OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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ユグドラシルよもやま話:雷公鞭レシピ狂騒曲

 雷公鞭レシピの話をしよう。

 

 ユグドラシルのアイテムというのは基本的にプレイヤーが作るもの。NPCショップで買える既製品(レディメイド)の消費アイテムや、性能固定のアーティファクト類を除けば、外装と素材とデータクリスタルの組み合わせでいくらでも自由にオリジナルのアイテムを生み出すことができた。

 

 当然、強力なアイテムを作ろうと思えばそれなりのコストが発生する。

 とくに武器防具アクセサリといった装備品の場合、素材やデータクリスタルを厳選しだすと掛かる労力は天井知らず。効率を求めれば求めるほどにモンスター討伐マラソンは作業ゲーと化し、獲物の奪い合いからPVPバトルロイヤルに発展することもしょっちゅう。たまに回したガチャでうっかりレアアイテムなんか当ててしまうと、射幸の味を覚えたプレイヤーはそこからズブズブ課金沼に沈んでゆく。

 最強の装備を作るために捧げるべき真の代償は、希少金属でも最高級データクリスタルでもない。プレイ時間であり課金額であり、己の人間性である。

 

 ユグドラシル黎明期にはプレイヤー側もアイテムクリエイションの仕様をよく解っておらず、コーラ瓶の形をした槌矛(メイス)(リーチ短すぎ)とかビキニアーマー型の指輪(見た目がひどい)とか神器級おとなのおもちゃ(BANされた)とかの奇怪な物体を量産していたが、だんだん性能を求めるコツがわかってくるとそれらをノウハウとして蓄積するようになる。ある種の秩序、最適化に向かう()()ともいうべきパターンが生まれるようになってくる。

 

 やがてアイテムレシピという概念が発明された。

 ある性能の装備を作るために必要な素材、データクリスタル、職人系スキル――ときには材料の入手方法、スキルの修得条件までも――そうした情報を一まとめにした、効率的なアイテム製作の設計書に相当するもの。

 

 情報は力である。しかし鮮度が落ちれば、その力は失われる。

 かくして単なるテキストに過ぎないアイテムレシピは、ときにアイテムそのものより遥かに高い値段で取引され、またプレイヤー間の情報戦にて争奪される機密の一種ともなった。

 

 職人系ギルドは開発したレシピを秘匿し、情報系ギルドはそれを盗み出し暴こうとする。念視、盗聴、ステルスを用いた潜入、買収、詐欺、ハニートラップ、リスポーンキル恐喝。なんでもあり。

 傭兵ギルドが職人たちの護衛に就けば、その敵対勢力がスパイに肩入れする。スパイが首尾よく情報を盗み出したかと思えば、実はそいつが二重スパイで逆方向にも情報を流していたりする。RMT(リアルマネートレード)闇市でレシピを売った裏切り者が吊るされ、怒りのあまりそいつの個人情報を晒したリア(フレ)がBANされてアカウントと友人を失い、弱体化した職人ギルドがPK(プレイヤーキラー)蛮族に攻め滅ぼされてランキングから消えたりもした。

 人は紙切れ一枚を巡って果てなく殺し合い、騙し合い、奪い合った。ああユグドラ動物園。仁義なき万人の相互闘争(ホッブズ・ウォー)が許された、血風吹きすさぶ修羅の巷よ。

 

 そして俺たち『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』のアイテム製作チームが生み出した、代表作の一つ。

 比較的早期に完成していながら、サービス最後期まで最強武器レシピ議論の常連であり続けた、神器級(ゴッズ)グレードの傑作。

 ある目論見のため無償で公開され、多くのプレイヤーに知られたその通称を、雷公鞭レシピという。

 

 レシピの名はうちのギルメンが作った完成品第一号、『雷公鞭』にそのまま由来する。

 基本性能はシンプル。異様に広い攻撃範囲と、適当に振るだけで雑魚MOBが消し飛ぶ超火力。以上。装備者のステータスを強化したり、当たった相手に状態異常を喰らわせたりといった追加効果は一切なし。ただ破壊力と殺傷効率だけを追求し、その道の武器として最高峰の完成度を誇る逸品だった。

 

 こいつの要は、振り動作と攻撃判定の発生を切り離す超希少データクリスタルを組み込むこと。これにより雷公鞭は、遅延(ディレイ)のかかった範囲攻撃を最小モーションで〝置く〟という独特の挙動を実現し、火力特化武器の宿命たる巨大な隙を消すことに成功した。使いこなすには熟練が必要だが、慣れると格ゲーの設置技みたいな感覚で属性ダメージの結界を張り巡らすことができる。その空間制圧力は半端ではない。

