OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼かくて立つ、無明樹海の女王(2)

「いぇーい。ぴーすぴーす」

 人型の影が両手の指を二本ずつ立て、意味不明の言語を発する。

 詠唱だろうか? しかし何も起こらない――とりあえず、サイズと指の数は人間種らしく思えるが――いやそんなことはいい。どうやってここまで入ってきた。いつから居た。何の目的で。

 助ける? 誰を? ――わたしを?

 

 思考を迷走させるメイラスと対照的に、この場の主催(ホスト)賓客(ゲスト)である二人は機敏に動いた。

「痴れ者がァ! 何だ貴様は、名乗れ!」

 アーレスの怒鳴り声と同時に、メイラスを手放したゼ・バンが飛び退く。再び皿の上に落とされ、潰れた手足の激痛に喘ぎながら、メイラスはぼやけた影から目を離せない。

 ――オーラが()えない。()()()()()()皆無(ゼロ)なんてありえないのに、どうして。

 

「えっなんでさ。名乗るわけ――ひょわわわ」

 影の返答を遮るように、ぶうん――と熱波を撒きながら、二本の眩い光線がメイラスの眼前を横切った。

 アーレスの放った火魔法だ。謎の影はぶらりと揺れるようにこれを(かわ)し、早口に何事か呟きながら、次々と放たれる追撃の光線から逃げ回る。

 

「名乗れって言っといて無詠唱化〈灼熱の光線(スコーチング・レイ)〉は殺意たけーなオイ! 二本ってことは少なくとも術者レベル二十二、火巨人(ファイアー・ジャイアント)の種族レベル乗せたら英雄級あるんじゃねーか……巨人国だけでもこれと同格が十一人、もっと上が四人だっけ? 大陸中央やばくね? そりゃこんな強キャラがゴロゴロしてたら人間とか駆逐されるわ」

 

「何をブツブツと! 名乗りも釈明も無しかッ!」

 アーレスが吼える。ムッとしたような声で、影が叫び返す。

「いや会話する気あんなら魔法攻撃やめような!?」

 

 火巨人の返答は、次なる(ほむら)を生む力ある言葉。

「〈魔法集束化(フォーカストマジック)火球(ファイヤーボール)〉!」

「聞けよぉ! 意思疎通ゥ!」

 

 メイラスは反射的に目を閉じた。〈火球(ファイヤーボール)〉――第三位階の範囲攻撃魔法。人間のスケールでは広い食堂とはいえ、室内でこんなものを使えば逃げ場はほとんどない。

 炎に耐性を持つ火巨人(ファイアー・ジャイアント)ならともかく、あの正体不明の影や、脆弱な森妖精(エルフ)にすぎない自分は全身を焼かれて死ぬだろう。

 疑問も恨み言も、浮かべる(いとま)はなく。できるのはただ、爆発音と熱と死を待つだけ。

 

「――まあ効かないよな。知ってた」

 

 爆発音も、熱さもなかった。

 訝しんだメイラスが目を開けば、眼前には揺らめく影の背中。

 ――守ってくれた? 〈火球(ファイヤーボール)〉の爆発から……でも、どうやって。

 

()()()()()だと!? 馬鹿な、人間種ごときが持てる力では……!」

 驚愕もあらわなアーレスの声。

 対する影は消耗した様子もない。飄々と会話に興じている。

「あ、そういうのが()()ってことは知ってるんだ? そういや魔法学者だって聞いてたな……いろいろ知ってそうだし、やっぱ単純に殺しちゃうのは勿体ないか」

 

 ぞくり、とメイラスの総身が粟立つ。

 この影は……強大なる火巨人(ファイアー・ジャイアント)の将軍を相手に……〝その気になればいつでも殺せる〟のだと確信している。

 圧倒的な強者の余裕。

 常日頃、自分こそがそれを発する側であったアーレスも、異常を察したのだろう。強張った表情に、平生の余裕がない。

 

 そこへ割り込んでくる、第三者の声。

「魔法が効かぬとなれば、打つ斬る突く――武器で攻めるしかありませんなァ」

 戦闘開始と同時に食堂の片隅まで退き、以降は静観の姿勢を見せていた妖巨人(トロール)の特使、ゼ・バン。そのまま不干渉を決め込むものとメイラスは思っていたが、どうやら壁際に立てかけてあった自分の武器を取りに行き、介入の機を見計らっていただけらしい。

 

 手には、魔法の輝きを宿した長大な金属棍。人間には持ち上げることさえ難しいであろうそれを、身体の一部のごとくなめらかに、自在に振り回してみせる。

 素人のメイラスにも、わかる。あれは〝武〟を修めた者の動き。

 ただでさえ巨人(ジャイアント)に準ずる巨体、そこへ不死に近い再生能力という反則的な種族特徴を持つ妖巨人(トロール)でありながら、あの老人は()()までも兼ね備えているのだ。

 

