OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
「一番手はキャロルか。ちゃんと基本的なバフは積んでるみたいだけど……念のためいくらか追加しとこう。〈
一〇〇レベルNPCの中では防御面にやや不安のあるキャロルをフォローするため、俺は耐久力や回避率の強化を中心に次々とバフ魔法を飛ばす。
本来なら相手に接触していないと発動できないものや、そもそも自身のみを対象とするはずの魔法も混ざっている。俺の持つ特殊な指揮官系
異世界転移に備え、俺が直接戦闘能力を捨ててまで追求した異形の指揮官ビルド。
それは自分と味方の間に〈集合体〉と呼ばれる精神リンクのネットワークを形成するもの。常時発動型のテレパシーによる相互通信や、本来の射程距離に制約されない魔法の転送など、様々な支援を遠隔で提供する能力が主軸になっている。
通常の指揮官系プレイヤーと違い、召喚モンスターなどを含む〝不特定多数の味方〟を範囲対象で広く強化することはできない。代わりに俺はネットワークノードとして登録した〝特定少数の味方〟を、遥か戦場の外からでも強化し、回復し、余裕があれば支援攻撃にも参加できる。
まさに
ひとしきり強化を乗せ終わり、〈集合体〉経由でキャロルの感覚にアクセスする。ここからはNPCの視点を借りながらの戦況コントロールが俺の仕事になる。
視点が切り替わるや否や、目の前に迫る巨大な竜の爪。
「うわォ」
俺があまりの迫力に驚いて心室で一人ひっくり返っている間にも、キャロルはしっかりそれを避けてツアーの懐に飛び込もうとしている。
「あっははッ! ねえドラゴンさん。あたし最近、
右手からは、二又に分かれた緑炎の鞭を。左手には、開いた五指に沿うような十五の光点を。それぞれ生み出しながら、キャロルは心底楽しげに笑って、巨竜の喉許へ肉薄する。
「すぐには死なないでね? あたしが満足するまで、燃えて、踊って!」
あの~~キャロルさん、殺したら駄目って命令覚えてますよね???
などと心配しつつ俺が見守る共有視界の中、キャロルの右腕が霞む。火の二連鞭が閃き、竜の首を打つ――はずだったが、空振り。直前でツアーが力強く
初見だろうに、喰らうとヤバいのを察したか? 勘がいいな。
しかも巨体に似合わず機敏だ。空戦主体の一〇〇レベルプレイヤーと比べても遜色ない速度が出ている。
もっとも、武器攻撃を避けられたくらいでキャロルの攻め手は止まない。
左手に浮かべていた光点群から、緑色の光線が十五本、ツアーに向かって伸びる。無詠唱化+三重化した〈
「リーギリウム、どうだ? 効果は?」
「ダメだな、かき消された。
キャロルの操る炎が緑色なのは
問題は、
事実その一。とりあえず第二位階の〈
しかしこれが「光線系呪文の無効化」なのか、「一定位階以下の魔法を無効化」なのか、あるいは「術者レベルと位階補正値の合計がツアーの魔法抵抗値に届かなくて無効化された」のか――といった可能性は、それぞれのパターンを潰していかなければ分からない。
もしかしたら[火]属性への完全耐性も持ってるかもしれないが、今回それは考慮しなくていいはずだ。キャロルの与える[火]ダメージは
俺が最初に撃った位階上昇版〈
思えばキャロルもその辺の小手調べから入ることを意識して、あえて第二位階の攻撃魔法を二手目に選んだのだろう。部下の狙いにいまさら気付いた自分のトロさにちょっと傷つく。
「あら無傷? じゃあ次、〈
テレパシー回線で次の手を予告してくれるキャロル。後退するツアーを追って飛びつつ、左手から矢継ぎ早に、無詠唱化された〈
おや三重化されてないな、と思っていると、火球の飛んでいった先で通常の倍くらいの大爆発が次々と起きる。なるほど
いくつかの爆発がツアーを巻き込むが、俺から見ても動きが一切鈍っていない。こりゃ駄目っぽいな。
「〈
リーギリウムの報告が予測を裏付ける。わざわざ
しかし位階参照型の無効化ならともかく、あれが術者レベル等の絡んだ相対値で判定される魔法抵抗だとしたら、ツアーの合計抵抗値はカンストプレイヤー基準で見てもかなり高いということになる。キャロルの魔法は職業スキルで判定術者レベルを