 

 必要素材の関係上、[雷]属性のエネルギー・ダメージしか与えることができず、当然PVP環境ではすぐ対策が確立された。それでも最強武器の一角として長く使われ続けたのは、存在をちらつかせるだけで相手に[雷]耐性装備を強要できるメタゲーム性能に加え、プレイヤーの武器に合わせて属性防護なんかしてこないモンスターを狩るのに最適だったからだ。

 

 雷公鞭が一本あれば、格段にドロップ狩りが楽になる。狩りが楽になればそれだけ強力なアイテムを作りやすくなる。収穫加速の法則を体現したようなこの武器(ツール)は、まさに環境のパラダイムシフトをもたらす神器の中の神器だった。レシピ公開後は、上位ギルドなら無理をしてでも狩猟用に一本は作っていたし、それは()()アインズ・ウール・ゴウンも例外ではない。

 

 で、そこまでだったら「うちのギルメンがすごいもん作った」という単なる自慢話。

 そこで終わらないのが『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』のバカどもだった。

 

 

 特許使いの妖巨人(パテント・トロール)という職業(クラス)がある。

 前衛戦士向きの妖巨人(トロール)キャラでゲームを始めておきながら、あえて生産系ビルドに進んだ奇矯なプレイヤーだけが就けるレア職の一つ。ネタ臭い名前と裏腹に、うまく使えば強力な金策手段として機能するクラスである。

 

 このクラスの最大の特徴は、自分が一度でも作ったことのあるアイテム一つについて〝特許権〟を取得するスキルにある。

 九つあるワールドのどこかで、指定した特許品と同じ材料・製法のアイテムが作られるたびに、特許使いの妖巨人(パテント・トロール)はアイテムの価値に応じた()()()()()()を獲得する。権利を持っているだけで、ユグドラシル金貨が勝手に流れ込んでくるのだ。

 

 このクラスの存在からして、運営は当初からアイテムレシピの概念をゲームデザインに組み込んでいたことが窺える。どうせ奴らはプレイヤー同士が骨肉の争いを繰り広げるところを眺めて笑っていたに違いない。サディストの変態企業め。黒棺(ブラックカプセル)にぶち込まれろ。

 

 特許使いの妖巨人(パテント・トロール)のスキルでは現実の特許と違い、別にレシピを公開しなくても特許指定はできるし、ライセンス料も得られる。だが収入を最大化しようと思えば、秘匿しておくよりも公開した方が高効率に決まっている。

 ユニークモンスターのハイレアドロップ素材まで使った神器級武器のライセンス料ともなれば、レシピが知られたところで簡単に作れるものではなく、また一本作られるたびに莫大なマージンが得られる。情報的優位を放棄してなお、そうするに足るだけのリターンは見込めるわけだ。

 

 そういうわけで――この職を修めていたうちのアイテム開発チームの一人は、苦心して完成させた雷公鞭の圧倒的な性能を見て、まったく当然の合理的決断を下した。

 雷公鞭を特許登録し、そのレシピを公開しよう、と。

 

 ここまではいい。

 開発者は特許登録した雷公鞭レシピを攻略サイトなどに広く公開し、それに上位ギルドやパワープレイヤーたちがこぞって食いつき、そして『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』は天文学的な不労所得を手に入れるに至った。ギルド運営の諸経費をこれだけで賄って余りあるほどの利権。放っておいても勝手に高くなる金貨の山。ウハウハ状態の俺たちは資金力に任せて高額アイテムや素材を買い集め、ギルドの更なる戦力強化に投資した。

 金策大成功、めでたしめでたし。あとは異世界転移に備えるだけ――

 

 だが悲しいかな、成功者はいつの時代も妬まれるもの。ましてやユグドラシルプレイヤーの大部分は、出る杭を打つのが大好きな日本人。

 神器級武器レシピの無償公開という信じがたい聖人ムーブで評判を攫った直後、資産の急増でギルドランキングを駆け上がる『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』に、あの悪名高き『燃え上がる三眼』が疑いの目を向けた。あいつら()()()()()()ぞ、と。

 

