OVERLORD:The Invisible Watchmaker   作:Stormgren

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ランの職業訓練/そして、鳴り響くJアラート

 帰還事業。ユグドラシル時代の思い出。ここでの暮らし。子供たちの育成。

 先々のことも考えながら、話題に応じてエルスワイズやメイラスと交代しつつ、リナと会話する。情報を引き出し、不安や懸念があればフォローし、彼女たちの支援者として良好な関係を維持・強化できるよう、信頼獲得に努める。

 人間関係のメンテナンス。いつも通りの営み。

 そうしているうちに思いのほか時間が経ったらしく、娘の八重樫ランが帰宅する。

 

「ただいま~。……あれ? メイラスちゃん……に、賢者様。と……もやもやのおじさん?」

 第一声の情報量が多すぎる。彼女には女王(メイラス)と対等な友達として付き合う特権を認めているので〝ちゃん〟付けはいいが、エルスワイズを見たときの複雑な表情はちょっとよく解らない。そして俺のことは弟と同じく〝もやもやのおじさん〟で覚えてしまっているらしい。この国に降りてくるときはモヤモヤしてねーんだから〝スーツのおじさん〟とかに更新してくれませんかねえ!

 

「わあ、ランちゃん! ご無沙汰してます。お母様から近況などを伺っていたんですよ。異世界から来た〝ぷれいやー〟の方にとっても、居心地の良い国にしたいですから」

「うわ女王様まっじめ~! ここめっちゃ居心地いいよ、お父さんもこっちに呼んで一家で移住したいくらい。ネットがないのはちょっと不便だけど、魔法とか覚えられて退屈しないしね」

 

 立ち上がったメイラスが、駆け寄ってきたランと掌を合わせて笑い交わす。生まれた世界も種族も違う美少女ふたりの、幼くも尊い友情を窺わせる光景。実年齢には未だ倍以上の開きがあるものの、外見年齢が近い二人の仲は良好と見える。

 

 もちろんこれはメイラスにそうするよう指示した俺とエルスワイズの意図通りなわけだが、異世界に放り込まれた子供にとって、現地人の友達ができることは精神衛生上悪いことでもない。

 

 その友達が四苦八苦しながら国を導こうとしている王であるなら、プレイヤーの半神的潜在能力で国ごと助けてくれるかもしれず。そうなれば、将来リアルに帰れなくとも、この国で八重樫ランが居場所を失うことはない。人間関係を利用したプレイヤーの囲い込み工作は、こんな感じで一応どっちにも得のある話として計画されている。

 

 最近のランは母親の意向もあり、治癒術に長けた信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての訓練を受けている。今もその帰りだ。

 主な指南役は、砂漠の亜人国家で長らく神殿奴隷として使役されていたという老齢の神官。そこにヘスが時々お邪魔して、ランと一緒に現地の魔法学的知識を吸収しつつ、彼女の修行内容にも口を出しているとか。

 

「あたしも信仰系魔法のコツってやつがやっと解ってきて、楽しくなり始めたとこでさ。神様のことはよくわかんないけど、リアルでやってたソシャゲの推しキャラに祈ったら、ちゃんと〈軽傷治癒(ライト・ヒーリング)〉とか発動するようになったよ。メイラスちゃんが怪我したら呼んでね、治してあげる!」

 

「あ……はい。そのときはランちゃんにお願いしますね」

 よく解らないことを言われても笑顔でスルーする技術を、メイラスは如何なく発揮している。主に俺やNPCたちとの会話で鍛えられたスキルだ。

 にしてもソシャゲの推しキャラって。そんなんでいいのか信仰系魔法。やまいこ先生に祈ったらガチャ運が上がる可能性、割とマジでありそうな気がしてきたぞ。

 

 なおエルスワイズたちの実験を兼ねた教育により、メイラスはすでに信仰系第三位階の術者へと成長している。当然〈重傷治癒(ヘビーリカバー)〉くらいは使えるし、まだまだ駆け出し術者のランに頼る必要はない。

 最終的には森祭司(ドルイド)系のメイラスより司祭(クレリック)系のランの方が回復能力は高くなるはずだが、お互いユグドラシルみたいに無茶なパワーレベリングをやっているわけでもない。ランが女王専属ヒーラーとして頼られるようになる未来は、あったとしてもこの分だとだいぶ先の話になるだろう。

 

 本人の生まれながらの異能(タレント)によると、メイラスはそろそろ生来のレベルキャップに達する頃だという。しかしその問題は()()()()だ。女王という立場上、簡単に死んでもらっては困るので、実験も兼ねてメイラスのレベルは伸ばせるだけ伸ばすつもりでいる。

 

 一〇〇レベル以上の成長限界も同じ方法で突破できたら楽だったんだけどなァ。いくつか有望な手段はあるが、どれも莫大な経験値とかワールドアイテムとかを消費してしまうので、とても実行には踏み切れない。こっちは代替手段が見つかるまで保留としておくほかなさそうだ。

 

 

 八重樫ランも交えて再開した歓談タイムだが、今度はそう長く続かなかった。

 日も傾きかけた夕方、まずリーギリウムからテレパシーで連絡が入る。

「ボス、()()()()がスケジュール通りに森へ突入して来たぜ。いまは偵察部隊っぽいのが先行して、最外縁エリアの配置戦力とやり合ってる。意図的に弱いのをぶつけてるから、大した時間は稼げないと思う」

 

