OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
白一色の空間だった。
壁もない。天井もない。ただ床らしい平面が、どこまでも広がっている。
空には太陽も、月も星もない。にもかかわらず、空間全体に光源不明の光が満ちていて、常に適度な明るさを提供している。
ここは真なる竜王を収容するための牢獄。
第一臓区下層に、実際この空間があるわけではない。【世界移動】なる原理不明の転移が使えるツアーを通常の手段で拘束しておけるかどうか分からなかったから、
発動条件がめちゃくちゃ厳しいし、簡単に完全耐性取れる属性なので、ユグドラシルではあんまり多用されなかった魔法でもある。
ゲームではこの手の効果を喰らうと一定時間経過で選択肢が出てきて、死亡一回相当の経験値ペナルティを受け入れればホームポイントから復活できたりしたのだが、どうもこの世界にそんな親切仕様は実装されていないらしい。やろうと思えば永久封印も可能なわけだ。怖いね。
現在までのところ、ツアーが脱走したり暴れて外部に被害を出したりといったインシデントが報告されていないのを見るに、ここへの閉じ込めは有効に機能しているらしい。
もっとも、憎きプレイヤーに敗れたあげく監禁されている竜王どのにとっては、心中穏やかでいられるわけもなく。
「ようツアー、元気に退屈してるかい」
「貴様に
心底嫌そうに牙をむき出し、威嚇してくるツアー。これでも態度はずいぶん軟化した方だ。ここへ会いに来た当初の数回は、「くっ殺」しか言わなかったり視界に入るなり攻撃してきたりで会話が成立する状態ではなかった。
彼が今そうしていないのは、この空間ではどうやっても自分や他人を傷つけられないし、
「どこでって、
「この
「えーっと? 俺たちが戦ってから、こっちの暦だと……
俺の何気ない一言で時系列のおかしさに気付くあたり、ツアーも結構
「馬鹿な……私をここから出せ! すぐにだ!」
「出していい理由が微塵も見当たらんけど……」
まだ何の手打ちも合意してないのに、いきなり拠点にカチ込んできて「おどれら皆殺しじゃァい!(意訳)」とか言い出すようなやべーやつを釈放していいわけねーだろ。頭沸いてんのか?
ツアーが急に慌て出した理由、八欲王のギルド武器を
懸念事項がギルド武器でないなら、リーギリウムの報告にあった通り、ツアーのホームグラウンドらしい大陸東方への政治的影響とかを憂慮しての反応だろうか。彼が地元でどういう地位にあるかは未だ不明ながら、有力者がいきなり消えたらそりゃ混乱を招くに決まってるし、後釜狙いの野心家もぞろぞろPOPしてきそうではある。
四百年後の慎重にして狡猾な姿と比べると、現在のツアーはいろいろ脇の甘いところが散見される。〝正史〟においても、何かこういう痛い目を見るような経験があって、それからリモコン鎧を飛ばす方針に切り替えたのかもしれない。
苛立つツアーが破壊不能の〝床〟を殴りつける不毛な作業に入ってしまい、俺はどうにか落ち着かせようと、なんでもない口調を意識して話しかけ続ける。
「はいステイ、ステーイ落ち着けツアーくん。早くここを出たければ、あんたは対話に応じなくちゃならない。おっけー?」
「〝ぷれいやー〟と話すことなどない。しょせん私と貴様らでは、
おおっと。ツアーの分析が鋭いのか、自動翻訳が気を利かせすぎているのか。意外な語句が出てきたが、これは正しい。
日本のサブカル界隈じゃ〝世界観〟といえばフィクションの世界
