OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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▼かくて立つ、無明樹海の女王(3)

「うっお……今までで一番MP持ってかれた……さすがインテリは情報量が重い」

 食堂の床に落ちた本――アーレスだったもの――が浮かび上がり、ぼやけた影の手元へ飛んでくる。そのまま手に取るかと思いきや、影の指先はその本を()()()()()()()押し込んだ。本は不可視の湖面へ沈むように消失していき、やがて見えなくなる。

 アーレスは何をされたのか。本はどこへ行ったのか。すべてがあまりにも不可解な、一連の光景。

 

「……あの」

「おっとォ! ごめんよエルフちゃん、重傷かつ全裸のまま放置しちゃってたな」

 おずおずと声をかけたメイラスに、向き直った影は重さのない足取りで歩み寄る。

 そして、魔法を詠唱するでもポーションを取り出すでもなく、投げ出されたままの左手の指先に、ただ触れた。

 

 それだけで、瞬く間に傷は癒えた。

 潰された四肢の全ては元通り、もはや痛みも傷跡も残っていない。

 メイラスの知る治癒魔法では不可能な再生力。もはや、魔法なのかどうか考えることすら意味があると思えない。この影の振るう力は、どうせ規格外なものばかりだ。

 

「美少女の裸体とか目に毒なんでコレ着といてね。はい、じゃあお名前は?」

「え、あ……」

 身を起こすや、すっぽりと被せられた白い外套。それは少女の体格に合わせて作られたかのようにフィットし、火巨人(ファイアー・ジャイアント)が暴れたことで上がっていた食堂の気温を、不自然なほど完璧に遮断した。

 

 メイラスは驚きを隠せない。これは――適温を保つ魔法の服だ。

 高価なマジックアイテムを、名も知らぬ他人に貸し与える。魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての隔絶した力量のみならず、財力も生半なものではないらしい。

 ほんとうに、いったい何者なのか?

 

「わたし、は……メイラス。レッドゴールド氏族の、メイラスといいます。このたびは、絶体絶命のところをお救いいただき、ありがとうございました」

「ほーいよろしくね~。つっても、実はメイラスちゃんのことは名前含め聞いてて、今日はきみを勧誘(スカウト)しに来たんだよね。助けたのもその流れさ」

「勧誘……」

 

 なんの誘いかは不明だが、奴隷として問答無用で拉致されることに比べれば、幾分かマシな〝流れ〟ではある。

 メイラスは傷が癒えてクリアになった頭で、精一杯思考を回転させる。

 

「わたしのことは、誰から?」

「巨人国で働かされてる奴隷たちの、なんか……地下組織? みたいなやつ。そこの、レッドゴールド氏族の生き残りだってエルフがね、()()()()をお救いくださいって頼んできたんだわ」

「彼らが……そんな、わたしは〝姫〟なんてものじゃ。ただの、氏族長の娘で」

 

 氏族の歴史は長く、メイラスはそこに誇りを持っている。だが滅びた里の規模は小さく、巨人国の進んだ文明を知った今となっては、とても自分を〝姫〟などと形容する気にはなれない。

 影が、かぶりを振る。

 

「俺はちょっと、彼らの気持ち解るかもしんないな。要はさ、()()が欲しいんだよ。

 一度は離散した氏族を、ふたたび導く旗頭だ。亡き族長の遺児ほど適した人選はない。でもその肩書が〝村長の娘〟みたいなのじゃ微妙だろ? だから神輿として担ぐために、ちょっと大袈裟でも〝姫〟なのさ」

 

「……あなたが望む、わたしの役割もそれですか? 彼らを導く()()であれと」

「理解はや~い助かるぅ~~~」

 影が踊るように揺れる。隔絶した力とは全く結びつかない剽軽(ひょうきん)な態度も、きっと擬態なのだろう。

 メイラスは己を戒める――相手は頂も見えぬ高みにある、超級の魔法詠唱者(マジック・キャスター)。侮ってかかれば、たちまちゼ・バンのようにされかねない。あるいはアーレスのように。

