OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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転移後0日 VSツァインドルクス=ヴァイシオン(3)

 ばくり、と竜が(あぎと)を開く。口腔に満ちる碧光。

 おそらく例の超火力広範囲攻撃が来る。ていうか【破界の吐息】? あの謎ボムそんな名前だったんかい。

 竜の顔が向く先は、目の前にいるシズクではなく、俺のいる拠点(シング)の方。

 

 なんだよツアー。勝利条件よくわかってんじゃねえか。

 お前は迎撃に出てきたNPC全員を律義にボスラッシュで倒していく必要なんてない。俺と『シング』さえ沈めちまえば、うちのギルドは瓦解する。

 

 でも()()()やれるかどうかは別問題だ。

 

「〈涅槃寂静(サーンタム・ニルヴァーナム)〉」

 

 呟くようなシズクの声とともに、竜の口内で碧い光が霧散した。

 ツアーがあの吐息(ブレス)を俺の前で使おうとした時とは違う。自分からキャンセルしたのではなく、()()()()されたのだ。ワールドアイテムと同格であろう、おそらくは上位の始原の魔法(ワイルド・マジック)が、ユグドラシル製のスキルで。

 

「なッ――!?」

 さすがの竜王もこれには目を見開く。わかるよ、必殺技を出かかりで潰されると心理的ダメージ大きいよな。

 ついでに巨体を覆う竜鱗のきらめきが先ほどまでより陰っており、シズクの〈涅槃寂静(サーンタム・ニルヴァーナム)〉が何らかのバフも一緒に消し飛ばしたらしいことが窺える。原作で使ってた【光衣】あたりだろうか。

 

 たぶん行けるとは思ってたが、やはり三法印スキルは真なる竜王にも効くらしい。さすがに()()()()()()()()()()()を原型とするだけはある。

 などと考察するうちにも、視点がぐんぐん竜に接近する。シズクが距離を詰めているのだ。

 

 吐息(ブレス)キャンセルの衝撃から立ち直り、巨体を豪快に縦回転させたツアーのサマーソルトキック+テールアタックを、シズクは的の小ささも活かしてギリギリで回避。さらに加速し近づく間にも、攻撃系の短持続バフスキルを自身に重ねていく。

「〈完璧な一撃(パーフェクト・ストライク)〉、〈破壊の接触〉、〈腐壊勁〉、〈幻力(マーヤー)〉――」

 

 ついに辿り着く徒手の間合い。全身から色が抜け落ち、透き通るような白一色となったシズクの細腕が、まっすぐ掌打を繰り出す。〈幻力(マーヤー)〉により()()()()された打撃は、強靭な竜の外皮を幻のごとくすり抜け、その奥へ。

 肉体武器攻撃に、接触ダメージ系の職業・種族スキルを組み合わせた三重の破壊作用。その全てが防御無視かつ〈完璧な一撃(パーフェクト・ストライク)〉による確定クリティカル。とどめとばかり――

「〈指弾〉、〈求不得(イッチャーヴィガータ)〉!」

 

 掌打と同時に零距離発射されたエネルギー弾も合わせ、一瞬で四撃を装甲の内側に叩き込まれたツアーが、たまらず吹き飛ぶ。そこへダメ押しの〈求不得(イッチャーヴィガータ)〉――あらゆる回復・支援効果を一定時間受け付けなくする鬼畜デバフ。

 

 おい何だそのエグいコンボ。ユグドラシルでもそんなAI組んでなかったろ。攻撃力不足を補うためにいろいろスキル積んだのは分かるけど、シズクも微妙に殺意乗ってんな? 俺の知らない文脈で敵と味方が勝手にヒートアップしていてちょっと困惑する。

 

「いかなる経緯(いきさつ)があったかは、存じ上げぬことですが」

 シズクが構え直した腕は人肌に擬した赤みを取り戻し、纏う着物も白から黒に戻る。〈幻力(マーヤー)〉は強力だが数秒しか持続しない。次に使えるのはしばらく後だ。

 もっとも、シズクに冷却時間(クールタイム)を稼ぐ意図はないらしく。

 

