OVERLORD:The Invisible Watchmaker 作:Stormgren
形成途上の難民国家、『
性格は慎み深く穏健。上品な奥様といった風情。そんな彼女は移住当初、揉め事の仲裁やら災害救助やらに一〇〇レベルプレイヤーの図抜けた能力を活かしていたという。
当人は善意による人助けのつもりだったが、そんなことをしていれば当然目立つ。結果、様々な団体や部族がリナの異常な力(と、押しに弱い性格)に目を付け、それぞれ自分のところで彼女を囲い込もうと引っ張り合う剣呑な情勢を招いていた。
やろうと思えば一瞬で薙ぎ払える脆弱な現地人たちに四方八方からラブコールを掛けられ、本当に殺ってしまうわけにもいかず困り果てていたところを、颯爽と登場したエルスワイズがスマートに調停。
曰く――こちらのリナ殿は自分と同じく遠き地より流れ着いた偉大な魔女であり、その知識と魔力は貴重にして強大。
よって彼女への仕事の依頼は今後、いったん王宮へ持ち込まれたし。精査の上、大魔女の力を振るうに値する案件であると女王メイラスの名において認めた依頼のみ、請けるかどうかの判断をリナ殿自身に委ねる。
事実上、国が彼女の身柄を保護すると公言したも同然だった。
まごうことなき国家的強権の発動。当然これはリナをいいように利用したがっていた輩のブーイングを招いたが、エルスワイズの怖いところは〝反感を買っても問題ない相手〟をあらかじめ見極めていた点にある。
為政者としての能力はともかく人望はすでに充分なメイラスが、小さな身体で「リナ様と国民の皆様、双方が幸せになるよう取り計らいますので!」と大声を出している様は、係争当事者
リナを取り込もうと画策していた輩はあっという間に〝心優しい魔女様を私欲のため利用せんとした俗物ども〟のレッテルを貼られ、メイラスは魔女の窮地を救いつつ民への利益還元も考えてくれる仁君として株を上げた。ついでにこの件をきっかけとして八重樫家とメイラスの間に交流が生まれ、こちらから頼み事や情報交換を持ち掛けるルートが一つ増えた。おかげで子供たちの育成方針や、リナが始めた
とはいえリナ自身がこの国で〝公務員〟として働くことを宣言したわけではないから、名目上はメイラスの臣下でもないし命令を聞く義務もない。民間に放置するには危険すぎる力の持ち主へ、王宮があくまで一方的に保護を提供し、彼女たちも国による半隔離の扱いを黙認しているというだけだ。微妙な立場、とされるのはそういう事情である。
そんな八重樫家の住居は現在、主にレッドゴールド氏族のエルフたちが住む森の一角にある。言わずもがな、女王メイラスの影響力が最も強い地域だ。
勅令を無視してリナへの直訴を持ち込んでくるような不心得者がいれば、氏族の戦士たちがとっ捕まえて放り出すことになっている。もし彼らで対処できないような強者が来た場合は、伏せてある
一家は隣人たちのようにエルフツリーを操作して造った家に住んでいるわけではなく、ユグドラシルから持ち込んだ簡易拠点作成アイテム『天幕の杖』をそのまま家代わりにしている。転移直後の旅の間にも使っていたという代物で、内部空間が異次元にあるため外からは見えず、住み心地はそこそこ程度。
いちおう俺がもっと居住性の高い『グリーンシークレットハウス』や『
俺たちが今日この家を訪ねることは、あらかじめエルスワイズが話をつけていた。
近況を聞いて、雑談して、困ったことがあれば相談に乗り、仕事の進捗なんかも聞く。ただそれだけの訪問であり、特に急ぎの用件もなし。だが一〇〇レベルプレイヤーが異世界の日常にストレスを溜め込んでフリークアウトしないよう見守るという意味では、重要度の高い定期タスクと言える。
リアル日本の役人めいたスーツ姿の男に変身した俺は、来訪を告げたメイラスとエルスワイズに続いて、『天幕の杖』に招き入れられた。
外観より内部が広い魔法のテントの中にいたのは、グラマラスな人妻エルフ魔女ひとり。
息子のレオはさっき見てきたとおりドワーフのところで修行中。娘のランも、どうやら別のところで職業訓練を受けているらしい。彼らが母親のもとを離れるときはこっちで密かに護衛を配しているので、突発的な揉め事や事故で死ぬようなことはまずない。
「ようこそおいでくださいました、女王陛下、宰相閣下。毎度狭苦しいところで申し訳ございません。お茶を淹れますので、どうぞお掛けになってください。
……あら?
