OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
あえて先読みをせず、ピュアな心で種明かしを待つカルマ値+300くらいの読者がいないとも限りませんので、感想欄でのネタバレ予想等は暫しお控えいただけますと幸いです。
本日訪ねる二人目の公式NPC、その二つ名を『導く星のケイト』という。
ユグドラシルのNPCとしては珍しいことにフルネームが別途設定されており、そちらの名は『ケイト・ナヴィ』。まさしく
とある少数民族のシャーマンの娘で、予見の才能を持ち、やがて世界を救うであろうプレイヤーを導くためにあれこれと世話を焼いてくる……というのが初期開示情報なのだが、メインストーリーが進むにつれ
役割そのままの安直すぎるネーミングとか、どのワールドでゲームを始めても微妙に世界観から浮いてるキャラ付けとか、その辺の要素で彼女を嫌うプレイヤーも多かった。しかし高すぎる自由度と不親切なUIのせいで何をすればいいか解らなくなりがちなユグドラシル初心者にとって、ケイトの提供する用語解説やチュートリアルクエスト等は数少ない情報源の一部だった。叩いてた連中だってニュービーの頃はこいつの世話になったはずなのだ。
メインストーリー終盤では意外な形で話に絡んでくることもあり、公式人気投票では最高順位2位をマーク。なんだかんだでユグドラシルの実質的な看板ヒロインの一人だった、と言えるだろう。
しかし俺がケイトを連れてきたのは、人気やキャラクター性とはまったく関係ない純然たる
「ちーーーーーーっっっっっす!!! ケイトいるぅ????」
テンプレと化した突撃訪問スタイル。俺はケイトの客室のドアをリズミカルにぶっ叩く。ドンドンドン。ドドンのドン。あらよっと。
早くも脳内フィーバータイムに突入しようとしていたところでドアが開き、鮮やかな緑髪をショートボブにした人間の――ように見える――少女が顔を出した。
「きみは毎度なにをやってんのかなあ!?」
「おうケイト、これ『ドアノックの達人』っていう音ゲー。俺の脳内で流行ってる」
「脳内はともかく流行ってるっていう割にボクの部屋の扉だけ楽器扱いしてない??? 自分の部屋で……やろうね!」
慌てた顔、げんなりした顔、引きつった笑顔――短いやり取りの中でくるくると表情を変える様子は、イベントシーンでしか表情が動かなかったゲーム時代よりも遥かに活き活きとして見える。
この少女こそがユグドラシルの案内人にして最初の世界観ブレイカー、導く星のケイト。
剣と魔法の硬派なハイファンタジーっぽいCMに釣られて入ってきたプレイヤーの脳みそを、最初の町のチュートリアルイベントで容赦なくブローするウザかわ系ボクっ娘。
そりゃあ好き嫌い分かれるよな、と俺でも思う――しかし
などと終わったゲームを懐かしむのも束の間。
「戸口で立ち話もなんだし、入ってよ」と室内へ招き入れられた俺は、ケイトを訪ねてきた本来の目的にさっそく取り掛かる。
「んで、調子はどうよ。なんか困ってることある? 待遇に不満がー、とか」
まずは軽く雑談から入って様子見。他愛もない話からでも、異常の兆候を読み取れることはある。
いやいや、と笑って首を振るケイト。
「ないとも。ごはんは美味しくて食べ過ぎちゃうし、ベッドもふかふか、お風呂にも自由に入れる。不満どころか、あまりのVIP待遇にビックリさ。
たまに様子を見に来るシズクちゃんが、もう少し懐いてくれると嬉しいけど……こういうのは上司に頼んで無理強いすることでもないしね」
「うーん、シズクはあんまり人見知りするタイプでもないと思うけどな……?」
俺からシズクに「油断するな」とは指示しておいたが、それで過度の警戒を気取られるようじゃ逆効果だ。もうちょっとリラックスするよう伝えておくべきか。
幸い、ケイトはこっちを疑う様子もない。あくまで原因は自分にあると思っているらしい。
「何か、
できることならこう、ぎゅーっと抱きしめたいんだけどなあ!」
「えっ?」
来歴云々は厄ネタに直結するから軽く流すとして……幼女を? 抱きしめて?
