OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼法国転進 謳われざる神の御名は(2)

 数日後――法都某所。

 スレイン法国の最奥とも呼ぶべき聖所にて、十二人の最高権力者たちによる会議が開かれていた。

 国家元首たる最高神官長。六大神殿の各神官長。司法、立法、行政の三権をそれぞれ管掌する三機関長。魔法の開発等を行う研究機関長。国軍を束ねる大元帥。

 彼らが集うこの円卓こそ、法国の最高意思決定機関である、と言える。

 

 話し合う十二人の囲む空気は、重い。

 議題のせいである。

「では……『光の聖女』の暗殺に向かった漆黒聖典・第一席次の行方は、未だ知れずか」

 大元帥が、苦々しい口ぶりで報告を促せば。

 

「いかに聖女といえど、まさか神人を返り討ちにできたとは思えませんが……現在まで音沙汰なく、捜索も成果を上げていません。依然、安否すら不明のままです」

 闇の神官長が、やはり苦い声と表情で現況を伝える。

 

 この時代、未だ試行錯誤を繰り返しながら編成途上にある特殊部隊群――六色聖典。

 当代のまとめ役は闇の神官長であり、国の最高秘匿戦力たる神人を動かした今回の暗殺任務も、彼の責任において発令された。

 その神人が任務のさなかで行方不明になっている現状、闇の神官長の顔色はきわめて悪い。

 

「光の神殿には、大規模な戦闘の痕跡があったそうだな。深夜に光の柱を目撃した、という都民の証言もある」

「神人に何かあったとすれば、それができる存在は限られている。竜王(ドラゴンロード)の介入という線は?」

「考えにくいですな。示唆する証拠があるでもなし、世界盟約にも違反してはいないはず……あくまで前例主義的には、ですが」

「問題の聖女どのも、死体が見つかっていないのだろう? お得意の弁論で第一席次が丸め込まれて、逃亡を幇助した可能性はないかね」

「彼に限って、そのようなことはないでしょう……粗暴な男ですが、異種族を憎むことは人一倍です。融和だか共存だかを掲げる〝アスハルド派〟の首魁に、情けをかけるとも思えません」

「首魁とは言うが、あの運動がテロや暴動に発展したのは決して彼女の意思ではないぞ」

「結果的に煽動してしまったのだから、同じことです。どうせ名誉喪失刑に処せられる罪人、ならば徹底的に悪役を引き受けてもらいましょう。それが人類のためであり……彼女の犠牲を無駄にしない道でもあります」

 

 神官長たちが。機関長たちが。大元帥が。口々に意見を述べ、議論を交わす。年齢、性別、専門分野、戦闘能力。何もかもバラバラな権力者たちが、一枚岩の仲間意識を持って対等に話し合えることは、人間の国家としては稀有な伝統であると言えた。

 

 だが、対等であるがゆえに決めるべきことを決められず先送りにしてしまったり、関係良好なればこそ議題から脱線して愚痴や思い出話が始まってしまったりもする。

 この日も次第に、そうした悪習が会議を踊らせつつあった。結論の出ない雑談に、各々組織を率いるべき十二人の貴重な時間が浪費されてゆく。

 

「スルシャーナ様ご存命の頃であれば……いや死の神たるあの方に〝存命〟という表現が当てはまるかはともかく……異種との共存、検討し得たかもしれんが」

「無理であろう。人喰いの亜人どもと同じ町に住めるか? 生者を憎むアンデッドと同じ職場で働けるか? これは差別ではない、正当な区別だ。(とも)に天を戴けぬ種族というものは存在するのだよ」

「……スルシャーナ様も、従属神の御方々も、人ならざるものではあったのだが」

「たわけが! 天上の世界より来臨された神々を、地上の野蛮な異種族どもと同一視するでないわ! ……待てよ、そういうことか? 『光の聖女』が異種との共存などという絵空事を夢見たのは、もしや異形の神々と奴らを重ねていたのでは……」

「馬鹿な、そのような不敬が!」

「そうではあるまい。彼女はただ、優しすぎたのだ。異種族に対してさえ、最も良い面を見ようとする子だった……しかし我々は国政を担う身、最悪の面にこそ目を向けていかねばならん。それを理解させてやれなんだのは、この身の不徳であり、痛恨の極みであるが」