 

 少女が気を引き締めたそばから、影は更なる揺さぶりを加えてくる。

「ぶっちゃけると、国を作ろうかと思っててさ。きみ、代表者やってみない?」

「――はぇ? くに?」

 このぼやけた不審者に常識というものがないことは、解ったつもりだったが――

 

「大陸中央にも、人間種の生存圏を確保しようかと思ってねー。他の種族も馴染める限りは受け容れるつもりだけど、俺が一番知ってるのってやっぱ人間だし、()()()は人間種ベースにしておきたいってのもある。

 国家運営は長期プロジェクトになるから、長命種が有利なんじゃないか? ってことでエルフ。かつ血統よしのきみなら、奴隷から女王に成り上がってもギリ正常な出世の範囲かなと」

「どこの世界の()()ですかっ!?」

 

 国を作るなどというのは、大言壮語の中でも極めつきのひとつだ。それは武に秀でているだけでは成し遂げられない、天与のカリスマとも呼ぶべき才を要する覇業。少なくとも目の前の()()には無理だろう。実力は申し分なくとも、言動が胡乱すぎる。

 まして、武力すら持ち合わせていない自分では。

 

「女王なんて、そんなの――無理です、わたしには! 二百人もいない隠れ里だって、氏族長(はは)は苦労して治めていたのに」

「いや、そりゃ、いまからきみをポンと玉座に乗せて『国造りヨロシク!』なんて言わんよ? アーサー王だってエクスカリバー引っこ抜いただけで支配者として目覚めたわけじゃないんだから。ちゃんとマーリン相当の補佐はつけるって。

 つーわけで――〈星界門(スターゲート)〉。来い、エルスワイズ」

 

 言われたことの半分は理解不能だったが、次の瞬間、メイラスは疑問の全てを忘れた。

 突如、傍らに生じた白い光の半球。そこから一人の森妖精(エルフ)が現れたのだ。

 

 その男は――()()()()()。あまりにも。

 水のように光を流す、白金の髪。肌は白皙。完璧な角度で稜線を成す(おとがい)(くび)、鼻梁と耳。

 伏せられた長い睫毛が持ち上げられれば、瞼の下から覗く双眸は左右異色。晴天の蒼と、夜天を思わせる紫紺。

 

 秀でているのは容貌ばかりではない。

 均整の取れた肢体を包む、ゆったりとした森祭司(ドルイド)風の法衣も。多色の宝石が嵌め込まれた腰のバックルも。靴、指輪、腕輪、首飾り――いずれも強大な魔法の力を放つマジックアイテム。魔法詠唱者(マジック・キャスター)としては素人同然のメイラスにさえ分かるほど。

 

 根拠は何一つない。が、()()()エルフを知る身だから断言できた。

 この男はただのエルフではない。女の胎から生まれた者ではあり得ない。

 それは神の手になる生きた彫刻、この世ならざる天上の美だった。

 そして――彼もまた、()()()()()()()()

 

「こいつの名前はエルスワイズ。きみのサポートに貸してあげる。

 実務的なアレコレは、こいつに丸投げすればいい感じにやってくれるから……メイラスちゃんは堂々と構えて、貴種流離譚の主人公らしくキラキラした生き様を国民に見せてやってよ。看板役に必要なものって、結局それだし」

 

 エルスワイズの非現実的な造形美に圧倒されていたメイラスは、自分が演ずるべき役割を示され、努めて冷静に分析を試みようとする。

「つまり、あなたの……あなた方の、()()()()を建設する。その表向きのトップに、わたしが立てと。そういうことですね?」

 

「……ほらー、なー? この子めっちゃ頭よくない? 普通この状況で先のこととか考えらんないよ。氏族の仇に毒飲ませるんじゃなく、そいつの出世ぶっ潰して国家レベルの摩擦も起こさせるとか、スケールでかい復讐思いつくだけあるわ」