「ええ、どうも、ご無沙汰しております。探索は続けていますよ。
転移時期がズレたり、遠くに出現して身動き取れなくなっている低レベル帯プレイヤーも、居ないとは限りませんからね」
俺は初接触時に使った偽名〝
幼い女王メイラスを見出し、建国に導いたのは謎めいた賢者エルスワイズ。強力な配下を多数従えるという彼のバックボーンは誰も知らない。そしてプレイヤー倉藤は、崇められたり畏れられたりといった外界での扱いに辟易し、隠居先を求めてこの国に流れてきた小心な男。そういうことになっている。たぶん日本語教育とかの出どころも倉藤って設定になるんじゃねえかな。
上空の雲塊に関しては、
国民向けの一般禁令としても、「あの〝大雲嶺〟は国を取り巻き守護する霧の結界の中枢であり、たとえ飛行能力があっても決して近づいてはならない」と、王宮はそんなお触れを出している。実際誰かが許可なく侵入すれば、高位精霊や竜の群れに叩き出されることになるし、深入りすれば生かしては帰せなくなる。
魔力系の重火力アタッカーだったという八重樫リナが本気になれば、
「私たちは……二週間くらいさまよった気がするけれど、それでもすぐに見つけてもらえた方だったんですね。運が良かったと、今は思っています」
かく述懐するリナ。接触・保護した当時の彼女にこんなことを言う余裕はなかった。順調にメンタルが回復しているようで、こっちとしても救助した甲斐がある。
だが、たった二週間の遭難生活でも、禍根を残さなかったわけではない。
助け舟を出すのが些か遅れたことについては俺も多少の責任を感じていて、だからこうして
「お子さんたちとの関係は、その後……?」
「……あまり、改善したとは言えません。なんというか、距離感が分からなくなってしまって」
転移直後、大陸中央の原野を母子三人で流離った日々。心得のないサバイバル生活を強いられ、亜人やモンスターの殺意に晒されながら続けた旅は、親子の関係性を決定的に変えてしまった。
もとは、決して険悪な仲ではなかったという。母は子を慈しみ、子は母を慕った。
それが、精神的余裕など持ちようもない極限状況の中で、百倍のレベル差がもたらす極端なパワーバランスに取って代わられた。
母親は天変地異にも比すべき魔法を操る魔女。子供たちはただ守られるだけの無力なお荷物。支配と被支配の関係が親子の情を歪め、幼い双子は絶対者たる母の機嫌を伺う卑屈な従属者へと成り果てていた。
非常事態だ。仕方のないことだった。本当は血を分けた親子なのに、種族だって変わってしまっている。――だがそんな
流亡の日々から幾月。短い旅路の刻んだ傷跡が、今なお母子の間を隔てている。
「あの子たちは、まだどこか私を怖がっていて、意見してくることがありませんし……私も二度と怖い思いをさせないよう気を遣うあまり、強く叱るような物言いができなくて」
俺は前々世で――当然
言えるのはせいぜい、陳腐すぎて何の参考にもならない一般論くらいだ。
「無理に元通りを目指しても、たいてい子供と大人では見ている世界が違いすぎて、話がこじれるだけですよ。
時が解決してくれます――元の世界へ戻れるにしろ、そうでないにしろ」
この森で慎ましやかに暮らしながら、リナはずっと
様々な地域の神話・伝承にまつわる聞き込みであったり、この世界に定着した位階魔法の理論的な研究であったり、マジックアイテムの開発支援であったりと、多岐にわたる活動を精力的に続けて数ヶ月。めぼしい成果は得られていないらしいが、その過程で彼女は多くの協力者を得ていた。あっちで何の仕事に就いていたものか、腰を入れて自分が主導する事業に関しては、妙に人を使うのが上手い。
とくに巨人国の魔法研究機関で奴隷として使役されていた現地の
繊細でおっとりした女に見えても、
俺としても、ここから地球に人や物を送る技術が確立されればたいへん喜ばしいので、子供たちの教育と同様、この事業にはギルドの情報網なども使って支援をしている。
俺の欲する用途は〝帰還〟ではないが、別に彼女たちがそれを望むなら止めるつもりもない。こっちはこっちで、残される研究成果をありがたく活用させてもらうだけだ。
