OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
――ごめんなツアー。俺はお前を舐めていた。
認めなければならない。どこかに侮りがあったのだ。世界最強の真なる竜王と言えど、原作では所詮ちょっと上等なナザリックの噛ませ犬でしかなく、一〇〇レベルNPCを束にしてぶつければ余裕勝ちできるだろうと甘く見ていた。
蓋を開けてみればこれだよ!
原作時空でも
ヘスが呼んだ二体を皮切りに、九十レベル台の強力なモンスターが何体か追加投入され、ツアー本体の抑えに回る。これにより、手数に優れたケイスがリモコンブレードの迎撃に専念できるようになり、シズク含めた前衛が一時的に安定した。
が、ツアーのクソ火力の前でそう長くは持たないだろう。
かくなる上は俺自身も、
テレパシーで呼びかけた先は、第一臓区で警戒待機に入っていたゴスロリ火の玉娘。
「キャロル、心室に呼ぶけどいいか? ちょっと身体を借りたい」
「えっ、
「やめろォ! 〈
本当に危険なテキストはやむなく改訂したが、それ以外は極力もとの設定を残すようにしたせいか、キャロルの言動にはどうも製作者仕込みの変態性が見え隠れしてしまっている気がする。勘弁してくれよシャルティアじゃねえんだから。
傍らに転移させたキャロルに、リーギリウムが投影している戦闘空域の状況を見せながら、ざっくり駆け足で次のアクションを説明する。
ツアーは予想を遥かに超える強敵であり、前線六人+後方支援二人で掛かってもなお苦戦していること。この状況でキャロルの大火力を遊ばせておくのは勿体ないこと。しかしキャロルが前線に再登板してうっかり死んだりすると、〈
「そこで――」
続けようとした俺を手ぶりで遮り、キャロルはぴょんと跳んで、ギルド武器の上に乗り込んできた。あどけない少女の顔が、妖しく微笑む。
「だいたい分かった。いいわよ、
「語弊がありすぎるんだけど???」
とにもかくにも本人の同意は得た。俺は〈
「んっ、あっ……! あたしの中に
「言い方ァ!」
とっとと全身の制御を掌握して色ボケ娘を黙らせ、俺は再び前線メンバーの感覚に接続する。
ユグドラシルにおける〝憑依〟は、主に魔法かスキルで実現されるものだ。
効果対象の肉体をジャックし、一時的に自分のものとして動かすのが基本効果。仕様は複雑だし操作感覚もガラッと変わってしまうが、使いこなすといろいろ面白いことができる。
憑依能力自体にもいろいろバリエーションがあり――
理論値としては、これがなかなか強い。
能力値や術者レベルは二人のうち高い方が適用され、互いの修得済み魔法、スキル、種族特性、装備機能などは全て併せ持った状態になる。やろうと思えば「一〇〇レベル純戦士職に一〇〇レベル純魔法職が憑依してスーパー魔法戦士だ!」みたいなことも不可能ではない。まあ大抵は二人個別に戦った方が強いから、実用性でいうと若干微妙な方とされていたが。
じゃあ今回これで何ができるのか、といえば――
「ヘス、ミハネ、聞こえてるか。このあと命中率
俺自身のスキルにより、〈集合体〉で繋がった前線の味方を魔法の発動起点にできて。
その魔法を、極限火力特化型術者であるキャロルの魔法攻撃力に、俺も合わせた二人分の強化スキル全部乗せで発動できる。
つまり――せっかく安全圏からほいほい魔法を投げ込めるのに、肝心の火力がド貧弱でアタッカーに向かないという俺の弱点が、うまいこと帳消しになる。
つってもキャロルの豊富な攻撃スキルまでは遠隔転送できないから、やっぱり本人が直接戦うときほどの圧倒的高火力ラッシュは再現できないんだけど。
「〈
〈
最大照射数五本、単体目標フルヒット時のダメージ理論値は第十位階までの全呪文中でも最上位に入る、[火]+[悪]属性の黒い光線。それが三重化と光線分枝化で合計
圧巻だったのはミハネだ。超位魔法スロットを消費して魔法強化スキルの効果値を二倍化する職業スキルにより、
莫大なMPに加え、二回分の超位魔法スロットを一気に消費する超大技。喰らうのがプレイヤーだったら、混合属性の少なくとも片方に完全耐性持ってない限りまず助からん過剰火力である。つーか俺もここまで本数増やせるの知らんかったわ。
ツアーとてそんな大技をノーガードで受けるつもりはなく、黒い仔山羊らの包囲を振り切って逃れようとしたが――黒い光線の嵐はその悉くが空中で弧を描いて曲がり、竜を
直前に俺が
