OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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ダークエルフ兄弟行
ダークエルフの皆さん、引っ越しキャンセルのお知らせ


 はい。というわけで、やってまいりましたトブの大森林。

 やること溜まりまくりだからね。雑事はサクサク片付けていくに限る。

 

「なーボス、今回はあのドラゴン連れて来なくてよかったのか?」

 訊いてくるのは銀髪ダークエルフ美少年(※偽装)の一〇〇レベルNPC、リーギリウム。森の中を二人で歩きながらの会話だ。

 あのドラゴン、というのは〝白金の竜王(プラチナム・ドラゴンロード)〟ことツアーを指す。出会い頭に殺し合い、拠点も派手にぶち壊してくれた相手なので、NPCたちからの評判は今なおすこぶる良くない。これはツアーから見た俺たち(プレイヤー)の印象と同様、時間をかけて改善していくしかないだろう。

 

「今回使うスキルはツアーに見せたくないんだよ。どうしてもイメージ悪いし」

 問いに答える俺も、今日はダークエルフに化けている。

 プレイヤーとNPCでダブル種族偽装。この姿の設定上は兄弟で、俺の方が兄ということになっているが、リーギリウムの圧倒的なショタ(りょく)を引き立たせるため俺の変身態はモブ顔にしてある。

 いやホラ……見栄張ってイケメンに変身とかしちゃうと余計なトラブルくっついてきそうだし……。

 

 なんでダークエルフの兄弟を装ったかといえば、この時代トブの大森林にまだ住んでいるはずの現地ダークエルフたちと接触するためだ。

 俺たちがここでしようとしていることは、ざっくり言えば彼らの直面している面倒事を解決する結果にも繋がるので、どうせなら顔を繋ぎつつ恩も売っておこうという魂胆がある。

 

 誰かが困っていたら助けるのは当たり前、とはたっち・みーの座右の銘だったか。俺はこの意見を眩しく思いつつも同意できたことがない。「誰かが困っていたら、恩を押し売りしに行くチャンスと思え」がBW(うち)の流儀だ。偽善を戦略的アティチュードとして活用する輩が本物の正義の味方になれないのはまったく自明なので、俺がギルドの運営方針としてヒーロー路線でなく秘密結社スタイルを選んだのも至当な結論に過ぎない。

 

 それでもクソ外道のぷにっと萌えよりは多分マシで、あいつは「誰かが困っていたら? その状況には少なくとも五通りの使い道があります」みたいなことを冗談抜きで答えられる男。こんなだから軍師として活躍できたんだろうが、引退まであいつのサイコパス疑惑が消えなかったのも自業自得といえる。

 閑話休題。

 

「どうせイメージを気にするなら、最後まで誰の目にもつかないように済ませた方がよくねーか?」

 ダークエルフ訪問の趣旨は理解しつつも、利益ベースで合理的に考えられるリーギリウムは納得し切っていない様子だ。これは彼の知性の問題ではなく、俺の現地民対応がぬるいのを訝しんでのことだろう。

 

「そういうわけにもいかんのよ。誰がやったか、問題のブツがどこ行ったか、分からんとそれはそれで不安を招くだろうし。お前を売り込むのにこれ以上のネタって現状ないし。

 まあ今後も長い付き合いになりそうな連中だから、地政学的なコントロール手段とか考察しとけばいいんじゃね」

「うーん……そうだな……長命種の手駒なら、使い道はいろいろあるか……」

「できるできる。リーギリウムきゅんなら楽勝よ」

「きゅん言うな」

 

 などと戯れつつ、ちょっと広めの獣道みたいな森のメインストリートを歩いていくと、木立の中から誰何の声が投げられる。

「止まれ! ――何者だ? この先へ何用か?」

 

 キロメートル単位の索敵範囲を持つリーギリウムはもちろん、俺ですら声の主の居場所には気づいている。

 百メートルちょい前方、右側の樹の上。枝葉のカモフラージュに隠れて、こちらに弓を向けるダークエルフの男。声が反対側から聴こえてくるのは、何らかのスキルで音波を収束・反射させているものだろうか。

