OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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―第七臓区・科学技術部門―

「イィーッヒヒヒ! よォうこそカレルレン様ッ! 実験器具や被検体(モルモット)でたいへん散らかっており申し訳ございません、すぐに片付けさせますゆえしばし! しばしお待ちをッ!」

 テンションたけーなオイ。パンドラズ・アクターの同類かな?

 

「いや、いーよそのままで。必要なら俺がすり抜けるし、下手に整頓しない方が能率いいタイプだろお前」

 そう声をかけてやると、目の前のひょろ長い男は白衣の裾が翻るほどの勢いでバッと平伏した。やはりどこぞの軍服ハニワ頭を思わせるオーバーアクションだが、こいつは役者ではなく()()()である。

 

 第七臓区、科学技術部門統括。科学者(サイエンティスト)系一〇〇レベルNPC、アンダーソン。

 外装は白衣を着た人間の若い男。いかにもマッドな理科系といったビジュアル。彼にはこの世界向けの科学体系の整備という長期プロジェクトを任せる一方で、転移前の現実(リアル)から持ち込んだ文献をもとに、こっちの世界で再現可能な科学技術の検証も頼んでいる。

 

「私のような、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の生態にも寄り添っていただけるとは……ウィヒヒ! えぇそうなのです、世間は我々を『片付けられない者』『汚部屋勢』などと呼んで蔑むばかりで、我々には独自の機能美的意識があってモノを配置しているのだということを理解しなァいッ!」

「ああ、うん、わかるよ……道具でも資料でも、よく使うものはすぐ手の届くところに置いておきたいんだよな」

 

 狭い世間の無理解を嘆くアンダーソンに同調してやる俺とて、前世(リアル)()()()で生粋の汚部屋勢だったわけではない。しかし片付け上手だったかというとそうでもなく、ごちゃごちゃしたモノに囲まれていると落ち着く……という心理には一定の理解があるつもりだ。

 

 部下の職場が散らかっているとしても、それで仕事が捗るというなら俺は許容する。もちろん備品が紛失したとか実験体がどっか行ったとか、あとは恐怖公の眷属がPOPしちゃった☆とかのインシデントがあったら全力で整理整頓清掃消毒見敵必殺殲滅戦を命じるに吝かではないが。

 

「長期計画はまだ構想段階だからいいとして、いろいろ優先度つけて預けてた検証事項あったろ。あのへんの状況どうかなと思ってさ」

「進捗確認ですねェ! 検証項目は日々消化しておりィ、データ収集のペースとしては順調です。

 ……正直なところ、応用が期待されていた技術に関しては〝出来ないことが分かった〟という結果の方が多く出ておりますが」

「それも成果さ」

 

 そもそも今日は大きな成功ばかり印象に残っているから錯覚してしまうが、べつにこれまでの数ヶ月間にも細々した実験をしていなかったわけではないし、そっちは普通に失敗の方が多かったりする。

 

 大量の一レベルNPCを用意して、いろいろ無茶なことを書き込んでおいたフレーバーテキスト実験なんかは特にひどい。

 アカシック・レコードに直結し全てを知るはずの老賢者は、何を訊いても「42」しか言わないただのボケ老人になってしまった。俺の命令のみに従う全能の願望器となるはずの妖精竜は、ひとこと話しかけた瞬間にフリーズし、複雑骨折ポーズで宙に浮いたままプルプル震える謎のオブジェと化した。

 ほか、タイムリープ能力を持たせようとしたら粘体でもないのに緑色のゲルになってしまった巨乳美少女とか、不死身の生命力を与えようとしたのに何度蘇生しても勝手に爆発四散してしまうサメとか、万物と対話する能力を与えられた結果ずっと壁に話しかけているヤバい目つきのおっさんとか、[編集済]とか、そういう失敗作が山のように生まれている。全体で三十レベル近く無駄にしたんじゃなかろうか。流石にもうちょっと大人しい設定書いとけばよかったな、と反省せざるを得ない。

 閑話休題。

 

 アンダーソンの案内を受け、研究室(ラボ)も通路も雑然とした第七臓区を回る。

 折に触れて実験結果などを聞いていくのだが、これがなかなか興味深い。「空気抵抗が皆無もしくは微弱にしか働かない」等、原作情報の通りで安心した検証項目もあれば、「化学反応系はほとんど未知の法則に従っている」なんて爆弾情報も飛び出してくる。

 

「書庫よりお借りした資料に記されている〝りある〟の理学体系はきわめて洗練されたものでしたがァ、少なくとも酸化・還元反応のルールに関しては一からの見直しが必要でしょうなァ。おそらくエネルギー属性としての[酸]と、その耐性が関与しているものと思われます。あるいは錬金術師系クラスの有無という線も?

 それ以外の化学反応系実験だと……ああ、人工的窒素固定プロセスの不発は意外でしたねェ。温度も圧力も触媒も、地球で使われていた条件を可能な限り再現したはずなのですが、何故こちらでは機能しないのか? ンン~実に興味深い」

 

「アダマンタイトやらオリハルコンやら、あっちの周期表に存在しない金属元素がある時点で多少の差異は予測してたけどねえ……まさかアンモニアの合成反応が始まりもしないとは。うーむ、この世界じゃハーバー・ボッシュ法でお約束の生産チートは無理かー」

 

 みんな大好きハボ法は残念ながら再現不能。化学肥料と火薬を無限に作れる夢のパゥアは露と消えた。なんつー糞レギュレーションだオバロ異世界。運営出てこい。

 まあ高レベルの森祭司(ドルイド)が数人いれば大抵の作物は耕地面積が何百ヘクタールあろうと年中フル回転で収穫可能になってしまうし、土木工事にせよ爆弾・銃砲類の製造にせよ魔法で代替できない火薬の用途ってのもあんまり無いんだが。

 やはりマジカル……マジカルはすべてを解決する……!