 ぼやけた影が、首を傾げる。

「……おじいちゃん、なんも言わないで奇襲した方がよかったんじゃない?」

 その挑発めいた忠言に、ゼ・バンは最前までの好々爺然とした雰囲気を脱ぎ捨て、獰猛な笑みで応えた。

 

「その娘を助けに来たというなら、おおかた其方もエルフであろう? その美しき同胞意識に敬意を表し、〝餌〟でなく〝敵〟として相対したくなったまでのこと。

 ――もっとも、其方が敗れたならば、そこな娘と並べて()()()()がね」

 

「あーそういう。武人タイプってやつ? コキュートスと仲良くなれそうだね、会えないけど」

 なにか納得したふうの影は、ゼ・バンが近づいてきても隙だらけのまま。それを二度目の挑発と取ったか、老武人の顔から笑みが消えた。

 

「アルペイガース将軍、援護は無用に願いますぞ。貴方の火魔法は、妖巨人(トロール)(わし)にはちと相性が悪い――〈連穿〉!」

「おっ! 記憶にないな、原作未登場の武技かな」

 ぼ、ぼ、ぼぼぼ――と金属棍が大気を貫く音。メイラスの目では追えないその連撃を、ぼやけた影は舞うように躱している。

 

 否、素人目には躱していると見えたが。

「シィッ! ……手応えが、ない?」

 怪訝そうなゼ・バンの呟き。つられてメイラスも目を凝らし、ようやく違和感に気付く。

 

 相変わらず姿がぼやけているせいで分かりにくいが、あの影はゼ・バンの突きを()()()()()()()()。にもかかわらず、まるで()()()()()()()()()()()

 まるで雲か、幻でも打とうとしているような――根本的に何かを掛け違えている感覚。傍で見ているだけのメイラスでさえ感じたのだ。歴戦の武人たるゼ・バンが気付いていないはずはなかった。

「何だこれは? 其方……本当にエルフなのか!?」

「本当も何も、こっち来てから『自分の種族はナニです』とか申告した覚えないんだけどな俺」

 

 とうとう()()()()()さえしなくなり、影はまったくの棒立ちで妖巨人(トロール)の猛攻を()()し始める。

「ぶ、武技――〈雨連穿〉! 〈剛撃〉! 〈山薙〉ッ! 〈龍旋撃〉ィ!」

 相当の業物であろう魔法の棍、その威力を性能以上に引き上げる武技の連発。

 だが一突き、一打ちとして影に届いたものはなかった。薙ぎ払うように振るえば胴体を素通りし、頭を貫いてかき回してみても何ら痛痒を覚えた様子がない。

 

「うーん……おじいちゃんは妖巨人(トロール)国の偉い人って話だけど、国のトップとかではないようだし。あっちの将軍様と違って研究者でもない。武技のバリエーションは多そうだけど、純戦士タイプなら、正直()()()かな……」

 

「ぬううッ……! そうか、これは幻術! そこにいる其方は幻像であり、本体は別の場所に隠れているのだ。そうであろう!」

 息を切らしながらも、攻撃無効化の正体見たりと喝破するゼ・バン。影は「おぉ~」としまりのない声で称えながら拍手した。

「なるほどなるほど。そう思うならそうだったんだよ。きみのオバロではね――〈脳停波(フラットライン)〉」

 

 そして何の前触れもなく、ゼ・バンは死んだ。

 

「えっ?」

 あまりに唐突で、メイラスは老妖巨人(トロール)が勝手に倒れたとしか見えなかった。外傷は見当たらず、出血もなく。音も光も、酸も炎もない。

 だがテーブルに突っ伏したその顔は弛緩し切り、数秒前まで吐いていた息は、もはや絶えて戻らず。

 

 ――なにかの攻撃呪文? だけど……こんな魔法、聞いたことがない。

 およそ百年前に現れたという新技術、位階魔法。森祭司(ドルイド)でもある氏族長の娘として基礎を学び、奴隷となってからは魔法学者であるアーレスの蔵書を盗み読んできた。そうしてエルフと巨人の魔法知識を併せ持つメイラスだからこそ、知っている。生命力の権化たる妖巨人(トロール)をあのように即死させる魔法など、既知の位階には存在しない。

 

 原因や過程となる現象もなしに、〝死〟という結果だけを与える。もしそんな魔法が実在するなら――それはきっと、神の領域とされる超高位階の魔法。

 エルフのような劣等種では決して手の届かない、神話やおとぎ話に類する力だ。

 

「……なんなのだ、貴様は」

 奴隷たちには見せたことのないような、怯えの混じった顔でアーレスが問う。

「この場に苦もなく侵入し、魔法も武器も受け付けず――ゼ・バンほどの実力者を一撃で斃す? ……そんな奴がいるなら、広く知られているはずだ。中位将軍であるこの私が、名の見当もつかんことなどありえない!」

 