事案なのか? まさかこいつに
「あの触感がね、すごく……好いんだ。触れた手のひらにしっとりと、くっつくみたいで……。
〝何もかも解る! 全て感じる! もちもちがいつまでも完結しない……!〟
って感じさ。きみも解るだろう? ギルドマスターなんだから!」
「アッハイ」
謎のガッツポーズで力説するケイトの能天気な振る舞いに、俺は早くも完全耐性で遮断できない疲労を覚えている。へーそうですかなるほどなるほど。もちもち幼女スライムを抱き枕にしたいと。
べつにシズク
そんなコントでほどよく場の空気が緩んだ頃合いを見計らい、俺は自然な流れを装いながら本題へ。
「まあ、日々の生活が充実してるようで何より。
「え、ああ、ボクの
ケイトもメフィストフェレス同様の便利屋NPCとして公式に使い倒されており、やはりプレイヤーには修得できない便利な魔法やらスキルやらを持っていた。
その一部でもギルドの
何故か? ケイトはナビ役としてそりゃもういろんなマップに出没する。設定的には同一人物でも、ゲームの処理的には数十人の――数百人かもしれない――ケイトが各ワールドに分散配置されている。そして各個体(便宜上こう呼ぶ)のNPCとしてのレベルや能力値は、おそらくロケーションごとの適正レベル帯に合わせて設定されている。
おそらくというのは、ケイトが地味に最高位の情報防壁を持っていてステータスを直接は覗けないからだが――重要なのは一点。こうして異世界へ連れてくるための必要条件である「クエスト随行NPCとして連れ歩ける」を満たすバージョンのケイトは、初心者向け腕試しクエストの途上にしか存在しない。
このクエストにおけるケイトは推定レベル一~三。そのへんのゴブリンに殴られただけで「んびゃああ~」とか鳴きながら転がっていくクソ雑魚スペック。まあ〈導く星の加護〉なる専用スキル(通称:ギャグキャラ補正)のおかげで
とかく、俺はこの
と、思っていたのだが。
「ボクは確か、新人プレイヤー向けの訓練クエストの付き添いでここへ来て……
でもきみは新人じゃなくて……何度も話して、いろいろな場所で会って、それから……ああ、
きみたちプレイヤーのこともみんな、覚えているよ」
テーブルを挟んで俺と向かい合ったケイトが、どこかぎこちない笑みを浮かべて言う。ゲーム序盤のハイテンションお節介娘と同一人物にはとても見えない。でもどっちかというと、これがケイトの〝素〟なのだろう。
こっちの世界へ来てから彼女自身の協力を得て調査&検証しているところによると、なんと現在のケイトは、ユグドラシルに存在したすべての『ケイト・ナヴィ』の能力と記憶が統合された状態になっているらしい。
つまり、メインキャンペーン最終ステージに現れたときの最強版ケイト(推定レベル九十五)の基礎能力値に、各種有料サービス用特殊能力などが全部載せで、さらに
検証チームからこれを聞いたとき、俺が抱いたものは「やべー奴を連れてきてしまったのでは??」というわりとシリアスな危機感だった。誓って言うが、俺はNPC専用の便利スキルを一つか二つ持っていてくれたらいいなと期待しただけで、まさか
他にもマップやクエスト単位で能力が大きく変動するNPCはいたので、いちおう横並びで確認して回ってみたが、ケイト以外で同様の現象は観測されなかった。ケイトだけが特殊なのだ。
たぶん彼女自身の(設定上の)出自や特殊能力が関わっているんだろうが……いやいやサ終済ゲームのバックグラウンドはどうでもいい。今ここにいるケイトをどうするか。それが問題だ。
「戸惑ってるっつうと、その状態がおかしい自覚はあるんだ?」
「そうだね……ここへ来るまでのボクは、確かに〝これから冒険へ出るプレイヤーを送り出す〟ための仕事をしていた。なのに、
時系列の混乱。異なる時間軸の状態がマップやイベントフラグ状態によって同時的に共存し得るRPGのキャラを、全部一人分にまとめて実体化させた弊害ってところか。
今のケイトは、要するにゲーム序盤のNPCが終盤のスペックとゲームクリア後の記憶を持っているようなもんで、そう考えると混乱するのもやむなしと思える。
俺は軽い口調を装いながら、最も重要な問いを投げる。
どうやら
「恨んでるかい。俺を……俺たちプレイヤーを」
トレーニングハウスで教官役のケイトを一日中殴っていた頭のおかしいアンチは例外としても、プレイヤーたちは日々レアドロップ狩りや仁義なきPK合戦に明け暮れるばかりで、お世辞にもケイトというキャラクターを大事にしていたとは言いがたい。
それに、最後の戦いが終わったとき――つまり、『九曜の世界喰い』を倒した後――多くのプレイヤーに「説明不足」「意味不明」「フロム脳患者専用」などと酷評されたキャンペーン・エピローグの中で、なんやかんやあって不死性を失ったケイトは
そこまでの記憶を持っているなら、ゲームのキャラクターがプレイヤーを憎んだって何もおかしくはない。彼女から見れば
だがケイトは――いま異世界で俺の前に座っている、受肉した少女は――感情の重さを乗せたようにゆっくりと首を振って、否定する。
「わかってないな、きみは……ボクがプレイヤーを、特にきみを恨むなんてことは、あり得ない。
「感謝? どうして――」
「ひみつ」
唇に指を当て、回答を拒否されてしまえば、俺はもう何も言えなくなる。べつに、表情を獲得したケイトのいたずらめいた笑みが蠱惑的で……とかいうロマンティックな話ではない。単純にこいつの機嫌を損ねるのは危ないから、デリケートな話題では慎重にならざるを得ないだけだ。
他人の心の奥へ通じる扉を叩くということはかくも恐ろしい。これに比べれば、客室の扉で音ゲーをやる程度のことはなんでもない。
プレイヤーを恨んでいないという言葉は、果たしてどこまで信じられるのか?