 

 まずはモブ顔の俺が温厚そうな旅人として対応。相手の警戒心を削ぐ作戦に出る。

「南東の樹海から参りました。旅の者です。この森に同族が住むと聞いて、訪ねに」

「……ずいぶん遠くから来たようだな。しかし、この森は災いに呑まれつつある。

 今日明日にどうにかなるというものではないが、長居はしない方がいい」

 

 未だ姿を隠し、弓もこちらに向けたままではあるが、婉曲に門前払いしようとする応答からは門番役らしい彼の善良さが窺える。人間種の敵がそこら中に溢れているこの世界、客人を快く迎え入れると見せかけて強盗殺人かますトラップ村や、たとえ同種と見えても余所者は射殺一択の閉鎖的なコミュニティだってあるだろうに。

 

「何か問題が起きているなら、力になれるかもしれませんよ。

 私たちは方々を旅する関係で、様々な地域の問題と、その対処を見てきました。お役に立つ情報があるかもしれません。それに、うちの弟は天才ですので、きっといい方法を思いつきます」

 俺の演技に即興で乗ってくれたものか、リーギリウムが細い肩をふんすと聳やかし、ドヤ顔を前方に向けている。

 

 果たして、この奇妙な兄弟にうまく毒気を抜かれてしまったらしい門番ダークエルフは、枝の上から降りてきて俺たちの前に姿を現した。

 顔つきは人間なら二十歳前後、身体つきはそこそこ逞しい青年だ。

 近づいてきた彼は、リーギリウムの非現実的な美少年ぶりに驚いた顔を見せるも、すぐに動揺を押し隠し、からりと湿気のない声で挨拶してくる。

 

「カウベリー・ケッジだ。氏族の村へ案内する。……悪いが、豪勢なもてなしは期待するなよ。森の恵みはいつも貴重だ。客人のための取り置きは、多くあるまい」

「ケント氏族のクラークです。こっちは弟のリーギリウム。歓迎のお気持ちさえいただければ、それで充分ですよ」

 名乗りを返す流れだったので、つい安直な偽名を使ってしまった。まあプレイヤーがたまたま訪れでもしない限り、妙にアメコミ臭い名前のダークエルフがいたことに違和感を持たれる心配はないだろう。

 

 それにしても、やはり見た目の説得力は絶大らしく、短いやり取りだけでカウベリー氏は俺たちを〝ひとまず敵ではない〟と判断してくれたようだ。俺が普段のもやもやした不審者スタイルだったり、ヘスの真の姿みたいに一目でSANチェックが発生する暗黒存在ルックで訪問していたりしたら、とてもこんなふうに友好的接触が叶ったとは思えない。

 

 俺の影や装備の中に仕込んである〝護衛〟を見たら、やっぱり気絶くらいはするかもしれないが、いまのところカウベリー氏が気付いた様子はない。まあ三十レベルいかないくらいの野伏(レンジャー)に看破できるような隠し方でもないしなあ。

 

 なんにせよトブの大森林深部、ダークエルフの村へ招かれて立ち入るという第一関門はクリア。原作十五・十六巻のイベントを思い出させる展開だが、俺はアインズたちがやってたように何日もまったり滞在するつもりはない。ちゃっちゃと訪問目的を済ませて、本命のタスクに取り掛からねば。

 

 

 

「なんですと!? ……あの〝魔樹〟を、たったお二人で倒すとおっしゃるのですか!?」

「んー、まあ倒すというか、()()をしてですね。穏便にお引き取り願うというか……」

 

 ダークエルフの村に招かれた俺とリーギリウムは、立派なエルフツリーが何本か寄り集まった砦のような構造物の中、集会所も兼ねる長老たちの家で旅人として歓待を受けていた。

 長老といっても不老長寿のダークエルフ、見てくれはそんなに年寄りではない。せいぜい人間でいう三十代前半くらいか。ただ、危険な森で長く生きているといろいろ災難にも遭うのか、長老会の面々はほとんどが眼や手足に欠損がある。

 

 もしくは順序が逆かもしれない。長老と呼ばれるようになるほど長く生きているから怪我も多い、のではなく――怪我や病で森へ出て働くのが難しくなった村人に知恵役としての仕事を与え、村の運営を任せるようになった、その分業の結果が長老会という制度なのだろうか?