長く暮らして馴染んでいけば違うのかもしれないが、長生きしなかったらしい八欲王は、そこの折り合いが上手くつけられなかったのだろう。
「つっても、六大神とは上手くやれてたんじゃないの? スレイン法国のさ」
「……もうそこまで知っているのか。
二百年前の彼らは、良くも悪くも
なんかいろいろと興味深い話が出てきて、元オバロ読者としては掘り下げたい衝動に駆られんでもない。しかしせっかくツアーが固い口を開いてくれたのだから、ここは流れに乗って聞き役に徹するとしよう。この先関係を改善していけば、もっと詳しい話を聞けるかもしれないし。
リーギリウム曰く
「私も青かった。夢を見たものだ。望まずして招かれた異邦人を、この世界の同胞として迎え入れ、共に歩むなど……。
それが不可能だと教えてくれたのも、〝ぷれいやー〟だったがな」
「百年前の、いわゆる八欲王ってやつか?」
ぎしり――と、白金の竜鱗が軋むような音。
目の前の竜が一回り大きくなったような、圧迫感が押し寄せる。
「
誰にも理解できず、ゆえに誰もが恐れた。真の意味での……〝世界の敵〟だった」
「聞いたよ。竜を殺しまくったんだって? 同じプレイヤーとはいえ、やりすぎだと思うね」
とりあえずは様子見のジャブ代わり、共感を示すような台詞を投げてみる。
疑問は多々あれど、嘘というわけでもない。これまで諜報部門が調べた限りでも、八欲王に関しては
ツアーはとくに感じ入った様子もないが、更なる言葉を引き出すことには成功する。
「竜だけではない。およそ人間種以外のあらゆる種族が、〝素材〟あるいは〝けいけんち〟として狩り立てられた。奴らはときに、庇護下に置いたはずの人間種さえ虐殺していた――不服従の見せしめとして。あるいは単なる戯れで。
〝ぷれいやー〟よ、同郷の貴様なら理解できるのか。
ただ同じプレイヤーである、というだけで仲間でもなんでもないDQN集団のクレームをぶつけられてる気分だが、残念ながらもうユグドラシルの公式サポセンに対応を丸投げすることはできない。俺が自分自身の言葉で回答するほかないだろう。
「んん……そうだな。俺はそいつらを直接見てないから、推測でしかないけど。
まず、ユグドラシルのプレイヤーが、元は特別な力を持たないただの人間だった、ってことは知ってる?」
「……聞いた覚えはある。とても信じられなかったが」
おや。
ともあれ、そこの説明を飛ばしていいなら話は早い。
「ユグドラシルってのは、言ってみれば多人数で共有する巨大な夢の世界だ。俺たちは互いに繋がった夢の中で、現実にはとてもできないような狩りや戦いを楽しんでいた」
コンピュータ・ゲームやダイブ型VRの概念を一から説明するのは困難だし、ツアーにとっちゃ「だから何だ」という話でもある。そういうわけで、ひとまず異世界人向けの喩えとして考えておいた『繋がった夢』に置き換えて話を進める。
「だがどんなに楽しくても、夢は夢だ。プレイヤーたちには現実の生活ってもんがあったし、家族や友人だっていただろう。
……それが、
「だから――狂ったというのか?」
怒りに満ちていたツアーの声が、戸惑いを含んで揺れる。
「文字通り、絶望して狂っちまった奴もいたかもしれない。でもそれ以上にありそうなのは、ここがまだ
理解できぬ、とばかり首を振る竜王。
「この世界は……貴様らの夢の遊び場ではない、
「そりゃ結果論だよ。俺たちの世界じゃ、人間が異世界に召喚されるなんてのは
とても現実には起こりそうもないことが起きたと信じるか、自分が夢を見ているだけだと思うか……どっちが
