OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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断章:本物の主人公

 リアルに魔法は存在しないはずだったが、サラが俺たちの身柄をかすめ取った手際の良さときたら、ほとんど魔法じみていた。

 

 当時巷を騒がせていた報道アナーキストだかなんだかの告発で、俺たちのようなサイボーグ少年兵を製造・運用していた企業が次々と槍玉に挙げられ、逮捕者が出たり株価が荒れたり不自然な自殺や事故死が相次いだりした。その流れで俺たちの()()()も親会社にトカゲの尻尾として切り捨てられ、ついでに大衆の留飲を下げるためのパフォーマンスとして国の監査部隊が送り込まれてきたわけだ。

 

 その部隊を率いていたのがサラ・ブラック。当時はまだ二十代前半。

 アメリカ系帰化移民の家に生まれながら日本の官僚として成り上がり、企業連の意向に振り回される政府のもとで頭角を現しつつあった、才器ある変人。

 

 企業間紛争の暗部に触れるのを嫌がった政府が、日和(ひよ)って俺たちを〝違法に密造された生体兵器〟扱いで廃棄処分に持っていこうとしていたところ、サラが人権団体等を巻き込んだ何らかの政治的トリックで決定を覆させたらしい――とは後から聞いた話。

 気付けば俺たちクローン忍者部隊は、補助脳の行動制御プログラムも綺麗さっぱり初期化され、普通の少年兵同様に社会復帰プログラムを適用された……()()()()()()サラの配下に納まっていた。

 

「私はきみたちの保護者でもあるつもりだが、三十人以上の大家族を養うほどの甲斐性までは、流石にない。申し訳ないが、働いてくれたまえ。きみたち自身が生きるために」

 

 二十一世紀ジャパニーズ的感覚でいうと、子供を働かせる大人なんてのは総じてろくでもないものだが、小卒でもマシな方の学歴になってしまうオバロ式二十二世紀においては児童労働もまったく普通のことだった。このご時世、清廉潔白な輩は生きることさえできない。いるのは清濁併せ呑める奴と、他人に濁を呑ませるしか能がない奴くらい。

 

 人権の有無すら怪しい機械化児童(マシンチャイルド)どもに衣食住を保証し、仕事を任せるという形で自活の手段までも与えてくれたサラは、この時代においても()()()()()()()()の部類だったのではないかと思う。むろん彼女には彼女なりの目的があって、そうする利益もあったわけだが。

 

 

 とかくこうして、クローン忍者部隊は晴れて再就職。

 俺たちの新たな戦場(しょくば)電脳空間(サイバースペース)。国の依頼で、旧世紀インターネット遺失ドメインの発掘業務なんかを請け負う外部委託機関。

 

 前世紀末の『零日戦争(ゼロデイ・ウォー)』と、それに続く自然環境の急激な崩壊――この時代、そうした変化に機器や人員の移行が追い付かず、廃棄もメンテもされないまま宙ぶらりんになっているWEBサーバーが世界中に存在していた。それらをときにオンラインのハッキングで、ときに放棄されたデータセンター遺構などに物理肉体(オフライン)で潜り込み、有用そうな情報資産をサルベージしてくるのが俺たちの新しい任務。

 

 犯罪スレスレどころか法的には真っ黒の案件も少なくなかったが、そんなもんは後ろで糸引いてる巨大企業(メガコーポ)が白と言えば白になる。いまや人民の生殺与奪を握るのは企業様。神にも等しいその権能を、法の鎖で縛ることはとっくにできなくなっている。海外もまったく同様。結局これは、どこの国でもやっていたレガシーデータ争奪戦に、遅ればせながら日本も参戦しましたという話でしかない。

 

 ともあれこの仕事、汚染された環境下でも活動可能な肉体を持ち、かつ軍用規格の高性能な補助脳をインプラントされた俺たちには適職だったと言える。

 スマートガンやら攻撃ドローンやら、果てはなんかゾイドみたいなデザインの多脚戦車やらステルス潜水艇やらと脳直結して戦うのに比べれば、データプレーンの廃墟に忍び込んで血の匂いのしない民生用システムをいじり回すなんてのは楽勝もいいところ。人を殺さなくていい仕事(ビズ)というだけで、俺は異臭がする酸性雨の中でもスキップ交じりに出張することができた。

 