「もうよせ。過ぎたことだ。人格に問題ありとて、第一席次が人ひとりを仕損じるなどあり得ん。アスハルドはもう、この世におらんよ」

「第一席次め……よもや任務にかこつけて遊び回っているのではあるまいな?」

「あり得ますね。彼には前科がある。またぞろお気に入りの聖娼でも()()して回っているのでは」

「いいかげん、奴の放縦ぶりも目に余る。ここらで一発、懲らしめてはやれんのか」

「素晴らしいアイデアだ。で、誰が神人を〝懲らしめ〟られるというんです?」

 

 この日の進行役(ファシリテーター)である水の神官長が、無秩序な駄弁り場と化しつつある議場を引き締めようと、手を打ち鳴らしかけ――

 

 

 円卓の中央に、()()()()()()()が降ってきた。

 

 

「は?」

「なんじゃァ!?」

「なっ……ばかなッ……神人!」

「漆黒の、第一席次か!? いったい何が……」

 

 どよめく円卓の列席者たち。

 その耳が、かつん、と硬質な靴音を聴く。

 

 密議場の入口に、二人の女が立っていた。

 一人は、この会議の面々なら見覚えのある顔。『光の聖女』リーマイヤ・ハルヴィ・アスハルド――異端の思想を巷間に流布し、宗教的分裂の種を播いたとして、名誉喪失刑に処されることが内定していた、光の神殿の副神官長。

 

「き、貴様は……!」

「聖女殿、ここは至聖所ですぞ。のこのこと何をしに参ったか!」

「衛兵! 衛兵はどうした!?」

「貴様がやったのか……神人を!?」

 

 彼女を暗殺すべく遣わされた漆黒聖典・第一席次が、無残な姿で円卓に投げ込まれた現状を見れば、何があったかは一目瞭然。

 返り討ちに遭ったのだ。神人ともあろう者が。

 だが、()()()()()――円卓の誰もがそう考える。そして、二人目の侵入者がその鍵を握るのではないか、と当然の連想を繋げる。

 

「……その者は?」

 

 もう一人は、白地の祭服を纏う金髪の少女。

 年の頃は十歳かそこらに見えるが、既に「愛らしい」よりも「美しい」と称するのが相応しい、大人びた佇まいをしている。

 明らかに只者ではない。それでいて見知らぬ顔だと、議場の面々は一瞬で解した。こんな顔を一目でも見たことがあれば、忘れるはずがないからだ。

 幼くして隔絶した造形美。まるで、人ではないような――()()すら感じさせるほどの。

 

「やったのは儂じゃよ。あまり痛めつけるつもりはなかったんじゃが……レベル差がありすぎて勝負にならんと言うておるのに、しつこく喰い下がってくるでのう」

 

 謎の少女がどこからともなく手に取り、ぽいと放って寄越したのは、六大神の遺産たる一見みすぼらしい槍。円卓上にボロ雑巾めいて投げ出された第一席次の、すぐ脇にさくりと突き立つ。

 

 法国で神官長クラスの地位にある者なら、すべからく六大神の伝承にも通暁している。ゆえに少女の言葉や振る舞いからも、様々な()()を見て取ってしまう。

 容姿に宿る天上の美。虚空から物品を取り出す超常の技。〝れべる〟なる力量の尺度。神人を半殺しにしてのけ、それが児戯であったかのごとく語る力。

 ()()()――この少女は。

 

「おお、そうじゃ。()()は外した方が説得力を出せると、あるじ殿が言うておったわ」

 白く細い指に嵌めた指輪のひとつを、少女が無造作に外した。

 その瞬間、誰もが感じ取る。

 世界が透き通るような、清浄にして圧倒的な力の波動。神気とでも呼ぶべき聖なる霊威。

 

「こ……れは……この、力は……!」

 解き放たれた至高善の稜威が、一座の人々にもたらした反応は激烈だった。

 老齢の最高神官長が立ち上がり、呆けたように涙を流し始める。機関長らが縮み上がり、各宗派の神官長たちは汗を浮かべて震えだす。光の神官長だけが、即座に床へ身を投げて平伏し、それを見咎めた大元帥が叱咤の声を飛ばした。

 