今のケイトが本気で敵対してきた場合の損害規模は予測がつかない。
止められるか? ――倒せるか?
「そんなことより、きみはもっと実利のある話を聞きに来たんじゃないのかな……ほら、〈
「あっ、それめっちゃ興味ある~~~~」
結局俺は、ケイトの露骨な話題変更に飛びついてしまう。
もちろんそれは俺の臆病な精神が逃げを打ったからでもあるが、考えてみればそもそも時間は俺の味方だ。たとえケイトが
落ち着け俺。冷静になれ。素数を数えて落ち着くんだ。1、2、3……あっ1は素数じゃねーわ(一敗)
「……で、そのサイキックなんとかはどういう効果だったかね」
「あのさぁ……これ使えるかどうか確認しといて、って言ったのきみなんだけど……」
頼んだことすら忘れていたポンコツの俺に、ジト目のケイトが一から説明してくれる。半分聞いたあたりでようやく思い出した。
ああ、
どうりで聞き覚えがないと思っていた。〈
名は知らずとも、その効果自体はきっと多くのプレイヤーが金貨を山と積んで体験している。あれを使わないプレイヤーなんて初期仕様原理主義者のマゾ廃人くらいだろう。
俺がこの世界に持ち込みたかった、特殊サービスNPCとしてのケイトの力。その一端。
プレイヤーは町やフィールドで出会えるケイトに金貨を支払い、自分がそれまでに修得した魔法かスキルを一つ選択し、位階や取得コストが同等以下の別魔法・別スキルに
欲を言えば、わざわざNPCに話しかけるまでもなく基本システムとして、コンソールから再設定させてほしかったところだが――ともあれケイトに与えられたこの権能は、充分すぎるほどに劇的だった。
これがユグドラシルというゲームの歴史において、どれほど革命的な事件だったか!
もちろん前提スキルや修得可能クラスといった制限を無視できるわけではない。ないのだが――汎用スキル一つ捨てるために何度も死んでレベルを下げまくるような苦行をショートカットできるというのは、殺伐たるユグドラ動物園の死狂いたちにとってさえ、ただそれだけで大いなる福音だった。彼らの大半は
ケイトの能力は、
たとえば俺が、こっちの世界で活動するうちに「あの魔法覚えとけばよかったな~」的なことを思ったとする。
しかし経験値資源たるモンスターの平均レベルが低く、活動実績に応じて
だが〈
あるいは、ほとんどビルドが完成していて弄る余地の少ない俺やNPCだけでなく、この世界の住人を対象にできるとしたら? 彼らが生活の中で修得してしまった無駄なスキルを、もっと実用的なものに交換してやることもできるだろう。
「いわゆるプレイヤータイプ……ボクやきみたちと同じように、種族レベルと職業レベルを持ってるNPC……これは、有効だった。きみの部下に協力してもらって、確認済みだ。魔法もスキルも問題なく取り直しができる。
召喚や創造で生まれた、いわゆるモンスタータイプのクリーチャーは、残念ながら効果対象外みたいだね。なんというか、〝在り方が固定されてる〟感じで、干渉の余地がなかった」
公式NPCでありながらユグドラシルのゲームシステムに踏み込み、若干メタな話を平然としてくるケイトにそわそわしつつ、俺は彼女の報告を興味深く吟味する。
モンスターの能力は変更できない。これは残念だが予想通り。変更できたら傭兵NPCのスキル構成とか改造し放題だったんだけどなァ。まあ贅沢は言うまい。
プレイヤーと同じように種族・職業レベルを積んで作られた拠点NPC。これも変更できないんじゃないかと思っていたので、〈
プレイヤー……は、現状俺一人しかいないのでいったん保留にしている。ゲームの頃はケイトの再取得サービスをよく使ってたし、たぶん今でもできるんだろうけど、急ぎの需要もないわけで。
そして気になる現地人はというと。