 情報セキュリティには細心の注意を払っていた『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』だが、この頃は広く知られていない情報系魔法なども多く、諜報戦の分野では専門家集団たる『燃え上がる三眼』に一歩先を行かれていた。

 かくして雷公鞭の開発者は何らかの手段で職業スキルの詳細をすっぱ抜かれ、「あいつら公開したレシピでこっそり金儲けしてるぞ!」と告発されるに至る。

 

 告発と言っても、べつに〝被害者〟がいたわけではない。

 ライセンス料がレシピ利用者のポケットマネーから徴収されたりはしないし、金貨は不思議な魔法的法則によって無から湧いて出るだけである。

 俺たちは苦労の末にまとめた情報を公開し、システム上何の問題もない手段で正当な報酬を得る。レシピ利用者は高い情報料を支払うことなく強力な武器を作成できるようになり、その後のプレイ体験をより快適なものにしていける。win-winの関係だったはずだ。

 

 でもそんなことは関係なく、「他人がいい思いをしている」というだけで気に喰わない連中も存在する。

 告発以後、『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』メンバーのPK遭遇率は明らかに跳ね上がり、またライセンス料を発生させない海賊版(ジェネリック)雷公鞭レシピの開発運動も巻き起こった。無論これらの現象の背景には、当時敵対していたギルドや商機を生み出そうとする職人系プレイヤーたちの暗躍もあったわけだが、表立って突っかかってくるのは大抵ルサンチマンに憑かれた何の因縁もない雑魚(プア―)プレイヤーどもだった。彼らも利用されただけの犠牲者と言えるだろう。そうと解っていても、襲ってくる奴はきっちり返り討ちにしてドロップアイテムをせしめたわけだが。

 

 PKは俺がログインしているときならこっそりリモート支援を入れるなどして撃退できたものの、雷公鞭レシピのパチモンが出回ってライセンス料の実入りを減らされるのは由々しき事態である。なにしろ元レシピの一部を改変するだけでも特許の適用対象から外れてしまう。別バージョンの開発は、やるだけなら簡単なのだ。

 

 さあどうしようか、いっそ俺たちも打って出て類似品ユーザー狩りのPK祭りを始めてくれようか……と一部メンバーが物騒な相談をしていたところ、ギルドになる前の『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』でクランマスターを務めていた人物が、まったく異なる切り口の提案を持ち出してきた。

「しらみ潰しに海賊版撲滅キャンペーンを張ったってキリがないし、労力の無駄だ。ここはブランド戦略で対抗しよう」

 

 要するに、うちの雷公鞭こそが元祖(オリジナル)であり至高なのだと証明することで、下種のやっかみに惑わされて粗悪品を作ってしまう未来のプレイヤーを救済しつつ――()()()()ギルドの既得権益も守ろう、という分かりやすい表裏二面のプランである。

 

 性能だけで比べれば、オリジナルを超えたと言える雷公鞭レシピは一つも存在しなかったので、そこを打ち出していくというアプローチ自体はアリだ。

 もともと極限まで素材やデータクリスタルの組み合わせを吟味した末に生まれたレシピである。あの芸術品とも言うべき性能バランスを崩さずに代替品を拵えるなど、半端な労力で出来るわけはない。

 総合性能でオリジナルに迫る数少ないレシピも、実態はせいぜい「火力を下げる代わりに攻撃範囲を若干広げました」程度のマイナーチェンジに留まっていた。「何の創意もない、つまらん贋作」とはオリジナルの開発者が吐き捨てたコメントである。

 

 俺たちの雷公鞭こそが原点にして頂点。そこに否やはない。でもそれを、ユグドラシルの疑い深いプレイヤーたちに広く納得させる方法があるか? というと具体的な手段は考えつかなかった。

 普通に広告を打つ? 攻略サイトや掲示板の口コミに工作を仕掛ける? 地道に性能比較データを集めて、検証動画などの形で公開する?