 

 水を向けられ、エルスワイズは冷ややかな微笑とともに答える。

「己の生還を諦めた上で、分の悪い賭けにいくつも勝たねば成立しない、稚拙な策ではありましたが。……まあ、感情のまま刃を振り下ろすことしか知らぬ愚物に比べれば、いくぶん見どころのある器です。あるいは糸がなくとも、自ら立つようになるやもしれませぬ」

 

「うんうん。メイラスちゃんは傀儡(かいらい)って言ったけど、大枠だけこっちの計画に従ってくれれば、細部は自由にデザインしてもらっていいよ。

 同郷のエルフから聞いた話だと、神話や伝承が好きなんだっけ? 建築様式とかそっち系に寄せるのも面白いかもね。雰囲気作りは大事だ」

 

 ――合理的に。合理的に考えろ、メイラス。勇気は、そこから生まれる。

 少女は強いて己を客体化するよう努めながら、急ごしらえの俯瞰思考をまとめていく。

 

 確かにこの影は、怪しい。命を救われた後でさえそう思う。エルスワイズなる男も美しくはあるが、その(さが)が善なるものとは限らない。

 彼らはこの世で最も邪悪な神々の化身であるかもしれず、自分はその走狗にされようとしているだけかもしれない。

 

 が、そこは問題ではない。

 

 善き神々がいるのだとしても、それらはメイラスを救わなかった。両親を救わず、氏族を救わず、いまも人間種に弱者の生まれを呪わせ続けている。

 悪神の誘惑を意志力で撥ね除けたとて、果たして善なる神はその()()()に報いてくれるか。

 

 ()()()()()()()()

 この世がもし、善には善の、悪には悪の報いが正しく降りかかる世界であるなら。森で慎ましやかな暮らしを営んでいただけのレッドゴールド氏族が、滅ぼされることもなかったはずだ。

 

 ゆえに考えるべきは理非善悪ではなく、己の行く末。

 ここで眼前の超越者たちに否と言って、その後はどうなる。誘いを断ったのなら、安全な場所へと脱出する手助けまでは期待できまい。非力なエルフの小娘ひとり、自力で巨人国と妖巨人国の国境付近を抜けていくのは難しい――

 

 それ以前に、話に乗らないなら用済みとして消される可能性の方が、遥かに高いのではないか? どう考えても、あの影は自分の前でとんでもない高位魔法を一つならず使っている。そんな魔法が()()()()()()()()()()()()()()で、巨人国なら上位の軍事機密に指定されるほどの情報だ。それを見せた相手を野放しにしておくような甘さは――胡乱な影はともかく、切れ者らしいエルスワイズの方には――とても期待できそうにない。

 

 つまり、永らえたばかりの命を自ら投げ捨てたいのでなければ、彼らの申し出た契約を拒む意味はないのだ。

 むろん未来のことはわからない。いつか彼らと道を違え、逃げ出すなり寝首を掻くなりの選択を迫られるかもしれぬ。だがすべては今日、この場を生き延びてからの話。

 ()()()()()、できることがあるとすれば――。

 

 メイラスはゆっくりと跪き、白いうなじが露わになるほど深く、頭を下げた。氏族の長が代々行う拝礼の構え。それは自然を統べる精霊の前に首筋を差し出し、覚悟と誠心を示す帰依の儀。

 巨人国式の宮廷作法は洗練されたものだが、メイラス自身はさほどそれに明るくない。無理にその形式を真似るよりは、理解も及ばぬ上位存在に()()()()()()最大限の敬意を払う、エルフ流のやり方こそがこの場に適していようと思えた。

 

「――御国における表向きの女王、不肖、この身が務めさせていただきます。

 ですが、そのために一つ、叶えていただきたい望みがございます――」

 