 俺と一緒に廃棄処分から救い出された三十四人の戦友たちも、それまで戦闘と殺人に最適化された希薄な自我しか持っていなかったのが、サラのところへ来て二年目にはすっかり人間らしい個性を芽生えさせている。子供らしい吸収力の賜物だろう。強化された脳の学習能力や、ごくわずかな睡眠しか必要としない生体兵器としての特性も、彼らの生きる時間を常人よりずっと濃密なものにした。

 

 人間性を養う参考に……とサラの持ってくる教材は、どういうわけかほとんどが前世紀のオールドメディア・サブカル作品群。マンガアニメゲームラノベetcetc(えとせえとせ).俺たちの前任にあたる年老いたハッカーの遺産を貰い受けたらしい。おかげで部隊の奴らも、だいぶ世代のズレたオタクみたいな集団になってしまった。しかし中身が二十一世紀人の俺にとっては、却って実家に戻ってきたような安心感があり、居心地は悪くなかった。

 

 もともと部隊の指揮官ポジションで、最初に一番受け答えがはっきりしていたからと、サラは半ば強制的に俺をこの集団のリーダーに任命した。

 おかげでしばらく忙しかったものの、それも慣れてきて作業ルーチンが確立されれば少しずつ楽になる。職務の合間に雑談をする余裕が生まれ、仲間との関係性がまた戦場にはなかった次元で深まってゆく。

 俺たちはチーム。俺たちは戦友。俺たちは家族。嘘を言うなって? いやいや。こればっかりはマジな話。

 

 人間兵器としての出生なんか忘れていた。毎日仕事をしながら同年代の子供たちとオタトーク。寝起きする拠点が旧世紀の廃校を再利用した建物だったこともあり、まるで前世の中学か高校あたり、放課後に漫研の部室でダラダラくっちゃべっていたゴールデンタイムが毎日毎週続いているような。

 

 あまりにもクソッタレな境遇に転生してしまった俺にとって、この平和で怠惰な日々は失った人間性を蘇らせてくれる尊い時間だった。相変わらず人類まるごと滅びかけている末期的ディストピアには違いなかったが、それでもかけがえのない居場所がそこにあった。

 

 でも俺は既に一度、大人になって就職して、経済的には自活していた経験があるから知っている。

 子供の時間は短い。当人たちにとっては永遠に続くような気がしていて、大人になるイメージなんてまったく湧かないのに、気付けば齢を重ねて身体は大きくなって学校も卒業している。

 成人式で市長だか県知事だかに「皆さんも、これからは大人として……」とか言われてもやっぱり実感はなく、自覚のないまま環境に流されて役割に乗っかって生きていくことが、ありふれた『大人』の在り方なんだと社会人になってようやく悟る。

 

 だから今生においても、俺はこの完璧な時間がいつかは終わってしまうことを知っていた。

 ここには死線を共にした兄弟同然の戦友たちがいて、俺たちみんなを救ってくれた母であり女神でもあるサラがいて。人を殺さなくていい仕事があって、自分だけの個室でぐっすり眠れて、カートリッジ式栄養剤よりずっとマシな食事ができて。

 

 こんな暮らしが長く続くわけはない。きっと俺は、宇宙の気まぐれでひとときだけを照らし出した、奇跡のような幸福のスポットライトを横切っているに過ぎないんだ。

 そうと解っていても願わずにいられないほど、眩しい時間だった。

 ――ああ、こんな日々がいつまでも、続けばいいのに。

 

 

「で、きみはいったい何者なのかな」

 ある日、サラに呼び出されたと思ったら、開口一番これである。

 

 前世持ちの転生者であることは誰にも話していなかったが、それでも俺の言動は見る人が見れば不自然きわまりないものだったらしい。俺自身、転生なんて与太話を誰が信じるとも思えず、徹底的に隠そうとまではしていなかったのも事実だ。サイボーグ少年兵に与えられるはずのない知識が、ちょいちょい会話の端からこぼれてしまっていた自覚はある。主に西暦二千年前後の漫画やアニメ方面で。

 

 それもサラのもとに来てからは、他の連中が順調にオールドオタク汚染されてたおかげで上手く紛れるかと思っていたのだが……最初の頃に覚えた違和感を、サラはずっと忘れていなかったようだ。

 

