OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
「まず……前置きとして、今後発見されたプレイヤーについての話をしようか。
彼らがこの世界の一員として平和に生きていくつもりがあるなら、俺たちはそのための受け入れ支援を行うつもりでいる。それをやる場所と組織は、いま整備中だ」
何の話だ、と言いたげな顔で、唸るようにツアーが問う。
「……平和に生きていくつもりのない〝ぷれいやー〟が来たら、どうする」
思いのほか冷静に切り返されて、俺はちょっと驚く。
だがツアーの言うようなケースも当然想定すべきだし、回答も決まっている。
「同じプレイヤーとして、俺の責任において、
俺たちが作ろうとしている枠組みは、放っておけば暴走する危険のある
要は、可能な限りプレイヤーの間だけで、互助と自浄のサイクルを回せるようにしたいわけさ」
竜が疑わしげに目を細める。
「私は人間の社会というものに詳しくないが……そんなことが可能なのか?」
「ぶっちゃけるとユグドラシルのプレイヤーは、大半が日本人っていう
いきなり飛ばされた異郷の地で、彼らはまず不安と混乱に苛まれるだろう。そこへ、こっちで
「乗るべき流れ――望ましい方向とは?」
「可能な限り、この世界の文明や環境に対し、破滅的な影響を与える
まあ、有益な影響力なら外部に還元してもいいと思うけど、これも制御可能な範囲でかな……技術レベルや政治体制がいきなり何百年分もすっ飛ぶのは、多分よくない」
困惑した様子で、しかし真剣にツアーが問うてくる。
「それは――いったい貴様に
まあそりゃそうだよな、と出て当然の疑問にため息を漏らす。冷徹な損得勘定のできる奴ほど、俺の動機を理解しがたいものと感じるんじゃないか、とは思っていた。
世界を征服できそうな武力を溜め込んでいながら、その使い道が環境保護と人助けです、なんて言われりゃあ胡散臭いどころの話ではない。
実際、俺自身の目的は
だから、もっともらしい次元に落とし込んだ
「この世界の歴史を調べて、あんたの言ったことを思い出して、いちプレイヤーとしてこれから先の未来に何ができるか、自分なりに考えてみただけだよ。
べつにプレイヤー同士がみんな仲良しってわけじゃなかったが、この世界では数少ない〝同郷〟の連中だ。捨ておくのも忍びない。初日のあんたみたいな覚悟ガンギマリのプレイヤー殺すマンに狩られるくらいなら、こっちで保護した方がマシだと思うのは、そんなに不思議なことか?」
「同族意識が働くと? ……無い、とは言えんか。
だが……それでも共存を拒み、しかも
たぶん八欲王を念頭に置きながら投げたであろう、ツアーの問いかけ。
「そんときは……ツアー、あんたも力を貸してくれよ」
「
ぶる、とツアーの巨体が震える。怒りのあまり震えているようにも、抑え込まれた動揺の僅かな発露のようにも見えた。
またこいつが話を聞かなくなると困るので、その前に俺は言うべきことを言っておくことにする。
「そうだ、ツアー。お前はもう
竜の震えが、止まった。
「お前がひとりで親父の不始末の責任を背負い込んで、ひとりで血を流して命かけて、あと何百年かけて何人来るかもわからんプレイヤーを殺し尽くすために戦うつもりだったのは解ったよ。解ったうえで言わせてもらうが――あんまりアホらしくて見てられねえ。そんなやり方をしなきゃならん理由が、いったいどこにある?
いいことを教えようか、ツアー。
――それでも手に負えないときだけ、ちょっと手伝ってくれ」
「知ったような口で、無責任なことばかりを……!」
今度こそはっきりと怒りをあらわにして、〝
「私が貴様を信ずべき理由こそ、いったいどこにあるというのだ!? 貴様らが〝ぷれいやー〟を集めて組織し、八欲王以上の脅威となって世界に牙剥かぬことを、誰が証明できる! 仮に……今は言葉通りの志を持っていたとしても、いつかは力に溺れ覇道の誘惑に駆られぬと、どうやって保証できる?