「俺が()()()()()()のは最近だからね。巨人国では、あんたが第一発見者ってだけさ」

 ぼやけた影が面白がるように言う。アーレスは苛立たしげにかぶりを振った。

「ぬかせ――貴様がどこの誰であれ、この私の顔に泥を塗り、巨人国(ブロジンラーグ)の威信を傷つけたのだ。屈辱と苦痛に満ちた死を望まぬなら、いまこの場で己が罪と愚を懺悔し、しかるのち自害するがいい!」

「わーお。苦痛に満ちた死とか、どっかの骨みたいなこと言ってる。草」

 

 相変わらず意味の分からない軽口を叩きつつ、体重を感じさせない足取りで、影がアーレスの方へ歩き出す。

 国威にかけて啖呵を切った火巨人(ファイアー・ジャイアント)の中位将軍は、しかしメイラスの目にも明らかなほど狼狽していた。一歩二歩と後ずさり、配下の兵たちがいるはずの室外へと叫ぶ。

「クソッ……これだけ騒いで、外の衛兵どもは何をやっている!

 敵襲だ! 特使は殺害され、いまも私が交戦中であるぞ!」

「あ、ごめん言い忘れてたわ。このレストラン周辺、人払い完了済みで、おたくの警備兵とかは全員うちの部下が片付けちゃったんだよね」

 

 アーレスの顔色がいよいよどす黒くなり、出口の扉や窓に視線を走らせる。確かにこれほどの戦闘が室内で勃発して、外から安否を問う声の一つも上がらないのは不自然に過ぎた。

「なるほど……周到に計画し、組織的にこの会談を潰しに来たというわけだな……よくわかった。どうやら評価を改めねばならんらしい……!

 ならば貴様らを国家的脅威と認定し、私は軍人の責務を果たす! 正体も知れぬテロリストよ、いずれ必ず追い詰めてくれよう!

 〈魔法抵抗突破化(ペネトレートマジック)炎の(ファイヤーウォ)ォググガぎィゲェアアあぁアァァァーーッ!?」

 

 太く、ひび割れた絶叫が響き渡る。

 魔法を詠唱しかけた巨人(ジャイアント)の、強靭な四肢がひとりでにねじれたかと思うと、そのまま胴体からもぎ取られたのだ。

 

「脅威度判定上げてすぐ逃げに入れる潔さは軍人として正解なんだけど、ちっと判断が遅かったよねー()()()じゃないんだよ()()()じゃ。

 あとそこは捨て台詞の間に無詠唱化(サイレント)で不意討ちすりゃいいのに、なんで抵抗突破(ペネトレート)にしちゃうのさ欲かきすぎ。やろうとしたのは〈炎の壁(ファイヤーウォール)〉で足止めかな? まあ無効化くらった直後にペネ上乗せの判断ができるのはよく訓練されてますねって感じで、総評五十点くらいだにゃー」

 

 何ごとかべらべらとまくし立てる影の前で、ずいぶんと()()()()()()アーレスが、見えない力で宙に吊られている。

 詠唱はなかった。魔法なのか、それとも種族的・職業的な特殊能力であるのか――なにひとつ解らない。

 

 ねじ切られた腕と脚の切断面から、だばだばと高熱の血が噴き出す。人間種より遥かにタフな火巨人(ファイアー・ジャイアント)とて、あれほどの出血量では、即座に治療しない限り助かるまい。

 ――死ぬのか。()()アーレス・アルペイガースが。

 仇の死が目前に迫ったというのに、味わいたいと願ってきたような(くら)い喜びを覚えないことが、メイラスには不思議だった。麻痺してしまったのかもしれない。この短時間に、あまりにも多くのことが起きすぎているから。

 

「ぐ……おォ、殺せ、この恥知らずのちび虫どもめ。わが、巨人国はッ! 貴様らごとき劣等種の蠢動などで……小揺るぎもッ、せん、ゾォ」

 息も絶え絶えに挑発するアーレス。最期の意地とも取れるそれを、ぼやけた影は一笑に付した。

「巨人のおっさんに『くっ殺』言われるとは思ってなかったけど、もともと殺す気じゃないんだよね。ただ手足は要らないからぶっこ抜いただけ。

 さっきも言った通り、俺が欲しいのはあんたの頭の中にある情報なわけでさ……魔法学の研究成果とか、軍事機密とか、もろもろ」

 

「グ……ハハ……馬鹿め! この私がァ、祖国を裏切るとでも、思うてか。貴様の、望みの話などォ、吐かぬ! 拷問でも精神支配でも……してみるが、よいわァ!」

「んん~自信満々って感じだな。陽光聖典のアレみたいな条件自殺プロテクトでも掛かってんの?

 まあそのへんはこっちも対策済みでね――〈綴じられる人生録(ライフログ・バインディング)〉」

 

 影が再び唱える、魔法らしきものの名。

 次の瞬間、アーレス・アルペイガースは()()()()()()()()

 

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