「ええい、気圧されるなっ! こ、こやつは犯罪者を庇っておるのだぞ! どこぞの竜王(ドラゴンロード)か、八欲王の如き胡乱な禍つ神でないと、なぜ言え――」

「愚か者ッ! 口を慎め大元帥!」

 

 光の神官長が怒鳴り返す。謎の少女に向かって(ぬか)ずきながら、顔だけ大元帥に向けるという器用な芸当。姿勢こそ滑稽でも、その表情は真剣を通り越して、必死そのものだ。

「言われなければ分からんのか!? ()()()()がどこのどなたであっても、神人を()()()()()姿()にできる時点で、我々に敵対という選択肢はないのだ!」

 

 その言葉に、ふたたび卓上の第一席次を――既にどうしようもなく敗北した姿の法国最高戦力を――見やり、大元帥は顔を青くして押し黙った。自分が()()()()()ところだったと、遅まきながら気づいたのだ。

 仮にあの少女が法国の敵であるとしても、この場で敵対を表明することにメリットはない。まずは下手に出て、相手の出方を探ることこそ唯一最上の策だ。

 

 結果的に、いち早く膝を屈することで列席者側の機先(イニシアチブ)を取る形になった光の神官長は、そのまま祭服の少女に語り掛ける。

「――御耳汚し、まことに失礼いたしました。()()()()()()()()()()とお見受けしますが、相違ございませんか」

 

 当て推量であったが、少女の答えは当たらずも遠からず。

「確かにこの世界へ来たのは最近じゃが、〝神〟が六大神や八欲王と同様の存在を指すのであれば、儂はそれではない。

 わが名はサティア。おぬしらが言うところの、()()()である」

 

 神ではなく、従属神。

 であるならば、サティアと名乗った少女の立ち位置は使者。今回の接触は、彼女の背後にいる神の意思と見るべきか。

 それがなぜ、異端の教祖とされたリーマイヤを伴い現れたのか――未知なる超越者の意図を読み解かんとする法国の頭脳たち。その答えは、続く少女の言葉が明かす。

 

「この世界の情報を集める中で、わが主神は、六大神とスレイン法国の事績に敬意を表すると仰せになった。『人類』の救済……それは我らの目的とも合致するからじゃ。

 ゆえに儂が遣わされ、そして我らの代行者たるに相応しき使徒を見出した。このリーマイヤをな」

 

 人類救済――亡き六大神と志を同じくする()()()()がついに降臨し、この国に従属神を遣わした。

 法国にとって、本来ならこれ以上ないほどの吉報であろう。不安を露わにしていた円卓一同の顔色に、希望の陽が射す。いまだ懐疑的な顔を作っている大元帥さえ、どうか彼女の言が本当であってくれと、縋るような眼の光を隠せていない。

 しかし、ただ喜ぶには大きな問題が、未だ従属神サティアの隣に立っている。

 

「……なぜ、彼女なのです?」

 光の神官長は注意深く言葉を選んでいたが、サティアは見透かしたように笑い、彼が言外に含ませた意図を敢えて口にする。

 

「最初から()()()()()話をしに来なかった理由か? まさに、それこそ儂がリーマイヤをここへ連れてきた理由じゃよ。

 儂も、わが主神も、この世界の『人類』が人間種のみの孤立主義でやっていけるとは思っておらぬ。必ず限界が来る。ゆえに異種族との共存を模索し、味方を増やしてゆく必要がある……どこかで聞いた展望であろう?」

 

 それは過日、神殿の公開討論で、リーマイヤが光の神官長にぶつけた理論そのもの。

 異種との共存を掲げ、法国を二分する宗教論争の火種となった思想である。

「ならば、彼女をここへ連れてきたのは……」

 

「我らの理想を、この国の誰より理解し得る者こそが、我らとの窓口であるべきじゃ。その者が国政の中枢におれば、こちらからの働きかけも穏便に運びやすい。

 そういうわけで、儂はこの円卓にリーマイヤの席を用意するよう提案しに来たのじゃよ。既存の席を空けるか、新たな席を設けるかは任せるがの。

 ――ああ、ちなみに断ってもよいぞ? 責めも罰しもせんから安心せよ。もっともその場合、リーマイヤと儂は()()()()()活動するだけじゃが」

 