「うえさまへの不敬、暴言、目に余るのです。お覚悟、失礼なトカゲさん」

「その物言い……〝えぬぴーしー〟か!」

 あーあー。シズク、怒るとこ()()かよ。自分がプレイヤーかNPCか、なんて情報も伏せておけば後々使えるかもしれないのに。まあ本格的に敵対する予定もないし、こんくらいは別にいいや。

 

 しかしシズクは基本的にタンク兼ヒーラーなわけで、さっきみたいな大技でも使わない限り、まだまだHPが有り余っているボス級ドラゴンと殴り合えるほどの攻撃力はない。お覚悟とは言うものの、どうするのか。

 答えは〈集合体〉のテレパシー回線に全体配信(ブロードキャスト)されてくる。

 

「シズクが敵の強化を剥がし、回復もろとも封じた。作戦を第三段階へ移行、()()()()にて敵を無力化する」

 エルスワイズの号令。なるほどここまで中衛後衛が動かないなと思ったが、待ってたタイミングは()()か。

 

 基本的に今回、ツアーの迎撃は戦闘可能な一〇〇レベルNPCだけで行うことになっている。

 理由はさほど深いもんでもない。そりゃ高レベル傭兵モンスターを何百体もけしかけて圧殺すれば勝てはするだろうが、相手が強力な範囲攻撃を持っていることが分かっていながら物量戦を仕掛けるのは、想定損耗率の高さを考えると避けたい攻略法だ。

 

 感情のレベルで言えば、べつに傭兵モンスターの命なんぞいくらでも使い捨てにできる。なんなら自家製NPCでも同様。だが高レベル傭兵は一体召喚するのにユグドラシル金貨が数千万枚、強力な種族になると補正値の関係で一億枚以上も必要になることがある。実際に使い捨て運用をやるには、いくらうちが黒字経営でもコストが高すぎる。

 

 まあ魔法やスキルでの召喚に限定すればギルドの懐は痛まないんだけど、あんまり大軍を抱えているとツアーに思わせるのも――事実ではあるが――()()()()を考えるとよくない。

 というわけで、スペック的には対抗できるであろう一〇〇レベルNPCを前に出し、実験も兼ねて少数精鋭のみで対応する。あいつらなら自前の召喚モンスターを出せる奴も多いし、()()()()()()()()()()ような能力がいろいろと仕込んである。

 

「お待たせいたしました、カレルレン様。我々をシズクのもとまでお送りいただけますか」

「輪形陣Bでいい?」

 俺のざっくりした確認に、エルスワイズから肯定の意思が返る。

「そのように」

「ほーい。そんじゃあお前ら、最後まで油断しないように――〈再配置(リポジション)〉」

 

 発動するのは第六位階のグループ転移魔法。本来は自分を中心とした中距離範囲内で、味方複数の位置を任意変更するもの。キャロルとシズクを入れ替えるときに使った〈次元交換(ディメンジョナル・スワップ)〉の上位版みたいな呪文だ。

 例によって〈集合体〉と組み合わせることにより、メンバー全員がそれぞれどこからでも転移させられる対象になり、かつ再配置範囲の計算起点にもできる。――こうなると、()()()()()邪悪な応用法がいろいろと生えてくる。

 

 今回は味方の周りに戦力を集める――ついでに敵も包囲する――というベーシックな使い方。これだって充分強力だが、俺からすると初歩の用法に過ぎない。

 この魔法がユグドラシル時代に最も悪用されたのはダンジョン攻略だろう。たとえば隠密特化ビルドの〈集合体〉メンバーが単身モンスターやトラップを全スルーして最奥付近まで潜入したあと、俺がそいつの近くに〈再配置(リポジション)〉で短期決戦装備の攻略チーム本隊を送り込むのだ。これをやると消耗ゼロの状態でボス戦に挑めるため、うちのギルドはボスドロップ狩りの効率がきわめて高かった。潜入要員側からの〈転移門(ゲート)〉で代用できんこともないが、あれを使える魔法詠唱者(マジック・キャスター)がダンジョン奥部まで単独潜行するのはけっこう難しい。

 