 結果的に危険な仕事をしなくなるので平均寿命が延び、緩やかな世代交代のうち年長者として影響力を増すにつれ特権階級化が進んだ、みたいな因果関係もあったりして。俺はダークエルフ学の権威でもなんでもない素人なので知らんけど。

 

 竜王たちの時代から生きているという長老クラスなら、ひょっとして六大神や八欲王の情報も何か持っていたりしないだろうか……と思いついたのは彼らを目の前にしてからのこと。しかしべつに急ぎではないので、これは今後の交流で聞き出せればいいやと割り切り本題へ。

 昨今トブの大森林を騒がせているという厄災――〝魔樹〟についての話をうまいこと引き出し、そんならうちが何とかしますよ、とクエスト受注の交渉を始めて今に至る。

 

「……危険すぎますな。失礼ながら、この森の外から来られたあなた方に、あの〝魔樹〟の恐ろしさが正しく理解できているとは思えませぬ」

 常識的に考えればまったく正論。……なのだが、俺たちはたぶん現時点でこの村の誰よりそいつの詳しいデータ持ってるんだよなあ。

 

 魔樹ザイトルクワエ。推定レベル八十台。一〇〇レベル・キャラクター目線だと大して強くはないが、レイドボス級の高いHPを持ち、神人を除けばまず現地の『人類』による自力対処は望めない大型厄ネタの一つ。

 ユグドラシルで名前や特徴が完全一致するモンスターは見つけられなかったが、ひょっとすると某レイドボスのばら撒く眷属MOBの一種が異常成長した個体なんじゃないの? と俺は疑っている。

 

 長老会や狩猟頭の話を聞くところによると。

 今はまだ狩りの時に気を付ける程度でなんとかなっているが、魔樹の触手は年々活動範囲を広げており、このままではトブの森に氏族の住める土地は無くなるという。

 実際、原作ではこいつから逃げ出す形でダークエルフたちが南方のエイヴァーシャー大樹海へ移住している。原作開始時点の三百年前、いまから数えて百年後くらいの話だったか?

 

 そして俺たちがトブの大森林まで遠足してきたのは、何を隠そうまさにこのザイトルクワエくんを()()するのが主目的である。

 もちろんこれは、住処を追われるかわいそうなダークエルフ諸族を憐れんで無償の救難活動をしにきました……などという英雄的ボランティアではない。

 

 単純にザイトルクワエの利用価値がいろいろありそうなのと、この森にダークエルフを残しておくことが未来への布石として機能する、というキーレンバッハの献策を容れてのこと。また〝正史〟からの分岐要素を増やしてしまうが、ダークエルフは積極的に周辺国の他種族と関わる気質ではないので、歴史の大勢を変えてしまうほどの影響力は持たない想定である――と言われれば特に反対する理由も俺にはない。いざとなれば工作部隊に介入させる手も一応あるし。

 

「オレも兄貴も、凶暴なモンスターを魔法で大人しくさせるのは得意なんだ。もし失敗しても、あんたらには迷惑かかんないようにやるからさ。任せてくれよな!」

 

 などと言って胸を張るリーギリウムの可愛らしさに、長老たちもほっこり顔を緩ませている。でも流石にそれだけで旅人を竜王(ドラゴンロード)級の化物のもとへ行かせてはくれないだろう。この村の連中、人間社会じゃ生きられなさそうなくらい朴訥で善良だからなあ。

 というわけで、もう一押しを俺から提案する。

 

「リーギリウム、少しばかり力を見せてはどうかな。このままでは彼らも心配で頷けないよ」

「ん……そうか? つってもなー、オレあんまりこういうパフォーマンス向きの魔法覚えてねーから……」

 

 切り札の使用まで考慮に入れれば、リーギリウムは()()()()()()()()()()()()()()でも詠唱可能だが――さすがにこんな局面で使うべきスキルではない。