 ぴり、と剣呑な気配がエルスワイズから発せられ、瞬く間に掻き消えた。

 顔を俯けたままのメイラスにも、後頭部で感じ取れたほどの強く短いパルス。意味は解っている。()()()()()、と釘を刺されたのだ。

 確かに、何も仕事をしないうちから報酬の前借りを求めるようなもので、心証は悪かろう。しかし氏族長の母亡きいま、これだけはメイラスが言っておかねばならないことだった。

 

「この国には、わたしや抵抗組織の者以外にも、大勢の同胞が捕らえられています。願わくば、彼らを……レッドゴールド氏族の者たちを、お救いいただけないでしょうか!」

()()()()ねぇ。自分の氏族(とこ)以外のエルフはいいの? 人間やドワーフはどう?」

 

 影の問いかけに、血が急速に冷えるような感覚。自分は答えを間違っただろうか――いや、問う声色に軽蔑や失望は感じられなかった。まだ試されている途中だ。

 ぐっと顔を上げ、メイラスは表情定かならぬ影を見つめ返す。

 

「……わが氏族と同じ境遇の者たちが、何万、何十万と存在することは解っております。しかし、わたしは氏族長の娘として、その地位と責任を継ぐ者でもあります。何を置いてもまず、氏族の民を守らなければならないものと……心得ています」

 

「なるほど。いや誤解しないでほしいんだけど、責めてるわけじゃなくてね? できない量の仕事を抱え込まないためにも、責任範囲を限定するのは実際大事なことだ。

 ただ、実はもう()()救出し始めてるんだよね」

「へっ?」

 

 間の抜けた声を返してしまう少女の前で、影は光る薄板のようなものを宙に浮かべてみせた。板はまるで空間に開けられた窓のごとく、異なる場所の景色を映し出している。

 窓の向こうでは、数十人のエルフが並んで歩き、白い半球体の中に入っていくところだった。半球の反対側からエルフたちが出てくる様子はない。そして彼らの列のすぐ近くには、奴隷用の懲罰鞭を持った巨人(ジャイアント)が数体、折り重なるように倒れている。

 

「あの白いのは〈星界門(スターゲート)〉っていう()()()()で、さっきエルスワイズを呼ぶときにも使ったやつだね。あれを通して、脱走希望者たちを遠くへ逃がしてるわけさ。

 他のところでも、同じような脱走計画が同時進行してて――」

 

 影の言葉とともに追加の〝窓〟が何枚も現れ、それぞれに別の景色を映し出す。

 石切り場から連れ出されるドワーフの奴隷たち。農場らしき場所から、家畜とともに〈星界門(スターゲート)〉へ入っていく人間の奴隷たち。魔女めいたとんがり帽子の人物に手枷足枷を外されている雑多な種族の子供たちは、巨人貴族階級の()()()として取り置かれていたものだろうか。

 

 いずれも本来なら見張りの巨人が止めに来るはずの光景だが、それらは同じ画面の中ですでに打ち倒されていたり、あるいは姿が見えなかったりする。影の配下の者たちは、どうやら巨人国の警備体制をものともしない実行力の持ち主ぞろいであるらしい。

 

「――とまあこんな具合で、不当な支配から脱け出したいと思う人たちに、その機会を提供してるところ。いまは人手の問題で巨人国に絞ってるけど、ここが終わり次第、順次周辺国にも仕掛けていく。こうしてフリーになった彼らがそのまま、()()()国民第一世代になるって寸法だ。

 対象は主に人間種、場合によっちゃ似たような待遇の亜人種なんかも含めてる。いまの生活に満足してるとか、俺たちが信用できないって人まで無理に連れて行ったりはしてないけどね。

 ちなみにレッドゴールド氏族だけど、現時点で百十四人は救出完了、三十四人が労災やら巨人の気まぐれやらで死亡確認とれてる。残りはそんなに多くないと思うけど、どうかな?」

 

 メイラスは問われたことに答えようとした。だが、身体が頭についてこなかった。

 代わりに口から出たのは、別の言葉で。

「な……なん、で?」

「んん? なんでとは?」

 首を傾げる影。何もおかしいと思っていないその様子が、メイラスにはもどかしく、理解しがたい。

 

