OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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襲撃者、捕虜、それから
―第一臓区・防衛部門―


 何やら懐かしい夢を見ていた気がする。

 久々に人間の身体で熟睡してしまったが、目覚めは悪くない。腕に巻いた時計を見ると、ばっちり八時間ほど眠っていたらしい。時刻はもうとっくに朝。そりゃあ清々しいわ。おはよう異世界。

 

 幼女に包まれながらの快眠でなんかを回復した俺は〈完全変態(トゥルー・メタモルフォーゼ)〉を解除。くっついたままなかなか離れないシズクたちを振り落としてから、ギルド武器を装備し、今日の分の〝日課〟を始める。

 

「〈加速(ヘイスト)〉、〈慣性障壁(イナーシャル・バリア)〉、〈自由(フリーダム)〉、〈上位全能力強化(グレーターフルポテンシャル)〉、〈上位抵抗力強化(グレーター・レジスタンス)〉、〈虚偽情報(フォールスデータ)生命(ライフ)〉、〈虚偽情報(フォールスデータ)魔力(マナ)〉、〈上位神性防御(グレーター・ディヴァインウォード)〉、〈魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)沙羅双樹の慈悲(マーシー・オブ・ショレア・ロブスタ)〉、〈活力(ヴィゴー)〉、〈形代符(かたしろふ)〉、〈陰・五行・霞水鏡(かすみのみかがみ)〉、〈魔法持続時間延長化(エクステンドマジック)最後の抵抗(ラストスタンド)〉――」

 

 惜しみなくMPを投入し、強化(バフ)や情報対策の魔法を積む。ひたすら積む。安全なギルド拠点の中枢にいながら、まるでこれからボス戦に挑みますよと言わんばかりの豪華な盛りっぷり。系統すらごちゃ混ぜで、魔力系・信仰系・精神系・その他系、四系統の呪文を横断的に唱えていく。

 

 パワープレイヤーたちの研究の結果、全系統の魔法を第十位階まで使用可能なビルドというのはいくつか発見されている。馬鹿正直に各系統の術者レベルを上げようと思わず、()()()を探すのがコツだ。

 これはチートでもなんでもなく仕様上許された選択肢であり、俺はそのうちの一つを採用しているに過ぎない。なお直接戦闘能力は一系統専業術者の方が普通に強いというオチがつく。

 

 一通りの魔法をかけ終えたら、最後の仕上げに一日四回しか使えない超位魔法の一枠を使用。

「――〈虚空録の再生(アカシック・リサージェンス)〉」

 ドーム状の立体魔法陣が展開され、発動待機時間が始まる。この呪文は超位魔法の中でもかなり発動の早い方だが、それでも十数秒は待たなければならない。

 

 胡坐をかき、近くにいたシズク一号をもちもち転がしながら待つ。傍から見ると、なぜか緩み切った(とろ)け顔の幼女を全身モザイクの不審者が弄んでいるという、たいへんいかがわしい絵面。しかし実態として俺は粘体(スライム)をクッション代わりにしているだけであり、どこぞの変態バードマンが喜びそうな猥褻要素は一切ない。弊社は健全な暗黒秘密結社です。ごあんしんください。

 

 手の中でシズクがてろんてろんの半液体になるころ、超位魔法〈虚空録の再生(アカシック・リサージェンス)〉が発動。

 碧い光球が俺の身体を包み込み、そこから幽体離脱するようにして、白く半透明な俺自身の鏡像が浮かび上がる。

 鏡像は背中から虚空に沈んでいき、現実性の裏側に広がる情報的連続体のレイヤへと姿を消す。

 ――はい、以上。今日の〝日課〟終了。

 

 ユグドラシルプレイヤー以外が見たらまったく意味不明の儀式。実際、これは一日()()()()()()()時間とMPと超位魔法スロットの無駄でしかない。

 それでも毎日続けているのは、一連のセットが()()()()()()()()()()()()()だからだ。

 

 もしかしたら今後もこの〝日課〟が役に立つ日は来ないかもしれない。しかし転移初日からこの世界の想定危険度を爆上げしてくれた某人物のようなイレギュラーが存在する以上、心の余裕を確保するためにも保険としてやっておく意義はあると思う。

 

 買っておいた防災キットや保存食が耐用年数いっぱい使われずに終わっても、損をしたと思うよりむしろ安心するのは俺だけじゃないはずだ。非常時の備えなんてものは使われないのが一番いい。願わくばこの〝日課〟も、今後ずっと無意味であってほしい。

 

 さて。

 準備もできたことだし、さっそく今日のメインタスクに取り掛かることにする。

 昨日リーギリウムに聞いた話の中で、早めに対処しといた方が良さそうな案件がいくつかあった。そのうちの一つをさっさと片付けておきたい。

 というわけで拠点内転移アイテムを使い、第一臓区へ直行。

 

 

 第一臓区は他と違い、研究や生産のための設備がない。

 せいぜい訓練場と牢獄があるくらいで、他はほとんどトラップ地帯や戦闘支援設備で占められている。

 ここは正面玄関(メインゲート)に最も近い防衛ライン。侵入者を確実に葬るための巨大な殺し間。拠点内に設けられた二重の要塞線を、二人の一〇〇レベルNPCが指揮官として守る。