 ともあれ現在。

 飛び回るシズクと、それを叩き落とそうとするツアーの周りに、五人の一〇〇レベルNPCが出現する。当然、全員が飛行能力持ち。

 キャロルは死ぬと困るので後詰も兼ねて拠点内待機、しかし〈呪火(カーシング・ファイア)〉が今もツアーのHPをじりじり削っている。俺とリーギリウムは心室(コアルーム)からのリモート支援を継続。

 

 後方支援も合わせれば、彼我ともに一〇〇レベル帯の九対一。仮に一人の方がワールドチャンピオンでも、ユグドラシルなら完全に詰んだと言える状況。

 それでもツアーは弱気の欠片さえ見せない。

 

「何を狙っているかと思えば――囲めば倒せると思ったのか?

 だが、お前たちは()()よりも遥かに弱い。私も百年前とは違う」

 

 奴ら? 百年前? 誰と戦ったんだ。順当に行けば八欲王だろうが、俺の知らないプレイヤーかもしれないし、()が原作の未来ならナザリックの連中かもしれない。

 もっと情報落としてくんねえかな……という俺の期待も虚しく、乱戦が始まる。

 

「〈第十位階怪物召喚(サモン・モンスター・10th)〉」「〈第十位階天使召喚(サモン・エンジェル・10th)〉」「〈第十位階悪魔召喚(サモン・フィーンド・10th)〉」「解放(リリース)巨大空魚(ジャイアント・スカイフィッシュ)」「〈機兵創造〉」「〈第十位階怪物召喚(サモン・モンスター・10th)〉」「〈上位天使創造〉」「〈眷属招来〉」「解放(リリース)耀く千鳥(カラドリウス)」「自律攻撃端末(アサルトオービット)射出」「〈第十位階怪物召喚(サモン・モンスター・10th)〉」「〈上位天使創造〉」「〈同族招来〉」「〈虚貌の神獣招来(サモン・フェイスレス・スフィンクス)〉」――

 

 初手、追加投入した五人が一斉にモンスターを召喚。創造。解放。とにかく魔法やスキルで場に出しまくる。いずれも七十レベル以上、スキル召喚の上位個体になると九十レベル近い個体すら混ざっている。

 

 そいつらが、シズクと空中戦を演じるツアーに殺到。魑魅魍魎の押しくらまんじゅうで空域が一気にゴチャつく。このカオスの中なんとか戦況を把握しようとNPCどもの視点をぱちぱち切り替えてみるが、さっぱり分からない。てめーら邪魔だよ敵が見えねぇだろ。

 

 とはいえ無理にコントロールする必要もない。現状すでに、カンストプレイヤーでもそのまま死にかねない集団暴行めいた包囲攻撃が完成している。囲んで棒で叩く、古来これに勝る戦術は結局ないのだ。ついでに俺も〈一方的な決闘(ロプサイデッド・デュエル)〉の転送で逃亡対策を一枚追加。もう逃がさねぇぞ~(ゲス顔)

 

 が――その空中モッシュピットの内側から、光の刃が何本も螺旋状に踊った。

 

「失せろ、雑兵どもッ!」

 包囲を斬り破ったツアーが羽撃(はばた)き、天高く上昇する。七十レベル台の魔法召喚モンスターどもがバラバラに刻まれて吹っ飛び、光の粒へとほどけて消えていく。

 

 見上げればツアーの外皮には陽光の輝きが戻り、四肢と翼の爪はエネルギーの刃で延長されている。野郎あのビームサーベルで全身武装してきやがった。〈求不得(イッチャーヴィガータ)〉のバフ封印がもう切れたか。予想よりだいぶ早い。

 

 しかしあれだけ囲んで叩かれればツアーも無傷ではない。

 繰り出されたモンスターのほとんどはNPCたちのスキルで強化されており、ボス級の竜にも最低限ダメージを与えられるだけの攻撃力はある。さらに前衛モンスターたちの合間を縫って、サティアの光弓とケイスの二挺拳銃が間断なく高火力の矢弾を撃ち込んでいる。

 リーギリウムの観測では着実にHPを削れているというし、目視できる傷もいくらか増えていた。ここは逃がさず攻め継続のターンだ。

 