もっとも――八重樫家がリアルに帰ることを諦めるなら、
「……倉藤さんは、帰りたいとは思わないんですか」
オバロ世界の転移者とは思えない真っ当な質問。思わず苦笑してしまう。変身魔法で作った〝倉藤〟の柔和な顔つきが、うまく皮肉の色を隠してくれたものか。リナが俺の反応を訝しむ様子はない。
「私は……向こうでは
「っ、それは……その、ごめんなさい。そうですよね。
しゅんとする豊満魔女エルフ。その美貌はネトゲのプレイヤーキャラとして象られたものに過ぎないと解っていても、
頭の中を雑念にシェイクされつつ、俺は口調と表情だけで穏やかなジャパニーズお役所マン風の演技を続ける。
「いえいえ。あちらに大切なものを残してきた人であれば、なんとかして帰りたいと思うのは当たり前です。
故郷や家族、仕事や夢……リナさんにもそうしたものがあるからこそ、諦めずに帰還の方法を探しているのでは? 向こうに残してしまった旦那さんのことも、ご心配でしょう」
夫のことに言及された瞬間、リナの視線がエルスワイズの方へふらりと流れかけ――顔ごと反対側へ逸らされた。
エルフの白い肌が、頬に差した僅かな赤みを目立たせる。おやおや。おやおやおやおや。
この反応はもしや……もう
「お、夫と私はその……政略結婚みたいなもので。だから感情の繋がりよりも、なんていうか、ビジネスパートナーとして心配されてるんじゃないかと思います。
けど、子供たちにとっては父親ですから……早く会わせてあげたい気持ちもあって」
しどろもどろになって言わなくてもいいことまでゲロってしまう人妻。そこへ、彫像のごとく静かに聴いていたエルスワイズが、まさに機を見計らっていたと言わんばかりの
「お子さんのためにも、あなたの探索事業が実りを結ぶよう祈っています。しかし……率直に申し上げて、私としては貴女に
「へ……えぇッ!?」
BOM、と煙が出そうな勢いで赤面する人妻。手にしていたハーブティーのポットがガクガク震えて危なっかしい。
ついでにエルスワイズの横でなりゆきを見ていたメイラスも、赤くなって「ひゃわ~」とか呻いている。
「そっ、それは……どうして……」
「貴女ほどの有能な人材がいなくなってしまうのは、この国にとっては損失ですから」
さわやかな笑みで宰相としての模範回答を返すエルスワイズに、からかわれたのだと察したリナが唇を尖らせ、拗ねた声を出す。
「……もう! 勘違いさせるような言い方、しないでください!」
「おや。どのような勘違いをされたので?」
「言いませんッ!」
あのねえ奥さん、そのリアクションはもう脈アリアリって白状しちゃってるようなもんなんですよ。女が本当に男のアプローチを嫌がってるときってのは、もっと嫌そうな顔で冷たい声出して虫でも追い払うような塩対応になるもんでしょ。そんなまんざらでもなさそうな声出すわけねーんですよォ!(名推理)
まだ首や耳元に赤みを残しつつ、カップに茶を注ぐリナの手は繊細かつ正確に動く。これはエルフの身体になる前から慣れているのだろう。いいとこのお嬢様っぽい育ちがこんな振る舞いにも出ている。
ポットを置き、自分も席に着いたリナは、エルスワイズにかき乱された話の流れを元に戻そうと自分の仕事の話をする。
「それで、ええと……そう! この世界への転移と、リアルへの戻り方についての調査では、まだこれといった進展はありません。
この世界に位階魔法がもたらされたのも、たった百年前のことだそうですし……魔法学というもの自体が、手探りの発展途上にあるみたいですね」
メイラスが、ちらりと俺の装いを見る。灰色のスーツ。異界の衣服だと聞かされているこれを、意識したのだろう。
彼女にはいちおう、俺たちや八重樫リナが異界からの来訪者であることを説明してある。
ユグドラシルやリアルのことは詳しく掘り下げなかったので、単に〝神の国〟ぐらいのイメージで捉えていそうだが、今はこれでいい。あんまり複雑な話を詰め込んでもパンクさせるだけだ。
