OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
とある夜。
スレイン法国・法都シクルサンテクスに聳える中央聖殿。
その深奥、六大神の後継たる
少女の名を、『
ギルド『
広げた古文書類から彼女が拾い上げようとしている情報は、〝
高度に発展した文明が厄災と化す前に葬り去る、古き竜の一派。彼らが過去にどのような文明を滅ぼしてきたのか、何を基準に〝剪定〟すべき対象を見定めているのか、所属する竜がどのような力を行使するのか。そうした分析に繋がる手がかりを、歴史や神話から広く探ろうというのだ。
永遠の停滞によって世界を維持するという〝剪定派〟の思想は、過激なれど理解不能ではない。しかし
いずれ必ず、対峙のときが来る。それまでに、少しでも敵情を知っておかねばならなかった。
「とはいえ、崩壊した文明の記録などというもの、そう多くは残っておらん……
過去に滅びた文明の、存在したとされる地域と時代。同じころに近辺で目撃されたり、噂に登ったりした竜。
否――
巻物を開き、本のページをめくり、サティアは不確かな伝承の集積から、有史以前の闇へと分け入ってゆく。
「古代巨人文明……年代不詳。祖たる
西方大陸、〝
古代竜人文明……実在が確かな中では、おそらく最も繁栄した高度文明。竜の怒りに触れて滅びたとする説がある一方、〝外なる者〟との戦争により衰退したという古詩も残る……これは遺跡を調べた方が早いか?
未成世界伝承……南方大陸の神獣信仰……海に沈んだ帝国……記述が残る
考察に没頭していたサティアが、ふと顔を上げた。
転移してきたのではない。今のサティアなら、物体が瞬間移動してきたときの空気の動きは読める。この相手はただ、高い隠密能力によって一定距離までサティアの感知力を欺くことに成功していただけだ。
そんなことができる者は、規格外の能力を持つ
異常といえば異常。だがあり得ないというほどでもない。距離が縮まればサティアの〈知覚〉が勝ったということなら、推定される相手の力量は
そのような能力を持った味方が来るという連絡は受けていない。
で、あるならば――未知の
相手はまだ数ブロック外側の区画におり、こちらを認識した気配はない。それはそうだろう。少なくともユグドラシルのルールの枠内では、どれほど索敵能力に特化した
サティアは瞬時に幾通りもの対応シナリオを考え、吟味し――机上に広げた資料類の一部をアイテムボックスへ放り込みながら、諜報部門統括NPC・リーギリウムに
「リーギリウム、法都中央の聖殿に侵入者じゃ。座標のイメージを送るが、
返る思念は少年の声。
「簡単に言ってくれちゃってさぁ! カンストプレイヤー級の
「それでよい。儂も
方針は決まった。サティアは
侵入者は聖殿深部の構造を事前に把握していたわけではなく、進路と退路を確かめながら、各所を調べ回っているようだ。
途中で幾度か、神官や警備の聖典隊員ともニアミスしているが、気付かれている様子はない。至近距離でしばらく観察されていた、七十レベル相当の神人でさえ看破できていないあたり、〈
これは自分でなければ対処できぬと判断し、サティアは無詠唱化した〈
中央聖殿にプレイヤーもしくは
サティアは自分のところまで、あえて侵入者を誘導しようとしていた。
――果たして、およそ二十分後。
慎重に通路や部屋を調べて回りながら、壁や天井をも移動経路として使う大胆な身のこなしにより、侵入者はサティアのいる至聖所まで辿り着いた。
やはり完全不可知化状態を維持している。が、種族能力として常に〈
視界の端で捉えるに留め、直視はしない。視線は古文書に落としたまま、何の違和感も覚えていない自然体を装う。
装いつつ、侵入者の様子を窺う。
人型。正確な種族は不明。
毒々しい赤と青で彩られた、金属質のボディスーツ、あるいは外皮。体格は細身、人間種ならば推定男性。顔にはマスクのようなものを被っている。
――さて、こやつは儂を
法国近辺で、サティアが己の正体を知らぬ者の前に姿を見せるときは、〝小聖女〟サヤという
これは特殊な
サヤ自体が漆黒聖典に匹敵する機密の塊であるため、外部に知られている可能性は低い。とはいえ情報戦特化プレイヤーならば、その程度の秘密までは辿り着いていてもおかしくない。
さらにその裏、従属神サティアや第七柱『
謎多きスレイン法国の奥の奥、機密区画の最深部にある至聖所で。
明らかに上質な衣服を纏い、護衛も目付け役も伴わず、独り古文書を漁る少女。
異様であろう。不自然であろう。敢えて
侵入者はこれをどう見る?
