OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
―第九臓区・住居ブロック/客室1―
拠点の外に出る仕事が何件か続きそうなので、その前に客人たちのもとを訪ねておくことにした。
ここでいう客人ってのは要するに、行商猫ラステルミーカと同様の手段で連れてきた公式NPCのことである。
転移後これまでの期間で彼ら全員と話し合いの場は設けていて、現在はそれぞれ客室でのんびり過ごしたり、あるいは個別の契約に応じて各部門の仕事を手伝ってくれたりしている。防衛部門に客将として入ってもらった『天の扉を
まったくの余談だが――ユグドラシルの公式NPCは、その多くが固有の
うちのギルドで作った拠点NPCも、基本的にはこの命名規則を踏襲した正式名称が全員に与えられている。
いちおう狙いはある――まず単純に、普段使いの名と本名を分けることで、キャラクターネーム参照系の効果を外部から受けにくくなる。加えて、こっちの世界で外部のプレイヤーに情報系魔法とかで覗かれたとき、「自分の知らない公式NPCか?」と迷いを抱かせることができるかもしれない。
相手がユグドラシルのNPCだとして、それが公式製かプレイヤー製かで最適な対応は変わる。その判断が一手遅れれば、それだけこちらが有利になることもある。そういう小細工。異世界側の命名規則に合わせなかったのは、単純に原作情報が少なすぎて再現できないうえ、種族や地域によっても語感が変わるっぽいからに過ぎない。
……とは言ってみたものの。
ぶっちゃけギルメンの悪ノリであれやこれやの厨二ネームが考案され、それを俺が「真名は秘匿するもの」みたいなオカルト的制約を口実に、後から〝隠し名〟の設定でカバーした――というのが実情に近い。
仕方なかったんや。転移後の世界で命を吹き込まれたNPCたちが、現地人の前で堂々と二つ名込みの名乗りなんぞ上げていたら俺の腹筋が爆発してしまう。アイテム名の方はあんまり抑止できなかったけど。
たまに思うことだが、うちのギルメンはユグドラシルを型月ゲーかフロムゲーだと勘違いしてらっしゃったのではなかろうか? なにぶんレトロコンテンツ雑食オタク集団だったので容疑は捨てきれない。
などと考えているうちに第九臓区へ到着。
ここにはギルメンの私室や客室といった居住スペース、および生活施設が集められている。ナザリックでいうところの第九階層だ。さすがにあそこまで胡乱な設備は作り込んでいないが。
今日は俺も、連れてきた公式NPCの全員を訪ねるつもりはない。ただ仕事の話にかこつけて、こまめにコミュニケーションを取っておくべき要注意人物
というわけで一人目。俺は客室のドアを叩く。
「ちーーーーーーっっっっっす!!! メッフィーいるぅ????」
ドアが開き、コールマン髭のダンディな紳士が不機嫌そうに出迎えた。
「……アー、吾輩はいちおう、賓客として遇されているものと思っていたのだが……この雑な呼ばれよう、実は
「やだなあメッフィー、あんたを粗略に扱うような奴がいたら俺がギルドから叩き出してるよ。そんなん怖くて拠点に置いとけねぇもん」
「
室内でも脱がないシルクハットに、見事な仕立ての燕尾服。頭上から足元までを白で統一した装いは、清廉なようでいてどこか胡散臭い。
こいつを連れてくるのは大きな賭けだった。
力を借りることができれば頼もしい一方、その本質は悪。イベントによってはボスエネミーとしてプレイヤーと対峙することもあった、強大な
光
プレイヤー間での愛称はメッフィー。オバロ原作にもちょっとだけ言及のあった、ユグドラシル公式人気投票の常連。敵として戦うとき以外では、美味しい稼ぎから廃人御用達エンドコンテンツまでクエストの依頼を斡旋してくれる情報通であり、イベントブローカー的な役割を担うキャラクターでもあった。
そのほかユグドラシル金貨や経験値を対価とした〝契約〟により、通常の魔法・アイテム等では代用できない様々なサービスを提供する、
戦わせるとラステルミーカとは別の意味で危なっかしいので、こちらも戦闘要員として連れてきたわけではない。主な用事は、彼が趣味で営むアイテム製作代行サービスのひとつ――
「んでんで、どうよ。ここの素材でも問題なく
「あんまり粗悪な紙を持って来られるもので、最初は耐久テストでもやろうとしているのかと思ったがね。
――ま、結論を言うと『問題なく作れる』が回答だ。もともと、吾輩のスクロール製作に必要なものは術者の血と、込めるべき呪文、そして術式を定着させるための
ずらり、とメフィストフェレスが中空にアイテムボックスを開いて見せる。
公式NPCにも備わっていたらしい異空間の貯蔵庫には、俺が作成を依頼したスクロール類がきれいに整頓されて並んでいる。
列ごとに紙の色が違い、行ごとに感じられる魔力の強さが違う。たぶん材料と位階による分類だろう。このサービスの良さはさすが知性派で鳴らした大悪魔といったところ。うちの高知能NPCどもに引けを取らない有能ぶりで嬉しいやら怖いやら。
「魔法研究部門のミハネ嬢にご助力いただき、まずは魔力系、第十位階までのスクロールを試作した。謹んで、納品つかまつる――わが
恭しく一礼するメフィストフェレス。気品ある所作の中に、これは道化を演じているだけですよ、というわざとらしさが仄めかされている。悪魔流の矜持か、美学か。
なんにせよ俺はこいつに心からの忠誠とかまったく期待していないので、契約通りに仕事さえしてくれれば文句はない。