三人分、合計百八十本の最強化された熱線が渦巻くように走り、次々とツアーを直撃。
見た目にもダメージは甚大だ。美しい白金の竜鱗は焼け爛れた穴だらけ、片方の翼はほとんど千切れかけている。
しかも三人がかりで大量のMPを注ぎ込んだこの大技、実はツアー本体に大ダメージを与えただけでは終わっていない。
魔法強化スキル、
百八十本の光線を撃ち込まれたツアーは次の瞬間、全身から百八十本の
刃から刃へ。黒い光条が、鏡の迷宮で跳ね回るレーザー光のように連鎖する。幾本もの火線に撃たれた白刃が融け崩れ、残った刃に更なる連鎖光が集弾される。
反射先を失った光線が射程限界に達して消える頃には、桜吹雪のごとく舞っていた【嵐花】のほとんどが黒炎に焼かれ、散り落ちていた。
「よォォーし、白金ビット攻略ッ! ざまぁ!」
ついテンションが上がって、キャロルの身体を借りたままゲーム時代のノリでガッツポーズしてしまう。いかんいかん。もうユグドラ動物園じゃないんだからこれも自重せねば。高速屈伸もシャゲダンも今後は無しだ。
ユグドラシルだとHPゲージがレッドゾーン入ったボスは発狂モードに入るのが通例なんだけど、知性あるドラゴンならここで諦めてくんねえかな。……いや無理か。
「ま だ ……だ」
ほとんど墜落しかけているように見えたツアーの眼に、光が戻る。
全身武器のドラゴン乱舞で仔山羊らの触手拘束を吹き飛ばし、ミハネが召喚した
「やらせるな、シズク!」
「〈
光の爪を砕かれた竜の連撃は、夜天そのものが飛翔するような黒い巨獣のタフネスを凌駕するに至らず。逆にその全身から負のエネルギー弾を雨と浴びせられ、包囲の中へ押し戻される。
そこへ側面と上方から射かけられる光弾の嵐。ケイスの二挺拳銃と、サティアの光弓による射撃だ。それぞれ異なるアプローチで一発あたりの威力を高められた矢弾は、外皮鎧を脱ぎ捨てて防御力の下がったツアーにはとても無視できるもんではない。
魔法で可視化された巨竜のHPが、見る間にガリガリ削れていく。残り二割ってところか。それでもプレイヤー基準でいえば、耐久特化タンク二十人分くらいの量を残している。
……タフすぎじゃねえ? いくらドラゴンが公式チート種族とはいえ、何喰って生きてたらこんなステータスに育つんだ。竜王の称号と一緒にボス補正でも付くのか。それとも
「〈
再びバフの掛け直しを封じようとしたシズクだが、わずかに残存していた【嵐花】のブレードが交差するように突っ込んできて、避け切れず被弾。スキルは中断され、その隙にツアーの乱れた呼吸が新たな魔法の名を結ぶ。
残り僅かな命を、さらに燃やそうとするように。
「
なんか気になることも言ってたが、いまさらエリア隔離用の広域結界なんぞ……と思いかけて、それが原作にあった【世界断絶
どういう字面の魔法か、不思議と音だけで理解していた。
――
半透明の力場が、ツアーを中心として球状に広がる。
だがそのまま拡大していくのではなく、収縮に転じたと思うや、竜の傷ついた総身をぴたりと覆う微光の皮膜となった。
おい待て、名前と形状からして、その魔法の効果……!
リーギリウムの効果観測が、悪い予感の的中を報せる。
「ボス! あいつの
ガッデム。やっぱり
「物理属性全部か? エネルギー攻撃と、魔法は?」
「属性は遠隔武器の二人が切り替えながら試してる、けど全部ダメそうだ。魔法はいま、ヘスとミハネが――」
シズクと共有した視界の中、ヘスの放った〈
射線の数は三十本。
しかし今度は、全弾が半透明の障壁に弾かれ、一ダメージも与えられずに終わる。
続いてミハネが〈
他にもNPCたちが様々な武器攻撃・魔法・スキルを撃ち込んでみて、状態異常も能力値ダメージも行動阻害も通らないらしいと判明する。この有様じゃ〈
つまりアレか。ツアーが最後の最後まで大事に取っておいた切り札は、
てめーマジでいい加減にしろよトカゲ野郎。小学生か????
とは言いつつ、俺も采配をしくじっている。シズクの〈
あのスキルはユグドラシルに数多ある
そんなもんを持っていながらこの有様なのは、全面的に俺の指揮がマズい。もっと使いどころを考えて指示出さないと駄目だなこりゃ。
あるいはツアーの方も、対抗手段を敢えて使わせてから切り札を切った、と考えるべきか。いっそ最初からチートバリア張って来てくれた方が楽だったかもしれん。やらなかったのは、あれがコストかなんかの都合で使いたくない類の技だからだろうか?