 同時に、どこからともなく流れてくる大音量の警報。

 二十二世紀の日本人なら防災訓練とかで散々聞かされているであろう、ファンタジー世界の森には場違いすぎる不気味な電子音。その響きに、リナとランが反応する。

 

「え……()()()()()? なんで()()で、これが鳴るわけ?」

「倉藤さん、確かこの警報は……()()もしくは()()の際に鳴らされる、というお話だったはずですが……」

 

 リーギリウムからの通信(テレパシー)はエルスワイズも受け取っている。俺に向けて小さく頷き、彼は落ち着き払った顔で母子への返答を引き取る。耳に指を当てて、さも〈伝言(メッセージ)〉かなんかを受け取りましたよ風の小芝居も忘れない。

 

「倉藤氏が再現してくれた〝りある〟の警報音を、マジックアイテムで国内全域に流しています。国民の危機感を刺激するため、敢えて不快な音をデザインしたという合理性に惹かれまして。発生した事態の分類に応じて、音のパターンも変えております。

 この音と、いま入った情報からして……今回は、どうやら()()のようですね。急で申し訳ございませんが、本日はこれにて失礼いたします。

 女王陛下も、さあ、行きますよ。防衛戦の指揮を執らなくては」

 

 くい、とカップに残っていたハーブティーを飲み干し、エルスワイズが緊急事態らしからぬ優美な所作で席を立つ。

 その背に続きながら、俺とメイラスも母子に辞去を告げる。

 

「ご馳走様でした。美味しいお茶でしたよ。……私も立場上、ちょっと手伝って参ります。ユグドラシルではさほど強いプレイヤーではありませんでしたが、ここなら非友好的な現地勢力を追い払うくらいのことはできますからね」

「リナ様とランちゃんは念のため、安全な場所にいてくださいね。心当たりがなければ、王宮に避難していただいてもよいので! それでは、また!」

 

「あ、あの――」

 不安と焦燥の顔つきに決意めいたものを覗かせて、八重樫リナが立ち上がる。

「私も……何か、お手伝いした方がよいのでは……!?」

 

 ああ、まったく予想通りの申し出。

 一〇〇レベルプレイヤーとして、俺よりよほど戦闘能力に優れているであろうリナが参戦してくれるなら、〝お手伝い〟どころではない戦果を挙げられるだろう。そんなことは最初から解っている。なんなら彼女がこう言ってくることまで、エルスワイズは計算していた。

 

 そして実際に手を借りるプランもあり、大きなメリットが二つあるとかでエルスワイズはこっちを推していたが――それを、俺はまったくの独断で却下する。

「専業アタッカーのリナさんまで陣容に加えては、過剰戦力ですよ。それに……あなたはせっかく戦わなくていい生活を手に入れたのです。自分から捨ててしまってどうします?

 お子さんと一緒にいて、守ってあげなさい。それがゲームでない現実の世界を生きる、親の務めです」

 

 気まずい視線を交わして、すぐに逸らす母子。家族というにはまだ微妙な距離感。しかし互いを嫌ったり憎んだりしているわけではないのだから、自然と関係性は修復されていくものだと信じたい。

 

 何も俺は彼女たちへの気遣いだけで助太刀を断ったわけではない。正直、プレイヤーひとりを戦力として欲しがる必要もあんまりなかったりする。

 

 ヘスと配下が魔獣や植物系の上位モンスターを安定生産できるようになり、それを素材としたアンデッドの作成も軌道に乗っている。サティアが天使系モンスターの定着条件を突き止めてくれたおかげで、芋蔓式にその逆パターンで悪魔系モンスターも永続個体を作れるようになったし、精霊(エレメンタル)系の上位種もエルスワイズが定着条件を絞り込みつつある。

 

 恒久化モンスターに一定の(レベル)さえあれば、あとは数で補える。各種実験に使ったりアイテム作成用の素材になってもらったりで、生産した全個体を戦力化できるわけではないが――それでもギルドの総兵力は、この一年でユグドラシルにおける全盛期をとっくに超えている。シズク分体姉妹(シスターズ)や第零臓区の連中を抜きにしても、である。

 だから俺たちが、保護したプレイヤーに戦ってもらう必要はないのだ。

 

 これは当初の計画通りでもある。かつてツアーが「プレイヤーを集めてこの世界に敵対する気なのでは?」と俺たちに疑いの目を向けてきたことがあったが、本当にそんな気はないので単なる取り越し苦労だ。

 だいたい自由意思を持ったプレイヤーなんて制御可能性に難がありすぎる。それよりは、弱くてもきちんと命令に服従する(おまけに死を厭わない!)傭兵NPCやスキル生成モンスターを地道に増産していった方がいい。

 

 せっかく俺が〝完全に統制された軍隊〟という夢のような理想的暴力装置を組織できるのだから、荒事はそいつらに任せて、もと日本人の皆さんは非戦闘員として市民やっててくれたらええねん。……的な思いを幾重ものオブラートに包んだ表現が、リナへ向けた「子供を守れ」という一見もっともらしい忠告の正体である。

 

 そんな真意が伝わったわけでもないだろうが、プレイヤーとして戦う覚悟を決めかけていたリナは、母親の顔に戻って頷いた。

「……そう、ですね。わかりました。玲央を探して、それから三人で避難します。もし街中まで戦火が及ぶようなら、自衛のための戦闘には踏み切るかもしれませんが……」

 

「むろん構いません。しかし、そうさせないのが我々の役目です――それでは」

 勇気づけるため、というにはちょっと冷たいエルスワイズの微笑。それを最後に、今度こそ俺たちは八重樫家を後にした。

 

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