 

 どっちかというと生物の身体組成とか、基本的な代謝とかがどうなってるのか俺は気になる。仮に[酸]耐性が酸化作用全般に適用されるんだったら、装備で[酸]に完全耐性もった人間は体内で起きる諸々の生物的酸化まで止められてしまうのだろうか――んなわけあるか死ぬわ。燃焼だって急速な()()反応と捉えれば[火]耐性じゃなく[酸]耐性で防げるはずだが、現実はそうなっていない。

 ドワーフが飲む酒は本当に俺の知ってるアルコールなのか。そもそもこの世界の物質は原子から出来ているのか。クォークやレプトンはどうだ。四大相互作用は?

 

 やめよう。やめやめ。

 俺はまた専門家でもないくせに思考の迷路に入り込んでいる。この手の疑問を丸投げすべき相手こそ目の前のアンダーソンだ。こいつと配下のチームに何百年かじっくり研究させておけば、俺が思いつく程度の問題はきれいに解体されているに違いない。

 

「ま、差し迫ったリスクなり画期的な活用法なりが出てこなければ、検証結果は基礎研究の方に回してゆっくりやっていいよ。

 こっからは実用的な話をしよう。作ってほしいもんがいろいろ出てきてね」

 

 アンダーソンは科学者だが、同時に近現代や未来風の――ユグドラシルの設定的には「そういう文明が発展していた世界葉」の――機械全般を扱う技術者でもある。俺がここへ来た目的の二つ目は、そっちの能力を活かした仕事の依頼にあった。

 

「イヒッ、なんなりと……! 動像(ゴーレム)がご入用ですか、それとも機械人間(アンドロイド)、はたまた大型機動兵器? 資材の備蓄は潤沢にございますゆえ、万物工場(オムニファブリク)はいつでも全力稼働可能です」

 

 妙に高いテンションで物騒な代物の製造を提案してくるアンダーソン。仮に俺がこのままゴーサインを出せば、最高グレードの課金設備である超大型物質印刷機(マテリアル・プリンター)が猛然と素材を吸い込み始め、ターミネーターみたいなロボット兵やジオン製モビルアーマーめいた化物メカをじゃかじゃか吐き出す楽しい光景が見られる。ちなみにどれも『ヴァルキュリアの失墜』以降に追加された機械系モンスターである。

 

 しかし他部門がスキル生成モンスターの永続化に次々と成功している現在、ユグドラシルからの貴重な持ち出し資材を消費してまで、強力な人造物(コンストラクト)系戦闘ユニットを増産する意義はあんまりない。

 それよりは、スキルで作れない道具・乗り物・機械化装備類なんかを生産してもらう方がよほど有意義だろう――ということで、俺は事前に作ってきた注文リストをアイテムボックスから出し、アンダーソンに手渡す。

 

「リクエストはここにまとめてあるんで、順次生産よろしく。材料は必要なだけ使っていいけど、もし転移前とコストが大きく変わってるとかあったら知らせてね」

「ふむ、ふむ、農具に車両に……装甲砲座(トーチカ)、パワードスーツ、自律機銃(セントリーガン)? ――なるほど、そういうことですか」

 

 お前もなるほど勢かよ。なんなの? 高知能NPC特有の合言葉なの? 原作のデミえもん劇場思い出していちいち身構えちゃうからやめてほしい。

 実際、別に深い意図があるわけでもない。たとえば農具なんかは製作部門でも作れるが、魔法的な力のない単純物品として大量生産するならこっちの方が向いている。現地人向けならまずはこれで充分。適材適所というだけの話だ。テック系の武器は言わずもがな、現状ここでしか作れないし。

 

「ほか将来的に欲しいもんとか、新兵器のアイデアとかも別紙にしてあるから、暇なときに検討してみて。既知の分子結合モデルが当てにならんようだと汎用ナノアセンブラは難しいかもだけど、『鏡門砲(ゲートキャノン)』は構造も単純だし行けそうな気がする」

「ほうほうほう、これは面白い……」

 

「あと、こっちもリソースに余裕ができたらでいいけど、ケイスの装備拡張に手ぇ貸してやってくれる? あいつの火力陣地、もっと密度上げればカンストプレイヤー三パーティくらいは余裕で殲滅できるようになると思うんだよね」

「いいですねェ! いっそ外殻含めた全区に兵装ネットワークを拡げて、統合的な火力運用を……」

「そうそう、火力といえばイスカンダルの起動実験もやんなきゃだな……」

 

 などとしゃべくること小一時間。

 結局思いつきも含めてあれこれ追加作業を頼んでしまったが、NPC達は基本的に仕事が増えるほど喜ぶドMブラック社畜気質なので、アンダーソンもやっぱり喜んでいた。大丈夫かな、と思わんでもないが、あいつも装備と種族特性で飲食睡眠呼吸不要&疲労無効にしてあるから死にはしないだろう。俺は自社のNPC相手ならいくらでもブラック経営者になれる男。労基署に訴えられたら勝ち目はない。

 

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