「いまの俺たちに信頼なんかあるわけはない、そりゃ解ってるよ。プレイヤーが何をやったか、最新の実績が八欲王だもんな。
だから、俺たちは俺たちなりの実績で応える――まずは取引だ、ツアー。ここから五体満足で釈放する代わり、今後百年あんたはプレイヤーへの手出しを控えて、俺たちの事業を監視しろ」
半ば狙い通り、この提案はツアーの意表を突いたらしい。
「監視? ――
「
あんたは確かに、転移直後の俺たちを殺しに来るなんて極端に走りこそしたが……
もちろん勘というのは方便で、後々ツアーが人間やプレイヤーともそれなりに交流を持つようになる、という原作知識ありきの判断に過ぎない。魔法やら武技やら神秘に満ち溢れた世界だ。説明できないことは勘と言い張るに限る。
八欲王の
断片的な原作情報と、こうして会話した印象から組み立てた俺の予測が正しければ、彼はおそらく
もっとも、いわゆるリク案件の全容は今の俺に知り得ないことなので、もしかしたら盛大に読みを外しているかもしれない。そのへんを見極めるために時間が欲しい、という面もある。
「……その気になれば、貴様らは力で意を通すこともできると
疑わしさを隠しもしないツアー。これも当然のリアクション。襲ってきた暗殺者を逆にスカウトしようなんて馬鹿な話があるわけはない。――いやあったわ、蒼の薔薇とかいう
とりあえず四百年後の話はどうでもいい。
馬鹿げていようと、今ここにいる俺は、ただ正直に答えることしかできないのだから。
「確かに、あんたの意見に従うと約束はできない。反対されても強引に、力ずくで事を進める必要は出てくるかもしれない。
それでも――自分の正しさだけを信じて進むよりは、異なる意見もあることを知った上で選択した道の方が、少しはマシな歩き方ができる。
だからツアー、もう一度言う。
何度意見を却下されても折れるな。憎しみと後ろめたさに甘えて死に急ぐな。俺も含めたプレイヤーがこれ以上、この世界の敵にならないよう、知恵を振り絞って言葉を尽くしてくれ。
無茶を言ってるとは思うが――それができないなら、二度とここから出すわけにはいかない」
たとえ原作知識があろうと、高知能NPCたちのシンクタンクを従えていようと。
それだけで最善手を打ち続けられるほど、世界は単純にできていない。それは前々世でも、前世でも、今世でも同じことだ。
だから俺は、せめて自覚的でありたいと思う。自分が何を選び、そして何を選ばなかったのかということに。
そうやって百年、俺が八欲王の轍を踏まずにいられたとき――
傍らでちくちく小言を言いながら見ていたツアーが、少しでもプレイヤーを信じられるようになっていたらいいなあ、などと。
いささか甘すぎる未来図を、心の片隅に落書きしていたりも、する。
「百年経って、やっぱり俺たちが信用できないと思うなら……もう一度殺しに来るなり、見限って隠居するなり、好きにしろ。
だけどもし、俺たちを信じてもいいと思えたなら」
竜の眼には猜疑がある。怨恨は隠そうとしても隠せず、不信がありありと浮かんでいる。
けれどその奥に、かすかな期待と希望が揺れている――そう見えるのは、俺の自惚れだろうか。
「そのときは認めろよ。プレイヤーも、〝この世界に属する者〟となり得るってことを」
「――よくも、そうまで大言を吐いたな。百年と生きていないであろう小童が」
呆れと諦めを含んだツアーの物言いは、しかしどこか面白がるような響きにも聞こえて。
「……もとより殺す気で挑んだ戦いに敗れ、死ぬことさえできず虜囚となった身だ。恥を忍んで、
百年後の裁決に、手心は加えぬ。壮語したからにはやってみせろ、今代の〝ぷれいやー〟よ」
言ったな? これは合意と見るぞ。
契約成立に持っていけそうで、俺は自然とにっこりする。表情の見える身体してねーけど。
「さっきも言った通り、どうしてもヤバいときは手を貸してもらうかもしれんからな。そうなったら仕事してくれよ」
「それは、貴様らの素行次第だ……が、善処はする」
後半部分でツアーが妙にしおらしい声を出すので、ぎょっとして思わずツッコミを入れてしまう。
「なんだオメーどうしたいきなり? サービス精神旺盛なの?」
善処というとアレですか、任意のタイミングで一回だけツアー本体の援軍を要請できる召喚チケットとかそういうのを期待しても……?