 列席者の幾人かが嘆息する。()()()()()()()、という感想の表明であった。

 極刑を控えた異端者であったリーマイヤは、新たな神に見初められ、一転して神の代行者という不可侵の地位を手に入れた。もはや誰にも、彼女を処刑せよなどとは言えない。そもそも神人を差し向けて失敗する時点で、執行手段が存在しない。

 

 そして円卓に彼女の席を用意しなければ、()()()()()()()()()()()()思想家が未知なる神のバックアップを得て、国家権力の制御を受けず勝手に動き回るという。

 権力の二重化どころではない。民間から国をひっくり返される未来しか見えない。二択と見せつつ実質一択を提示してきたのは、主導権はあくまで自分たちの側にある、という牽制か。サティアという従属神は、見た目に反して(したた)かな交渉術を心得ているようであった。

 

 最高神官長が涙をぬぐい、いくらか落ち着いた声で所見を述べる。

「ありがたくも法国に肩入れしてくださるという、新たな神の助力を得るためならば……もと副神官長どのに、専任のポストを与えるくらいの特例措置は講じてもよい。例の〝アスハルド派〟を大人しくさせるための、パフォーマンスにもなるでしょうしの」

 

 もとより、リーマイヤの名誉喪失刑は政治的な要求によって取り決められたものである。その思想に対する反発こそあれ、彼女が憎くて極刑を主張した者は、この円卓にいない。むしろ、将来有望な若き副神官長に期待をかけ、可愛がっていた者さえいる。

 そういう意味で、感情面の抵抗は比較的少なかった――だが、彼らも国政を担う首脳たち。国の舵取りに口を出されるとなれば、相手が神でも言うべきことは言わねばならない。

 

 真っ先に反論したのは、やはりこの円卓会議で最右翼に属する大元帥。

「ならば国防を預かる者として、言わせていただく――異種との共存など、現実には不可能だ! 一般国民はともかく、()()()()()()()()、単なる教条主義や怨恨ゆえに異種族を敵視しているとでも思っておいでか!?」

 

「おや、違うのかや」

 今度は光の神官長が顔を青くしている中、激した大元帥の物言いにも笑みを崩さず、サティアは先を促す。

「確かに怨みはある。だがそれ以上に――」

 大元帥がさらにまくし立てようとしたところで、彼の語調の荒さを懸念した闇の神官長が割って入る。

 

「続きは私が。……法国は人類の守護者として、国内・国境のみならず、人類文明圏の近隣諸国にまで戦力を派遣しています。()()()()()()も含めてです。そうしなければ、人類の領域はあっという間に敵対的異種族に削り取られ、消滅してしまうからです。

 人手は常に足りず、敵は無限に湧いて出てくる。このような状況下で異種との共存を謳ってみても、そもそも手を取り合える種族を探し、見極める余裕がないのですよ。相手はただでさえ人間より強いことがほとんどだ。言葉を交わせる距離まで近づくこと自体が、こちらの不利になる。すべては現実的な資源(リソース)の問題なのです」

 

「……だ、そうじゃが? リーマイヤよ」

「余力や資源(リソース)の問題が第一なら、()()()()()()()()()

 ここまで黙っていたリーマイヤの、涼しい顔で放った一言に、大元帥が遠慮なく激怒する。

 

「心配は要らない、だと!? いいか小娘、貴様は知らんだろうが……私の配下の兵たちは、()()()()()()()最前線で戦って死んでおるのだ!

 人類に敵対する意思の有無など確かめておれば、奇襲もできん。罠もおちおち仕掛けられん。いまより何倍も多くの兵が死ぬぞ。貴様にその責任が取れるのか!? 人外どもを味方とする前に法国は滅び、人類そのものが絶滅してしまうわ!」

 

 大元帥の怒声は、いっそ悲愴な実感に満ちていた。多くの兵をこれまでに死なせ、いまも死なせ続けている男の叫びだった。

 神妙な面持ちでそれを聴いていたリーマイヤは、深々と頭を下げ、反省の言葉を口にする。

 

「確かに、わたしが提唱した共存論のネックもそこにありました。これまで〝異種狩り〟を是としてきた法国が、諸族との関係を改善し、充分な味方を得るまでに、必要な犠牲が重すぎること……たとえ神人がいても、やはりこの負担を支えきれるものではなかったでしょう。