 なにかリクエストがあれば、俺が〈集合体〉経由で見栄えのよさそうな魔法を転送してもいいけど……とテレパシーで助け舟を出してみるも、彼はどうやら自力解決したようだった。

 

「……よし! じゃあ……この場にいる村の人たち、ちょっと()()()()()くれよ」

 わけの分からない頼みごと。どういう意味かと訝るダークエルフ衆。

 だが次第に、異変に気付き始める。

 

 彼らのうち誰ひとり、()()()()()()()()()()()()()のだ。

 辛うじて喋ることはできる。目も動かせる。だが首から下は微動だにできないはずだ。

 俺の目にはリーギリウムが()()やっているのかはっきり視えているから、ダークエルフたちの意識も感覚も鮮明であろうことが推察できる。見えない力で抑え込まれて、()()()()()動けないというのはなかなか新しい恐怖だろう。

 

「カウベリーさん、こんなかじゃあんたが一番強いな。レベルにして二十七……いや、もうちょいで二十八か? 人間の国だったら〝英雄〟とか呼ばれるラインまですぐの腕前だろ」

 

 俺たちを村まで案内してくれたカウベリー・ケッジ氏は村の副狩猟頭。純粋な戦闘能力ではすでに当代の(かしら)を凌いでいるが、狩人としての経験が足りないからと代替わりを辞退しているらしい。

 そんな彼もこの場に参加していて、万一俺たちが何か()()()()()とき、速やかに退路を絶てるよう集会所の入口脇に陣取っていた。いまは腰の山刀に手をやったままのポーズで固まり、まさにやらかし中の俺とリーギリウムを睨みつけている。

 

「何を……した。旅人というのは嘘か? この術は何だ!?」

「嘘じゃねーって。オレたちのこと心配してくれたんだろ? だからこうして、こっちも()()を見せてる。少なくとも、この村の誰よりうまく〝魔樹〟に対処できるってな」

 けらけらと邪気なく笑う美少年。彼は胡坐をかいた姿勢から動いていない。

 動かないまま、この場の全員を制圧し終えている。

 

 長老会の中でもリーダー格らしい隻眼の男が、若い見た目に似合わない貫録で大きな声を出す。

「誰ぞあるか! 動ける者は!」

 村で最強の狩人だというカウベリーが山刀一本抜けないのだから、ここにいる誰もが動けないのは当然のこと。確認するまでもない。

 しかしリーギリウムは嬉しそうに笑ってみせ、長老の目論見を看破する。

 

「へへ……食わせ者だな、片目のオッサン。この場の誰も動けないのを解った上で、わざわざ()()()()()()を出したろ。

 でも残念だったな。集会所の外で待機してた連中は()()()()()だ」

 

 集会所の入口から、浮遊する何かが列を成して入ってくる。

 それは魔獣皮の胸当てを付け、いましも槍や山刀を構えて室内へ突入しようとしていた、ダークエルフ氏族の戦士たちだった。

 全員が動き始めの姿勢で固められたまま宙に浮かび、混乱と恐怖の表情を露わにしている。

 

「オレの〈念動(サイコキネシス)〉はここからでも、()()()()()同じようにできる」

 

 範囲やパワーだけでいえば俺の方が強力な〈念動(サイコキネシス)〉を発動できるが、ことコントロールの繊細さにかけてはリーギリウムに遠く及ばない。いちおうこっちの世界に来てから日々訓練は続けているものの、こんなに多数の脆弱な低レベル・キャラクターを、骨一本折らず個別に固めたり浮かべたりするのはまだまだ無理な話だ。

 

 当然、拘束するだけが能ではない。やろうと思えばリーギリウムは、この場から一歩も動かず、村のダークエルフ全員をPK(サイコキネティック)首ポキで鏖殺することもできる。なんなら村の外へ狩りや採集に出ている連中まで捕捉してターゲットに入れてしまえる。やらないけど。

 ユグドラシルでは物体を浮かべて動かすだけの微妙サポート魔法だったのに、この世界へ来て大化けしたもんである。〈念動(サイコキネシス)〉の応用については今後も研究が必要だろう。

