OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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―脳区・諜報部門―

 本日最後の訪問部署は諜報部門。脳区(ケレブリア)と呼ばれる特殊な臓区に彼らの職場はある。

 いくらでも湧いて出るPOPモンスターの影の悪魔(シャドウ・デーモン)を下級諜報員として物陰に忍ばせ、中級諜報員の二重の影(ドッペルゲンガー)が現地の文明社会に紛れて人的諜報(ヒューミント)を行い、上級諜報員の忍者たちが未踏地域や高度な機密の調査を担う――だいたいそんな編成で、組織的にこの世界の情報を収集してもらっている。

 

 彼らが集めたデータは、現在も拡大中の通信・転移ネットワークを通じて脳区(ここ)へ送られ、組織の中核たる頭脳集団によって処理される。必要に応じた変身で業務を補佐する上位二重の影(グレーター・ドッペルゲンガー)、賢者の名に恥じず情報分析もお手の物な死の支配者の賢者(オーバーロード・ワイズマン)、種族能力により常時発動可能な幻術でデータの可視化に一役買ってくれる水槽の脳(ヴァテッド・ブレイン)、などなど。

 

 そんな連中をまとめる部門統括はというと、俺が脳区に立ち入る前から接近を察知していたらしく、入口の真ん前で待ち構えていた。

 なぜか泣きそうな顔をして。

 

「おせーよボス! あんたの最終承認待ちの稟議書が百六十八件も溜まってんのになんで他の臓区ぶらぶら回ってからオレんとこ来るんだ、もっとこまめに来てくれっていうかもうホームポジションここに移そうぜそうしようぜなあ!」

 

 わんわんまくし立てるのは、ハッカーのイメージ画像めいた謎パーカーを羽織った銀髪ダークエルフの少年。……ってのは外装だけで中身はやっぱり別物。

 諜報部門統括、一〇〇レベル情報系NPC、彼の名はリーギリウム。わがギルドには貴重なショタ要員。しかしその能力は占術特化型カンストプレイヤーにも引けを取らない強大なもの。フレーバーテキストの現実化でとんでもない情報処理能力を得た今なら、総合性能は元が人間でしかないプレイヤーを遥かに凌ぐと断言してもいい。

 

「めんごめんご。よっぽどの重大事項でもなけりゃ独自判断で進めていいって言ってんのに、マメだねえお前も。まあ俺の意図してない方向に暴走されるよりいいけど、そのぶん意思決定が遅くなるのは勘弁してくれや。

 あと、基本的な居場所は心室(コアルーム)から動かせないんだよね残念ながら。ほら、うちのギルド武器って……()()だから……」

「もー! しょうがねえなとにかくこっち来て、優先度高いやつだけでも見てくれってオレも手伝うからさぁ!」

 

 世話焼き系ショタにぐいぐい押されて統合管制室へ。ここには幻術で投影された無数の画面や立体映像が並び、拠点各区の様子から周辺国に配置した監視用モンスターの視界まで様々な情報を映し出している。いちおうファンタジーの世界なのにここだけペーパーレス化が進んでいて、ちょっとした宇宙戦艦の艦橋(ブリッジ)にいる気分。わーお。センス・オブ・ワンダー!

 

「はい、よーし、まずこれな。あんたが最優先で情報集めろって言ったやつだぞ。

 こっから見て北西の方角で、()()()()()()()()()()()を見つけた。確度は九九・九七パーセント。たいした情報防護(セキュリティ)なかったから、ここ三日間ずっとリアルタイムで追跡中だ」

「マジかオイ。でかした!」

 

 三日前に発見済みとか、それ絶対俺がアラート見落としてる奴じゃん。やばいやばい。

 俺自身の無能っぷりに対する危機感を誤魔化しつつ、さらさらの銀髪を撫でてやると、リーギリウムは褐色の頬をほんのり赤らめて嬉しそうに笑う。

「へへ……もっと褒めていいぞ!」

 なんですかねこの可愛い生きものは。このままだとヤバい扉を開きそうなので、俺は目の前の重大情報に強いて意識を向ける。

 

 先週ぐらいに「プレイヤーの足跡らしき情報を入手」と報告を受けたところまでは覚えている。そこから早くも本人たちへ辿り着いたのは、諜報部隊とリーギリウムが優秀なのもあるが、それ以上に相手が不用心だったということらしい。まあ前情報なしで異世界に放り込まれたら普通は混乱するし、そんな状態でプレイヤーが活動すれば目立つよなあ。

 ともあれ()()を早い段階で発見できたのは幸い。方向性は相手次第だが、どう動くにせよこれで先手が取れる。

 

「わざわざキャンプアイテム使いながら、亜人やモンスターの目を避けて毎日移動してるとこを見るに、拠点の転移はなし。三人で一緒に飛ばされてきたって感じか。しかしこの編成は……」

 問題の三人組が果たして何者であるのか、リーギリウムが撮っておいてくれた記録映像を見ながら考察してゆく。

 