そもそも位階魔法のない世界で生まれた
だとしても――それ以外の可能性について、一通りの確認は必要だ。
「位階を上げながらの確認は俺の方で引き受けるから、キャロルは炎上狙いの準備しといてくれる?」
「そう? じゃ、お任せするわね、
遠ざかる軌道から反転、向かってくるツアーに対し、俺は
使用するのは第二位階、無属性・必中の攻撃魔法〈
加えてこの術、ある種の魔法に共通する特性として、「魔法強化スキルを使わなくてもMP追加投入で効果を増幅できる」「一段階増幅するごとに判定上の魔法位階が一つ上がる」という強化オプションがある。属性耐性や命中率を気にせず、相手の魔法抵抗の閾値を探るには最適な呪文というわけだ。
「増幅一段階、第三位階相当――」
一発目。力場の爆発によって空間が揺さぶられ、衝撃波が竜の
何の痛痒も感じていなさそうだ。「効果なし!」と報告するリーギリウムの声を待たず、増幅強度を上げて二発目。
一瞬だが、ツアーの頭が煩わしげに揺れた。
「通った! ボスの第四位階相当でやっとかよ!」
まさに
念のためギルド武器を外してもう一発、同じ増幅強度の〈
決まりだな。位階参照型なら術者レベルの変動には影響されないはずだ。かくして一項目の検証が終了。ツアーの魔法無効化は、
ある意味一番めんどいパターンじゃねえか。強制ログアウトで対戦拒否りてぇ。
むろん、強化したとはいえ第二位階の攻撃魔法が一発当たった程度で、突進する竜の勢いは少しも鈍らない。
「【光爪】」
正面から突っ込んでくるツアーの爪が伸び、碧く光るエネルギーの刃を形成する。俺の知らない
「〈影の眷属創造〉」
迎え撃つキャロルは種族スキルを発動、影絵めいた真っ黒の巨鳥型アンデッド『ナイトブレード』を召喚する。こいつの肉体攻撃には魔法効果を消し去る能力がある。バフ剥がしを狙っての選択か。
続けてキャロルは魔法の詠唱に入る――と、ここで間合いを延長されたツアーの爪が迫る。狙いはおそらく詠唱妨害。奴は
ナイトブレードが割って入り、これを
竜の手の先で、光の爪が砕けた。強化魔法の解呪に成功したのだろう。――同時に、闇色の巨鳥も
「は?」
あの鳥、九十レベルくらいあるはずなんだが、それをワンパン撃破?
ツアーの基礎能力値が高すぎるのか、それとも【光爪】なる
しかし敵がボス級と言えど、キャロルが呼べる中では最上位に近い召喚モンスターであるナイトブレードは、バフ解除のほかにも与えられていた仕事をきっちり完遂した。主人が距離を取り、強化スキルてんこ盛りの攻撃魔法を完成させるまでの時間稼ぎ、という役割を。
「〈
ぼしゅ――と真っ白な光球がツアーを包み込む。本来なら小型核兵器めいて広範囲を薙ぎ払う破壊のエネルギーは、しかし拡散することなくツアーだけを集中的に灼く。
範囲魔法の単体標的化による、ダメージおよび効果レジスト難度の上昇。判定位階引き上げによるレジスト難度のさらなる上昇。そしてこれらの強化を施した上での三重発動。
ダメージ量を稼ぐよりも、とにかく追加効果を発生させるための強化レシピだ。いかに豊富なMP節約手段を持つキャロルと言えど、これは流石に消費が大きい。
だが大技を放った甲斐はあった。
光球が消え去ったあと、毒や盲目といった〈
「よっし、〈
「は~い。それじゃあシズク、気をつけてね。アレはなかなか手強いわよ」
キャロルは最後に再び〈影の眷属創造〉を使い、二体目のナイトブレードを召喚する。これで一日の召喚回数は使い切ったが、この後のシズクを援護するために残したのだろう。いい判断だ。
「シズクはいつでも行けるのです。うえさま、GOなのです」
「はいよ。全員聴こえてるな、作戦を第二段階へ移行する――〈
俺が発動したのは第三位階の特殊な転移系魔法。本来は近距離範囲内の味方同士で位置を交換できるというものだが、これが〈集合体〉と組み合わさるとメンバー間限定で距離制限がなくなるため、たいへん凶悪なスイッチング戦法が可能になる。
交換されたのはキャロルと、拠点内でスタンバっていた和装幼女スライムのシズク。対峙する敵のメインカラーが赤から黒に替わっても、ツアーが動じた様子はない。新たな敵手を一瞥しつつ、片手間に二体目のナイトブレードへ連撃を叩き込んで撃墜している。【光爪】なしでもこれかよ。
