OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
あっ、これオバロの
そう気づいたきっかけは、ニュースで流れてきたいくつかの語句が
もっとも、その時点では『
なにしろ当時俺がやらされていた仕事ときたら、ひとつの〝案件〟ごとに必ず死人が出る類の汚れ仕事。言っちまえば企業の邪魔者を処分する私兵、
暗黒メガコーポですら公には存在を否定する、最深の暗部。俺たちは会社によって製造され売買され酷使され廃棄される、人権を持たない〝備品〟に過ぎなかった。自分の所属部署が何と呼ばれているか知ったときはずいぶん笑ったもんだ。
最低限働けるようになる肉体年齢まで臭い薬液の中で急速培養され、
死して屍拾う者なし。ユーモアのかけらもない現代のリアルニンジャ。貧困層とかいうレベルですらない、規格化されたコピーをいくらでも製造可能な生体兵器。ヒトならざるただのモノ――。
こりゃどっちかというとクローンヤクザだろ。いくらなんでもハードモードが過ぎねえか。――そんな冗談めかした思考も、前世とかけ離れた凄惨な日々を過ごすうちに保てなくなってゆく。
自分の小さな手が銃を振り回して人を殺して、〝敵〟が撃ち返してきた弾丸で同じ境遇の兄弟が物言わぬ死体になって――兵器として純化しなければ、全感覚を殺人に最適化しなければ、生き残れない。人間性は、いらない。
殺した。
殺して、殺した。
殺して殺して殺しまくった。
企業嫌いの反体制活動家を殺した。海外企業のスパイを殺した。事故に見せかけた暗殺の現場を、たまたま目撃してしまった
某アーコロジーの派閥闘争のために、統治企業の重役を殺した。依頼人はカネと権力とセックスしか頭にないクソ野郎で、
企業同士の小競り合いに動員され、俺たちのようなクローン少年兵と殺し合った。敵も味方もゴミのように死んでいった。みんな虚ろな表情で戦っていて、みんな死ぬと安らかな顔で眠った。
家族を守るため仕方なくテロリストの使い走りになっていた男を、言葉なく激しい銃撃戦の末に殺した。その直後に追加指令が来て、男が守ろうとした家族も〝何か情報を持っているかもしれないので念のため〟と、結局殺すことになった。
某企業の大株主だという金持ちのジジイを殺した。経歴上はとんでもない悪党だったが、護衛が全員始末されると最後には自分の命乞いを諦め、隣で「おじいちゃんにひどいことしないで」と泣く八歳の孫娘に手を出さないよう懇願してきた。でも無理だったので二人同時に殺した。そういう任務だったから。
エトセトラ、エトセトラ――
罪悪感は銃声に削られて風化し、恐怖はいつしか麻痺した。
もともと俺たちの行動は重サイバネ犯罪者用の義体制御ソフトウェアに縛られている。製造元や顧客に不利益をもたらすような真似はできない。たとえそれが単なる自殺であっても。
殺し続けるか、死んで終わるか。どのみち人間らしく生きることは不可能で、つまり俺は最初から詰んでいたのだ。
脳で保持している情報ではないせいか、不思議と忘れない前世の記憶も、こうなると邪魔なだけだった。
こいつのせいで俺の人間性はギリギリ残ってしまっている。こんなもんがなければ、俺はあと何人殺せばいいんだろうとか余計なことを考えなくて済むのに。
いっそただの機械になりたかった。引鉄を絞るだけの、一個の装置に。
少年型キリングマシーンに成り果てようとしていた俺を人間に戻してくれたのは、まったく掛け値なしに一〇〇パーセント、一人の女の善意と勇気だった。
「……子供をこんなところで寝起きさせているのか。なるほど、これでは親会社に切り捨てられもする……あまりに外聞が悪い。
「かしこまりました。ですが……
覚えているのはそんな会話。〝控室〟と銘打たれたカプセル独居房の中で、俺は廊下から漏れ聞こえてくる声に耳を澄ましていた。
清廉な活力に満ちた女の声が、陰気な男の声と会話しながら近づいてくる。
「引継ぎを務めてくれることには、感謝する。しかしだな――
不思議なことを言うなあ、とその時の俺は思う。前世だったら同意できたはずの意見が、どこか遠い世界の異文化めいて聞こえた。
たぶん、慣れ過ぎていたのだ。幼子の手でサイバネ連動式スマートガンを操り、企業統治体制の敵やら対立企業のエージェントやらと殺し合う日々に。平和な二十一世紀の日本で生きた前世こそがすべて夢だったんじゃないかと思えるほどの、モノクロームの鮮血で彩られた殺伐たる歳月に。慣れ過ぎて、いつしか俺は俺自身を一発の鉄砲玉とみなすことに何の疑問も持たなくなってしまっていた。
そんな呪縛の檻を、彼女が壊した。
「私の名前はサラ・ブラック。今日からきみたちの……上司となる者だ。よろしく頼むよ。
じゃあ、いちばん前のきみ、名前を教えてくれるかな?」
招集に応じて整列した俺たちの前に、颯爽と金髪をなびかせ現れた、スーツ姿の女。長い脚にスラックスがよく似合う。碧い眼をした白人だが、その日本語は流暢だった。
たまたま最前列にいたせいで彼女に名を問われた俺は、たどたどしくも自称新上司に向かって敬礼し、今生における己の長ったらしいフルネームを諳んじた。
「はっ! 自分はMTCN-ロータス・シリーズ第十一ロット、シリアルナンバー00D7、であります!」
サラは泣いた。
泣きながら、俺たち全員を順番に抱きしめた。
俺はというと、いきなり泣き出す情緒不安定な新上司に対して間違った回答をしてしまったんじゃないか、と出来損ないの殺人ロボットみたいなことを考えていた。だがある意味、そこで人間として間違っていすぎる答えを返したからこそ、サラは俺たちが何を奪われた存在であるか気付けたのかもしれない。
「……すまない。私たち大人が、愚かなばかりに……!」
当時の俺には、彼女が何を悔いているのかよく解らなかった。
――どうせまた、企業間抗争の流れ弾で死んだ前任に代わって補充されただけの中間管理職だろうに。いったい何に責任を感じる必要がある? この女は俺たちの製造を命じたわけでもなければ、死んで来いと命じて戦地へ送り出したわけでも
でも解らないなりに、彼女が俺たちのために泣いてくれたのだということは察したから。
どうやら今生で初めて自分を人間扱いしてくれたらしい女のために、俺は返礼のつもりでひそやかな誓いを立てた。
このひとの涙に報いようと、誓った。
――誓いは今も、ずっと生き続けている。