 認めます。わたし一人の思想だけなら、いまの法国にとって、これは絵空事でした。わたしは馬鹿な小娘で、現実が見えていなくて、国を乱してしまった。皆様がわたしを、この国の歴史から消そうと判断されたことも……残念ながら妥当です。

 でも、()()()()()()()――そうですよね、サティア様?」

 

 うむ、と頷く少女。自慢げに胸を張ったかと思えば、呆れ顔で首を傾げてもみせる。

「儂は見ての通りちっこいし、我らが何をなし得るかということも、おぬしらは知らぬ。それゆえ仕方のないことではあるが……のう、おぬしら、いったい儂が()()()()()来たと思っておるのじゃ?

 先人が築いた国の方針に口を出し、意思決定の場に代理人をねじ込んで。あとはガンバレとおぬしらを働かせるだけの、お飾りになるとでも思うたか?」

 

 最高神官長が、困惑もあらわに問う。

「そ、それは、どういう――」

 

「当然、おぬしらと一緒に()()()()。その前提で、リーマイヤの計画は修正済みじゃ。必要なものは持ち出してよいと、わが主神の許可も得ておる。

 策を授ける。防衛戦力も貸し出す。民の犠牲や、国軍の兵の損耗率は、今よりずっと低く抑えられる。おぬしらが協力してくれるなら、異種族に関する国民の意識改革も、儂とリーマイヤだけで行うより遥かに効率よく進められよう。

 それだけではないぞ。農林業、商工業、医療、教育、そして魔法――あらゆる分野に飛躍的な発展をもたらす、神々の叡智を授ける用意が、こちらにはある」

 

 サティアの言葉は、円卓の面々を予想だにしない方向から揺るがした。

 彼らにとって、真の意味で信仰を捧げるべき神は六大神だけである。たとえそれと同格の存在であっても、建国の祖たる六柱以外は、あくまで神の力を持っただけの異邦人に過ぎない。

 すべての神が慈悲深いわけではないという事実は、百年前の大罪者たちが残した重大な教訓である。

 

 むろん、新たな神が気まぐれにでも力を貸してくれたら……という下心があったことは否定しない。最高神官長以下一同、そのためなら跪いて拝むくらいのことは当然するつもりであった。神が望まれるなら宝物(ほうもつ)でも、乙女でも、生贄でも、捧げる覚悟をしていた。

 が――さすがに六大神と同列に扱うことなど考えられなかった。()()()()()()()

 今、円卓を囲む十二人の中で、その一線が確かに揺らいだ。

 

 老人たちの儚く卑屈な希望を、堂々と踏み越えて。共にゆこう、と小さくも力強い手を差し伸べてくる少女神。

 その姿勢は〝神の力を持っただけの異邦人〟よりも、むしろ――

 

「アスハルド! 其方、人類と共に在ってくださるだけでありがたい神を……従属神とはいえ……()()()()()というのか!? なんという――お、畏れ多いことを!」

 光の神官長がリーマイヤを叱責するも、サティア自身がそれを止める。

「やめよ。口だけでなく手も出すと、言い出したのは儂じゃ」

 

 光の神官長には解らなかった。他の列席者たちも同様だったであろう。

「なぜ……そこまで……目的は、何なのです?」

 

 本当に、解らなかったのだ。

 法国とは縁もゆかりもないはずの未知なる神が、従属神を派遣してまで支援してくれる理由も。八欲王のように世界を席巻できる力の持ち主が、何の得もないであろうに助けてくれる意味も。

 

 神に選ばれし民。法国人はみな、そのような自負を抱いて生きる。しかし六大神以外の、名も知らぬ神にまで加護を受けているとは誰も思わない。

 ()()()()()()()()()()

 それを真正面から肯定するサティアの言葉が、彼らの心臓を震わせた。

 

「さっき言うたであろうに。『人類』の救済、我らとおぬしらの向かう先は同じなのじゃ。

 それとも、こう言えばよいか? ――わが主神は、()()()()()()()()()()()()()()()()ために、儂をこの国へ遣わしたのだと」

 

 光の神官長は、ついに爆発する感情を堪え切れず、伏したまま声を上げて、泣いた。

 最高神官長も、他の神殿の長たちも、機関長らも。疑念と反発を露わにしていた大元帥さえも跪き、従属神サティアの前に頭を垂れた。

 彼らは法国人の()()()()とも呼ぶべき不安と絶望を、過たず射抜かれたのだ。

 