「〝ぷれいやー〟は殺す――〝えぬぴーしー〟も、すべて滅ぼす――
最小の犠牲だ。最も多くを、救う道だ。ユグドラシルの力は強すぎる……もう一度
物理と魔法の集中砲火を浴びせられ、高位召喚モンスターの群れにタコ殴りにされながらも、その一切を世界断絶の鎧で無効化し、満身創痍のツアーが包囲を突破する。
血まみれの竜が向かう先はこの拠点。奴の目的はブレていない。一貫して、勝利条件を見失っていない。
けれど何故だろう、あの美しい竜が
「そうだ。誰も赦さなくていい。私が
罪なき者を屠ってでも……この行いが、悪でも……間違えるのは、
そうで、なければ……!」
咆える竜の全身に、碧い光が脈動する。
まだ撃つのか? もう燃料となる
確かにツアーは強い。事前予想の五倍か十倍は強い。
それでも、シズクがもう一度〈
なぜ戦いをやめない? ツアーは俺に殺意がないことなんて知らないはず。このまま戦えば確実に死ぬと思っているはずだ。
降伏など考えられないほど、プレイヤーが憎いのか。あるいは世界最強と称される竜王の矜持か。
どれも違うような気がした。
「なんのために、
ああ。
そうか。――お前は。
欠けたパズルのピースが嵌まるように、胸の中のどこか収まるべきところへ、すとんと理解が落ちてくる。
もちろん
だが、少なくとも俺は、納得がいった。
そうだな、ツアー。
「受けよ、【破界の吐息】……!」
せめて
竜の口内に満ちた光が、見たこともない文字と記号で象られた魔法陣を結ぶ。
そのエネルギーは【流火】のように光線となって撃ち出されることなく、ありったけのスキルで真っ向から防ごうとしていたシズクを空間的に飛び越えて、拠点外殻に
いや、ひび割れたのは拠点構造物ではなく――
「時空連続体に破断面!? そうか、二次エネルギーは
「リーギリウムきゅん、素人にも解る言語でよろ」
「きゅん言うな! あれは
ばきり、と世界のひびから光が漏れだす。膨れ上がる。
爆発――――
リーギリウムが投影する戦場の立体像が真っ白に染まり、これまでにない激しい揺れが『シング』を襲った。
「どわォ」
前世で散々サイボーグ暗殺者として死線をくぐってもなおチキンな俺は、キャロルの身体を借りたままギルド武器から転げ落ちそうになり、美少女ボイスでケンイシカワ的な悲鳴(?)を上げてしまう。いろいろ台無しだよ、とセルフツッコミを入れたおかげで少しだけ冷静になれた。ありがとうゲッター線。虚無るにはまだ早い。
前線のNPCたちの眼を借りて状況の把握を試みるも、ほとんど核爆発じみた火球で全員の視界が眩んでいる。全員が盲目状態に完全耐性を持つからこそ〝光しか見えない〟程度で済んでいるのだ。そうでなかったら一発で失明して真っ暗のはず。それほどの光量。
威力はもちろん、攻撃範囲もとんでもない。爆心から一番近くにいたシズクは直前に発動した防御スキルのおかげで凌げたようだが、彼女と共に射線を遮ろうとしていた最高位モンスターたちは、背後からの爆風でまとめて消し飛んでしまっている。
もともと消耗してたナイトフォールや黒い仔山羊はともかく、サティアが実質一〇
やがて回復した視界で被害状況を確認すれば、二度目の大爆発はとうとう拠点外殻を完全に突破していた。露出した内部構造にもう一発撃ち込まれたら、さすがにマズい。
外殻に近づく敵を迎撃する
激震の余韻の中、リーギリウムが早口に、中断された説明を再開する。
「……だから、破壊力を外部調達してるぶん燃費がいいし、ダメージを直接与えないせいで〝世界の守り〟ってやつをすり抜ける! おまけに異次元のエネルギーを生のまま爆発させてるから、どの属性にも当てはまらない! まともな方法じゃ防げない攻撃ってことだ!