いいのか? 試しちゃうぞ? あんとき思いついた【破界の吐息】+〈
などと一人脳内で盛り上がる俺をよそに、ツアーがものすごくぎこちない動きで頭を下げようとしている。……なにこれ謝罪? 大和田常務かてめーは。無理すんな。
「……卑劣な手を使った、詫びだ。
はて、卑劣な術とな。チートアンデッド量産する禁術なんか使われた覚えはねーぞ。フルフルニィ……
冗談はさておき、ツアーが何のことを言っているのか本気で分からず。数秒悩んでみて、俺は恐るべき解釈に辿り着いた。
「……ツアーくん、もしかして君ィ……ただの奇襲を〝卑劣な手〟とか言っとるのかね……?」
「それが分からぬほど堕ちたつもりはない。だが、必要とあらば私は…………〝
なんということだ。原作四百年前のツアーがここまで
「あー、えっとねえ、たいへん申し上げにくいんですけどぉ。
敵パがマップに入ってきた直後の隙を狙って先制攻撃でぶち殺す、なんて
うっかりPVP煽り用の口調が暴発してしまう。クソッ鎮まれ……鎮まれ俺の中のユグドラ動物園……!
なんつーか、八欲王が無双できたのってキャラ性能やアイテムの力以前の話なんじゃなかろうか。不死身の戦狂いどもが互いを呪い合いながら錬磨し続けた、ユグドラシル流の高度すぎるメタゲームに、
かくして契約特典代わりのインストラクションを与えた結果、俺は
慄くような声で、ツアーが呻いた。
「…………ユグドラシルというのは……やはり、悪鬼どもがひしめく……地獄なのか?」
いまさらかよ。うん、まったく否定できねぇ。
そのあとも細かい約束事や、連絡手段について詰めることしばし。
どうにか話をまとめることに成功した俺は、ツアーを拠点の外まで連れていき、東の空へ飛び去る彼を見送った。
なんやかんやで期限つきのオブザーバー契約は成立。八欲王の遺恨がまだブスブス燻っているこの時期に、いきなりお友達になりましょうなんてのは無理だろうから、時間をかけて関係改善を図る作戦に切り替えたのは正解だったと思う。
ギルドの計画を逸脱しない範囲での、プレイヤーの保護ないし無害化。そして、現地の『人類』が自力対処できないユグドラシル案件の
どちらも俺がこの世界で元々やるつもりだった事業であり、ツアーのために予定を変更したわけではない。でも竜王たちとの折衝に利用できるなら、布石としても使っておいて損はない。
これからツアーの信頼を勝ち取るためにも、俺たちは真面目に働かざるを得ない。多少の不便はあるかもしれないが、メリットの方が大きいと俺は思っている。
健全な組織運営のために外部の視点はあって然るべきものだ。その立場に必要な実力と見識を兼ね備える点で、おそらくこの世界の存在として〝
まあ、監査役を任せたからと言ってすべてを開示できるわけではないんだが。インパクトの大きすぎる
「……本当に、帰しちまってよかったんですかい?