 六柱すべての神が世を去って、およそ百年。残存するはずの従属神たちも、久しく姿を見せていない。

 誰もが、どこかで覚悟していた。天に救いはないのだと。法国はもはや、人の力のみでこの残酷な世界に立ち向かい、人類の運命を切り拓いてゆかねばならないのだと。

 今世を生きる法国の民が、信仰とともに共有してきた秘かな諦念。それはいわば、神亡き荒野に取り残された遺児の孤独。

 

 だが――救いはあった。

 報われた。人は、天に見捨てられたのではなかった。

 

 ()()()の神の降臨という奇跡が、それを証明した。

 

「リーマイヤにも言うたことじゃが、六大神への信仰を棄てる必要はない。国の祭事や神殿の在り方も、これまで通りに運営するがよい。

 むしろ新たな神の存在については、秘密を守れる限られた者にしか教えてはならぬ」

 

 サティアの言は、彼女とその主神を信じようと決めたばかりの十二人を困惑させた。

 六大神を従来通り信仰してよい――これは純粋にありがたい話だ。新しい神が来てくれたから古い神はお役御免、などと罰当たりな切り替えができる者はスレイン法国にいない。もし棄教せよと言われていれば、最高神官長などは首を差し出してでも再考を奏上する覚悟であった。

 だが、()()()()()というのは――

 

「な……なぜです!? 六大神の遺志を継がれる、第七の神の御来臨――これは国を挙げて祝うべき慶事となります。民も賛同してくれましょう。

 すぐにとは申せませんが、時間をいただければ必ずや、教義も修正してみせます! 既存の神話体系に矛盾なく一柱を加え、いずれは()()()として――」

「その必要はない、と言っておる。これは、わが主神の意思でもあるのじゃ」

 

 第七の神は()()()()()()()()()――その理解が神官長たちに齎したものは、不安だった。

 神に比べれば人間の力などちっぽけなもの。ゆえに、人へ与えられる恩寵と同じだけのものを、神に返せるなどと驕ってはいない。

 それでも、せめて祈りを捧げるくらいのことはしなければ、人は不安になる。

 気まぐれに見捨てられるのではないか。あるいは忘恩の徒として、神罰が下されるのではないかと。

 

 その恐れをつぶさに見抜いて、従属神の少女は微笑む。

「信仰は、純粋な帰依の心から発するべきもの。祈りが救済の()()であってはならぬ。

 恐れるな。わが主神が『人類』を見捨てることは決してない。おぬしらが、ただ健やかに人の世を営み、歴史を繋いでいってくれるだけで……我らはみな、報われるのじゃよ」

 

 円卓の面々は、そのとき各々が、サティアに()()()を重ねた。

 姿かたちは似ても似つかない。されど、この小さな女神は、いま彼らが必要とするものを確かに与えてくれた。

 無償にして無条件の、絶対的な愛情。暖かな毛布に(くる)まれるような安心。

 それは、母性と呼ばれるものであったかもしれない。

 

「わが主神は、こうも仰せじゃ――神なき後も、艱難(かんなん)の道を生き抜き栄えたと思えばこそ、『人類』は独立独歩を成し遂げたと信じる。不撓(ふとう)の誇りを手に入れる。

 ゆえに、隠せ。すべての功績は民自身に帰せしめよ。さすれば子が親の(もと)を離れるように、『人類』はいつか神の助けなしに()()()()()ようになる。その日まで、人が歴史の灯を絶やさぬよう、我らは陰から見守ろうぞ」

 

 最高神官長が、息を震わせながらも言葉を絞り出す。

「……御身を遣わしたる神の、想像を絶する慈悲の御心、しかと我らの胸に刻みました。

 お望みならば……それが、神の計画ならば……()()()の存在は、法国の中枢、ほんの一握りの者のみが知る、秘密といたしましょう。

 ですが、せめて! 真実を知る者たちだけでも、御身と秘されし神のために祈ることを、お許しください……!」

 

 信仰も感謝も求めず、ただ歴史の陰で働き、人類の行く先を見守るという。

 人知を超えたその献身に対し、何一つ返せぬ恩知らずになることを、十二の長たちは恐れた。誰もが最高神官長の懇願に頷き、賛意を示した。

 