ボス、一旦ここから退避した方がいい――オレたちにはまだまだ切れるカードが残ってる。最終的には勝てる。でも、たぶん
拠点外殻はリーギリウムにとって至近距離だ。そこで発動された魔法がどんなものかを判別するのは、位階魔法ならどの系統であれ容易い。とはいえ異質な体系に属する
そして正直なところ、俺はツアーが使った【破界の吐息】のメカニズムにも、危機的状況を忘れてちょっと感動していた。
エネルギー効率、破壊力、耐性突破力。すべてが高いレベルで
いったいどれほどの試行錯誤、どれほどの研鑽、どれほどの覚悟を宿して練り上げた技なのか。ゲームのように容易く魔法を覚えられるわけでもなく、レベルを上げるにも命がけで戦い傷つく必要のあるこの世界で。
認めるよ、ツアー。
お前はプレイヤーにとっちゃ大迷惑の地雷野郎だが――少なくともその決意は、
まあ俺も、大人しく殺されてはやらんけど。
あえて邪魔せず撃たせた甲斐はあった。データ収集はこのへんで充分だろう。
「なるほど……となると、〝まともじゃない方法〟を使う必要があるか」
「ボス! お願いだから、逃げてくれよ!」
「俺はここを動かないよ。うちのギルド武器は
それに、次の手札はもう場に出ている。
「エルスワイズ、どうだ? やれそうか?」
「問題ありません。やはり、
原作知識に基づく俺の予測は的中。あれが【世界断絶障壁】の個人版であるなら、ワールドアイテム装備者の攻撃はすり抜けるんじゃないかと踏んで、エルスワイズにモンスター召喚ではなく直接攻撃の指示を出しておいたのだ。
同じ理屈でいえば
エルスワイズは手に持つ杖の先から青白い光の刃を発振し、それを次々と射出。光刃は無敵の障壁をすり抜けて竜の肉体に突き刺さり、爆発して更なる傷を与えていく。痛そうな見た目のわりにダメージ量は大したことないのだが、あの〈
「ぐ……ッ、貴様! 持っているな、〝世界の守り〟を!」
ただでさえ残り少ないHPを、未だ消えないキャロルの〈
爪は折れ、牙は砕け、尾は既に動かない――それでもなお、高位のドラゴンは全身が魔法武器の塊。
拳を叩きつけ、頭突きを繰り出し、膝で蹴り上げた勢いのまま踵を振り下ろす。後衛を本業とする
だがヘイトの誘引に成功した時点で、もうエルスワイズは
「終わらせます。構いませんね、カレルレン様」
「ああ。止めてやれ。〝奥義〟の使用を許す」
拠点の方へエルスワイズを撥ね飛ばし、ツアーはひときわ大きく息を吸い込んだ。
「避ければそのまま、貴様が背にした
ツアーの全身に脈打つ碧い光が、さらに長く細かく広がっていく。まるで巨竜の肉体が、己の生命力を一滴残らず絞り出そうとしているかのように。
「言われずとも、逃げはしない――〈
エルスワイズの装備が
装備したワールドアイテム『
――が、ここで終わりではない。
エルスワイズの〝奥義〟とは、〈
「竜よ。この無益な争いに、幕を引こう。怒りを鎮め、しばし眠れ」
声にいかなる感情も乗せることなく、エルスワイズが超然と告げる。
「
傷つき死に瀕し、なおも命を燃やして輝く竜が、叫ぶ。
ツアーの
円く開いた異界の窓。無限遠の彼方より打ち寄せる力の砲門。加速され、集束され、純粋な破壊のエネルギーが物質界へと押し出されてくる。
さっきは掠めただけでエルスワイズの半身を吹き飛ばした技だ。あれも【破界の吐息】と同様のメカニズムで、
今しも一条の閃光となって放たれるそれは、エルスワイズを消し去り、
だがそれは、実現しない未来だ。
ツアーの魔法が完成するより早く、エルスワイズの〝奥義〟が成っていたのだから。
「〈
赤い光が流れて
転移後
推定現地最強の存在、〝
[memo]
■魔法
〈
・近距離、単体もしくは複数対象の光線1~5本。力術[悪]。第七位階。
・イベント報酬アイテムにより全系統で修得可能。ただし悪カルマ術者専用。消費MPやや大。
・術者レベルに応じた本数の黒い光線を発射する。[火]+[悪]属性混合ダメージ。
・光線系呪文の中でも最上位のダメージ理論値を誇る強力な攻撃呪文だが、ポテンシャルを最大限引き出すには術者レベル九十二以上が必要となる。専業術者向け。
■
〈
・光線系呪文限定の魔法修正スキル。すべての光線が枝分かれし、本数が二倍になる。
・二本に分かれたからといって一本あたりの威力が半減したりはしない。
・二重化や三重化と組み合わせての発動が可能であるため、光線系呪文を使いこなせる魔法アタッカーは凄まじいDPSを叩き出すことができた。
〈
・職業スキル〈集合体〉の保有が前提となる魔法修正スキル。
・本来の射程距離や目標数を無視して、呪文一回の目標に〈集合体〉メンバーを加えることができる。追加の目標一人ごとにMPコストが発生するが、一人ずつ個別に発動するよりは割安になる。
・バフや回復の配布が主用途。ボス戦向けの高度な応用技も開発されている。