しかし実際は、彼の命を蝕む死のカウントダウンが既に始まっている。俺はツアーに向けて〈
「あー、もしもしドラゴンさん? あんたの身体で燃えてる、その紫の炎な――
魔法強化スキルを三つも重ねてまで与えた、〝炎上〟の
キャロルはまったくもって〝通常〟の枠に収まるタマではない。
彼女の常時発動型スキル〈
「その炎は叩こうと転がろうと水に飛び込もうと、死ぬまで消えない呪いの火だ。解呪方法は術者の意思で止めるか、術者を殺すか。でも術者はもう拠点の中に引っ込めちまった。
あんたがもう俺たちに手出ししないと約束してくれるなら、その火を消してやってもいい。どうだい……」
俺の説明は意図的に事実を省略している。水中にいる間は一時的ながら紫炎を抑止できるし、実は高位の状態異常除去魔法(または、それに相当する効果)なら普通に解呪できたりする。
しかしエルスワイズの言った通り、これは最初からツアーの退路を精神的に断つためのハッタリである。要は、奴が「降参するか、敵を全滅させるか、さもなくば死ぬまで焼かれ続けるか」という三択に自分を追い込んでくれればそれでいい。どうせ戦闘継続を選ぶのは読めている。
ツアーが自分で解呪できてしまうようだと成立しない戦術だが……まあそれはそれで手札を一枚見せてもらえるわけだし。逃亡を防ぐ手段は他にもいろいろある。これもあくまで保険の一つと考えておくべきだろう。
「――〝ぷれいやー〟よ、私が逃げることを恐れているなら、その心配はない」
こちらの心を読んだように、ツアーが言葉を返してくる。戸惑う素振りもなく〈
「私も不退転の覚悟でここへ来た。出元を絶てば消える火だというなら、是非もない。
その
二度と繰り返させはしない。あの惨禍も、裏切りも。そのためなら、私は……!」
おおぅ。
初期好感度が低すぎて、この場で説得するのは難しそうだ。やっぱ一旦とっ捕まえて、時間かけてOHANASHIする路線しかねえか。伝ポケGETのためなら俺は粘るぞ。
また〝石くれ〟発言からして、ツアーの眼にはギルド拠点『シング』が
「――最初からこうすべきだった。父の過ちを正し、私がこの世界を守る……
柔術めいた構えで第二ラウンド開始に備えるシズク。その視線が、射返されたツアーの眼差しとぶつかる。
憎しみに曇っているものと思った瞳は、意外なほどに澄んでいた。アイテムの力なのか、微かに読み取れる感情は……なんだ? 諦めと、後悔?
竜の腹より発して走る脈状紋が、ふたたび碧く輝く。
「ただ、私だけを恨んで、死んでゆけ――【破界の吐息】」
[memo]
※ハウスルール的な余談:魔法無効化について
・ツアーの魔法無効化能力については、シャルティア等が持つ「相手の能力やレベルなどに左右される」ものと同様の判定で処理される想定。
(厳密には作用機序・原理の点で全く別物だが、混ざり合った世界の法則下では〝偶然にも〟ユグドラシルの防御スキルと同じ結果が発現する)
・本作ではD&D3.5eの呪文抵抗ルールをつまみ食い参照しつつ、オバロ原作の記述を取り入れ、仮想ユグドラシル版としてでっち上げたものを使用。
・基本的には「攻撃側の術者レベル+位階補正値(呪文位階*補正係数)」と「防御側の術者レベル+魔法抵抗スキルによる加算値」を比較し、前者が後者を上回れば攻撃側の魔法が効果を発揮する、というシステム。
・術者レベルを持たないキャラクターが(装備やバフ等による一時的なものも込みで)魔法抵抗値を得た場合は、効果ごとに固有の〝みなし術者レベル〟を持つものとして計算される。この仮想レベルは前述の無効化判定時のみ参照され、他の恩恵は一切ない。高位の効果ほど高い合計抵抗値を与えるが、専業術者を超えることは難しい。
・通常の巻物や短杖から発動した魔法だと、攻撃側の術者レベルが位階ごとの最低値となるため、防御側の合計抵抗値を越えられないことが多くなる。
・装備・スキル・魔法等で呪文位階や判定術者レベルをいじることにより、攻撃側が抵抗突破力を高めたり、防御側が合計抵抗値を上げたりといった攻防が発生する。
(あくまで裏設定なので読者が深く考える必要はまったくありません。ごあんしんください)