女王としてのメイラスがまず知っておくべきは、おおよそ百年に一度やってくる超越者たちの存在と、『霧の王国』が彼らを受け入れるための場所でもあるという指針。現状すでにそこは押さえている。あとは時間とともに理解を深めていけばいい。
これまでの研究に基づく、リナの考察は続く。
「異世界への転移が、ユグドラシルでいうワールド間移動に近いと考えると、〈
「実際それを使える我々とて、機序を説明できるわけではなし。いわんや改良などは……というわけですね」
俺は倉藤フェイスでもっともらしく頷いてみせる。ぶっちゃけ位階魔法でリアルに戻るのは無理じゃねーかなという気もしているが、ユグドラシルにおけるワールド間移動と
ユグドラシル的余談だが――転移距離無制限かつ失敗確率もない〈
じゃあ〈
「あるいは……〈
ただ、あの魔法は選択肢がランダムですし、経験値を消費してしまうので……気軽にレベリングができそうもないこの世界では、おいそれと試すのも憚られて……」
しれっと超位魔法の裏技に言及するリナ。この人妻……さては相当やり込んでたな? 転移阻害エリアからの緊急脱出にウィッシュを使う、なんてのは結構パワープレイヤー寄りの判断力を要する高等技術だったはずだ。こいつとガチバトルやる羽目になんなくてよかったわホント。
しかし実際のところ、竜帝の仕業と思われる異世界召喚(仮)は
リナが一か八か賭けるつもりで経験値を投じてしまう前に、一度ツアーに会わせてやった方がいいかもしれない。今のあいつならプレイヤーを見てもノータイムで殺しにかかったりはしないだろう。
ついでに今の話をミハネに伝えて、ワールドアイテム『
RMT闇市で大枚はたいて競り落とした特権だ。活かさない手はない。……にしても、ユグドラシルの非公式WI格付け表では微妙枠だったあの杖が、こっちでは最上位のぶっ壊れ性能になってしまうのだから、予測していたこととはいえ
ユグドラシルだったらワールド全域効果でもリアル日本でいう都道府県ぐらいの範囲に収まっていたわけだが、こっちで文字通りの
↓例によって長いので、読者は特に把握しなくてもよい設定。
[memo]
■
・カレルレンが“最後の一週間”で手に入れたワールドアイテムの一つ。
銀河の果ての大彗星から削り出されたとされており、所有者の願いを叶える力を持つ。
ユグドラシル時代のプレイヤーからの通称は『おみくじ棒』。
・機能①:超位魔法〈
ただし『
使用自体は誰でも可能。本来なら超位魔法を修得できないレベルでも、杖を装備できない職業構成でも、魔法発動能力を持たなくても、問題なくこの杖を起動することができる。
この杖から発動した〈
・機能②:一日一回、超位魔法〈
こちらは使用者が経験値を消費する必要はない。なお、異世界では追加で四レベル分までの経験値を投入できる(合計500%まで、機能①も同様)
・ユグドラシルにおいては「レベルがすぐに上がる低レベル帯プレイヤーに持たせて、経験値を稼ぎながら機能①を連発する」という使い方が可能だった。出現する願いの選択肢内容にも、高レベルプレイヤーが使用した場合との質的差異はなかった。
転移後の世界では叶えられる願いの規模が(レベルではなく)消費経験値の絶対量によって制限されるようになり、低レベル・キャラクターが使ってもあまり強力な効果は作り出せない。
(レベルが上がるほど次のレベルまでに必要な経験値量が増大する、という経験値テーブルの関係)
・異世界における機能②は、固定で「九十五レベル術者が100%発動した場合の消費経験値量」に応じた効力となる。これは原型呪文を修得可能になる本来の最低術者レベルを基準にしているものと思われる。
なお機能①における投入経験値量の下限は10%だが、実はこれも九十五レベル術者を基準にしており、下限値に満たない総経験値量しか持たない者がこの杖に願うと██████████。
・転移後の世界だと上述のように弱体化している点もあるが、代わりにユグドラシルでは不可能だった〝二つの裏技〟が可能になっており、総合的にはカレルレンの事前予想を遥かに超える凶悪アイテムと化した。
しかしこれらの裏技を活かすには、経験値とは別の代償が必要。