「わ、わたしが……〝女王になる〟という提案を受ける前から、あなたは氏族の皆を救うよう動き始めていた。そういうこと、ですよね? でも、それでは……仮にわたしが話を断ったとき、あなたには何の得もありません。

 むしろ、()()このことを教えておけば……わたしはあなたに従うしかなかった。氏族の者たちを救った恩で縛ることも、彼らを人質として使うこともできた。なのに」

 

 ああ、と何かに納得した様子で影が手を叩く。

「それは難しい話じゃない。まず、きみが氏族長の娘としてそこまで責任感を持つタイプかどうか、俺は知らなかった。国を建てるのも決定事項だから、どのみち国民集めはしなきゃならないわけで、そこからレッドゴールド氏族だけ除外する理由もなかった。

 あとは、そのことを先に教えて交渉材料としなかった理由だけど……こんなのは()()でも()()でもなく、大変な仕事を頼むうえでの()()だと思うんだよね」

 

「ぜん、てい――」

「そう。後顧の憂いなく王様やってもらうための。だから報酬はちゃんと別に出すし、どういう形で支払ってほしいかも、要望があれば聞くよ~」

 ひらひらと手を振る影に、メイラスを懐柔しようという作為の気配は感じられない。

 

 ――器が違う。

 

 ここまでメイラスはずっと、この影を疑っていた。

 見てくれが怪しいからというだけではない。あまりに()()()()()()()存在だからだ。

 

 彼女自身の命の危機を救い、氏族の同胞を奴隷の境遇から脱け出さしめ、そのうえ新たに作る国で王の地位を与えるという。おとぎ話の悪魔であれば、いったい何人分の魂を要求するだろうか――という状況で、ぼやけた影が提示するのは隷属ではなく、対等な契約。裏がないと思う方が無理な話だ。

 

 だが、本当に裏などないのかもしれない。

 なにしろメイラスを騙して搾取できる旨味などたかが知れているし、影たちは既に隔絶した武力と財力、それにどうやら組織力まで持っている。彼らにとって、傀儡の王を気持ちよく働かせるための投資程度は安いもので、そこにわざわざ落とし穴を仕込む意義がないだけだとしたら。

 

 畢竟(ひっきょう)、彼らを信じられぬというのは、ただの自意識過剰ではないのか。

 自分には()()()()()()()()()()()()()()()と信じたい、つまらぬ自尊心の産物ではないのか――。

 

「……お心遣い、感謝いたします。おっしゃる通り、氏族の民を見捨てずに済むとあれば、もはや何の心配事もありません」

 

 歯噛みして悔いた。

 賢しげにかざした懐疑を。自身と氏族の恩人に対し、ただ利用することばかり考えていた己のエゴを。

 わが身の醜さに打ちのめされるメイラスの中で、恥と自嘲が猜疑を洗い流してゆく。代わって湧き起こるのは、純粋な報恩の念だった。

 

 傀儡でも構わない。すでに自分は、この者たちに返し切れぬ借りを背負っている。

 仕事を任せるというなら、任されよう。

 手を汚し、憎しみを集め、彼らの代わりに死ねというなら、そうしよう。

 

 どんなことでもできる気がした。何事もなし得ず、この世に生まれたことを呪いながら死んでゆく絶望に比べれば、何物も恐れるに値しない。

 その上で、夢を叶える機会まで与えてくれるというのなら。

「心より……心より、御身に忠誠を捧げます。この命が果てるときまで……!」

 

 メイラス・レッドゴールドは静かに誓った。

 喪失も惨苦も、己の運命の全てを肯定してみせると。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。そう信じることを、誓った。

 

 現実とは、退屈なものだった。惨めなものだった。

 重く、気だるく、理不尽で無慈悲で、希望も救いもないものだった。

 ()()()

 もし許されるなら――この手で国を作れと、顔も知れぬ恩人が望むなら――

 