うちの高知能NPCどもと会話するノリで言っちまってから思ったが、蓋然性って自動翻訳で伝わるのかな。要はこの場合「どっちが起こり得そうか」ぐらいの意味なんだけど。
幸いツアーは語義を解釈しかねた様子もなく、むっつりと沈黙している。
「さっき、八欲王があんたらを〝素材〟や〝経験値〟扱いしてたって言ったよな。これはいわゆる
もちろん、全てのプレイヤーが
この世界がゲームそのものではないと気付いても、転移プレイヤーの置かれた状況が
俺の推測はそんなところだったが、ここでツアーの歯切れが妙に悪くなる。
「……確かに、それは……そうかもしれない。
いまは八欲王と呼ばれる彼らの中でさえ、私たちとの対話を試みる者がいなかったわけではない。私から見て本当に狂っていたのは、せいぜい
おや? 八人全員が調子こいて脳内ユグドラシルⅡを始めてしまったわけじゃなかったのか。
謎多き八欲王にまつわる新情報が出てきて若干ときめくが、途中からブツブツ独り言モードに入っていたツアーの表情がまた険しくなるのを見て、俺は追及を諦める。
「だが――あれが
やっぱそういう結論になるか~~~。
いや理屈は分かるよ? スゲーよく分かる。なんなら俺も同じ立場にいれば同じことを考える。
仮にこれまで転移して来たプレイヤーが六大神と八欲王だけとしても、十四人中二~三人がこの世界をゲームだと思っている超A級危険人物だったのなら、今後も無視できない確率でそういうイレギュラーが発生するんじゃないかと推測するのは当たり前だ。
プレイヤーが全部で何人転移してくれば、この異世界召喚は終わるのか? わからないが、それまでにこの世界にとって致命的な狂人がまた何人もPOPしてしまえば、今度は竜の衰退どころじゃ済まなくなる。
しかし倫理的な観点を除いたとしても、この策には致命的な欠陥があるわけで。
「いうてそれ、
転移直後で右も左もわからぬうちにプレイヤーを急襲し、何もさせずに葬る。八欲王の次の周期にあたる今回、まさにツアーはそれをやろうとしたのだろう。
その結果がご覧の有様である。
彼の名誉のために付け加えるならば、俺たちが勝てたのは
シズクみたいにツアーの攻め手を潰せる奴がいなければクソ火力で押し切られそうだし、奥の手らしいチートバリアが発動してしまえばワールドアイテム持ち以外はダメージを与えられもしなくなる。ギルド拠点に正面から単騎で挑むという一見無謀な試みも、実は
ソロやパーティ単位で転移して来たプレイヤーくらいなら、ツアーひとりで問題なく狩れるだろう。なんなら中小規模のギルド拠点すら落とせるかもしれない。
それでも、
うちのギルドは確かに異世界転移を見越していろいろ準備してきたが、それは主に
ナザリックの難攻不落ぶりは『シング』の比ではないし、それ以上のギルド拠点だってサービス最終日の時点でいくつか残っていた。もちろんその全部が転移してくると決まったわけではないが、少なくとも俺たちに勝てないようじゃあプレイヤー皆殺しなんて夢のまた夢だろう。
結局のところツアーでさえ、ユグドラシルという
「だいたいよォー、なーんで一人で突っ込んできたわけ? 生き残った竜のお仲間に声かけて、攻撃に参加してもらえばよかったじゃん」
「……共に戦える〝仲間〟は、みな死んだ。今の世を生き残っている竜は私以外、あの大戦に参加しなかった者ばかりだ。八欲王の猛威がもたらした結果を目の当たりにして、なお〝ぷれいやー〟との戦いに挑める者は、そう多くない」
……んん? そうなの?