 ツアーを追う召喚モンスターとNPCたち。中・後衛五人は減ったモンスターを補充しつつ遠隔攻撃、シズクは必要に応じて味方の回復と敵の妨害を続ける。

 実は俺もNPC経由の魔法転送で心霊体動像(エクトゴーレム)を放り込んだり、〈揺るがす爆濤(コンカッション・ブラスト)〉でバンバン殴ったりしているが、たぶん嫌がらせ程度にしかなっていない。

 

 ナイトブレードを一撃で葬った【光爪】はどうやらアンデッド特効のようで、九十レベル級の他種族モンスターなら数発は耐えられるらしい。が、七十レベル程度の魔法召喚モンスターだと、基礎ステータスの差により種族問わず即死してしまう。当然一〇〇レベルNPCとて直撃すればタダでは済まない。

 シズクが的確に結界術を挟んで、どうにかツアーの動きを制限してはいるが……回復役(ヒーラー)がもう一人くらいは要る。

 

 サティアやヘスは信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)なので、やろうと思えばヒーラーもできる。が、こいつらには召喚だけでなく前衛を援護するための攻撃も任せている。下手に攻撃役を減らせばジリ貧に陥り、火力とタフネスのゴリ押しでひっくり返されかねない。

 となると、ユグドラシル時代にその他役(ワイルド)としてヒーラーの代わりも務めた俺が働くしかないわけで。

 

「んん……しゃーない。やるか。

 〈生命力の貯水池(プール・オブ・ライフ)〉、〈再生の波動(リジェネレイティヴ・パルス)〉、〈再生の霊気(リジェネレイティヴ・オーラ)〉……」

 下準備にいくらかのスキルと魔法を発動し、()()()となるシズクに声をかける。

「死にそうな奴がいたらHP()()から、転送してくれる?」

「了解なのですー」

 

 代替ヒーラーといっても、専業の信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)みたいに強化スキル爆盛りの〈集団大治癒(マス・ヒール)〉を連発するような力技の回復はできない。単位時間回復量(HPT)を稼ぐには、ありものの組み合わせでひと工夫する必要がある。

 

 まず〈集合体〉メンバー全員に〈再生の波動(リジェネレイティヴ・パルス)〉等で持続回復を配布し、HP上限値を越えた余剰回復分を〈生命力の貯水池(プール・オブ・ライフ)〉で蓄積(ストック)

〈集合体〉に接続しているメンバーは非戦闘員含め数十人、しかもその大半が自前の再生なり高速治癒なりを持つ。それらも合わせた()()()()持続回復が毎秒流れ込むことになり、俺の頭上で渦巻くミニチュア銀河めいたHPバッファがモリモリ貯まり始める。

 

 この余剰HPプールは、〈集合体〉メンバー間でHPを融通するスキル〈生命転送(トランスファー・ライフ)〉の転送元に指定でき、さらにシズクは「自身が受けた回復・バフなどの有益効果を他者へ()()()()する」スキルを持つ。

 これらを合わせるとどうなるか。

 

耀く千鳥(カラドリウス)がダメージ引き受けすぎて危ないのです」

「おっけー。〈生命転送(トランスファー・ライフ)〉」

 前線の状況に応じて、俺が余剰回復プールからHPをシズクに転送し。

 

「〈大悲闡提(マハーカルナーチャンティカ)〉」

 シズクがそのHP回復を、()()()接触した対象へと再転送する――こうすることで、通常なら〈集合体〉メンバーに対してしか発揮できない俺の遠隔回復能力が、精神リンクで繋がっていない召喚獣にも届くというわけである。

 

 今にも力尽きて墜落しそうだった、きらめく結晶質の羽毛を持つ巨鳥『耀く千鳥(カラドリウス)』が、瞬時に傷を癒されて再び力強く羽撃き始める。こいつの戦術的な役割は、特殊能力の物理ダメージ反射で雑な大技を封じるプレッシャー要員。敵の近くで生き続けていてくれることに意義があるため、回復優先度は高い。