 彼らの瞳に、すでに信仰の光があるのを見て取ったか。

 呆れたように笑い、少女神サティアは新たな使徒たちの願いに応える。

 

「仕方のない奴らじゃ。わが主神も、改宗を強要せぬとは仰せられたが、改宗を()()()とまでは言われておらぬしの。

 神の全権大使として、このサティアが許そう。情報が外に漏れぬ限り、祈るも拝むも咎めはせぬ。好きにせよ」

 

「ならば、主神様の御尊名を伺いたく……」

「名前とな?」

 怪訝そうな顔をするサティアだったが、それも一瞬。

 

 新たな神、七柱目、秘されし神――いずれも法国の視点で、会話の要に迫られて口走った仮の名である。公にされぬ秘儀とはいえ、これから第七の神として崇めようという存在を、呼ぶべき名も定かでないのはいかにも不都合であろう。

 数秒の黙考を経て、サティアは告げた。

 

「……わが主神は、これから多くの敵を抱えることになろう。ゆえに互いのため、おぬしらに真名を教えることはできぬ。

 じゃが――代わりに教えられる名がある。『人類』の、陰なる守護神に相応しき異名が」

「おお――」

「そ、その名とは!?」

 

 耳を澄まし、息さえ止めて待つ、敬虔なる人々に。

 天の御使いたる少女は、主の御名を伝えた。

 

「わが主神の名は――――」

 

 

 

 ――この日。

 従属神サティアと、その使徒リーマイヤ・ハルヴィ・アスハルドを円卓会議に迎え、スレイン法国は民も知らぬ間に新生する。

 

 表向きは、何かが直ちに大きく変わったわけではない。

 国教の信仰対象は依然として六大神であり、神殿の数が増えるようなこともなく。

 最高神官長らが異種族との友好路線を突然ぶち上げるなどの、目に見える変節もなかった。

 敵対種族との交戦状態も、なお続いていた。

 

 

 だが、変化は徐々に、時間をかけて進行してゆく。

 

 いっとき過激化を極め、国を割るかと思われた〝アスハルド派〟の運動は、ある時期から急速に鳴りを潜めた。

 代わってその活動内容は、より社会の地盤に根を張るような長期的計画へと再編され、表面上の沈静化と裏腹に、隠然たる影響力を着実に広げていった。

 

 神学校の教科書からは、異種族に対する侮蔑的・攻撃的な表現が消えていき、教育用の訓話には〝人と異類の交流〟を描いたものが登場し始めた。

 

 国境地帯や、国外派遣の兵たちの戦場には、光の神殿が新たに〝秘法〟で生み出したという天使が送られ始めた。それらは防衛戦にしか使えないという魔法的制約こそあったものの、優れた物理耐性を活かした盾となり、人的被害を激減させた。

 主に陽光聖典が担う予定であった異種族狩りの任務は、同じ聖典――風花や水明との連携で標的が厳選され、無害判定の出された集落などは敢えて見逃されるようになった。

 

 周辺地域に住む亜人種・異形種諸部族のうち、人間種との共存を是とするいくつかの部族が、法国との交易を段階的に開始した。

 それらの部族間あるいは種族間の紛争に際し、法国が調停役として頼られる事例も、次第に増えた。

 

 様々な分野で技術的ブレイクスルーが起こり、とくに信仰系魔法の研究は著しい発展を見せた。

『光の聖女』リーマイヤをはじめとして、第四位階に手をかける者が現れ始めた。死者の蘇生すら叶うという第五位階への到達も、いずれは可能になるだろうと期待された。

 

 

 変わりゆくスレイン法国の中枢、高位の神官や聖典隊員たちの間で、やがて囁かれるようになった噂話がある。

 曰く――あるときから法国は、()()()()()の加護を受けている、と。

 

 黙示された神格。公的には何一つ認められていない禁忌。

 それでいて、噂を聞く誰もが、思わず天を仰いで祈ったというその御名。

 

 六大神の後継者――第七柱、『見えざる時計職人(インヴィジブル・ウォッチメイカー)』。

 

 それは歴史の舞台裏に(いま)し、人類の運命を調律する、姿なき神であるという。

 

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