 といっても、俺がどこぞの国のスパイだとか宇宙人だとかの疑いをかけられての、シリアスな尋問ってわけでもない。

 彼女は単に、人間兵器として作られながら一人だけ妙に発達した自我と語彙を持っていた俺に、変な形の石でも見つけたような好奇心を抱いた。それだけの話。

 

 だから俺も、本当だと証明する手段はないと前置きした上で、おおむね事実――だと自分が思っていること――を語った。

「今となっちゃ、全部が夢だったのかもしれないけど……」と、そんな口上で始めて。

 

 俺の前世は凡庸なサラリーマン。二十一世紀の日本人。

 ごく普通に生きて、ごく平凡に死んだ。

 何の因果か二十二世紀の死にかけた未来に転生して、クローン兵器として酷使され、人を殺しまくったり殺されかけたりした。

 そのままだったら世情の流れに呑まれて非人道兵器として闇に葬られていたかもしれないが、どっかのお節介で勇敢な変人女のおかげで今もこうして元気に尋問など受けております。ありがとうございました。かしこ。

 

 ついでの補足――この二十二世紀は俺の前世から地続きの歴史ってわけではなさそうで、生前に読んでいたラノベの世界にそっくり。タイトル? 『オーバーロード』っていうんすよ。ネトゲ廃人のヤンデレ骨男が主人公のお話です。

 ちなみに当該作品は()()()()()過去には出版されていないし、web版すら投稿されていた形跡がない。まあこっちの歴史にオバロ原作が存在してたら予言の書として騒がれてそうだし、妥当っちゃ妥当か。

 

 仮にこの先の歴史が〝原作〟通りに運ぶなら、二一二六年にDMMO-RPG『YGGDRASIL(ユグドラシル)』がリリースされ、大ヒットしつつも十二年後にサービス終了を迎える。そしてサーバーダウンの瞬間までログインしていたプレイヤーたちが操作キャラの姿と能力そのままで異世界へ放り込まれ、彼らのチートパワーに振り回される現地波乱の歴史が始まる。

 

 あわよくば俺もユグドラシルプレイヤーとなってサービス最終日の怪現象に便乗し、この明日なき前終末期的絶望郷(プレアポカリプティックディストピア)からの脱出行(エクソダス)を成し遂げたいなどと目論んでおりますのです。云々。

 

 そんな話をサラは終始面白がるように聴いていて、聞き終わったあとはやっぱり大笑いした。

 しかしそこに俺を嘲ったり蔑んだり、憐れんだり恐れたりする響きはまったくなかった。彼女はこのとき俺の話の全てを事実と信じたわけではないだろうが、少なくとも〝俺がそれを事実と認識している〟ことは認めたし、その前提で向き合い続けてくれた。

 たったそれだけのことが、どれほど俺の救いになったか。きっと俺以外の誰にも解らないだろう。

 

「ふうん……この世界に〝原作〟が存在するというのは、興味深いね……ちなみにきみは、その〝原作〟に存在するキャラクターなのかな? つまり……()()()()が、ということだが」

「いんや? そもそも原作のリアル側なんてほとんど描写もないし、主人公のネトゲ仲間ぐらいしかキャラクターの設定なかったんじゃねーかな。企業が俺たちみたいなのを造ってる話も、日本政府がこんな仕事やってる話も出てこないし。もちろんあんたも原作未登場キャラってやつだよ、サラ」

 

 そう言いつつ、俺はサラのことを〝前世の未来における原作登場キャラ〟か、もしくは()()あたりの主人公じゃないかとひそかに疑っていたりする。

 死ぬ前に俺が読めていたオバロ原作は書籍十六巻まで。だがあの後も完結まで続刊が出たはずだし、ゲームやアニメ版の設定資料集などで情報が補完されることもあった。俺の知らない原作情報は多々あるに違いなく、そこにリアル側の人物やエピソードが含まれる可能性もゼロとは言えない。

 

 本編外のスピンオフにしたって同じだ。

 またろくでもない特典商法で原作者直筆の外伝が出た可能性はあるし、原作者以外が公式外伝を執筆したっておかしくない。あるいはオバロTRPGかなんかが商品化されて、その公式リプレイ本が出版されたなんてルートもあり得る。そういう設定が()()()()に反映されていたら?