「きみの部下が連れてきた、あのメイラスってエルフの子。ずいぶんちぐはぐな職業スキル構成でね……技能ポイントもどういうわけかダダ余りさせてたし、本人の要望を聞いて、今後に役立ちそうなスキルをいろいろ持たせてあげたよ」
「……成功したのか!」
現地人、
あとはどれくらいの範囲でカスタマイズが利くかだ。この世界では魔法の才能も生得のものだという。しかし技能ポイント消費で取得する汎用スキルの中にはまさしく〈魔法の才能〉なんてのもあるわけで、たとえばこれを原作におけるガゼフやクライムみたいな生粋の
「よしよし、いいぞ素晴らしい。そんじゃあケイト、暇なときでいいから、他の固有能力についても順次そんな感じで確認してってくれる? うちのNPCどもは必要に応じて呼びつけていいよ」
「あっ、うん」
また気まずい空気になる前にと、立ち上がって退室しようとする俺に、ケイトはらしくもなく弱々しい声で訊いてくる。
「……ねぇ、カレルレン。きみこそ、恨んでないの。
きみたちみんなを
ふは、と思わず笑ってしまった。
なるほどそういう心配をしてんのか。でもそんなのは、まったくの杞憂だ。
こうして現実の生き物になったケイトのやることならともかく、ゲームの一キャラでしかなかったケイトのやったことなんぞ、
「こっちの世界でもう一度同じことをやるのは勘弁だが、
そう――たとえケイトが、プレイヤーを鬼畜高難度クエストに放り込んだ回数第一位の公式NPCでも。
自分が導く旅路の果て、プレイヤーは『九曜の世界喰い』との絶望的な戦いに挑まなければならないのだと、
そして最後にはケイト自身が、プレイヤーの前に
それらは全部
この世界で第二の生を得たケイトが、また同じような悲劇のヒロインを演じなきゃならない理由は、どこにもないのだから。
客室を出て、扉を閉じるまで、もう俺の背にかけられる言葉はなかった。
すすり泣くような少女の声は、聴かなかったことにしようと思う。
[memo]
以下、とくに読者が押さえておく必要はない裏設定。(長い)
■技能ポイントと固有/汎用スキル:
・ユグドラシルにおける
これらを区別する必要がある場合、前者が(種族/職業ごとの)固有スキルと呼ばれ、後者がいわゆる汎用スキルと呼ばれる。
・原作でいえば〈
・汎用とは称しても、スキルごとに能力値や保有クラスや前提スキルといった修得条件が設定されていることもあり、ポイントさえあれば何でも覚えられるわけではない。
条件を満たしていないスキルは修得可能リストに表示すらされないため、条件が複雑すぎてサービス終了まで存在を知られていなかったスキルがあったりする。
・技能ポイントは汎用スキル取得だけに使うものではなく、種族/職業の固有スキルの中にも既定の技能ポイントを消費しなければ選択できないものが存在する。
こちらも修得条件を満たしていないと選択肢自体が表示されないため、サービス終了まで存在に気付かれなかった危険な上位固有スキルがいくつも埋まっている。
・スキル自体にレベルが設定されているパターンもある。このタイプは技能ポイントを追加投入してスキルレベルを上げることにより効果を増強・拡張できる。
特定条件を満たさなければ一定レベル以上に成長させられないスキルなども存在する。
・ほか、レベルごとの固有スキルを取得する代わりに、ボーナス技能ポイントを得られるクラスなども存在する。
これを加味しても技能ポイントは「いくらあっても足りない」のがプレイヤーの所感であり、限られたポイント・リソースをどのレベルで何のスキルに割り振るかが、ユグドラシルのキャラクター・ビルドにおける個性の出しどころとも言えた。
・課金アイテムの中には追加の技能ポイントを得られるものもあり、決して安くはないが、パワープレイヤーにとっては必須の投資だった。このアイテムは一人につき一回しか使用できない。