「わたしが、女王となった暁には……()()()()()()()()()を、築きたいと思います。それでも、構いませんか?」

 

 ()()()()()()()()など、塗り潰してしまえばいい。

 この地上に伝説を再演し、神話を顕現せしめ、覚めない夢のごとき楽土を建設すればいい。

 

 むかしむかし、で始まるおとぎ話。あれは嘘だ。そんな過去はなかった。だが()()にならどうか。()()()()実現できるとしたら。

 それを、誰が成すのかといえば――なるほど道理だ。この夢見がちなエルフ、メイラス・レッドゴールドをおいて他にはいまい。

 

「お、乗り気になってきたかな。いいんじゃない? 世界を物語(ミーム)に合わせて造り替えるってのは、実に『人類』っぽくてポイント高いね」

 

 ぼやけた影が親指を立てる。

 ここに、王権神授の契約は成された。

 

「そうそう、あともう一つ。国づくりとは別に、きみの生まれながらの異能(タレント)を使った仕事も頼みたいんだよね」

 夢心地になりつつあるメイラスを、影の一言が現実へと引き戻した。

 

「わたしの生まれながらの異能(タレント)についても、ご存知なのですか?」

「概要は氏族の人から聞いてる。人のまわりに二色の霊気(オーラ)が見えて、基本的に強い相手ほどオーラは大きい。でも色の違いは何を意味してるか解らないし、たまに一色しか見えない相手もいる。合ってる?」

 

 こくり、と頷くメイラス。その瞳に、先までとは違った困惑がある。

「ですが……あなた方はどちらも、まったくオーラが見えないのです」

 

 メイラスの生まれながらの異能(タレント)について、鑑定してくれたのは流れのまじない師だった。

 もっと高位階の魔法なら、オーラの色の違いが何を意味するかまで判別できるかもしれない。そう言われたが、メイラスはその必要を感じたことはなかった。

 相手の強さだけならオーラの大きさで知ることができる。強さが分かれば、少なくとも森で出会った魔獣などが手に負えるかどうかの判断はつく。

 

 だから、里が滅びたあの日、メイラスは矢の一本も撃てなかった。

 たとえ里の戦士たち全員でかかっても、アーレス・アルペイガースただ一人に勝てないことが、()()()しまっていたから――。

 

「あ、俺らのオーラが見えないのは隠蔽してるからだね。原作通り、魔眼系のタレントにも効くみたいで何より。

 色の違いについては、ちょっと仮説があるんだ。そのへんの検証に協力してほしいなと」

「……御心のままに」

 

 跪いたままの姿勢で拝命を告げれば、頭に触れる影の御手。

「あんまり硬くなんなくていいよー。長いつきあいになる予定だし」

 子供の手のように柔らかく、水底の闇のように冷たかった。

 

「そろそろお暇しようと思うけど、エルスワイズ、()()()頼める?」

 影が食堂の惨状を見やって言う。左右異彩の瞳を持つエルフは、如才なく答えた。

「すでに工作部隊へ後始末を命じてあります。死体と装備類は回収、現場には血の一滴も残らぬでしょう」

「オッケ~。じゃ、さっそく国家建設予定地に移動しよう」

 

「これからですか。どちらへ向かうのでしょうか?」

「んー、()()

 メイラスの問いに答え、影が指さした先は、巨大な()()()

 

 二ヶ月ほど前、西方の樹海上空に突然現れ、以来ずっと変わらぬ形で渦巻き続けている超常の雲塊。

 不自然きわまりないその現象を調査すべく、直下の樹海へ赴いた巨人国の調査団は、誰一人戻らなかったという。

 

「いま、あの下の森を改造中。〝自然と一体化した都市型ダンジョン〟ってコンセプトでやっててね、ちょっとしたギルド拠点並みにはなると思う」

 あとで()()()の意見も聞くからね、などと複数の意味で心臓に悪いことを言われ、メイラスは胸の動悸を懸命に抑えた。

 