 

 ちょっとリーギリウムのアドリブでやり過ぎた感はあるが、ともあれ充分すぎるくらい力は見せた。あとはダークエルフたちに抱かせてしまった敵意と警戒心をどうにかほぐして、レアポケモンGETの旅に出発するのみ。

 過激で天才肌の弟と対照的な印象を与えるよう、のんびりマイペースな兄を演じつつ、俺は話をまとめにかかる。

 

「いやあ、弟が失礼をいたしまして、どうもすみません。皆様に悪気があるわけじゃあないんですよ。

 とかく、私たちも腕に()()()()()覚えあり、とはお解りいただけたでしょう。弟が〝魔樹〟の動きを抑えている隙に、私が魔物を宥める魔法で対話を試みようという寸法です」

 

「なるほど……あなた方が、凄まじい技を修めた魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるということは、よく分かりました。皆の衆も同様でしょう。

 もはやお留め立てはしませぬ。また、我らにご兄弟を止められる道理も、力も無し。()()()()ご助力できぬことは、心苦しくありますがな。

 然らば、そろそろこの術を解いていただきたいのですが……?」

 

 拘束されたままでも弱気を見せず、ショタ一人にノーモーション制圧される程度のうちらじゃ力になれないよゴメンね、としっかり牽制めいた線引きを入れてくる隻眼の長老。転んでもただでは起きないその(したた)かさに俺は好感を抱く。歳食ったダークエルフだもの、これくらいの老獪さはあってほしいよな。

 でもそういう機微をカウベリー氏や他の若い村人まで共有できてるかは不安なので、いちおう駄目押しの一手を打っておくことにする。

 

「もちろん、すぐに解放しますとも。……その前に、失礼のお詫びと言ってはなんですが、私の魔法もお見せいたしますね――〈再生の霊気(リジェネレイティヴ・オーラ)〉」

 

 ダークエルフに化けた俺の身体から、重さを持たない液体のような、乳白色の光が溢れ出した。

 やわらかに渦巻き流れる液状光は、そのまま身動き取れないダークエルフでいっぱいの集会所を満たしてゆく。

「な、これは!? なんだこの魔法は、やめ――」

「まっ、待て、身体が……」

 

 第十位階、〈再生の霊気(リジェネレイティヴ・オーラ)〉。半径十メートル弱の範囲内にいる生物を、急速な生命力の賦活によって癒す魔法。そのHP再生速度は標準的な妖巨人(トロール)の五倍相当。

 ほとんどが二十レベルにも満たないダークエルフたちの傷痍なんぞ、たとえ手足まるごとの欠損でも、秒で完治してしまう。

 

「お……おお! 魔獣に喰われた右脚が……!?」

「あの〝魔樹〟に潰された左腕が……治った……?」

「ハックルベリー、おまえさん……失くした目が! 元に!」

 あの隻眼シブめの長老、そんな名前だったのか。自己紹介のとき次々に名乗られるもんだから聞き流してたわ。親友の名前がトムだったりしない?

 

 長老会以外にも、古傷やら欠損やらを抱えていたダークエルフたちが軒並み治癒の巻き添えを喰らって健康になり、場が騒然とする。そのタイミングで俺はリーギリウムに〈念動(サイコキネシス)〉を解除させた。もはや自由になった誰もが互いに囁き交わしたり抱き合ったりするばかりで、俺たちに弓を向けてくるほどの緊張を維持できている奴はいない。

 

 ()()隻眼のハックルベリー氏と、準英雄級のカウベリー氏だけは落ち着いた様子で俺を見つめていたが、その表情に敵意はなくなっている。むしろなんというか、これは……尊崇? 畏敬? リーギリウムとは別ベクトルでやり過ぎたかもしれん。

 まあいいや。どうせこのあと伝説級のモンスターを()()()()してしまうのだから、村人の間で英雄視されようと神格化されようと、ある意味それも予定調和でしかない。

 