原作だと、確か東の方にツアーの腹心の竜王がいるとかいう話だったはずだ。おそらくツアーほどの強さではないにしろ、そいつを連れて来られたらもうちょっと苦戦したかもしれない。
でも今のツアーの口ぶりだと、連れて来られる味方がそもそも
「しかし、私には責任がある……逃げることの許されない、責務が。ユグドラシルからの
「それ、あんたの親父が何かやったせいか?」
目を見開いたツアーが、警戒の色を強めて後ずさる。
「どこの誰が貴様らに、そんなことを教えた……!?」
「いや、誰がっていうか……〝父の過ち〟云々言ってたのおめーだぞ。覚えてないの?」
「……
心底訝しげな声を出すツアー。どうやら本当に自分の言ったことを覚えていないらしい。
独り言っぽいとは思ったが、ひょっとして無意識で言ってたのかアレ。意外と重症かもしれん。こんな異世界でなければさっさと精神科へ行くことをお勧めするところだ。
これは決して「あいつ頭おかしいぜ」の婉曲表現とかではない。別にメンクリ通いは恥でもなんでもないし、自分がちょっと病んできたなと思ったら気軽に受診すべきだと俺は前々世から思っている。二十二世紀の
まあツアーの独り言をちゃんとキャッチできたのも、予備知識としてある程度の事情を知ってるからだ。原作情報持ってなかったら俺もスルーしてただろう。
ツアーの親父、通称〝竜帝〟は、異世界転移イベントそのものの引鉄を引いた疑惑のある超重要人物。情報を得られる機会があるなら無視はできない。敵として出てくるようなことがあったら鬼ヤバそうだし。
「あんたの親父が、何か……
一番気になるところをストレートに訊いてみるも、回答はYESでもNOでもなく。
「その問いの答えを、私は持っていない。――勘違いするな、教えたくないから拒んでいるのではない。父の真意など、
彼はあるとき、我々にも理解できない魔法の痕跡だけを残して、ただ
……
百年ごとの召喚が意図されたことなのか、それとも偶発的な事故なのかさえ、定かではない。父が誰かに目的や計画を語った、などという話も聞かない。
これまで何度も同じことを訊かれて、同じ話をした。……信じなかった者も多い。貴様も好きにするがいい」
ほんとにござるか~~~?(HMSK)
いまのところ嘘感知アイテムに反応はない。それでも疑おうと思えばいくらでも疑えるが、ツアーの言を信じるなら、竜帝のやらかした
「……ん? 意図が分からんなら、なんで〝父の過ち〟とか言ったんだ?」
「
「ああ、そういう……」
うん、まあ、何か目的があれば外患誘致が免罪されるかっつったらそんなことはない。解るけどさぁ……もうちょっと掘り下げた話が出てくると思うだろオバロ読者としては!
原作における四百年後のツアーなら、今よりもっと深い真相へ迫っていたのだろうか? なんにせよ、この件に関する調査は俺たちで独自に続けないといけないようだ。
不気味な肩透かしを食らった感はあるものの、竜帝が舞い戻ってきて敵になる可能性が低そうな点にはせめてもの慰めを見出すべきか。
そしてまた、余計な連想も働く――異世界召喚(仮)が竜帝の
異界の情報を引っ張ってきて物質化させた(と思われる)父。異界のエネルギーを引っ張ってきて爆発させたりビームとして撃ち出したりする息子。こじつけと言われればまったくその通りだが、しかし根っこの部分が同じ系統ではありそうじゃないか?
「なるほどねえ……気を悪くしたら謝るけど、ひょっとして親父のやったことであんたが同族から恨まれてたりもすんのかな……〝てめーの身内が危険な外来種を呼び込んでくれたおかげで、種族が絶滅の危機だよ!〟みたいな……」
「もと人間にも見透かされるようなら、ありふれた話なのだろうな――しかし、それが血の因果というものだ」
自嘲めいたツアーの声が、肯定の言葉なくして俺の邪推を認めていた。
異界からの侵略者を呼び込み、同族の大量殺戮を招いてしまった大罪者の息子。人間に置き換えて考えれば、そりゃ後ろ指さされるし石も投げられるだろう。
自分のやってもいないことで白眼視された子供が、父の行いを
きっと、ツアーは慢心ゆえに一人で突撃して来たのではなく。
頼れる仲間を喪い、生き残った同胞には疎まれ、独りで戦うしかなかったのだ。
あるいはひとりで戦い抜くためにこそ、彼は最強の力を鍛え上げたのかもしれず。
俺は心底の安堵とともに思う。
ツアーが
「……ツァインドルクス=ヴァイシオン。ここから出たいなら、条件がある」
声のトーンを強いて真面目なものに変え、俺は本題を切り出す。
声色の違いを敏感に察したツアーも、プレイヤーへの憎悪を抑制した口調で、応じた。
「聞こう」