増大していることが多い。
・また現地には、本編で言及された『酒の大壺』のように、恒久的な物質を生産するマジックアイテムも存在する。そのようなタレントを持つ人物や、固有スキルを持ったモンスターもいる。
この世界で魔法や特殊能力が絡んだ場合、質量保存則はまったく機能していないか、あるいは何らかの「隠れた変数」によって帳尻を合わせられているものと推測される。
・『人類』の生産活動が活発化するほど、惑星全体の物質量はむしろ増大する傾向にあるというのがBWの予測。そのため、大量の土砂や水をエクスチェンジボックスに流し込むような「極端に質量対効率の悪い換金」を大規模かつ継続的に行いでもしない限り、天体規模の物質消失が問題となることは当面ないと考えられる。当然この手の変換は両替所では禁止。
・余談ながら、「物質を手軽に消失させられる」ことを利用し、エクスチェンジボックスをゴミ処理に活用できないかというアイデアもある。
■『酒の大壺』
・原作登場アイテム。リザードマン四至宝の一つ。四至宝の最後の一つは原作でも不明だったが、現状これは他の二つ(
・このアイテムがヤバいという話にはオバロ二次界隈でも先駆者がいる。興味ある方は、うにコーン氏作『オーバーロードは稼ぎたい』を参照されたし。本作より詳しい化学註解も付いており、面白い。
■「できるだけ偶然に、現地人の努力の結果に、それが無理でも
・今回はユグドラシル金貨の話がメインだったので本文で触れなかったが、財務部門で管理しているYG経済圏外の超常資産として、『非実在神秘目録』というものがある。
内容は世界各地の超希少マジックアイテムや、超自然現象の伝承、百年に一度しか行えない大儀式、古代文明の遺構など、大小さまざまな奇跡を起こし得る力の一覧。しかしこのリストに載っている物や事象は、
・要するにこれは、『
こうした物品・現象・技術などを、普段から
・発想の元は『
・なお、この目録には副次的機能が期待されている。「嘘の超希少アイテム情報などに釣られた
◆蛇◆
キャラクター名鑑 #2008
【
役職:ギルド『
住居:ギルド拠点『
種族レベル:(※2)
職業レベル:(※2)
など
[種族レベル:取得総計5レベル]+[職業レベル:取得総計95レベル]=計100レベル
※1:カルマ値の低さはフレーバーテキストで注意深くカバーされており、彼の悪性は「金や情報の邪悪な使い方を考えるのが趣味(実際にやるかどうかは別)」という形で制御されている。
※2:
◆足◆