 

 どれも無理じゃねーかな、と俺は悲観的になっていた。うちの特許利権を削りにきている〝敵〟だって、こっちの打つ手を黙って見ていてくれるわけはないだろう。まず間違いなく妨害が入るし、四十人にも満たない少人数ギルドである『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』にとって、不特定多数を相手取っての防衛的情報戦は労ばかり多くして得るところが少ない。

 

 でもブランド戦略の提案者が考えていた具体的方策は、俺の凡人的思考を遠く振り切った斜め上のものだった。

 

「――〝真の雷公鞭〟を決める、プレイヤー主催の野良PVP大会を開こうじゃないか。

 出場者はそれぞれ異なるレシピで作られた雷公鞭を持ち寄り、トーナメント戦を行う。[雷]耐性禁止、武器以外の装備も全員レギュレーションで制限。優勝者の持っていた雷公鞭が、すなわち()()ということだ」

 

「いやいやいやいや。そうはならんやろ」

 たとえルールで耐性と装備を縛っても、基礎ステータスとか種族特性とか職業構成とかプレイヤースキルとか他にも影響する要素いっぱいあるやろ。

 などと俺は即ツッコミを入れてしまったが、()()は聞かなかった。

 

「いいかいカレルレン。これはゲームだ。学会でも法廷でもない。

 単なるCMだの退屈なデータ検証だのを見せられて、いったい誰が喜ぶ? 大衆が求めるのはエビデンスじゃなく、()()()()()()()()()()だ。勝った奴が強い、そういう素直な童心に訴えかけた方が、()()のブランド戦略としては意外と有効だったりするものだよ」

 

 後から思えば、これは意外なほど深く考えられた一手だったのかもしれないが、当時の俺にはなんも考えていないアホな遊び人のアイデアとしか受け取れず。

 呆れ顔の感情(エモーション)アイコンを出しつつ、俺はこのふざけた催しの一番大事なところを訊ねる。

 

「うん、まあ、これを興行にしちまおうってのは解ったよ。で――()()()の?」

「そうだな……公式のPVP戦績ランキングに名前を載せている連中でいえば……()()()()クラスの猛者が来なければ、私が負けることはないよ」

 

 彼女は確かにうちのギルドでも飛び抜けて強かったが、公式ランキングのトップ連中ときたら明らかに次元の違う人外揃いだったし、そいつら以外になら勝てるという自己申告はずいぶん信憑性を欠いていた。アカウント持ってるプレイヤーのほとんどに勝てるってことじゃん。いくらなんでも盛り過ぎやろ。

 

 でもこの頃の俺は知らない。

 彼女は後に、ネタ扱いされていたビルドで公式大会に飛び込んで優勝し、獲得したワールドチャンピオンのクラスを一ヶ月ほど使ってみるも「確かに強いが、()()に欠ける」などと抜かし一からキャラを作り直す奇行に及ぶ。せっかく手に入れた公式チート職(ワールドチャンピオン)の資格を、ユグドラシル史上唯一()()()()()()()()変人プレイヤーとして名を残すのだ。

 

 プレイヤーネーム、ラシャヴェラク・(ロメオ)。『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』の精神的リーダー。

 現実世界(リアル)での名は、サラ・ブラックという。

 

 

 ――結局、BW(うち)の主催で開くことになった『真の雷公鞭レシピ決定戦!!!』の顛末はというと。

 自己申告の通り、並み居る挑戦者をストレートで破ってラシャヴェラクが圧勝。その動画を自ら実況付きで上げて、「やはり本家本元の雷公鞭レシピがさいつよだったッ!」と中の人(サラ)はドヤっていた。

 

 しかしどっからどう見ても武器の性能差は関係なく、隔絶したプレイヤースキルでゴリ押した結果なのはバレバレだったので、元祖雷公鞭ブランドを確立し特許利権を蘇らせようという肝心の目的は失敗に終わった。

 試合に勝って勝負に負けてんじゃねーか! と後日の反省会でサラが総ツッコミを喰らったのは言うまでもない。

 

 まあ大会動画そのものは数十万再生を記録する程度にはウケがよく、おかげで『盲目の時計職人(ブラインド・ウォッチメイカー)』の評判も(エンターテイナー的な意味で)良くなり、ライセンス料の収入が多少持ち直したのは結果オーライと言うべきだったか。

 爾後、雷公鞭レシピの特許料として不定期で流れ込む金貨はギルドの活動を下支えし、サービス後期までの長きにわたり異世界転移の準備に貢献し続けることとなる。

 

 

 もしかしたらサラもブランド戦略が失敗することは解っていて、最初からギルドに向いたヘイトを自分のスーパープレイで払拭するのが目的だったんじゃないか……と今にして思う。

 真意は解らない。もう彼女に尋ねることもできない。

 

 でもあの時の彼女は最高にユグドラシルというクソゲーを楽しんでいたので、俺はやっぱりどっちでもいいかなという気がしている。

 いい思い出なんてそんなものだ。とっぴんぱらりのぷう。

 

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