 そんな鶏ガラより古き虚貌の神獣(エルダー・フェイスレス・スフィンクス)でも喰っとけよツアーくん。安くて強くて経験値豊富だぞ。どうせヘスが改造してるだろうから死ぬと同時に爆発するけど。

 

 しばらく召喚モンスターの延命を続けていると、さすがにツアーも敵がしぶとくなってきたと気付く。

 ヒーラーが敵のヘイトを集めるのはユグドラシルと変わらないらしい。自身を包囲するモンスターの間で、飛び回るシズクが何かしていると気付くや、白金の竜は全身に走る脈状紋を発光させ――

 

「【流火】」

 

 すわ【破界の吐息】零距離発動での自爆攻撃か……と身構える俺の目に入ったのは、竜の口から細く長く吐き出される、白く眩い一本の光線。

 それは直撃したシズクをほとんど()()させ、ぎいいいん――と弧を描いて、薙がれた。

 防ごうとしたモンスター数体を消し飛ばし、避けそこねたエルスワイズの半身を削り取り、遥か後方の拠点(シング)外殻に深く灼けた溝を刻み、のみならず外界からこの戦闘空域を覆い隠す雲の繭『衣雲(イズム)』までも、つかのま斜めに両断してみせた。

 

 ちょ、おま……

 情報量とツッコミどころが多すぎていろいろ追いつかねえ!

 

 とりあえず致命傷っぽいシズクからなんとかしよう。〈集合体〉の繋がりでメンバー各員の健康状態はおおよそ把握できている。シズクのHPは既にゼロ。通常なら死んでいるが、ユグドラシルでも猛威を振るった二つのスキルが有効なら()()()()できるはずだ。

「シズク、まだ行けるな」

「――〈清浄行(ブラフマカリヤム)〉」

 

 空中に、巨大な蓮華が咲いた。

 花そのものは単なるスキルのエフェクトであり、すぐに消えるのでどうでもいい。重要なのは、装備以外手のひらサイズの破片しか残っていなかったシズクが花弁の中心から再び姿を現し、()()()()()()()()()()()()()ということ。

 

 シズクのHPもしっかり全快していることを確認し、またひとつ重要な検証が地味に終了。〈入滅自在行(ニルヴァネーシュヴァラ・サムスカーラ)〉+〈清浄行(ブラフマカリヤム)〉の死亡拒否ループはこの世界でも健在、と。見た目には何が起きたか分かりにくいのも悪質なんだよなあコレ。

 

 パワープレイヤーが手段を選ばずガチ設計したNPCなら、一度や二度の自動蘇生は――シズクのこれは()()()()()()()()だが――珍しくない。ツアーもさほど驚いたようには見えず、ただうんざりしたような顔でシズクを一瞥したきり、陣形の崩れた召喚モンスターたちを蹴散らす作業に戻る。

 あれはまだ〈清浄行(ブラフマカリヤム)〉の真価に気づいてないな。よかったよかった。

 

 いやうんざりしたいのはこっちなんですけどねえ????

 

 多少は消耗してたとはいえ、一〇〇レベルNPCの――しかもヒーラー兼業とはいえタンクの――HPを()()()()()させるとかふざけてんのか。なんだよあのイデオンソード。それともブレスっぽいから内閣総辞職ビームか? どっちにしろオバロの世界に存在しちゃいけない兵器だと思うのだが、チートを取り締まってくれる運営はもういない。なんてこった。神は死んだ。

 

「ボス、さっきの光線な……撃つときあいつの体力(HP)が目に見えて減ったぜ。シズクが打ち消した魔法の次、ここまでで二番目くらいには消費が重そうだ」

 リーギリウムの報告で俺は正気に戻る。やはり始原の魔法(ワイルド・マジック)はHP消費型と考えて間違いないのだろうか? 必殺技クラスの上位呪文は経験値や独自リソース消費型という可能性も考えていたのだが、プリキュアのロンギビームが例外だった線もあり得る。

 

 まあ本来生命力(HP)の回復がゲームみたいに簡単じゃない世界だったと仮定すれば、独自のバランスは取れていたのかもしれない。回復手段に乏しいMPの運用を前提とするユグドラシル式魔法システムが後からねじ込まれた結果、HP消費で発動する始原の魔法(ワイルド・マジック)は(回復アイテム溜め込んでて当たり前のプレイヤー目線では)代償が軽すぎるように見えるだけ――という解釈はどうか。

 しかし本当にそうだとすると、プレイヤーと竜王(ドラゴンロード)()()()()()()()()()、かなりヤバいシステム横断グリッチがいくつも成立してしまうわけだが……た、試してぇ……!