警戒し、何もせず遠巻きに観察するだけか。非力な子供と見て姿を現し、話しかけてくるか。魔法やアイテムによる精神支配を試みるか。
はたまた、アジトでじっくり尋問するために連れ去ろうとでも考えるか。怪しいのでとりあえず攻撃してみよう、などと短絡を起こす可能性も無いではない。
相手の出方ひとつで、その目的・人格・判断基準などを推し量る材料が得られる。
ゆえにサティアは待つ。そしらぬ顔で文献と向き合い、周囲のことなど気にも留めていない隙だらけの姿を演出する。
古文書を読む。侵入者は近づいてきて、周囲にトラップや伏兵が無いかどうかを調べていると見える。
メモを取る。侵入者はさらに近づいて、サティアの書いた文字を肩越しに覗き込んでいる。
直視できないため、僅かな気配の揺らぎから得られた分だけの情報になるが……サティアが調べていた、古代文明の滅亡と竜の伝承を関連付けるような記述に、侵入者も比較的長く目を止めていたように思われた。
幾重もの丸で囲って強調された、〝剪定派?〟の文字。このメモは敢えて机上に残した。侵入者が法国語の文字を読めるか、この単語に興味を持つかは分からない。
サティアは立ち上がり、さも一時退席といった気軽さで隠し間を出て行こうとする。
隠し間は表向き存在せぬ〝第七の神〟を祀る場であるが、事情を知らぬ者の目に触れた場合を考え、秘された神の存在を明示するような祭具や紋章は掲げられていない。
真実を明かされた者の口伝と、そこが法国におけるサティアの定位置になっているという事実だけが、ただの小部屋を
とはいえ神官長クラスしか立ち入りを許されぬはずの至聖所の、さらに奥まった区画に設けられた隠し部屋だ。存在そのものが異様であり、胡乱でもある。
侵入者がここに残るなら、机上に放置された資料や、部屋そのものに興味があるということ。追ってくるなら、サティア自身に興味を持ったということになろう。
侵入者はしばらく資料類とサティアを見比べていたが、やがて後を追ってきた。
廊下を歩く。角を曲がる。侵入者はついてくる。
便所に入ってみたら
書庫へ入る。いくつかの資料を追加で持ち出す。
侵入者は棚に並ぶ書物や巻物にも興味を示したが、最終的にはサティアの追跡を続けた。
また廊下を歩き、隠し間のある部屋に戻ってきて――
背後の気配が、格段に存在感を増した。
完全不可知化を解いたようだ。……〝小聖女〟サヤとしては、気付く
しかし距離は既に、近接武器の間合いの内側。攻撃行動に伴う隠形解除かもしれぬ。
挙動を乱したつもりは無かった。だが一瞬の迷いと警戒を、何らかの反応として見られたか。
その男はついに、声を発した。
「……いつから気付いてた?」
乾いた声であった。北辺の荒野を吹き渡る、寂寞とした風のような。
こちらが気付いていたことを知っている、と告げる初手。鎌をかけているだけかもしれない。思惑に乗らず、非力な小娘が驚いたような演技をしてみせるべきか。
ゆっくりと振り返りながら、サティアは表情を作り直す。
無垢よりも神秘を、焦燥よりも余裕を、含ませた微笑。
彼なりに確信を得ての踏み込みであろう、と仮定する。ならばもう一段しらばっくれるのは、いたずらに印象を損なう悪手。
むしろこの男の想定した通り――否、それ以上の〝底が見えない相手〟として振る舞い、さらなる反応を引き出す。
「儂の視界に入ってきた時点で、見えてはおったのう」
嘘はない。五感を超越した〈知覚〉により、ずっと手前から存在は認識していたが、視覚で捉えたのは彼が隠し間に入ってきてからだ。