 一人が推定一〇〇レベルのエルフ、女性、装備からして魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)。うちのミハネと同じく古典的な魔女ファッションに身を包んでいるが、要所で露出が高い。そしてエルフのくせに豊満な乳・尻・ふとももをお持ちだ。()()()は理想の自分をアバターで再現した女性プレイヤーか、はたまた気合の入ったネカマか。

 

 二人目は推定()レベルのドワーフ、男性……というか少年だ。初期装備っぽい斧を持ってるので、戦士系クラスでゲームを開始したのだろう。昔を懐かしんでサービス最終日だけ新アカで戻ってきた引退プレイヤーかと思ったが、それにしちゃ動きが素人くさい。

 

 三人目、推定()レベルの人間、女性。こっちも見た目は子供。初期装備の杖を持っているあたり、魔法詠唱者(マジック・キャスター)系のクラスで始めたか。片手ふさがる割に何の補正も付かないあのカス杖をさっさと投げ捨てないあたり、彼女(?)もやはり初心者に見える。

 

 大人(ベテラン)子供(ニュービー)子供(ニュービー)、いちおう全員人間種だが種族はバラバラ。なんだこのパーティは? どういう繋がりで一緒に飛ばされてきて、一緒に動いてる?

「監視につけたサイゾウからの報告だと、ちっこい方の二人はエルフの女を『お母さん』って呼んでるみたいだぜ。でも種族が違うよなぁ……オレ人間種の生態にはあんま詳しくねーんだけど、これ養子ってやつか?」

「……いや、まさか……()()()()()かよ!?」

 

 そうとしか考えられない。大人同士のプレイヤーが異世界に来てまで、種族違いの親子を演じるという倒錯的なロールプレイに興じてるんでもなければ。

 まったくの推測になるが――おそらく母親の方が古参プレイヤーで、自分がハマっていたネトゲの世界を最終日だけでも子供たちに見せてやりたい、とでも思ったんじゃなかろうか。いやいや日付の変わる深夜まで児童をダイブさせておくなよとか、思い出を一ビットも共有してない子供たちにいきなりサ終日のバカ騒ぎ見せても疎外感与えるだけじゃねーかなとかツッコミどころはあるが、現に来てしまっているのだから経緯はどうあれ親子三人でサーバーダウンの瞬間までログインしていたはずだ。

 

「で、ボス。こいつらどうする? 亜人の勢力圏を迂回しながら西に向かってて、このままだとエイヴァーシャーとかいう樹海に突っ込むぜ。あっちにもエルフは住んでるみたいだから、この女は受け容れられるかもしんねーけど、種族の違う子供はどうかな」

「まあ現地人から見たカンストプレイヤーは神みたいなもんだから、異種族の子連れでも嫌とは言えないと思うけどねえ……」

 

 俺はこの親子の転移にまったくノータッチなので、原作に影も形もなかった彼女らは「本来の歴史でも存在はしていたが、後世に名を残さなかったプレイヤー」だと考えられる。だから放っておいても〝正史〟を破壊する可能性は低いはずだ。

 

 しかし俺はこうも考える――このクソ目立つ拠点(シング)を丸ごと現地へ持ち込むという大きな変化を俺自身が起こせている以上、原作ルートもいわゆる〝歴史の修正力〟を持った強固な運命というわけではない。バタフライエフェクト的に小さな変化が累積して、未来の姿を一変させてしまうことは充分にあり得る。

 

 八欲王がこの時代まで生き残っていない以上、その一人の息子であるエロフ王ことデケム・ホウガンはもう生まれているはず。奴がすでにエイヴァーシャー大樹海でエルフ国の王になっているかはまだ調べられていないが、もしなっていたらあの豊満魔女エルフ(仮)が向かった先で出くわすかもしれない。

 

 デケムが四百年後より強いということはないだろうし、レベル差からしても魔女エルフ氏が負ける可能性は低い。でも一レベルの子供二人を連れた状態でいきなり襲われたらどうだろう。あっさり捕まった子供たちを人質に、「こいつらの命が惜しくば私の子を産め!」とか迫られて薄い本みたいな展開になるかもしれない。

 さすがにそこまで行くと、原作に記述のなかった強力な()()が出来上がってしまうだろうし、後世への影響がゼロとは考えにくい。念には念を入れて、阻止しておくべきか。

 

「もうしばらくは泳がせよう。この世界の過酷さをほどよく理解してもらったところで、現地勢力に取り込まれる前に接触する。友好的なら居場所を与えて保護、敵対的なら……まあ使()()()はいろいろある」

「了解だ。サイゾウには追跡と監視を継続させる」

「よろ。あ、もし子供が死にそうだったら、それとなく助けてやってくれる? あのレベルで死んだらさすがに復活できないかもしれんし」

「ボスはお人好しだな~! ま、そういうトコ嫌いじゃないぜ。重ねて了解!」

 