「おぉ~ありがとメッフィー。契約は〝製作まで〟だから、性能実験はこっちでやっとくよ」
「結果は教えてくれたまえよ。吾輩にとっても、この未知なる世界で己の権能が十全に働くか否かは、早々に知りたいことなのでね」
取り出されるスクロールを俺自身のアイテムボックスに並べ直しつつ、どうやらユグドラシル時代から衰えていないらしいメッフィーの力について考えてみる。
メフィストフェレスが持つ何らかの特殊能力による
おまけに本来なら高位階の魔法を込められない低位素材でも、そのグレード差分に応じた追加料金を支払えば、
さすがに料金体系は、カンストプレイヤーにとってさえ決して安くはない。
仮に「一〇〇レベル術者が魔法強化スキルを限界まで盛った第十位階魔法」のスクロールなんて作ろうもんなら金貨が一億枚近く飛ぶし、最低グレードの羊皮紙でこれを作ろうとすればさらに倍くらいの額を要求される。とてもコスパのいいサービスとは言えない。
が、金さえあればここぞというときのために強力な弾を用意しておけるのも事実だし、プレイヤーキャラではスクロール製作技能に特化してもここまでのことはできない。たぶん。いやユグドラシルはなにしろ魔境だったから、俺の知らない製作系隠しクラスとかが存在していたかもしれないが、少なくともそんな奴は表舞台に出てきていなかった。
そもそもゲーム内通貨のインフレを抑止するために導入された高額サービスの一種なので、プレイヤーが真似できてしまったら本末転倒という話もある。
メフィストフェレスは関連クエストで明かされた設定を見る限り
「今後は信仰系、精神系、その他系も順次試作頼む予定だから、引き続きよろしく。スクロール作成以外のサービスについても追々ね。
検証が済んだら本格的な契約を結ぶことになると思うんで、そのときはまたキーレンバッハと要件詰めてくれや」
「かの御仁か……吾輩としては、ここのトップである君が直接交渉に応じてくれれば嬉しいのだがね? 話も円滑に進むし、より充実したサービスも提案できるぞ」
お茶目にウインクなぞしてみせるイケオジ悪魔。俺は苦笑を誤魔化すために、あえて声を出して笑った。
「うはは。キーレンバッハより俺の方が楽に騙せそうだからって、その手にゃ乗らんよメッフィー」
こいつはホントに隙あらば直接契約を進言してくるから油断ならん。俺なんかキーレンバッハのサポートなしじゃ三十秒で手玉に取られて、まったく無用の保険契約とか結ばされてるに違いないんだ。
ちょっと傷ついたような顔をしてみせるメフィストフェレス。しかしそういうリアクションまで含めて、奴の一挙手一投足は効果を計算して行われる演技だと思っておいた方がいい――とはキーレンバッハの入れ知恵である。
「……吾輩を信用できぬという割に、力で従わせようとしないのは、いったい何故かね? わが地獄の同胞たちなら、そうしただろう」
微妙に変化する表情。神妙な声。
メフィストフェレスの問いが真面目なものになったことを察して、俺も防衛的あしらいモードを自然と解除し、真剣に考えてみる。
直接戦闘向けビルドでない俺には、もちろんメッフィーにタイマンでの勝ち目などない。しかしギルド拠点の戦力をフル動員すれば、本気を出したこいつにもたぶん勝てるだろう。
武力を以て打倒し、助命と引き換えにこちらが優位の契約を結ばせ、その縛りを利用してメフィストフェレスを制御下に置く――悪魔の流儀、確かに魅力的ではあるが。
「いやいや……無いな。たとえキーレンバッハに契約書面を作らせたとして、あんたが心から素直に従うタマか? そのうち出し抜かれるかもしれない、なんて怯えながら部下扱いするくらいなら、最初から客として対等な付き合いをする方がマシだよ。
だいたい――〝悪魔に忠誠を期待すれば裏切られる、しかし契約ならば必ず守る〟。悪魔がそういうもんだと教えてくれたのはあんただろ、メフィストフェレス」
ユグドラシルにおける本人の台詞を引用しての返しに、メフィストフェレスは鼻白んだような顔をする。これも演技なのかもしれないが、俺にはどっちみち判別がつかない。
「地獄流のやり方を言うなら、あんたがさっさとここを逃げ出して、外の世界で弱い者いじめに精を出していないのはどうしてだい。それこそ、
己が弁舌を振るうターンになるや、メフィストフェレスは調子を取り戻したように尊大な紳士ロールを再開した。
「ンン~~、種族的ステレオタイプに当てはめられるのは悲しいぞカレルレンくん。吾輩は
まあ冗談はさておき、だ。聞くところによると、〝外〟では我々の知らぬ法則が働き、
ぐえー。皮肉の切れ味じゃ太刀打ちできんわ。
もとよりこいつと議論だのレスバだのをやるつもりはない。俺は無謀な舌戦をさっさと切り上げ、負け惜しみめいて手を振りつつ、メッフィーの客室から撤退した。
[memo]
■神格レベルについて:
・ユグドラシルにおける隠しパラメータの一種。一部の種族/職業レベルを得ると、同時に神格レベルも加算される。持っているだけでは何の恩恵もないが、神格レベルを参照するスキル等があるため、それらを活用する前提のビルドなら意識しておく必要がある。
・設定上神格を持つか、神に近い存在となるような高位の種族/職業で得られることが多い。しかし神格レベルが上がるからといって必ずしも強い種族/職業とは限らないし、強い種族/職業が必ず神格レベルを持つわけでもない。
・有名どころだと『
・モンスターやボスエネミーが神格レベルを持つ場合は、それぞれ固有のマスクデータとして割り振られており、基本的に固定値となる。