 当然、俺はそれを()()()()のものと認識できない。認識できないからこそ、サラもそうなんじゃないかという疑惑を否定も肯定もできずに悶々としていた。

 

 なにしろサラときたら、絵に描いたような文武両道才色兼備のリアルチート人間。もとがフィクションの登場人物でないとすれば、たぶん人類史にときどき登場する異能の偉人たち――ハンニバルとか光武帝とかフォン・ノイマンとかあの辺――と同類の特異点。そうでもなければ、法も文化も常識も二十一世紀と異なるとはいえ、帰化移民二世の女が若くして日本の官僚機構で出世するなんて幾重にも現実離れした経歴を生きていたわけはない。

 のちに彼女が()()()()()()()()も併せて見れば、たぶん周囲の人々も「この女は何かがおかしい」と思っていただろう。

 

 まったくの偶然でそんなウルトラレア超人に拾われたと考えるよりは、彼女が〝もともと何らかの物語的役割を担ったキャラクター〟であると考える方が、俺にはまだしも自然に思えた。なにしろ俺は既に、()()()()()()()()()()()()に転生してしまっているわけだし。

 

 もしかしたら。きっと。

 サラ・ブラックこそが、このオバロっぽい世界で俺が巻き込まれた物語の、()()()()()()で。

 原作知識持ちの転生者なんてセコい属性持ちの俺はせいぜい、彼女が巻き起こす運命の渦にたまたま巻きこまれただけのモブ兵士Aが関の山。間違っても主人公なんて器じゃないのは確かだ。

 だからそう、俺は――

 

「ちなみに、きみはその異世界とやらに行けたら、何をするのかな……世界征服でも狙ってみるかい? それとも救世の英雄として、現地の歴史に名を残すかね?」

「どっちも御免だよ。晴れて()()()に行けたら、俺は現地人にもプレイヤーにも関わらず、悠々自適の隠居スローライフを目指したいね。

 できたら、部隊のみんなも連れていってやりたいけど……サラ、あんたも一緒に来る?」

 

 俺にはサラが何と答えるか解っていた。それでも訊かずにいられなかった。

 万に一つの、気の迷いでもいい。「一緒に行く」と言ってほしかった。

 でもサラは困ったように微笑んで、俺が想像した通りの答えを返す。

 

「私は……行かないだろうな。この世界で、為すべきことがある」

「そっか~」

 

 ――わかっていたよ、サラ。あんたがそう言うってことは。

 きっと何か、大きな物語の主人公として宿命を背負っていそうなあんたなら。

 この息絶えつつある現実(リアル)を見捨てて異世界(ファンタジー)へ逃げ出すなんて、そんな情けないことは言わないだろうってさ。

 

 そして俺は主人公じゃないから、自分の意思であんたを置き去りにして、この世界から逃げ出すんだ。

 せめてそれまでに、少しでも恩を返せるといいんだけど。

 

「んじゃまあ頑張ってね~。異世界行っても応援してるよ」

「HAHAHA! きみはまず、記憶にある通り『ユグドラシル』とかいうゲームがリリースされるかどうか、そこを心配すべきじゃないのかい?」

「そっからぁ??? いや、でもそういうケースもあるのか……」

 

 後にして振り返れば――

 このときのサラはまだ、原作やユグドラシルについての話を冗談交じりに捉えていたと思う。何の物証もないんだから当たり前だ。

 ユグドラシルは開発中の情報すら世に出ておらず、異世界どうのこうのに至ってはリアル側に何かの前兆現象があったとも思えない。

 

「ユグドラシルでとにかく廃課金しまくっておけば、ヘボプレイヤーでも転移後はそこそこアド稼げると思うんだよな。大ヒットするのは間違いないはずだから、開発情報が出た時点で製作会社の株とか買い込んでおけば、ちょっとは軍資金になるかな?」

 

「素人が投資に手を出すのはお勧めしないが……まあ安く買って高く売るだけなら、きみでも大丈夫か……? ネットゲームに心置きなく課金する程度の利鞘は、それでも充分に得られそうだし……」

 

 サラは俺の話をシリアスに受け止めていなかっただろうし、俺もサラがこんな与太話を信じているとは思わなかった。

 だからこれは他愛ない雑談で、異世界行ったらどうするなんて俺の展望も、〝宝くじに当たったらどうする?〟的な空想実験と何ら変わるところはなかった。

 このときは、まだ。

 

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