 

 ……いかんいかん。気を抜くとユグドラシル時代のマンチ技研究モードで思考してしまう。いまは頭をPVPモードに切り替えねば。

「ん、あれもそこそこ大技ってわけか。連発できなさそうなのはありがたいけど、【破界の吐息】より出が早いのは厄介だな」

 

 例のチートビームが掠っただけで半死に追い込まれたエルスワイズを〈生命転送(トランスファー・ライフ)〉連打でリモート回復しつつ、俺は戦況と手札を見直す。

 召喚モンスター主体で包囲攻撃。この方針はいいはずだ。問題はツアーの火力が遠近ともに高すぎること。九十レベル級のモンスターですら、ノーガードで殴り合えば十秒も足止めできない。

 

 おまけに()()()()()()()()()()のエルスワイズが普通に大ダメージを喰らったことで、どういうわけかツアーの始原の魔法(ワイルド・マジック)には〝世界の守り〟が効かないらしいという嬉しくない事実まで判明してしまう。『駆界機関(ワールドエンジン)』ついてる拠点(シング)を最初の爆撃で思いっきり抉ってくれたのも伏線だったわけだ。気付けるかこんなもん。

 

 単純にこの世界線が原作よりプレイヤーに厳しいハードモードなのか、もともと純粋なダメージ系の魔法は無効化できないのか、それともツアーの術だけに何らかの耐性迂回手段が仕込まれているのか? 現状判断がつかない。このへん原作にもあんま情報ねえからなあ。

 

 もう何枚か、伏せたカードを場に出すべきだろうか。

 第零臓区の()()()()は使えるかどうかわからんので除外として……キャロルを戻す、ケイスの第二形態を解禁する、サティアのリミッターを十二光翼あたりまで外す……どの選択肢にもリスクが伴う。

 

 あるいは、()()()()切り札を使うという手もある。何が起こったかバレにくいのはこれだろうし、ツアーもそれなりに消耗してきている。さすがに勝てるはずだ。

 だが――――片鱗とはいえ、見せていいのか。

 この世界に来て、まだ一日も経っていないのに。よりにもよってツァインドルクス=ヴァイシオンを相手に。

 

 などと俺が逡巡している間に、ツアーが先手を打ってくる。

 

「……()()()()()()()()()……【嵐花】!」

 

 ツアーの全身を覆う白金色の外皮鎧が、一斉にはじけ飛んだ。

 何か呟いてたな、装甲パージして防御力と引き換えに素早さ上げる系の技か? ――と思ったのも束の間。飛散した甲皮がさらに小片へと分かれ、それぞれが()()()()変形(モーフィング)し、涙滴型のブレードとなって飛び回り始める。

 その数、百以上。リーギリウムが叫ぶ。

「また一気に体力(HP)が減った! ()()()()()()()ってことだ、気をつけろ!」

 

 アレひょっとして鎧ドローン+浮遊武器の廉価版か? つーか材料てめーの外皮かよ。単体でも強い上に数の暴力アタックまで可能とか、いよいよ隙がねーぞ。

 

 刃嵐が荒れ狂う。最初にツアーを囲んでいたモンスターたちが切り刻まれ、あまりの攻撃密度に七十レベル台は数秒で全滅。八十レベル以上の連中はなんとか刃圏からの離脱に成功するも、ボロボロの有様で即時の再攻撃は無理だろう。

 