 

 一人は[火]属性特化の超攻撃型魔法詠唱者(マジック・キャスター)、防衛部門副統括のキャロル。

 外装は赤ゴス金髪ツインテール美少女という、ある意味オーソドックスなもの。しかし作成担当者がフレーバーテキストを考えながら薬でもキメていたのか、当初の設定では戦闘狂かつ色情狂かつヤンデレとかいうアウトオブアウトの厄キャラになっていた。そのせいで俺が後からこっそり全面改訂せざるを得なかった、曰く付きのNPCである。

 改訂後は性格やら性癖やらを多少マイルド調整し、他のNPC同様ちゃんと高知能設定も盛ったので大丈夫。……のはずだ。

 

 現在キャロルは持ち場を守っており、俺の出迎えには来ていない。

 で、いま俺と並んで歩いているのは、もう一人の方。

 

「……カレルレンの兄貴、さんざん他の連中からも苦言を聞かされてるたぁ思いやすけどね……()()をお訪ねになるのは、やめた方がいいですぜ」

 ヤクザの舎弟みたいな口調でそう言うのは、長身を朱色のコートに包んだ赤毛ツンツンの青年。NPCらしくなかなかのイケメンだが、例のごとくこいつも人間ではない。

 

 防衛部門統括、名はケイス。キャロルと並んで、うちのギルドには数少ない()()()()NPCの一人。莫大な労力と課金額を投じて強化を繰り返し――ついでにワールドアイテム『忘却の壺』も悪用し尽くし――種族と職業と装備が本来あり得ない形で完璧に噛み合って驚異的な性能を実現するに至った、超ガチ級NPC専用ビルドの傑作。個体戦力としては今ある手札で最強の一枚と言っていい。

 

 そんな大駒をわざわざ任務から引きはがしてまで連れ歩くのには、相応の理由がある。

 第一臓区下部階層、牢獄エリアに捕らえた〝捕虜〟を訊ねるためだ。

 

「いざとなったらお前を頼るさ、ケイス。でも、()()()の事情を多少なりとも理解して話せるのって、現状俺しかいないんだよね」

 

 この世界に転移した直後、()()()()が襲撃を仕掛けてくる事件があった。

 こいつがなかなかの難物で、攻撃力・防御力・機動力のどれを取っても()()()()を遥かに凌ぐ超高水準を誇り、耐久力に至っては文句なしに準ボス級。俺なんかタイマンではとても勝ち目がない。

 俺と一〇〇レベルNPC八人で袋叩き(フクロ)にしてなんとか無力化することはできたが、結果としては拠点外殻が半壊、高レベルの傭兵モンスターも千体近く潰される大損害を出した。それほどの激戦だったのだ。

 

 今はこちらを一切害せない状態にあるとはいえ、たった一人でギルド拠点相手に大暴れした〝捕虜〟に主君を会わせたくないというのは、安全保障を司る防衛部門統括としては当然の思いだろう。

 しかし()への応対は、とてもNPCには任せられない。

 この世界における最重要人物の一人であり、今後の歴史にも大きく関わってくるはずの存在だからだ。

 

「へえ……了解でさあ。でも、本当にやばいと思ったら介入しやすよ。

 それじゃ、あっしは隠れてやすんで」

 

 言うなり、ケイスの姿がスッと薄れて消える。音も匂いも、存在感すらも。これはいざというとき俺を守れるよう近くに控えつつ、()()を刺激しないようにというケイスなりの心遣いだ。命令しなくてもやってくれるあたり、こいつも実に気が利く。

 

 実際、これから会いに行く相手の前で武力をちらつかせるのは得策でない。

 ()()の断片的な情報から推測するなら、()はおそらくゲーム由来のチートパワーでイキリ絶頂MAX状態にあるプレイヤー集団との衝突を経験しており、その戦いで多くの同胞を失っている。俺たちもそいつらと同じ侵略者だと思われてしまえば、もはや交渉も何もあったもんではなくなるだろう。

 だから俺は、少なくとも見かけ上はひとりで、武器も持たず話し合いに向かう。武力を背景にした威圧の意図はない、と伝えるために。

 

 ここは自分のホームで、相手は完璧に無力化されていて、にもかかわらず俺はまだ緊張している。実際対峙してみると迫力すげーんだもんなあいつ。この世界に来て初めて出会った、圧倒的格上の敵だ。拘束するまでに戦ってる最中とか超ビビってました。はい。

 そして俺は、どうにかしてそいつを()()()()()()()()のポジションにまで動かさなければならない。

 

 何百年とも知れぬ時を生き、始原の魔法(ワイルド・マジック)を行使する、真なる竜王の一角。

 ()()における推定現地最強キャラ。

 

 白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)、ツァインドルクス=ヴァイシオン。

 

 それが、転移後初日にして()()()()()()()()()という想定外すぎるイベントを仕掛けてきた、やべーやつの名前である。

 

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