「視覚強化の類か……なぜ見えていないフリを?」
「見えていると知られたら、おぬしに何をされるか分からんでな。
バレていないと判断すれば、そのまま出て行ってくれるかと思ったのじゃが……逆になぜ、姿を晒してまで、わざわざ話しかけてきたのじゃ?」
男の頭部全体を覆うマスクは、蜘蛛の目のような八つのレンズを備えていた。
これがそのまま
「気付かれているなら、場合によっては
だが簡単じゃなさそうだ。……あんた、何者だ?」
幼い少女の姿をしたサティアに、口封じの可能性を示唆する。穏やかでない発言だった。
威圧目的のブラフか。それとも
「何者とはこちらが問いたいところ。わが名はサヤ……巫女姫を知っておるなら、あれと似たような立場と思えばよい。
で、おぬしは? 訊くだけ訊いて答えんとは言うまいな」
「……
あからさまな偽名。が、それはお互い様といえる。
サティアは隠し間に入ると、書庫から取ってきた文献を卓上に積み上げた。もとの席に腰掛けつつ、自称Jにも椅子を勧める。
「招かれざる客じゃが、歓迎しよう。座ったらどうじゃ」
Jは座らず、隠し間の入口に背を預けて立つ。何かあればすぐ逃げ出せると同時に、サティアの逃走経路を塞ぐ位置取り。
サティアは肩をすくめ、何も言わなかった。
正面戦闘となれば、敵がプレイヤーであろうと
だが相手の数も、能力も、保有する情報も知れていない状況では、敵対すること自体にリスクがある。ワールドアイテムのような切り札とて持っているかもしれず、それを当人が持ち歩いている保証もない。「自分が戻らなければこれを発動せよ」と、そのようなデッドマン・スイッチを仕掛けている可能性もある。
また、相手がもしプレイヤーであるなら……そもそも『
庇護下に入ることを選ばずとも、現地での生活を支援したり、あるいはギルドの事業に協力してもらうといった関係性もあり得る。
ゆえに捕縛や殺害を試みるのは最後の手段。既にリーギリウムが枝をつけているはずである以上、むしろ泳がせる意味でJは逃がしておきたい。
もちろん、ここでサティアが本気の戦闘など行えば、聖殿そのものが崩壊しかねないという環境的制約もあるのだが――。
[memo]
■巫女姫
・六大神殿に所属する魔法儀式要員。本来は最秘宝『
本作では法国が改造されている影響もあり、『叡者の額冠』を用いない業務も多い。そのため〝正史〟より増員され、神官団の一部署といった趣が強い。
・本作の『叡者の額冠』は『
改修を担当したサラム曰く「呪いの装備と同じで、大きなデメリットを持たせることにより性能を底上げする発想は見事。しかし一〇〇レベル級の専業生産職がもっといい素材を使って作るなら、デメリットを無くすことは難しくない」とのこと。とはいえユグドラシルでは該当するデータクリスタルが存在せず作れないため、あくまでこの世界のアイテム製作技術ありきの話と言える。
・『額冠』の装備中に着用者の自我が封じられる点は元のままだが、外せば正気のまま意識を取り戻す。このため巫女姫らはごく普通に自宅や僧房から通いで勤務し、『人類』の一員として生活することができている。
もっとも、その希少な才能を見込んで『
・キャロルが紛れ込ませた〝玩具〟による事件がたびたび起きており、サティアが後始末に追われるのが毎度の恒例行事。このせいか巫女姫たちはサティアを母のごとく慕う者が多いが、キャロルがそこまで狙ってやっているかは定かでない。