 本体周辺の敵を一掃した刃群は、さらに飛翔範囲を広げて拠点NPCたちにも攻撃を仕掛け始める。

 最初に狙いを集中されたのはお下げ髪のマジカル☆図書委員・ミハネ。魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしい格好をしているから、耐久力が低いと見られたか。実際は物理ダメージ減少(DR)やら防御系のオーラ型能力やらが常時稼働しているし、HPも並の前衛より多いので見た目ほどヤワってわけでもないのだが、このメンツの中だと一番落ちやすいのは確かだ。純戦闘型ビルドでもないしなあ。

 

「ちょ……っと! こいつら、堅い!」

 ミハネは短距離転移で逃げ回りつつ、向かってくる刃を〈魔法の矢(マジック・アロー)〉や〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉で迎撃しているが、どうも一枚一枚がレベル六十程度のゴーレムに近い耐久力を持つらしく、簡単には落とせない。迎撃も回避もできなかった分が、ミハネのHPを徐々に削っていく。

 

 他のNPCたちも、それぞれ自分に差し向けられた刃群への対処に追われ、ミハネの窮地を充分にカバーできていない。長距離援護向きの武器を持つケイスやサティアも、弾幕で自分の身を守りつつ、とてもフリーにはしておけないツアー本体を牽制射撃で釘付けにしており手一杯。

 

 それぞれ本気を出せばもっと善戦できるんだろうが……ツアーに情報を与えないためとはいえ、ちょっと縛りをキツめにかけ過ぎたか? 切り札以外にも、この局面で有効そうなスキルやアイテムを温存してしまっている奴が何人かいる。エルスワイズとサティアは幻獣(エイドロン)を一体も出してない時点で飛車角落ちみたいなもんだし、ケイスも念動装甲(サイコアーマー)の自律戦闘形態とかほぼ出し得なんだから使えばいいのに。

 

 とはいえ現場がこれで行けると判断している以上、まだ俺が口を出すには早い。基本的に俺より頭の回る連中だから、ちゃんと考えて力をセーブしているのかもしれないし。

 などと思っていると、ミハネから通信(テレパシー)が来る。

「くっ……カレルレン様、こいつらを()()()にして構いませんかっ!?」

 

 このまま削り殺されるくらいなら、自爆型スキルで一掃してしまおうという魂胆のようだ。

 ちゃんと状況判断して、使用可否の微妙な技について許可を取りに来るあたり優秀である。確かに()()()なら、堅い雑魚に囲まれた状況を打開するには最適だろう。

 

 でもあれはミハネが持つ最強の切り札の一枚だし、()()()()()()()()()と合わせたときの脅威度がけっこう解りやすい。ツアーなら気付く可能性はある。

 可能な限り、「二度と復活できないように殺す」相手にしか見せたくないのが正直なところだ。――というわけで却下。

「だーめ。そのまま()()()()()()()()()()か」

「仰せの、まま、に……!」

 

 原作アインズだったら、部下が同じ能力持ってても絶対やらない戦法だろうなあ……という雑念が脳裏をかすめる。

 でも俺にとってNPCは()()()()()()()()()道具なので、必要ならこいつらに自爆特攻でもハニートラップでもゾンビアタックでもやらせるつもりでいる。その点は今後も変わらないし、()()()()()()()()

 

 ミハネは最期まで精一杯――とくに強力なスキルやアイテムは封じたまま――襲い来る白金の刃を迎え撃っていたが、正面から来た三枚を〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉の連射で切り裂く隙に、背後から突入してきた一枚に胴体のど真ん中をぶち破られた。致命傷だ。

 HPゼロ。墜落していく死に際のミハネから、テレパシーを通じて苦しげな声が届く。

 

「申し訳……ございませ……お見苦しい、ところ、を……」

「うんうん。いいんだよミハネ。()()()()()()()()()()だろ」

 

 返る沈黙。

 数秒の後、それを破ったのは、もう喋れないはずの少女の声。

 

「――ッ、う、はぁっ……! ()()()()()。負のレベルの除去だけ、お願いします」

「ん。〈上位状態回復(グレーター・レストレーション)〉」

 求めに応じて状態異常除去の呪文を飛ばしてやると、身体にも装備にも問題がないことを確認し、ミハネは再び戦闘空域へ上昇していく。

 どうやら転移後も『冥王の指輪(リング・オブ・ダークロード)』の第二機能は正常に働いているようだ。ミハネのビルドはあれを中核に構成されているから、そうでないと困る。