 なにか大変な誤解をされている気がする。プレイヤーってだけでこの世界じゃ貴重なデータを山ほど提供してくれる存在だから、モルモットとして是非とも確保したいね~とか思ってるだけなんだが。まあ俺の胃を痛めない勘違いなら放っておこう。

 

 そんなこんなでリアル親子っぽいプレイヤーに関してはひとまず様子見。といっても一〇〇レベルプレイヤーの足は速いので、近いうちに会話しないとエルフ国へ到達してしまいかねない。今後しばらくは俺もこいつらをウォッチして、最適な接触タイミングを探る必要があるだろう。

 

 ちなみに親子を監視してるサイゾウってのは拠点NPCじゃなく、原作でおなじみのハンゾウとかと同様、金貨召喚できる忍者系モンスターの一種だ。隠密行からの奇襲を得意とするアサシン風の能力構成で、こういうスニーキングミッションにも向いている。

 ユグドラシル時代はAIが残念だったため、一〇〇レベルプレイヤーの看破能力なら問題なく見破れるような動きしかできなかった。この世界への転移後は、遮蔽物を用いた非魔法的ステルスの技法なんかも駆使するようになり、実効的脅威度が大幅に上昇している。こっちへ来てからまだ高レベル帯の敵と遭遇していないであろう子連れムチムチ魔女=サンでは、思考まで本職水準となったナチュラルボーンニンジャのストーキング・カラテには気付けまい。

 

 そのあともリーギリウムに連れ回され、俺はプレイヤー捜索以外にもいくつかあるという高優先度案件から決裁してゆく。

 

 

「あのブロジンラーグって巨人の国、下の森にまた調査部隊送ってきてるぜ。前回よりはちょっと規模が大きいみたいだけど、どうするボス?」

「まだ情報を与えるには早いな。霧の中で適当に脅かして、帰ってもらおう。ほかの種族の奴隷とかがいるなら、できるだけグロい死に方したように見せかけて誘拐しちまえ。いまは〝なんだかわからんがとにかく恐ろしい場所〟ってイメージを広めておきたい」

「オッケー、そういう方針だな! 防衛部門にも伝えとくぜ」

 

 

「東の方で、有力な竜王(ドラゴンロード)の一体が行方不明になったとかいう噂が広まってる。勢力圏争いの火種になるかもって話なんだけど……なあボス、これ()()()だよな?」

()だねえ……近々また話をして、穏便にカタが付いたらお帰り願うさ。この件は俺の巻き取りでいいよ」

 

 

「八欲王のギルド拠点だけど、ボスの覚書(おぼえがき)の通り、南西の砂漠地帯にあったぜ。これを転移前から予見してたってんだから、流石だよな~。

 ただ、情報防護(セキュリティ)がとんでもなく強力で、魔法じゃ画像の一枚も写せなかった。スケッチかなんか取れればよかったんだけど、見に行かせたのがハンゾウだったから……」

「ああ、ニンジャに絵心はないよな……なるほど。写実的なスケッチが専門技能扱いされて、うちで描ける奴がほとんどいなくなるってのは想定外だったわ。

 現地人なら描けるのかな? 画家を探してみるか……派遣したハンゾウに〈記憶操作(コントロール・アムネジア)〉かけたら、そいつが見たもん覗けるのかな……」

 

 

「あとなー、星図作ってた天体観測チームからの報告なんだけど、月面に()()()っぽい影が見えるらしいぜ。対抗探知とかあるとやばいから、いちおう魔法探査は止めてるけど」

「月面???? えっなにそれ怖……俺そんなもん知らんのやが……。

 うーん、確かに魔法ベースの遠隔調査はリスキーだな。止めたのはファインプレーだ。時間かけていいから、これも斥候送り込んで目視で確認してもらおう。配下に月まで行ける奴いるかな? 転移か視覚リンク使える個体がいいと思う」

 

 

 ……などと頑張ること数時間。褐色ショタ(擬態)がつきっきりで補佐してくれたおかげで、俺は滞留案件の大半を処理することができた。

 いやホント、こいつもさすがの有能ぶりだわ。今後もガンガン頼ってやろう。リーギリウム自身も小言を垂れつつ嬉しそうにしてたし。

 

 それにしても――キーレンバッハとの話でも感じたことだが、原作にいっさい出てこない厄ネタがちらほら見え隠れしてるのが気になる。竜を崇める東方の教団やら、月面に存在する謎の構造物やら。しかし〝正史〟に言及がないってことは、俺が直ちに対処しなければマズい代物ではない、とも取れる。少なくとも四百年後までは。

 

 はあ。

 俺も疲労無効ついてるはずなのに、いいかげん精神が疲れてきたぞ。

 情報量が多すぎる。余計な心配はやめやめ。未来のことは未来の俺に任せよう。

 言うてどうせまた部下に丸投げするだけのクソ上司ムーブで乗り切るんやろ? と内なる暗黒面(ダークサイド)が囁く。やめてくれカカシ。その術は俺に効く。

 

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