「……ええと、じゃあ、さっそくですが私たちは出発します。お見送りは結構ですので」

「じゃーな! 〝魔樹〟をブッ飛ばすか追っ払うかしたら、また来るぜ!」

 

 敵意は無くなれど別の意味で気まずい空間となった集会所から、そそくさと退散。

 いつの間にか長老会のツリーを囲んでいた村民ダークエルフの人垣は、潮が退くように割れて道を作り、通り過ぎる俺たちに様々な感情の囁きを投げてくる。

 

「なんという力だ……いったい何位階の魔法なのか……」

「いくら凄くたって、人の力であの化物を何とかできるわけないよ。死にに行くようなもんさ……」

「わからんぞ。遠く人間の国では、かつて天変地異すら操る偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)が存在したと聞く……」

「神代にも比すべき魔法詠唱者(マジック・キャスター)だというのか、あの若さで……ならばかの〝魔樹〟にも、あるいは……」

 

 とくに傷が治ったりしていない村人の中では、いまんとこ期待と不安と疑念が混ざり合ってる感じか。この時点での反応として悪くはない。

 ただ個人的にちょっとモヤモヤするのは、俺たちを指して〝魔法詠唱者(マジック・キャスター)〟が連呼されている点だ。

 

 いや、その、広義のユグドラシル用語としては何ら間違いじゃないんだけどね? ゲーム全体で魔法使いの総称がそうなってるわけだし。

 でも細かい設定を見ていくと、位階魔法にも系統や下位分類があったりするわけで。とくに副系統が闇鍋状態の()()()()魔法には、「それ本当に魔法扱いでいいのか?」みたいな技が呪文として大量に登録されている。俺やリーギリウムの主要魔法系統もこの類だ。

 

 だから、そう――俺たちを表す正しい呼称は、たぶん〝魔法詠唱者(マジック・キャスター)〟ではなくて。

超能力発現者(サイオニック・マニフェスター)なんだよなァ……」

 

 などとぼやいたものの、言語の和洋も神話の元ネタも創作ジャンルも何もかもカオス&ちゃんぽんのネトゲに汚染された世界が()()である。些末な用語法の違和感にいちいち躓いていたら、この先ユグドラ警察が何人いても足りない。慣れていくしかないだろう。

 

 

 ようやっとで人だかりを抜けた俺とリーギリウムは、林立するエルフツリーの陰で人目を遮り、あらかじめ探っておいたザイトルクワエの潜伏場所付近まで転移する。

 

 これにて前置き終了。この分だと本番の仕事の方が手早く終わっちまいそうだが、トラブルなくスムーズにいくのが一番いい。

「さーて、よーし……やるか。ザイトルクワエ捕獲作戦!」

 









[memo]

以下、とくに読者が押さえておく必要はない裏設定。
D&D3.5eのサイオニック・ルールを参照しつつ、ユグドラシルの魔法分類に合わせてチューニングしています。

超能力(サイオニック)について:
・ユグドラシルにおける超能力(サイオニック)は、広義における魔法の一種として実装されている。位階魔法としての分類はその他系。
(その他系にはこういった「魔力・信仰・精神のどれにも分類されない中小規模の魔法体系」が副系統として雑多に詰め込まれている)

超能力呪文(サイオニック・スペル)の特徴として、他の系統と違い術者レベルや主要能力値に応じた威力の増大がほとんどない。覚えたてのレベルなら他系統よりやや強力だが、レベルが上がるにつれ自動的に強化されない分もの足りなくなってくる。(とくに低位階の呪文はすぐ威力不足になりがち)
 その代わり、MPを追加投入することで判定上の呪文位階と効果を増強できる『サイオニック増幅』というオプションが大半の呪文に設定されている。操作感としては忍術に近い。

・MPを余分に使わなければ火力が伸びないという性質上、燃費の悪い魔法系統というイメージを持たれがち。実際その通りなのだが、反面サイオニック増幅込みの瞬間火力は他系統の魔法詠唱者(マジック・キャスター)を凌駕する。このためサイオニック系術者はボス戦やPVPなど短期決戦向きのビルドと相性が良い、と言われる。
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