やつがこっちに出した損害規模を考えりゃあ、ちと甘すぎる対応にも思えやすが」
ツアーが去った方角、遠く渦巻く『
そういやこいつ待機させてたな。幸いなことに出番はなかったけど。
「んー、今はクッソ荒れてるけど、多分ありゃ本質的には
「しかし……やつがプレイヤー憎さのあまり、兄貴の温情を裏切るかもしれやせん」
ケイスはあくまで悲観的に言い募る。というよりNPCたちのツアーに対する心象は基本的に最悪で、信用するという発想がない。
キャロルなんか堂々と「ねえ
拠点NPCであるこいつらが、ギルドホームを派手にぶっ壊してくれた無作法な襲撃者を嫌うのは、まったく自然な反応であっておかしくも悪くもない。
ただ俺はなまじ原作知識があるだけに、〝そりゃ
とはいえ当然
「
一〇〇レベルNPC四人が腕によりをかけて仕掛けた〝保険〟は、ひとたび発動すればかわいそうなツアーくんを
百年後までに関係が改善できそうなら撤廃してやりたいし、俺としてはこんな鬼畜ペナルティの出番がないことを祈っている。――これには二次被害への懸念や、個人的な感情以外の理由もある。
「ただなぁ……言ったろ、あいつは〝最重要人物〟だって。この時点でツアーを歴史から退場させるのは避けたいんよ。影響がまったく予想つかんことになるから」
どうせあの強迫観念こじらせドラゴンのことだから、原作ルートでも十三英雄の件に留まらずいろいろ暗躍していたことだろう。
仮に俺がこの時点でツアーを殺すなり封印するなりした場合、東方の本拠地とかを敵に回す可能性があるし、このさき彼が
ギルドの方針上必要か、影響が予測可能な場合を除いて、無用の介入は控えたいのが本音だ。少なくとも原作ルートでは、四百年後までに
俺しか知らない未来のことを根拠にするのは流石にズルい自覚もあったが、ケイスは畏れ入った様子で頭を下げてくる。
「例の〝予知〟でござんすか……そこまで先をお考えとは。出過ぎたことを言っちまいやしたかね」
「俺はなーんも考えてねーよ。まだまだ先は長いしな」
十三英雄の時代まで二百年。ナザリック出現まで四百年。
もと人間の感覚でいえば、何百年という時間は〝人生〟ではなく、〝歴史〟のスケールでしか捉えられないものだ。しかし俺は、その歳月を歩いて行かなければならない。
果たして俺の精神は、この旅路に耐え得るだろうか。
「ま、
「保険――なるほど、あの竜をやけにあっさり解放したのは……そういうことか? 流石でやすね、カレルレンの兄貴」
うおっ。なんか変なフラグ踏んだか? こいつらは本当に隙あらばウルトラ深読みマジックで俺を謀略魔人に仕立て上げようとしてくるので油断できない。
とはいえ俺は、NPCどもの期待に応えるために自分の道を曲げるつもりなどさらさらない。こいつらが自分の勘違いに気付いたとき、せいぜい盛大に笑ってやるとしよう。
「さて……懸案事項が一つ片付いたわけだし、そろそろアレをやるか」
「アレとは?」
さすがに情報が少なすぎると深読みのしようもないのか、ケイスが首を傾げている。
「いろいろ忙しくて延ばし延ばしになってたアレだよ。お前らが楽しみにしてるやつ」
ハッと何かを察した様子で、ケイスが頭を下げる。口許が緩んでいるのは指摘するだけ野暮ってもんだろう。
「――至急、各部門のNPCを召集しやす。
「ああ。あそこ以上に相応しい場所もないだろ」
別に俺は今更やらなくてもいいんじゃないかと思っているが、おそらくNPCたちの士気を高めるのに有効なイベントであるのは事実だ。
色々ギルド内に周知しておきたいこともある。これから本格的にこの世界での活動を開始しようという節目のときに、区切りとしてやっておくのは悪い選択肢でもない。俺の精神衛生へのダメージを別にすれば。
何をやるのかって? 決まっている。
あの『忠誠の儀』とかいう罰ゲームみてぇな儀式だよ!