 

「また復活か!? だが――知っているぞ、貴様らの蘇りは無限ではないと」

 戦線復帰したミハネの〈現断(リアリティ・スラッシュ)〉を躱しながら、ツアーが唸る。その間にも【嵐花】のリモコンブレードは、次なる標的として暗黒イケオジ聖人・ヘスを集中攻撃し、ついには彼のHPをゼロまで削り切っていた。

 

 自動蘇生持ちのNPCなんぞ見慣れている、蘇れなくなるまで何度でも殺す――プレイヤーたちと命がけで戦ってきた竜の言葉には、そういう決断的な響きがある。実力的にも、ツアーなら有言実行できるだろう。

 

 装備効果、魔法、スキル、消費アイテム。なんであれ自動蘇生はリソースを消費する有限のカードであり、その点はプレイヤーでもNPCでも変わらない。「死ぬまで殺す」といえば脳筋じみて聞こえるものの、実際有効な手には違いないのだ。()()()()

 

「エルスワイズ……ミハネとヘスに攻撃が集中するよう、調()()したか?」

「はい、ヘイトコントロールを少々。あの二人は蘇生コストが()()()()ですので」

 

 うちの一〇〇レベルNPCどもは()()()()()()

 ほぼ全員が何らかの死亡回避手段を持っており、とりわけミハネとヘスに関しては、金貨五億枚という正規のコストを支払わずに復活できる回数が群を抜いている。

 

 これはつまり、当人の苦痛や復活にかかる時間のロスを度外視して考えれば、HPゲージを何本も持っているのに等しい。

 かなり変則的ではあるが、シズク一人では足りないタンクの役割を、この二人が臨時の〝死にタンク〟として分担するのは賢い運用だろう。俺が指示するまでもなくゾンビアタックによる擬似物量戦を仕掛けていたとは。やるな、エルスワイズ。

 

 力尽き墜落していくヘスの死体が、ボロボロの黄色いローブだけを残して消失する。

 おや今回は()()を使うのか、しかしどうやって……と思いながら見ていると、リーギリウムが拠点のどこかから転移で送り込んだものだろう、POPモンスターの死霊(レイス)が空中に出現。ヘスの遺したローブをキャッチし、どこか恭しい所作で己の身に纏う。

 

 次の瞬間、死霊(レイス)が内から弾けるように爆散し――その半透明な星幽界(アストラル)体の塵の中から、()()()()()()()ヘスが物質界に復帰してくる。

「えっ()()味方でも発動すんの????」

 

 思わず部下たちの前で素っ頓狂な声を出してしまった。いくらフレンドリーファイア解禁の異世界とはいえ、本来なら敵を操りでもしなきゃ発動しない特殊蘇生スキルが、味方を生贄にして(しかも二十レベルに満たないPOPモンスターで!)任意発動可能になるのは壊れすぎだろ。ユグドラシルでこんな性能だったら間違いなく一週間以内に修正パッチが入るところだ。

 

 ミハネに続いて戦線復帰したヘスが、薄くなった前衛を支えるため、温存していた切り札の一つを解放する。

「〈混沌招来〉、〈混沌招来〉!」

 

 最上位モンスターの召喚スキルを二連発。呼び出されたのは原作でおなじみ『黒い仔山羊』に、常時不可視の特性を持つ触手だらけのデカブツ『極無の庶子(ウアテリイ)』。

 どっちも単独飛行能力を持たないが、召喚と同時にヘスの職業スキルで飛行能力を付与され、触手をざわつかせながらツアーへ突撃する。

 

 あんまり見た目のインパクトが強いモンスターは出したくなかったが、ツアーの能力が予想を何周も上回ってきたので、もはや最低限のカードだけで勝負できる段階ではなくなっている。

 ヘスの判断は正しい。()()()だろう。

「ミハネ、エルスワイズ、サティア! フィールド変化なしの召喚系スキルは最上位まで使っていい、ヘスに続け! ここから一気に畳みかける……!」

 

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