 ――意外なほど、巨人国と近い。でも、あの〝大雲嶺〟を彼らが作ったのだとしたら……周辺国も簡単には手出しできない。

 早くも()()の心配をしている自分に気付き、少女は苦笑した。

 王になる、などという実感は未だない。それでも()()と決めた。あとは自分に、資質と運があることを願う。

 

 すべてはこれから。エルフの長い生涯を賭してさえ、足りないかもしれない大仕事。

 けれど、きっと巨人国(ここ)よりも、素晴らしい国にしてみせる。

 

 先ほどの映像でも見た、半球状の光の渦――信じがたいが、ほんとうに()()()()らしい――それが再び開かれ、エルスワイズが一足先に入ってゆく。

「見た目こんなんだけど、エルスワイズがやった通り、普通に歩いて入れば大丈夫だから。怖かったら一緒に行く?」

「お、お願いします。それと……あの……」

 

 首を傾げる影。メイラスは勇気を振り絞り、ずっと訊こうと思っていた問いを投げた。

「御尊名を……まだ、伺っておりません。なんとお呼びすれば」

「あ、ごめん。そういや忘れてたね。べつに隠そうとしてたわけじゃないんだけど」

 ぼやけた影は、どこかばつの悪そうな声で、己が名を告げた。

 

「――俺の名前は、カレルレン。あらためて、以後よろしく」

 

 

 

 この日を境に、大陸中央の(ゆう)たる巨人国ブロジンラーグで、奴隷の大量失踪が相次ぐようになる。

 何者かの組織的な手引きがあったことは明らかだが、その手口には不可解な点が多く、また消えた奴隷たちの行方も杳として知れず。

 

 やがて大量失踪事件は周辺国へも飛び火し、奴隷や食料として飼われていた人間種・亜人種のほとんどが半年間で姿を消した。その数、数十万とも、数百万とも。

 当然、便利な労働力を奪われた各国は大混乱に陥る。それまで続いていた戦争がなし崩しの停戦に至ったかと思えば、新たな奴隷労働力を求めて他国へ侵攻する国が現れもした。少数ながら、奴隷に頼らぬ経済システムの再構築を図る国もあった。

 

 大陸全土に波及するその混乱のさなかで、ある噂が広まっていった。

 大量失踪事件が始まるふた月ほど前、西方の大樹海に忽然と現れた、巨大な雲の渦。いつしか〝大雲嶺〟と呼ばれるようになったそれの真下、濃霧に閉ざされた樹海の奥深くで、周辺各国から消えた人間種たちが密かに国を築いているという。

 

 隣接する巨人国ブロジンラーグを始め、様々な国や組織が〝大雲嶺〟直下の森の調査を敢行した。だがその大半は戻らず、生還した者たちも多くが狂気に囚われていた。

 魔境と化した樹海は、一年二年と時が経つにつれ、背鰭尾鰭のついた噂で語られる伝説の舞台となってゆく。

 

 曰く、あの樹海は魔獣と巨蟲の巣窟になっている。

 曰く、森だと思っていたのは一体の巨大な植物型モンスターだった。

 曰く、見たこともない高位精霊(エレメンタル)が徘徊している。強大なアンデッドが昼間でも襲ってくる。天使と悪魔が並んで侵入者を狩り回っている。上空の雲から竜が降りてくる――。

 

 あまりにも荒唐無稽。どれか一つでも本当なら、亜人種はともかく脆弱な人間種が、そんな地獄で生きていられるはずもないと思える怪異遭遇譚の数々。

 結局、消えた弱小種族たちの行方は知れぬまま。

 常軌を逸して強力なモンスターが数多く棲むらしいということだけが確かな〝大雲嶺〟直下の森は、十歩先も見えない濃霧が年中立ち込め、ある頃から上空の雲塊とは別の名で呼ばれるようになった。

 

 無明樹海、ナグド・フィガイ。

 四百年後の地図にも残る、大陸最大の禁域(ダンジョン)の一つである。

 

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